『赤と黒』 スタンダール(岩波文庫)

赤と黒〈上〉 (岩波文庫)赤と黒〈上〉 (岩波文庫)赤と黒〈下〉 (岩波文庫 赤 526-4 9赤と黒〈下〉 (岩波文庫 赤 526-4 9

書名:赤と黒
著者:スタンダール
訳者: 桑原 武夫、生島 遼一
出版社:岩波書店
ページ数:382(上)、468(下)

おすすめ度:★★★★★




言わずと知れたスタンダールの代表作といえば、この『赤と黒』である。
主人公の心の動きを克明に描いた心理小説として高く評価され続けている、フランス文学の古典中の古典でもある。
フランス文学のみならず、欧米文学に興味のある方には必読の一冊と言えるだろう。

頭脳明晰で容姿端麗でもあるジュリアン・ソレルは、生まれが田舎町の庶民ではあるものの、何とか出世したいとの強い野心を抱いていた。
そんな彼が、町長の家で家庭教師をすることになり、次第にその家の夫人と親密になっていくのだが・・・。
大事件が連続するというわけではないものの、『赤と黒』の筋の起伏は読者を最後まで飽きさせることがないはずだ。
読後にタイトルの「赤」と「黒」がそれぞれ何を意味しているのかを考えてみるのも、面白いのではないかと思う。
赤と黒【字幕版】 [VHS]赤と黒【字幕版】 [VHS]

有名な作品だけあり、『赤と黒』は宝塚歌劇の題材となっていたり、映像化されたりしている。
映画化作品のお勧めはユアン・マクレガーが主演している右の『赤と黒』で、原作にはない演出も見られるには見られるものの、概ね原作に忠実な映像化作品となっているのではあるが、VHSしか出回っていないというのがデメリットとなっている。
『赤と黒』という邦題を冠して、現代風にアレンジを加えた韓国ドラマも作成されているようで、『赤と黒』がいまだにアクチュアルな古典作品であることを窺い知ることができる。

『赤と黒』と『パルムの僧院』の二作品が、スタンダールの作品の中で双璧を成しているが、どちらの作品がより優れているかとなると、これには諸説あるようで、要は意見の分かれるところである。
『赤と黒』を気に入った読者は、ぜひ『パルムの僧院』も読んでみていただければと思う。
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『ゲーテ格言集』 ゲーテ(新潮文庫)

ゲーテ格言集 (新潮文庫)ゲーテ格言集 (新潮文庫)

書名:ゲーテ格言集
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:231

おすすめ度:★★★☆☆




ドイツが誇る世界の文豪、ゲーテが残した格言や名言の数々を集めたのが本書『ゲーテ格言集』である。
当然ながら、これは訳者がゲーテの膨大な著作群の中から言葉を取捨選択して編んだものであり、ゲーテ自身が編んだ選集にはなっていないが、ゲーテのネームバリューにふさわしく、驚くほど含蓄のある言葉にあふれている。
前世紀の半ばの初版以降、すでに百刷を超えて久しいという、格言集としては異例のロングセラーとなっているが、それも頷けるというものだ。

本書では、ゲーテの言葉は、愛と女性、人間と人間性、芸術と文学、幸福、個人と社会、人生などといった、幅広いジャンルに分けられている。
大半はゲーテが格言として残したものであるが、中には『親和力』、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』や『ファウスト』など、ゲーテの小説や戯曲から採られた言葉もあり、ゲーテの文学におけるテーマの核心に迫るような鋭い言葉も散見する。
ゲーテの作品に直接触れたときのような感慨は受けないかもしれないが、この格言集に頻出する作品に対する読者の興味は強くかき立てられるに違いなく、本書はゲーテ文学の読書案内としての役割を担うこともできそうな気がする。
性質上、一気に読み通すよりは、落ち着いた時間のできたときに少しずつ読み進めると、より深く味わうことができるのではないかと思う。

ゲーテの言葉が体系的にまとめられているとはいえ、やはり全体として見れば断片的であるという印象は拭い難い。
ゲーテの作品の編訳書である本書は、人間観察の大家でもあるゲーテに一歩近付くための足掛かりとなるべき一冊であろう。
そういう意味では、ゲーテをよく知る方はもちろん本書を楽しめるだろうが、ゲーテの著作に触れたことのない方が本書から始めてみるのも悪くないかもしれない。

『ボルジア家風雲録』 デュマ(イースト・プレス)

ボルジア家風雲録 (上) 教皇一族の野望ボルジア家風雲録 (上) 教皇一族の野望ボルジア家風雲録 (下) 智将チェーザレの激闘ボルジア家風雲録 (下) 智将チェーザレの激闘

書名:ボルジア家風雲録
著者:アレクサンドル・デュマ
訳者:吉田良子
出版社:イースト・プレス
ページ数:208(上)、192(下)

おすすめ度:★★★★




デュマ初期の小説作品の一つがこの『ボルジア家風雲録』である。
原書はもっと大部の作品集なのだが、昔からなぜかこのボルジア家のパートだけが注目を集めていて、ここだけ抜粋されて訳出されるという運命にあるらしい。
他の部分を読んだことがないのでその抜粋の妥当性については判断がつかないのだが、翻訳出版されている『ボルジア家風雲録』に限って言えば、読み応え十分の歴史小説であると断言することができる。

『ボルジア家風雲録』は、権謀術数を駆使して自らの野心を実現していくアレクサンドル六世とその息子チェーザレ・ボルジアという、ボルジア家の中でも最も悪名高い二人の人物を中心に描かれている。
日本でいうところの戦国時代のように、イタリア国内では群雄割拠、さらにフランス、ドイツ、スペイン、トルコといった大国との油断ならない接点も多く、ローマの政治は綱渡りである。
そんな中、アレクサンドル六世とチェーザレ・ボルジアは、持ちうる宗教的権力や世俗的権力から最大限の利益を引き出すべく、同盟と裏切りを繰り返していく。
本書の読者は、なぜボルジア家の面々の評判が今日に至るまでこうも悪いのか、嫌でも納得させられることだろう。

『ボルジア家風雲録』は、歴史書ではなく、あくまでデュマによる歴史小説なので、明らかに史実と異なる記述や人物設定も散見するようだ。
これはデュマの認識誤りではなく、ドラマとしての効果を狙った演出の一種とみなされるべきものであり、この紛らわしい改変に対する賛否両論はあるにせよ、デュマの歴史小説とはそもそもそういうものとして読むしかないような気がする。
そういう意味では、ボルジア家の歴史に興味のある方には不向きな作品と言えるかもしれない。

デュマの小説といえば、その読みやすさとスピード感が売りであるが、『ボルジア家風雲録』においてもそれらは健在である。
その点、文豪と称されるデュマの作品には、チェーザレの口約束なんかとは訳が違い、裏切られることが少ないので安心だ。

『けむり』 ツルゲーネフ(河出書房新社)

世界文学全集〈第9〉プーシキン,ツルゲーネフ スペードの女王 猟人日記 けむり 他(1962年)世界文学全集〈第9〉プーシキン,ツルゲーネフ スペードの女王 猟人日記 けむり 他(1962年)

書名:けむり
著者:イワン・ツルゲーネフ
訳者:神西 清
出版社:河出書房新社
ページ数:457

おすすめ度:★★★★




ツルゲーネフ円熟期の長編小説の一つがこの『けむり』である。
思想色の濃い恋愛小説とでも呼べそうな作品であるか、いかにもツルゲーネフらしい読み応えのある作品になっており、ツルゲーネフに興味のある方には非常にお勧めだ。

バーデンを訪れているロシア人の青年リトヴィーノフは、婚約者の合流を待っている身であった。
しかし、そんな折に、かつて相思相愛でありながら、彼を捨てていった美貌の女性と10年振りの再会を果たしてしまったものだから・・・。
『けむり』には、恋愛感情を軸とした心理描写もさることながら、重みのある人物、重みがありそうには見えるが実は薄っぺらな人物、はたまた露骨に軽薄な人物など、いろいろな種類の登場人物から成る当時のロシア社会の上流社会やインテリ層が活写されている。
また、物語の終盤に至って顕在化する『けむり』という表題の奥深さを考えてみるのも面白いように思う。

『けむり』は岩波文庫からも出されているが、こちらは仮名遣いが古く、読みにくいと感じられる読者もいるかもしれない。
私が読んだ河出書房の文学全集のほうは、プーシキンとツルゲーネフを収めた作品集となっていて、プーシキンの『ベールキン物語』と『スペードの女王』、抄訳ではあるがツルゲーネフの『猟人日記』も収められている上に、肝心の『けむり』が名訳者として知られる神西氏の訳業であるというメリットもあるので、活字が小さいという難点はあるにせよ、お勧めできる。

ツルゲーネフの小説は読みやすく、それでいてとても面白いのが常であり、本書『けむり』もその例外ではない。
ツルゲーネフのことを個性の強い作家であるとは言えないかもしれないが、良識と品格に裏打ちされたツルゲーネフの作品は、どこか王道的な小説といった威厳を備えているようにも感じられる。
作品の質の割りに、あまり数多く出回っていないようなので、『けむり』の入手は急いだほうがいいかもしれない。

『ビュグ=ジャルガルの闘い』 ユーゴー(潮出版社)

ビュグ=ジャルガルの闘い (1982年)ビュグ=ジャルガルの闘い (1982年)

書名:ビュグ=ジャルガルの闘い
著者:ヴィクトル・ユーゴー
訳者: 辻 昶、野内 良三
出版社:潮出版社
ページ数:272

おすすめ度:★★★☆☆




ユーゴー初期の長編小説の一つがこの『ビュグ=ジャルガルの闘い』である。
後に大幅に書き直されたという経緯があるとはいえ、処女作とも言えるほどに初期の作品であり、それなりの粗さというか、緻密さに欠けるところがあるにはあるが、ユーゴーらしい作品になっていることは疑いを入れないように思う。

『ビュグ=ジャルガルの闘い』は、戦闘となれば比類なく勇敢でいながら平時には至って物憂げな様子をしているとある大尉が、カリブ海のフランス植民地であったハイチにおける黒人奴隷の反乱を思い出話として語るという、回想風のスタイルだ。
黒人奴隷の身でありながら、高慢とも言えるほどの毅然とした態度を崩さないピエロに対して、大尉は生意気だという反感だけではなく尊敬の念すら抱き始めるが、奴隷たちを虐げ続けていた植民地には不穏な空気が漂い始めていて・・・。

作品の中頃でストーリーが少し停滞しているように感じられる箇所があるとはいえ、『ビュグ=ジャルガルの闘い』はあくまでスリリングかつスピーディーな展開が基調となっており、一度読み始めれば読者を引き付けて離さないのではないかと思われる。
レ・ミゼラブル』や『エルナニ』を思い出させるような、人間としての誠実さも描かれていて、初期作品にもそういったユーゴーの特徴が表れていることを知れば、読者はそれこそがユーゴーの生涯のテーマであったということを実感できるのではなかろうか。

ユーゴーの小説のあら捜しをしようとすれば欠点は見出せるかもしれないが、何はともあれ、ストーリー性に富んでいて面白いものであることは間違いない。
日本に意外と研究者が乏しいのか、出版界の事情なのかは知らないが、多くの小説作品を残したユーゴーはもっと翻訳紹介されてしかるべき作家の一人であろう。
非常にレアな本となってしまっているのが残念ではあるが、可能であれば『ビュグ=ジャルガルの闘い』を手にしていただければと思う。

『天国・地獄百科』 ボルヘス(叢書 アンデスの風)

天国・地獄百科 (叢書 アンデスの風)天国・地獄百科 (叢書 アンデスの風)

書名:天国・地獄百科 (叢書 アンデスの風)
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス、アドルフォ・ビオイ=カサーレス
訳者:牛島信明、内田吉彦、斎藤博士
出版社:水声社
ページ数:177

おすすめ度:★★☆☆☆




ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』や『ブストス=ドメックのクロニクル』と同様に、ボルヘスとカサーレスの共著とされている作品の一つが本書『天国・地獄百科』である。
厳密に言えば、ボルヘスやカサーレス自身の著書ではなく、彼らが古今東西の著作の中から天国や地獄にまつわる記述を集めたアンソロジーとなっており、彼らはあくまで編者という立場であるに過ぎない。
そういう意味では、ボルヘスの手になる作品を読みたいという読者は、私のように少々がっかりすることになるかもしれない。

言うまでもないことであるが、天国と地獄に対しては、洋の東西を問わず古来から人々の関心が非常に高かったので、文献における天国と地獄への言及も止まるところを知らない。
そしてボルヘスらの渉猟する範囲が広範であること、つまり彼らが記述を収集した時代と地域の幅広さには、なかなか目を見張るものがある。
彼らの引用は、キリスト教、イスラム教、ギリシア神話、仏教といった王道的なところはもちろん、スウェーデンボルグ、ゾロアスター教、北欧神話、儒教、インカ帝国まで及んでいるのだ。
「生きる図書館」とでも呼ぶべきボルヘスらしいアンソロジーに仕上がっていると言えよう。

本書では、プラトン『国家』やヴォルテール『哲学辞典』のように、数ページにわたって引用される作品もあれば、1行しかない箴言風の引用もあるといった具合なので、ぱらぱらめくっている限りではあまり統一感のない本という印象を受けかねない。
しかし、最初から最後まで一貫したテーマに導かれているため、先人たちの考えた死後の世界に興味のある方はそれなりに本書を楽しむことができるはずだ。

『天国・地獄百科』のうちに、死後の世界に対する並々ならぬ興味を持っていたボルヘスらしさが表れているのは間違いないが、お世辞にも本書をボルヘスの重要な著作とみなすことはできない。
中古であれば比較的容易に入手可能ではあるが、ボルヘスの作品はすべて読み、その上さらに何か読み進めたいという方のみ、手にすべき本だと思う。

『心の城』 フローベール(大阪大学出版会)

心の城心の城

書名:心の城
著者:ギュスターヴ・フローベール
訳者:柏木加代子
出版社:大阪大学出版会
ページ数:303

おすすめ度:★★★☆☆




フローベールの書いた夢幻劇がこの『心の城』である。
著者として名前は挙げられていないが実は本書は友人との共作らしく、友人の詩がそのまま挿入されていたりもするが、実質的にはフローベールの手になる作品と呼んでよさそうだ。
舞台での上演や出版の機会に恵まれなかったという不遇の作品であり、知名度も非常に低いようで、本書が本邦初訳となっている。

人間の心を糧に生きる土の精グノームたちと、妖精たちが勢力争いをしている。
妖精たちが勝つためには、純粋な愛を持つ人間の心が必要らしい。
果たして、そんな心を持つ人間を見つけることができるのか・・・。
通常、リアリズムの作家の一人に分類されるフローベールではあるが、『聖アントワヌの誘惑』を見てもわかるように、夢幻の世界と無縁だったわけではない。
『心の城』からは、そんなフローベールの夢幻への志向を容易に読み取ることができるだろう。

『心の城』には随所に挿絵が用いられていて、フローベールの描いた夢幻の世界へアプローチする助けとなるのだが、その一方で、本書に付された解説は一般読者に対しては過剰と思えるほどに充実しており、どちらかと言えば研究書に近い本に仕上がっているとさえ言えるほどだ。
その分ページ数も増え、価格帯も上がってしまっているのだが、できればフローベールの知られざる作品を世に広めるための普及版にして欲しかったというのが正直なところである。
誤植の多さも目に付くので少し残念な思いをするのも事実だ。

フローベール自身も述べていることだが、『心の城』のような夢幻劇は視覚効果や音響効果ありきの作品なので、できれば映画化でもしてもらって楽しむべき作品なのだろう。
一般受けはあまり期待できないので、フローベールの作品ならばすべて読みたい、という方が手にすべき本だと思う。

『熊』 フォークナー (岩波文庫)

熊 他三篇 (岩波文庫)熊 他三篇 (岩波文庫)

書名:
著者:ウィリアム・フォークナー
訳者:加島 祥造
出版社:岩波書店
ページ数:271

おすすめ度:★★★★




フォークナー後期の作品を四編収録した中短篇集が本書『熊』である。
難解な作家として知られるフォークナーにしては読みやすい作品であり、文庫本という手頃さもあるので、フォークナーに関心のある方にはお勧めできる一冊だ。

本書には、『熊』、『むかしの人々』、『熊狩』、『朝の追跡』の四篇が収録されていて、いずれも森での狩りをテーマにしたものだ。
止まらなくなったしゃっくりを巡る滑稽話である『むかしの人々』を除けば、狩りの経験が乏しい少年の視点を通じて語られている物語ばかりなので、実際に熊や鹿を追ったことのない読者にとっても、狩猟における鮮烈な印象や興奮を少年と共有することができるように思う。
それらの話の中に精神性が盛り込まれていて、単純にスリリングな狩猟物語ではなくなっているあたりに、フォークナーたる所以を見て取ることもできるはずだ。

本書は元々一つの作品集からの選集になっているので、登場人物が重複していたり、祖先や子孫が登場したり、別の作品内のエピソードへの言及があったりと、それぞれの作品が有機的なつながりを持っていて、一つの長編作品にでも組み立てられそうなストーリーになっている。
『熊』を読んでいるうちに、フォークナーの描く縦方向にも横方向にも伸びているような作品世界を読者は奥深く理解できたような錯覚に陥りかねないが、それこそまさに、フォークナーの術中にはまるというものなのだろう。

フォークナーという作家は本当に色々な顔を持っているものだから、『熊』の作者が『響きと怒り』や『サンクチュアリ』、『寓話』といった作品をも書いたとはにわかには信じ難いほどである。
しかし、森に象徴されている自然と一体になって暮らす狩人の精神をも描き出していたという一面は、見過ごすには惜しい一面であると思うので、フォークナーに興味のある方はぜひ本書を手にしていただければと思う。

『ホリデイ・ロマンス』 ディケンズ(編集工房ノア)

ホリデイ・ロマンスホリデイ・ロマンス

書名:ホリデイ・ロマンス
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:杉山洋子 他
出版社:編集工房ノア
ページ数:124

おすすめ度:★★★☆☆




ディケンズの最晩年の短編小説集がこの『ホリデイ・ロマンス』である。
ディケンズ自身が編集者を務めていた雑誌に連載した作品で、こどもが書いた設定になっているという点からしても、異色の作品であると言える。
内容的には短編小説というよりは童話とみなしていいように思うが、無名の作品を紹介してくれているとあって、ディケンズのファンにはうれしい一冊ではなかろうか。

『ホリデイ・ロマンス』には、一連の物語が書かれるようになったきっかけを述べた『はじめのお話』、妖精が王女にくれた何でも願い事の叶う魔法の骨を描いた『魔法の魚の骨』、ラテン語の先生を目の敵とする剛勇無双の海賊船船長の物語である『キャプテン・ボールドハートの冒険』、大人とこどもの立場が逆転し、こどもが出来の悪い大人を寄宿学校でしつけるという『さかさま国のお話・大人の学校』の四編が収められている。
どれも短いだけでなく、文章もこどもが書いたものとして訳されているので非常に読みやすい。
ディケンズが本当は何を意図していたのかを考えてみる等、あえて深読みする程の作品ではなさそうなので、読み応えある作品を期待する読者には不向きだろう。

本書には、愛らしいイラストが掲載されていて読者の心を和ませてはくれるものの、それらは原書の挿絵の掲載をあえてやめて、本書のために書き下ろされたものらしい。
個人的には、原書に付されていた挿絵をそのまま採用してくれたほうがはるかにありがたかったので、この点は少し残念な気もする。

自らの小説の中で、当時のこどもの教育機構に対しては常に手厳しかったディケンズであるから、『ホリデイ・ロマンス』のようにこどもの側の視点から作品が書かれるのも、そこそこ妥当なことであると思う。
ディケンズにしても、これらの作品にそれほど力を入れて書いたわけではないだろうが、年齢を問わず気軽に読める作品集として、本書を書架に加えておいても損はないのではなかろうか。

『ドンビー父子』 ディケンズ(こびあん書房)

ドンビー父子 (上)ドンビー父子 (上)ドンビー父子 (下)ドンビー父子 (下)

書名:ドンビー父子
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:田辺 洋子
出版社:こびあん書房
ページ数:550(上)、509(下)

おすすめ度:★★★★




ディケンズ中期の長編小説の一つがこの『ドンビー父子』である。
あまり代表的な作品とみなされることはないし、翻訳も乏しいのが実情ではあるが、身体面や性格面がやや大袈裟に戯画化された登場人物に満ちていて、非常にディケンズらしい作品と言えると思う。

ロンドンのシティに傲然と構えるドンビー商会の社主であり、横柄この上ないドンビー氏の気掛かりといえば、跡継ぎがいないことだった。
しかし、そんな彼に待望の息子が生まれ、店の名を「ドンビー父子商会」に変える見込みができたのだが・・・。
優しい心を持ちながらもドンビー氏にまるで構ってもらえない娘のフローレンス、社長にへつらい続けながらも下心が透けて見える支配人のカーカー、誠実で活気ある少年のウォルター、お人好しで単純そのものである船長のカトル。
ディケンズの作品を既にいくつか読んでいる読者であれば、初対面とは思えないいささか類型的な登場人物に数多く出会えることだろう。

『ドンビー父子』にも、ユーモアとペーソスというディケンズの二大特徴は顕著に表れている。
確固たる構成の有無ということで言えば、『マーティン・チャズルウィット』と同様、過渡期にあたる作品と言えるだろう。
ストーリー展開はというと、ある程度は先が予想できるわかりやすいものであるのは事実だが、それにもかかわらずすらすらと楽しく読めてしまうのだから、やはり小説家としてのディケンズの手腕には恐れ入るというものだ。

決して安価ではないし、文章量も多いので、なかなか気軽には手が出せない作品かもしれない。
そうはいっても、『ドンビー父子』がディケンズのファンならば必ずや楽しめる作品であることは間違いないので、興味のある方は躊躇せずに手を出してみてほしいと思う。
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