『ねじの回転  デイジー・ミラー』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

ねじの回転デイジー・ミラー (岩波文庫)ねじの回転デイジー・ミラー (岩波文庫)
(2003/06/14)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:ねじの回転 デイジー・ミラー
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:行方 昭夫
出版社:岩波書店
ページ数:366

おすすめ度:★★★★★




ヘンリー・ジェイムズの代表作でもある中編二編を収めたのが、本書『ねじの回転 デイジー・ミラー』である。
アメリカ人をヨーロッパ人との対比の中で描いた名作を数多く残しているジェイムズだが、『デイジー・ミラー』はそれらの中で最も優れたものの一つと言われている。
また、作風はまったく異なるが、多様な解釈の可能性を秘めた『ねじの回転』も傑作として名高く、一読の価値ある作品としてお勧めだ。

『デイジー・ミラー』の主人公であるデイジーは、少々お転婆気味の快活なアメリカ娘であるが、そんな彼女が家族と共にヨーロッパを訪れる。
デイジーのアメリカ気質を好ましく感じる男性との出会い、それは幸福の始まりだったはずなのだが・・・。
ヨーロッパを詳しく知るアメリカ人であるジェイムズ、彼ならではの二大陸間の相違に対する細やかな観察力には舌を巻いてしまう。
そして何より、ヘンリー・ジェイムズの最大の特長でもあるが、人物の心理描写が素晴らしい。
『デイジー・ミラー』を楽しまれた読者は、ぜひ長編作品である『ある婦人の肖像』へと読み進めていただきたい。

『ねじの回転』については多くを語るまい。
ポーを髣髴とさせるような不気味な雰囲気の作品であると述べるにとどめ、読者が感じられる不気味さを軽減しないように努めることが最善であろう。
ねじの回転 (新潮文庫)ねじの回転 (新潮文庫)
(1962/07)
ヘンリー・ジェイムズ

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デイジー・ミラー (新潮文庫)デイジー・ミラー (新潮文庫)
(1957/11)
ヘンリー・ジェイムズ

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『ねじの回転』と『デイジー・ミラー』は、新潮文庫からそれぞれ出版されているほど、いずれもヘンリー・ジェイムズの代表作としてよく知られた小説だ。
この二作品を一冊にまとめた岩波文庫は、まさにお買い得としか言いようがない。
後期の作品のような難解さはないので読者を選ばないだろうし、ヘンリー・ジェイムズを知る上での格好の一冊として、強くお勧めしたいと思う。
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『ワシントン・スクエア』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

ワシントン・スクエア (岩波文庫)ワシントン・スクエア (岩波文庫)
(2011/08/19)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:ワシントン・スクエア
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:河島 弘美
出版社:岩波書店
ページ数:368

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズ初期の名作の一つである『ワシントン・スクエア』。
部屋、服装、風景など、物質的なものに関する描写は最低限で、もっぱら人物の言動や思考に焦点が当てられたその作風は、いかにも心理主義の先駆と呼ばれるジェイムズらしいと言わざるをえない。
後期の作品と比べるとやはりたいへん読みやすいので、『ねじの回転 デイジー・ミラー』と合わせて万人にお勧めできる一冊だ。

『ワシントン・スクエア』は、ニューヨークの一角にある、同名の広場に面して建てられた屋敷が主な舞台となる。
そこには裕福で知性的な医者と、派手なところのないいくらか平凡な娘であるキャサリン、医者の妹でありキャサリンの叔母に当たる少々滑稽な夫人が暮らしていたが、突如その娘に言い寄るハンサムな若者が現れる。
キャサリンが巨額の財産の相続人であることから、彼らの関係は徐々にもつれ始め・・・。

ほとんどニューヨークを出ることのないこの物語は、ヨーロッパ的な視点が重要な役割を担う『デイジー・ミラー』や『ある婦人の肖像』とは大いに異なり、限定的な価値観の中、限られた空間で限られた人物が感じ、考え、行動しているという印象を受ける。
それにもかかわらず、それぞれの登場人物の思考や心情を浮き彫りにするジェイムズの巧みさは、読む者を楽しませるに十分すぎることだろう。

この『ワシントン・スクエア』は、ストーリーそのものに創意工夫が見られるとは言いがたいものの、また、上流社会特有の落ち着きの中で話が進むために人々の動きにダイナミックさも見られないものの、各人の性格を如実に示す会話が登場人物たちを見事に脈打たせているのは疑いようがないように思う。
いくらか凡庸な人間ドラマなので本書の要約を知ってもあまり興味を引かれない作品かもしれないが、ジェイムズの手腕がそのドラマを著しく引き立てており、次の章を読みたくさせる力は抜群である。
2011年の岩波文庫の新刊の中で、最も読んでみていただきたい本の一つだ。

『ある婦人の肖像』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

ある婦人の肖像 (上) (岩波文庫)ある婦人の肖像 (上) (岩波文庫)
(1996/12/16)
ヘンリー・ジェイムズ

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ある婦人の肖像 (中) (岩波文庫)ある婦人の肖像 (中) (岩波文庫)
(1996/12/16)
ヘンリー・ジェイムズ

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ある婦人の肖像 (下) (岩波文庫)ある婦人の肖像 (下) (岩波文庫)
(1996/12/16)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:ある婦人の肖像
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:行方 昭夫
出版社:岩波書店
ページ数:387(上)、373(中)、387(下)

おすすめ度:★★★★★




ヘンリー・ジェイムズ初期の代表作として知られるのが本作『ある婦人の肖像』だ。
アメリカ的な価値観とヨーロッパ的な価値観が交錯しあう「国際状況もの」の一つであり、「ある婦人」が恋愛や結婚に思い悩む様を見事に描ききった傑作である。
ジェイムズならではの心理描写の卓抜さはもちろん健在で、感動的な結末も読者の心に忘れがたい印象を刻み込むことだろう。
全三冊ということで、気軽に読み始めにくい作品かもしれないが、文章量に匹敵するだけの読み応えはあるはずなので、ぜひ読んでみていただきたい。

『ある婦人の肖像』は、いわば聡明で美しいアメリカの娘イザベルの肖像を描いた長編作品である。
彼女がイギリスの親戚の屋敷を訪れるところから物語りは始まる。
若く、美しく、知的な魅力をも備えたイザベルは、そこで様々な出会いをすることになり・・・。
当時のヨーロッパ人からすれば、伝統的価値観に従わないイザベルの態度は承服しがたいように思われたのかもしれないが、今日の読者からすると彼女の結婚観や人生観に違和感を覚えることも少ない、もしくはまったくないのではなかろうか。
そういう意味では、『ある婦人の肖像』はより女性読者の共感を得やすい作品なのかもしれない。
ある貴婦人の肖像 [DVD]ある貴婦人の肖像 [DVD]
(2011/09/09)
ニコール・キッドマン、ジョン・マルコビッチ 他

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本書は『ある貴婦人の肖像』というタイトルで映画化もされている。
二コール・キッドマンとジョン・マルコヴィッチの共演というなかなかのキャスティングで、ジェイムズの創造した心理的奥行きの深い人物を彼らがどう演じるのかという一点に対する関心だけでも、この映画を楽しむには十分ではなかろうか。
全般に映像もたいへん綺麗なので、『ある婦人の肖像』の読者にはこちらもお勧めしたい。

結婚と、それに伴って財産とが問題になるという点においては、ストーリーが『ワシントン・スクエア』と似ていなくもないが、『ある婦人の肖像』はヨーロッパを舞台にしているし、ましてヒロインの性格が根本的に異なる。
自らの道を自らの手で切り開こうとする強気のイザベルには、能動性や行動力がある。
しかし、それゆえにこそ、常に開拓者としての気丈さを保ち続けなければならないという厳しさもある。
自立を志す彼女の行く末は、読者の注意を引き付けてやまないことだろう。

『アスパンの恋文』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

アスパンの恋文 (岩波文庫)アスパンの恋文 (岩波文庫)
(1998/05/18)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:アスパンの恋文
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:行方 昭夫
出版社:岩波書店
ページ数:214

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズ中期の中編作品が本書『アスパンの恋文』である。
作家としてのジェイムズをとらえる際に、初期、中期、後期の三つに区分するのが一般的のようだが、中期の作品はあまり翻訳紹介されていないのが実情なので、そういう意味では珍しい部類の作品と言ってもいいだろう。
本書がジェイムズの代表作として数えられることはほぼないとはいえ、ジェイムズの特長のよく表されている、とても読みやすい作品なので、一般受けも十分望めるように思う。

『アスパンの恋文』の主人公は、アスパンというアメリカの詩人の研究家である「わたし」だ。
そんな「わたし」がアスパンが残した恋文を手に入れようとヴェニスを訪れ、その手紙の持ち主と思しきとある夫人と知り合いになり・・・。
アメリカ人がヨーロッパ色の非常に強い町の一つであるヴェニスを訪れるという設定自体が、いかにもジェイムズらしいもので、そんな作者の十八番にほくそ笑む読者もいるかもしれない。
また、登場人物の心理の流れが克明に描かれていることは、改めて言うまでもない本書の長所だ。

ジェイムズの作品というと「視点」に関して云々されることが多いが、一人称で書かれた作品はそう多くはないのではなかろうか。
当然ながら、「わたし」がアスパンを研究しているのと同程度に私がジェイムズの作品を熟知しているわけではないのだが、いくつかの短編を別とすれば、彼の長編・中編小説はたいていが三人称で書かれているという印象を持っている。
もしその印象が誤っていないとすれば、『アスパンの恋文』はジェイムズの「視点」について関心のある読者には一読の価値があるものと言えるだろう。

それほど有名な作品ではない『アスパンの恋文』だが、ヘンリー・ジェイムズの作風がお好きな方には期待通りの作品と言えるのではなかろうか。
近年、『大使たち』や『ワシントン・スクエア』などの新刊によって岩波文庫におけるジェイムズの作品が充実しつつあり、今後さらなる新訳の出版、または既訳の文庫化が待たれるところだ。

『大使たち』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

大使たち〈上〉 (岩波文庫)大使たち〈上〉 (岩波文庫)
(2007/10/16)
ヘンリー ジェイムズ

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大使たち (下) (岩波文庫 赤)大使たち (下) (岩波文庫 赤)
(2007/11/16)
ヘンリー ジェイムズ

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書名:大使たち
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:青木 次生
出版社:岩波書店
ページ数:458(上)、432(下)

おすすめ度:★★★★




鳩の翼』、『金色の盃』と並び、ヘンリー・ジェイムズ後期の代表的な長編作品が、この『大使たち』である。
主人公の心理とその「視点」から見たその他の登場人物の心理に対する徹底的な描写は、それまでの文学作品には例のない革新性があるだろう。
一般に難解であるという評価を受けている作品であるが、思想的に難解であるとか、豊富な予備知識を要するという意味ではないので、ぜひ挑戦してみていただきたいと思う。

『大使たち』の主人公ストレザーは、これまで充実した生涯を送っていたとは感じていない、初老のアメリカ紳士である。
そんな彼が知人の富豪の女性からある依頼を受けてパリに、すなわち「大使」として赴くわけである。
周囲の人間との触れ合いを通じてストレザーの心理がいかに変化するか、深層に至るまで描き出すジェイムズの筆致は素晴らしく、それだけを追って読み進めても十分楽しめるものと思う。

ジェイムズ後期の作品では、多くのページ数を割いて登場人物の心理について克明に記述しているようでいて、不明瞭のままに留め置かれている部分が多い。
その不分明さを読者が補わなければならない点が難解であると言われる所以かとも思われるが、それだけ読者の能動性を促す作品であるとも言えるだろう。
ストーリーの転変がぐいぐい読者を引っ張っていくタイプの小説ではないにもかかわらず、ジェイムズの作品を読者が面白いと思えるのは、推理小説かと思えるほどに謎めいた雰囲気が漂っていて、その謎を解くためのヒントが徐々に与えられていくからなのかもしれない。

評価が高いわりに読まれないというジェイムズの後期作品だが、三部作と言われる本書と『鳩の翼』、『金色の盃』とは、いずれも文庫化されている。
確かに向き不向きがあると思われる作風で、すべての読者が楽しめるとは限らないが、高い評価を受けるのもうなずけるたいへん完成度の高い傑作だと思うので、一度試してみることをお勧めしたい。

『鳩の翼』 ヘンリー・ジェイムズ(講談社文芸文庫)

鳩の翼(上) (講談社文芸文庫)鳩の翼(上) (講談社文芸文庫)
(1997/09/10)
ヘンリー・ジェイムズ

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鳩の翼(下) (講談社文芸文庫)鳩の翼(下) (講談社文芸文庫)
(1997/10/09)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:鳩の翼
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:青木 次生
出版社:講談社
ページ数:502(上)、442(下)

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズ後期の傑作である『鳩の翼』。
ジェイムズの代名詞とも言うべき精緻な心理描写は本書においても遺憾なく発揮されており、また、読者の関心事をオブラートに包むかのような適度な曖昧さには、読者の関心を必然的に高める効果が感じられる。
ストーリーこそまったく違えど、発表年の近い『大使たち』と作風は似通っており、『大使たち』を気に入られた方が次に読むべきはこの『鳩の翼』であろう。

『鳩の翼』の序盤のあらすじを大雑把に述べると、いずれも金銭的にさほど恵まれていない恋し合う男女の間に、病弱で富裕な娘が現れ、その男に恋することで二人の間に波紋を広げる、といったものである。
『鳩の翼』は、しばしば指摘されるように幾分メロドラマ的な筋書きであり、私もそのことを否定しようとは思わないのだが、それでも読者は安っぽい本を読んだという感想を抱くことは絶対にできないように思われる。
書き方によっては文学史に名を残さない平凡な作品にもなっただろうが、ジェイムズの後期作品の最大の魅力とも言うべきうねるような独特の文体がそれを許さなかったのであろう。
また、物語は後半にはヴェニスへと舞台を移すが、『アスパンの恋文』同様、古色蒼然たる運河の町が作品に程よい哀愁を添えてくれるに違いない。

デイジー・ミラー』や『ある婦人の肖像』などの代表作で優れた女性像を描き上げたジェイムズだが、『鳩の翼』においてもヒロインの性格描写の素晴らしさは読者をうならせることだろう。
中にはろくな女性を一度も創造できなかった作家もいるが、ヘンリー・ジェイムズはフローベールなどと並び、心に奥行きのある女性像を数多く提供してくれる作家の一人だ。
ジェイムズの作品には、結婚するかしないかで揺れ動く女性の心理が頻繁に描かれてもいる。
生涯独身だったジェイムズだが、彼も自らの結婚についていろいろと思い悩むことがあったのかもしれない。

愛と嫉妬と、天上的な優しさと俗世的な金銭欲と・・・。
ありがちなテーマを扱うストーリーを味わい深く描かせたら、円熟期のジェイムズの右に出る作家はそう多くはないはずだ。
そのあまりの巧みさゆえに晦渋とも評されるのだろうが、精巧な作品を仕上げる巨匠の技は、やはり読者を感動させずにはいないことだろう。

『死者の祭壇』 ヘンリー・ジェイムズ(審美社)

死者の祭壇死者の祭壇
(1992/03)
ヘンリ・ジェイムズ、牛玖 健治 他

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書名:死者の祭壇
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:野中 恵子
出版社:審美社
ページ数:108

おすすめ度:★★☆☆☆




長編のみならず、優れた短編作品も数多く残しているヘンリー・ジェイムズだが、そんな彼の短編作品一つを取り上げ、挿絵入りで一冊の単行本として出版したものが本書『死者の祭壇』だ。
『死者の祭壇』自体は、『大使たち』や『鳩の翼』といった後期作品より少し前に発表された作品であり、心理描写の精密さやすべてを明かさない曖昧な筆致からは、それらの長編作品の縮図のような印象を受ける読者もいるかもしれない。

『死者の祭壇』は舞台をロンドンに置き、主人公は内向的で、少しばかり偏執的な傾向のある初老の紳士である。
その彼が「ストランサム」という名を名乗るとあっては、そこから『大使たち』を思い浮かべる読者がいても不思議ではない。
ストーリーはタイトルから想像できるとおりの暗めの雰囲気に支配されたものなので、読みどころはやはり登場人物の心理描写になってくるのではなかろうか。

本書には牛玖健治氏の絵が複数挿入されている。
それが理由で、本書は画用紙と言っても過言ではないほどに厚手の用紙を使ったのだろうか。
ここで絵画について詳細に論じるつもりはないが、ギュスターヴ・ドレの挿絵をこよなく愛する私からすると、牛玖氏の作風は必ずしもストーリー中の一場面を反映しているようには見えないため、あまり好きになれない絵であるように感じられた。

審美社から出されたこの『死者の祭壇』は、さほど有名ではない一つの短編に挿絵を入れて単行本化するというやや珍しい試みが実現した本であるが、その割高感はどうしても拭い去ることができない。
20年ほど前の本であるために新品での入手はほぼ不可能で、まして中古が新品の価格を上回って販売されているのでなおさらである。
小説としての『死者の祭壇』の出来は決して悪くないものの、よほどのジェイムズ愛好家でもない限りお勧めできない本だ。

『友だちの友だち』 ヘンリー・ジェイムズ(バベルの図書館)

友だちの友だち (バベルの図書館)友だちの友だち (バベルの図書館)
(1989/06)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:友だちの友だち
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:大津栄一郎、林節雄
出版社:国書刊行会
ページ数:280

おすすめ度:★★★☆☆



ホルヘ・ルイス・ボルヘスの編纂・序文による「バベルの図書館」の一冊である短編集、『友だちの友だち』。
Amazonには書籍であれば何でも売っているというイメージがあったが、かつては全く取り扱いがなく、現時点ではごくわずかに販売されているという状態になっている。
同じ「バベルの図書館」シリーズのうちの何冊かは在庫がわずかとはいえ新品で売られているようだが、この『友だちの友だち』は中古で売りに出している人さえあまりいないという非常にレアな本のようだ。

本書の収録作品は、『私的生活』、『オウエン・ウィングレイヴの悲劇』、『ノースモア卿夫妻の転落』に表題作の『友だちの友だち』を加えた四編である。
ボルヘスによると、これらの中で『ノースモア卿夫妻の転落』はジェイムズの短編の代表作と目される作品らしく、言われてみれば彼の著作のどこかでこの短編について言及されていたような気がしないでもない。
それとはやや毛色の異なる他の三編は、いずれも幻想的な作風の短編小説で、そこに選者であるボルヘスの怪奇趣味を垣間見ることができるというものだ。
ヘンリー・ジェイムズの短編で最も有名なものと思われる『ねじの回転』の読者であれば、『オウエン・ウィングレイヴの悲劇』や『友だちの友だち』に、いかにもジェイムズらしい不思議な、そしておぼろげな輪郭のストーリーを見出すことができよう。
私見によると、本書の収録作品は総じてジェイムズを好きな読者を裏切ることはないように思われる。
とはいえ、本書の冒頭を飾るボルヘスの序文はわずか数ページのたいへんあっさりとしたものなので、それを楽しみにしている読者がいくらかがっかりする可能性は否定できないのだが。

『友だちの友だち』は、ジェイムズのファンのみならず、ボルヘスに興味のある読者も読みたいと感じる「バベルの図書館」シリーズの一冊なのだが、入手が困難ということもあり、一般の読者にはこれ以外の短編集をお勧めせざるをえない。
本書に強い関心のある方は、Amazonで見当たらない場合、まれにヤフオクなどに出品されているので、そちらで探されるといいだろう。

『ヘンリー・ジェイムズ短編集-「ねじの回転」以前』ヘンリー・ジェイムズ(文芸社)

ヘンリー・ジェイムズ短編集―「ねじの回転」以前―ヘンリー・ジェイムズ短編集―「ねじの回転」以前―
(2010/05/01)
ヘンリー・ジェイムズ

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書名:ヘンリー・ジェイムズ短編集-「ねじの回転」以前
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:李 春喜
出版社:文芸社
ページ数:320

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの短編集はいくつか出されているが、それらの中でおそらく最も新しいものがこの『ヘンリー・ジェイムズ短編集-「ねじの回転」以前』だ。
わざわざ副題で『ねじの回転』以前と断ってはいるものの、必ずしも内容の上で『ねじの回転』に直結する作品集というわけでもないため、単純にジェイムズ初期の短編集ととらえたほうがいいかもしれない。
収録作品六編はいずれも本邦初訳とのことなので、初期のジェイムズに興味のある方はぜひ手にしていただきたいと思う。

ジェイムズが二十代から三十代前半にかけて発表した作品を集めた本書には、心理主義的な作風の強いものや確固たる「視点」から描かれた作品も収められているため、読者が『ヘンリー・ジェイムズ短編集』という名の本に期待するところのものに仕上がっている。
そんな中、モーパッサンを思わせるようなストーリー重視の作品に出会うという、うれしい期待はずれもある。
とはいえ、舞台がヨーロッパだったりアメリカだったり、登場人物が大西洋を行き来したりすることから見ても、やはりジェイムズらしさが存分に発揮されている短編集であると言っていいのではなかろうか。

収録作品は、『過ちの悲劇』、『友人ビンアム』、『ある肖像画の物語』、『ある問題』、『ユースタス様』、『アディナ』の六編で、私のお勧めは『ある肖像画の物語』だ。
ジェイムズで「肖像画」といえば、『ある婦人の肖像』を思い起こしてしまいがちかもしれないが、こちらはまさしく「肖像画」とそれを取り巻く人々の物語で、多少強引な比較を許してもらえるならば、『ある婦人の肖像』よりはむしろワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』に近いように思う。

文芸社の出版物にこれまであまりなじみがなかった私だが、いざ読んでみると、誤字や脱字は少ないし、製本上の質の良さから考えれば、1600円+税という値段も相当に手頃であるという印象を受けた。
3000円以上の本を買ってそのつくりが粗雑だとあまりいい気がしないものだが、そういう面でこの本に失望することは絶対にないだろう。
収録作品はややマイナーな作品ばかりなので、ジェイムズを初めて読んでみようという方には不向きのような気もするが、ジェイムズ初期の作風を俯瞰する上で格好の一冊であることは確実だ。

『風景画家』 ヘンリー・ジェイムズ(文化書房博文社)

風景画家―ヘンリー・ジェイムズ名作短編集風景画家―ヘンリー・ジェイムズ名作短編集
(1998/12)
ヘンリー ジェイムズ

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書名:風景画家 - ヘンリー・ジェイムズ名作短編集
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:仁木 勝治
出版社:文化書房博文社
ページ数:253

おすすめ度:★★★★




多くの短編小説を残したヘンリー・ジェイムズだが、表題作を含む全五編を収めた短編集がこの『風景画家』である。
初期から後期まで、幅広くジェイムズの作品を集めている一冊なので、文庫化されている作品以外もいろいろ読んでみたいという方には格好の短編集といえるだろう。
難解な作家と評されることの多いジェイムズだが、本書の短編はどれも読みやすいものばかりであるから気軽に手にしていただければと思う。

本書は表題作である『風景画家』の他に、『異常な病人』、『古い衣装のロマンス』、『ほんもの』、『知恵の木』の四編を収録している。
ちなみに、私は『異常な病人』を読んで『ある婦人の肖像』を、『古い衣装のロマンス』を読んで『ねじの回転』を、それぞれ思い出した。
個人的に最もお勧めなのは、物語性が強く、読後の印象もよい『ほんもの』であるが、他の作品もみな独特の味わいがあって多くの方が楽しめるものだと思う。

芸術家小説から幽霊譚まで収録している本書は、ジェイムズが得意とする短編のジャンルは網羅しており、中・上流階級の人々を描いているというジェイムズらしさも健在だ。
仮にジェイムズの短編に対するイメージをこの一冊から作り上げても、邦訳の出ている限りを読み尽くした場合と比べて、それら二つのイメージにさほど大きな隔たりはないのではなかろうかと思えるほど、『風景画家』は「ジェイムズ名作短編集」との副題にふさわしい、適度なまとまりを見せている。

この『風景画家』にはジェイムズの代表的な作品は収録されていないが、それにもかかわらずジェイムズの作風がよく表れている短編集となっているように思う。
少々誤字・脱字の類が気になるものの、作品数の割りには単行本化されていないジェイムズの短編を読みたいと思われる方は、必ずや楽しめる本といえるだろう。

『金色の盃』 ヘンリー・ジェイムズ(講談社文芸文庫)

金色の盃〈上〉 (講談社文芸文庫)金色の盃〈上〉 (講談社文芸文庫)金色の盃〈下〉 (講談社文芸文庫)金色の盃〈下〉 (講談社文芸文庫)

書名:金色の盃
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:青木 次生
出版社:講談社
ページ数:562(上)、597(下)

おすすめ度:★★★★




大使たち』、『鳩の翼』と合わせて三部作と呼ばれているジェイムズ後期の長編作品の一つがこの『金色の盃』である。
難解とされる三部作の中でも特に難解であると言われていて、作品自体も他の二作と比べていっそう長いため、『金色の盃』の敷居は高いと言わざるをえないが、ジェイムズ最後の長編作品ということもあり、ジェイムズに関心のある方はぜひ読んでみていただきたい。

物腰や肩書きは立派なれど財産の伴わないイタリアの公爵と、非常に裕福な父を持つアメリカ人の娘マギーが結婚をすることに決まったというところから話は始まる。
結婚の直前になって、マギーの友人であるシャーロットが突然やってくるが、そのシャーロットはといえば、かつて公爵と親しい間柄にあった女性の一人なのであり・・・。
すべてを明白にはしてくれないジェイムズのおかげで、結婚や財産、愛情や嫉妬などを巡って、読者は小説世界で実際に何が起きていたのかを把握することさえしばしば困難となるに違いない。
むしろ、読者の頭の中で事情が自ずと錯綜していくのが、「迷路」とも称されるジェイムズの後期長編作品の醍醐味であるとも言えるだろうか。

ジェイムズの長編作品の常で、『金色の盃』においても、たいした役割を担っていない人々を除いた、実質的な意味での登場人物はきわめて少ない。
『金色の盃』を読むには通常以上の注意力と集中力を必要とするが、これで登場人物が多かったとしたら、ほとんどの読者は何が何やらわからなくなってしまうのかもしれない。
そういう意味では、たいていの読者が把握できるぎりぎりの一線、その線上に位置するのが『金色の盃』であると言うこともできるだろうか。

難解だ、難解だと言われると、読み終わった後にジェイムズによって煙に巻かれたような印象を受けるのではないかと心配される方もおられるかもしれないが、本書の下巻には100ページほどの紙幅を割いて解説が載せられているので、読者は少なくとも訳者の見解には存分に触れることができる。
それを答え合わせの場とみなす読者もいるだろうし、自らの読みとの対決の場とみなす方もいるかもしれないが、いずれにしても、読み応え十分な『金色の盃』を一度手にされた方は、是非最後まで読み通して、これまた読み応え十分な解説にまでたどり着いていただければと思う。

『国際エピソード』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

国際エピソード (岩波文庫 赤 313-2)国際エピソード (岩波文庫 赤 313-2)

書名:国際エピソード
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:上田 勤
出版社:岩波書店
ページ数:134

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズの初期から中期にかけての中編作品の一つがこの『国際エピソード』である。
後期のジェイムズ作品に感じられる難解さは影をひそめており、ジェイムズのストーリーテラーとしての手腕が存分に発揮されている作品となっている。
また、大西洋の東西における価値観をテーマにした作品であるために、その内容もきわめてジェイムズらしいものに仕上がっているように思われる。
ジェイムズのファンはもちろん、ジェイムズをあまり知らない読者にもお勧めできる作品だ。

イギリスの青年貴族が、短期間の旅行の予定でアメリカに渡る。
そこで美しいアメリカ人女性と出会い、親交を深め、帰国していく。
彼との交流は、ヨーロッパに強い憧れを抱いている彼女の心に対しても並々ならぬ印象を残していて・・・。
『国際エピソード』の中には、これといって熱烈な愛情表現は見受けられないが、その内容からすれば一種の恋愛小説であるといってもいいのだろう。

『国際エピソード』は非常に明快な構成から成り立っている。
第一部ではイギリスの紳士たちがアメリカを旅行し、続く第二部ではアメリカの婦人たちがイギリスを訪れるというもので、アメリカにいるイギリス人、イギリスにいるアメリカ人を描くことで、両国の人々、歴史、文化における対比が鮮明に浮き彫りにされている。
ジェイムズの他の多くの作品と同様、『国際エピソード』はアメリカもヨーロッパも知り尽くしていたジェイムズだからこそ書くことができた小説ということができるのではなかろうか。

ジェイムズの文名を高からしめるのに一役買った『国際エピソード』は、端的かつ典型的なジェイムズ作品とみなすことができるように思う。
新品での入手は困難だが、文章量は手頃で読みやすい作品なので、ジェイムズに興味のある方はぜひ一度読んでみていただければと思う。

『アメリカ人』 ヘンリー・ジェイムズ(世界文学全集)

世界文学全集〈第2集 第12〉ジェイムズ アメリカ人 (1963年)世界文学全集〈第2集 第12〉ジェイムズ アメリカ人 (1963年)

書名:アメリカ人
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:阿部 知二
出版社:河出書房新社
ページ数:436

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズ初期の長編作品の一つがこの『アメリカ人』である。
ジェイムズを知る人であればそのタイトルからも察せられるだろうが、ヨーロッパを訪れたアメリカ人を主人公に据えた、いわゆる「国際状況もの」であり、誤解を恐れずに言えば『ある婦人の肖像』と同じ部類の作品ということになるだろうか。
しかし実際にはかなり異なる雰囲気の作品となっているため、『アメリカ人』のオリジナリティに不足を感じる読者は少ないことだろう。

実業で成功し、巨万の富を得てヨーロッパを訪れたアメリカ人、クリストファー・ニューマン。
友人の助けを借りながらパリで理想の花嫁探しを始めた彼は、理想どおりの未亡人を見出した。
未亡人の方からも彼に好意を寄せてくれているようなのだが、その夫人が名門貴族の一員だったために・・・。
紳士的で、常に自尊心を失わないアメリカ人らしい主人公が、貴族によって構成される閉鎖的なパリの上流社会にどのように入り込んでいくのかを描くジェイムズならではの筆は、必ずや読者を楽しませてくれるだろう。

旧大陸と新大陸の価値観の対立を描くことのみに止まらないところが『アメリカ人』の長所でもある。
『アメリカ人』においては、ヴェールに覆われたかのようにすべてを見せない伝統ある侯爵家に、読者はニューマンと共に少しずつ肉薄していくことになる。
どことなく謎めいた作風は読者の興味を強く引き付けずにはおかないはずだ。

私が思うに、『アメリカ人』の最大の短所は流通量の少なさにある。
かつての文学全集に収録されたものの他に翻訳を知らないし、再版などされるわけもないその全集版にも当然ながら数に限りがある。
細かいことを言い出せば他にも欠点は見つかるのかもしれないが、ストーリー性も強く、いかにもジェイムズらしい作品である『アメリカ人』が、もっと読まれるに値する作品であることは間違いないだろう。

『ボストンの人々』 ヘンリー・ジェイムズ(世界の文学)

世界の文学〈第26〉ヘンリー・ジェイムズ ボストンの人々(1966年)世界の文学〈第26〉ヘンリー・ジェイムズ ボストンの人々(1966年)

書名:ボストンの人々
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:谷口陸男
出版社:中央公論社
ページ数:533

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズ中期の長編作品の一つがこの『ボストンの人々』である。
それといって大きな事件は起きないにもかかわらず、ついつい読者がストーリーに引き込まれてしまうあたり、さすがは精密な心理描写で知られるジェイムズだけのことはあると痛感させられる作品となっている。
後期作品に見られるような難解さはそれほど感じられず、比較的読みやすいというのも本書のお勧めポイントだ。

南北戦争によって荒廃した南部に見切りをつけ、北部で成功を勝ち取ろうとしている南部の紳士が、ボストンで男女平等の実現のために闘っている従姉を訪れる。
そして二人が訪れた会合で、霊感を受けたかのように流麗な演説をする若い乙女を見出し、従姉の婦人は彼女の才能に惚れ込んでしまい、彼女と一緒に男女平等のための運動をしていくことに取り決めるのだったが・・・。
情景の描写こそ少なめだが、演説の巧みな乙女を巡ってそれぞれの登場人物がそれぞれの思惑で動いていく人間模様がくっきりと描き出されているので、『ボストンの人々』はジェイムズの長編小説に期待される楽しみを完璧に備えていると言えるだろう。

ジェイムズといえばヨーロッパとアメリカとにおける文化や人間性の差異をテーマにした、いわゆる「国際状況もの」と呼ばれる作品が多いが、『ボストンの人々』はもっぱらアメリカ国内のみを舞台として進行する。
そんな中でも、男性と女性、南北戦争後の南部人と北部人といった差異を明確に打ち出し、際立ったコントラストの中で登場人物が活躍する『ボストンの人々』は、いかにもジェイムズらしいメリハリのある作品だと言えるのではなかろうか。

文学全集の一冊として刊行されている『ボストンの人々』は、残念なことに『アメリカ人』などと同様、現時点での流通量が極端に少ない。
Amazonでもいつ品切れになるかわからないので、気になる方には早めに購入されることをお勧めしたいと思う。

『ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編』 (関西大学出版部)

ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編

書名:ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:李春喜、中村善雄、村尾純子
出版社:関西大学出版部
ページ数:247

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの比較的初期の短編作品五編を訳出したのが本書『ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編』である。
収録作品はいずれも本邦初訳とのことなので、ジェイムズの短編集をすでに読んでいる方でも他の短編集との重複を気にする必要はないようだ。
また、収録作品に後期作品のような難解さはないので、気軽に手にしていただければと思う。

本書には表題作の『オズボーンの復讐』の他に、『ブリソー氏の恋人』、『ファーゴー教授』、『ローズ・アガサ』、『ロングスタッフ氏の結婚』が収録されている。
中でもお勧めなのは、自殺した友人を弄んだ女性に復讐を試みる『オズボーンの復讐』で、誰が何をどこまで知っているのかが曖昧なまま話が進むという、ジェイムズならではの「主知主義」的小説世界が読者の好奇心を強く引き付けるに違いない。

死期を間近に控えたロングスタッフ氏の恋を主題とした『ロングスタッフ氏の結婚』も秀逸な作品だ。
どこか『鳩の翼』を思い起こさせるような作風であるが、40ページそこそこの紙幅で、読後にここまで深みのある印象を残してくれる作品も少ないように思われる。
上述の二作と比べると多少平板な作品であるようにも思える『ローズ・アガサ』でさえ、ストーリーテラーとしてのジェイムズの勢いが読者を牽引してくれることだろう。

今世紀に入ってもしばしばジェイムズの作品の新しい訳書が出版されていることは、今日的な観点からしてもやはり彼の作品が面白いということの証明であるようにも考えられるが、裏を返せばこれまでジェイムズが十分に紹介され尽くしていなかったとも言えるのではなかろうか。
初期の短編作品という未紹介の分野に光を当てる本書『ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編』、同じ訳者による『ヘンリー・ジェイムズ短編集-「ねじの回転」以前』と合わせてお勧めしたい。

『ポイントン邸の蒐集品』 ヘンリー・ジェイムズ(山口書店)

ポイントン邸の蒐集品ポイントン邸の蒐集品

書名:ポイントン邸の蒐集品
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:有馬 輝臣
出版社:山口書店
ページ数:277

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズ中期の長編小説の一つがこの『ポイントン邸の蒐集品』である。
鳩の翼』や『金色の盃』といったジェイムズ後期の傑作が持つ特徴を数多く備えているが、それらの作品と比べるとさほど難解ではないため、ジェイムズらしい作品を読みたいという人にお勧めの一冊となっている。

数々の芸術品によって類まれな美的空間が形作られているポイントン邸。
跡取りである一人息子が婚約をしたのだが、芸術品に執念と言っても過言ではないほどの強い愛着を持つ母は、芸術を解するようには思えない婚約者の娘のことを到底受け入れることができず・・・。
ジェイムズの小説にはありがちなことだが、『ポイントン邸の蒐集品』においても、それほど大それた事件が起こるわけではない。
それでも、推理小説でも読んでいるかのように少しずつ明かされていく真実は読者の関心を引き付けてやまないことだろう。

『ポイントン邸の蒐集品』は、ジェイムズが得意とする「国際状況もの」とは異なり、舞台も登場人物もイギリス人という、徹頭徹尾イギリスの物語である。
そうはいっても、上流社会を描いている点や、実質的な登場人物が非常に限定的である点、そして何より視点人物の設定という手法によって、『ポイントン邸の蒐集品』はきわめて強くジェイムズを感じさせる作品となっている。

ジェイムズのファンなら必ずや楽しめる作品であるにもかかわらず、困ったことに『ポイントン邸の蒐集品』の流通量は何しろ少ないときている。
国書刊行会から出されているヘンリー・ジェイムズ作品集にも収録されているが、そちらも安価ではないため敷居は高いと言えるだろう。
ここ何年かの動向を見てもジェイムズの作品は着実に出版されていっているようなので、『ポイントン邸の蒐集品』の文庫化される日を待ちたいと思う。

『嘘つき』 ヘンリー・ジェイムズ(福武文庫)

嘘つき (福武文庫)嘘つき (福武文庫)

書名:嘘つき
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:行方 昭夫
出版社:福武書店
ページ数:229

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの中編作品三編を収録したのが本書『嘘つき』である。
表題作の他に『五十男の日記』と『モード・イーヴリン』を収録しており、三作のジャンルは違えど、いずれも非常にジェイムズらしい作品ばかりとなっている。

思い出の地であるフィレンツェを訪れ、そこでかつての自分と境遇の似通った若者と出会う『五十男の日記』。
イタリアを主な舞台としている点や、過去が曖昧に語られる点などにジェイムズの特徴が色濃く表れている。
昔恋した女性の結婚相手が、容姿端麗ながら虚言癖のある大佐であるという『嘘つき』。
実質的な登場人物は3人だけであるにもかかわらず、彼らの微妙な心理模様は最後の1ページに至るまで読者の興味をそそってやまないことだろう。
『モード・イーヴリン』について多くを語ることは控えたいと思うが、というのもこれが幻想的な作品だからだ。
ねじの回転』のような面白さと難しさを兼ね備えていて、それぞれの読み手が各々の解釈を楽しむことができるように思う。

『嘘つき』は、主人公の職業を画家に設定するという、ジェイムズにとって手慣れた方法を採っている。
上流階級の人士を細部に至るまで観察し、その印象を自身の内部で咀嚼し、それを画面に描き出すのが画家の仕事であるから、「視点」となる主人公を画家にするというのは、主人公の観察力が大きく物を言うジェイムズの作品にとっては格好の設定と言えるのかもしれない。

本書に収録されている三編は、いずれもストーリーテラーとしてのジェイムズの手腕が顕著に感じられる作品ばかりである。
ジェイムズ作品を数多く翻訳している行方氏の訳文は非常に読みやすいので、ジェイムズの作品をあまり知らない方が読んでも十分楽しめるだろうし、ジェイムズのファンならば本書に見られるジェイムズの流れるような文体を心行くまで堪能できるのではなかろうか。

『ジャングルのけもの』 ヘンリー・ジェイムズ(審美社)

ジャングルのけものジャングルのけもの

書名:ジャングルのけもの
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:野中 恵子
出版社:審美社
ページ数:122

おすすめ度:★★★★




ジェイムズ後期の代表的な短編作品の一つがこの『ジャングルのけもの』である。
鳩の翼』と同時期の作品ということで、一筋縄ではいかない少々難解な作品となっているため、一般受けする作品ではないかもしれない。
しかし、本書を難解に感じてしまう読者といえども、実質的な登場人物はわずか二人だけであるにもかかわらず、ここまで読み応えのある陰影に富んだ心理模様を描き出すことができるとはさすが後期のジェイムズだけあると、少なくとも感心はさせられるのではなかろうか。

いつの日か何か良からぬ恐ろしいことに見舞われるのではないかという強い予感、まるでジャングルの奥のけものが襲いかかろうとこちらを窺っているかのような予感を抱きながら暮らしているジョン・マーチャー。
ほんの偶然から、彼はこの予感に関して話し合える友人として、かつてイタリアで会ったことのあるメイ・バートラムを得たのだったが・・・。
予感という抽象的な物事を軸に話が進んでいくので、『ジャングルのけもの』はそれだけいっそう難解になっているように思う。
これが長編作品であればあまりお勧めできなかったかもしれないが、コンパクトな作品なのでだいぶ挑戦しやすくなっていると言えるだろう。

この『ジャングルのけもの』は『死者の祭壇』と同じシリーズに属しており、随所に挿絵として版画が収められている。
個人的には、このシリーズはページ数の割りに割高感が拭えないので、挿絵を省いて安価にしてくれたほうがありがたいと感じているのだが、ジェイムズの代表的な短編作品の一つであり、味読に値する『ジャングルのけもの』であれば、その価格設定も許容範囲だと思われる。
ジェイムズの後期作品に興味のある方は是非手にしてみていただければと思う。

『ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他』 ヘンリー・ジェイムズ(英潮社)

ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他

書名:ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:多田 敏男
出版社:英潮社
ページ数:310

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの短編作品を、表題作を含んで三編収録しているのが本書『ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他』だ。
取り扱われているテーマが上流社会の結婚生活や恋愛問題、そこに財産や社会的地位も絡んでくるといったジェイムズが最も得意とするジャンルであり、ジェイムズファンなら必ず楽しめる一冊なのではなかろうか。

独り立ちするだけの財産もなく他に身寄りもない妹が、裕福な姉夫婦の元で暮らしているというのが『ロンドン生活』の背景なのだが、その夫婦仲がまるでうまくいっておらず、姉が軽薄な振る舞いをやめないものだから・・・。
約200ページに及ぶ中編と呼んでもよい作品であり、きめ細かな心理描写が随所に見られるので、読者の側にも登場人物の微妙な心の振幅をとらえていくことが求められるように思う。
過去に結婚しかけた相手の女性と再会するという『ルイザ・パラント』は、読者の側にも主人公である「私」同様に真実が見えにくいというジェイムズ作品特有の面白さが強い作品だ。
『ロンドン生活』と『ルイザ・パラント』は、いずれも幕切れが駆け足になってしまっているのが少し残念な気がしないでもないが、それもジェイムズ流の焦点の当て方と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。

『フォーダムの館』は、家族から邪魔者扱いされて追い払われ、ひっそり隠れて生きている近親者という珍しい状況を扱っている。
疎外感に満ちた暗い作品というわけでもなく、晩年の作品にしては読みやすいほうだと思う。

一般的に言って、ジェイムズの作品というのはどれも非常にジェイムズらしいというか、どの作品でもジェイムズならではの筆致に出会うことができるものであるが、本書に収録されている『ロンドン生活』、『ルイザ・パラント』、『フォーダムの館』もその例外ではない。
収録作品はいずれも決して有名な作品ではないものの、ジェイムズに興味のある人にならばお勧めできる一冊だ。

『ヨーロッパ人』 ヘンリー・ジェイムズ(ぺりかん社)

ヨーロッパ人 (1978年)ヨーロッパ人 (1978年)

書名:ヨーロッパ人
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:阿出川 祐子
出版社:ぺりかん社
ページ数:279

おすすめ度:★★★★




ジェイムズ初期の頃の長編作品の一つがこの『ヨーロッパ人』である。
タイトルから容易に察しがつくように、大西洋の東西で異なる価値観を物語の軸に据えた「国際状況もの」に分類される作品で、きわめてジェイムズらしい作品になっている。

ドイツの名門の家系に嫁いだものの、身分の差によって離婚されるかもしれない姉と、冴えない絵描きをしている弟が、運を開きにヨーロッパからアメリカの親戚を訪ねにやってくる。
結婚適齢期の男女のいる環境で、「ヨーロッパ人」である彼らの運は開けるのか・・・。
難解で知られるジェイムズの後期作品と比べると、『ヨーロッパ人』は登場人物の人間関係や心情が直接的に表現されているのでだいぶわかりやすい作品である。
そうはいっても、物語の裏を読み解く楽しさは残されているので、ジェイムズが文字にしないでおいた部分を読み解くことに喜びを感じられる上級者も楽しむことができるように思う。

『ヨーロッパ人』は、そのタイトルからいっても、舞台と状況が真逆になっている『アメリカ人』と対を成すとみなすことができる。
一方はアメリカを訪れたヨーロッパ人を、他方はヨーロッパを訪れたアメリカ人を描いているという差があるのだが、どちらの場合も、舞台となる地域の保守的な風潮に対して批判的に描かれているように感じられるのが面白いところである。
双方の文化をよく知るジェイムズだからこそ、双方向の「国際状況もの」が書けるのだということを痛感させられる気がする。

ジェイムズのファンならずとも楽しめるはずの『ヨーロッパ人』ではあるが、流通量は泣けてくるほどに乏しいというのが現状である。
ジェイムズに関心のある方には、早めに入手に動かれることをお勧めしたい。
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