『ロデリック・ランダムの冒険』 スモレット(荒竹出版)

ロデリック・ランダムの冒険ロデリック・ランダムの冒険
(1999/12)
トバイアス スモレット

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書名:ロデリック・ランダムの冒険
著者:トバイアス・スモレット
訳者:伊藤弘之,竹下裕俊,堀正広,村田倫子,加茂淳一,田畑智司,村田和穂
出版社:荒竹出版
ページ数:505

おすすめ度:★★★★




18世紀イギリスを代表する作家の一人であるトバイアス・スモレットの代表作がこの『ロデリック・ランダムの冒険』であるが、本作品は同時にピカレスク小説の代表格とも言われている。
軍艦に船医として乗り込むなど、スモレット自身の経験を下敷きにしている部分も多く、語り手であるランダムが見る様々な情景にはどこか迫真性が備わっていて、読者は作品中に当時のイギリス社会の断片的風景をいくつも見出すことができるに違いない。
フィールディングの傑作『トム・ジョウンズ』と肩を並べる作品として、イギリス文学に興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『ロデリック・ランダムの冒険』は、過酷な運命に翻弄されるロデリック・ランダムの人生の浮き沈みを描いた作品である。
そうはいっても、作中においてランダムは恵まれた境遇へと浮き上がることがきわめて少なく、たいていの場合は不幸の淵にどっぷりと沈んでいるのだが・・・。
また、彼が「運命に翻弄される」と言うと、少々語弊があるかもしれない。
彼の人生を苦しめているのはほとんどが私利私欲を追求する悪人、もしくはすこぶる意地の悪い人々であって、ランダムの経験する不運はもっぱら人災と言っても間違いではないだろう。
打擲、窃盗、欺瞞や不正、裏切りに復讐、『ロデリック・ランダムの冒険』はそういったもののオンパレードである。
スモレット自身も宣言しているように、『ロデリック・ランダムの冒険』はとても風刺の効いた作品に仕上がっているので、今日の読者は当時のイギリス社会の悪弊をやや誇張して描いたものとして本書を読むことができるだろう。

スモレットの知名度や、翻訳の入手の困難さなどを考え合わせると、悲しいことにこの『ロデリック・ランダムの冒険』がそれほど多くの読者を獲得できるようには思えない。
しかし、ピカレスク小説というジャンルを代表する作品としての価値は揺るがないだろうし、初期のディケンズの作品にスモレットからの影響が非常に色濃く表れていたりと、欧米の文学に関心のある方であれば、壮大なスケールを誇る冒険物語『ロデリック・ランダムの冒険』に対する興味は尽きないのではなかろうか。
主人公の経験する破天荒な人生を楽しむのはもちろん、文学史的な観点からも一読をお勧めしたいと思う。

『対訳 ディキンソン詩集』 ディキンソン(岩波文庫)

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)
(1998/11/16)
エミリー ディキンソン

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書名:対訳 ディキンソン詩集
著者:エミリー・ディキンソン
訳者:亀井 俊介
出版社:岩波書店
ページ数:175

おすすめ度:★★★★




アメリカの女流詩人であるエミリー・ディキンソンの詩50編を集め、対訳という形式で文庫化したのがこの『対訳 ディキンソン詩集』だ。
ディキンソンの詩自体が読み応えを備えたものであることは言うまでもないことだが、ディキンソンには女性の活躍の少ない19世紀のアメリカ文学における紅一点として注目することもできるのではないかと思う。
それほど厚い本ではないので、ディキンソンはもちろん、アメリカ文学に関心のある方もぜひ手にしてみていただきたい。

ディキンソンの詩は、同時代の文人たちと議論し交流した結果生み出された詩作品ではないため、オリジナリティに富んでいるのが特徴だ。
生計のために詩を書いていたのでもなければ、大きな称賛や非難にさらされることもなく、長い年月にわたってただ黙々と書き連ねられた詩作品は、いっそう克明にディキンソン自身の心を映す鏡となっているのかもしれない。

詩人の内面世界をひたすらに掘り下げていくかのようなディキンソンの詩は、しばしば同時代に活躍したホイットマンの外へ外へと広がっていく開放的な作風と比較対照されている。
読者は異なった持ち味をそれぞれ楽しむことができるので両者の間で優劣をつけることはさほど意味はないのかもしれないが、『ホイットマン詩集―対訳』やホイットマンの代表作である『草の葉』と比べてみると、ディキンソンらしさがより際立って感じられてくることは間違いないように思う。

死後にその詩才が認められ、今ではアメリカ文学に不朽の名を刻んでいるディキンソンであるが、邦訳の出版状況はというと、かつては複数の出版社から詩集や詩選が出されていたものの、現在新品で入手可能のものとなるときわめて少ないというのが現状だ。
そんな寂しい状況の中、入手が容易で手頃な一冊としてこの『対訳 ディキンソン詩集』をお勧めしたい。
一つ一つの詩が短く、その内容も決して難解ではないので、訳文と合わせてぜひ原文のほうでも味読していただきたいと思うが、英語力に不安のある方は、右側のページの日本語訳部分を読むだけでも十分ディキンソンの作り上げた小さな、それでいて奥行きのある世界を楽しめることだろう。
文豪というほどの貫録こそないが、ディキンソンの詩の織り成す独特のハーモニーは、忘れえない印象を読者の心に刻みつけるに違いない。

『ホイットマン詩集―対訳』 ホイットマン(岩波文庫)

ホイットマン詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)ホイットマン詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)
(1997/03/17)
ホイットマン、木島 始 他

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書名:ホイットマン詩集―対訳
著者:ウォルト・ホイットマン
訳者:木島 始
出版社:岩波書店
ページ数:189

おすすめ度:★★★☆☆




ホイットマンが打ち立てた金字塔とも言うべき詩集『草の葉』から33編を抜粋し、対訳という形で出されたのがこの『ホイットマン詩集―対訳』だ。
ホイットマンの詩は、堅苦しい単語の使用が少なく、語順も著しく崩されていない詩行が多いため、英詩の中では比較的読みやすい部類に入るようには思うのだが、翻訳で読むのと比べればはるかに難解であることは事実であり、本書を手にするに当たりある程度の覚悟は必要かもしれない。
そうはいっても、高校生レベルの英語力があればホイットマンの詩の帯びる雰囲気をなんとなく感じ取ることは可能であるし、詩の形式的な方面に関して知識がなくともホイットマンの詩を鑑賞する上でさしたる障害にはならないはずなので、『草の葉』に関心のある方であれば本書は一読の価値ある本だと言えるだろう。

本書には「わたしはアメリカが歌うのを聞く」や、「わたしじしんの歌」のうちの数編をはじめ、黒人奴隷に関するものやリンカーン大統領を悼んで書かれたものなどが収録されており、ホイットマンらしさを非常によく堪能できる選集となっている。
そういう意味では、紙幅の限界によって若干の偏りは見られるものの、『草の葉』の相貌を見事に圧縮した一冊になっているように思われる。

ホイットマンの翻訳には、ホイットマンの奔放さを強調したくだけた文体のものと、他の詩人の作品を訳すのとさほど変わらない文体を用いているものとがある。
具体的に言えば、"I"を訳すのに「わたし」を使うか「ぼく」を使うか、はたまた「おれ」を使うのかといった単語の選択や、文章の調子の高低にけっこう差があるのである。
本書『ホイットマン詩集―対訳』の文体はというと、どちらかといえば堅い方のものを用いているように思うので、ホイットマンの詩といえばくだけたものというイメージを持っておられる読者は、ひょっとすると本書の訳文に少々違和感を覚えられるかもしれない。
しかし、そこは原文が参照できる対訳であるという長所を存分に生かして、ホイットマンのイメージを更新していただければと思う。
ホイットマン、『草の葉』、さらにはアメリカ文学、そして英詩に興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『草の葉』 ホイットマン(岩波文庫)

草の葉 (上) (岩波文庫)草の葉 (上) (岩波文庫)
(1998/01/16)
ホイットマン

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草の葉 (中) (岩波文庫)草の葉 (中) (岩波文庫)
(1998/02/16)
ホイットマン

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草の葉 (下) (岩波文庫)草の葉 (下) (岩波文庫)
(1998/03/16)
ホイットマン

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書名:草の葉
著者:ウォルト・ホイットマン
訳者:酒本 雅之
出版社:岩波書店
ページ数:411(上)、439(中)、464(下)

おすすめ度:★★★★★




アメリカの国民的詩人であるウォルト・ホイットマンが、その生涯を懸けて書き連ねた詩集がこの『草の葉』だ。
自由とデモクラシーを力強く歌い上げる詩風が特徴的で、たいていは内向的な作品が多い詩の世界において、『草の葉』ははるかに外向的な性格を帯びており、個の枠を突破したホイットマンはアメリカ全土を包み込むかのような雄大さを見せている。
それでいてホイットマンが他国でも評価されるのは、単にアメリカを称賛するだけではなく、その根底において人間性を称揚する姿勢ゆえなのであろう。
南北戦争期を生きたホイットマンは、19世紀のアメリカのかかえる問題点をテーマに選ぶことも多く、『草の葉』にはその時代性も色濃く打ち出されているので、読者の興味を強く喚起するはずだ。
おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄) (光文社古典新訳文庫)おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄) (光文社古典新訳文庫)
(2007/06)
ウォルト ホイットマン

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数十年の時を経てようやく今ある形が完成した『草の葉』は、物語詩ではない一つの詩集としてはかなり長大なものとなってしまっている。
そのこと自体がアメリカの広大さを髣髴とさせる観がないでもないが、とりあえずホイットマンの詩がどのようなものなのかを知りたいという読者に対しては、全三冊の詩集というのはやや敷居が高く感じられるかもしれない。
そのような方には近年光文社から刊行された右の抄訳、『おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄)』をお勧めしたいと思う。
抜粋とはいえホイットマンの放つ力強い息吹に触れることで、『草の葉』をきっと全訳で読みたくなるに違いない。

アメリカを代表する詩人を一人だけ選べと言われれば、ホイットマンの名を挙げる人は少なくないだろう。
彼の思想、ひいては詩想は、発表当時に猥褻なものだとして物議をかもしたにせよ、概ね現在のアメリカにも根付いているようで、決して古びていない。
最もアメリカらしいアメリカ詩人ホイットマンは、後世の文人からの評価も群を抜いており、アメリカ文学に関心のある方であれば彼の詩作の集大成である『草の葉』は必読の書と言えるだろう。

『空の旅』 ヘルマン・ヘッセ(ゼスト)

空の旅空の旅
(1999/04)
ヘルマン ヘッセ

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書名:空の旅
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:天沼 春樹
出版社:ゼスト
ページ数:180

おすすめ度:★★☆☆☆




ヘッセの残した随想や詩などをテーマ別に編んだフォルカー・ミヒェルスによるヘッセのアンソロジーの一冊がこの『空の旅』である。
生身の人間を置き去りにして突き進んでいく文明社会に警鐘を鳴らしていたヘッセにしてはやや意外なことに思われるかもしれないが、その安全性が多くの人々から危惧されている時代に、彼はきわめて積極的に飛行船や飛行機に乗って空を旅していた。
その時の体験を綴ったものを中心に編まれた作品が本書『空の旅』だ。

空に、そして雲に強く憧れ続けたヘッセは、命の危険を冒して空に挑むパイロットたちに、詩人と同様、未知の領域に踏み込む冒険者としての親近感を持っていたようである。
上空から下界を見下ろすヘッセの口から洩れるいくらかとげのある言葉も、いかにもヘッセらしいと言えるのではなかろうか。

本書のお勧め度を★★と、やや低めの評価にせざるをえないのは、ヘッセの執筆部分がきわめて少ないという一事によっている。
全体で180ページの本書において、ヘッセのエッセイや詩を訳出した部分は50ページそこそこしかなく、そこに原著の編者であるミヒェルスの「飛行機に乗ったヘルマン・ヘッセ」というヘッセと空とにまつわるエピソードを紹介した文章と訳者のあとがきが続き、そして最後に、とはいっても割合から言えばそれは本書のおよそ半分を占めるのだが、飛行船のパイオニア的存在であるツェッペリン伯に関して訳者が物した「ツェッペリン年代記」が掲載されているといった具合で、どこかフェルメールの作品が一点しか来日していないフェルメール展のような印象を受ける本なのである。
フェルメール展の場合はフェルメールの作品がほとんど来ていないことを見に行く人が事前に予想できるだろうが、著者の名にヘルマン・ヘッセを戴いている本書の場合、ヘッセの手になる文章の少なさは読者を大いに失望させるのではなかろうか。

『空の旅』は現在、アマゾンで非常に手頃な値段で中古品が売られてはいるが、空に対しての憧れやその美しさをテーマとしたヘッセのアンソロジーをお探しの方には、同じくミヒェルスの編集による『』の方を強くお勧めしたいと思う。
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