『自負と偏見』 ジェーン・オースティン(新潮文庫)

自負と偏見 (新潮文庫)自負と偏見 (新潮文庫)
(1997/08)
J. オースティン

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書名:自負と偏見
著者:ジェーン・オースティン
訳者:中野 好夫
出版社:新潮社
ページ数:606

おすすめ度:★★★★★




イギリスを、いや世界を代表する女流作家であるジェーン・オースティンの代表作が、この『自負と偏見』である。
邦訳は『高慢と偏見』と題されることが一般的で、中野訳は『自負と偏見』を採用しているが、内容は同じものである。
漱石が絶賛したことでも知られるオースティンの作品は、難解な点がまったくないので非常に読みやすく、ユーモアと情緒に富んだ作風がストーリーの面白さを引き立てており、これからも幅広い読者に受け入れられ続けるに違いない。

イギリスの田舎に暮らす中・上流階級の娘たちの最大の関心事といえば、やはり恋愛、そして結婚だろう。
ある日、両親と共に暮らす五人姉妹の近所に、裕福な独身青年が現れるという「大事件」が起こり・・・。
育ちの良い女性の視点からとらえられた田舎の生活は美しさ、愛らしさに満ちていて、とても気持ちよく読み進められる作品といえるだろう。
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(2009/07/08)
ドナルド・サザーランド、マシュー・マクファディン 他

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本書の表題は『高慢と偏見』とされるのが一般的だが、要は原題の"pride"をどのように訳出するかにかかっている。
一読した感じで「高慢」という訳語は少々強すぎるのではないかと感じられる方もいるだろうし、事実、キーラ・ナイトレイを主演に迎えた右の映画化作品では、その邦題が『プライドと偏見』とされてもいる。
これまでは"pride"が「高慢」だったり「自負」だったりと訳されてきていたが、「プライド」という片仮名語の普及した今日では、ひょっとすると『プライドと偏見』が最もしっくりくるのかもしれない。
それはそうと、比較的原作に忠実な映画『プライドと偏見』は、演出に凝りすぎることもなく、それでいて衣装や風景などの映像はたいへん美しく、『自負と偏見』の読者には自信を持ってお勧めできる映画だ。

岩波文庫の『高慢と偏見』は、上下二分冊である上に、訳文の評判があまり芳しくないらしい。
文章に対する好みは分かれるところかもしれないが、中野好夫氏による『自負と偏見』のほうは、一冊になっているだけに手頃であることは間違いない。
モームが「世界の十大小説」の一つに選んだ『自負と偏見』、ぜひ読んでみていただきたい。
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『エマ』 ジェーン・オースティン(中公文庫)

エマ (中公文庫)エマ (中公文庫)
(2006/02)
ジェイン オースティン

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書名:エマ
著者:ジェーン・オースティン
訳者:阿部 知二
出版社:中央公論新社
ページ数:749

おすすめ度:★★★★★




『高慢と偏見』もしくは『自負と偏見』と並び称されるジェーン・オースティンの代表作であり、最高傑作であるとの呼び声も高いのが本書『エマ』である。
作風の幅の狭いオースティンだけに、どの作品を読んでも非常にオースティンらしい雰囲気に満ちているのは事実だが、オースティンの小説のどれか一つだけをお勧めするとすれば、私は『自負と偏見』か『エマ』かのどちらかを選ぶことだろう。
読みやすいことこの上なく、さらにストーリーが面白いとあっては、お勧めできない理由が見当たらない、それが『エマ』だ。

本書の女主人公エマは、田舎で愛する父と暮らす、美しくもいくらか気丈な令嬢である。
今日の日本社会と比べて因習と世間体の支配がはるかに強かったはずのイギリスの片田舎において、自分に素直に生きていこうとする彼女の姿は、その外見に劣らずたいへん魅力的である。
女流作家だからこそ描けたエマの細やかな心情の揺れ動きは非常に読みごたえがあり、700ページを超える長編作品ながら、読者に飽きを感じさせることはないはずだ。

オースティンの小説には、深刻な不和や卑劣な裏切りといったような、人間社会の負の側面が描かれていない。
登場人物たちが何かしらのことに対して嫌悪の情を抱くことはあっても、それは憎悪というほどの強さのものではなく、登場人物はみな平和な空気を呼吸して伸び伸びと生活している。
そういう理想的な偏りに接していると、私はどうしても筆者の性格の素晴らしさがにじみ出ているような気がしてしまう。
作家として高い評価を受けているオースティンだが、一人の人間としてもとても素敵な人だったのではないかと感じてしまうのは私だけだろうか。

『エマ』は、中公文庫の他に、岩波やちくまからも上下二冊組の文庫版が出されており、オースティンの作品の中では『自負と偏見』に次いで入手しやすい作品となっている。
オースティンの才能が存分に発揮された『エマ』、オースティンを初めて読む方にもお勧めできる一冊だ。

『説きふせられて』 ジェーン・オースティン(岩波文庫)

説きふせられて (岩波文庫)説きふせられて (岩波文庫)
(1998/10/16)
ジェーン オースティン

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書名:説きふせられて
著者:ジェーン・オースティン
訳者:富田 彬
出版社:岩波書店
ページ数:409

おすすめ度:★★★★




病身だったこともあり、決して多作な作家ではなかったオースティンの最後の作品が、この『説きふせられて』だ。
日本語訳では『説得』の方が一般的なようで、原題が名詞形の"Persuasion"であることを考えれば、『説得』の方が素直な訳題と言えるかもしれない。
いずれのタイトルを採用するにしても、ゆったりとした展開の中にペーソスすら漂う作品である『説きふせられて』が読み応えのある作品であることは疑いを入れないだろう。

オースティンの他の作品同様、『説きふせられて』もストーリーの争点は若き令嬢の結婚問題、ひいては財産問題である。
自分の気持ちだけではなく、周囲からの「説得」も考慮しながら自らの恋愛について考え、さらには結婚を決めていくという女主人公の姿は、時代や国が違っても、今日の日本人にも共感しやすいテーマなのではなかろうか。
テーマの息の長さだけではなく、女主人公の情緒を簡潔かつ迫真性を持って描き出すオースティンの筆力は本作においても健在で、あらすじだけを読めばそれほど強い魅力を感じないはずの作品世界に、読者はぐいぐいと引き込まれてしまうはずだ。
説得 (ちくま文庫)説得 (ちくま文庫)
(2008/11/10)
ジェイン オースティン

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説得 (中公文庫)説得 (中公文庫)
(2008/09)
ジェイン オースティン

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『説きふせられて』は、右に示すようにちくま文庫や中公文庫からも『説得』との訳題で出版されている。
翻訳の時代が古いということもあり、富田訳の岩波文庫は訳文がやや生硬なものとなっており、オースティンの柔らかな作風を十分に再現していないとの批判も少なくないようだ。
私自身が読み比べてみたわけではないので偉そうなことは言えないが、ひょっとすると右の訳書の方が読みやすいのかもしれない。

オースティンといえば、『自負と偏見』や『エマ』が傑作として高い評価を受けているが、『説きふせられて』にも独特の味わいがある。
オースティンのファンであれば必読の一冊であるし、入手が容易なオースティンの長編作品の中では比較的短い方なので、『説きふせられて』からオースティンを始めてみるのも悪くないように思う。

『分別と多感』 ジェーン・オースティン(ちくま文庫)

分別と多感 (ちくま文庫)分別と多感 (ちくま文庫)
(2007/02)
ジェイン オースティン

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書名:分別と多感
著者:ジェーン・オースティン
訳者:中野 康司
出版社:筑摩書房
ページ数:535

おすすめ度:★★★★




自負と偏見』や『エマ』を代表作とするオースティンは、主に六つの長編作品によって知られているが、その一つがこの『分別と多感』である。
文章の読みやすさや読者を引き込む物語性の強さは全二者に劣らないものがあり、一冊の文庫本になっているという手頃さもあるので、幅広い読者層にお勧めしたい作品だ。

『分別と多感』も、若き乙女の結婚問題が軸となる点はオースティンの他の作品と変わらない。
父の死により境遇が一変した一家の、理知的で分別ある姉のエリナー、多感で素直な感情表現を好む妹のマリアン、この二人の恋愛模様が巧みに描かれている。
二人の姉妹がそれぞれ「分別」と「多感」、ひいては理性と感情を代表するわけであるが、そのような構成を忘れさせるほどストーリー展開に没入する読者がいても何ら不思議はないはずだ。
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(2010/09/22)
エマ・トンプソン、ヒュー・グラント 他

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右は『分別と多感』を原作にした映画『いつか晴れた日に』である。
小説としての『分別と多感』が日本ではあまり有名な作品ではないからか、タイトルこそ大幅に改変されているが、内容は概ね原作に忠実になっており、映画としての出来栄えも悪くないように思う。
原作にはないシーンの若干の追加、さらにはエピソードの削除や統合が数か所行われているのは事実であるが、500ページを超える長編作品である『分別と多感』を二時間そこそこという映画の枠に収めるに当たり、全体に非常にうまく脚色されているように感じられた。
『分別と多感』の読者はぜひこちらも鑑賞していただきたいと思うし、先に映画を見られた方は次に活字で味わっていただければと思う。

翻訳の種類がさほど多くない『分別と多感』だが、それはこの作品が退屈だからとか出来が悪いからというわけではなく、単に一般的には『自負と偏見』や『エマ』の方が評価が高いというだけのことなのだろう。
オースティンの鋭い人間観察眼を裏付けるかのような、的確になされた登場人物の性格付けは『分別と多感』にも表れていて、時折皮肉のとげが秘められた文体も心地よく、オースティンのファンならずとも楽しめる作品であると言えるはずだ。

『マンスフィールド・パーク』 ジェーン・オースティン(中公文庫)

マンスフィールド・パーク (中公文庫)マンスフィールド・パーク (中公文庫)
(2005/11)
ジェイン オースティン

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書名:マンスフィールド・パーク
著者:ジェーン・オースティン
訳者:大島 一彦
出版社:中央公論新社
ページ数:701

おすすめ度:★★★★




小説家としてのオースティンの最盛期に相当する時期に書かれた長編小説がこの『マンスフィールド・パーク』だ。
「マンスフィールド・パーク」とはいっても、それは今日的な意味での公園を指すのではなく、森や牧草地などの所有地をもひっくるめた田舎の大きな屋敷のことを指しているのであり、舞台となるのはオースティンにとって定番とも言うべき田舎の紳士の邸宅である。
そしてテーマもやはり恋愛と結婚であり、誰と誰が結婚するのか、もしくはしないのか、単純なことながら大いに読者の興味をそそることだろう。

親戚の家である『マンスフィールド・パーク』で、肩身の狭い思いをしながらも従順な日々を送る乙女、ファニーが本作の主人公だ。
自負と偏見』や『エマ』の主人公と比べると自己主張がはるかに少なく内向的で、それだけ痛快さや歯切れのよさの点では劣るかもしれないが、心情の素直さや敏感さは読者を魅了するのに十分すぎるものがある。
主人公の控えめさにつられたからか、オースティンの作品の魅力の一つであるユーモアセンスの披露も控えめであるように感じられ、オースティンの作品としては幾分深刻な物語の部類に入るだろうが、それもあくまでオースティンという枠内でのことであり、陰鬱さのない読みやすさはいつも通りなので気楽に手に取ることのできる作品だ。

オースティンの長編作品は、その主題や雰囲気においていずれもいくらか似通っているのというのは否めないが、それぞれの作品で主人公の性格の描き分けが指摘されているのもまた事実だ。
これは何もオースティンに限ったことではないが、他の作品と比較するという楽しみも出てくるので、『マンスフィールド・パーク』の読者にはオースティンの他の作品を読まれることをお勧めしたい。

21世紀に入り、『マンスフィールド・パーク』をはじめとして、これまであまり読まれることのなかったオースティンの長編作品が次々と文庫化され、代表的な六作品はすべて文庫で読めるようになった。
それはひとえにオースティンの作品が筋としても面白く、人物の描写も優れているからなのだろう。
非常に読みやすく、それでいて読み応えがある『マンスフィールド・パーク』、老若男女を問わずお勧めしたい一冊だ。

『ノーサンガー・アビー』 ジェーン・オースティン(ちくま文庫)

ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)
(2009/09/09)
ジェイン オースティン

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書名:ノーサンガー・アビー
著者:ジェーン・オースティン
訳者:中野 康司
出版社:筑摩書房
ページ数:392

おすすめ度:★★★★




出版時期が前後しているとはいえ、ジェーン・オースティンの実質的な処女作はこの『ノーサンガー・アビー』である。
アビー、もしくはアベイと表記される原語は、修道院を意味する"Abbey"であり、かつては『ノーサンガー僧院』というタイトルも用いられていたようだ。
しかし、そもそも修道院制度が廃止されているイギリスにおいて、「アビー」とはかつて修道院だった建物を指しているのであり、『マンスフィールド・パーク』の「パーク」と同様、「アビー」も屋敷の呼び方の一つに過ぎないから、本作には「僧院」といった堅苦しさも宗教臭さも感じられず、オースティンの描いた女主人公が柄にもなく尼僧になるというわけでもない。
堅苦しいどころか、ストーリー展開の軽妙さはオースティンの長編作品の中でも屈指であるので、気軽な読み物としてお勧めできるのがこの『ノーサンガー・アビー』だ。

本書のヒロインであるキャサリンは、ひょんなことからオースティン自身が若き日を過ごした地でもある温泉保養地バースに滞在することとなる。
世間知らずでゴシック小説が大好きというキャサリンだが、素直でいささか信じやすい性格は、どれだけそそっかしかろうがやはり好感が持てる。
登場人物の造形は全体に粗削りな印象を受けないでもないが、軽薄な人間もいれば誠実な人間もおり、聡明な人間もいれば愚鈍な人間もいるという具合に、オースティン流の物語を進めていく上で必要な役者は十分そろっている。

騎士道小説を読み過ぎた主人公が繰り広げる珍道中を描いた『ドン・キホーテ』に似て、『ノーサンガー・アビー』はヒロインのゴシック小説の読みすぎが展開を面白くしてくれる。
ゴシック小説に対するパロディ的な要素も多分に盛り込まれていて、全般にユーモアやウィットに富んでいるというのも、『ノーサンガー・アビー』を非常に読みやすい小説に仕上げてくれているはずだ。

オースティンの長編六編の中で、『ノーサンガー・アビー』を最高傑作に推す声はめったに聞かれないようだが、タッチが軽めである点に加えて、『説きふせられて』と同様比較的短い作品であるということを考え合わせれば、最も読みやすい作品であるとは言えるのではなかろうか。
オースティンに興味のある方はぜひ手にしてみていただきたいと思う。

『美しきカサンドラ』 ジェーン・オースティン(鷹書房弓プレス)

美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集
(1996/07)
ジェイン オースティン

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書名:美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集
著者:ジェイン・オースティン
訳者:都留 信夫(監訳)
出版社:鷹書房弓プレス
ページ数:286

おすすめ度:★★☆☆☆




表題作をはじめ、オースティン初期の作品19編を集めたのが本書『美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集』である。
数的には10ページそこそこの物語や「断片」が大半を占めていて、表題作の『美しきカサンドラ』などはわずか5ページの小品である。
いずれも家族や友人を読者と想定して書かれた若書きの作品であり、後の長編作品と比べれば当然ながら作品としての面白さや完成度の面に難があるので、オースティンの短編集として読むと失望するかもしれないが、オースティンの長編作品をすでにいくつか読んだことのある方であれば、随所に見られるオースティンらしさや小説家としての萌芽を楽しむことができることだろう。

本書には、軽快かつ簡潔な『美しきカサンドラ』の他に、『三姉妹』や『イングランドの歴史』、『愛と友情』や『レズリー城』などが収録されている。
後者の二作品はどちらも書簡体で書かれた小説で、ページ数でいっても50ページに満たない程度と、質・量ともに本書の中では特に読み応えがある部類に入るのではなかろうか。

それ以外の短い作品群からも、後年の長編作品におけるオースティンとはいくらか異なった、それらを特徴づけている性格を読み取ることができ、その最たるものとしては辛辣さを含んだユーモアセンスが挙げられる。
辛辣とはいっても、それはあの優しいオースティンに可能な限りにおいてのことであるから、こっぴどい毒舌が吐かれているわけではないにせよ、後年の長編作品と比べればやはり幾分温かみに欠けているようだ。
若さに伴う無邪気さなのだろうか、それとも公刊を視野に入れて書くのと身内向けに書くのとでは自ずと内容も変わってくるのだろうか、などと考えだすと、本書はいっそう興味深いものになってくるに違いない。

『美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集』は、収録されている物語自体を楽しむというよりは、資料的な側面が強い本と言えるかもしれない。
そういう意味では、一般受けは難しいのかもしれないが、オースティンに興味のある方であれば、本書とその続編である『サンディトン』は大いに楽しめるはずだ。

『サンディトン』 ジェーン・オースティン(鷹書房弓プレス)

サンディトン―ジェイン・オースティン作品集サンディトン―ジェイン・オースティン作品集
(1997/12)
ジェイン オースティン

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書名:サンディトン―ジェイン・オースティン作品集
著者:ジェイン・オースティン
訳者:都留 信夫(監訳)
出版社:鷹書房弓プレス
ページ数:286

おすすめ度:★★★☆☆




美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集』の続編として編まれたのが本書『サンディトン―ジェイン・オースティン作品集』である。
「初期作品集」であった一冊目から「作品集」へと副題を変更していることからも察せられるように、本書『サンディトン』の収録作品はその表題作を含めてすべてがオースティンの初期のものというわけではなく、内容的にはそれだけ優れた長編作家として知られているオースティンに接近したものとなっており、読者の興味を強く引くことだろう。

本書の収録作品は『イヴリン』、『キャサリン あるいは東屋』、『ある小説の構想』、『ワトソン家の人々』、『サンディトン』の五つである。
『イヴリン』はナンセンスで突飛な筋書きの物語で、オースティンの想像力の奔放さを楽しむことができる。
そして『キャサリン』は、未完ではあるがすでに小説としての奥行きを感じさせる作品となっている。

そうはいっても、本書で読み応えがあるのはやはり『ワトソン家の人々』と『サンディトン』の二編であろう。
いずれも未完の作品ではあるが、執筆年代としてはオースティンが本格的に小説の執筆に取り組んでいた時期でもあり、非常にオースティンらしい筆で上流階級の人々の立ち居振る舞いが描かれている。
特に架空の海岸保養地を舞台にした『サンディトン』は、作者の死によって執筆が中断された作品ということで、もしオースティンの健康がこの作品を完成させることを許していたならば、彼女の第七の長編作品として世に出されていたはずだ。
実際に書かれたのは、おそらくは全体で数百ペーに及ぶはずだった長編のわずかな部分でしかないため、先の展開を予想することは難しいが、オースティンの小説世界を好まれる方であれば十分楽しめるに違いない。

本書『サンディトン』が興味深い作品集であることは事実であるが、それも『自負と偏見』や『エマ』といった完成された長編作品があってのことだろう。
オースティンの長編作品六つを読み終え、さらにオースティンの書いたものを読みたいという方にお勧めしたい一冊だ。
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