『オクス博士の幻想』 ジュール・ヴェルヌ(創元SF文庫)


書名:オクス博士の幻想
著者:ジュール・ヴェルヌ
訳者:窪田 般弥
出版社:東京創元社
ページ数:266

おすすめ度:★★★★




ヴェルヌの短編作品三点を収めたのが本書『オクス博士の幻想』である。
ヴェルヌといえば長編作品のイメージが強く、短編集には意外の感すらあるほどで、事実、彼の本領は長編作品でこそ存分に発揮されているように思うが、短編作品においてもヴェルヌ作品の本質とも言える着想の妙は当然ながらさえ渡っている。
本書の読者であれば、そのことに容易に賛同いただけることだろう。

『オクス博士の幻想』は、フランドルのとある平穏な、というより平穏に過ぎる町を舞台にした物語で、オクス博士という素性のよくわからない学者の企みがテーマとなっている。
100ページ程度の作品ではあるが、細部を書き足せば長編作品化することもできただろうと思われるほどで、そういう意味ではだいぶコンパクトにまとまっていると言えると思う。

『ザカリウス親方』は、これまで彼の作ってきた時計が軒並み止まりだすという、ジュネーブの優れた時計職人の物語である。
陰鬱な世界観の中で進行するゴシック風な作品であり、適度な緊迫感が全体を程よく引き締めているように思われる。

『氷のなかの冬ごもり』は、典型的な冒険小説と言えるだろう。
北海で航海中に行方不明になった息子を、その父親たちが遠く北極海にまで捜索に行く。
自分たちの身でさえ危険にさらされる酷寒と氷雪という厳しい環境の中で、果たして行方不明の息子は見つかるのだろうか・・・。

本書『オクス博士の幻想』を読めば、ヴェルヌの短編作品の面白さを体感することができるはずである。
ヴェルヌを読み始める人に対して、本書を一冊目にお勧めしようとは考えないけれども、ヴェルヌに関心のある方であれば、彼の短編の持つ魅力を知らずにおくのは惜しいことではないかと思う。
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『チャンセラー号の筏』 ジュール・ヴェルヌ(集英社文庫)


書名:チャンセラー号の筏
著者:ジュール・ヴェルヌ
訳者:榊原 晃三
出版社:集英社
ページ数:286

おすすめ度:★★★☆☆




ヴェルヌが作家として脂が乗りきっている時期に書かれた小説の一つが本書『チャンセラー号の筏』である。
海難事故を扱った作品であり、冒険的な要素がなくもないが、冒険ではなくやはりあくまで事故なのであって、登場人物が積極的に危険に身を投じているわけではない。
そういう意味では、ヴェルヌの作品群の中でやや異色の作品とみなすことができるだろう。

アメリカを出発してイギリスに向かった帆船チャンセラー号ではあったが、どうも乗組員たちの様子が不可解である。
それは船倉で積み荷が火事になってしまっているからなのだが、これはまだ乗客と乗組員の不運のほんの始まりに過ぎなかったのであり・・・。
一乗客の日記というスタイルで進んでいく本書には、登場人物の事情や背景の説明が多くは書かれておらず、比較的スマートに物語が進行していく。
その分、描写に味気なさも感じられるが、物語の展開の速さは多くの読者に心地よく感じられるのではないかと思う。

ヴェルヌの作品のタイトルには直訳されていないものが少なくないが、『チャンセラー号の筏』もその一つで、原題は"Le Chancellor"であり、『チャンセラー号』とでも訳されるべきものであろう。
作品の内容に即して変更されたのかもしれないし、ジェリコーのよく知られた絵画作品『メデューズ号の筏』に寄せようという意図があったのかもしれないけれども、いずれにしても、個人的にはこのタイトルにはまったく感心できないでいる。
それほど大きな問題でもないのだが、タイトルの良し悪しについては、各々の読者で判断いただければと思う。

極度の飢餓に苛まれながらも精神状態を保って日記を書き続けるという本書の設定は不自然極まりないものであるし、本書にはヴェルヌの他の作品が与えてくれたような爽快感も乏しく、むしろ後味が悪い作品と言ってもいいほどである。
それでもなお、人間性を多角的に捉えた『チャンセラー号の筏』には読者の心を打つ何かがある。
ヴェルヌに興味のある方であれば、一読の価値ある作品と言えるだろう。

『互いの友』 チャールズ・ディケンズ(こびあん書房)


書名:互いの友
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:田辺 洋子
出版社:こびあん書房
ページ数:461(上)、499(下)

おすすめ度:★★★★




ディケンズが完成させた最後の長編作品となるのが本書『互いの友』である。
莫大な遺産が絡む、緩めのミステリー仕立ての小説というディケンズお得意のものとなっていて、戯画化をふんだんに用いたユーモアセンスも随所に光っている。
『互いの友』がディケンズの代表作に数えられることはほとんどないものの、本書がディケンズらしい作品であるのは間違いないだろう。

莫大な遺産を受けるはずだった青年が、テムズ川で死体となって発見された。
宙に浮いてしまった遺産は、使用人だった人のいい老夫婦が受け取ることになったのだが・・・。
全般に、そこまで深刻な事件性があるわけでもなく、緊迫感や意外性に富んでいるということもなく、ストーリーの展開は非常にゆっくりなので、ディケンズの文章を読んでいて楽しいと感じられる読者向けの作品と言えようか。
ただ、ユーモアあふれる言い回しが頻繁に現れる『互いの友』は、過度のユーモアが時として文意を汲み取りにくくしてしまっており、読者に混乱をもたらしてしまっている箇所さえあるかもしれない。

プロットが行き当たりばったりであったディケンズ初期の作品とは違い、後期作品である『互いの友』もまた緻密な構成の下に書かれた作品となっている。
多くの登場人物が巧みに絡み合っていて、それがあまりに巧みであるだけに、うまく出来過ぎとの印象を受ける読者がいても不思議はないと思う。

『互いの友』をミステリー小説として読むと期待はずれもいいところであろうが、やはりディケンズの小説の本領は人物描写にあるはずだ。
とても長い作品、ひょっとすると内容の割りに長すぎる作品ではあるが、それだからこそ、ディケンズはそれぞれの登場人物を描ききっているという印象を読者は受けるのではなかろうか。
ディケンズの筆致を好む彼のファンならば、必ずや楽しめる一冊としてお勧めしたいと思う。

『失われた世界』 コナン・ドイル(光文社古典新訳文庫)


書名:失われた世界
著者:アーサー・コナン・ドイル
訳者:伏見 威蕃
出版社:光文社
ページ数:439

おすすめ度:★★★★★




シャーロック・ホームズシリーズで知られるコナン・ドイルのSF作品の代表作と言えば、この『失われた世界』だ。
これまで子供向けのものも含めて数多くの日本語訳が出版されていることからもわかるように、有名かつ非常に面白い作品である。

極度の変わり者ではありながらも、当代随一の学者であるチャレンジャー教授が、アマゾン奥地に未知の生物が実在すると主張し始めた。
誰も信じようとしないその主張の真偽を確認するため、志願者数名がアマゾン奥地の探検に赴くことになり・・・。
行き過ぎとも言える科学者的英知と凶暴性を兼ね備えたチャレンジャー教授という登場人物のオリジナリティも読者を大いに楽しませてくれるだろうが、緊迫感ある状況と意外な出来事の連続は、巻末に至るまで読者の興味を引き続けるに違いない。

『失われた世界』は、コナン・ドイルの代表作であるだけでなく、SFという文学ジャンルにおける代表作にもなっている。
滅びたはずの恐竜が実在しているという設定は、『ジュラシック・パーク』や『ジュラシック・ワールド』といったハリウッドを代表するような有名な映画作品にも継承されているのであり、このことからも今日まで連綿と続いている恐竜ものの系譜の先頭に位置する『失われた世界』の文学史的な重要さがわかるというものだ。

当然ながら、文学史的な重要さと小説の面白さは必ずしも比例しないが、生きた恐竜に出会うという『失われた世界』の面白さは、むしろその文学史的重要さをしのいでいるとさえ言えるかもしれない。
コナン・ドイルの作品を初めて読む方が本書から始めてみたとしても、必ずやコナン・ドイルの他の作品を読んでみたいと思うことだろう。

『気球に乗って五週間』 ジュール・ヴェルヌ(集英社文庫)


書名:気球に乗って五週間
著者:ジュール・ヴェルヌ
訳者:手塚伸一
出版社:集英社
ページ数:383

おすすめ度:★★★★★




ヴェルヌの名を広く知られるものとした出世作が本書『気球に乗って五週間』である。
冒険小説としての側面が強い反面、SF的な要素は非常に弱いのだが、さすがは出世作だけあってとにかく面白い作品となっている。

若い頃から冒険に富む人生を送ってきていたファーガソン博士が、欧米人はまだ誰もたどり着いたことのないアフリカ奥地の探検旅行を思いついた。
旅人に容赦なく襲い掛かる熱病や狂暴な原住民に阻まれて到達困難な地域であるため、気球ヴィクトリア号に乗って探検しようというのだった・・・。
アフリカの地名は一般読者にはなじみのないものばかりであるが、本書の場合はヴィクトリア号の辿った道のりのわかる地図が巻頭にあるので、それを参照すれば位置関係は容易にイメージできるだろう。

『気球に乗って五週間』にも説明的な文章があるにはあるが、基本的には理解しやすい話ばかりなので、本書の場合はヴェルヌがしばしば作品に盛り込んでくる長々しい科学知識が読者をうんざりさせることはないはずだ。
その上、ストーリー展開の速さも優れているし、適度に山場も設けられているため、読者が退屈するとは考えにくい作品に仕上がっている。
とはいえ、今日的な観点からすれば差別的に思われる表現もあるので、そこが気になる読者には不向きと言えるかもしれない。

『気球に乗って五週間』は、その構成や内容などが『八十日間世界一周』に近い作品と言えるだろう。
その長所も共通していて、『八十日間世界一周』が傑作であれば、この『気球に乗って五週間』もまた傑作であると言えるように思う。
老若男女を問わず非常に読みやすい作品でもあるので、ヴェルヌのファンだけでなく、ヴェルヌの作品を初めて読む方にもお勧めできる一冊だ。

『地軸変更計画』 ジュール・ヴェルヌ(創元SF文庫)


書名:地軸変更計画
著者:ジュール・ヴェルヌ
訳者:榊原 晃三
出版社:東京創元社
ページ数:242

おすすめ度:★★★☆☆




ヴェルヌの代表作『月世界へ行く』の続編に当たるのが本書『地軸変更計画』である。
続編とはいっても今度は宇宙旅行の話でもないし、登場人物が重複していたり、『月世界へ行く』の内容への言及が多少あるという程度なので、必ずしも『月世界へ行く』を先に読んでおく必要はないと思う。

アメリカで、北極周辺の土地の競売を行うという風変わりな広告が出された。
ヨーロッパの列強諸国を巻き込んだその競売で北極一帯を競り落としたのは、かつて月へと砲弾を打ち上げた、あの大砲クラブだった。
前人未到の北極地域を買い占めた大砲クラブには、またしても壮大な計画があり・・・。
『地軸変更計画』のストーリー展開は、SF作品にしてはかなりゆっくりめである。
それでいてさほど退屈さが感じられないのは、ヴェルヌのストーリーテラーとしての巧みさもあるかもしれないが、科学的なうんちくが少なめだからというのも一因かもしれない。

本書を読み進めていくうちに読者はお気付きになるだろうが、『地軸変更計画』という邦題自体が、実は極度のネタバレである。
大砲クラブが地軸を変更しようとしているという話は、序盤ではまったく語られず、中盤になってやっと出てくる話なのだから、大砲クラブの秘密を明かしたこのタイトルが、ヴェルヌが醸し出したミステリアスな雰囲気を弱めているのは事実だろう。

しかしながら、物語の概要を一言で明かしてしまっているタイトルにもかかわらず、『地軸変更計画』の面白さが完全に損なわれてしまったわけではない。
登場人物の描写が乏しく精彩を欠いているように見受けられるし、物語も起伏に富んでいるとは言い難いのだが、地軸を変更しようという画期的な発想は、最後のページまで読ませてしまう独特の面白みを備えている。
強くお勧めするわけではないが、読んで損はない作品として紹介しておきたい。

『月世界へ行く』 ジュール・ヴェルヌ(創元SF文庫)


書名:月世界へ行く
著者:ジュール・ヴェルヌ
訳者:江口 清
出版社:東京創元社
ページ数:317

おすすめ度:★★★★




ヴェルヌの代表作の一つに数えられるのが本書『月世界へ行く』である。
代表作と呼ばれる作品が多いために、これから読み始めようと考えている読者にとって、ヴェルヌは的を絞りにくい作家ではあるが、それぞれが読者を後悔させないだけの興味深い作品に仕上がっていているからにはそれもやむをえないことで、本書もその一例と言えるだろう。

『月世界へ行く』では、巨大な砲弾を月に向けて打ち上げ、その中に三人の人間が乗り込むという、かなり無謀な計画の顛末が語られている。
科学談義が少なからず書かれていて、物語自体のテンポの良さを損なっているのは事実なので、退屈に感じられる読者もいるかもしれないが、全体として見れば読んで損はない本と言えると思う。
それほど専門知識のない読者でも、ヴェルヌの描く宇宙空間や月面の様子が今日の常識と大きく異なっていることに気付くだろうが、いかにヴェルヌの描写に誤りが多かったとしても、150年前に想定されていた宇宙像は読んでいて面白く感じられるのだから不思議なものだ。

本書『月世界へ行く』は、実は『地球から月へ』の続編なのであって、順当に行けば『地球から月へ』を読んでから手にすべき作品ということになるのだが、『地球から月へ』は手軽に入手できる翻訳がないようだし、本書と比べると退屈と評されることが多いらしい。
そこで『月世界へ行く』から読むことに決めたのだが、『地球から月へ』のあらすじは序章で語られるし、やや唐突に月へ向かう一行が旅立つことにはなるものの、『月世界へ行く』から読み始めても特に支障はないと言えそうだ。

現実問題として考えれば、拙い設備で月へと旅に出るという大胆極まりない冒険は、全編を通じて登場人物が死の恐怖におののいていてもおかしくない事態だろう。
しかし、本書の旅行者たちは深刻さを地球に置き忘れでもしたのか、砲弾内には終始お気楽ムードが漂っていて非常に読みやすいので、読者の側もぜひお気楽に読み始めていただければと思う。

『四角い卵』 サキ(白水Uブックス)


書名:四角い卵
著者:サキ
訳者:和爾 桃子
出版社:白水社
ページ数:315

おすすめ度:★★★★




白水Uブックスの新訳サキシリーズの最終巻となるのが本書『四角い卵』である。
短編集『ロシアのレジナルド』と『四角い卵』からの作品がほとんどであるが、そこにいくつか作品が追加されてもいる。
風濤社から出されている『四角い卵』とは収録作品がかなり異なるので、風濤社版を読まれた方にも本書はお勧めできる。

『ロシアのレジナルド』から採られた作品は、ありがたいことに風濤社版の『レジナルド』に収められているレジナルドものとほぼ重複がない。
『レディ・アンの沈黙』や『ゲイブリエル・アーネスト』のように傑作集でよく見かける作品もあるものの、あまり知られていない作品が多いので、何冊かサキの短編集を読んでこられた読者も満足できることだろう。

短編集『四角い卵』の収録作品は、機知と皮肉に富んだ代表的なサキ作品とはいくらか趣を異にするものが多いため、好き嫌いが分かれるかもしれない。
時代背景を知ればその作風に誰しも納得できるはずだが、サキの作品に対して深読みすること自体、ひょっとすると野暮なことなのだろうか。

現状、サキの作品を一つでも多く読みたいという方は、『クローヴィス物語』と『けだものと超けだもの』、『平和の玩具』と本書の、白水Uブックスの全4冊を読むのが最適である気がする。
特に本書『四角い卵』は他の本にあまり収められていない作品が多いので、目新しいサキの作品を求める読者を楽しませることのできる一冊となっている。
その一方で、解説代わりとでも言うべきなのか、サキの選集に付された70ページにも及ぶ序文も訳出されていて、残念なことに本編の割合が減ってしまっている。
この序文がすべての読者に歓迎されるとは考えにくいが、うまくまとまっているのは事実なので、サキのファンであれば読んで損することはないと思う。

『平和の玩具』 サキ(白水Uブックス)


書名:平和の玩具
著者:サキ
訳者:和爾 桃子
出版社:白水社
ページ数:321

おすすめ度:★★★★




没後の出版であるとはいえ、サキの短編作品33編を収めている短編集が本書『平和の玩具』である。
岩波文庫『サキ傑作集』やちくま文庫『ベスト・オブ・サキ』に優れた作品を提供していた『平和の玩具』ではあるが、白水Uブックスから本邦初の完訳として出版されたのであって、サキのファンにとってはたまらない一冊となっている。

本書には『平和の玩具』、『クリスピーナ・アムバーリーの失踪』、『セルノグラツの狼』、『奇襲戦術』、『七つのクリーマー』といった有名どころも入ってはいるが、サキの作品をけっこう読んできた読者でもいくつか新しい作品に出会うことができるはずだ。
ベスト・オブ・サキ』第二巻との重複が多いとはいえ、『謝罪詣で』や『腑抜け』といった10編以上の新しい作品に触れられるのはうれしい限りである。
そうはいっても、他の選集と重複している作品のほうが、バルカン戦争時に書かれたやや毛色の異なる作品は別としても、質的に上であるのは間違いないように思われるのではあるが。

本書には挿絵も入ってはいるが、それほど数は多くないのであまり期待しないほうがいいかもしれない。
また、本書には付録として、「親族たちが述べたサキ」と題して、親族が書いた手紙がいくつか訳出されている。
サキの人となりを知る上では格好の素材と言えるが、当然ながらサキの読者がサキの作品に期待するような機知やブラックユーモアは欠けていて、本編が愉快であるだけに、本編の直後に読むと退屈さが倍加されてしまうような気がする。

サキの短編作品はタイトルに当てる訳語のバリエーションが比較的豊富であり、他の本で既に読んだ作品とそうでない作品がしばしば判別しにくいことがある。
しかし、一編一編は短いものであるし、再読しても楽しめるのがサキなので、本書『平和の玩具』も通読されることをお勧めしたいと思う。

『吸血女の恋』 テオフィル・ゴーティエ(現代教養文庫)


書名:吸血女の恋
著者:テオフィル・ゴーティエ
訳者:小柳 保義
出版社:社会思想社
ページ数:231

おすすめ度:★★★★




ゴーティエの短編作品四編を収録したのが本書『吸血女の恋』である。
本書には『吸血女の恋』の他に『カンダウレス王』、『千二夜物語』、『双つ星の騎士』が収録されている。
「フランス幻想小説」という副題が付されてはいるものの、必ずしもすべての収録作品が同程度に幻想的であるわけでもないので、幻想小説ばかりに期待しないほうがいいかもしれない。

若い聖職者が怪しい美女に恋するという『吸血女の恋』は、ゴーティエの作品の中でも特に有名なものの一つで、怪奇趣味と芸術至上主義が見事に融合し、ゴーティエらしい独特の世界観を創り上げていると言える。
この作品は、タイトルが『死霊の恋』とか、発表後の改題もあって『クラリモンド』と訳されることもあるようだが、個人的には『吸血女の恋』という本書が採用したタイトルが一番面白みのないものであるような気がするがいかがだろうか。

絶世の美女が登場する『カンダウレス王』も、執拗かつ巧みに美女を創作し続けたゴーティエらしい作品と言えるだろう。
史実に基づいているだけあって幻想性は弱いし、物語がそれほど起伏に富んでいるわけでもないのだが、本書にしっくり収まるだけの存在感を放っている。
一目で恋に落ちてしまうような美女が登場するのは『千二夜物語』も同様で、イスラム世界を舞台としている点は、当時のフランスの流行に沿ったものとみなしてよいのかもしれない。

ゴーティエの作品は日本であまり人気がないからなのか、再版がされているとはいえ、本書『吸血女の恋』の出版状況は非常に乏しいと言える。
ゴーティエの作品を読みたいという方が失望するとは考えにくい一冊なので、興味のある方は躊躇せずに入手されることをお勧めしたい。
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