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『伝奇集』 ボルヘス(岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)伝奇集 (岩波文庫)
(1993/11/16)
J.L. ボルヘス

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書名:伝奇集
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:鼓 直
出版社:岩波書店
ページ数:282

おすすめ度:★★★★★




アルゼンチンのみならず、ラテンアメリカを代表する作家であるボルヘスの代表作がこの『伝奇集』だ。
洋の東西を問わない豊富な学識を、詩人としての鋭敏な感性を用いて書き上げた、そんな印象を受ける独特な作風の短編集だ。
ボルヘスの作品はよく難解であると評されるし、明確な筋のある話を集めた一般的な意味での短編集ではないので、好きか嫌いか両極端な反応が予想されるが、どっぷりはまる可能性に賭けて、ぜひ一度は読んでみてほしい、そんな本だ。

おそらく『伝奇集』に収められている短編作品のあらすじを述べようとすることほど野暮なこともないだろう。
ボルヘスの魅力は言葉の迷宮にこそあるのだし、各々の読者が迷い込む迷宮で私がどのように迷ったのかをあらかじめ伝える必要もないはずだ。
ボルヘスの描く世界が迷宮であるからこそ、すべての読者は異なる道筋を進むのではなかろうか。
また、迷宮から抜け出すことができなくても、迷うこと自体を面白いと感じることができるのではなかろうか。

夢、時間、本、言葉、無限・・・ボルヘスの好むモチーフは数多いが、いくつか彼の作品を読んでいるうちに、きっと読者はボルヘスの傾向性をつかむことができるだろう。
それらのモチーフはいわばアリアドネの糸、迷宮を練り歩く際の手助けとなってくれるに違いない。
ボルヘスの他の作品に触れてから『伝奇集』に戻るとまた違う楽しみを味わうことができるはずなので、ボルヘスは再読をお勧めしたい作家でもある。

一般受けが絶望的であるこの『伝奇集』は、不幸にして途中で投げ出されることの多い本の一つだろう。
しかし、これを最後まで読み通し、ボルヘス・ワールドに魅了された読者は、『エル・アレフ』、『砂の本』と読み進めていただきたい。
ボルヘス・ワールドのさらなる虜となること疑いなしだ。
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『エル・アレフ』 ボルヘス(平凡社ライブラリー)

エル・アレフ (平凡社ライブラリー)エル・アレフ (平凡社ライブラリー)
(2005/09)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:エル・アレフ
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:木村 榮一
出版社:平凡社
ページ数:261

おすすめ度:★★★★★




伝奇集』に次いで出されたボルヘスの短編集が、この『エル・アレフ』だ。
本作では、表題作である「エル・アレフ」をはじめ、「不死の人」や「タデオ・イシドロ・クルスの伝記」のような無二の傑作に出会えることだろう。
伝奇集』と比べて、やや話の筋をつかみやすい作品が多いようなので、ボルヘスの短編作品に初めて触れる方にもお勧めできる。

ボルヘスは、自身の作品に実在の人物、例えば友人の作家やボルヘス自身を登場させたりすることで、摩訶不思議な作品世界に一抹の現実味を与えようとし、そしてそれに成功している。
作者本人が登場するというのは、彼が心酔していたダンテが『神曲』において用いた手法なので、たいていはそこにルーツを求めているようだが、いずれにしても、「ボルヘス」という登場人物のいる作品には独特の味わい深さがあり、読者はそれを強く記憶に留めることだろう。
短編集『エル・アレフ』の中でも「ボルヘス」との出会いに事欠くことはない。
ボルヘスが描く「ボルヘス」の世界、作家本人からすれば、「鏡」の中の世界とでもいえるだろうか。
そして「鏡」は、ボルヘスがよく使用する最重要モチーフの一つであり・・・『伝奇集』に負けず劣らず、『エル・アレフ』は「無限」の興味が沸き起こる作品のはずだ。
不死の人 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)不死の人 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
(1996/08)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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『エル・アレフ』は、過去に『不死の人』というタイトルでも邦訳が出されていたらしい。
右は白水Uブックスから出された『不死の人』で、私は手にしたことがないので内容等は未確認だが、おそらくは同じ内容の本だろう。
平凡社の『エル・アレフ』が現在品切れのようなので、新品を好まれる方はこちらの『不死の人』を読むという手もある。

伝奇集』に連なる短編集である『エル・アレフ』からおよそ二十年のときを経て、次なるボルヘスの短編集は『ブロディーの報告書』だ。
一度読み出したら癖になるボルヘス作品を、ぜひ読み進めていってほしいと思う。

『アトラス―迷宮のボルヘス』 ボルヘス(現代思潮新社)

アトラス―迷宮のボルヘス (^Etre・エートル叢書)アトラス―迷宮のボルヘス (^Etre・エートル叢書)
(2000/10)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:アトラス―迷宮のボルヘス
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:鼓 宗
出版社:現代思潮新社
ページ数:108

おすすめ度:★★★☆☆




ボルヘス最晩年の旅行記が本書『アトラス―迷宮のボルヘス』である。
ボルヘス独特の世界観を伝える文章の美しさの光る作品だ。
また、表紙にもボルヘスと並んで写っているが、日系人の助手であるマリア・コダマが撮影した写真が多数用いられていて非常に読みやすい。
全般にテーマの選び方がいかにもボルヘスらしさに満ちていて、ボルヘスに興味のある人ならば必ずや楽しめることだろう。

高齢に達したボルヘスは、ほぼ盲目の状態でマリア・コダマと世界各地を回っている。
旅行記とはいっても、旅先の魅力を紹介する普通の意味での旅行記とは異なり、ボルヘスの内面世界を象徴するような写真を手がかりに、ページを繰るのに合わせて彼の心のひだが一枚一枚めくられていくかのような印象を受ける作品である。
七つの夜』などの講演集にも言えることだが、執筆時点で八十歳を過ぎているにもかかわらず、ボルヘスの記憶力や感受性の衰えを感じさせない仕上がりには驚かされる。

ボルヘス最晩年の作品であるこの『アトラス』は、1983年と比較的近年に出版された本だが、ボルヘスの没年が1986年であることを考え合わせると、読者にまた違った味わい深さを与えてくれるだろう。
加えて、助手として同行していたマリア・コダマと、ボルヘスが死の数ヶ月前に結婚しているという伝記的事実もある。
ボルヘスに関心を抱く読者からすれば、興味の尽きない本といえるだろう。

さほど難解な印象を受けることもないし、文章量自体も決して多くないので、『アトラス』はボルヘス初心者が読むのにも悪くない一冊かもしれない。
最晩年の作品から出発するのではなく、できれば出版年代順に読みたいと感じられる読者もいるだろうが、そのような時間の流れに対する考え方こそ、おそらくはボルヘスの流儀に最も反するものなのだから、なおさらのことだ。

『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』 ボルヘス(岩波書店)

ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件
(2000/09/26)
ホルヘ・ルイス ボルヘス、アドルフォ ビオイ=カサーレス 他

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書名:ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス、アドルフォ・ビオイ=カサーレス
訳者:木村 栄一
出版社:岩波書店
ページ数:291

おすすめ度:★★★☆☆




ボルヘスとビオイ=カサーレスとが、オノリオ・ブストス・ドメックとのペンネームで執筆したのがこの『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』だ。
迷宮の作家であるボルヘスは、推理小説風の短編作品も残しているし、ポーやチェスタトンなどのミステリー作家に対する関心も高かったから、ボルヘスが推理小説に手を染めるのはある程度当然の成り行きだったのかもしれない。
推理小説としての完成度はそれほどでもないように思うが、六つの話がそれぞれ非常にコンパクトでたいへん読みやすいので、ボルヘスらしさこそないものの、ボルヘスの名を冠する本の中では最も気軽に手にすることができるものの一つだろう。

ドン・イシドロ・パロディは、無実の身ながら有罪を宣告され、そしてその有罪になるまでの経緯の滑稽さはなかなか傑作なのだが、いずれにしても、彼は監獄生活を送る囚人である。
そんな彼の独房に事件の関係者が相談に来るというのが本作のパターンだ。
そういうわけで、パロディはホームズのように入念に現場を探るタイプではなく、『モルグ街の殺人』のデュパンのように第三者からの伝聞によって推論するという、いわゆる「書斎の人」タイプの名探偵だ。

この『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』、文章のほとんどが事件に関する描写のみに絞り込まれており、ストーリーがきわめて簡潔にまとまっているのは長所でもあるが、同時に短所でもあるように思う。
パロディのもとに相談に来る人々は戯画化され、一定の性格が窺えるのだが、肝心のパロディの方はというと性格づけが明らかに物足りなく、主人公としての存在感や風格に欠けていて、パロディのファンになる読者は一人として現れないのではないかと考えたくなるほどだ。

長いものでも60ページ程度と、それぞれの事件がとても簡潔に語られ、軽い読み物である反面、ミステリーとしては少々物足りない印象も受ける。
推理小説をお探しの方にというよりは、ボルヘスやビオイ=カサーレスの著作に興味のある人向けの本だろう。

『続審問』 ボルヘス(岩波文庫)

続審問 (岩波文庫)続審問 (岩波文庫)
(2009/07/16)
J.L. ボルヘス

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書名:続審問
著者:ホルへ・ルイス・ボルヘス
訳者:中村 健二
出版社:岩波書店
ページ数:406

おすすめ度:★★★★




ボルヘスのエッセイ・評論を集めたものがこの『続審問』である。
本書は、かつて『異端審問』というタイトルで晶文社から出版されていたものが、近年になって『続審問』と名を変えて岩波文庫入りしたものだが、訳者は変わらないので、どちらの版でも訳文にそう大きな異同はないだろう。
ボルヘスの博識が織り成す世界観は、独特ではあるものの妙に説得力があり、ボルヘスの他の作品を知らない読者でも大いに楽しめる一冊となっている。

ボルヘスといえば『伝奇集』のような短編小説集が日本では最も有名だろうが、実際には彼は詩人でもあり、評論集や講演集をも出版している。
そしてその評論集はといえば、短編小説に負けず劣らずの面白さで、ボルヘスの膨大な読書量を駆使するには、評論の方が向いているという印象さえ受ける。
いずれにしても、読者は博識な作者の知見に触れることができるわけだから、非常に勉強になる本であることは間違いない。

世にもまれな読書家であるボルヘス、彼がその知見を存分にふるって書いた小論から成る『続審問』を理解するには、当然ながら読む側も豊かな知識を持っているに越したことはない。
とはいえ、研究者などならいざ知らず、一般の人が彼の読んだであろう本のすべてを読むことは非常に困難であろう。
むしろ、ボルヘスの言及をきっかけに次に読む本を決めるくらいのスタンスで臨んだほうがいいのかもしれない。

ボルヘスの評論集で文庫化されているものはあまり多くはない。
そんな中、最も興味深いものの一つである『続審問』が文庫化されたというのは、ボルヘスファンにはとてもうれしいニュースだ。
これを機に、豊穣な知の源泉のごときボルヘスがますます多くの読者を獲得することを期待したい。

『砂の本』 ボルヘス(集英社文庫)

砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)砂の本 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)
(2011/06/28)
ホルへ・ルイス・ボルヘス

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書名:砂の本
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:篠田 一士
出版社:集英社
ページ数:288

おすすめ度:★★★★★




ボルヘスの短編集としては後期の作品である『砂の本』。
執筆時点でボルヘスは七十代も半ばに達していたはずであるが、創作力の衰えは微塵も感じられず、まさに作家人生の集大成とも呼ぶべき傑作である。

ボルヘスの短編集に見られる作風の変遷には興味深いものがある。
初期の作品である『伝奇集』と『エル・アレフ』は、作風も似通っていて、二冊を続けて読んでもほとんど違和感がない。
そのボルヘスが、『ブロディーの報告書』では、直截的でリアリスティックな作品群を書き上げたものだから、中には期待外れに感じた読者もいたことだろう。
そしてその五年後に発表されたものがこの『砂の本』である。
こちらは一般の読者が思い描くボルヘスのイメージ、前衛的な初期の作風に回帰したかのような晩年の作品集で、ボルヘスの描き出す迷宮を期待する読者を裏切ることはないだろう。
ラテンアメリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈19〉ラテンアメリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈19〉
(1990/02/20)
川村 二郎、 他

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右は「集英社ギャラリー」のラテンアメリカ編で、ボルヘスの作品では『伝奇集』、『エル・アレフ』、『砂の本』を収録している。
一冊でこれだけのボルヘスの短編集を収めているものはおそらく他に例がないし、さらにこの本にはアストゥリアスの『大統領閣下』やガルシア=マルケスの『族長の秋』といった中南米を代表する作家の作品も併録されているという圧倒的なボリュームが非常に魅力なのだが、1300ページ超えの分厚さは扱いに困ることがあるかもしれない。

ボルヘスの短編作品を堪能したい読者は、上記の「集英社ギャラリー」が選抜したように、『伝奇集』、『エル・アレフ』、『砂の本』、この三つは必読である。
それらの中にはエッセイ風の短編も含まれているが、ボルヘスの描く世界に魅了された読者は、『続審問』や『七つの夜』のような、ボルヘスが多用するモチーフをより深く掘り下げたエッセイや講演集、これらも必ずや楽しんでいただけることと思う。

『七つの夜』 ボルヘス(岩波文庫)

七つの夜 (岩波文庫)七つの夜 (岩波文庫)
(2011/05/18)
J.L.ボルヘス

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書名:七つの夜
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:野谷 文昭
出版社:岩波書店
ページ数:256

おすすめ度:★★★★




晩年のボルヘスが七夜にわたり行った講演を一冊の本にまとめたものがこの『七つの夜』である。
ボルヘスの愛読書である『千一夜物語』をテーマにした夜もあるのだが、一夜ごとに一つのテーマを決めて語るというこの構成自体が、故意なのか偶然なのか、すでに『千一夜物語』風になっている。
扱っているのはボルヘスが長年心中で温めてきたテーマばかりであり、本書の編集途中のボルヘスに「私の遺言書になりそうだ」と言わしめたそうだ。
語り口調で訳されているためにたいへん読みやすく、一見難しそうに思えるテーマも肩肘張らずに読めることだろう。

『七つの夜』は、『千一夜物語』の他に、『神曲』、「悪夢」、「詩」、「仏教」、「カバラ」、「盲目」をテーマにした講演を収めている。
宗教的・神秘的なものに強い関心を示し続けたボルヘスだけに、彼の口から語られる「仏教」や「カバラ」の話は非常に興味深い。
また、徐々に光を失っていったボルヘスが、ホメロスやミルトンを引き合いに出しつつ論じる「盲目」についての話も、一味違う感動を与えてくれることだろう。

ボルヘスが高く評価してやまなかった『千一夜物語』と『神曲』は、ボルヘスの中で確固たる地位を占めている。
これら二作品については、『続審問』などの他の作品でもしばしば言及されてきているし、『神曲』に至っては『ボルヘスの「神曲」講義』という単行本まで出しているほどだ。
そのあまりの長大さが敬遠される原因でもあり、同時に魅力の源でもある『千一夜物語』はともかくとしても、『神曲』をまだお読みでない方は、ボルヘスに勧められたと思ってぜひ一読を。

作家としてのボルヘスの魅力だけではなく、老境に差し掛かったボルヘスの人間性の美しさも垣間見ることのできる『七つの夜』。
枕元にでも置いておき、七晩に分けて読んでみてはいかがだろうか。

『ボルヘスのイギリス文学講義』 ボルヘス(国書刊行会)

ボルヘスのイギリス文学講義 (ボルヘス・コレクション)ボルヘスのイギリス文学講義 (ボルヘス・コレクション)
(2001/02)
J.L.ボルヘス、M.E.バスケス 他

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書名:ボルヘスのイギリス文学講義
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:中村 健二
出版社:国書刊行会
ページ数:196

おすすめ度:★★☆☆☆




英米文学の教授をしていたボルヘスによる、イギリス文学を広く浅く紹介した本がこの『ボルヘスのイギリス文学講義』である。
英語での原題は「An introduction to English literature」で、イギリス文学初心者向けの総覧といった本だ。
「文学講義」というほど堅苦しい内容ではないので非常に読みやすいが、ボルヘスのファンからするとあっさりとした記述に少々残念な気がすることだろう。

紙幅に限りがあるので個別の作品に深入りすることはほぼなく、イギリス文学史に名を残す作家の伝記的事実の説明や、大雑把な作風の解説が主である。
イギリス文学という歴史あるテーマを論じているわりに、文章量自体は決して多くないため、名だたる作家でさえもが数ページ、もしくは数行で終えられるので、本書はあたかも走馬灯のような雰囲気を帯びている。
一般のイギリス文学史と比べると取り扱う作家や作品にむらや偏りがあるが、逆を言えば、その偏りが著者であるボルヘスの関心を探る指針とはなるだろう。
続審問』などの評論で言及される作家が、この『ボルヘスのイギリス文学講義』でどのように触れられているのかを見てみるのはなかなか面白い。
読書案内―世界文学 (岩波文庫)読書案内―世界文学 (岩波文庫)
(1997/10/16)
サマセット・モーム

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同様の本としてお勧めなのは、モームの『読書案内―世界文学』だ。
こちらはイギリス文学、ヨーロッパ文学、アメリカ文学の三章から成っている本で、ボルヘス同様、読書に楽しみを求めるモームの推薦は、次に読む本を決める際に大いに参考になることだろう。

『ボルヘスのイギリス文学講義』という書名から想像するような、ボルヘス流の文学論を期待すると、がっかりすることになるかもしれない。
原題については先ほども触れたが、「文学講義」などという大仰なタイトルではなく、原題に即したもの、それこそ『読書案内』のようなものにするか、もう少し内容に沿ったものにしてくれれば、期待外れの感がいくらか薄れたに違いない。

『ボルヘスの北アメリカ文学講義』 ボルヘス(国書刊行会)

ボルヘスの北アメリカ文学講義 (ボルヘス・コレクション)ボルヘスの北アメリカ文学講義 (ボルヘス・コレクション)
(2001/07)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:ボルヘスの北アメリカ文学講義
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:柴田 元幸
出版社:国書刊行会
ページ数:208

おすすめ度:★★★☆☆




ボルヘスのイギリス文学講義』の姉妹編がこの『ボルヘスの北アメリカ文学講義』だ。
英米文学の教授だったボルヘスは、北米の文学にも通暁していて、愛好する作家・作品も多い。
なにしろ読みやすい本なので、アメリカ文学について知りたい人には手頃な入門書として、ボルヘスに興味のある人にはボルヘスのとらえた北米文学について知ることのできる本としてお勧めしたい。

『ボルヘスの北アメリカ文学講義』は、アメリカ文学史にその名を留める偉大な作家たちが一同に会した、いわばパンテオンだ。
既読の作品への言及は多大な関心を持って読めるだろうし、未読の作品へのそれは好奇心をくすぐられることだろう。
ボルヘスの他の作品中においてしばしば言及のあるポーやホーソーンなどの記述は特に興味深い。
ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』のような推理小説を手がけたことのあるボルヘスだけに、推理小説も忘れてはいない。
正統文学史では無視ないしは軽視される分野にもスポットを当てているのは、本書の文章量を考えれば非常に珍しいことではなかろうか。

国書刊行会から出された「ボルヘス・コレクション」、これまで邦訳のなかった作品を多数出版してくれているのは非常にうれしいことなのだが、また活字が大きいのも読みやすくて歓迎すべきことなのだが、大きな活字で200ページそこそこの本となると、やはり内容にはいくらか乏しさを感じてしまう。
ここ数年、ボルヘスの作品が相次いで岩波文庫化されたが、この『ボルヘスの北アメリカ文学講義』あたり、『ボルヘスのイギリス文学講義』と合わせて一冊の文庫にでもなってくれるとありがたいように思う。
読書案内―世界文学 (岩波文庫)読書案内―世界文学 (岩波文庫)
(1997/10/16)
サマセット・モーム

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ボルヘスのイギリス文学講義』と比べると、アメリカ文学の歴史の浅さもあってか、本書はやや密度の高いアメリカ文学の解説になっている。
とはいえ、「文学講義」という堅苦しい書名がやや不適当なものであると感じてしまうのは『ボルヘスのイギリス文学講義』と同様だ。
そしてここでもまた、類似の本として岩波文庫から出ているモームの『読書案内―世界文学』を紹介しておくことにする。

『ボルヘスの「神曲」講義』 ボルヘス(国書刊行会)

ボルヘスの「神曲」講義 (ボルヘス・コレクション)ボルヘスの「神曲」講義 (ボルヘス・コレクション)
(2001/05)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:ボルヘスの「神曲」講義
著者:ホルへ・ルイス・ボルヘス
訳者:竹村 文彦
出版社:国書刊行会
ページ数:203

おすすめ度:★★★☆☆




欧米文学の中でダンテの『神曲』を最も優れた作品とみなしていたボルヘスによる『神曲』論が、この『ボルヘスの「神曲」講義』だ。
十ページ程度の小論を連ねたものなので、『神曲』の入門書としてはいまひとつであり、同様に『神曲』全体に対する概観を求める読者にも不向きかもしれないが、『神曲』を読んでいて、なおかつボルヘスのファンであれば楽しめる本であろう。
そういう意味では、読者は限定的とならざるをえないかもしれない。

『ボルヘスの「神曲」講義』は、序章と九つの論考を一冊にまとめたものである。
神曲』ほどの古典的名作ともなると有名な場面がいくつもあるが、ボルヘスはそれらのうちのいくつかにも触れている。
七つの夜』の中の「神曲」の夜など、ボルヘスが残したその他の評論や講演と合わせて読めば、『神曲』への興味が高まるに違いない。
ブレイク『神曲』
神曲』を題材にした絵画を描いた画家は少なくないが、『ボルヘスの「神曲」講義』にはその中で最も有名な画家の一人であるブレイクの挿絵がカラーで数枚入っている。
右は、その中でさらに最も有名であろうと思われる、『グリフォンの引く凱旋車 ダンテを叱責するベアトリーチェ』。
煉獄篇第29~30歌の一場面を描いたもので、華やかな彩りの美しさに、ベアトリーチェとの再会を喜ぶ気持ちと、これから天国へと向かう期待がにじみ出ている秀作である。

ボルヘスの作品にも多大な影響を及ぼしている『神曲』、その影響は具体例を示してくれている解説からも窺うことができる。
ボルヘスと『神曲』の関係性を知る上で最適の本であることは間違いないだろう。
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