『オネーギン』 プーシキン(岩波文庫)

オネーギン (岩波文庫 赤604-1)オネーギン (岩波文庫 赤604-1)

書名:オネーギン
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:池田 健太郎
出版社:岩波書店
ページ数:232

おすすめ度:★★★★★




近代的なロシア文学を築き上げるに当たって多大な功績のあった国民詩人、アレクサンドル・プーシキンの代表作がこの『オネーギン』だ。
原題は『エヴゲーニイ・オネーギン』で、現在ではその表題を掲げている訳書も増えてきているが、岩波文庫版では古くから『オネーギン』とされている。
原文が韻文で書かれた小説であるため、翻訳のスタイルも訳者によって分かれてくるが、この岩波文庫版では散文訳が採用されており、また2006年に改版になったということもあり、非常に読みやすい一冊となっているように思う。

あらすじに関するネタばれは極力避けるようにはしているものの、『オネーギン』を語る上で、右のレーピンによる『オネーギンとレンスキー』を紹介せずにはいられない。
財産はあるが無為な日々を送っているエヴゲーニイ・オネーギンが、友人と決闘をする仕儀となった場面を描いた有名な一幅だ。
どちらかが命を落としかねない決闘という場面は必然的に悲哀と緊張感を漂わせるが、プーシキン自身が『オネーギン』発表の数年後に決闘で果てることとなったという事実を知る後世の読み手としては、オネーギンの決闘の場面にはいっそう感慨深いものがあるだろう。

オネーギンは、レールモントフの『現代の英雄』やツルゲーネフの『ルーヂン』へと連なる、いわゆる「余計者」の典型像でもある。
そして生きがいや確固たる信念を持たない若者の姿は、必ずしも19世紀的な過去の遺物と捨て切れないのではなかろうか。
そういう意味では、本書で取り上げられる恋愛感情をも含めて、『オネーギン』で描かれた心象風景はまったく古びていないと言えると思う。

初期のロシア文学を代表する作家、プーシキンの代表作ということで、『オネーギン』はいわばロシア文学草創期を代表する作品ともなっている。
オネーギンの生き様は今も昔も読者の心に何かしらを訴えかける力を秘めているように思われるし、ロシア文学の系譜の上でも重要視されてしかるべき作品でもあるため、ロシア文学に興味のある方にはぜひ一読をお勧めしたい。
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『スペードの女王・ベールキン物語』 プーシキン(岩波文庫)

スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)

書名:スペードの女王・ベールキン物語
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:神西 清
出版社:岩波書店
ページ数:301

おすすめ度:★★★★★




詩人として紹介されることの多いプーシキンによる、代表的な散文作品を収録したのが本書『スペードの女王・ベールキン物語』である。
各々の単語の持つ音の響きなどがきわめて重要な意味を持つ詩作品と比べれば、散文作品の方がいっそう容易にロシア人が感じ取っているところのプーシキンの魅力に迫ることができるに違いない。
プーシキンに興味のある方には、『オネーギン』と合わせて、物語性の強い作品群である『スペードの女王・ベールキン物語』を強くお勧めしたいと思う。

『スペードの女王』は、主人公が賭場でトランプの絵札が笑うのを目撃するというところから始まる不可思議な物語だ。
非常に読みやすい文体で書かれており、筋書きの面白さだけで読者を引っ張っていってくれる作品でもあるので、古典的名作を読むのだという覚悟をすることなしに、読み物として純粋に楽しむことができるだろう。
幻想性に富んだ作風には、当時一世を風靡していたホフマン流の影響が見受けられ、また出版年が程近いゴーゴリの幻想的な作品への影響も察せられるなど、非常に時代性を感じさせる作品ともなっている。

一方、『ベールキン物語』は、「その一発」、「駅長」、「吹雪」など、5編の短編からなる短編集で、こちらもすべて非常に読みやすい作品だ。
『ベールキン物語』というくくりは与えられているものの、内容の結びついた明確な連作というわけではない。
それぞれの短編を比較して味わうのも興味深いはずなので、各々の読者は自らの嗜好に沿ってお気に入りの一作を見つけていただければと思う。

ロシア文学における名訳者として名高い神西清氏の翻訳による『スペードの女王・ベールキン物語』は、これまでに幾度も再版を重ねていて、さらには『オネーギン』同様、数年前に改版も行われたようである。
比較的短めの作品を集めた文庫本ということもあり、プーシキンの全作品の中で最もとっつきやすい一冊と言っても間違いではないように思う。
そしていまだに日本で多くの人に読まれ続けているということ自体が、本書の読みやすさ、面白さを何よりも如実に明かしていると言えるのではなかろうか。

『プーシキン詩集』 プーシキン(岩波文庫)

プーシキン詩集 (岩波文庫)プーシキン詩集 (岩波文庫)

書名:プーシキン詩集
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:金子 幸彦
出版社:岩波書店
ページ数:218

おすすめ度:★★★☆☆




ロシアの国民的詩人と呼ばれるプーシキンの詩、100作品以上を一冊にまとめたものがこの『プーシキン詩集』である。
決闘によって30代後半にて落命することとなり、詩人として天寿を全うしたとは言い難いプーシキンだが、本書はそんな彼の約20年にわたる作品を収めているので、詩人としての活躍期はほぼすべてを網羅していると言える。
翻訳という作業を経たことで読者がプーシキンの音感を読み取ることは不可能だが、彼が自らの詩に盛り込んだ人間性を称揚する理念はひしひしと伝わってくるので、本書の読者であればプーシキンが国民的詩人と言われていることもうなずけるのではなかろうか。

『プーシキン詩集』には、詩作品の定番とも言うべき恋愛抒情詩も多数収録されているが、プーシキンに特徴的なものとして読者の目を引くのは政治的自由をうたったものではなかろうか。
そのような思想を持ち、それを詩作品として公表していたのでは、絶対的な元首としてのツァーリを戴く政府から目を付けられるのは当然の成り行きというもので、プーシキンは地方へと事実上追放されることとなる。
そして同じく時の皇帝によって追放の身となっていたローマ時代の詩人オウィディウスに自らの境遇を重ね合わせて書いた作品も、プーシキンらしさの強い非常に興味深いものと言えるはずだ。

これはプーシキンに限ったことではないが、詩人の心の中からあふれ出す言葉を紡いだ詩作品は、詩人の伝記的事実を色濃く反映していることが多く、プーシキンの場合もその例外ではない。
本書『プーシキン詩集』は、巻末に付された解説を先に読んでおいてプーシキンの生涯を把握しておくというのも一つの読み方として悪くないように思う。

愛を、そして自由をうたい、時折垣間見える風景は雄大な北の大地を髣髴とさせる。
きわめてプーシキンらしく、さらに言えば非常にロシアらしい詩集として、ロシア文学に興味のあるすべての方にお勧めしたい一冊だ。

『大尉の娘』 プーシキン(岩波文庫)

大尉の娘 (岩波文庫)大尉の娘 (岩波文庫)

書名:大尉の娘
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:神西 清
出版社:岩波書店
ページ数:310

おすすめ度:★★★★★




プーシキン晩年の散文による長編小説がこの『大尉の娘』である。
『大尉の娘』が出版されて数か月後に、プーシキンは決闘の際に受けた傷ゆえにこの世を去ることになったため、『大尉の娘』は期せずしてプーシキン最後の作品となってしまった。
齢半ばで生を終えたプーシキンの場合、「円熟期」という表現は適当ではないかもしれないが、いすれにしても『大尉の娘』が非常に読み応えのある作品に仕上がっていることは間違いなく、プーシキンの全作品を見渡してみても、最も優れたものの一つに数えられるように思う。

『大尉の娘』は、その出版からさかのぼることおよそ60年前、皇帝に反旗を翻したプガチョフの乱を題材にした物語である。
多くの歴史小説の常で、『大尉の娘』も史実と創作とが混在しており、そこが文学作品としてのリアリティを強め、読者の興味を惹きつける点でもあるのだろうが、それらの長所を度外視してもなお、『大尉の娘』は面白く読める作品となっている。
人と人とが互いに引き寄せ合う力とそれを引き離そうとする力、控えめな「大尉の娘」と粗暴なコサック、そして生と死。
様々な対立軸の中で進んでいく物語は、読者の心をつかんで離さないに違いない。

文学作品の素材として、皇帝の圧政に反抗して兵を挙げたプガチョフを取り上げるというのは、それでなくとも権力筋からにらまれていたプーシキンにとっては、命懸けの綱渡りのようなものであったろう。
作品からはしばしば陰鬱な雰囲気が感じ取られることがあるが、ひょっとするとそれも晩年のプーシキンが置かれていた逆境が落とした影なのかもしれない。

私自身は古い版で読んだので新しいものは確認していないのだが、岩波文庫版の『大尉の娘』は2006年に改版となり、いっそう読みやすくなったようだ。
『大尉の娘』であればそれだけ読者を獲得できるものと考えられてのことだろうが、その判断は誤っていないように思う。
プーシキンに興味のある方であれば必ずや押さえておきたい作品であるし、プーシキンの作品に初めて接するという方にもお勧めの一冊だ。

『青銅の騎士』 プーシキン(ロシア名作ライブラリー)

青銅の騎士 (ロシア名作ライブラリー)青銅の騎士 (ロシア名作ライブラリー)

書名:青銅の騎士 モーツァルトとサリエーリほか
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:郡 伸哉
出版社:群像社
ページ数:189

おすすめ度:★★★★




表題作のほかに、『モーツァルトとサリエーリ』、『石の客』などから成る戯曲集『小さな悲劇』を合わせて訳出したのが本書『青銅の騎士』である。
『青銅の騎士』はプーシキンの物語詩の中では代表的なものに数えられるし、小品を集めた『小さな悲劇』も、モーツァルトの毒殺説やドン・ファン伝説といったたいていの読者が強く引き付けられるテーマを扱っているので、プーシキンの戯曲や物語詩の方面に興味のある方には非常にお勧めだ。

「青銅の騎士」とは、サンクト・ペテルブルグの建設者であるピョートル大帝の騎馬像を指している。
大規模な洪水が頻発するという、地理的には決して都市を構えるのに好適ではない位置に築き上げられたペテルブルグの、洪水にまつわる悲しい物語が『青銅の騎士』である。
相手が騎馬像とはいえ、今は亡き皇帝の姿をかたどったものであるから、詩人がその騎士に対して言及する際にも、厳しい検閲の目にさらされていたプーシキンの筆に自由奔放さを望むことはできないが、悲哀の色調は見事に描き出されていて十分読み応えがある。

プーシキンが生前にまとめて出版したというわけではないにせよ、慣例として『小さな悲劇』と呼ばれている作品群は、『モーツァルトとサリエーリ』、『ペスト蔓延下の宴』、『けちな騎士』、『石の客』の4編から成っている。
『モーツァルトとサリエーリ』はモーツァルトの毒殺疑惑をテーマにしたもの、『ペスト蔓延下の宴』はそのタイトルのとおりペストが流行する下で遊び呆ける人々を描いたもの、『けちな騎士』は金銭がらみの親子の不和を主題としたもの。
そして『石の客』は伝説的なスペインの遊蕩貴族ドン・ファンを扱ったもので、モリエールの『ドン・ジュアン』と合わせて読まれることを強くお勧めしたい作品だ。
いずれも数十ページという短いものなのでさらりと読み終わってしまうが、おそらく読者はすべての悲劇に共通する諧調のようなものを感じ取り、しみじみとした気持ちにさせられるのではなかろうか。

『青銅の騎士』はかつて岩波文庫からも出されていたが、訳文も少々古く、まして新品は流通していないのが現状だ。
その点、これまであまり読みやすいかたちで訳出されることのなかった『小さな悲劇』と合わせて一冊になっている本書は、プーシキンに興味のある方には歓迎される本であるに違いない。

『ジプシー・青銅の騎手―他二篇』 プーシキン(岩波文庫)

ジプシー・青銅の騎手―他二篇 (岩波文庫)ジプシー・青銅の騎手―他二篇 (岩波文庫)

書名:ジプシー・青銅の騎手―他二篇
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:蔵原 惟人
出版社:岩波書店
ページ数:311

おすすめ度:★★★☆☆




プーシキンの長編詩4作品を収録したのが本書『ジプシー・青銅の騎手―他二篇』で、「他二篇」とは『バフチサライの噴水』と『ポルタワ』を指している。
作家生活を送った年月が限られていたとはいえ、プーシキンの初期の作品と後期の作品が一冊になっているため、注意深い読者であれば本書から作風の変遷も汲み取ることができるかもしれない。
そうはいっても、収録作品はいずれも叙事詩であるため、単にストーリーを追って読んでいくだけでも十分楽しめることだろう。

初期の作品である『バフチサライの噴水』と『ジプシー』は、一方はクリミヤの旧都を訪れた際に目の当たりにした哀愁漂う「バフチサライの噴水」を、他方は追放中に親しく交わる機会のあった自由奔放な「ジプシー」達をうたった詩であるため、どちらもプーシキンが追放の身であったからこそ生まれた作品と言えるだろう。
後世の一読者の勝手な空想であることは重々承知の上だが、プーシキンが追放の憂き目に遭うことがなければ、彼の作品世界は現在我々が鑑賞できているものより一回り小さなものになっていたのかもしれない。

『ポルタワ』と『青銅の騎手』は、共にピョートル一世にまつわる物語という点で共通している。
本書の収録作品の中で最長となる『ポルタワ』は、皇帝に対するマゼパの反乱をテーマにした、いかにもプーシキンらしい主題の選択がなされている作品で、およそ120ページに及ぶということからも本書の中で最も読み応えがある作品の一つなのではなかろうか。
それに比べて『青銅の騎手』の方は、紙幅でこそその3分の1程度であるが、濃密な構成と凝縮された筋の運びの巧みさに、プーシキン晩年の作としての完成度の高さを垣間見ることができる。

初版が古い岩波文庫の常で、『ジプシー・青銅の騎手―他二篇』にも旧漢字がいくつか用いられている。
『青銅の騎手』に関しては読みやすい新訳が『青銅の騎士』との表題で出されていて、こちらは『モーツァルトとサリエーリ』、『石の客』などを含む戯曲集『小さな悲劇』も合わせて収録されているため、旧漢字に抵抗のある方にはそちらをお勧めしたい。
とはいえ、収録作品のすべてが重複しているわけではないので、プーシキンに興味のある方であれば両方手にする価値のある本であるように思う。

『ボリス・ゴドゥノフ』 プーシキン(岩波文庫)

ボリス・ゴドゥノフ (岩波文庫)ボリス・ゴドゥノフ (岩波文庫)

書名:ボリス・ゴドゥノフ
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:佐々木 彰
出版社:岩波書店
ページ数:136

おすすめ度:★★★★




散文、詩、戯曲など、様々な分野で幾多の傑作を残したプーシキンだが、そんな彼の戯曲方面における代表作が史劇であるこの『ボリス・ゴドゥノフ』だ。
舞台となっている時代は1600年前後と、日本でいえばちょうど戦国時代から江戸幕府へと連なる戦乱期だが、その頃ロシアも帝位が大きく揺らぐ動乱時代を迎えていた。
ゴドゥノフ家をめぐる帝位争奪戦は、日本でよく知られたテーマであるとは言えないだろうが、それだけにプーシキンが盛り込んだ理念を読み解くだけでなく、戯曲自体の展開がどうなるのかも含めて大いに楽しめる作品になっているように思う。

本来の帝位継承者の殺害を命じたことが広く知れ渡っているという、いわく付きの帝位に収まっているボリス・ゴドゥノフ。
皇帝の位に就いて数年の時が流れていたある日のこと、死んだはずの帝位継承者を名乗る男が姿を現し、ゴドゥノフ朝を転覆せんとモスクワに向けて進軍を開始する・・・。
皇帝や貴族、軍人や聖職者から果ては平民に至るまで、皇帝と「帝位継承者」を取り巻く人々の思惑の入り乱れる様が描かれているが、それでいて一つの戯曲としては非常によくまとまっているのではなかろうか。

『ボリス・ゴドゥノフ』は、他の作家の戯曲と比べると場面がとても細かく割られていて、場面は宮殿から戦場へ、モスクワからポーランドへとめまぐるしく転々とすることになるが、登場人物の台詞に冗長さは見られず、劇としてのスピード感は随一である。
もし『ボリス・ゴドゥノフ』を実際に舞台にかけるとなると、そのスピード感を失うことなく上演するのは至難の業であるに違いなく、演出家の腕の見せ所となることだろう。
プーシキンの『ボリス・ゴドゥノフ』を基に、ムソルグスキーがオペラ化した作品もあるようなので、興味のある方はそちらも鑑賞いただければと思う。

プーシキンにとっては珍しくないテーマである皇帝への反抗を扱った『ボリス・ゴドゥノフ』は、執筆当時、検閲をパスすることができず、初演の日を迎えるには数十年の時が必要であったらしい。
中古でしか手に入らない本ではあるが、プーシキンの問題作の一つとして、プーシキンに興味のある方には強くお勧めしたい作品だ。

『ドゥブロフスキー』 プーシキン(近代文芸社)

ドゥブロフスキードゥブロフスキー

書名:ドゥブロフスキー
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:中村 宇一
出版社:近代文芸社
ページ数:188

おすすめ度:★★★☆☆




プーシキン晩年の散文による小説がこの『ドゥブロフスキー』である。
未完の作とのことらしく、プーシキンの作品の中であまり知られているとは言えないが、中編小説程度の長さはあり、現在我々が目にすることのできる結末を物語の結末ととらえてもさほど違和感はないようにも感じられるので、プーシキンに興味のある方であれば『ドゥブロフスキー』は一読の価値がある作品と言えるのではなかろうか。
権力を笠に着て我意を押し通す大地主と、それに対抗する人々が描かれているあたりに、プーシキンらしさを見て取ることもできるに違いない。

退役将校であるドゥブロフスキーは、横柄なことで知られている近所の権勢家トロエクーロフと誰もがうらやむほど気が合い、頻繁に互いの家を行き来するほどの間柄だった。
しかしある日、些細なことから喧嘩が始まり、怒ったトロエクーロフの策謀によってドゥブロフスキーは領地を丸ごと取り上げられてしまうこととなる。
憔悴し、死の迫ったドゥブロフスキーの下へ、ペテルブルクで近衛隊の士官として勤めていた息子が呼び出され・・・。
ドゥブロフスキーが「合法的」に領地を奪われるくだりは、実際に起きた訴訟を基にしているらしい。
本書には時折ユーモアも見受けられるが、不正に対するプーシキンの怒りと嘲笑を含んでいるようで、どこか辛辣なものとなっている。

訳者がロシア文学の専門家ではないからか、本書の解説は非常にあっさりとしていて、読後に執筆の背景などを詳しく知りたい方は物足りなく感じられるかもしれない。
また、文字サイズなどは読みやすいものの、文章量の割りに誤植が多いようにも感じられる。
そうはいっても、ほとんど脚光を浴びることのないプーシキン晩年の未完の作品を訳出してくれたことには感謝の念を抱くべきだろうし、プーシキンに関心のある方にはお勧めの一冊だ。

『ピョートル大帝のエチオピア人』 プーシキン(明窓出版)

ピョートル大帝のエチオピア人ピョートル大帝のエチオピア人

書名:ピョートル大帝のエチオピア人
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:安井祥祐
出版社:明窓出版
ページ数:134

おすすめ度:★★★☆☆




若くして命を落とすことになったプーシキンによる未完の小説作品の一つがこの『ピョートル大帝のエチオピア人』である。
その業績をどう評価するかは別としても、ピョートル大帝がロシアの歴史における傑出した人物であることは間違いなく、そのような偉人をプーシキンが取り扱ったとあれば、読者の興味はおのずとかき立てられずにはいないのではなかろうか。

『ピョートル大帝のエチオピア人』の主人公は、タイトルそのままにエチオピア人、すなわちアフリカ人である。
ヨーロッパ人としての気質を備え、ピョートルの寵愛も受けてはいるが、肌の色の違う人種はやはりヨーロッパの上流社会で異色の存在でしかありえない。
旧制度の名残りと急激な西欧化の推進が入り混じるロシアにおいても、彼の立場は微妙なものとなっており・・・。
プーシキンが書き上げた決定稿ではないからか、全般に『ピョートル大帝のエチオピア人』における登場人物の心理描写はかなり粗削りである。
読者の想像力に委ねられる部分が少なくないが、それでも容易に推測できる場合がほとんどなので、大半の読者の心には何かしら響くものがあるに違いない。

未完の作品である『ピョートル大帝のエチオピア人』は、文章量からいえば短編小説程度のボリュームで、なおかつ非常に読みやすい文章で書かれているので、興味を覚えた方は気軽に手にしていただければと思う。
そうはいうものの、本書の残念なところは、誤植の多さが目に余り、プーシキンの作品へのイメージまで損なっているように感じられる点だ。
あまり翻訳紹介されることのない作品を世に問うてくれるのは非常にありがたいのだが、ある程度の質を伴った出版物を期待したい。
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