『武器よさらば』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

武器よさらば (新潮文庫)武器よさらば (新潮文庫)
(2006/05)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:武器よさらば
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:565

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイの代表作として知られる長編作品がこの『武器よさらば』だ。
過去に映画化されていることからもわかるように物語性も強く、ヘミングウェイの特長が最も表れている小説作品の一つなので、ヘミングウェイを初めて読む方にも最適な作品であるように思う。

『武器よさらば』は、第一次世界大戦中のイタリアを舞台にしている。
そこへ志願兵として赴いたアメリカ人青年のフレデリックは、負傷して入院することとなったが、そこで魅力的な女性キャサリンに出会う。
戦火の激しくなっていく中、二人の恋の行方は・・・。
実際に起きた戦争を背景に描いた作品だが、それはあくまで背景としてであって、歴史小説的な雰囲気は帯びていない。
ヘミングウェイ自身の体験を素材にしている部分も多く、個人の目からとらえた戦争といった印象が強いが、それだけ登場人物に対する関心や共感が高まりやすいと言えるかもしれない。

ヘミングウェイといえばシンプルな文体が特徴と言われているが、事実、彼の作品には数行にもわたる長い一文というものがめったにない。
ヘミングウェイの読者はみな、会話部分の多い、スピード感あふれる筆致を感じ取ることができるはずだ。
緊迫感あるストーリーにふさわしい書き方なので、これを気に入られた方は『誰がために鐘は鳴る』など、ぜひヘミングウェイの他の作品へと読み進めていただきたい。

長編作品である『武器よさらば』は、出版社によっては二分冊で出版しているようだが、この新潮文庫版は厚めの一冊にまとめてくれている。
すでにアメリカ文学の古典となった名作だが、難解さはないので、手頃に読める大きな感動を、一人でも多くの方に味わっていただきたいと思う。
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『日はまた昇る』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)日はまた昇る (新潮文庫)
(2003/06)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:日はまた昇る
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:487

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイ最初の長編作品で、彼の出世作ともなった作品がこの『日はまた昇る』である。
パリに住むアメリカ人記者を主人公にすえているなど、パリで特派員をしていた若きヘミングウェイの実体験を基にしている部分が多いようで、それだけ興味を引く作品でもある。
いかにもヘミングウェイらしい作風の作品なので、ヘミングウェイという作家を知る上では必読の書と言えるだろう。

パリに住む新聞記者ジェイクは、第一次世界大戦の最中に青春時代を迎えた、いわゆるロスト・ジェネレーションの一人である。
生きがいの感じられない空虚な生活を送っていた彼だが、スペインのパンプローナへと牛追い祭りを見物にいくこととなり・・・。
スペイン内戦に参加するなど、スペインとは切っても切れない間柄のヘミングウェイだけに、スペインの描写は大いに関心の的となることだろう。

短編作品でより顕著となる特徴であるが、ヘミングウェイはすべてを書ききらない作家だ。
簡潔な文体の中に、あえてほのめかしに止められている部分があり、『日はまた昇る』にもそのような婉曲的な部分がある。
読者の側には行間を読み解くという楽しさがあるが、そこを読み損ねると作品を味わいきれないというこにもなりかねない。
決して難解な小説というほどではないが、ある程度気を張って読まれることをお勧めしたい。

ヘミングウェイの他の長編作品と比べると、ストーリー展開の緊迫感やスピード感は弱めだが、必ずしも現代の日本人にも他人事とは言い切れない主人公の心理が作品の焦点となっており、その分読者が共感しやすい作品であるともいえよう。
ヘミングウェイがこの作品に『日はまた昇る』というタイトルを選んだ理由を考えながら、じっくりと読んでみていただきたい一冊だ。

『誰がために鐘は鳴る』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)
(2007/11)
アーネスト ヘミングウェイ

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誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)
(2007/11)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:誰がために鐘は鳴る
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:大久保 康雄
出版社:新潮社
ページ数:470(上)、494(下)

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイの代表作の一つであり、最高傑作との呼び声の高い長編作品がこの『誰がために鐘は鳴る』である。
スペイン内戦に義勇兵として参加したアメリカ人を主人公としており、命を懸けて行動する男たちの息吹が聞こえてくるかのようで、ヘミングウェイの作品の中でも特にスピード感に満ちたストーリー展開といえるだろう。

ファシストとの戦いの地と化したスペインに、信念を抱いたアメリカ人が降り立つ。
素晴らしい女性との出会いを喜ぶ間もなく、彼はスペイン人たちと共に決死のゲリラ作戦に参加することになるが・・・。
生きるか死ぬか、紙一重の環境にいる男たちを多く描いたヘミングウェイだが、『誰がために鐘は鳴る』の迫真性は随一だ。
歴史の教科書であまり触れられることのないスペイン内戦だが、事前にある程度対立関係を知っておくと読み解きやすい作品かもしれない。
カタロニア讃歌 (ちくま学芸文庫)カタロニア讃歌 (ちくま学芸文庫)
(2002/12)
ジョージ オーウェル

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ヘミングウェイの描くスペイン人の気質も興味深いものがあるだろう。
同じ戦争を扱った他の作家の作品では、ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』がお勧めだ。
こちらは小説ではなくスペイン内戦に参加した体験記であり、何でも明日に先延ばししてしまうスペイン人の気質をいくらかコミカルに描いていてとても読みやすい。
スペイン内戦の背景に関する知識も得ることができるので、『誰がために鐘は鳴る』の読者には非常にお勧めだ。

『誰がために鐘は鳴る』は、近年またミュージカル化されたりもしている。
戦いに臨む男が恋に落ちるという不朽のテーマを扱った作品だけに、いつまでも古くならない古典作品ということだろうか。
ヘミングウェイの他の作品があまり好きになれなかった方も、『誰がために鐘は鳴る』は試してみる価値があるように思うので、ぜひ読んでみていただきたい。

『老人と海』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

老人と海 (新潮文庫)老人と海 (新潮文庫)
(2003/05)
ヘミングウェイ

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書名:老人と海
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:福田 恆存
出版社:新潮社
ページ数:170

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイの代表作であり、傑作として非常に有名な『老人と海』。
本作によってノーベル賞の受賞に至ったという経緯もあり、ヘミングウェイといえば『老人と海』を思い浮かべる方も少なくないだろう。
誰がために鐘は鳴る』や『武器よさらば』とはいささか毛色が異なるものの、読み応えがある名作であることは疑いようもなく、さほど長い小説でもないので読書好きの方であれば一度は読んでみていただきたい作品だ。

『老人と海』の主人公サンチャゴは、キューバの老漁師である。
長く不漁が続いていた彼だが、めげずに一人で海へと乗り出すと、そこで巨大なカジキマグロに遭遇し・・・。
自身子供の頃から釣りを愛好し、長く暮らしていたキューバに舞台を選んだという、非常にヘミングウェイらしい作品であるといえるだろう。
釣りを楽しむ読者のほうが、『老人と海』をいっそう興味深く読める作品ともいえるだろうか。

全般に明るい雰囲気の作品ではないが、老境に達した漁師の哀愁に満ちた心境が察せられる文体は、ヘミングウェイの円熟を感じさせるものがある。
ヘミングウェイの特徴の一つでもある会話中心の作風は、老人が単身漁船に乗り込むという設定の『老人と海』ではさすがに影を潜めているようだが、『日はまた昇る』や『武器よさらば』などの初期の作品と比べてみるのも面白い読み方かもしれない。

この『老人と海』は、登場人物が少なく、ストーリー展開にもそれほどの振れ幅があるわけではないのだが、それでも独特の味わい深さを備えている。
しかし、ヘミングウェイの代表作ではあるものの、ヘミングウェイの小説の作風を代表する作品かというと、必ずしもそうではないのではなかろうか。
中には『老人と海』があまり好きになれない人もいるだろうが、そんな方も『老人と海』にこりることなく、ヘミングウェイの他の長編作品をぜひ読んでみてほしいと思う。

『海流のなかの島々』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

海流のなかの島々 上 (新潮文庫 ヘ 2-8)海流のなかの島々 上 (新潮文庫 ヘ 2-8)
(2007/06)
アーネスト・ヘミングウェイ

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海流のなかの島々 (下巻) (新潮文庫)海流のなかの島々 (下巻) (新潮文庫)
(2007/06)
ヘミングウェイ

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書名:海流のなかの島々
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:沼澤 洽治
出版社:新潮社
ページ数:326(上)、344(下)

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイの死後、遺稿を整理して発表された作品はいくつかあるが、この『海流のなかの島々』もそのひとつである。
生前未発表の作品とはいえ、未完という印象を受けることはほとんどなく、ひとつのまとまった小説として読むことができる。
他に有名作品の多いヘミングウェイだけに、ヘミングウェイを初めて読む方にまでお勧めしたいとは思わないが、『武器よさらば』や『誰がために鐘は鳴る』から感銘を受けられた方は、本書も一度読んでみるべきだろう。

『海流のなかの島々』は、その表題どおり、海を舞台にした作品である。
船に乗り込み、敵を追いかけ、銃撃戦を迎える、こういうハードボイルド的な作風は、いかにもヘミングウェイらしいといえようか。
命懸けの戦闘に臨む男の描写と、ストーリーが進むに従い徐々に明かされる背景事情が本書の読みどころとなることだろう。
激烈な戦闘の陰に疲弊した男の横顔が見え隠れし、そしてその横顔がヘミングウェイに重なるようにも感じられ、戦いを巡る男たちを描いた小説に独特の味わい深さを添えている名作であるように思う。

『海流のなかの島々』は、作者の死によって執筆が中断された作品というわけではない。
現在我々が読むことのできる原稿は、概ね死の数年前には書き上げられていたのであり、なぜヘミングウェイがこの作品を発表しなかったのかを考えながら読んでみるのも面白いように思う。

生前未発表ということもあってか、ヘミングウェイの代表作というわけではないが、どこか『老人と海』や『誰がために鐘は鳴る』を想起させるこの『海流のなかの島々』、文庫本で入手できるということもあり、ヘミングウェイに興味のある方なら必ずや楽しめる作品だろう。

『ヘミングウェイ全短編』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)
(1995/10/01)
アーネスト ヘミングウェイ

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勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)
(1996/06)
アーネスト ヘミングウェイ

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蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)
(1997/03)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:ヘミングウェイ全短編
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:493(一)、404(二)、702(三)

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイといえば『武器よさらば』や『老人と海』などの作品が代表作として知られているが、彼はアメリカ文学を代表する短編の名手としても定評のある作家だ。
そんな彼の短編作品を三冊の文庫本にまとめたものが、この『ヘミングウェイ全短編』である。
他の有名長編作品からはあまり感じ取ることのできない作風に触れることができるので、『武器よさらば』や『老人と海』の読者が読めば、ヘミングウェイに抱くイメージが大きく変わるのではなかろうか。

ヘミングウェイの短編のうち最も有名なものは、おそらく第二巻の表題にもなっている『キリマンジャロの雪』だろう。
文章量としては決して多くないのだが、そこに凝縮された一人の男の人生を盛り込み、結末に至るまで読者を引きつけてやまないに違いない。
再読に値する名作なので、ぜひ味読いただきたい。

個人的にお勧めなのは『白い象のような山並み』という短編だ。
ヘミングウェイといえば行動的な男性目線の作家というイメージが強いように思うが、人間観察に優れていた彼は女性の心理の揺れ動きに焦点を当てた作品も複数残しており、この『白い象のような山並み』はその一つである。
氷山の一角を描き出して読者に行間を読ませるという書き方も顕著に表れていて、さらにはテンポのいい会話部分が多いという、ヘミングウェイらしさが前面に押し出されている作品であるともいえると思う。
ひょっとすると、戦いに生きる男たちを描いた短編作品と並んでいるがゆえに静的な作品はその静かさが強調され、よりいっそう味わい深く感じられるのかもしれないが、いずれにしても読み応えのある作品であることは事実だろう。

ヘミングウェイは、長編作品よりも短編作品の方が出来がいいと考える読者がいても不思議ではない、それぐらいに優れた短編作品を数多く残している。
ヘミングウェイの文体自体が読みやすいものであるし、一気に巻末まで読み通さなくてもよい短編集ということで、ぜひ気軽に手にしていただきたい本だ。

『エデンの園』 ヘミングウェイ(集英社文庫)

エデンの園 (集英社文庫)エデンの園 (集英社文庫)
(1990/11/20)
アーネスト・ヘミングウェイ

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書名:エデンの園
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:沼澤 洽治
出版社:集英社
ページ数:352

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイ最後の作品と言われているのがこの『エデンの園』だ。
死後に遺稿を整理して発表された作品であるが、同じく死後出版の『海流のなかの島々』がその終幕に至るまでまとまった形で発表されたにもかかわらず、物語が露骨に中絶している『エデンの園』は、明らかに未完の小説である。
にもかかわらず、読み応えのある描写やエピソードから成る『エデンの園』は、一読の価値ある本であるといえる。
表紙からも暗示されるように、性と愛の問題を真正面から取り扱った作品ということで、ヘミングウェイの作品としてはやや異色であろう。
主人公がアフリカで育った作家ということで、どこかヘミングウェイの面影がちらつき、彼の他の作品と密接に連関するような部分も多いので、ヘミングウェイを何作品か読まれた方ならば多大な関心を抱くことができる作品であるように思う。

若き作家のディヴィッド・ボーンは、結婚したての若妻キャスリンを連れて南仏で悠々自適な暮らしを送っている。
釣りを楽しみ、車を飛ばし、酒を嗜み、妻を抱く。
そこへ一人の美しい女が現れて・・・。
楽園のような日々を送っていたところに一匹の蛇が入り込んでくることから『エデンの園』というタイトルになっているのだという素直な解釈も可能だろうが、実際には「ソドム」の名の方がふさわしいような倒錯的な性愛が扱われており、もし『エデンの園』が生前に発表されていたとすれば、話題作になったことは間違いなかったのではなかろうか。

『エデンの園』は編集者によって手を入れられた部分が大きいらしく、それだけヘミングウェイが意図したものとかけ離れているということもありうる作品だ。
しかし、デイヴィッドが作中で執筆している短編作品はあまりにヘミングウェイらしく、会話部分主体の簡潔なスタイルもまさしくヘミングウェイのものに思える。
ヘミングウェイに関心のある方はぜひ読んでみていただきたい。

『移動祝祭日』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

移動祝祭日 (新潮文庫)移動祝祭日 (新潮文庫)
(2009/01/28)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:移動祝祭日
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:330

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイの出世作といえば『日はまた昇る』であるが、その執筆前後のパリ時代を回想して綴った作品がこの『移動祝祭日』である。
海流のなかの島々』や『エデンの園』と同様、ヘミングウェイの死後に発表された作品であり、残された妻の編集も若干施されているらしいが、未完であるという印象はまったく感じられず、未発表原稿としての完成度は高い作品だ。

若きヘミングウェイが最初の妻を伴って文学修業に赴いた1920年代のパリは、作家、詩人、画家などの芸術家の集まる都だった。
『移動祝祭日』に名前の挙がる、ヘミングウェイが知り合った著名人たちの中には、日本でよく知られた人物も多く、ジョイス、ピカソ、フィッツジェラルドなどが特に有名だろう。
中でも、同時代のアメリカ文学を代表する作家の一人であるフィッツジェラルドとの交遊には多くの紙幅が割かれており、ヘミングウェイの目に映った、もしくは記憶に残っていたいくらか滑稽なフィッツジェラルド像は、たいへん興味深いものがある。
あまり好意的には描かれていないものの、本書は波乱に富んだ人生を送ったフィッツジェラルドに関心のある読者も面白く読めるに違いない。

解説によると、自伝的作品である『移動祝祭日』に描かれている事柄には、事実に反する部分もいくらか存在しているらしい。
それらがヘミングウェイ自身による意図的な歪曲なのか、30年の月日がなせる忘却の仕業なのか、それとも第三者の編集による改ざんなのかは特定しがたいにせよ、いずれにしても、死を間近に控えたヘミングウェイが自らの青年時代を思い起こして綴った回想記としての『移動祝祭日』の価値は、事実との相違の存在によってもほとんど目減りしていないのではなかろうか。

『移動祝祭日』は、2009年になって新潮文庫入りした、いわば「新作」である。
ヘミングウェイが完成の烙印を押して公表した作品でないとはいえ、若きヘミングウェイと心身ともに老いてきていたヘミングウェイの交錯する『移動祝祭日』は非常に読み応えがある。
誰がために鐘は鳴る』のようなダイナミックさはないが、ヘミングウェイのファンならずとも一読の価値ある本であるように思う。

『危険な夏』 ヘミングウェイ(草思社)

危険な夏危険な夏
(1987/07)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:危険な夏
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:諸岡 敏行
出版社:草思社
ページ数:254

おすすめ度:★★★★




スペインとは切っても切れない間柄であるヘミングウェイによる、闘牛士たちの命懸けの闘いを描いたルポルタージュがこの『危険な夏』だ。
ヘミングウェイ一行がパンプロナにたどり着いたときには『日はまた昇る』への言及がなされていたりするため、ヘミングウェイの小説に親しんだ人間ならいっそう興味深く読める部分もあることだろう。

自他共に認める当代随一の闘牛士であるミゲルと、類まれなる実力でミゲルに追いつき、追い越そうとしているアントニオ、この二人が闘牛場でその華麗な技を競い合う。
しかし、最高の闘牛士の称号を獲得するための闘いは、彼らの身に迫る危険度が増すことを意味する。
「危険な夏」とは、二人の対決姿勢が強まり、死の危険の大幅に増したシーズンのことを指しているのだ。
二人と親しかったヘミングウェイは、特にアントニオとは闘牛場以外でも共に過ごす時間が多く、単に闘牛場に通い詰める闘牛ファンを超えた視点から描かれているというのも、本書を非常に面白いものにしているはずだ。

『危険な夏』は、そのテーマがテーマであるだけに闘牛用語が頻繁に用いられているため、ある意味で一般受けしにくい本でもある。
用語に対する知識だけではなく、闘牛において闘牛士が牛を殺すに至るまでのステップを大雑把にでも把握しておかないと、ヘミングウェイが何を伝えようとしているのかが今ひとつわからないだろうし、本書を読みながらヘミングウェイの興奮を共にすることは到底望めないと思う。
本書にはジェイムズ・A・ミッチェナーのおよそ50ページにも及ぶ解説が合わせて訳出されているが、そちらに闘牛用語の説明もあるので、闘牛に不案内な方はその用語説明だけでも先に読んでおくとより本書を楽しめるのではないだろうか。

スペインの闘牛界を舞台にしたノンフィクションを書く上で、スリルを求めてやまない作家であるヘミングウェイほどの適任者はいなかったかもしれない。
歴史に残る闘牛士たちの闘いを、こちらも歴史に残る作家が描いた『危険な夏』。
闘牛に、そしてヘミングウェイに興味のある方には非常にお勧めの一冊だ。

『ケニア』 ヘミングウェイ(アーティストハウス)

ケニアケニア
(1999/07)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:ケニア
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:金原 瑞人
出版社:アーティストハウス
ページ数:563

おすすめ度:★★★★




海流のなかの島々』や『移動祝祭日』など、ヘミングウェイは死後に遺稿が出版されることの多い作家の一人だが、この『ケニア』も生前未発表の作品の一つである。
タイトルからも察せられるとおり、ヘミングウェイと密接な関係のある土地アフリカを舞台にした作品であるが、原題は表紙にもあるように"True at First Light"となっていて、『ケニア』という明快だけれども趣の乏しい表題はあくまで翻訳者もしくは出版社が付したものらしい。
作品としては未完であるし、出版に向けてヘミングウェイ自身による草稿の整理・推敲がなされていないとはいえ、500ページを超える大部の自伝的作品であり、ヘミングウェイがライフル片手にアフリカで過ごした日々を垣間見ることのできる『ケニア』は、ヘミングウェイのファンであれば大いに楽しむことができる作品だろう。
そういう意味では、アフリカ関連の作品であるということが一目瞭然となる『ケニア』という邦題も、成功していると言うべきなのかもしれない。

ヘミングウェイは最後の妻であるメアリを伴って、密猟を取り締まる狩猟管理局の一員として、キリマンジャロにほど近いケニアの草原でテント暮らしをしている。
しばしばゾウやサイを目にし、食糧のためにはガゼルやインパラを狩り、周辺にはマサイ族やカンバ族が暮らしているという環境の中で、ヘミングウェイの一団は妻のメアリの獲物と定められた一頭のライオンを追い続けている。
キャンプ地で共に生活しているカンバ族の男たちをはじめ、ヘミングウェイの友人である白人のハンターや、近隣の村に住むヘミングウェイに魅了されている若い娘など、ヘミングウェイは巧みに描き分けられた興味深い登場人物たちに囲まれており、すらすら読めてしまうあたりはさすがにヘミングウェイの作品だと感じさせるものがある。

フィクションとノンフィクションの狭間に位置する『ケニア』は、日記風のスタイルで書かれてはいるものの、真実と虚構との境目は明確には判別しがたい。
そうはいっても、サファリツアーに参加した一人のツーリストとしてではなく、現地の人々と溶け合わんばかりにアフリカで暮らした経験のあるヘミングウェイだからこそ書けた作品であることは間違いない。
新品こそ出回っていないが中古品ならば非常に安く買えるので、ヘミングウェイの見たアフリカに興味のある方にはぜひ本書をお勧めしたい。
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