スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ルーゴン家の誕生』 エミール・ゾラ(論創社)


書名:ルーゴン家の誕生
著者:エミール・ゾラ
訳者:伊藤桂子
出版社:論創社
ページ数:402

おすすめ度:★★★★




ゾラといえば「ルーゴン・マッカール叢書」だが、その第一作目はあまり読まれていないのではなかろうか。
かくいう私も、『ナナ』や『居酒屋』は数年前に読んだけれども、一作目である『ルーゴン家の誕生』は長らく読まずにいた。
単独で読んでも十分楽しめるのがルーゴン・マッカール叢書の特徴でもあるが、時折なされる遺伝についての云々をやや唐突に感じた読者もいたのではないかと思う。
いかに緩いつながりから成るシリーズだからとは言っても、一作目から読むのが正攻法というか、シリーズを最大限に楽しむ方法ではあろう。

さて、『ルーゴン家の誕生』だが、原題は「La fortune des Rougon」とあり、必ずしもルーゴン家の誕生の経緯に焦点を当てた作品ではないことは表題からも察せられる。
どちらかといえば、話が進んでいくうちにあっさりと一家が誕生してしまったような観すらある。
それでいて、一族のスタートを知ることができるという意味では『ルーゴン家の誕生』は非常に興味深い作品だ。
先に『ナナ』や『居酒屋』のような有名どころを読み、ゾラに、ルーゴン・マッカール叢書に関心を抱いた方にはぜひお勧めしたい。

ゾラに特有の、登場人物の欲望をさらりと描写する筆は、本作においてもやはり読み応えがある。
清い心を持つ、少年から青年へと移り行く年頃のシルヴェールの存在によって、利己的な人々の心の醜さがかえって引き立ってしまう。
それでいて、それら醜い人々がのし上がっていくさまを心の底で応援してしまったのは私だけだろうか。
構成にも配慮がなされているように思えたし、ゾラとしては比較的初期の作品に分類されるのだろうが、随所にゾラの小説家としての巧みさを感じさせる仕上がりの作品だ。

初版が2003年というのもあり訳文も読みやすく、簡単なプラッサンの市街図以外に挿し絵こそないが、付録としてルーゴン・マッカール一族の遺伝的連関を示す家系樹が付いているのもうれしい。
ナポレオン3世の即位前後の歴史的知識があるとより楽しめる作品だと思う。
スポンサーサイト

『ナナ』 エミール・ゾラ (新潮文庫)


書名:ナナ
著者:エミール・ゾラ
訳者:川口 篤、古賀 照一
出版社:新潮社
ページ数:716

おすすめ度:★★★★★




言わずと知れたゾラの代表作がこの『ナナ』。
居酒屋』と並び翻訳の種類も多く、ゾラの最高傑作として数々の文学全集にも収録され、文庫本にもなっており、それだけ最も読まれている作品ではなかろうか。

ナナは舞台で男たちを魅了した高級娼婦。
『マノン・レスコー』や『椿姫』、女性につぎ込み破滅していく人々が多々描かれているバルザックの作品群などを思い起こさせる、いかにもフランス文学の系譜中といった作品だ。
それらの多くの作品に共通することだが、読者は最初から熱狂的に恋する男たちはもちろん、当の娼婦自身にも、破滅的な結末をおぼろげながらに予感してしまう。
そしてやはり『ナナ』の結末もハッピーエンディングにはならない。
『ナナ』マネ
ゾラと親交のあったマネがナナの全身像を残している。
モデルは当時実在していた高級娼婦。
背景に描き込まれた鶴に、当時の流行であるジャポニズムを垣間見ることができるかもしれない。
美しいとされる女性にも流行があるが、このナナは現在も多くの男性を魅了できるのだろうか。

いいようにあしらわれる男たち、自由奔放な振る舞いを続けるナナ・・・登場する男たちのだらしなさに歯がゆい思いをした記憶が残っている。
ナナを取り巻く男たちは、現在であればホストやホステスに異様に熱を上げる人々に比せられるのだろうが、ただひとつ根本的に異なるのは、当時夢中になっていた男たちは階級社会の上層に位置するということ。
『ナナ』に限ったことではなく、『獲物の分け前』などにも窺えることだが、概してゾラは上流階級の人々を描く際に非常に手厳しい。
そのような描き方をするのはなにもゾラに限ったことではないけれども。

強烈な印象を残す必読の書とまでは言わないが、何しろ知名度のある作品なので一読をお勧めする。

『居酒屋』 エミール・ゾラ(新潮文庫)


書名:居酒屋
著者:エミール・ゾラ
訳者:古賀照一
出版社:新潮社
ページ数:740

おすすめ度:★★★★★




ナナ』と並び、ゾラの代表作とされるのが本作『居酒屋』。
主人公であるジェルヴェーズの境遇の浮き沈みが大きく、それだけ興味深く楽しめる作品となっている。

当時、ほとんど売れていなかったゾラを一躍有名作家にしたのがこの『居酒屋』でもある。
それまでの上流階級の腐敗を描いたものや、田舎町プラッサンを舞台にしたものと比べて、パリの庶民生活を赤裸々に描いた『居酒屋』は、より多くの読者を獲得しやすかったのかもしれない。
人々の内面の汚いところをも描き出そうというゾラの傾向からか、登場人物の性格等をやや醜悪にし過ぎたきらいもないではないが、そこらへんも含めてゾラを心行くまで楽しむことのできる作品だ。

さらに、本作に登場するジェルヴェーズの子供たちも、後々他の作品の主人公として大きな役割を果たすことになる。
制作』のクロード、『ジェルミナール』のエティエンヌ、そしてその名を表題に持つナナ。
以降の登場人物を準備した『居酒屋』は、ルーゴン・マッカール叢書中において、『ルーゴン家の誕生』に次ぐ、その後の傑作の起点と言っても過言ではないだろう。
『居酒屋』と上に挙げた作品を読んでみるだけでも、マッカール家の一支流の運命が一望でき、ルーゴン・マッカール叢書の執筆にあたり、遺伝的・社会的要因を重視したゾラの広大なビジョンの片鱗を垣間見るという楽しみ方もできるように思う。
「行間」ならぬ「作品間」を楽しむことができるというのが、連作の醍醐味ではなかろうか。

やや長めの長編小説ではあるが、文庫本で一冊になっているというコンパクトさもうれしいところ。
筋の起伏もあるので読みやすく、ゾラらしさ、自然主義文学らしさも存分に発揮されているので、初めてゾラを読むという人にも堂々とおすすめできる名作である。

『獲物の分け前』 エミール・ゾラ(論創社)


書名:獲物の分け前
著者:エミール・ゾラ
訳者:伊藤桂子
出版社:論創社
ページ数:361

おすすめ度:★★★★




ルーゴン・マッカール叢書、第二巻に当たるのが本書『獲物の分け前』である。
話の筋という観点からすると、『ルーゴン家の誕生』の直接的な続編は第四巻の『プラッサンの征服』であり、ルーゴンの息子であるアリスティッドのその後を描いた本作『獲物の分け前』は、パリに舞台を移したやや傍系といった感じだ。
しかし、後々多くの作品の舞台となるパリはこの『獲物の分け前』を皮切りにしており、叢書内における重要性も決して小さくはないと言えるだろうし、近年ちくま文庫入りしたのも頷けることだ。

アリスティッドとその若き後妻ルネ、先妻との間の息子マクシム、この三人が暮らす豪奢な館を中心に、第二帝政の開始、ひいてはオスマン男爵のパリ大改造、これらのどさくさの中でのし上がった、もしくはこれからのし上がっていく人々が彼らを取り巻いている。
大きな変革や大事業は、いつの世でも一部の人間に多大な富をもたらすもので、それらの「獲物」をめぐって、不正な取引が横行する・・・。
そんなものははるか昔の異国の地での出来事にすぎない、と完全に割り切ることができないのが、悲しくも腹立たしいところだ。

この作品で大きな役割を占めているもう一つのテーマは、作中にもそのタイトルの散見される、ラシーヌの『フェードル』に似た恋愛模様だろう。
それを倦怠と退廃が生み出す邪恋とみなすべきなのか、肉体的・精神的充足を求める一人の女性の悲恋とみなすべきなのか、そこは各々の読者が自らの胸に問えばいいことだが、果たして『フェードル』的恋愛に喜ばしい結末は期待できるのだろうか。

私自身そうした手合いなのだが、第一巻である『ルーゴン家の誕生』から続けて読むと、また同じつくりなのかと感じてしまうほどに、時系列の組み立て方など、構成は第一巻と似ている。
また、アリスティッド・サッカールは十八巻の『』で主人公を務めるという、ルーゴン・マッカール叢書中の重要人物の一人だ。
『獲物の分け前』がゾラに、ルーゴン・マッカール叢書に関心のある方を失望させることはないだろう。

『ジェルミナール』 エミール・ゾラ(論創社)


書名:ジェルミナール
著者:エミール・ゾラ
訳者:小田 光雄
出版社:論創社
ページ数:702

おすすめ度:★★★★★




ルーゴン・マッカール叢書、第十三巻目に当たるのがこの『ジェルミナール』。
ゾラの作品の中で、これは非常にお勧めのものの一つだ。
ストーリー展開も非常にダイナミックで、躍動感に満ちた登場人物にあふれ、ついつい先が気になってページを繰ってしまうというゾラの傑作の一つだろう。
個人的には、ゾラの代表作としてもっと読まれてしかるべき作品だと思う。

「ジェルミナール」とは、フランス革命暦における一つの月の名前で、日本語では「芽月」と訳されることが多い。
現今の暦では三月下旬から四月上旬に当たり、日本ではちょうど桜のほころぶ季節。
ただ、作品の中で流れる時間的スパンは比較的長く、必ずしもストーリーが「ジェルミナール」と直結していないようにも思える。
ゾラはなぜこのタイトルを選んだのかと読後に考えてみるのも面白いだろう。

舞台は劣悪な環境の中で貧しい労働者たちがひしめく鉱山町。
資本家たちの都合で運営される鉱山でいいように使われていた労働者たちが、渦巻く怒りを胸にストライキに突入、そして貧苦の末に・・・。
読み進めていくうちに、多くの読者がプロレタリア文学臭さを感じるのではなかろうか。
事実『ジェルミナール』は、ゾラの社会思想をも推し量ることができるような、そんな作品だ。
様々な視点からの鑑賞に耐えうる豊かさを内に秘めているので、論文のテーマに困っている学生にも多くのヒントを与えてくれるかもしれない。

これは余談だが、『ジェルミナール』にやや遅れて、日本では漱石が『坑夫』という小説を発表している。
自暴自棄になった青年が鉱山労働者になろうとするところから始まる、こちらも鉱山を舞台にした物語で、『ジェルミナール』と合わせて読んでみるのも興味深いように思う。
とはいえ、叢書中の他の作品との内容的連関も少ない『ジェルミナール』は、ただこれだけを読んでも十分楽しめる優れた作品として、強くお勧めしたい。

『制作』 エミール・ゾラ(岩波文庫)


書名:制作
著者:エミール・ゾラ
訳者:清水 正和
出版社:岩波書店
ページ数:382(上)、371(下)

おすすめ度:★★★★★




ルーゴン・マッカール叢書、第十四巻がこの『制作』。
個人的には、ゾラの諸作品の中で最も気に入っている。
西洋美術、特に印象派に興味のある方にはぜひ読んでいただきたい作品だ。

主人公は売れない画家、クロード・ランチエ。
彼は自らの芸術に対する信念を貫き通す頑固一徹な男で、いわゆる芸術家気質の典型的なタイプである。
印象派の後の隆盛を知っているだけに、読者はクロードを奇妙な絵を描き散らすただの変人とは思えず、ついつい彼の成功を応援してしまう。
彼の苦悩には、絵画等の制作に打ち込んだ経験のない人間でも強く共感できることだろう。
芸術家としての苦悩は、それをそのままゾラの経てきた茨の道ととらえることもできるかもしれない。
『ゾラ』マネ
非難の的でもあった印象派を早くからゾラが擁護していて、さらに印象派とされる数多くの画家たちと親交もあったという事実が、この小説の面白みを倍増させている。
『制作』には、ゾラと親しかったマネらしき男も登場する。
右はマネが描いたゾラの肖像。
周到な下調べのもとで執筆にかかる小説家としての、論戦も辞さずに自説を主張し続けた評論家としての、自信や力強さがうまく表現されているように思う。

ゾラはこの『制作』の執筆が原因で、中学以来の親友セザンヌと絶交したとも言われている。
また、主人公の「クロード」という名前はモネを連想させないでもない。
クロードが制作している絵の描写から、当時の誰の作風に類似しているのかを考えてみるのも面白い。
『制作』を現実の印象派と完全に切り離して鑑賞するのは難しいかもしれないが、絵画に関心があれば、それだけより深く楽しめる作品だろう。
私自身、絵心は絶望的なので、どなたか腕に覚えのある方に、クロードが作中で描いていた絵を実際に描くという試みに挑戦してもらいたいものだ。

他の叢書中の作品との結びつきは弱め。
関連作品をお探しの方には、同じくゾラの『美術論集』、バルザックの『知られざる傑作』をお勧めしたい。

『ごった煮』 エミール・ゾラ(論創社)


書名:ごった煮
著者:エミール・ゾラ
訳者:小田光雄
出版社:論創社
ページ数:528

おすすめ度:★★★★




『ごった煮』はルーゴン・マッカール叢書第十巻に当たる。
しばしば第十一巻の『ボヌール・デ・ダム百貨店』との連続性を指摘されるが、実際にはさほど厳密な意味での前編・後編という感じはなく、いつもの「ルーゴン・マッカール的」な緩いつながりがあるに過ぎない。
とはいっても、主要登場人物や、舞台となる服飾店など、共通する部分は多いので、やはりこの『ごった煮』、『ボヌール・デ・ダム百貨店』の二作品は順序どおり読むほうがより楽しめるだろうか。

『ごった煮』は、パリの一つのアパルトマンを舞台に繰り広げられる確執、打算、痴話、駆け引き・・・それらの混じりあう坩堝、まさしく一つ屋根の下に暮らす人々の「ごった煮」を描いている。
主人公は、『プラッサンの征服』で出来の悪い息子として登場したオクターヴ・ムーレ。
彼はルーゴン・マッカール叢書中、最も登場頻度の高い核となる人物の一人なので、また、彼の境遇や性格は非常に変化に富んでいるので、他の巻での彼の活躍を追ってみるのも興味深いに違いない。

ゾラの多くの傑作にありがちなことだが、『ごった煮』にもあまり心の清い人々は登場せず、腹黒い人々が大半を占めている。
そしてこのような人々を描いているときにこそ、自然主義の提唱者としてのゾラの腕前が遺憾なく発揮されているように思う。
決して作品の中で出しゃばらない作者は、ただ淡々と起こった出来事を連ねていくが、その無関心そうな態度が、冷たい突き放しのようで、いかにもとげとげしいと感じてしまうのは、私だけではないのではなかろうか。
醜悪なものをぎろりと横目でにらみつけたかのような、そんなゾラの鋭さが私は好きだ。

あまり知名度は高くないが、非常にゾラらしさの出ている『ごった煮』は読み物として普通に面白く、ゾラを初めて読む人にでもとっつきやすい。
『ごった煮』を気に入ることのできた方には、引き続いて『ボヌール・デ・ダム百貨店』を読んでみてもらいたい。
きっと少々毛色の異なるゾラを楽しんでもらえることだろう。

『ボヌール・デ・ダム百貨店』 エミール・ゾラ(藤原書店)


書名:ボヌール・デ・ダム百貨店
著者:エミール・ゾラ
訳者:吉田 典子
出版社:藤原書店
ページ数:651

おすすめ度:★★★★




ルーゴン・マッカール叢書第十一巻がこの『ボヌール・デ・ダム百貨店』。
第十巻の『ごった煮』の続編として紹介されることも多いが、『ごった煮』を知らずとも十分一つの作品として完結している。
とはいえ、『ごった煮』の主人公オクターヴ・ムーレのその後が描かれているので、両方とも読む予定なら順序としては『ごった煮』を先に読むのがベターだ。

『ボヌール・デ・ダム百貨店』は、世界最初の百貨店といわれるボン・マルシェ百貨店をモデルにした、デパートの黎明期を描いた作品。
ゾラの目指したものは歴史書ではないから、記述のすべてを鵜呑みにするわけにはいかないが、それでもおよそ150年前のデパートの様子を想像してみるよすがとはなる。
今日のデパートのあり方と比べてみるだけでも、興味深い相違点が多いことだろう。

ところで、同時期のフランスの作家たちを思い返してみても、本格化した産業革命の進展や、大量消費社会の形成など、社会の一大変革を取り扱った作品を残した作家は意外と少ないのではなかろうか。
百貨店を取り上げるということ自体が、様々な角度から第二帝政期を浮き彫りにしようとしようとしたゾラらしい焦点の当て方なのだろうし、このような手法によって、ゾラのライフワークとも言うべきルーゴン・マッカール叢書は、その分量では大きく引けを取るとはいえども、バルザックの「人間喜劇」にはない幅と奥行きを獲得している。
そういう意味では、急速に普及していった鉄道を舞台にした作品である『獣人』に通ずるところのある、時代性に富んだ素晴らしいテーマの選び方だと思う。

テーマの選び方は非常にゾラらしく、百貨店内に陳列された商品の描写にも、印象派を擁護したゾラらしい華やかな色使いは健在だ。
しかし、ストーリーの力強さやインパクトにやや欠けるところがあるだけではなく、ルーゴン・マッカール叢書内において異色の観もあるので、これだけで読むよりは叢書内の一作品として読むほうが面白みも倍増することだろう。
そういうわけで、やや玄人向けの作品だと思う。

『獣人』 エミール・ゾラ(藤原書店)


書名:獣人
著者:エミール・ゾラ
訳者:寺田 光徳
出版社:藤原書店
ページ数:526

おすすめ度:★★★★★




ルーゴン・マッカール叢書第十七巻の『獣人』。
ミステリー的な要素の強い作品で、クライマックスの盛り上がり方、スピード感は、ゾラの全作品の中でも屈指だろう。
ゾラのことをあまり知らない人にも安心してお勧めできるし、ゾラが好きな読者なら絶対に楽しめるはずだ。

『獣人』は、文明化の象徴でもある鉄道を舞台にしている。
ゾラの作品は、他殺、自殺、病死など、登場人物が最低でも一人は死ぬものが圧倒的に多いが、「愛と殺人の鉄道物語」との副題が示すとおり、本作においてもやはり人が死ぬ。
そしてこの場合の「愛」が清純なものでないことも、副題から予想されるとおりだ。
あまり内容については触れたくないので深入りはしないでおくが、愛と殺人の絡まり合いと、それに拍車をかけるかのような機関車の疾駆が、作家として円熟したゾラによって巧みに描かれている。

そういえば、官能の瞬間と死の瞬間の類似は、ゾラがこの小説を書く前の世紀にサドが指摘していたように思う。
そして同様の事実を基に、二十世紀になってバタイユが自説を展開するのではなかったか。
このような思想的側面に焦点を当てて読んでみるのも面白いかもしれない。

『獣人』はルーゴン・マッカール叢書の第十七巻だが、他の作品とのつながりはきわめて弱い。
とはいえ、ルーゴン家、マッカール家の始祖とも言えるアデライードからの遺伝性は、主人公であるジャックにおいて一つの頂点を迎えている。
ジャックの母は『居酒屋』のジェルヴェーズであり、彼もマッカール家の一員だ。
ところで、マッカール家の面々を主人公にした作品に傑作が多いように思うのは気のせいだろうか。

『獣人』といういかにも魅力的なタイトル。
以前から読みたいとは思っていたのだが、文学全集などに収録されているものを除けば、かつては岩波文庫しか翻訳がなかった。
しかし、その訳文は古かったし、そもそも入手が難しかったりした。
挿絵入りの読みやすい『獣人』を出版してくれた藤原書店に感謝である。
これを機に、これまで埋もれがちだったゾラの傑作『獣人』がより多くの人に読まれ、人々にただならぬ感動を与えることを期待したい。

『パリの胃袋』 エミール・ゾラ(藤原書店)


書名:パリの胃袋
著者:エミール・ゾラ
訳者:朝比奈 弘治
出版社:藤原書店
ページ数:446

おすすめ度:★★★☆☆




ルーゴン・マッカール叢書の第三巻がこの『パリの胃袋』である。
一つの風俗画として読むこともできるような非歴史的なストーリーにもかかわらず、それでいてきわめてゾラらしい時代性に富んだ作品だ。

タイトルの「パリの胃袋」とは、パリ中央市場のこと。
ロンドン万博を彷彿とさせる、ガラスと鉄骨で作られたモダンな中央市場には、あちこちから野菜、肉、魚介類がパリの人々の食欲を満たすために集まってくる。
それらの食材を色彩豊かに描き出すゾラは、やはり色彩に対する感覚が他の作家より鋭敏だったのだろう。
また、市場で働く雑多な人々を大雑把に、それでいて読者が彼らに興味を抱いてしまうように描く手腕には、ただただ感心せずにはいられない。

『パリの胃袋』は、叢書中において、マッカール家が主要登場人物となる初めての作品だ。
ルーゴン家と比べてはるかに庶民的な一族であるマッカール家の人々が活躍する作品は、活気に満ちているものが多い。
本作『パリの胃袋』は、それらの中でも特に生き生きとした印象が強く、描かれた食材のみならず、登場人物たちも全般にとても鮮度がいい。
ガラスを通して差し込む日の光に満たされた明るい雰囲気の中では、彼らの抱く邪な欲望でさえ、その暗鬱さを和らげられてしまうかのようだ。
その分あっさりめのストーリーに仕上がったようにも思うが、それだけ読みやすい作品とも言える。

強いて言うならば、庶民階級を描いた『パリの胃袋』は叢書の中で最も『居酒屋』に近い性質の作品だろうか。
居酒屋』を気に入られた読者ならば、本書『パリの胃袋』でまた一味違ったゾラの描き出すパリの情景を楽しめるはずだ。
カテゴリ
PR
最新記事
RSSリンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。