『狂えるオルランド』 アリオスト(名古屋大学出版会)

狂えるオルランド狂えるオルランド
(2001/08)
ルドヴィコ アリオスト

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書名:狂えるオルランド
著者:ルドヴィコ・アリオスト
訳者:脇 功
出版社:名古屋大学出版会
ページ数:467

おすすめ度:★★★★★




ルネサンス後期を代表するイタリアの詩人、アリオストの代表作がこの『狂えるオルランド』だ。
イリアス』を髣髴とさせるような長大な物語詩だが、『神曲』などと比べてストーリー性が格段に強く、擬古文で翻訳されていないこの『狂えるオルランド』は、詩作品としてではなく小説として読むこともできる。
『狂えるオルランド』はそもそもボイアルドの『恋するオルランド』の続編として書かれたものだが、『恋するオルランド』なしでも十分楽しむことのできる傑作として、強くお勧めしたい。

シャルルマーニュとイスラム人との戦いを描いた『狂えるオルランド』は、冒頭から終幕に至るまで、複雑に構成された筋の巧みさが光っている。
タイトルからしてオルランドが主人公であるように判断しがちだが、主役級の登場人物は必ずしもオルランドだけではない。
恋に、そして戦いに活躍する男女は数多く、きっと読者はそれぞれひいきのキャラクターが見つかることだろう。
場面の転換もめまぐるしく、続きが気になるところで場面を切り替えるという手法も見られる。
総じて、『狂えるオルランド』は一度読み始めた読者の心を離さない名作であると言えようか。
『アンジェリカを救うルッジェーロ』アングル
右は、『狂えるオルランド』を題材にしたアングルの『アンジェリカを救うルッジェーロ』だ。
この絵を見た多くの人は、おそらくより有名なエピソードであるペルセウスとアンドロメダを思い浮かべることだろう。
そしてアリオストがそれを下敷きにしているのは疑いようがない。
書き手だけではなく読み手の側も、ルネサンス期の文化人の常識として古代ギリシアに関する教養は欠かせなかっただろうから、今日の読者も『狂えるオルランド』を読む上でギリシア神話についてある程度の知識を持っておいたほうが楽しみの幅が広がるかもしれない。

尋常ではない強さの騎士がいたり、魔法のかかった武具が登場したりと、後に『ドン・キホーテ』で揶揄されることになる非現実的なストーリー展開の目白押しだが、騎士道物語の代表格である『狂えるオルランド』を知っていれば『ドン・キホーテ』がいっそう面白く読めることは間違いない。
訳文も非常に読みやすく、またギュスターヴ・ドレの挿絵もたいへん美しいものばかりで、値は張るがそれだけの価値がある本だと思う。
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『愛神の戯れ―牧神劇「アミンタ」』 タッソ(岩波文庫)

愛神の戯れ――牧神劇『アミンタ』 (岩波文庫)愛神の戯れ――牧神劇『アミンタ』 (岩波文庫)
(1987/05/18)
トルクァート・タッソ

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書名:愛神の戯れ―牧神劇「アミンタ」
著者:トルクァート・タッソ
訳者:鷲平 京子
出版社:岩波書店
ページ数:273

おすすめ度:★★☆☆☆




アリオストと並び、ルネサンス後期を代表するイタリア詩人であるトルクァート・タッソの代表作の一つ、『愛神の戯れ―牧神劇「アミンタ」』。
オリジナルのタイトルは、本文庫で副題とされている『アミンタ』のほうで、『愛神の戯れ』というのは内容に照らして付けられたものであり、あくまで意訳である。
個人的に、作品の顔であるタイトルの改変をあまり好まない上に、『愛神の戯れ』というのもあまり優れたタイトルではないように思うのだが、他の方々はどのように感じられるだろうか。

愛神、すなわちキューピッドが愛の種を蒔くという設定から話が始まる。
恋する男と、つれない素振りでそれをあしらう女、そしてそれぞれに相談役の友人。
いわゆる「愛神の戯れ」で幕が開いた牧歌劇は、登場人物が非常に少なく、筋の把握はきわめて容易である。
その中に一人、タッソ本人とみなすことのできる人物がいて、彼の言葉は読者の注意を引くことだろう。
しかしながら、「牧歌劇」というジャンルを確立したとして文学史の中での評価は高い作品かもしれないが、ストーリーの内容自体はやや月並みな感じがする。

本書には、日本ではあまり知られていないタッソの生涯についても、文庫版にしては十分すぎるほどの解説が付されている。
それを読む限りでは、タッソは非常に波瀾に富んだ人生を送っていたようだ。
タッソの生涯に関心を寄せたゲーテが、『トルクワートー・タッソー』という作品を執筆していることからも、その関心の高さが推察される。
ここではタッソが精神異常と判断されて病院に幽閉されていた時期があると紹介するだけで十分だろうか。

この『愛神の戯れ―牧神劇「アミンタ」』は、ウェルギリウスの『牧歌』に連なる作品として読むことができる。
そういう意味では、牧歌風作品の歴史の中では重要な一環を成していると言えるだろうが、作品自体のインパクトが強いとは言いがたい。
いずれにしても、タッソの作品に興味がある方には『エルサレム解放』のほうをお勧めしたい。

『エルサレム解放』 タッソ(岩波文庫)

タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)
(2010/04/17)
トルクァート・タッソ

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書名:エルサレム解放
著者:トルクァート・タッソ
訳者:鷲平 京子
出版社:岩波書店
ページ数:560

おすすめ度:★★★★




タッソの代表作である『エルサレム解放』は、そのままイタリア・ルネサンス文学の代表作でもある。
18、19世紀にはこの作品に言及している作家が数多く存在したし、絵画やオペラなどにも数々のテーマを提供してきている古典中の古典の一つだ。
日本での知名度はいまひとつだが、それというのもろくに翻訳・紹介されてこなかったからだろう。
文庫版での出版を機に、『イリアス』や『狂えるオルランド』に連なる英雄叙事詩の傑作として多くの読者を獲得することを期待したい。

ストーリーの本筋は、十字軍の第一次遠征である。
当然のことながら、『エルサレム解放』との表題からも予想できるとおり、やはり圧倒的にキリスト教的な視点で描かれているが、宗教臭くてつまらないという印象を受けることはなく、神に仕える騎士たちとそれを迎え撃つイスラム戦士の攻防は非常に読み応えがある。
とはいえ、本書はオリジナルの『エルサレム解放』を三分の一程度に圧縮した抄訳なので、ひょっとすると退屈な部分を省いただけなのかもしれないが・・・。
アンニーバレ・カラッチ『リナルドとアルミーダ』
表紙にはアンニバーレ・カラッチの『リナルドとアルミーダ』が使用されている。
奥の茂みから兜をかぶった兵士が仲睦まじい男女を覗き見しているという構図は、どこか『スザンナの入浴』を思わせる。
余談ながら、昨年、非常に運良くこの絵が来日していたようで、私は京都でそれを見ることができた。
実物は幅数メートルの大作なので、それを文庫本の表紙にしてしまうとカラッチの迫力が大いにそがれてしまうのがいささか残念にも思われるが、作品の雰囲気を伝える絵画としては素晴らしい選択だろう。

これまで翻訳のなかった『エルサレム解放』が、手にしやすい文庫版で出版されたというのは非常に喜ばしいことだ。
しかし、ただ一つ難を言うならば、それが抄訳だということ。
あらすじの説明は付されているので話の筋がわからなくなることはないが、古典的名作だけにできれば全訳で読みたかった、というのが素直な感想だ。

『ドン・キホーテ 前篇』 セルバンテス(岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)
(2001/01/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈前篇2〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇2〉 (岩波文庫)
(2001/01/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈前篇3〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇3〉 (岩波文庫)
(2001/02/16)
セルバンテス

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書名:ドン・キホーテ 前篇
著者:セルバンテス
訳者:牛島 信明
出版社:岩波書店
ページ数:431(一)、393(二)、399(三)

おすすめ度:★★★★★




スペインが誇る超大作がセルバンテスの『ドン・キホーテ』だ。
「聖書に次ぐベストセラー」とも評されるほどで、筋の面白さが抜群な上に難解な部分はないときているので、一般受けは確実だ。
後篇』と合わせると全六巻と、なかなかの長編作品だが、どんどん読めてしまう傑作なので、臆することなくぜひ読み始めてみてほしい。

ドン・キホーテは、本名をアロンソ・キハーノというスペインの片田舎に暮らす下級貴族なのだが、『狂えるオルランド』のような騎士道物語に読みふけるあまり頭がおかしくなってしまう。
そんな彼がサンチョ・パンサという従者を従えて遍歴の騎士の真似事をし始めるわけだが、決して血の巡りのいい頭を持っていないサンチョが突きつける現実世界の描写と、魔法だ巨人だと荒唐無稽な妄想に侵されているドン・キホーテのちぐはぐなやり取りは、ただただ面白いとしか言いようがない。
一人はやせたのっぽ、一人はでぶのちび、この対照的な二人の珍道中はあまりに滑稽で、ひょっとすると『ドン・キホーテ』で笑えない読者はどの文学作品でも笑うことはできないのではなかろうか。

岩波文庫版には、表紙の絵がその一例だが、『狂えるオルランド』でも紹介したギュスターヴ・ドレの版画が多数挿入されている。
風車への突撃など、『ドン・キホーテ』には名場面が数多く存在するのだが、おそらくドレの描いた図像と共に強く読者の記憶に残るはずだ。
興味のある方は他の画家が描いたドン・キホーテ像を探してみるのも面白いだろう。
今ざっと思い出すところでは、ドーミエやピカソが特徴的で興味深い作品を残していたように思う。

文学作品としてあまり高く評価されることのなかった『ドン・キホーテ』は、後世になって様々な観点からその価値を認められて名を高めていった作品の一つだが、一般の読者が読むにあたっては、「単に滑稽な小説」として読むだけでも十分だと思う。
なにしろ、ここまで楽しめる本はめったにありはしないのだから。

『ドン・キホーテ 後篇』 セルバンテス(岩波文庫)

ドン・キホーテ〈後篇1〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈後篇1〉 (岩波文庫)
(2001/02/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈後篇2〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈後篇2〉 (岩波文庫)
(2001/03/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈後篇3〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈後篇3〉 (岩波文庫)
(2001/03/16)
セルバンテス

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書名:ドン・キホーテ 後篇
著者:セルバンテス
訳者:牛島 信明
出版社:岩波書店
ページ数:441(一)、437(二)、441(三)

おすすめ度:★★★★★




前篇』から十年の年月を経て発表された『ドン・キホーテ 後篇』。
ドン・キホーテ本人も含めて登場人物はほとんどが『ドン・キホーテ』という本が大ヒットしたことを知っており、『前篇』とは若干趣が異なる作品世界が展開されている。
当然ながら前篇と後篇のどちらがより優れているかという議論になるのだが、このような問題の場合、完全なる意見の一致は期待すべくもないとはいえ、後篇に軍配を上げている論者が多いようだ。
いずれにしても、『前篇』と違い、ドン・キホーテと直接関係のない挿話が存在しないのは『後篇』の長所として挙げていいだろう。

再びサンチョと旅立ったドン・キホーテは、いくつかの事件を経た後に、『ドン・キホーテ 前篇』のファンであるという公爵夫妻に出会う。
様々ないたずらを仕掛けられつつも、遍歴の騎士として厚遇されるドン・キホーテは、ついに騎士としての幸せをつかんだのか・・・。
贋作ドン・キホーテ〈上〉 (ちくま文庫)贋作ドン・キホーテ〈上〉 (ちくま文庫)
(1999/12)
アベリャネーダ

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贋作ドン・キホーテ〈下〉 (ちくま文庫)贋作ドン・キホーテ〈下〉 (ちくま文庫)
(1999/12)
アベリャネーダ

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セルバンテスの暮らす現実世界のほうでは、『ドン・キホーテ 前篇』の大ヒットを横目で見ていたアベリャネーダという男が、セルバンテスが後篇を執筆している最中に『ドン・キホーテ』の続編を無断で出版したという事件も起きた。
しかも、贋作にもかかわらずその出来ばえはそう悪くないときている。
著作者の権利を保護しようという観念の弱かった時代のことだけに、うまく商機をつかんだものだと舌を巻くしかないのかもしれないが、セルバンテスはドン・キホーテに、贋作で参加したとされる槍試合について「そんなものには出たこともない」という意味の文句を言わせている。
後篇を熟読したい方は、後篇においてしばしば言及のあるこの『贋作ドン・キホーテ』を先に読んでおくのもいいと思う。

ドン・キホーテ 前篇』を読んだ読者は、ぜひこの後篇も読んでいただきたい。
最後の最後まで読み通せば、多くの読者にとってきっと『ドン・キホーテ』が「好きな本」ランキングの上位にランクインすることだろう。
そして、ドン・キホーテとサンチョ・パンサという文学史上最高のでこぼこコンビも、楽しい思い出と共に長く記憶に残ることだろう。

『伝奇集』 ボルヘス(岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)伝奇集 (岩波文庫)
(1993/11/16)
J.L. ボルヘス

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書名:伝奇集
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:鼓 直
出版社:岩波書店
ページ数:282

おすすめ度:★★★★★




アルゼンチンのみならず、ラテンアメリカを代表する作家であるボルヘスの代表作がこの『伝奇集』だ。
洋の東西を問わない豊富な学識を、詩人としての鋭敏な感性を用いて書き上げた、そんな印象を受ける独特な作風の短編集だ。
ボルヘスの作品はよく難解であると評されるし、明確な筋のある話を集めた一般的な意味での短編集ではないので、好きか嫌いか両極端な反応が予想されるが、どっぷりはまる可能性に賭けて、ぜひ一度は読んでみてほしい、そんな本だ。

おそらく『伝奇集』に収められている短編作品のあらすじを述べようとすることほど野暮なこともないだろう。
ボルヘスの魅力は言葉の迷宮にこそあるのだし、各々の読者が迷い込む迷宮で私がどのように迷ったのかをあらかじめ伝える必要もないはずだ。
ボルヘスの描く世界が迷宮であるからこそ、すべての読者は異なる道筋を進むのではなかろうか。
また、迷宮から抜け出すことができなくても、迷うこと自体を面白いと感じることができるのではなかろうか。

夢、時間、本、言葉、無限・・・ボルヘスの好むモチーフは数多いが、いくつか彼の作品を読んでいるうちに、きっと読者はボルヘスの傾向性をつかむことができるだろう。
それらのモチーフはいわばアリアドネの糸、迷宮を練り歩く際の手助けとなってくれるに違いない。
ボルヘスの他の作品に触れてから『伝奇集』に戻るとまた違う楽しみを味わうことができるはずなので、ボルヘスは再読をお勧めしたい作家でもある。

一般受けが絶望的であるこの『伝奇集』は、不幸にして途中で投げ出されることの多い本の一つだろう。
しかし、これを最後まで読み通し、ボルヘス・ワールドに魅了された読者は、『エル・アレフ』、『砂の本』と読み進めていただきたい。
ボルヘス・ワールドのさらなる虜となること疑いなしだ。

『エル・アレフ』 ボルヘス(平凡社ライブラリー)

エル・アレフ (平凡社ライブラリー)エル・アレフ (平凡社ライブラリー)
(2005/09)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:エル・アレフ
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:木村 榮一
出版社:平凡社
ページ数:261

おすすめ度:★★★★★




伝奇集』に次いで出されたボルヘスの短編集が、この『エル・アレフ』だ。
本作では、表題作である「エル・アレフ」をはじめ、「不死の人」や「タデオ・イシドロ・クルスの伝記」のような無二の傑作に出会えることだろう。
伝奇集』と比べて、やや話の筋をつかみやすい作品が多いようなので、ボルヘスの短編作品に初めて触れる方にもお勧めできる。

ボルヘスは、自身の作品に実在の人物、例えば友人の作家やボルヘス自身を登場させたりすることで、摩訶不思議な作品世界に一抹の現実味を与えようとし、そしてそれに成功している。
作者本人が登場するというのは、彼が心酔していたダンテが『神曲』において用いた手法なので、たいていはそこにルーツを求めているようだが、いずれにしても、「ボルヘス」という登場人物のいる作品には独特の味わい深さがあり、読者はそれを強く記憶に留めることだろう。
短編集『エル・アレフ』の中でも「ボルヘス」との出会いに事欠くことはない。
ボルヘスが描く「ボルヘス」の世界、作家本人からすれば、「鏡」の中の世界とでもいえるだろうか。
そして「鏡」は、ボルヘスがよく使用する最重要モチーフの一つであり・・・『伝奇集』に負けず劣らず、『エル・アレフ』は「無限」の興味が沸き起こる作品のはずだ。
不死の人 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)不死の人 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
(1996/08)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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『エル・アレフ』は、過去に『不死の人』というタイトルでも邦訳が出されていたらしい。
右は白水Uブックスから出された『不死の人』で、私は手にしたことがないので内容等は未確認だが、おそらくは同じ内容の本だろう。
平凡社の『エル・アレフ』が現在品切れのようなので、新品を好まれる方はこちらの『不死の人』を読むという手もある。

伝奇集』に連なる短編集である『エル・アレフ』からおよそ二十年のときを経て、次なるボルヘスの短編集は『ブロディーの報告書』だ。
一度読み出したら癖になるボルヘス作品を、ぜひ読み進めていってほしいと思う。

『アトラス―迷宮のボルヘス』 ボルヘス(現代思潮新社)

アトラス―迷宮のボルヘス (^Etre・エートル叢書)アトラス―迷宮のボルヘス (^Etre・エートル叢書)
(2000/10)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:アトラス―迷宮のボルヘス
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:鼓 宗
出版社:現代思潮新社
ページ数:108

おすすめ度:★★★☆☆




ボルヘス最晩年の旅行記が本書『アトラス―迷宮のボルヘス』である。
ボルヘス独特の世界観を伝える文章の美しさの光る作品だ。
また、表紙にもボルヘスと並んで写っているが、日系人の助手であるマリア・コダマが撮影した写真が多数用いられていて非常に読みやすい。
全般にテーマの選び方がいかにもボルヘスらしさに満ちていて、ボルヘスに興味のある人ならば必ずや楽しめることだろう。

高齢に達したボルヘスは、ほぼ盲目の状態でマリア・コダマと世界各地を回っている。
旅行記とはいっても、旅先の魅力を紹介する普通の意味での旅行記とは異なり、ボルヘスの内面世界を象徴するような写真を手がかりに、ページを繰るのに合わせて彼の心のひだが一枚一枚めくられていくかのような印象を受ける作品である。
七つの夜』などの講演集にも言えることだが、執筆時点で八十歳を過ぎているにもかかわらず、ボルヘスの記憶力や感受性の衰えを感じさせない仕上がりには驚かされる。

ボルヘス最晩年の作品であるこの『アトラス』は、1983年と比較的近年に出版された本だが、ボルヘスの没年が1986年であることを考え合わせると、読者にまた違った味わい深さを与えてくれるだろう。
加えて、助手として同行していたマリア・コダマと、ボルヘスが死の数ヶ月前に結婚しているという伝記的事実もある。
ボルヘスに関心を抱く読者からすれば、興味の尽きない本といえるだろう。

さほど難解な印象を受けることもないし、文章量自体も決して多くないので、『アトラス』はボルヘス初心者が読むのにも悪くない一冊かもしれない。
最晩年の作品から出発するのではなく、できれば出版年代順に読みたいと感じられる読者もいるだろうが、そのような時間の流れに対する考え方こそ、おそらくはボルヘスの流儀に最も反するものなのだから、なおさらのことだ。

『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』 ボルヘス(岩波書店)

ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件
(2000/09/26)
ホルヘ・ルイス ボルヘス、アドルフォ ビオイ=カサーレス 他

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書名:ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス、アドルフォ・ビオイ=カサーレス
訳者:木村 栄一
出版社:岩波書店
ページ数:291

おすすめ度:★★★☆☆




ボルヘスとビオイ=カサーレスとが、オノリオ・ブストス・ドメックとのペンネームで執筆したのがこの『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』だ。
迷宮の作家であるボルヘスは、推理小説風の短編作品も残しているし、ポーやチェスタトンなどのミステリー作家に対する関心も高かったから、ボルヘスが推理小説に手を染めるのはある程度当然の成り行きだったのかもしれない。
推理小説としての完成度はそれほどでもないように思うが、六つの話がそれぞれ非常にコンパクトでたいへん読みやすいので、ボルヘスらしさこそないものの、ボルヘスの名を冠する本の中では最も気軽に手にすることができるものの一つだろう。

ドン・イシドロ・パロディは、無実の身ながら有罪を宣告され、そしてその有罪になるまでの経緯の滑稽さはなかなか傑作なのだが、いずれにしても、彼は監獄生活を送る囚人である。
そんな彼の独房に事件の関係者が相談に来るというのが本作のパターンだ。
そういうわけで、パロディはホームズのように入念に現場を探るタイプではなく、『モルグ街の殺人』のデュパンのように第三者からの伝聞によって推論するという、いわゆる「書斎の人」タイプの名探偵だ。

この『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』、文章のほとんどが事件に関する描写のみに絞り込まれており、ストーリーがきわめて簡潔にまとまっているのは長所でもあるが、同時に短所でもあるように思う。
パロディのもとに相談に来る人々は戯画化され、一定の性格が窺えるのだが、肝心のパロディの方はというと性格づけが明らかに物足りなく、主人公としての存在感や風格に欠けていて、パロディのファンになる読者は一人として現れないのではないかと考えたくなるほどだ。

長いものでも60ページ程度と、それぞれの事件がとても簡潔に語られ、軽い読み物である反面、ミステリーとしては少々物足りない印象も受ける。
推理小説をお探しの方にというよりは、ボルヘスやビオイ=カサーレスの著作に興味のある人向けの本だろう。

『続審問』 ボルヘス(岩波文庫)

続審問 (岩波文庫)続審問 (岩波文庫)
(2009/07/16)
J.L. ボルヘス

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書名:続審問
著者:ホルへ・ルイス・ボルヘス
訳者:中村 健二
出版社:岩波書店
ページ数:406

おすすめ度:★★★★




ボルヘスのエッセイ・評論を集めたものがこの『続審問』である。
本書は、かつて『異端審問』というタイトルで晶文社から出版されていたものが、近年になって『続審問』と名を変えて岩波文庫入りしたものだが、訳者は変わらないので、どちらの版でも訳文にそう大きな異同はないだろう。
ボルヘスの博識が織り成す世界観は、独特ではあるものの妙に説得力があり、ボルヘスの他の作品を知らない読者でも大いに楽しめる一冊となっている。

ボルヘスといえば『伝奇集』のような短編小説集が日本では最も有名だろうが、実際には彼は詩人でもあり、評論集や講演集をも出版している。
そしてその評論集はといえば、短編小説に負けず劣らずの面白さで、ボルヘスの膨大な読書量を駆使するには、評論の方が向いているという印象さえ受ける。
いずれにしても、読者は博識な作者の知見に触れることができるわけだから、非常に勉強になる本であることは間違いない。

世にもまれな読書家であるボルヘス、彼がその知見を存分にふるって書いた小論から成る『続審問』を理解するには、当然ながら読む側も豊かな知識を持っているに越したことはない。
とはいえ、研究者などならいざ知らず、一般の人が彼の読んだであろう本のすべてを読むことは非常に困難であろう。
むしろ、ボルヘスの言及をきっかけに次に読む本を決めるくらいのスタンスで臨んだほうがいいのかもしれない。

ボルヘスの評論集で文庫化されているものはあまり多くはない。
そんな中、最も興味深いものの一つである『続審問』が文庫化されたというのは、ボルヘスファンにはとてもうれしいニュースだ。
これを機に、豊穣な知の源泉のごときボルヘスがますます多くの読者を獲得することを期待したい。
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