『ヴァレンシュタイン』 シラー(岩波文庫)

ヴァレンシュタイン (岩波文庫)ヴァレンシュタイン (岩波文庫)
(2003/05/16)
シラー

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書名:ヴァレンシュタイン
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:濱川 祥枝
出版社:岩波書店
ページ数:533

おすすめ度:★★★★




シラーの最高傑作とも言われるヴァレンシュタイン三部作を、一冊の文庫本に収めたものが本書『ヴァレンシュタイン』である。
『三十年戦争史』をも残していることからもわかるように、歴史に対する豊富な知識を持っているシラーだが、この『ヴァレンシュタイン』は必ずしも歴史的事実に忠実な作品とは言えない。
しかし、故意になされた改変はいずれも『ヴァレンシュタイン』のドラマ性を高める効果を担っているため、文学作品としての質の向上に大いに役立っているように思われる。

ドイツ国内が極度の荒廃と混乱に陥った三十年戦争において、神聖ローマ帝国側について戦った、百戦錬磨の傭兵隊長ヴァレンシュタイン。
その華々しい戦歴は彼の野心と慢心を刺激せずにはいないが、それは同時に仲間内に嫉視と疑念をも生みがちなもの・・・。
三部作ということで読者が主人公に付き合う時間も長く、それだけ感情移入もしやすいので、話の展開は自ずと読者の関心の的となるに違いない。

『ヴァレンシュタイン』は史劇であるので、三十年戦争に関する知識の有無が作品の鑑賞に影響する部分も大きいように思う。
本作を読みながら歴史を学ぶことも不可能ではないが、寝返りや他国の介入などの多い三十年戦争の勢力図は少々複雑で、ある程度歴史を知らないとストーリー展開において肝心なところが把握できないことも考えられる。
また、これは歴史劇の常であるが、ヴァレンシュタインという歴史的人物を、せめてその名前と略歴だけでも事前に知っているかどうかで、本作の面白みは大きく左右されることだろう。

1900年代前半から半ばにかけて、いくつも邦訳の出されていたシラーだが、最近ではめっきり日の目を見ない作家となりつつある。
そんなシラーの作品の中では、仮名遣いや文字サイズなどの面から言っても、現在最も読みやすいかたちで出版されている戯曲が本書だろう。
群盗』のような勢いの感じられる若い頃の作品より、いくらか落ち着いた作風のように見受けられる『ヴァレンシュタイン』、シラーを読み始める方にまずお勧めしたい作品だ。
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『ヴィルヘルム・テル』 シラー(岩波文庫)

ヴィルヘルム・テル 改版 (岩波文庫 赤 410-3)ヴィルヘルム・テル 改版 (岩波文庫 赤 410-3)
(1957/09/05)
シラー

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書名:ヴィルヘルム・テル
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:桜井 政隆、桜井 国隆
出版社:岩波書店
ページ数:218

おすすめ度:★★★★




スイス独立のきっかけとなったとして、いまだに高い人気を誇るスイスの偉人ヴィルヘルム・テルを描いた、シラー晩年の戯曲がこの『ヴィルヘルム・テル』である。
彼の名は日本でもよく知られており、英語表記による「ウィリアム・テル」の名で親しんでいる方もおられることだろう。
息子の頭に載せたりんごを弓矢で射抜く場面はあまりにも有名で、そのシーンのインパクトが強すぎるからか、それが結末ではないにもかかわらず、本書のクライマックスもその部分にあると感じてしまう読者がいても何ら不思議はないように思う。

他民族の支配に屈従しようとしないヴィルヘルム・テルの反抗的な態度は、時の支配者の不興を買ってしまう。
被支配民に求められている卑屈な態度を拒否する彼は、不敬な行為の責任を問われ、例のりんごの場面を強いられることになるのだ。
彼は息子の頭上のりんごを目がけて弓を構え・・・。
歴史的な実在性が疑われているヴィルヘルム・テルではあるが、つい彼が実在していたことを信じたくなるのは、スイス国民に限ったことではないのではなかろうか。

『ヴィルヘルム・テル』の発表年は1804年。
フランス革命の余波がヨーロッパ全土を揺るがしている最中、自由と独立を象徴する彼の物語をシラーが戯曲として発表したというのは、シラーの思想を推し量る上でも非常に興味深いことである。
自由が確立されたとされる今日の社会に暮らす我々が読んでも、ヴィルヘルム・テルの不屈で実直な精神には心底からの拍手を送りたくなることだろう。

テーマやストーリーは平板と思えるほどに明快で、エピソードはすこぶる有名、『ヴィルヘルム・テル』はそんな作品だ。
最近はほとんど新品が出回っていないようなので、再版や新訳に期待したいと思う。

『美と芸術の理論―カリアス書簡』 シラー(岩波文庫)

美と芸術の理論―カリアス書簡 (岩波文庫 赤 410-2)美と芸術の理論―カリアス書簡 (岩波文庫 赤 410-2)
(1974/06/17)
シラー

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書名:美と芸術の理論―カリアス書簡
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:草薙 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:96

おすすめ度:★★★★




おそらく日本ではシラーという作家は戯曲の作者として最も知られているだろうが、彼は詩人でもあり歴史家でもあり、そして美学に関する著作を発表する思想家としての一面もあるという、文芸に関して多方面で活躍した人物であった。
そんな彼の美学を最もわかりやすく述べたものがこの『美と芸術の理論―カリアス書簡』である。
『カリアス書簡』とあることからもわかるように、書簡という形でシラーの美に対する思想が平易に説明されており、まして100ページに満たないという手頃さもあるので、シラーの美学はもちろん、美学そのものに関心のある方が始めて手に取る本としても悪くないように思う。

シラーの美学におけるキーワードを一つ述べろと言われれば、私は「自律性」を選ぶだろう。
法則性の中における自律性が美しい、これがシラーの主張の根底だと私はとらえているが、確かにたいていの美はそれで説明がつくのではなかろうか。
とはいえ、より厳密に考えれば彼の美学にもいくつか論理の脆弱さを見出すことができるはずだ。
大部の著作と異なり、本書から一つの論題に関して論及し尽くしたという印象を受けることはないので、それだけ読者が異論・反論など、自らの考えをぶつけやすい本でもあると言えるかもしれない。
シラーの美学はカントの哲学を発展させたものと指摘されているが、カントの哲学や美学を知らずとも本書の理解にさほど影響はないように思うので、ぜひ気軽に読んでみていただきたい。

美術館や展覧会に赴く前に本書『美と芸術の理論―カリアス書簡』にざっと目を通しておくだけでも、絵画や彫刻をシラーの視線で鑑賞することが可能となり、自らの美術に対する造詣が深まったと実感していただけることと思う。
さらに言えば、シラーの美学を知った上で『ヴァレンシュタイン』や『ヴィルヘルム・テル』などのシラーの手になる戯曲を読めば、また新しい楽しみ方が開けてくるに違いない。
豊富な例示がなされているためにたいへん理解しやすいこの『美と芸術の理論―カリアス書簡』、芸術論や美学論は難解そうで敬遠しがちという方にもお勧めできる本だ。

『群盗』 シラー(岩波文庫)

群盗 (岩波文庫)群盗 (岩波文庫)
(1958/05/05)
シラー

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書名:群盗
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:久保 栄
出版社:岩波書店
ページ数:221

おすすめ度:★★★★




シラーの処女作として知られる本書『群盗』は、同時にシラーの代表作であるとも言われている。
盗賊という反社会的な人々、いわゆるアウトローを主題にする作品ならではの緊迫感やスピード感に満ちていて、恋愛悲劇にはないような読者を引き込む力のある作品だ。
時代背景にも促され、若き頃のシラーが青年独特の熱意と反抗心を作品化したように思える『群盗』は、若い人々にこそ読まれるべきなのかもしれない。
もちろん、自らは血気盛んな青年期を過ぎたと感じらている読者も、若かりし日々の記憶をたどることで登場人物の心理に何らかの共感をすることだろう。

ある事件、それが読みどころの一つでもあるように思うのでその詳細は作品に譲ることにするが、その事件を受け、うら若き主人公は盗賊になる決意をする・・・。
中には極端なストーリー展開に少々納得がいかないと感じられる読者もいるかもしれないが、本で読むより鑑賞者が引き込まれやすい舞台上で演じられたなら、ほとばしるような勢いのある台詞の効果と共に、見る者を虜にするに違いない。
そのような魅力を秘めた『群盗』は、シラーの代表作としてのみならず、ドイツ文学の代表作として読まれてしかるべき作品の一つであると言えよう。
エルナニ (岩波文庫)エルナニ (岩波文庫)
(2009/07/16)
ユゴー

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表現されている精神はやや異なるが、ストーリーが『群盗』に似ているものにユーゴーの『エルナニ』がある。
こちらは山賊に身をやつした主人公のエルナニが父の復讐の機会を窺うという物語だ。
二作品の間には類似点と相違点がそれぞれ存するので、『群盗』と比較して読むと非常に興味深いのではないかと思う。

根っからの悪人ではないだけに心の揺れる主人公、彼の葛藤と逡巡は、読者にもどかしい思いをさせるより、多くの感動を与えることだろう。
新品での入手の難しい本ではあるが、ぜひ一度読んでみていただきたいと思う。

『ファウスト 第一部/第二部』 ゲーテ(集英社文庫ヘリテージシリーズ)

ファウスト 第一部 新訳決定版 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)ファウスト 第一部 新訳決定版 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
(2004/05/20)
ゲーテ

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ファウスト 第二部 新訳決定版 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)ファウスト 第二部 新訳決定版 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
(2004/05/20)
ゲーテ

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書名:ファウスト
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:池内 紀
出版社:集英社
ページ数:360(一),496(二)

おすすめ度:★★★★★




ドイツ文学における最大の巨人にして草分け的な存在でもあるゲーテだが、そんな彼がその生涯を懸けた大作がこの『ファウスト』だ。
これは高名な文学作品の常であるが、『ファウスト』も名前が知られている割には読破した人が少ないのではなかろうか。
池内先生の翻訳による本書は、おそらく今まで出版された邦訳の中で最も読みやすいと思うので、まだ読んだことのない方にも、途中で挫折した経験のある方にも非常にお勧めだ。

人間が知りうる知識の限界を悟り、さらなる可能性を求めて悪魔メフィストフェレスと契約を結んだファウスト。
神曲』でダンテがウェルギリウスに導かれたように、ファウストは悪魔の導きで長い長い旅に出る・・・。
ストーリーを追うだけでも楽しめるのが『ファウスト』だが、やはり醍醐味はその思想性だろう。
豊富な思考の余地を提供してくれる『ファウスト』に接する読者は、半ば必然的に様々なことを考えながら読み進めることになるはずだ。
マンフレッド (岩波文庫)マンフレッド (岩波文庫)
(1960/03/05)
バイロン

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ゲーテの『ファウスト』としばしば比較されるのがバイロンの『マンフレッド』である。
いずれも尋常ならざる知力の行く末を描いている詩劇であるという点が共通していて、発表された時期がほぼ同じということもあり、確かに絶好の比較の対象だ。
おそらくは『マンフレッド』を読むことで浮き彫りになる『ファウスト』の特徴もあることだろう。
右は、画像こそないが一応岩波文庫から出された『マンフレッド』なので、興味のある方はぜひ読んでみていただきたいと思う。
ちなみに、『マンフレッド』のほうが短い作品であるだけに構成の密度では勝っているが、作品から感じられる思想性の深さでは『ファウスト』がはるかに優れているというのが私の感想だ。

『ファウスト』、特にその第二部は、読み通したけれどもテーマが深遠すぎるからか結局よくわからなかったという類の感想がしばしば聞かれる。
しかし、これは文学作品一般に言えることだが、現在感じられる、また現在考えられる範囲で楽しむといった、それぞれの読者の身の丈に合わせた鑑賞でも十分であると思う。
偉大な文人であるゲーテが一生をかけて仕上げた作品をわずか数時間で鑑賞しきろうなどと不遜なことを考えず、読む側も人生の様々な地点において時折立ち返ってみればいい、そうすればその時々で違った味わいを与えてくれるのが『ファウスト』ではなかろうか、何しろ『ファウスト』は再読に値する傑作中の傑作なのだから・・・私はそんな風に考えている。

『若きウェルテルの悩み』 ゲーテ(岩波文庫)

若きウェルテルの悩み (岩波文庫)若きウェルテルの悩み (岩波文庫)
(1978/12)
ゲーテ

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書名:若きウェルテルの悩み
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:竹山 道雄
出版社:岩波書店
ページ数:213

おすすめ度:★★★★★




ゲーテの代表作であるのみならず、書簡体小説というジャンルの代表作でもあるのがこの『若きウェルテルの悩み』だ。
まだ若かったゲーテの名をヨーロッパに知らしめた作品でもあり、絶大な反響を呼び起こすだけの内容の美しさや共感のしやすさをも備えてもいるので、名実共にゲーテの代表的な作品と呼ばれるに値するだろう。
人生において一度でも恋を体験したと言いうる人は数多いに違いないが、それらの方々すべてが本書から感動や哀愁の念を引き出すことができると思う。
手紙を連ねるという書簡体のスタイルも文章を読みやすくしているはずなので、あまり難しい文学作品が得意ではないという方もぜひ読んでみていただきたい。

若者といえばいろいろな悩みを抱えているものであるが、ウェルテルはそれらの中でも最たるもの、恋の病に取り付かれている。
そしてその相手が親友のいいなずけのロッテなのだ・・・。
今現在恋をしている人で『若きウェルテルの悩み』に感動できない人はいないのではなかろうか。
ウェルテルやロッテが恋に悩む人の助けになるとは思えないが、この本を最も味読できる人がいるとすれば、それは恋に落ちている人であると思う。
ワイマルのロッテ (上) (岩波文庫)ワイマルのロッテ (上) (岩波文庫)
(2002/07/09)
トーマス・マン

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ワイマルのロッテ 下 (岩波文庫 赤 434-3)ワイマルのロッテ 下 (岩波文庫 赤 434-3)
(2002/07/09)
トーマス・マン

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『若きウェルテルの悩み』の読者にお勧めしたい本といえば、やはりトーマス・マンの『ワイマルのロッテ』だろう。
この作品は、偉大な芸術家としてのゲーテに多大な関心を寄せていたマンが描いた、いわば『若きウェルテルの悩み』の後日譚である。
ウェルテルとの出会いから長い年月を経たロッテが、ドイツを代表する著名人となったゲーテと出会うのだ。
ただし『ワイマルのロッテ』はマン特有の硬さというか、独特の文体が用いられている作品なので、トーマス・マンが好きな人にとってはそれが大いに魅力であるとはいえ、一般受けはしにくい作品であるかもしれない。

ドイツ文学屈指の恋愛小説である『若きウェルテルの悩み』。
ゲーテの作品の中で最も読者の心の琴線に触れやすいものとして、強くお勧めしたい作品だ。

『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』 ゲーテ(岩波文庫)

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈上〉 (岩波文庫)ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈上〉 (岩波文庫)
(2000/01/14)
J.W. ゲーテ

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ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈中〉 (岩波文庫)ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈中〉 (岩波文庫)
(2000/02/16)
J.W. ゲーテ

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ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈下〉 (岩波文庫)ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈下〉 (岩波文庫)
(2000/03/16)
ゲーテ

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書名:ヴィルヘルム・マイスターの修業時代
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:山崎 章甫
出版社:岩波書店
ページ数:327(上)、380(中)、338(下)

おすすめ度:★★★★★




ファウスト』、『若きウェルテルの悩み』と並び、ゲーテの代表作とされるのがこの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』だ。
シェイクスピアと同様、多くの代表作を持つゲーテだが、後世に多大な影響を与えた詩や散文はおろか、優れた自伝まで残したとあっては、代表作を一つに絞りきることの方が無謀というものだろう。
ペーソスに満ちた作風こそ似通ってはいるが、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』は前二者とはまた趣きの異なる作品である。
文豪ゲーテの長編小説ということで、難しそうというイメージを持たれるかもしれないが、実際には肩肘張って読まなければならないような難解な本ではないので、ぜひ気軽に手にとっていただければと思う。

『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』は、恋に破れて演劇界に身を投じた主人公ヴィルヘルムの経験する幾多の出会いと別れ、そしてそれらを通じて彼が成長していく様をたいへん美しく描いている。
漠然とはしているにせよ、ヴィルヘルムの目指すものの高尚さは、多くの読者の精神を虜とするに違いない。
ヴィルヘルムの誠実さや真摯さに対しても、読者は好感を持つことしかできないのではなかろうか。
また、ミニヨンという登場人物がいるが、ゲーテの詩作品にも興味がある方は、詩の題材ともなっている彼女にいかに注目してもしすぎたことにはならないだろう。
とはいえ、彼女は読者が自ずと注目せざるをえない主要人物でもあるのだが。

ドイツ文学といえば、青年期にある主人公の精神的成長を描いた、いわゆる教養小説が一つの伝統と化しているような印象すら受けるが、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』はその初期の名作としても知られている。
ノヴァーリスやトーマス・マンとの関係性を考えた場合、ゲーテが伝統の一環を成しているというより、彼がその伝統を築き上げたと言っても決して言い過ぎではないだろう。
そういう意味では、ドイツ文学史においても本書は非常に重要な地位を占めているとみなすことができるはずだ。

『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を気に入られた読者は、少々とっつきにくく感じられるかもしれないが、より思弁的な内容である続編の『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』へと読み進めていただきたいと思う。

『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』 ゲーテ(岩波文庫)

ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈上〉 (岩波文庫)ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈上〉 (岩波文庫)
(2002/02/15)
ゲーテ

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ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈中〉 (岩波書店)ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈中〉 (岩波書店)
(2002/03/15)
ゲーテ

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ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈下〉 (岩波文庫)ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈下〉 (岩波文庫)
(2002/04/16)
ゲーテ

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書名:ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:山崎 章甫
出版社:岩波書店
ページ数:266(上)、300(中)、329(下)

おすすめ度:★★★☆☆




ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』の続編として刊行されたのが本書『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』である。
修業時代』と比べて、より深い思想性をはらんだ作品であるが、物語性には欠けているため、一般受けは望めない作品であるように思われる。
うろ覚えで恐縮だが、確かモームもどこかで似たような見解を述べていたように記憶している。
また、本書には晩年のゲーテがそれまでの波瀾に富んだ人生において培ってきた思想が作品中に盛り込まれてはいるのだが、それを表現するのに日本人にはあまりなじみのないアフォリズムという形式を採っていたりするので、そのスタイルに戸惑う読者がいても何ら不思議ではないだろう。
そういう意味では、少々玄人向けの作品と言えるかもしれない。

『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』は、その表題が示すとおり、ヴィルヘルムの遍歴の旅を描いた作品である。
子供を連れていることもあってか、彼の落ち着き払った態度や、理性によって和らげられた心情の吐露には、常人以上の大人っぽさが見られることだろう。
修行時代の後に遍歴時代を経て、ヴィルヘルムのたどり着いたところとは・・・。

『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』が発表されたのは『修業時代』の刊行に遅れることおよそ25年であるが、ストーリーや登場人物は密接につながっており、先に『修業時代』を読んでいないと理解しがたい部分もあるだろう。
それにもかかわらず、作品の帯びる雰囲気は大きく変化するので、『遍歴時代』はある意味で二作品を続けて読んだ読者の想像を裏切る続編に仕上がっている。
それをヴィルヘルムの熟成と見て本作を傑作とみなすのか、もしくは難解になりつまらなくなったとみなすのかは、当然ながらそれぞれの読者が判断すればよいことだが、現実問題として遍歴の旅に出ることの難しい世の中に暮らしている我々が、ヴィルヘルムの遍歴の跡を追うことは決して無駄なことではない、そう思うのは私だけだろうか。

『ヘルマンとドロテーア』 ゲーテ(岩波文庫)

ヘルマンとドロテーア (岩波文庫)ヘルマンとドロテーア (岩波文庫)
(1981/06/16)
ゲーテ

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書名:ヘルマンとドロテーア
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:佐藤 通次
出版社:岩波書店
ページ数:192

おすすめ度:★★★★




ゲーテの恋愛叙事詩として名高いのがこの『ヘルマンとドロテーア』である。
ゲーテといえば、『ファウスト』に代表される奥深い思想性をはらんだ作品を多数残しているドイツ文学随一の文豪であるが、そんな彼の作品の中では、物語の筋も登場人物の感情もストレートに取り扱われているこの『ヘルマンとドロテーア』は、非常に読みやすい部類に入るだろう。
ゲーテという作家を知る上で最適の作品とは言いがたいが、深奥な精神世界を覗き込んでいたというイメージの強いゲーテの、心地よくも意外な一面を垣間見ることのできる名作として、幅広い読者層にお勧めしたい本だ。

『ヘルマンとドロテーア』のストーリーはいたってシンプルなもので、清き心を持つ青年ヘルマンが、悲運に見舞われた美しきドロテーアに出会う、といったものだ。
若者たちの見せる恥じらいや繊細な感情には、読者も温かい微笑をもらすのではなかろうか。
人間味のある登場人物によって構成されている本書は、ゲーテの優しさや美しきものを愛する心が存分に発揮された作品と言っていように思う。

恋愛小説の傑作の一つである『若きウェルテルの悩み』を物しているゲーテだが、当然ながら人の生を根幹から揺るがすような激しい情念ばかりを描いていたわけではない。
接する者をどこか優しい気持ちにしてくれる『ヘルマンとドロテーア』も、その質は違えど、読者の心に何物かを訴えかけることだろう。
本作はゲーテ自身がこよなく愛したものとしても知られていることから、ゲーテに関心のある方は必読の作品である。

文章量も手頃で挿絵も入っているこの岩波文庫版『ヘルマンとドロテーア』、現在Amazonに新品は売られていないようだが、ゲーテの作品の中で最も気軽に手にとることのできる一冊であることは間違いない。
すでにゲーテの作品を読んだことがある方にも、初めてゲーテを読む方にも、いずれにもお勧めできる作品だ。

『たくみと恋』 シラー(岩波文庫)

たくみと恋 (岩波文庫 赤 410-0)たくみと恋 (岩波文庫 赤 410-0)
(1991/03)
シラア

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書名:たくみと恋
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:実吉 捷郎
出版社:岩波書店
ページ数:180

おすすめ度:★★★☆☆




若者たちの悲恋を扱った、シラーの若い頃の戯曲作品である『たくみと恋』。
悲劇の登場人物は通常貴族等の上流社会の人間に限られていたが、主要登場人物に平民を選ぶという新しさが見られる作品だ。
シラーの作品の中では上演回数も多いほうらしく、シラーの初期の代表的な作品として、一読の価値ある本であると言えるだろう。

宰相の息子であるフェルディナントは、町に暮らす平凡な音楽家の娘ルイーゼと相思相愛の恋に落ち、将来を誓い合う。
しかし、それを知った娘の父親は娘が弄ばれることを危惧し反対を唱え、さらに悪いことには、それを知った宰相が二人を別れさせるための陰険な策略をめぐらし・・・。
身分の違いが恋を破綻させるというあらすじ自体に斬新さを見出すことはできないが、登場人物が多くないだけにそれぞれの人物の描き分けが非常に鮮明で、若きシラーのほとばしるような筆致にも助けられ、一気に読み通せてしまう作品であろう。

『たくみと恋』は、『群盗』などと同様、シラーの権力筋への反抗心を垣間見ることができる作品でもある。
自由に対するシラーの考え方や、その結実である戯曲が時の権力者に喜ばれるわけもなく、若くして亡命生活を余儀なくされたシラーは、この作品において権力者と平民階級を対比させ、当然のように後者に精神的優位を認めたかのようだ。
一見すると思想性のなさそうな市民悲劇であるが、シラーの熱情は『たくみと恋』の底流として存在しており、この作品にシラーのファンを喜ばせる色を添えていると言えようか。

高い理想を抱き続け、作品世界にもその理想が浸透しているシラー。
彼の理想は必ずしも古びて魅力が失せてしまったわけではないはずなので、この『たくみと恋』を通じて、そこに表れている高邁な精神の一端に触れていただければと思う。

『親和力』 ゲーテ(講談社文芸文庫)

親和力 (講談社文芸文庫)親和力 (講談社文芸文庫)
(1997/11/10)
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

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書名:親和力
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:柴田 翔
出版社:講談社
ページ数:474

おすすめ度:★★★★




ゲーテ晩年の長編小説である『親和力』。
ストーリー性が強く、テーマの扱い方も直接的であるため、『ファウスト』や『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』と比べると親しみやすい作品であるように思う。
恋多き人生を送ったゲーテならではの一風変わった恋愛小説の傑作としてお勧めしたい。

親和力とは、化学物質が結合する際の互いを引き合う力のことだが、人々の心が惹かれ合う関係性もそれに等しいのではないか、という仮説を立証、もしくは反証する小説が『親和力』だ。
道徳堅固なはずの夫婦それぞれが、友人や親戚に恋心を抱き始め、彼らの家庭に三角関係ならぬ四角関係が生じることとなる。
彼らは意志の力でその危機を乗り越えようとするが・・・。
好悪の感情の必然的な発生を感じながらも理性によるその陶冶を試みる人々、感情を押し殺し義務に従おうとする人々をどうとらえるかは時代によっても移り変わってきているだろうが、同様のテーマに悩む人は人類が存在する限りいなくなる事はないのではなかろうか。

ゲーテの作品には、彼の実体験を基にして構想されたものも多く、この『親和力』もそのうちの一つであると言われている。
還暦を迎えようという齢に達してなお若き乙女に恋心を抱くことができるという、美を愛でる詩人の感性をうらやんだらよいのかどうか、判断に迷うところではあるが、そのような感受性の産物として『親和力』のみならず数々の詩作品が生まれたことを思えば、少なくとも我々ゲーテの読者は年甲斐もないなどと非難することは許されないのかもしれない。

好感の持てる登場人物たちの織り成す物語である『親和力』。
ゲーテ円熟期の傑作として、これまでゲーテの作品を読んだことのない方にもお勧めしたいと思う。

『詩と真実』 ゲーテ(岩波文庫)

詩と真実 (第1部) (岩波文庫)詩と真実 (第1部) (岩波文庫)
(1997/05/16)
ゲーテ

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詩と真実 (第2部) (岩波文庫)詩と真実 (第2部) (岩波文庫)
(1997/06/16)
ゲーテ

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詩と真実 (第3部) (岩波文庫)詩と真実 (第3部) (岩波文庫)
(1997/07/16)
ゲーテ

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詩と真実 (第4部) (岩波文庫)詩と真実 (第4部) (岩波文庫)
(1997/08/19)
ゲーテ

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書名:詩と真実
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:山崎 章甫
出版社:岩波書店
ページ数:387(一)、401(二)、379(三)、234(四)

おすすめ度:★★★★★




晩年のゲーテが自らの青年時代を振り返って記した自伝がこの『詩と真実』である。
アウグスティヌス、ルソーの『告白』と並び、三大自伝の一つに数えられており、作品としての完成度には折り紙付きだ。
若きウェルテルの悩み』の素材となった恋の模様も語られる本書は、ゲーテの作品をより深く読み解くために必要なエッセンスが無数に詰まっているため、単に自伝として優れているのみならず、ゲーテ自らが綴った貴重な資料とみなすこともできるだろう。
ゲーテに関心のある方ならば必ずや興味深く読める作品なので、ゲーテの作品を複数読まれたことのある方に特にお勧めしたい。

『詩と真実』は、若きゲーテの心に刻み込まれた体験の宝庫である。
家族や友人との思い出、数々の恋心に接することはもちろん、彼の思想形成の道筋をたどることもできる。
老若男女を問わず楽しめる名作であることは疑いを差し挟む余地すらないが、いろいろな可能性を探りながら自らの進路を見極めていくゲーテ青年の姿は、若い読者により強い感銘を与えるかもしれない。
ローマのカンパーニャにおけるゲーテ
岩波文庫版の表紙を飾っているのはウィルヘルム・ティシュバインの『ローマのカンパーニャにおけるゲーテ』だ。
名声に恵まれたゲーテには数多くの肖像画があるが、胸像を描いたような少々退屈な構図のものが多く、この作品のように美しい背景の中にゲーテの全身像が描き込まれているものはまれである。
ウィルヘルム・ティシュバインはあまり有名な画家ではないかもしれないが、少なくともゲーテを描いた画家として歴史にその名を留めることだろう。

岩波文庫版の『詩と真実』は現在アマゾンで新品が出回っていないようだが、中古の在庫は比較的豊富なほうで、しかも半額以下と格安で売られている。
三大自伝の一つとされる『詩と真実』、ゲーテという偉大な作家とその作品に対する理解を深める上で必読の書である。

『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)車輪の下 (新潮文庫)
(1951/11)
ヘルマン ヘッセ

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書名:車輪の下
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:246

おすすめ度:★★★★★




数いるノーベル賞作家の中で、日本でもよく読まれている部類に入るヘッセだが、彼の作品の中で最もよく知られたものがこの『車輪の下』だろう。
しばしば難解な作風であると指摘されるヘッセだが、ヘッセの作品としては初期のものに分類されるこの『車輪の下』は、その難解さもさほど感じられないので、たいへん読みやすい作品といえる。
また、主人公が勉強に精を出す少年ということで、さほど特殊な環境に置かれた人々を描いているわけではなく、現代の日本人の多くが目指してきたもの、もしくは実際に経てきたものと似た道をたどる少年の描写は、読者の感情移入を容易にすることだろう。
読みやすく、しかも深みのある作品として、『車輪の下』は非常にお勧めだ。

内気で繊細な少年ハンスは、勉強もよくでき、周りからも「できる子」との烙印を押されている。
そんな彼が名門校に入学、エリート街道をまっしぐらに突き進んでいく。
一見順調そうに思われた彼の人生行路だったが・・・。
成績優秀な少年に向けられる周囲の一方的な期待を、「車輪」という語で表現するあたり、詩人としても知られるヘッセの詩的感覚の表れなのかもしれない。

ヘッセの代表作である『車輪の下』には、すでに数種類の翻訳がある。
しかし、高橋健二氏の名訳を上回るものはいまだ存在しないのではなかろうか。
すべての既訳に目を通したわけではないのであまり偉そうなことは言えないが、ヘッセの紹介者として有名で、ヘッセと面識もあった高橋氏の翻訳が最も優れたものの一つであることは間違いないように思う。

現に「車輪」を感じている人や、過去に「車輪」を感じたことのある人は決して少なくないことだろう。
本書はそのような人々の共感を呼ばずにはいない、はかなくも、どこか優しさの感じられる傑作である。
ヘッセが『車輪の下』で描いたテーマ、すなわち弱者を押しつぶす「車輪」が、一日も早く過去の遺物となることを願いたい。

『デミアン』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

デミアン (新潮文庫)デミアン (新潮文庫)
(1951/11)
ヘッセ

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書名:デミアン
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:223

おすすめ度:★★★★★




車輪の下』と並び、ヘッセの代表作として知られる小説が『デミアン』だ。
ヘッセの作風が大きく変わる転換点として注目されてもいるが、その反面、しばしば彼の作品が難解さを増していく契機とも言われているらしい。
確かに、よくわからなかったという感想も多く聞かれる作品であるが、悩める主人公が自身の精神を掘り下げ、手探りながらも己の進むべき道を見出そうとする様は、多くの読者を魅了するに違いない。
いかにもヘッセらしい傑作として強くお勧めしたい。

主人公の少年シンクレールは、ひょんなことからデミアンという少年に出会う。
他の少年たちにはない大人びた風格を備えたデミアンから影響を受けたシンクレールは、世界や自己などについての模索を始めるが・・・。
『デミアン』を読んでいるうちに、若いときにデミアンのような人間に出会えるという幸福に対して、憧れとも羨望ともつかぬ気持ちを抱いてしまうのは、おそらく私だけではないのではなかろうか。

ヘッセが創造したデミアンという人間像は、その年齢の割にあまりにも老成し、万事に達観したかのような精神態度ゆえに、ひょっとすると現実味が薄いと感じられるかもしれない。
デミアンに限らず、文学作品に登場する理想的な人物像は、確かにいくらかリアリティが損なわれていることが多いようにも思われるが、それが原因で作家の思い描いた理想まで、その価値が減ずるわけではないだろう。
外的事件の連鎖からなる物語を好まれる方には『デミアン』は退屈と感じられるかもしれないが、高邁な理想が帯びる美しさに触れたい方には自信を持ってお勧めできる本の一つだ。

青年期の主人公を描いた名作が多いからか、ヘッセには青年向けの作品を書くというイメージがある。
そして『デミアン』はそのイメージを裏切らない、まさしく青年期に読まれるべき本だろう。
すべての青年に感銘を与えるかどうかはもちろんわからないが、自らも思い悩むことの多かった作家であるヘッセが、作中の主人公に混沌たる外面世界・内面世界からどのような光明を見出させるのか、それを読み解こうと試みるだけでも十分楽しめる、また、十分読む価値のある作品ではなかろうか。

『シッダルタ』 ヘルマン・ヘッセ(岩波文庫)

シッダルタ (岩波文庫)シッダルタ (岩波文庫)
(2011/08/19)
ヘルマン・ヘッセ

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書名:シッダルタ
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:手塚 富雄
出版社:岩波書店
ページ数:224

おすすめ度:★★★★




長きにわたり精神世界の彷徨を続けたヘッセによる釈迦の物語がこの『シッダルタ』である。
宗教談義にはまったく興味がないという方もおられるだろうから、一般受けはしにくいかもしれないが、平易な文章で書かれた含蓄のある作品があるとすれば、ヘッセの場合は『シッダルタ』こそがそれに該当するだろうし、さらには心や風景を巧みに描いた詩的作品として読むことも可能に思われる。
内容が内容だけにすらすら読める作品ではないかもしれないが、さほど厚い本ではないので、気軽に手に取ってみていただきたい作品だ。

世界的に高名である『シッダルタ』の主人公について、あまり多くを語る必要はないだろう。
ここでは、ヘッセのファンであれば、平和と沈思黙考を好むシッダルタの姿に、作者であるヘッセの姿を重ね合わせることもできるのではないかとだけ言い添えておきたい。

ドイツはかねてよりインド思想に関する研究が盛んで、ショーペンハウアーを筆頭に、ドイツの知識人のインド思想への接近は一つの伝統と化しているような気もしないでもないが、父が宣教師としてインドに滞在したことがあり、その地で出会ったインド生まれの女性との間に生を享けたというヘルマン・ヘッセは、人一倍東洋思想に憧れと親近感を抱きやすい環境で育ったという経緯がある。
成人してからアジアへ旅行した経験もあるヘッセであるからこそ、『シッダルタ』を物すことにもなったのだろう。

読者が仏教徒であるかどうかにかかわらず、『シッダルタ』はキリスト教的な作品よりも日本人に親しみやすいのではなかろうか。
シッダルタという実在の偉人を描いた作品なので、どこまでが真実なのか、もしくはどこまでが仏教徒の認める正統的なシッダルタの生涯と一致するのかと気になる読者も少なからずいることだろう。
何を隠そう私もその一人なのだが、『シッダルタ』が古来より日本に根付いている仏教の教えや釈迦の生涯に対して新たな関心を呼び起こす作品であることは間違いないと思う。

『郷愁 - ペーター・カーメンチント』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

郷愁―ペーター・カーメンチント (新潮文庫)郷愁―ペーター・カーメンチント (新潮文庫)
(1956/08)
ヘッセ

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書名:郷愁 - ペーター・カーメンチント
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:200

おすすめ度:★★★★




ヘッセ最初期の作品として知られている『郷愁 - ペーター・カーメンチント』は、同時にヘッセの出世作でもある。
発表年が『車輪の下』と非常に近く、作品の帯びる雰囲気も似ているので、『車輪の下』を気に入られた読者であればおそらくこちらも気に入っていただけることだろう。
哀愁に満ちた故郷の詩的描写に優れている本作は、現在故郷を離れて暮らしている方、もしくは故郷を離れた経験のある方に特にお勧めしたい作品だ。

故郷を離れた若き主人公、ペーター・カーメンチント。
夢を抱いて出て行った都会で、甘くもあり辛くもある多くの経験を経た彼が、自らの心の奥底に見出したものとは・・・。
『郷愁』は、その邦題からも予想できるかもしれないが、寂しいながらもどこか懐かしく、そして温かく包み込んでくれるような雰囲気の作品となっている。
緩急のつけられた作品中の時間の流れも、それが緩んでいるときには、読者にゆったりとした心地よさを与えてくれることだろう。
『郷愁』を、ヘッセの作品の中で最も優しい色合いに染まっている小説作品と言っても過言ではないのではなかろうか。

作風が似通っているにもかかわらず、あれほど有名な『車輪の下』と比べると、この『郷愁 - ペーター・カーメンチント』は翻訳の種類も少なく、あまり読まれていない作品なのかもしれない。
しかし、ヘッセの最初期の作品である『郷愁』は、後年の作品に見られる難解さが少なく、それだけ詩的表現の柔らかさを存分に堪能できる小説となっているため、ヘッセを初めて読む方が手に取るにも最適の本であるように思う。
好感の持てる青年ペーターに導かれて、ぜひヘッセの創り出す叙情世界を味わってみていただきたい。

『春の嵐 - ゲルトルート』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

春の嵐―ゲルトルート (新潮文庫)春の嵐―ゲルトルート (新潮文庫)
(1950/12)
ヘッセ

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書名:春の嵐 - ゲルトルート
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:246

おすすめ度:★★★★★




ヘッセ初期の傑作の一つに数えられる小説作品『春の嵐 - ゲルトルート』。
ヘッセの代表作である『車輪の下』とほぼ同時期に発表された『春の嵐 - ゲルトルート』だが、私にはこの二作品の優劣がつけがたく、『車輪の下』よりも『春の嵐 - ゲルトルート』のほうを好むという読者がいたとしてもまったく不思議には思わない。
ヘッセの作品を好きな方ならば必ずや楽しめるであろうし、ヘッセの作品に触れたことのない方が本書から始めてみるのも悪くないように思う。

不幸な事故により障害を抱えて生きることになった主人公クーン。
ヒロインのゲルトルートに密かな思いを寄せている彼だが、ゲルトルートはクーンの友人と結婚することになり・・・。
他の作家が同様のテーマを扱ったならば平凡な恋愛小説に止まったかもしれないが、そこは作品において人生に対する洞察まで掘り下げるのが特長のヘッセのことだけあり、この『春の嵐』も非常に深みのある作品に仕上がっている。
人間の絆〈上〉 (岩波文庫)人間の絆〈上〉 (岩波文庫)
(2001/10/16)
モーム

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それが主旋律となっているわけではないにせよ、『春の嵐』は障害を持った主人公のコンプレックスを描いた作品でもあるわけだが、類似の作品として、モームの『人間の絆』を紹介しておきたい。
『人間の絆』は自伝的要素の強いモームの代表作であるが、主人公は足に奇形を持って生まれた青年である。
作品自体の長さがまるで異なりはするものの、お世辞にも詩的な作風とは言いがたい散文的な作家であるモームの作品と比較すれば、ヘッセの作品ににじみ出る詩的天分がますます引き立って感じられるのではなかろうか。

これは多くのヘッセの作品に共通して言えることだが、この『春の嵐』もやはり若い世代に訴えかける力が強い作品であるように思われる。
すべての思い悩む若者に、悩み抜いた作家であるヘッセが、何かしらの救いの手を差し伸べてくれることだろう。

『ゲーテ詩集』 ゲーテ(新潮文庫)

ゲーテ詩集 (新潮文庫)ゲーテ詩集 (新潮文庫)
(1951/04)
ゲーテ

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書名:ゲーテ詩集
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:243

おすすめ度:★★★★




ドイツを代表する詩人であるゲーテは、非常に多くの詩作品を残している。
そんな彼の代表的な詩を時代別に編纂したのが、この『ゲーテ詩集』である。
老年になっても恋心を忘れなかった詩人だけあり、本書も恋愛抒情詩が中心になっているようだが、それ以外もバランスよく収録されており、ゲーテの詩の世界を幅広く鑑賞することができる。
ゲーテの詩を初めて読むという方に特にお勧めの一冊である。

『ゲーテ詩集』は、「青年時代」、「ヴェルテル時代」、「ワイマルに入りて」、「イタリア旅行以後」、「西東詩篇からと、その後」の五つに区分して代表的な作品を集めている。
収録されている詩のうちいくつかはどの作品で発表されたものかも解説に記されているので、ゲーテの他の作品を探す上でもちょうどいい本となるはずだ。
また、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を本書より先に読んでおくと、ミニヨンに寄せた詩をより味わうことができるだろう。

ドイツ文学を翻訳紹介するにあたり、多大な功績があったと言われている高橋健二氏の訳は、いつもながらとても読みやすい。
ひょっとすると、翻訳された時代が少し前なので、そのいくらか古い感じが古典的な作品にマッチし、絶妙な味わいを添えているのかもしれない。

生前多くの詩集を刊行していたゲーテだが、日本で出版されているのはそこから有名な作品を抜粋したものが中心となっているようだ。
それらの中で、最も手頃で最も読みやすいのがこの新潮文庫版『ゲーテ詩集』であろう。
誰もがその名を知っている文豪ゲーテということもあってか再版も繰り返されていて、新品が安く入手可能なので、ゲーテに関心のある方はぜひ一度読んでみていただきたい。

『荒野のおおかみ』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

荒野のおおかみ (新潮文庫)荒野のおおかみ (新潮文庫)
(1971/02)
ヘッセ

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書名:荒野のおおかみ
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:349

おすすめ度:★★★☆☆




ヘッセの作家生活のちょうど半ば頃に当たる、五十歳のときに発表された作品がこの『荒野のおおかみ』である。
タイトルこそ似ているものの、ジャック・ロンドンの『荒野の呼び声』とはまるで異なり、動物を取り扱った小説というわけではなく、文明社会から距離を持って暮らすアウトサイダーを描いた作品だ。
一般受けはほぼ望めないように思うが、魂の真実を追及するヘッセらしい非常に深みのある作品としてお勧めである。

主人公のハリー・ハラーは、自らを社会になじめない存在として、社会に暮らす「荒野のおおかみ」であると感じている初老の男である。
幸福への道を断たれていると感じた彼は、真剣に自殺まで考え、すべてを終わりにするかみそりの魅力に惹かれているのだが・・・。
明るい物語ではないものの、強烈な文明批判と幻想的な場面とが交錯する独特の作風なので、とても読み応えのある作品ではある。

主人公ハリー・ハラーのイニシャルがH・Hであること、彼が反戦論者であること、また五十歳を迎えようとしていることなどから、『荒野のおおかみ』は概ね作者であるヘルマン・ヘッセの内面告白として読まれることが多いようだ。
さらに、作中に「ヘルマン」という男への言及、その女性形であるヘルミーネの登場などもあり、ヘッセの姿が見え隠れする作品であるといえよう。

テーマがテーマだけに、この『荒野のおおかみ』は万人に受ける作品であるようには思えない。
車輪の下』のような作品を期待している読者の中には、とても退屈な作品だと感じられる方もいることだろう。
しかし、自らが社会になじめないと感じている、もしくは感じたことのある方には、ヘッセの作品の中で最も興味深い小説と思われるに違いない。
そういう意味では、広く浅くではなく、狭く深く訴えかける作品であると思う。

『雲』 ヘルマン・ヘッセ(朝日出版社)

ヘルマン・ヘッセ『雲』ヘルマン・ヘッセ『雲』
(2001/04)
ヘルマン ヘッセ

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書名:
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:倉田 勇治
出版社:朝日出版社
ページ数:196

おすすめ度:★★★☆☆




小説も詩も書き、多くのエッセイも残したヘッセだが、そんな彼の雲にまつわる作品をまとめ上げたのが本書『雲』である。
ヘッセは比較的多作な作家であるとはいえ、雲を主題とした作品がここまで多いものかと、読者はいまさらのように驚かされることだろう。
『雲』はヘッセの死後に第三者の編集を経た本であり、ヘッセ自身の監修による本ではないのだが、詩作品はもちろん、『郷愁 - ペーター・カーメンチント』などの小説からの抜粋や、遺稿から生前未発表の原稿をも収録するなど、「雲」というテーマの下で死後出版ならではのまとまりを見せている。
ヘッセの水彩画もいくつか掲載されているし、さらにはトーマス・シュミットというカメラマンによる美しい写真を複数織り交ぜて編まれた非常に味わいのある仕上がりなので、ヘッセに関心のある方にはぜひ読んでみていただきたい一冊だ。

ヘッセが自然の美しさに対する感受性のきわめて強い作家であることはよく知られているように思うが、雲とヘッセとの関係性は、単にその美しさを鑑賞するという傍観者的な立場には止まらないものがある。
自身の存在のはかなさや孤独、そういったものを痛切に感じていたヘッセは、しばしば雲を人間にたとえ、共感し憧れるような目線を送る。
浮雲のような自分は、どこへ向かっていくのだろうか・・・。
そんな問いかけが聞こえてくるような気がする。

あまり再版されることがなかったからか、この『雲』は現在新品があまり出回っていないが、中古品ならばアマゾンでとても安く売られている。
ヘッセのファンであれば、本書から汲み取ることのできるヘッセの自然に対する感受性の強さを楽しむことができることは請け合いだ。
ある晴れた日に空を見上げ、流れる雲を目で追い、その変幻自在に漂う様を美しいと感じたことのあるすべての人に。
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