『ドン・ジュアン』 バイロン(冨山房)

ドン・ジュアン 上ドン・ジュアン 上
(1993/04/24)
G.G. バイロン

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ドン・ジュアン 下ドン・ジュアン 下
(1993/07/14)
G.G. バイロン

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書名:ドン・ジュアン
著者:ジョージ・ゴードン・バイロン
訳者:小川 和夫
出版社:冨山房
ページ数:546(上)、554(下)

おすすめ度:★★★★




バイロンの代表作であり、その死によって執筆が中断された未完の大作が、この『ドン・ジュアン』である。
物語の筋を語るだけではなく随所に作者バイロンが顔を出し、自らの考えを述べることもあれば私怨を晴らすための揶揄をも織り交ぜるという、いわゆる脱線の連続から成る作品であるが、それだけバイロンという人物像に接近しやすい著作ということができるだろう。
バイロンの伝記的要素に関しては丁寧な脚注が助けてくれるので、バイロンの入門書として読むのも悪くないように思う。

『ドン・ジュアン』は、言わずと知れたスペインの伝説的な放蕩児ドン・ファンを主人公に迎えた長編物語詩である。
若い頃に地中海世界を広く旅した経験を持ち、数多くの女性関係の噂されていたバイロンだけに、ドン・ジュアンが辿る各地を転々とする道筋や、恋多き数奇な運命は、どこかバイロンと重なるところがあるように感じられる。
本作のドン・ジュアンは、しばしば恋に溺れることがあるとはいえ、遊蕩児としてのイメージよりも折り目正しき紳士としての風格が強調されている部分が多く、ひょっとすると晩年のバイロン自身の理想を体現しているのがジュアンなのかもしれない。

実際のところ、バイロンの描くジュアンをふしだらに過ぎるといって責める読者は、今日の日本には存在しないことだろう。
当時のイギリス社会と比べて性的交渉がはるかに自由になったため、ジュアンの行動は取り立てて言うほど放埓であるとはもはや感じられないのだ。
そういう意味では、『ドン・ジュアン』に放蕩を重ねる主人公の描写を期待すると期待はずれになる可能性は否めないのだが、風刺と機知に富み、バイロンの性格を色濃く反映した作品である『ドン・ジュアン』は、いかに道徳が移り変わろうとも文学作品としてその寿命を永らえていくに違いない。

バイロンは比較的早くに日本に紹介されたイギリス詩人であるにもかかわらず、『ドン・ジュアン』の完訳が出版されるのは本書が初めてとのことらしい。
原書が大作であるのと同様、その翻訳も労作と呼ぶにふさわしい素晴らしい出来であるように思う。
脱線を嫌う読者には不向きであろうが、脱線をも楽しめるという方には強くお勧めしたい作品だ。
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『マンフレッド』 バイロン(岩波文庫)

マンフレッド (岩波文庫)マンフレッド (岩波文庫)
(1960/03/05)
バイロン

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書名:マンフレッド
著者:ジョージ・ゴードン・バイロン
訳者:小川 和夫
出版社:岩波書店
ページ数:121

おすすめ度:★★★★




バイロンの代表的な劇詩といえば、真っ先にその名が挙がるのがこの『マンフレッド』ではなかろうか。
この『マンフレッド』を基に、シューマンが劇音楽を、チャイコフスキーが交響曲をそれぞれ作ったということもあり、バイロンの全作品中で最も名前の知られているものの一つとなっている。
また、ゲーテの『ファウスト』からの影響は早くから指摘されており、事実そのストーリー展開にはいくらか類似性が見られるため、バイロンに興味のある方だけではなく、『ファウスト』の読者が読んでも必ずや楽しめることだろう。
『マンフレッド』が作品自体として自立していることは言うまでもないことだが、同時に他の芸術作品との様々な連関性の下で鑑賞しうるのが『マンフレッド』の特徴でもある。

人智をきわめた男、マンフレッドは、いまだ獲得することのできぬある能力を求めて、精霊たちを面前にと呼び出す。
精霊たちとの語らいの中で、マンフレッドが見出したものとは・・・。
『マンフレッド』の読者は、人間における知性の役割とは何かを改めて考えさせられるのではなかろうか。
短い作品ではあるが読み応えは十分にあり、自らの聡明さではいかんともしがたい悩みを抱えるマンフレッドの姿は、末永く読者の記憶に止まるに違いない。

『マンフレッド』は、久しぶりに復刊になったかと思えばすぐに売り切れているという、岩波文庫にありがちな人気があるのかないのかよくわからない本の一つだ。
邦訳の出版状況からすると、バイロンに限らず、イギリスのロマン派詩人たちの作品は今日の日本ではさほど読まれていないのかもしれないが、その時代の詩人たちの作品群は、柔らかな、また力強い魅力にあふれた作品の宝庫であるように思う。
そしてこの『マンフレッド』は、剛の面と柔の面を兼ね備えた傑作として位置づけることができるのではなかろうか。
薄い分だけ安く買える本でもあるので、次の復刊の際にはぜひ読んでみていただきたい。

『海賊』 バイロン(岩波文庫)

海賊 (岩波文庫)海賊 (岩波文庫)
(1952/05/05)
バイロン

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書名:海賊
著者:ジョージ・ゴードン・バイロン
訳者:太田 三郎
出版社:岩波書店
ページ数:187

おすすめ度:★★★☆☆




バイロンの長詩が抜粋ではなく全訳されることは少ないのだが、そのうちの一つが岩波文庫から出されたこの『海賊』である。
戦いに生きる男を中心に据えた、血と愛とに満ちた情熱的な作風は、数々の浮名を流した後にギリシアの自由のために立ち上がった作者バイロンの生涯と照らし合わせて考えてみるとき、非常に関心をそそるものといえるのではなかろうか。
悲劇にありがちな手法を踏襲した作品であるため、筋の運びに斬新さを求めることはできないものの、一刻一秒を争う緊迫感と登場人物たちの心の動きはよく伝わってくる作品である。

海賊の首領コンラッドは、自らがトルコ軍の攻撃の標的となっているとの情報を手に入れる。
それならばいっそ先制攻撃を仕掛けようと、愛する女に別れを告げて、勝つ見込みの少ない戦いへと赴くのだったが・・・。
いかに海賊であるとはいえ、毅然とした態度で自らの自由のために戦う主人公は、読者の共感を誘うに違いない。
主人公のコンラッドは、情に深いアウトローという、一種のヒーロー像の典型的な姿といえるかもしれない。

バイロンが戦闘の相手としてトルコを引き合いに出すのは、『ドン・ジュアン』にも見られるとおりだ。
また、広く地中海世界を旅しただけでなく、ヘレスポントス海峡を泳ぎ渡った経験を持つバイロンが、海を舞台にする男たちの詩を物したのは、当然といえば当然のことだったのかもしれない。

発表当時、『海賊』は売れ行きがよかったらしいが、現在の日本では新品が売られているのを目にすることが非常にまれな本となってしまっている。
映画やアニメで海賊が大いに流行っている今、バイロンの『海賊』が再び日の目を見てもおかしくないと思うのは私だけだろうか。
少なからざるバイロンファンのためにも、『マンフレッド』同様に復刊が、あわよくば改訳さえもが期待される一冊だ。

『対訳 バイロン詩集』 バイロン(岩波文庫)

対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉 (岩波文庫)対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉 (岩波文庫)
(2009/02/17)
バイロン

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書名:対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉
著者:ジョージ・ゴードン・バイロン
訳者:笠原 順路
出版社:岩波書店
ページ数:348

おすすめ度:★★★☆☆




バイロンの原詩を左のページに、その翻訳を右のページに載せたのがこの『対訳 バイロン詩集』である。
ドン・ジュアン』や『貴公子ハロルドの巡礼』といった代表作を含めた多数の作品から抜粋を行ったダイジェスト版であるため、いずれも断片的な印象は拭い去れないものの、バイロンの作品世界を広く俯瞰することができる点が最大の長所である。
岩波文庫の対訳イギリス詩人選シリーズの常で、各ページに脚注も添えられているので難解な語の解釈に困ることも少なく、オリジナルの英詩を鑑賞するのにちょうどいい構成となっているため、英詩に関する知識はそれほどなくても楽しめる一冊として、幅広い読者層にお勧めしたい一冊だ。

ロマン派を代表する詩人であるバイロンの特徴としてよく指摘されるのが、時流に対する反逆児としての自立性と、底流のように横たわる憂鬱さである。
先ほども名を挙げたバイロンの代表作である長編物語詩『ドン・ジュアン』と『貴公子ハロルドの巡礼』のほか、『海賊』、『マンフレッド』などといった劇詩も収録されている本書からは、そんなバイロン作品の性格を読み取ることができるのではなかろうか。

バイロンに限らず、詩人の精神世界の蒸留物である詩作品というものは伝記的事実の反映される部分が少なくないので、物語詩が大半を占めているとはいえども、バイロンの生涯に関して知られていることを学んでから読むと『対訳 バイロン詩集』の収録作品はよりいっそう味わい深く感じられるはずだ。
そういう意味では、巻末の解説部分を先に読むというのも悪くないように思う。

この『対訳 バイロン詩集』を参考にして、面白そうなバイロンの作品を探すのもよいだろうし、すでに全訳を読んだ作品の原詩を垣間見るというのもいいだろう。
とはいえ、知名度のわりに作品の邦訳が意外と少ないというのは、バイロンも他の詩人たちと同じである。
理想を言えば、詩はそのリズム感を堪能しつつ原詩を鑑賞するのがベストであるわけだから、『対訳 バイロン詩集』を足がかりに原詩の世界に踏み込んでみるというのはいかがだろうか。

『カイン』 バイロン(岩波文庫)

カイン (岩波文庫)カイン (岩波文庫)
(1960/03/25)
バイロン

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書名:カイン
著者:ジョージ・ゴードン・バイロン
訳者:島田 謹二
出版社:岩波書店
ページ数:185

おすすめ度:★★★★




『カイン』は、旧約聖書において人類最初の殺人者とされているカインを題材にした劇詩である。
バイロン後期の、とはいってもギリシアで若くして客死したバイロンにとって、それは三十代前半を指しているのだが、いずれにしても、『カイン』はバイロンの作風が思想性・批判性を強めていた時期の作品だ。
人類の草創期を舞台に選んでいるとはいえ、理性的な反省を重ね、自らの内面世界における充足を求め続けるカインは、マンフレッドと並び称することができるほど、きわめて近代的な性格の主人公といえるだろう。
事実、『カイン』は『マンフレッド』の姉妹編と呼んでもいいほどに互いに複数の共通点を持つので、『マンフレッド』と、ひいてはゲーテの『ファウスト』と合わせて読むのも非常に興味深いはずだ。

知への欲求を胸に秘め、アダムらと暮らしているカインのもとへ、神に反旗を翻した精霊、ルシファーが現れる。
絶対的な権力者である神への恭順を卑屈とみなすカインは、蛇のような存在、ルシファーと交わることで、定められた運命に向かって着実に歩みを進めていく・・・。
しきりに善悪を論じ、親の行動の責を負わされることに不満の意を表し、「死」について語るカイン。
その悲惨な結末はわかっていても、カインの言動は読者を引き付けてやまないことだろう。
旧約聖書 創世記 (岩波文庫)旧約聖書 創世記 (岩波文庫)
(1967/01)
関根 正雄

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カインの弟殺しは、原典である旧約聖書以外においても頻繁に言及されるエピソードなので、日本人の間にもすでにある程度はおなじみであろう。
しかし、いざ『創世記』を紐解いてみると、さほど重要な挿話ではないかのように、カインに関する記述はずいぶんとあっけなく片付けられてしまっている。
原典で端的に済まされているからこそ、バイロンが創意を働かせる余地が多分にあったということなのだろうが、この点に関心のある方は有名なエピソードの宝庫である右の『創世記』を一度読まれてみてはいかがだろうか。

『カイン』は、正統教義に対して露骨に非難を浴びせたため、発表当時、称賛よりも批判が多かった問題作でもある。
しかし、主人公カインに見られる自尊心や反逆精神の表れも、今の世の中では称賛の的となるに違いない。
読者がついバイロンの私生活の反映をも見出してしまう『カイン』は、幅広い読者層に、中でも『マンフレッド』の読者には特に強くお勧めしたい一冊だ。

『審判の夢/ベポゥ』 バイロン(山口書店)

審判の夢審判の夢
(1984/07)
バイロン

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書名:審判の夢 他一篇
著者:ジョージ・ゴードン・バイロン
訳者:東中 稜代
出版社:山口書店
ページ数:163

おすすめ度:★★★☆☆




イギリスを追われるようにして大陸に渡ったバイロンは、自らの不遇をかこつかのように、当初は『マンフレッド』のように人間の内面世界を深く掘り下げていく作品を執筆していた。
それはそれで非常に読み応えのある作品ではあるのだが、元来内向的な人間とは言い難い、どちらかといえば社交的な性質であったバイロンは、不正や欺瞞を明るく笑い飛ばす風刺の力にもたいへん優れており、そういった才能を遺憾なく発揮した詩作品が、この『審判の夢』と『ベポゥ』だ。
両編ともに『ドン・ジュアン』をも生み出すこととなる風刺的な作品に格好の詩形によって書かれており、晩年のバイロンを象徴する作風に仕上がっているので、『ドン・ジュアン』の読者はもちろん、『ドン・ジュアン』は長すぎて手が出しにくいという方にもお勧めの作品となっている。

『審判の夢』は、時の桂冠詩人サウジーの『ある審判の夢』に対抗して書かれたもので、そのタイトルも定冠詞か不定冠詞か、すなわち"the"か"a"かの違いしかないという、露骨な対抗姿勢の窺えるものとなっている。
両作品の比較や、決闘にもなりかねなかった二人の争いの経緯については解説に詳しいので、サウジーのことはあまり知らずとも十分楽しめることだろう。

『ベポゥ』のほうはというと、『審判の夢』が明確な筋を追っていく詩であるのに対し、こちらは脱線に次ぐ脱線で、物語の筋自体よりも語り手のうんちくの方に興味をそそられる作品だ。
その脱線に満ちた構成は『ドン・ジュアン』の縮約版を見ているかのようで、バイロンの代表的な作風を感じ取ることのできる詩作品として、もっと多くの人に読まれてしかるべき作品だと思う。

この『審判の夢/ベポゥ』、バイロンに関心のある読者であれば間違いなく楽しめるはずの本であるが、流通量が極端に少ないときている。
アマゾンでは中古品がごくわずかに販売されているにすぎないし、それがまた文章量からすると非常に高額となっていて、気軽に購入できる本ではないというのが現状だ。
マンフレッド』に代表されるようなメランコリックな性格とは異なった、バイロンの風刺的で陽気な側面を感じ取ることのできる手頃でいて完成度の高い作品であるだけに、『審判の夢』や『ベポゥ』が普及しにくい環境になっていることに対してとても惜しい気持ちがする。
近年、新訳のみならず既訳の作品を出版することの多い岩波文庫の一冊として出されることに期待したい。
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