『ドン・キホーテ 前篇』 セルバンテス(岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)
(2001/01/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈前篇2〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇2〉 (岩波文庫)
(2001/01/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈前篇3〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇3〉 (岩波文庫)
(2001/02/16)
セルバンテス

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書名:ドン・キホーテ 前篇
著者:セルバンテス
訳者:牛島 信明
出版社:岩波書店
ページ数:431(一)、393(二)、399(三)

おすすめ度:★★★★★




スペインが誇る超大作がセルバンテスの『ドン・キホーテ』だ。
「聖書に次ぐベストセラー」とも評されるほどで、筋の面白さが抜群な上に難解な部分はないときているので、一般受けは確実だ。
後篇』と合わせると全六巻と、なかなかの長編作品だが、どんどん読めてしまう傑作なので、臆することなくぜひ読み始めてみてほしい。

ドン・キホーテは、本名をアロンソ・キハーノというスペインの片田舎に暮らす下級貴族なのだが、『狂えるオルランド』のような騎士道物語に読みふけるあまり頭がおかしくなってしまう。
そんな彼がサンチョ・パンサという従者を従えて遍歴の騎士の真似事をし始めるわけだが、決して血の巡りのいい頭を持っていないサンチョが突きつける現実世界の描写と、魔法だ巨人だと荒唐無稽な妄想に侵されているドン・キホーテのちぐはぐなやり取りは、ただただ面白いとしか言いようがない。
一人はやせたのっぽ、一人はでぶのちび、この対照的な二人の珍道中はあまりに滑稽で、ひょっとすると『ドン・キホーテ』で笑えない読者はどの文学作品でも笑うことはできないのではなかろうか。

岩波文庫版には、表紙の絵がその一例だが、『狂えるオルランド』でも紹介したギュスターヴ・ドレの版画が多数挿入されている。
風車への突撃など、『ドン・キホーテ』には名場面が数多く存在するのだが、おそらくドレの描いた図像と共に強く読者の記憶に残るはずだ。
興味のある方は他の画家が描いたドン・キホーテ像を探してみるのも面白いだろう。
今ざっと思い出すところでは、ドーミエやピカソが特徴的で興味深い作品を残していたように思う。

文学作品としてあまり高く評価されることのなかった『ドン・キホーテ』は、後世になって様々な観点からその価値を認められて名を高めていった作品の一つだが、一般の読者が読むにあたっては、「単に滑稽な小説」として読むだけでも十分だと思う。
なにしろ、ここまで楽しめる本はめったにありはしないのだから。
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『ドン・キホーテ 後篇』 セルバンテス(岩波文庫)

ドン・キホーテ〈後篇1〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈後篇1〉 (岩波文庫)
(2001/02/16)
セルバンテス

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ドン・キホーテ〈後篇2〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈後篇2〉 (岩波文庫)
(2001/03/16)
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ドン・キホーテ〈後篇3〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈後篇3〉 (岩波文庫)
(2001/03/16)
セルバンテス

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書名:ドン・キホーテ 後篇
著者:セルバンテス
訳者:牛島 信明
出版社:岩波書店
ページ数:441(一)、437(二)、441(三)

おすすめ度:★★★★★




前篇』から十年の年月を経て発表された『ドン・キホーテ 後篇』。
ドン・キホーテ本人も含めて登場人物はほとんどが『ドン・キホーテ』という本が大ヒットしたことを知っており、『前篇』とは若干趣が異なる作品世界が展開されている。
当然ながら前篇と後篇のどちらがより優れているかという議論になるのだが、このような問題の場合、完全なる意見の一致は期待すべくもないとはいえ、後篇に軍配を上げている論者が多いようだ。
いずれにしても、『前篇』と違い、ドン・キホーテと直接関係のない挿話が存在しないのは『後篇』の長所として挙げていいだろう。

再びサンチョと旅立ったドン・キホーテは、いくつかの事件を経た後に、『ドン・キホーテ 前篇』のファンであるという公爵夫妻に出会う。
様々ないたずらを仕掛けられつつも、遍歴の騎士として厚遇されるドン・キホーテは、ついに騎士としての幸せをつかんだのか・・・。
贋作ドン・キホーテ〈上〉 (ちくま文庫)贋作ドン・キホーテ〈上〉 (ちくま文庫)
(1999/12)
アベリャネーダ

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贋作ドン・キホーテ〈下〉 (ちくま文庫)贋作ドン・キホーテ〈下〉 (ちくま文庫)
(1999/12)
アベリャネーダ

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セルバンテスの暮らす現実世界のほうでは、『ドン・キホーテ 前篇』の大ヒットを横目で見ていたアベリャネーダという男が、セルバンテスが後篇を執筆している最中に『ドン・キホーテ』の続編を無断で出版したという事件も起きた。
しかも、贋作にもかかわらずその出来ばえはそう悪くないときている。
著作者の権利を保護しようという観念の弱かった時代のことだけに、うまく商機をつかんだものだと舌を巻くしかないのかもしれないが、セルバンテスはドン・キホーテに、贋作で参加したとされる槍試合について「そんなものには出たこともない」という意味の文句を言わせている。
後篇を熟読したい方は、後篇においてしばしば言及のあるこの『贋作ドン・キホーテ』を先に読んでおくのもいいと思う。

ドン・キホーテ 前篇』を読んだ読者は、ぜひこの後篇も読んでいただきたい。
最後の最後まで読み通せば、多くの読者にとってきっと『ドン・キホーテ』が「好きな本」ランキングの上位にランクインすることだろう。
そして、ドン・キホーテとサンチョ・パンサという文学史上最高のでこぼこコンビも、楽しい思い出と共に長く記憶に残ることだろう。

『セルバンテス短篇集』 セルバンテス(岩波文庫)

セルバンテス短篇集 (岩波文庫)セルバンテス短篇集 (岩波文庫)

書名:セルバンテス短篇集
著者:ミゲル・デ・セルバンテス
訳者:牛島信明
出版社:岩波書店
ページ数:375

おすすめ度:★★★★




ドン・キホーテ』で知られるセルバンテスの短編作品四編を収録したのが本書『セルバンテス短篇集』である。
スペインにおける近代的な文学の創始者の一人と目されるセルバンテスの短編作品は文学史的に見て価値の高いものであろうから、スペイン文学やセルバンテスに興味のある方には本書は必読の書となるはずだ。

本書には『やきもちやきのエストレマドゥーラ人』、『愚かな物好きの話』、『ガラスの学士』、『麗しき皿洗い娘』の四編が訳出されている。
自らの親友に頼んで美しき妻の貞淑を試そうという『愚かな物好きの話』は、実は『ドン・キホーテ 前篇』で語られる挿話の一つなのだが、短篇集の中の一作品として接することで、ドン・キホーテの活躍を期待するあまりについ読み飛ばしてしまいがちの短編作品を改めて読んでみるいい機会になると思う。
主人公が自分のことをガラスでできていると信じ込んでしまう『ガラスの学士』は、一見すると理性的に見える狂人を扱っている点で『ドン・キホーテ』と重なる部分があるので、『ドン・キホーテ』の読者の注意を強く引き付けることだろう。

本書の中で一番長い作品である『麗しき皿洗い娘』は、そのストーリー展開自体というより、話の運び方が興味深い作品であるように思う。
あらすじとは直接的に関係のなさそうなところが数多く語られることで重層的な作品世界を醸し出しつつ、最後にはそれらがすべてしっかりとまとまっているのである。
この作品からセルバンテスの構成の才を感じ取るのは私だけではないのではなかろうか。

代表作があまりにも偉大であるセルバンテスはやはり『ドン・キホーテ』の存在抜きでは語ることができないが、『ドン・キホーテ』との関連から見てもこの『セルバンテス短篇集』には大いに興味深いところがある。
セルバンテスの短編はとかく等閑視されがちではあるが、『ドン・キホーテ』の読者には本書の一読をお勧めしたいと思う。

『ペルシーレス』 セルバンテス(ちくま文庫)

ペルシーレス(上) (ちくま文庫)ペルシーレス(上) (ちくま文庫)ペルシーレス(下) (ちくま文庫)ペルシーレス(下) (ちくま文庫)

書名:ペルシーレス
著者:ミゲル・デ・セルバンテス
訳者:荻内勝之
出版社:筑摩書房
ページ数:341(上)、340(下)

おすすめ度:★★★☆☆




ドン・キホーテ』で知られるセルバンテスによる、最後の長編作品がこの『ペルシーレス』である。
「ペルシーレスとシヒスムンダの苦難」というのが原題であるが、かなり読み進めてもペルシーレスとシヒスムンダとは何者なのかはっきりしないという、一風変わった作品になっている。
全般にストーリー性は強く、すらすら読める小説であるあたりにセルバンテスらしさを感じることができるはずだ。

孤島に閉じ込められたり、野蛮人に殺されそうになったり、船が転覆したり、塔から転落したりと、『ペルシーレス』の登場人物たちには驚くほど多くの災難が続けざまに降りかかってくる。
ドン・キホーテ』がきわめて現実的な物語であったのに対し、『ペルシーレス』には非現実的、時には幻想的な部分さえ散見するという特徴がある。
そういう意味では、非現実的な騎士道物語を真っ向から否定したのがセルバンテスであるという紋切り型の解釈を覆しうる作品と言えるかもしれない。

『ペルシーレス』の筋の運びは行き当たりばったりの感が強く、それだけに登場人物も多く、新たに登場した人物の語るエピソードによる本筋からの脱線もきわめて多い。
美男美女ばかりが登場するという不自然さなども含め、いかにもルネサンス的というか、古風な雰囲気を帯びており、初めて読んだのにどこか懐かしさを覚えかねない小説でになっている。

セルバンテスに興味のある方は少なくないはずだが、『ペルシーレス』にセルバンテスの手腕が発揮されていることを期待すると、読者の側の期待値が高過ぎるからか、期待が裏切られる可能性が高いような気がする。
スペインが誇る文豪セルバンテスの最後の作品であるにもかかわらず、『ペルシーレス』の注目度が低いという事実に納得できてしまう読者が大半なのではなかろうか。
そうはいっても、セルバンテス像を補完するための作品としては十分に読む価値があるのではないかと思う。
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