『検察官』 ゴーゴリ(岩波文庫)

検察官 (岩波文庫)検察官 (岩波文庫)
(1961/08/05)
ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:検察官
著者:ゴーゴリ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:178

おすすめ度:★★★★★




ロシア文学の戯曲のうち、喜劇作品を思い浮かべようと試みた際に、私は寡聞にしてゴーゴリの作品をおいて他をほとんど知らないのだが、ゴーゴリの戯曲の中で最も有名なのがこの『検察官』だ。
喜劇としての出来は申し分なく、強くお勧めしたい作品だ。

無一文の若者が田舎町に流れ着き、さてこれからどうしたものかと考えているうちに、彼を検察官に違いないと信じ込んだ町の人々の歓待が始まり・・・。
人違いを用いた喜劇という意味ではシェイクスピアに通ずるところもあるが、笑いの質は根本的に異なり、官僚社会を痛烈に風刺した作品となっている。
ただの凡人を政府高官と勘違いして接待する男たち、しなを作る女たち、そんな彼らが滑稽であると同時に、目上の人に媚びずには出世を望むことのできない田舎の人々の侘びしさをも感じさせる。

私事で申し訳ないが、旅先のサンクト・ペテルブルクで、私は運よく『検察官』が劇場で上演されるのを見たことがある。
何の気なしにとある劇場の入り口で演目表を見ていると、ロシア語のアルファベットはだいたい読めたので、翌日上演される劇の作者の名前がゴーゴリであると読み取ることができた。
「検察官」の原語なぞもちろん知らないが、それでもきっと演目は『検察官』に違いないと信じてチケットを買い、そしてその期待は裏切られることなく、幸運にも『検察官』にありつくことができたわけである。
当然ながら現代風の演出が施された上演だったが、今日のロシアでも『検察官』が上演されることがあるのだと、本国ではゴーゴリの作品で劇場が満席になるのだとわかって、とてもうれしく感じたものだ。

ゴーゴリは日本ではあまり読まれていないように思うが、他のロシア文学の大家と比べればタッチが軽く非常に読みやすい。
中でもこの『検察官』は戯曲ということもあってすらすら読める上に、ただの喜劇にとどまらない深みがある。
ゴーゴリを知っている人もそうでない人も、必ずや楽しんでいただけるはずの傑作だ。
スポンサーサイト

『外套・鼻』 ゴーゴリ(岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)外套・鼻 (岩波文庫)
(2006/02/16)
ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:外套・鼻
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇
出版社:岩波書店
ページ数:143

おすすめ度:★★★★★




『外套・鼻』、ゴーゴリの短編の中で最もよく知られているのがこの二編だ。
どちらも幻想的な雰囲気を帯びていて面白く、よくまとまっている上に読みやすいので、自信を持ってお勧めできる作品である。

『外套』は、とある下級官吏が古くなった外套を新調しようとするという平凡な話が、予想外の展開を見せる物語だ。
下級官吏の不遇を描いているという点では、『検察官』はもちろん、ドストエフスキーの『貧しき人々』にも通ずるところがある。
「我々はみなゴーゴリの「外套」から生まれた」という言葉が当のドストエフスキーに帰せられているわけでもあるし、ロシア文学に興味のある人ならば『外套』は必読だろう。

『鼻』はナンセンスものの傑作で、カフカを好きな人には特にお勧めだ。
一言で言ってしまえば、シャミッソーの『影をなくした男』ならぬ、「鼻をなくした男」の話である。
その主題からも察せられるように、終始コミカルな調子で描かれていて非常に面白い。
それにしても、鼻をテーマにした小説といえば芥川の『鼻』が有名だが、今思い返すことができるものだけでも、ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』やスターンの『トリストラム・シャンディ』など、鼻コンプレックスとでもいうのか、鼻が重要な役割を果たす作品は少なからず存在する。
世界で最も有名な鼻物語を読みながら、文学作品における鼻の役割、ひいては人間の顔における鼻の役割をじっくり考察してみるのも面白いだろう。

この『外套・鼻』を読んでからロシア文学を読み始めるのもいいし、その逆にロシア文学の大作に触れてから『外套・鼻』に戻るのもいいと思う。
いずれにしても、短くて読みやすいにもかかわらず、後世への影響力の大きな作品なのでぜひ読んでみてほしい。

『死せる魂』 ゴーゴリ(岩波文庫)

死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)
(1977/03/16)
ゴーゴリ

商品詳細を見る
死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)
(1990/02)
N.ゴーゴリ

商品詳細を見る

死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)
(1977/07/18)
N.ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:死せる魂
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇、横田 瑞穂
出版社:岩波書店
ページ数:259(上)、228(中)、254(下)

おすすめ度:★★★★★




ゴーゴリの代表作であり、未完の長編作品である『死せる魂』。
ゴーゴリの特徴であるユーモアあふれる筆致の読みやすさは健在だ。
数々の文学全集に収められているだけあって、読者の期待を裏切らない名作である。

『死せる魂』の主人公はペテン師のチチコフという男。
彼はロシア各地を遍歴しながら死んだ農奴の名義を買い集め、それを使って一儲けを企んでいる。
いわば「死せる魂」を買い集めているというわけだ。
中世の悪しき遺産であるような農奴制に対する風刺のようにも読める作品だが、善への意志が人一倍強かったゴーゴリは『死せる魂』を単なる風刺作品に止めるつもりはなかったらしく、後の書かれることのなかった章で主人公の改悛や善への目覚めを描き出そうとしていたらしい。
ゴーゴリは『死せる魂』を書き終えることなく四十台前半でその生涯を閉じたが、同じテーマはドストエフスキーやトルストイなどに受け継がれていくことになるだろう。
そういう意味では、『死せる魂』はロシア文学における一つの偉大な流れの最上流に位置する作品とも言えるはずだ。
ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉
(1991/03/20)
プーシキン、ゴーゴリ 他

商品詳細を見る

『死せる魂』は『集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉』にも収録されている。
プーシキンやチェーホフの代表作と共に、ゴーゴリの『』と『外套』も収められているが、このシリーズは何しろ一冊が重いのが難点だ。
とはいえ、収録作品のラインナップはまさに豪華の一言に尽きるので、自宅でゆっくり読書する方にはいいかもしれない。

『死せる魂』の読者はみな、作品が未完であることを残念に思わずにはいられないが、『トリストラム・シャンディ』などの未完の大作同様、十分に読む価値を備えている傑作だとも感じるはずだ。
ゴーゴリの集大成とも言うべき『死せる魂』、ぜひ読んでみていただきたい。

『結婚』 ゴーゴリ(群像社)

結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)
(2001/10)
ニコライ・ワシークエヴィチ ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:結婚
著者:ゴーゴリ
訳者:堀江 新二
出版社:群像社
ページ数:126

おすすめ度:★★★☆☆




検察官』で知られるゴーゴリの、おそらくその次に有名な喜劇作品がこの『結婚』である。
「二幕のまったくありそうにない出来事」と副題が付けられているとおり、数ある戯曲の中でも非常に短い部類の作品だ。
二時間もあれば読み終えることができるため、また、内容にも何ら難しいところがないため、軽い読み物としては悪くないのではなかろうか。

ゴーゴリは『結婚』に様々な立場の人物を登場させている。
求婚をする側、される側、その親戚、結婚を取り持つ側、いろいろな側面から結婚を描き出している。
結婚に踏み切れない男が友人に励まされて花嫁候補の家に赴くと、そこにはすでに何人かの花婿候補がいて、男女の数のまったく釣り合わない奇妙な集団お見合いが始まる・・・。
ひょっとすると、結婚相談所やお見合いパーティーが急増した今日の日本では、また少し違った読まれ方をする作品なのかもしれない。

訳者が解説でも触れていることだが、ゴーゴリは滑稽味のある名前を、その性格を特徴付けるような名前を、登場人物に与えることが多い。
堀江新二氏訳のこの『結婚』においては、登場人物のうちの何人かを、本来は固有名詞である名前を単にカタカナ表記するのではなく、ロシア語の意味を汲んで意訳し、日本語化させることでその滑稽味を読者に伝えている。
このような処置に対する見解は分かれるところだろうが、私としては作者であるゴーゴリの意図に沿った翻訳であるとして歓迎したいと思う。

文字サイズも小さくない上に、解説も含めて全126ページと、きわめてコンパクトなのが特徴の『結婚』。
短くて読みやすい反面、ひねりや深みに欠けているので、物足りなさを感じさせる作品でもある。
ゴーゴリの代表作とは言えないまでも、『検察官』などを読んでゴーゴリに興味の湧いてきた方にはお勧めできる作品だ。

『狂人日記 他二篇』 ゴーゴリ(岩波文庫)

狂人日記 他二篇 (岩波文庫 赤 605-1)狂人日記 他二篇 (岩波文庫 赤 605-1)
(1983/01/17)
N.ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:狂人日記 他二篇
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:横田 瑞穂
出版社:岩波書店
ページ数:232

おすすめ度:★★★★




表題作のほかに、ゴーゴリの代表的な中編小説である『ネフスキイ大通り』と『肖像画』を収録したのがこの『狂人日記 他二篇』である。
いずれもゴーゴリの作品の中ではよく知られた部類に入るが、そもそもさほど作品数の多くないゴーゴリの場合、『外套・鼻』と本書を読めば有名な中編小説はほぼ網羅したと言ってもいいほどなので、ゴーゴリに興味のある方はぜひ本書を読んでみていただきたいと思う。

『狂人日記』をはじめ、本書に収録されている作品はいずれも「ペテルブルグもの」に属しており、舞台はペテルブルグに置かれている。
『狂人日記』は、下級官吏の日記というスタイルで書かれた作品で、その官吏が長官の令嬢に空しい恋心を抱くことから徐々に狂い出していく彼の精神模様が巧みに描き出されている。
本書の中では最も短い作品だが、おそらくは最も強く読者の印象に残ることだろう。
ペテルブルグの目抜き通りを行き交う人々を描いた『ネフスキイ大通り』、怪しい力を秘めた絵画を扱った『肖像画』も、ペテルブルグに好印象を持っていなかったゴーゴリらしい作品に仕上がっており、ゴーゴリの著作を読みたいと思われる方の期待を裏切ることはないはずだ。
阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)
(1981/02)
魯 迅

商品詳細を見る

『狂人日記』の読者にお勧めしたいのは、同じく『狂人日記』との表題で知られる魯迅の作品だ。
時代と地域は違えど、同じ表題の作品ということで興味は尽きないし、両者の相違点を意識しながら読んでみるのも面白いことだろう。
ゴーゴリにしても魯迅にしても、どちらも非常に読みやすい文章を書く作家であるため、あまり好きになれないという読者は少ないはずだ。

『狂人日記 他二篇』の収録作品には、『検察官』ほどの風刺性や『』ほどのユーモア性は見られないが、それらの特徴はやはり底流となって存在している。
ゴーゴリの見たペテルブルグを知ることのできる『狂人日記 他二篇』、ゴーゴリに関心のある方にはお勧めの一冊だ。

『隊長ブーリバ』 ゴーゴリ(潮文学ライブラリー)

隊長ブーリバ (潮文学ライブラリー)隊長ブーリバ (潮文学ライブラリー)
(2000/12)
ニコライ ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:隊長ブーリバ
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:原 久一郎
出版社:潮出版社
ページ数:224

おすすめ度:★★★★




ゴーゴリの出生の地であるウクライナを舞台とする中編小説を集めた作品集『ミルゴロド』の中の一編が、この『隊長ブーリバ』である。
『ミルゴロド』の収録作品はゴーゴリの若い頃のものであると言われていて、それは間違ってはいないのだが、出版年でいえば『狂人日記』や『ネフスキイ大通り』などと同時期のものとなっている。
しかし、『隊長ブーリバ』はそれらの「ペテルブルグもの」で描かれた世界とは空間的にも質的にもまったく異なる作品で、『』や『死せる魂』の読者からすれば、これまでのゴーゴリのイメージを根底から覆すものとなるかもしれない。

本書の原題ともなっているタラス・ブーリバは、粗暴で剛毅なコサック兵を絵に描いたような人物で、コサックの間でも一目置かれている歴戦の勇者である。
そんな彼が、教育を終えて実家に戻ってきた二人の息子を連れてコサックの集まる駐屯地に赴いたところに、とある知らせが届き・・・。

『隊長ブーリバ』には、鼻が出歩いたり幽霊が登場したりといった幻想性が見られず、ゴーゴリ得意の皮肉やユーモアも影を潜めている。
上官の威厳にびくつく部下もいなければ、金や地位をなりふり構わず求めている卑小な人物もおらず、本書の主役となるのは、感情の起伏が激しく、行き過ぎた勇猛さに加えて残忍さをも備えた、自由奔放に生きるコサックたちである。
今日的な観点からすれば、血と暴力で彩られたコサックの生き様は到底首肯できるものではないにせよ、ゴーゴリの作品の中で最もロマン主義的な作品の一つとして読むとたいへん興味深いものであることは間違いないだろう。

中編小説を集めた『ミルゴロド』に収録された四編は、いずれも現在一般の読者が読みやすい形のものが出回っていないのだが、この『隊長ブーリバ』だけが例外で、現時点ではいまだに新品での入手さえ可能となっている。
ゴーゴリのあまり知られていない筆致に触れたい方に強くお勧めしたい作品だ。

『昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)』 ゴーゴリ(岩波文庫)

昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖) (岩波文庫 赤 605-9)昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖) (岩波文庫 赤 605-9)
(1934/03/25)
ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:伊吹山 次郎
出版社:岩波書店
ページ数:126

おすすめ度:★★★☆☆




ゴーゴリの生地、ウクライナを舞台にした作品集、『ミルゴロド』の中の二編を収録したのが本書『昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)』だ。
執筆年代も同じで、舞台も同じウクライナに設定されているとはいえ、『昔気質の地主たち』と『ヴィー』とは作品から受ける印象が相当違っており、同じ作品集に収められた『隊長ブーリバ』ともまるで趣を異にするので、ゴーゴリの作品を幅広く味わいたい方には非常にお勧めの一冊と言えるように思う。

本書の表題作である『昔気質の地主たち』は、のんきで平和な地主夫婦を扱った物語だ。
長年連れ添ってきた人好きのする二人は何不自由ない幸せな日々を送っているが、その陰で使用人たちには彼らの財産がいいようにかすめ取られている。
実務家としての才能はまったく評価できないし、彼らの趣味や知性も優れているとは言い難いが、読者は人間的魅力に富んだ素朴な二人を憎むことができないのではなかろうか。

一方『ヴィー』の方はというと、超自然的な現象を扱った、ある意味で非常にゴーゴリらしい幻想的な作品となっている。
「地妖」というあまりなじみのない語から成る副題によっても察せられるかもしれないが、不気味な雰囲気が読者を引き付ける物語である。
個人的には『昔気質の地主たち』より『ヴィー』の方がよくできている作品であるように感じられたのだが、一方は心温まる作品、他方は肝を冷やす作品ということで、二作品の傾向がまったく異なるため、比較対照が難しいのも事実だ。

本書『昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)』は、巻頭に添えられた訳者によるはしがき部分で、話の落ちがずいぶんあっさりと明かされてしまう。
特に『ヴィー』のような幻想譚の部類に入る作品の場合は、物語の結末が読者の最大の関心事となるように思うので、はしがきは飛ばして本文から先に読まれることをお勧めしたい。
出版年が古く、改版が行われていないために幅広い読者に受ける本であるとは思えないが、ゴーゴリに興味のある方で、旧仮名遣いに抵抗のない方はぜひ手にしてみていただきたいと思う。

『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』 ゴーゴリ(岩波文庫)

イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話 (岩波文庫)イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話 (岩波文庫)
(1928/11/30)
ゴーゴリ

商品詳細を見る

書名:イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:原 久一郎
出版社:岩波書店
ページ数:110

おすすめ度:★★★☆☆




ウクライナを舞台とした作品集『ミルゴロド』のうちの一編が、この『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』である。
それぞれ作風の異なる作品を集めた『ミルゴロド』において、『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』は、最もユーモアに富んだ物語に仕上がっているのではなかろうか。
検察官』や『』を読んでゴーゴリに魅了された方であれば、必ずや楽しむことのできる作品であるように思う。

これまで仲睦まじく暮らしていたイワーン・イワーノウィッチとその隣人であるイワーン・ニキーフォロウィッチだったが、些細なことから激しい言い争いになってしまう。
彼らが備えていた人の好さはどこへやら、どちらも相手の怒りを煽り立てる一方で、争いは裁判沙汰にまでなり・・・。
物語は民話や寓話のような安心感ある雰囲気の中で進んでいくため、とても喧嘩を軸にした物語とは思えないほどである。
長いけれどもその意味するところはきわめてシンプルなタイトルからして、すでに滑稽味と人間味がにじみ出ているようにも感じられるが、そういう意味ではタイトルから期待されるとおりの内容の小説と言ってもいいのかもしれない。
ゴーゴリ全集〈第2巻〉ミールゴロド (1977年)ゴーゴリ全集〈第2巻〉ミールゴロド (1977年)
(1977/03)
不明

商品詳細を見る

隊長ブーリバ』、『昔気質の地主たち/ヴィー』に『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』を合わせた四編が、作品集『ミルゴロド』の全収録作品である。
本来であれば手頃に入手できるはずの文庫本である後者二冊がいずれも品薄で、なおかつ仮名遣いが改められていないため、『ミルゴロド』は右の全集版で読むのも悪くないように思う。
私自身はその中身を確認したことはないのだが、出版年からすればさほど読みにくさを感じることはないだろうし、中古品のみの流通なので確かなことは言えないものの、場合によっては少々高額に思える全集版一冊の方が定価以上で売られている文庫本数冊を買い集めるより結局は安くつくのかもしれない。

その表題の文字数が、いかに岩波文庫の歴史が長いとはいえ最多なのではなかろうかと思われる『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』だが、作品自体はとても読みやすい分量で、コミカルなストーリー展開は読者に次のページを繰らせてやまないことだろう。
仮名遣いの古さという欠点を補って余りあるほど面白い物語なので、ゴーゴリに、特にゴーゴリのユーモアセンスに興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『ディカーニカ近郷夜話』 ゴーゴリ(岩波文庫)

ディカーニカ近郷夜話 前篇 (岩波文庫 赤 605-7)ディカーニカ近郷夜話 前篇 (岩波文庫 赤 605-7)ディカーニカ近郷夜話 後篇 (岩波文庫 赤 605-8)ディカーニカ近郷夜話 後篇 (岩波文庫 赤 605-8)

書名:ディカーニカ近郷夜話
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:平井 肇
出版社:岩波書店
ページ数:224(上)、268(下)

おすすめ度:★★★★




ゴーゴリが人気作家となったきっかけの作品、いわば彼の出世作に当たるのがこの『ディカーニカ近郷夜話』である。
ゴーゴリの出生地であるウクライナを舞台としており、ゴーゴリらしさが鮮明に打ち出されているといえるのではなかろうか。
短編に相当する短い作品を連ねた物語集というスタイルであるためたいへん読みやすく、幅広い読者にお勧めできる作品だ。

『ディカーニカ近郷夜話』に収録された各物語には悪魔や魔女、魔法使いなどが頻繁に登場し、全体的にホフマンの作品のような幻想性が強く感じられる。
ロマン派風の幻想性がしばしば指摘されるゴーゴリだが、彼の後期作品にのみなじんでいる読者にはその指摘がいまひとつ釈然としないこともあるかもしれない。
そんな方はぜひこの『ディカーニカ近郷夜話』を手にしていただければと思う。

『ディカーニカ近郷夜話』には、コサックを描くというゴーゴリの初期の特徴が顕著に表れていて、後のペテルブルクを舞台にしたものと読み比べてみるのも興味深いことだろう。
また、ゴーゴリの作品にユーモアを加え、さらにそれらをいくらか理知的なものにしてもいる風刺性もすでにその萌芽を垣間見せており、『ディカーニカ近郷夜話』は必ずやゴーゴリに興味のある読者を満足させてくれるに違いない。

』や『検察官』が代表作としてよく知られているゴーゴリだが、いろいろな意味で『ディカーニカ近郷夜話』が出発点となっている作家であるように思われる。
『ディカーニカ近郷夜話』を彼の代表作と呼ぶことはできないだろうが、ゴーゴリのアイデンティティーさえ感じさせる一つの側面を示すものとして、『隊長ブーリバ』などと共に読んでいただければと思う。
カテゴリ
PR
最新記事
RSSリンク