『対訳 ディキンソン詩集』 ディキンソン(岩波文庫)

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)
(1998/11/16)
エミリー ディキンソン

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書名:対訳 ディキンソン詩集
著者:エミリー・ディキンソン
訳者:亀井 俊介
出版社:岩波書店
ページ数:175

おすすめ度:★★★★




アメリカの女流詩人であるエミリー・ディキンソンの詩50編を集め、対訳という形式で文庫化したのがこの『対訳 ディキンソン詩集』だ。
ディキンソンの詩自体が読み応えを備えたものであることは言うまでもないことだが、ディキンソンには女性の活躍の少ない19世紀のアメリカ文学における紅一点として注目することもできるのではないかと思う。
それほど厚い本ではないので、ディキンソンはもちろん、アメリカ文学に関心のある方もぜひ手にしてみていただきたい。

ディキンソンの詩は、同時代の文人たちと議論し交流した結果生み出された詩作品ではないため、オリジナリティに富んでいるのが特徴だ。
生計のために詩を書いていたのでもなければ、大きな称賛や非難にさらされることもなく、長い年月にわたってただ黙々と書き連ねられた詩作品は、いっそう克明にディキンソン自身の心を映す鏡となっているのかもしれない。

詩人の内面世界をひたすらに掘り下げていくかのようなディキンソンの詩は、しばしば同時代に活躍したホイットマンの外へ外へと広がっていく開放的な作風と比較対照されている。
読者は異なった持ち味をそれぞれ楽しむことができるので両者の間で優劣をつけることはさほど意味はないのかもしれないが、『ホイットマン詩集―対訳』やホイットマンの代表作である『草の葉』と比べてみると、ディキンソンらしさがより際立って感じられてくることは間違いないように思う。

死後にその詩才が認められ、今ではアメリカ文学に不朽の名を刻んでいるディキンソンであるが、邦訳の出版状況はというと、かつては複数の出版社から詩集や詩選が出されていたものの、現在新品で入手可能のものとなるときわめて少ないというのが現状だ。
そんな寂しい状況の中、入手が容易で手頃な一冊としてこの『対訳 ディキンソン詩集』をお勧めしたい。
一つ一つの詩が短く、その内容も決して難解ではないので、訳文と合わせてぜひ原文のほうでも味読していただきたいと思うが、英語力に不安のある方は、右側のページの日本語訳部分を読むだけでも十分ディキンソンの作り上げた小さな、それでいて奥行きのある世界を楽しめることだろう。
文豪というほどの貫録こそないが、ディキンソンの詩の織り成す独特のハーモニーは、忘れえない印象を読者の心に刻みつけるに違いない。
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『わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集』 ディキンソン(風媒社)

わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集

書名:わたしは誰でもない―エミリ・ディキンソン詩集
著者:エミリー・ディキンソン
訳者:川名澄
出版社:風媒社
ページ数:144

おすすめ度:★★★★




ディキンソンの残した作品の中から、短いものばかり約60篇を集めたのが本書『わたしは誰でもない』である。
ディキンソンの詩は、そもそもが短いめのものではあるが、本書の収録作品は最長でも8行までと、特に短い小品ばかりが選ばれている。
おそらくはそのおかげで、それぞれの詩の制作年代はまちまちであるものの、詩集としては非常に統一感のある仕上がりになっている。

『わたしは誰でもない』には、愛、神、自然といったいかにもディキンソンらしいテーマに沿った詩が多く収められているので、ディキンソンの作品を好きな方ばかりでなく、ディキンソンがどういう詩人なのかをあまり知らない方が初めて読むにも適しているように思う。
孤独を愛する一人の女性の胸のうちからあふれ出る言葉の数々を読んでいるうちに、読んでいるこちらの胸まで優しい気持ちでいっぱいになってくるが、この感覚こそが、ディキンソンの詩が時代を越えて愛される理由の一つなのではなかろうか。

本書の構成は、右ページに原詩、左ページに訳文という、対訳形式となっている。
ディキンソンの原詩に触れることで、語数の少なさゆえにとっつきやすそうに感じられる反面、その解釈が意外と難しいことがわかるのではないかと思う。
率直なところを言えば、本書を読みながら、訳文がもう少しこなれたものであるといいと感じたことが何度かあったが、ストーリー性に乏しいディキンソンの短詩をうまく訳すのは、なかなか至難の業なのかもしれない。

ディキンソンの書くような内向的な詩は、一度読んだだけでは味わいつくせないのが普通だと思う。
文章量が少ないからといって、数時間のうちに一気に読み通して、それで終わりにしてしまうのももったいないと思う。
一人静かな黄昏時にでも、ゆっくりと味読されることをお勧めしたい。

『まぶしい庭へ』 ディキンソン(KADOKAWA)

まぶしい庭へまぶしい庭へ

書名:まぶしい庭へ
著者:エミリー・ディキンソン
訳者:ないとうえりこ
出版社:KADOKAWA/メディアファクトリー
ページ数:63

おすすめ度:★★★★




ディキンソンの詩に、有名な絵本作家であるターシャ・テューダーの挿絵を添えて編まれた詩集が、本書『まぶしい庭へ』である。
春夏秋冬をテーマにした詩作品を、それぞれの季節ごとにいくつか選び出した作品となっていて、短い詩ばかりが収録されているものの、柔らかな挿絵の効果もあって、季節の移ろいを感じ取ることができる詩集になっているのではなかろうか。

『まぶしい庭へ』では、一つの詩に対して一つの挿絵が配されている。
詩を本書の中心ととらえてしまう私はそれらの絵を挿絵と呼んでしまうが、それだけでも十分に完成した絵本の世界を織り成すことのできる絵に対して挿絵と呼んだのでは、少々失礼な言い方になっているのかもしれない。
いずれにしても、それらの絵を通じて、ディキンソンが見ていたであろう風景を今日の読者が垣間見ることができ、詩人がその心に抱いていた原風景が見えてくるようで、たいへん興味深く感じられることは事実である。

本書の訳者である内藤氏自身が詩人であるだけに、他のディキンソンの翻訳書と比べて、『まぶしい庭へ』の訳文の語感のよさは際立っているように思う。
詩の訳文は、各々の読者によって好みの分かれやすいところなので一概には言えないが、ディキンソンはたぶんそれほど硬い詩を書きたかったわけではないと考える私にとっては、内藤氏の訳文は非常に心地よく読めるものであった。

本書『まぶしい庭へ』に訳出されている作品数は非常に少ないが、編者によるテーマの絞り方は、ディキンソンらしさを存分に引き出すことのできるものとなっている。
ディキンソンに関心のある方、ターシャ・テューダーに関心のある方、どちらも楽しめる一冊としてお勧めしたいと思う。
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