『戦争と平和』 トルストイ(岩波文庫)

戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)
(2006/01/17)
トルストイ

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戦争と平和〈2〉 (岩波文庫)戦争と平和〈2〉 (岩波文庫)
(2006/02/16)
トルストイ

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戦争と平和〈3〉 (岩波文庫)戦争と平和〈3〉 (岩波文庫)
(2006/03/16)
トルストイ

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戦争と平和〈4〉 (岩波文庫)戦争と平和〈4〉 (岩波文庫)
(2006/05/16)
トルストイ

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戦争と平和〈5〉 (岩波文庫)戦争と平和〈5〉 (岩波文庫)
(2006/07/14)
トルストイ

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戦争と平和〈6〉 (岩波文庫)戦争と平和〈6〉 (岩波文庫)
(2006/09/15)
トルストイ

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書名:戦争と平和
著者:トルストイ
訳者:藤沼 貴
出版社:岩波書店
ページ数:508(一)、572(二)、500(三)、541(四)、535(五)、535(六)

おすすめ度:★★★★★




ロシア文学の、ひいては世界文学の大作としてその名を轟かせるトルストイの『戦争と平和』。
数百にも及ぶ豊富な登場人物の織り成す作品世界は、頻繁に使われる言い回しを借用すれば、まさに「一大叙事詩」である。
ストーリー性がきわめて強いのでこれまでに何度か映画化されており、古くはオードリー・ヘップバーンが主演のものもあるが、時間の限られた映画という枠組みの中では、原作の壮大さを伝えることは難しいように思う。
誰もがその名を知るこの『戦争と平和』、ぜひ小説として味わっていただきたい作品の一つだ。

『戦争と平和』は、ナポレオン戦争前後のロシアが舞台になっているため、歴史小説と分類されることが多い。
事実、戦闘や行軍の場面に割かれる紙幅は少なくないが、それでいて登場人物たちの恋物語や財産問題など、私的な問題もふんだんに描かれている。
基本的には貴族を中心としたストーリー展開だが、下級兵士などをも数多く描きこんだ『戦争と平和』の奥行きは計り知れないと言っていいだろう。

『戦争と平和』は、一般に偉人が築き上げたかのように思われている歴史も、実際には決して歴史に名を残さない無名な人々の偶発的な言動の積み重ねから成立しているというトルストイの歴史観が反映された作品であり、その見解が随所に繰り返されている。
ストーリー展開に不可欠ではない歴史哲学の披瀝は、蛇足といえば蛇足かもしれないが、大海のごとき作品の規模を思えばそのような逸脱も許されるのだろうか。
負けじと早速蛇足まがいのことを言わせてもらえば、皇帝や将軍クラスの実在の人物も多数登場する『戦争と平和』だが、読者にはその記述すべてが史実であると鵜呑みにしないという姿勢は必要かもしれない。

あまりの長大さゆえに手を出しにくい作品の代表格かとも思われるが、この美しくも壮大な人間絵巻は一読に、それどころか再読にも値する。
『戦争と平和』に強い感銘を受けた読者には、同じくロシア文学における戦争を描いた大作、ショーロホフの『静かなドン』をお勧めしたい。
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『アンナ・カレーニナ』 トルストイ(岩波文庫)

アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫)アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
トルストイ

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アンナ・カレーニナ〈中〉 (岩波文庫)アンナ・カレーニナ〈中〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
トルストイ

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アンナ・カレーニナ〈下〉 (岩波文庫)アンナ・カレーニナ〈下〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
トルストイ

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書名:アンナ・カレーニナ
著者:トルストイ
訳者:中村 融
出版社:岩波書店
ページ数:441(上)、580(中)、513(下)

おすすめ度:★★★★★




アンナ・カレーニナ [DVD]アンナ・カレーニナ [DVD]
(2013/09/07)
キーラ・ナイトレイ、ジュード・ロウ 他

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戦争と平和』と並ぶトルストイの代表作がこの『アンナ・カレーニナ』。
つい最近新たに映画化されたことで改めて話題になっていたが、発表時から数々の文豪が絶賛する作品であり、高い評価が揺らいだことさえなく、特にその完成度の高さには定評のある小説である。
読書を趣味とする人であれば、一読に値する欧米文学屈指の傑作だ。

『アンナ・カレーニナ』は、トルストイ自身が属していた貴族社会における愛憎のドラマを鮮明に描き出している。
フランス文化を取り入れようとしていたのがロシアの貴族社会であるだけに、どこかフランス文学を読んでいるかのような印象を受けるのは私だけではないだろう。
特に、気丈ながらも繊細さをも合わせ持つアンナは、同時代のフランス文学に類似の女性主人公を、たいていは悲劇のヒロインなのだが、見出すことができるように思う。
また、地主が領地の改革に挑む姿には、率先して社会事業を行ったトルストイの反映をも見ることができるという興味深さも備えた小説だ。

偉大な文豪というイメージが先行し、トルストイの作品は難解であるという先入観を抱いている人もいるかもしれない。
だが実際には、しばしば思想性の強い部分もあるものの、気取った文章や知識のひけらかしの少ない、ストレートで読みやすい文体を用いているのがトルストイだ。
中でも、物語性もあり心理描写にも優れ、さらには一つの作品として非常によくまとまった『アンナ・カレーニナ』は、トルストイを初めて読む人にもとてもお勧めだ。

スタンダールでいう『赤と黒』と『パルムの僧院』のように、比肩しうる二つの傑作を残したトルストイは、半ば必然的に『戦争と平和』と『アンナ・カレーニナ』のうち、どちらがより最高傑作にふさわしい作品なのかという、あまり多くの実りをもたらすことのない議論の的となることが多いようだが、どちらか一方を徹底的に貶める論者がほぼいないことを思えば、多少毛色こそ違えどいずれも非常に素晴らしい傑作だということなのだろう。
戦争と平和』の読者は『アンナ・カレーニナ』を、『アンナ・カレーニナ』の読者は『戦争と平和』を、それぞれ読んでみていただきたい。
これら二大傑作を読破すれば、トルストイが大家と呼ばれるゆえんが身にしみて感じ取られることと思う。

『復活』 トルストイ(新潮文庫)

復活 (上巻) (新潮文庫)復活 (上巻) (新潮文庫)
(2004/10)
トルストイ

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復活〈下〉 (新潮文庫)復活〈下〉 (新潮文庫)
(2004/12)
トルストイ

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書名:復活
著者:トルストイ
訳者:木村 浩
出版社:新潮社
ページ数:488(上)、492(下)

おすすめ度:★★★★




トルストイ晩年の長編作品であり、『アンナ・カレーニナ』、『戦争と平和』と並ぶ代表作でもある『復活』。
アンナ・カレーニナ』以降、宗教的・教訓的な作風を強めていくトルストイだが、『復活』はそんな彼の思想が如実に表れている小説だ。
トルストイ独自の解釈が受け入れがたいとしてロシア正教から破門されることになったというエピソードで知られる、一種の問題作でもある。

『復活』の最大のテーマは、改悛と贖罪であろう。
他人を慮ることなく自由気ままに暮らしてきた主人公が、過去の無軌道な生活を悔い改め、それを償うための生き方を模索する。
つまり、人としての「復活」を遂げようとするということだ。
同時期に発表された『人生論』や『クロイツェル・ソナタ』はもちろん、トルストイの伝記的事実からも、『復活』の背景となっている彼の思想を知ることができるだろう。
トルストイの生涯 (岩波文庫)トルストイの生涯 (岩波文庫)
(1961/12/20)
ロマン ロラン

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トルストイの伝記でお勧めなのは、ロマン・ロランの『トルストイの生涯』だ。
ベートーヴェンやミケランジェロなど、偉大な業績を残した芸術家たちに強い関心を抱いたロマン・ロランの書く伝記は、ストレイチーやツヴァイクのそれと同様、文学作品として読める素晴らしい仕上がりの作品だ。
トルストイは実生活と作品世界のつながりが強い部類の作家だと思うので、トルストイの作品をより深く味わいたい方には、この『トルストイの生涯』が格好の手引書となることだろう。

『復活』がトルストイ円熟期の傑作長編であることは疑いようもないのだが、主人公の精神を支配している宗教色に少々嫌気を感じる読者もいるかもしれない。
作品から作家の思想が窺えるというのは、読者の興味をそそるポイントであると同時に、そこから汲み取れる思想が道徳的もしくは宗教的なものであると、どうしても説教臭さというか抹香臭さというか、同じ問題意識を共有していない読者に対してあくびを誘発しかねない雰囲気を帯びてしまいがちだ。
そういうわけで★は四つにしておくが、それでもやはりお勧めの作品であることに変わりはない。

『トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』 トルストイ(岩波文庫)

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)
(1966/01)
トルストイ

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書名:トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇
著者:トルストイ
訳者:中村 白葉
出版社:岩波書店
ページ数:217

おすすめ度:★★★★★




アンナ・カレーニナ』以降、トルストイは道徳的・教訓的な作品を多く発表するようになるが、大衆向けに書かれた民話風の作品九編を収めたのが本書『トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』だ。
全般にロシアの大地の香りが強い物語が多く、伸びやかな気持ちにさせられるのと同時に、読者は文豪トルストイが描く素朴で善良な生き方に感動すら覚えることだろう。
『イワンのばか』というタイトルは知っているけれども内容を知らないという方々に、ぜひ読んでいただきたい作品だ。

表題作である『イワンのばか』は、正直であるが愚かでもあるイワンが、悪魔につけねらわれる物語である。
一言で「愚か」とは言ってもいわゆるお人好しタイプであるイワンは、処世術や打算に関してとことん無能な男なので、人の欲望に付け込もうと企む悪魔もそんなイワンが相手では一筋縄ではいかず・・・。
結局のところ「ばか」とはどういう意味なのか、「ばか」でないとはどういうことなのかを考えさせられる作品だ。
そして私のように「ばか」に強い魅力を感じる読者も必ずやいることと思う。

子供でも読める民話・寓話という体裁を採った『イワンのばか』のような作品から感じ取られる含蓄の深さは、読み手が投影する精神性の深みに比例するように思う。
つまり、読者は自身の経験や思考を、作家が提示する単純なストーリーの背面に読み込むことができるのではなかろうか。
そういう意味では、難解な哲学書などより、平易な文体で書かれた『イワンのばか』のような作品こそ、自らの成熟度を計る試金石としての役割を担うにふさわしい本なのかもしれない。

作品のスタイルがスタイルだけに、『イワンのばか』のトルストイの全作品中における読みやすさは群を抜いているので、読者を選ばないことだろう。
私はこの本に出会ったのが少々遅かったが、子供のうちに一度読んでおいて大人になってからまた読んでみたい、そんな一冊だ。
トルストイの寓話をもっと読みたいという方には、同じく岩波文庫から出されている『トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』をお勧めしたい。

『クロイツェル・ソナタ/悪魔』 トルストイ(新潮文庫)

クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)
(1974/06)
トルストイ

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書名:クロイツェル・ソナタ/悪魔
著者:トルストイ
訳者:原 卓也
出版社:新潮社
ページ数:270

おすすめ度:★★★★




トルストイ後期の中編作品である二編を一冊にしたものがこの『クロイツェル・ソナタ/悪魔』である。
取り扱っているテーマに重複している部分が大きいので、一冊の本に収録する二編としては最善の選択であったと言っていいだろう。
戦争と平和』のような作品を期待する読者は少々拍子抜けしてしまうのかもしれないが、『復活』などの後期作品に親しんでいる読者には、いかにもトルストイの筆であると感じらる作風だ。

『クロイツェル・ソナタ』と『悪魔』は、いずれも性と道徳についてのトルストイの思想、平たく言えば「禁欲」を推奨する思想を下敷きにしている。
根本的な面において彼の思想に共感できる人は多いように思うが、性的な満足は人間に必須な欲望であるとみなされ、また性生活の不一致が離婚の理由として法的に認められている社会に暮らす今日の読者からすれば、トルストイの目指すストイックな理想はあまりに厳格にすぎると感じられることだろう。

数々の文学作品をざっと思い返してみても、不貞を働く女性がハッピーエンドを迎えることは非常にまれであるように思うのだがいかがだろうか。
『クロイツェル・ソナタ/悪魔』を読んでいるうちに、『アンナ・カレーニナ』の悲劇を思い起こす方も少なくないはずだ。
トルストイは不貞が原因で人々が不幸に陥る作品ばかりを描くような印象を受けるが、不貞な女性をヒロインにしていない作品、たとえばバルザックの『谷間のゆり』やフローベールの『感情教育』などが、トルストイの理想にいくらか近い文学作品なのかもしれない。

『クロイツェル・ソナタ』と『悪魔』の二編は、全体に暗澹たる雰囲気の中で物語られている作品であるため、終幕まで読まずとも、読者は幸福な結末に至るとは到底予想できないはずだ。
決して爽快な気分になれる小説ではないものの、ストーリー性よりは思想性に重きを置いた味読に値する作品なので、お勧めではある。

『人生論』 トルストイ(新潮文庫)

人生論 (新潮文庫)人生論 (新潮文庫)
(1975)
トルストイ

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書名:人生論
著者:レフ・トルストイ
訳者:原 卓也
出版社:新潮社
ページ数:220

おすすめ度:★★☆☆☆




トルストイが人生、生命、幸福などに関する自らの思想を述べたものがこの『人生論』だ。
そのタイトルからもわかることだが、これは小説ではなく論文調で書かれたものなので、誰もがすらすら読める本というわけではないだろう。
キリスト教への「回心」後の作品のため、必ずしもロシア正教の正統教義に則ってはいないとはいえ、全体に宗教色の強い論旨となっている。

作家として順調なキャリアを築いていたトルストイは、『アンナ・カレーニナ』の発表後、徐々に道徳・宗教へと傾倒していき、その思想に従った小説、論文、民話を執筆するようになるが、それらの論文の中で最も普及しているものがこの『人生論』だろう。
そういう意味では、後期トルストイの思想に関心のある方には必読の書であると言える。
復活』や『クロイツェル・ソナタ』と合わせて読むと、後期トルストイの考えや傾向性を把握することができるに違いない。

トルストイが独自の思想を述べた『人生論』だが、必ずしも思想書として優れているかというと、やや疑問を持たざるをえない。
論を進めるに当たって、前提条件に無理があったり、いささか強引な結論付けがあるように私には感じられたのだ。
ただ、思想書の評価は、読者がその主張に共感できるかどうか、この点に左右される部分が非常に大きいように思うので、結局は私がトルストイの思想に共感できない部分が多いと述べているに過ぎないのかもしれないが・・・。
当たり前のことではあるが、『人生論』の評価は読者によりけりになるものと思う。

『人生論』を読み終えて、トルストイは優れた小説家であって優れた哲学者ではない、私はそういう印象を受けてしまった。
とはいえ、あくまで文豪トルストイの人生観や思想を知る上では非常に興味深い一冊であることは疑いようもない。
そういうわけで、トルストイの後期作品に親しんだ読者にお勧めしたい本だ。

『幼年時代』 トルストイ(岩波文庫)

幼年時代 (岩波文庫)幼年時代 (岩波文庫)
(1968/05/16)
トルストイ

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書名:幼年時代
著者:レフ・トルストイ
訳者:藤沼 貴
出版社:岩波書店
ページ数:208

おすすめ度:★★★★




トルストイが自らの幼少期を描いた自伝的な作品がこの『幼年時代』である。
『幼年時代』は二十代のトルストイが書いた処女作としても知られ、作品中に『アンナ・カレーニナ』や『戦争と平和』など、後の大作の萌芽を見出すこともできるだろう。
それらの大作と比べてしまえば、作品の奥行きの乏しさやスケールの小ささは否めないが、小難しいところのないとても読みやすい文章なので、多くの読者が楽しめる本であるように思う。

『幼年時代』の主人公には別の名前が与えられているうえに、伝記的要素との食い違いも多いが、おそらくその主人公の精神状態はトルストイ本人のものに近いと考えて問題ないだろう。
トルストイは、ツルゲーネフ同様、貴族の息子として生まれた。
『幼年時代』で描かれるのも、使用人にかしずかれるのが当たり前の、爵位を持った人々が出入りする貴族の館である。
トルストイが後の作品において精彩に富んだ貴族社会を描き出せたのは、すべてを空想に頼らず、上流社会に身を置いていた自身の見聞に頼るところが大きかったからに違いない。

物質的には何の苦労もない裕福な暮らしの中、幼き主人公に印象付けられた記憶が次々と語られていく中で、幼きトルストイの姿も浮き彫りとなっていく。
素直ながら非常に内気な子供であった様が丹念に描かれているので、ひょっとすると主人公の歯切れの悪さにもどかしい思いをする読者もいるかもしれない。
しかしこの内気さゆえに、トルストイの視線が人間の外面的な部分より内面的な部分へと傾斜するようになり、後々人間観察や心理描写における卓越した才能を発揮することになるのだろうか。

いかにトルストイが繊細で多感な子供だったとはいえ、誰もが経てきたもの、それが幼年時代なのだから、『幼年時代』はある意味で非常に普遍的なテーマの作品でもある。
異国の地に生まれた見ず知らずのトルストイの幼年時代に、なぜか懐かしさを感じてしまうのは私だけではないはずだ。
『幼年時代』が気に入られた読者は、ぜひその続編である『少年時代』、『青年時代』と順に読み進めていただきたい。

『少年時代』 トルストイ(岩波文庫)

少年時代 (岩波文庫)少年時代 (岩波文庫)
(1971/06/16)
トルストイ

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書名:少年時代
著者:レフ・トルストイ
訳者:藤沼 貴
出版社:岩波書店
ページ数:183

おすすめ度:★★★★




トルストイの自伝風小説の第二作目がこの『少年時代』である。
幼年時代』の続編であり、内容的にも密接なつながりがあるので、順序としては先に『幼年時代』を読んでおくほうがベターだろう。
読みやすさや平易な文体は『幼年時代』と同様なので、気軽に手にとっていただける本として幅広い読者にお勧めしたい。

幼年時代』の頃と比べると、読者は『少年時代』における主人公の少年、その少年の心情をトルストイ本人ととらえていいように思うが、その目線がいくらか変わっていることに気付かされるはずだ。
具体的に何が変わったかというと、自意識の強まりや異性への意識だろうか。
主人公の過ごした環境自体にも大きな変化があるので、ストーリー性も加味されたたいへん楽しく読める自伝風の作品となっている。

自伝といえば、ルソーやゲーテも優れた作品を残しているが、自伝の出来ばえは作者の精神性の深さのみならず、正直さにも大いに左右されるものと思う。
当時まだ無名の作家だったということもあってか、主人公の名前や家族構成など、主要な点は変えてはいるが、自らの精神のあり方を如実に述べる真摯さがトルストイに欠けているわけではなく、それがこの『少年時代』の魅力の一つとなっている。
おそらくそういう廉直を好む姿勢が、彼の後年の思想へとつながっていくのだろう。
幼年時代幼年時代
(2009/01/24)
レフ・ニコラエヴィッチ・トルストイ

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少年時代少年時代
(2009/01/24)
レフ・ニコラエヴィッチ・トルストイ

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『少年時代』を含む、岩波文庫から出されていたトルストイの自伝小説三点は、現在いずれも新品があまり出回っていないようだ。
自伝的作品としての出来がいいだけでなく、トルストイという作家に興味のある読者は決して少なくないだろうことを思うと、少々残念な気がする。
私自身は存在を知っているだけで読んだことはないのだが、右に示すように講談社から単行本で新訳が出ているようなので、そちらで読むのもいいだろう。

『イワン・イリッチの死』 トルストイ(岩波文庫)

イワン・イリッチの死 (岩波文庫)イワン・イリッチの死 (岩波文庫)
(1973/01)
トルストイ

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書名:イワン・イリッチの死
著者:レフ・トルストイ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:105

おすすめ度:★★★★




トルストイの中編作品として知られ、短いながらも読み応えのある傑作として人気の本が、この『イワン・イリッチの死』だ。
トルストイが「回心」した後の作品なので、いくらか宗教臭さが感じられないでもないが、さほど気にならないように思う。
一日で読める文章量にもかかわらず、トルストイの魅力を存分に伝えている作品としてお勧めだ。

『イワン・イリッチの死』は、イワン・イリッチの知人たちが彼の訃報に接するところから始まり、その後イワンの生涯と、死に至るまでの模様が語られるという作品だ。
苦しい闘病生活、家族とのやり取り、迫りくる死に対する苛立ち・・・印象的な場面の連続で、つい一気に読み通してしまう作品である。

トルストイは、死に瀕した登場人物たちによる数々の名場面を描いているが、『イワン・イリッチの死』もその一つに数えられるだろう。
死の瞬間というのが、人が最も死後の世界と肉薄し、それだけ必然的に人が最も神と接近する瞬間の一つであることは間違いない。
それを思えば、「回心」後のトルストイが平凡な官吏の死を執拗なまでに描ききることになった理由も首肯できるのではなかろうか。
イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)
(2006/10/12)
トルストイ

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『イワン・イリッチの死』は、『クロイツェル・ソナタ』の併録された新訳が光文社の古典新訳文庫から出されたところだ。
個人的には、米川氏の翻訳は読み慣れているしとても好きなのだが、活字のサイズや文章の読みやすさを考えれば、こちらのほうが多くの読者に受け入れられやすいのかもしれない。
いずれの訳書にしても、味読に値する『イワン・イリッチの死』をぜひ堪能していただきたいと思う。

『トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』 トルストイ(岩波文庫)

トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇 (岩波文庫)トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇 (岩波文庫)
(1965/01)
トルストイ

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書名:トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇
著者:レフ・トルストイ
訳者:中村 白葉
出版社:岩波書店
ページ数:189

おすすめ度:★★★★




同じく岩波文庫から出されている『トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』の姉妹編とでも呼ぶべき作品がこの『トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』である。
二冊の本の作風に大きな違いはないので、『イワンのばか』を楽しまれた読者はこちらも同様に楽しめるに違いない。
イワンのばか』を読んでいない方にも、読みやすい民話を数多く残している文豪トルストイの一面をぜひ知っていただきたいと思う。

『人はなんで生きるか』を含めた四編は、いずれも道徳的な生活を促す内容のものだ。
人としてなすべきなのは自らになされた悪に対抗することではなく、悪にも善で立ち向かうべきであるという思想を汲み取ることは、そう難しいことではないだろう。
その通りに実践していたのでは極度のお人よしとなってしまうため、トルストイが現実的な生き方を提示しているとは言いがたいが、善意の描写はやはり読んでいて気持ちの良いものだ。
人は何で生きるか (トルストイの散歩道)人は何で生きるか (トルストイの散歩道)
(2006/05)
レフ トルストイ

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右はその一例だが、表題作の『人はなんで生きるか』をはじめ、本書に収録されている『愛のあるところに神あり』、『二老人』はあすなろ書房から児童向けの単行本も出されている。
幅広い年齢層が楽しむことのできるのが民話の長所なので、子供用に出版されているのも当然といえば当然のことだが、このようなスタイルでの出版はあえて大衆向けの作品を書いたトルストイの意向を十二分に汲んだものと言えるだろう。
子供の頃に親しんだ本は、長く記憶に残るもの。
これらの名作もプレゼントに悪くないかもしれない。

『人はなんで生きるか』に収録されている五編の作品も、民話の常としてその結末はおおよそ想像がつくものが多いが、それにもかかわらずやはり読者は心温まる思いをすることができる。
心理描写や構成などにトルストイの手腕が発揮された小品群に、ぜひ触れてみていただきたいと思う。

『光あるうち光の中を歩め』 トルストイ(新潮文庫)

光あるうち光の中を歩め (新潮文庫)光あるうち光の中を歩め (新潮文庫)
(2005/05)
トルストイ

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書名:光あるうち光の中を歩め
著者:レフ・トルストイ
訳者:原 久一郎
出版社:新潮社
ページ数:153

おすすめ度:★★★☆☆




トルストイの作品が宗教色を強めて以降、初期の作品に分類される中編作品がこの『光あるうち光の中を歩め』だ。
そのせいか、登場人物の口を通してトルストイの思想が端的に表現されているように感じられた。
たいへん読みやすく、手頃な文章量でもある『光あるうち光の中を歩め』は、小説と『イワンのばか』などの民話風のものとの中間的な性格の作品ととらえてもいいように思う。

『光あるうち光の中を歩め』は、ローマ帝国によってキリスト教が過酷な弾圧を受けている、二世紀の辺境地域に舞台を設定している。
裕福な家庭に生まれ育った主人公ユリウスは、贅沢に溺れた青春時代を送りながらも、次第に商売でも頭角を現し始める。
世間からの信望も高まり、世俗的な意味合いで言うところのいわゆる「成功者」だ。
そんな彼にはキリスト教徒の友人がいて、ユリウスはキリスト教徒の生活に憧れると同時に、大多数の人々のように疑いと反発を感じてもいたのだが、最後には・・・。

原始キリスト教徒たちのような相互扶助を旨とする暮らしを自らの理想としたトルストイにとっては、『光あるうち光の中を歩め』の舞台設定は絶好であったといえよう。
ユリウスとキリスト教徒、ユリウスと非キリスト教徒との間に、一方はキリスト教を擁護し、他方は非難するという宗教談義がとめどなく繰り広げられるが、トルストイ自身が「回心」に至るまでの逡巡も、同じようなものだったのかもしれない。
そう考えると、この作品を読むことは、すなわちトルストイの心の声を聞くことのようにも思えてくる。

『光あるうち光の中を歩め』からトルストイの思想を汲み取ることはたやすいが、その分作品としての奥行きは欠けているように思う。
ストーリー自体はやや平板なので、万人が楽しめる作品とは言い難いものの、トルストイの思想や宗教をテーマにした小説作品に興味のある方にはぜひお勧めしたい。

『青年時代』 トルストイ(講談社)

青年時代青年時代
(2009/01/24)
レフ・ニコラエヴィッチ・トルストイ

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書名:青年時代
著者:レフ・トルストイ
訳者:北御門 二郎
出版社:講談社
ページ数:278

おすすめ度:★★★★




幼年時代』、『少年時代』に次ぐ、トルストイの自叙伝風作品三部作の完結編に当たるのがこの『青年時代』だ。
完結編とはいっても、明確な締めくくりがつけられているわけではなく、当初はさらなる続編を意図していたと察せられる終わり方をする作品なのだが、そもそも『青年時代』というタイトルからして人生の一時期を描くものであるとのイメージを抱くからなのか、それが読者に物足りなさを感じさせることはあまりないように思われる。
登場人物や内容が『幼年時代』、『少年時代』と密接につながっているので、それらを読まれた方は本書も楽しめること疑いなしだ。

トルストイの生き写しと思われる主人公は、『青年時代』において大学入試を体験することになる。
大人への階段を上っていく時期だけあり、自分を少しでも大人びて見せようとつい背伸びをしたがる様子が頻繁に描かれており、『幼年時代』、『少年時代』の二作の頃と比べると、高慢さや虚栄心の表れが顕著であるように思われた。
若気の至りといってしまえばそれまでのことだが、本書によって必ずしも他人事に思えない行動に触れ、恥ずかしい思いをする読者もいるかもしれない。
余談ながら、私はそういった愚かな青年時代を送ったことを自覚している読者の一人で、それゆえにこそ、この『青年物語』を人並み以上に楽しめたのだろうかとも思ってしまうほどだ。

幼年時代』と『少年時代』は岩波文庫で読んだものの、『青年時代』はなかなか新品が見つからず、今回紹介している単行本で読んだわけだが、トルストイを愛してやまない訳者による訳文はとても読みやすく、一気に読み通すことができた。
出版元もさすが講談社というだけあり、誤字脱字の類はほとんど見当たらなかったし、その内容も含めて、近年出版された良書のうちの一つに数えていいように思う。

『コサック: 1852年のコーカサス物語』 トルストイ(光文社古典新訳文庫)

コサック―1852年のコーカサス物語 (光文社古典新訳文庫)コサック―1852年のコーカサス物語 (光文社古典新訳文庫)

書名:コサック: 1852年のコーカサス物語
著者:レフ・トルストイ
訳者:乗松 亨平
出版社:光文社
ページ数:377

おすすめ度:★★★★




そのタイトルのとおり、コサックの集落を舞台に描かれた長編小説がこの『コサック』である。
同じロシアの版図内に暮らしているとはいえ、たいていのロシア人とまったく異質な存在であるコサックは、ロシア文学のテーマとして一大源泉となっているのだが、それをトルストイがどのように扱うのかは大いに注目に値するのではなかろうか。
文庫本という手頃さもあり、幅広い読者層にお勧めできる一冊だ。

『コサック』の主人公は、従軍するためにモスクワからコーカサスに赴いた良家の一青年である。
モスクワでは考えられないような生活が送られているコサックの集落で、兵士や猟師との出会いが彼の魂を揺さぶり続ける。
そして下宿の美しい娘との出会いも、彼の人生、価値観に大きな変化をもたらして・・・。
トルストイの多くの作品でそうであるように、この『コサック』にも自伝的な要素がふんだんに盛り込まれているようなので、トルストイに詳しい人であれば、主人公とトルストイとを重ね合わせたり切り離したりしながら読むのも面白いかもしれない。

戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』といった世界文学における屈指の名作を残しているトルストイだけに、本書『コサック』はどうしてもその影が薄くなってしまっている。
しかし、プーシキンの『大尉の娘』、ゴーゴリの『隊長ブーリバ』、ショーロホフの『静かなドン』など、一連のコサックを取り扱った作品を知っている読者にとっては、トルストイのコサックものはやはり強く興味をそそられるだろうし、それらの作品を読む前にコサックとは何かを教えてくれるトルストイの『コサック』を読んでおくのもいいかもしれない。
一つの作品として楽しむだけでなく、ロシア文学の中での時間的・空間的なつながりをも楽しんでいただきたい、そんな作品だ。

『セワ゛ストーポリ』 トルストイ(岩波文庫)

セワ゛ストーポリ (岩波文庫)セワ゛ストーポリ (岩波文庫)

書名:セヴァストーポリ
著者:レフ・トルストイ
訳者:中村 白葉
出版社:岩波書店
ページ数:208

おすすめ度:★★★☆☆




若きトルストイの文名を高からしめた出世作がこの『セヴァストーポリ』である。
自らも従軍していたセヴァストーポリの包囲戦を扱った作品で、『戦争と平和』をはじめ、戦争を題材にした作品を数多く執筆したトルストイにとっては、誰もが納得の出世作と言えるのではなかろうか。
また、『セヴァストーポリ』はその題材のジャンルとして興味深いだけでなく、一個の文学作品としてももちろん大いに読み応えを秘めているので、トルストイのファン以外の読者も楽しめることだろう。

『セヴァストーポリ』は、三つの作品から構成されている。
いずれも戦時中のセヴァストーポリを舞台にしたものであることは変わらないが、1854年12月、1855年5月、1855年8月と、描かれている時期は異なっている。
それぞれの作品の長さもまったく違うし、そして何よりもトルストイの書きぶりにも相違が見られるので、『セヴァストーポリ』という一つのタイトルにまとめられている中にも、独特の奥行きすら感じさせる作品群に仕上がっていると言えるはずだ。
一般に戦争ものは偏った見地から書かれると退屈この上ない駄作に陥りがちだが、『セヴァストーポリ』がそのような失敗を犯していないのは言うまでもない。

岩波文庫版の『セヴァストーポリ』の難点を挙げるとすれば、これは初版年度の古い岩波文庫の常であるが、旧漢字が多用されていることだろう。
慣れてしまえばどうということはないし、慣れていずともまったく読み進めることができないほどの人はそうそういないとは思うが、近年新たに出されている出版物と比べて読みにくいことは間違いない。

そういう意味ではこの『セヴァストーポリ』、あまり一般受けはしないのかもしれないが、トルストイの出世作と聞いて感心を持たれた方は、ぜひ手にしていただければと思う。
多少の読みにくさに失望されたとしても、発表当時のロシアで一大センセーションを巻き起こしたその内容には必ずや満足いただけることだろう。

『生ける屍』 トルストイ(岩波文庫)

生ける屍 (岩波文庫)生ける屍 (岩波文庫)

書名:生ける屍
著者:レフ・トルストイ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:129

おすすめ度:★★★☆☆




トルストイの戯曲の一つである『生ける屍』。
戦争と平和』のような大河小説はもちろん、『イワンのばか』のような民話、さらには『人生論』のように論文調の作品をも発表していたトルストイであるから、戯曲スタイルの作品があっても不思議はないというものだが、トルストイが戯曲を書いていたという事実はあまり知られていないのではなかろうか。
『生ける屍』はトルストイによる戯曲であるという一点においても大いに興味深いだろうし、また、『生ける屍』はトルストイの死後に遺稿として発表されたという経緯を持つため、なぜトルストイが『生ける屍』を発表しなかったのかを考えてみるのも面白いに違いない。

妻リーザのことを顧みず、若いジプシー女に熱を上げる夫フェーヂャ。
リーザは二人の友人であるカレーニンに夫を連れ戻してくれるようにと頼むが、そのカレーニンこそは、かつてリーザに結婚を申し込んだ男だったのであり・・・。
『生ける屍』の読者は、ロシア文学における一大テーマである「余計者」の系列に属する男に再び出会うことができるだろう。
そもそも、『生ける屍』という表題の意味するところ自体が、「余計者」に対するいささかどぎつい形容に他ならないのではなかろうか。
また、『生ける屍』には、場面が細分化されているという特徴がある。
ひょっとすると舞台にかけるよりは読書に向いている戯曲なのかもしれない。

使用されている漢字や仮名遣いこそ古いが、そこそこ版を重ねてきている『生ける屍』は、絶版となっている岩波文庫にしては比較的入手しやすい部類に入る。
ましてその価格帯も手頃なので、トルストイに関心のある方はぜひ一読してみていただきたい。
読者は『生ける屍』の中に必ずやトルストイらしいヒューマニズムを見出されることだろう。

『コザック ハジ・ムラート』 トルストイ(中央公論新社)

コザック ハジ・ムラートコザック ハジ・ムラート

書名:コザック ハジ・ムラート
著者:レフ・トルストイ
訳者:中村 白葉
出版社:中央公論新社
ページ数:504

おすすめ度:★★★★




トルストイ初期の作品『コザック』と、晩年に書かれ遺稿として公表された『ハジ・ムラート』を収録したのが本書『コザック ハジ・ムラート』である。
両作品共にロシア南部のカフカーズを舞台にしてはいるが、それぞれの作品を支配している雰囲気には微妙な相違があり、どこかトルストイという偉大な作家の始点と終点を暗示するような構成となっている。
『コザック』については、光文社古典新訳文庫の『コサック: 1852年のコーカサス物語』で紹介済みなので、今回は『ハジ・ムラート』について述べさせていただこうと思う。

チェチェンの勇士ハジ・ムラートは、機略に富んだ武勇で知られるが、それがゆえに宗主からねたまれ、身の危険を感じるようになってきていた。
そこで、宗主の下に人質とされている家族を救うため、カフカーズの平定を目指すロシア側に投降することに決めたのだったが・・・。
身分の高低を問わず、多くの登場人物が現れては消えていく『ハジ・ムラート』の読者は、この作品をもっと長大な作品にすることのできるエッセンスを随所に感じ取ることができるのではなかろうか。
トルストイが『ハジ・ムラート』のプロットを小説としていっそう膨らまさなかったことを残念に思うのは、おそらく私だけではないだろう。

出版物としての『コザック ハジ・ムラート』の不思議なところは、ドストエフスキーに詳しい二人が冒頭のはしがきと巻末の解説を担当しているという点だ。
まさか世界に名だたる文豪トルストイの専門家に事欠くわけでもあるまいし、憶測の多い解説を読み終えるとなおさらのこと、なぜそのような人選になったのかは少々不可解に感じられる。
そうはいっても、あまり注目を浴びることのない両作を一冊にまとめて刊行してくれたことはありがたいことと言わざるをえない。
トルストイに関心のある方にはたいへんお勧めの一冊だ。

『太陽は夜も輝く』 トルストイ(河出書房新社)

太陽は夜も輝く太陽は夜も輝く

書名:太陽は夜も輝く
著者:レフ・トルストイ
訳者:中村 白葉
出版社:河出書房新社
ページ数:138

おすすめ度:★★★☆☆




太陽は夜も輝く [DVD]太陽は夜も輝く [DVD]
『太陽は夜も輝く』はトルストイが晩年に手掛けた小説の一つである。
そうはいっても、トルストイが名付けた原題は『神父セルギイ』であって、本書の表題である『太陽は夜も輝く』は、『神父セルギイ』を原作として制作された右の映画に由来している。
中編小説、あるいは短編小説とも呼べるほどの文章量であることに加え、思想的な部分をそれほど掘り下げることなくプロットが次々と展開していくという読みやすい作品なので、トルストイの晩年の作品だからといって身構えることなく気軽に手にしていただければと思う。

容姿端麗で才能にも富み、出世間違いなしと思われていた公爵が、結婚の直前になって突然すべてを投げ出して修道院へ入ることを決意する。
セルギイという新しい名も与えられ、修道生活も順調に進んでいるように思えたのだが・・・。
トルストイ自身のような思想的傾向や極端さを持つ神父セルギイには、晩年のトルストイの問題意識が如実に投影されているように思われる。
『太陽は夜も輝く』の読者には、取り扱っているテーマに類縁性の見られる長編作品『復活』を併せて読まれることをお勧めしたい。

『神父セルギイ』は、遺稿として死後出版された作品なので、トルストイの筆への期待値を考慮に入れればそれほど出来がいいとは言えないかもしれない。
しかし、トルストイに興味のある読者であれば、随所に見られるトルストイらしさを十分楽しむことができるだろう。

本書『太陽は夜も輝く』には、映画『太陽は夜も輝く』中の複数シーンの写真が巻頭と本文中とにそれぞれ掲載されているため、トルストイの小説を出版したというよりは、映画の原作を出版したという性格のほうが強いような気がしてしまう。
それでもなお、読ませるだけの力を持っているのがトルストイの作品なので、一読の価値はあると言えるように思う。
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