『夢小説・闇への逃走 他一篇』 シュニッツラー(岩波文庫)

夢小説・闇への逃走 他一篇 (岩波文庫)夢小説・闇への逃走 他一篇 (岩波文庫)

書名:夢小説・闇への逃走 他一篇
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:池内紀、武村知子
出版社:岩波書店
ページ数:334

おすすめ度:★★★★




シュニッツラーの作品の中でおそらく最も有名な『夢小説』を中心に編まれた一冊が、この『夢小説・闇への逃走 他一篇』である。
表題作『夢小説』と『闇への逃走』のほかに『死んだガブリエル』という短い作品を収録していて、いずれもきわめてシュニッツラーらしい作風のものなので、シュニッツラーを初めて手にする方に特にお勧めしたい一冊となっている。

『夢小説』はウィーンに暮らす医師が主人公。
急患の呼び出しを受けて赴いた先で、彼の一夜の「夢」が始まりを告げ・・・。
シュニッツラーの心理描写の腕前を存分に発揮した『闇への逃走』、シュニッツラーがよく用いる設定を駆使した『死んだガブリエル』も読みごたえは十分だ。
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『夢小説』は、映画『アイズ・ワイド・シャット』の原作となったことにより、そのあらすじは案外よく知られているのではなかろうか。
こちらの映画作品は、トム・クルーズとニコール・キッドマンという当時実際に夫婦だった二人を迎えた鬼才スタンリー・キューブリック監督によるもので、シュニッツラーの作品の帯びる妖しさが鮮明に伝えられているように思う。

原題が"Traumnovelle"である『夢小説』は、他の出版社からは『夢奇譚』、『夢がたり』などと題されて訳出されている。
邦題の良し悪しはおくとしても、複数の翻訳があるということはそれだけ今日の日本でシュニッツラーの作品の魅力が認められているという証拠であるとは言えるだろう。
それほど有名な作家ではないかもしれないし、明るい雰囲気の作品を求める方には不向きかもしれないが、読者をじわじわと闇の世界にいざなうシュニッツラーの作品は、一度手にしていただく価値を十分備えているに違いない。
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『花・死人に口なし 他7篇』 シュニッツラー(岩波文庫)

花・死人に口なし 他7篇 (岩波文庫)花・死人に口なし 他7篇 (岩波文庫)

書名:花・死人に口なし 他7篇
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:番匠谷英一、山本有三
出版社:岩波書店
ページ数:300

おすすめ度:★★★★




表題作である『花』や『死人に口なし』などを含む全九篇を収めたシュニッツラーの短編集がこの『花・死人に口なし 他7篇』である。
収録作品の大半がシュニッツラーの作風を非常によく伝えるものであるうえに、一つ一つの作品を取り上げてもたいへん読み応えがあるため、『シュニッツラー傑作選』と名付けてもよいほどの一冊だと思う。
シュニッツラーを知る人も知らない人も楽しめる作品集として、幅広い読者層にお勧めしたい。

本書の収録作品の内訳は、『花』、『わかれ』、『死人に口なし』、『盲目のジェロニモとその兄』、『アンドレーアス・タマイアーの最後の手紙』、『ギリシャの踊り子』、『新しい歌』、『レデゴンダの日記』、『情婦殺し』となっている。
たいていはきわめてシュニッツラーらしい作品、すなわちねじれを帯びた男女の恋愛関係をテーマにしたものとなっているが、『花』のように幻想性を加味されているものや、『盲目のジェロニモとその兄』のように別種の愛憎を扱ったものもあり、読者はそれぞれの作品を個別に楽しむだけではなく、同時に分析欲や知的好奇心をも強くくすぐられることだろう。

本書の収録作品のうち、『花』と『ギリシャの踊り子』にいたっては、かつては個別に岩波文庫の表題となっていた作品である。
そういう意味では、本書『花・死人に口なし 他7篇』において以前は二冊だったものが一冊にまとめられたわけで、たいへんお得な一冊であるとも言えるはずだ。
中には訳文を多少古めかしく感じられる読者もいるかもしれないが、たいていの読者はそれほど気になることもないように思う。

シュニッツラーの描く巧みな心理世界は、登場人物にも作品にも見事な息吹を与えている。
そしてその特徴が顕著に表れているのが本書であろう。
これまでシュニッツラーにさほど関心がなかった方も、この『花・死人に口なし 他7篇』から始めてみてはいかがだろうか。

『輪舞』 シュニッツラー(岩波文庫)

輪舞 (岩波文庫)輪舞 (岩波文庫)

書名:輪舞
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:中村 政雄
出版社:岩波書店
ページ数:128

おすすめ度:★★★★




小説家としてのみならず、一流の戯曲作家としても活躍していたシュニッツラーの代表的な戯曲の一つがこの『輪舞』である。
19世紀末のウィーンを生きたシュニッツラーの作品は、どことなく物悲しい雰囲気を帯びていることが多いが、一見喜劇的な作品であるこの『輪舞』にも、その背面からは哀愁の趣がにじみ出てきているように感じられる。
作家活動において男女関係をテーマとして選び続けてきたシュニッツラーらしい作品なので、シュニッツラーに興味のある方にはぜひ一読をお勧めしたい。

『輪舞』の登場人物の幅は広い。
それでいて、すべての登場人物が見事な調和を保ちながら一つの戯曲を織り成している。
明確な主人公もいなければ、誰が脇役というわけでもない。
『輪舞』の最大の特徴は、おそらくはその構成にあるのだろう。
それだけ技巧的・人工的な観が強い作品であるといえるが、その反面、さほど長い作品ではないにもかかわらず、読者の印象に残りやすい戯曲であるともいえるはずだ。

Amazonでは表紙の画像が掲載されていないようだが、岩波文庫の『輪舞』の表紙にはクリムトの『接吻』が用いられている。
同時代のウィーンで活躍したクリムトの代表作、しかもそのテーマが見事に重複しているとあって、なかなか優れた選択であると感心したのは私だけではないのではなかろうか。
現在『輪舞』の新品はほとんど出回っていないようだが、もし中古品にカバーが付けられておらず、『接吻』なしの『輪舞』を読むことになるとすれば、少々残念なことである。

『輪舞』は、不道徳な作品として裁判沙汰にまでなったという、文学史上における数ある問題作の一つでもある。
難解さはまったく感じられず、たいへん読みやすい作品なので、ぜひ気軽に手にしていただければと思う。

『カサノヴァの帰還』 シュニッツラー(集英社)

カサノヴァの帰還カサノヴァの帰還

書名:カサノヴァの帰還
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:金井 英一、小林 俊明
出版社:集英社
ページ数:237

おすすめ度:★★★★★




主に戯曲や短編・中篇作品によって知られるシュニッツラーの長編作品の一つがこの『カサノヴァの帰還』だ。
伝説の放蕩児であるカサノヴァを主人公に迎えた本作は、読者が自ずとあらすじに引き付けられてしまう作品に仕上がっている。
愛と欲望を描き続けたシュニッツラーが選ぶ主題としては誠にふさわしく、小説としての出来栄えも申し分がないので、幅広い読者層にお勧めしたい一冊だ。

50歳を過ぎ、追放となった故郷ヴェネツィアへの帰還を強く願い始めたカサノヴァ。
ヴェネツィアの元老院から帰郷が許されかけていた頃、その昔にほんの気まぐれから恩を与えた男に会う。
カサノヴァのおかげで結婚できたといっても過言ではないその男は、自分の屋敷にカサノヴァをしつこく招待し、断りきれずにカサノヴァもそれを受けることに。
その館で、カサノヴァはまた魅力的な女性に出会ってしまったものだから・・・。
『カサノヴァの帰還』を読み始める前に、読者はカサノヴァという有名な主人公に対して何らかのイメージを持っているはずで、それだけすんなりと作品世界に入り込めるに違いない。
カサノヴァの帰還 (ちくま文庫)カサノヴァの帰還 (ちくま文庫)

『カサノヴァの帰還』はちくま文庫からも出されているようだ。
表紙も同じなら訳者も一緒で、内容としてはまったく同じものなのだろう。
ただ、集英社の単行本のほうには妖艶な雰囲気を強める上で大いに効果のある挿絵が複数挿入されていたが、もし文庫本のほうにそれがないとしたら、少々惜しいと言わざるをえない。

この『カサノヴァの帰還』がそれほど知名度の高い作品であるとは思えないが、主人公のインパクト性の強さもあり、読者はみなストーリーテラーとしてのシュニッツラーの腕前に引き込まれること疑いなしだ。
シュニッツラーのファンの方はもちろん、シュニッツラーを初めて読まれる方にもお勧めしたい、そんな作品だ。

『ベルタ・ガルラン夫人』 シュニッツラー(岩波文庫)

ベルタ・ガルラン夫人 (岩波文庫)ベルタ・ガルラン夫人 (岩波文庫)

書名:ベルタ・ガルラン夫人
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:伊藤 武雄
出版社:岩波書店
ページ数:218

おすすめ度:★★★★




シュニッツラーの長編作品の一つ、『ベルタ・ガルラン夫人』。
愛と欲望という、シュニッツラーらしいいつもながらのテーマが選ばれていて、主題が作家のお手の物であるからか、作品としてのまとまりには文句のつけようがない。
シュニッツラーの代表作というわけではないようだが、非常に読み応えのある作品なので、シュニッツラーに関心のある方にはたいへんお勧めだ。

オーストリアの片田舎に暮らす未亡人、ベルタ・ガルラン夫人。
夫の死後、生計を支えるためにピアノの教師をして静かな日々を送っているが、毎日が無味乾燥に感じられて仕方がない。
若い頃に仲のよかった青年はというと、世界的に活躍するヴァイオリニストになっている。
ベルタはそんな彼に手紙を書いてみようと思い立つのだったが・・・。
シュニッツラーの細やかな心理描写は本作においても見事に発揮されていて、読者をベルタの心へと強く引き付けることは間違いないだろう。

『ベルタ・ガルラン夫人』には、タイトルの類似だけではなく、その内容に照らし合わせてみても、どこかフローベールの『ボヴァリー夫人』を思い起こさせるものがある。
当然ながら両作品のあらすじには似ているところとそうでないところがあるわけで、『ベルタ・ガルラン夫人』と『ボヴァリー夫人』とを読み比べてみるのも面白いはずだ。

岩波文庫に名を連ねる隠れた名作によくあることだが、『ベルタ・ガルラン夫人』も仮名遣いは古いままとなっており、中にはそれに抵抗を感じられる方もいるかもしれない。
さらに、『ベルタ・ガルラン夫人』はさほど再版が重ねられていないようなので、流通量自体がきわめて少ない貴重な本の一つであることも事実だろう。
多少の読みにくさ、入手のしにくさを加味しても、なおかつお勧めしたい作品だ。
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