『ベーオウルフ―中世イギリス英雄叙事詩』 (岩波文庫)

ベーオウルフ―中世イギリス英雄叙事詩 (岩波文庫)ベーオウルフ―中世イギリス英雄叙事詩 (岩波文庫)

書名:ベーオウルフ―中世イギリス英雄叙事詩
著者:作者不詳
訳者:忍足 欣四郎
出版社:岩波書店
ページ数:343

おすすめ度:★★★★




イギリス文学の原点ともいうべき作品の一つがこの『ベーオウルフ』である。
「中世イギリス英雄叙事詩」という副題が示すとおり、ベーオウルフという英雄をテーマにした叙事詩という形式を取っており、その点ではヨーロッパの他の国々における文学の黎明期の作品と同系列のものと言えるかもしれない。

勇士として名高いベーオウルフが、怪物の出現に悩まされていたデンマーク王の元へとやってくる。
そこへ予期していたとおりに怪物が現れ、ベーオウルフは勇猛果敢にも怪物に立ち向かっていくのだったが・・・。
『ベーオウルフ』のあらすじ自体はさほど複雑ではないのだが、古めかしい原文に沿わせた結果、訳文が少々凝ったものとなっているため、中には難しい文章だと感じられる読者もいるかもしれない。
しかし、この岩波文庫版にはしっかりとあらすじが載せられているから内容が把握できないということはないだろうし、むしろその訳文のおかげで中世文学の雰囲気を感じ取ることが可能となっていると言えるのではなかろうか。
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『ベーオウルフ』は、数年前に右に示した『ベオウルフ/呪われし勇者』というハリウッド映画が公開されたことでも注目を浴びていた。
配役もなかなか豪華なものであったし、CGを多用したその視覚効果にもだいぶこだわりを感じさせる作品なので、『ベーオウルフ』の読者であればこちらもぜひ一度ご覧いただければと思う。
原作との相違が少なくないというのもあり、映画と原作の両方を知っていたほうがいっそう深く楽しめるに違いない。

力強く、なおかつ華麗な文学作品である『ベーオウルフ』。
騎士道物語のルーツに興味のある方にはたいへんお勧めの作品だ。
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『オシァン――ケルト民族の古歌』 (岩波文庫)

オシァン――ケルト民族の古歌 (岩波文庫)オシァン――ケルト民族の古歌 (岩波文庫)

書名:オシァン――ケルト民族の古歌
著者:作者不詳
訳者:中村 徳三郎
出版社:岩波書店
ページ数:473

おすすめ度:★★★★★




スコットランドの『イリアス』とでも言うべき、ケルトの英雄たちの勇姿を描いた長編叙事詩がこの『オシァン―ケルト民族の古歌』である。
敏感に自然美を感じ取る心によって、数々の王や勇者たちが見事に歌い上げられているため、『オシァン』がホメロスと比べられることに納得できる読者が大半なのではなかろうか。
多くの戦い、そして死を扱った『オシァン』には、どこか甘く優しい哀愁さえ漂っていて、ホメロスにはない独特の味わいも秘めているのが特徴だ。

18世紀に西欧各国に紹介されてからというもの、『オシァン』が文化人へ及ぼした影響力は非常に大きいものがあった。
多くの作家はもちろん、音楽家や画家も『オシァン』を汲めども尽きぬインスピレーションの源として用いている。
そんな中、『オシァン』を題材にした絵画として最も知られているのは、おそらく右に挙げたアングルの『オシァンの夢』ではなかろうか。
さすがはアングルだけあって、『オシァン』の世界を端的に描いたものとしてたいへん出来がいいのは言うまでもない。
この絵に興味を持たれた方は、ぜひ『オシァン』を手にしていただければと思う。

とりあえず「作者不詳」に分類しておいたが、『オシァン』にはその成立過程に関して長い長い論争の歴史がある。
確かに『オシァン』のルーツをたどるのも大いに興味深いことではあろうが、あまり詮索しすぎてはかえって作品自体の面白さを損なうことにもなりかねない。
まずは作品世界を楽しむことだけを念頭に置いて、素直な気持ちで一読されることをお勧めしたい作品だ。

『ロランの歌』 (岩波文庫)

ロランの歌 (岩波文庫 赤 501-1)ロランの歌 (岩波文庫 赤 501-1)

書名:ロランの歌
著者:作者不詳
訳者:有永 弘人
出版社:岩波書店
ページ数:291

おすすめ度:★★★★★




武勲詩というジャンルの中では最も有名かつ重要な位置を占める作品がこの『ロランの歌』である。
ドン・キホーテが読み過ぎていた荒唐無稽な騎士道物語とは異なり、かなり現実的・人間的なあらすじからできているのが特徴だ。
中世フランスの作品ということで成立以降かなりの年月が経っているが、今日の日本の読者が読んでも十分面白い作品だと思う。

『ロランの歌』は、シャルルマーニュに仕える武勇の誉れ高きロラン伯を主人公とした叙事詩である。
イベリア半島で異教徒たちと戦っていたシャルルマーニュの軍勢が、敵方の降伏を受け入れ、フランスを目指して撤退することに決まる。
そしてそのしんがりを務めることとなったのがロラン伯を中心とする一隊なのだが、彼らは多勢による敵襲に遭い、窮地に陥ってしまう。
ロランは味方を呼び戻すべく合図の角笛を吹くよう勧められるのだが・・・。
ロランの活躍を歌い上げる武勲詩だけあり、他にもインパクトの強い登場人物が数名いるにもかかわらず、『ロランの歌』におけるロランの存在感は圧倒的なものがある。
ロランに焦点を当てて読んでいくだけでもかなり楽しめるに違いない。

欧米で、特にフランスでは非常に有名であるはずなのに、『ロランの歌』を題材にした絵画作品はそれほど多くないのではなかろうか。
右は『ロランの歌』の名場面の一つを描いた銅版画で、主人公であるロランと彼の名剣、そして角笛という、『ロランの歌』のエッセンスを凝縮したかのような見事な一枚となっている。
『ロランの歌』を読み終えた後で眺めると、いわく言い難い味わいのある絵に感じられることだろう。

『ロランの歌』を読まれた方には、スペインの武勲詩である『エル・シードの歌』もお勧めだ。
日本で紹介されているヨーロッパの中世文学はさほど作品数が多いとはいえないが、それだけ珠玉の作品が伝わってきているということなのかもしれない。
いずれにしても、『ロランの歌』は自信を持ってお勧めできる作品だ。

『トリスタン・イズー物語』 (岩波文庫)

トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)

書名:トリスタン・イズー物語
著者:作者不詳
訳者:佐藤 輝夫
出版社:岩波書店
ページ数:303

おすすめ度:★★★★




ケルトの伝説を元に、中世フランスでまとめられた恋愛物語である『トリスタン・イズー物語』。
岩波文庫版は、中世に成立した原本そのものを直接翻訳したわけではないらしいが、それだけ一般の読者が読んでも楽しめる内容になっていると思う。
トリスタンとイズーもしくはイゾルデという名前は日本でもよく知られているだろうし、文章自体も読みやすく訳されているので、幅広い読者にお勧めできる一冊だ。

叔父でもある自らの主君の将来の妻イズーを連れ帰る途中、イズーと激しい恋に落ちてしまった騎士トリスタン。
王とトリスタン、イズーの三人はどういう結末を迎えるのか・・・。
後世の編集のおかげなのかもしれないが、単にあらすじが大雑把に述べられているだけではなく、中世の作品とは思えないほどその経過もよくできているのが『トリスタン・イズー物語』なので、作品としての読み応えに関してはいい意味で読者の期待を裏切るのではなかろうか。
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悲恋を扱った『トリスタン・イズー物語』は、劇作としてもたいへん扱いやすい題材なのだろう。
ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の元となったことはよく知られているし、日本でもかつて宝塚で上演されていたような気がする。
そして右は何年か前に作成されたハリウッド映画の『トリスタンとイゾルデ』。
時代設定が古く、作品世界の雰囲気をつかみづらい『トリスタン・イズー物語』のイメージを把握するのに適しているように思う。

『トリスタン・イズー物語』の主人公を務めるだけではなく、アーサー王物語との関連においても、トリスタンという騎士の存在は重要な地位を占めている。
ロミオとジュリエット』をはじめ、後の文学作品への影響が指摘されている『トリスタン・イズー物語』、ヨーロッパの文学に関心のある方はぜひ読んでみていただきたいと思う。

『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 (岩波文庫)

ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら (岩波文庫)ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら (岩波文庫)

書名:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら
著者:作者不詳
訳者:阿部 謹也
出版社:岩波書店
ページ数:452

おすすめ度:★★★★




中世ドイツ文学が誇る風刺作品がこの『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』である。
数々のいたずらが綿々と綴られている作品なのだが、意外と読者を飽きさせることがないのが不思議なところだ。
日本ではあまり知られていない作品であるように思うが、何しろ肩肘張らずに気楽に読めるので、軽い気持ちで手にしていただければと思う。
読者は皆、破天荒ないたずら者であるティル・オイレンシュピーゲルの活躍にほくそ笑まれること疑いなしだ。

本作の主人公であるティル・オイレンシュピーゲルは、いろいろな職業を器用にこなしつつ各地を放浪する無頼漢である。
相手構わずあまりにも馬鹿げた、そして概ね非常に下品ないたずらを繰り広げ続けるティルだが、なぜか読者は彼を憎むことができないのではなかろうか。
権力に対する反抗精神を容易に読み取ることができる点が、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』が何世紀にもわたって読み継がれている一因なのかもしれない。

ティルの行う低俗ないたずらには、どことなく発想が子供っぽいところがあり、人間臭さの強い中世の雰囲気がにじみ出ている。
お世辞にも洗練されているとは言えないが、粗野で露骨な作風に一抹の人間味を感じるのは私だけではないはずだ。
ティル・オイレンシュピーゲルが実在したかどうかは別問題としても、作品世界で彼が力強く息づいているのは事実だろう。

『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』は明確な一本のストーリーに貫かれた作品ではなく、各々のエピソードの配列の仕方には異論を唱えている研究者もいるほどで、個々のエピソードはさほど読者の記憶には残らないかもしれない。
しかし、最低でも『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』が面白い読み物であるという印象だけは長く記憶に焼き付けられるに違いない。
少々堅苦しい文学作品に疲れたときの息抜きに読む本としてもお勧めしたい。

『狐物語』 (岩波文庫)

狐物語 (岩波文庫)狐物語 (岩波文庫)

書名:狐物語
著者:作者不詳
訳者:鈴木覚、福本直之、原野昇
出版社:岩波書店
ページ数:345

おすすめ度:★★★★




中世フランスに端を発し、ヨーロッパ中で読まれるに至った作品である『狐物語』。
複数の作者によって徐々に書き足されていったものであるため、全体としての統一感や整合性には欠けるが、各々のエピソードの面白さがその不足を補って余りあることだろう。
随所に社会風刺も見受けられ、単なる滑稽な馬鹿話を集めた作品に止まらないというのも『狐物語』に箔を付けているのかもしれない。

『狐物語』は、何とかして他者を欺いてやろうとばかり考えている悪賢い狐、ルナールが主人公だ。
ルナールが鶏や烏との知恵比べをしたり、ライオンを王に頂く宮廷に出向いたりと、狐以外にも数多くの動物たちが登場し、ルナールに悪だくみをさせる舞台を用意してくれる。
その中でも特にルナールと狼イザングランとのやり取りは見もので、散々にだまされたイザングランがどのような決着をつけるのか、読者の興味を引き付けるに違いない。
狐物語狐物語

岩波文庫版の『狐物語』は、現存するすべてのエピソードのおよそ三分の一を収録した抄訳版となっている。
少しでも多くのエピソードを読まれたい方には右の『狐物語』がいいのではなかろうか。
岩波文庫版と同じ三名の訳者による単行本で、文庫本に収められていない話も収録されている。
とはいえ、明確な決定版の存在しない『狐物語』の場合、抄訳であることによる物足りなさを感じることがそれだけ少ないため、専門家以外の一般の読者が読む分には手頃な文庫本で十分な気もする。

岩波文庫版の『狐物語』は、何箇所か話の合間にコラムを挿入して中世の読書・出版事情に関して読者の理解を助けてくれる。
訳注はもちろん、挿絵も挿入されているのでたいへん読みやすい。
ユーモアや風刺に富んだ『狐物語』、読書家の方にもそうでない方にもお勧めできる一冊だ。

『ニーベルンゲンの歌』 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

書名:ニーベルンゲンの歌
著者:作者不詳
訳者:相良 守峯
出版社:岩波書店
ページ数:316(前)、353(後)

おすすめ度:★★★★★




12世紀頃に成立したといわれるドイツの一大英雄叙事詩がこの『ニーベルンゲンの歌』である。
ドイツの『イリアス』との異名を取るほどの作品で、ゲルマン的な力強さにあふれた作品となっている。
あらすじに多少入り組んだところがないでもないが、予備知識なしでも十分楽しめる作品なので、幅広い読者層にお勧めできる作品だ。

豪勇で知られたネーデルラント国の王子ジークフリートは、美しき姫君として名高いブルグント国のクリームヒルトに結婚を申し込みに赴いた。
ちょうどそのとき、クリームヒルトの兄であるブルグント国王も、自らとの闘いに勝てた相手となら結婚するという武勇に秀でた女傑に求婚しており・・・。
個性と躍動感に富んだ登場人物によって展開される物語はたいへん読み応えがあり、成立時期を考え合わせれば、文学作品としての完成度はきわめて高いと言えるだろう。
ニーベルンゲンの歌 前編 (ちくま文庫)ニーベルンゲンの歌 前編 (ちくま文庫)ニーベルンゲンの歌 後編 (ちくま文庫)ニーベルンゲンの歌 後編 (ちくま文庫)

『ニーベルンゲンの歌』は近年ちくま文庫からも刊行されたようだ。
実際に読み比べたわけではないので確かなことは言えないが、訳文の新しさに読みやすさを感じる方もいるかもしれない。
そうはいっても、『ニーベルンゲンの歌』のような成立年代の古い作品の場合、少し古めかしい訳文の方がどことなく味わいが感じられるというのもまた事実であるように思う。

ドイツには観光名所となっている街道が点在するが、その中の一つにニーベルンゲン街道というのがある。
『ニーベルンゲンの歌』にちなんで名付けられたその街道を、『ニーベルンゲンの歌』を片手に辿ることができればそれに勝る喜びはないのではなかろうか。
とはいえ、どのような環境で読もうと『ニーベルンゲンの歌』の備える迫力は常に読者を魅了するに違いない。
ドイツ文学の出発点とも言うべき『ニーベルンゲンの歌』、欧米文学に関心のある方であればぜひ一読いただきたい作品だ。

『エル・シードの歌』 (岩波文庫)

エル・シードの歌 (岩波文庫)エル・シードの歌 (岩波文庫)

書名:エル・シードの歌
著者:作者不詳
訳者:長南 実
出版社:岩波書店
ページ数:459

おすすめ度:★★★★




スペイン文学の出発点に位置する武勲詩が、この『エル・シードの歌』である。
エル・シードは歴史上の実在の人物で、武勲詩において多少の脚色が施されていることは否定できないが、それでも『エル・シードの歌』は概ね史実を元にした、かなりリアリティに富んだ作品であると言えるように思う。
スペイン人たちとイスラム勢との戦いを眼前に見ているかのような迫力ある描写も、大いに読者を楽しませてくれることだろう。

陰謀によって王の不興を被ったエル・シードは、故郷から追放の身となってしまう。
しかしエル・シードは部下を引き連れイスラム勢との戦いを続け、破竹の勢いでバレンシアにまで迫り・・・。
扱う事件の性質からして、『エル・シードの歌』は血なまぐさい作品にもなりかねないが、主人公であるエル・シードの発揮する騎士道精神のおかげでどこか心地よいものを感じさせられるため、読後の印象が悪いということはないはずだ。

岩波文庫版の表紙のように、エル・シードは生まれ故郷に程近いブルゴスの町の広場に今も騎馬像がある。
日本であまり多くは紹介されていないスペイン文学であるが、レコンキスタ時代の遺産を数多く遺すスペインを旅行される方には、『ドン・キホーテ』はもちろん、この『エル・シードの歌』をも一読されることをお勧めしたい。
熾烈な戦闘を支えた騎士たちの生き様を心に焼き付けておけば、スペインならではの荒涼とした平野にさえ、違った景色が見えてくることだろう。

英雄を主人公にした物語は、描かれている出来事のダイナミックさが一つの魅力であろう。
そしてこの『エル・シードの歌』は、その雄渾さにおいて必ずや読者を満足させるに違いない躍動感を備えているし、『忠臣蔵』にも通ずるような主君への忠義立ての美しさも描かれている。
後半部分からはやや失速したような印象を受けてしまうが、それでもなお、個人的にはたいへんお勧めの作品だ。

『エッダ グレティルのサガ』 (ちくま文庫)

中世文学集〈3〉エッダ;グレティルのサガ (ちくま文庫)中世文学集〈3〉エッダ;グレティルのサガ (ちくま文庫)

書名:エッダ グレティルのサガ
著者:作者不詳
訳者:松谷 健二
出版社:筑摩書房
ページ数:377

おすすめ度:★★★★




ちくま文庫の中世文学集の一冊である『エッダ グレティルのサガ』。
北欧神話の集成である『エッダ』と、数あるサガの中でも代表的なサガであるとされる『グレティルのサガ』を併録しているという点だけではなく、文庫版であるという手軽さもあるので、幅広い読者層にお勧めできる一冊となっている。

『エッダ』に見られる北欧神話の世界においても、ギリシア神話に似て、きわめて人間的な神々が描かれている。
遠く離れた異国の神話であるにもかかわらず、『エッダ』に登場するオーディン、トール、ロキなどは、ハリウッド映画の『マイティ・ソー』のおかげもあって、今日の日本でもだいぶおなじみのキャラクターとなっているのではなかろうか。
ただ、本書の『エッダ』は全体の半分程度を訳出した抄訳なので、物足りなさを感じる読者もおられるかもしれない。

『グレティルのサガ』のほうはというと、『エッダ』と比べてリアリティの度合いに大きな差があるのが特徴で、こちらは主人公グレティルの生涯を描き出した英雄物語である。
人名の重複や耳慣れない地名などが頻繁に現れることが少々混乱を招きかねないが、自らの武勇だけを頼みに生きているグレティルの豪傑ぶりは、誰もが読んでいて痛快さを覚えることだろう。
登場人物の細かい心理描写などはもちろんないが、その成立時代を思えば、非常に完成度の高い作品であると感じさせられる。

アイスランドやノルウェーの文学作品は決して豊富に紹介されているわけではないが、それだからこそ、北欧ならではの雰囲気を味わうことのできる『エッダ グレティルのサガ』は貴重であるといえる。
『エッダ グレティルのサガ』を北欧文学への入門書として手にした方が後悔することはまれであるはずだ。

『カレワラ―フィンランド国民的叙事詩』 (講談社学術文庫)

カレワラ―フィンランド国民的叙事詩 (上) (講談社学術文庫 (612))カレワラ―フィンランド国民的叙事詩 (上) (講談社学術文庫 (612))カレワラ―フィンランド国民的叙事詩 (下) (講談社学術文庫 (613))カレワラ―フィンランド国民的叙事詩 (下) (講談社学術文庫 (613))

書名:カレワラ―フィンランド国民的叙事詩
著者:作者不詳
訳者:森本 覚丹
出版社:講談社
ページ数:469(上)、476(下)

おすすめ度:★★★☆☆




フィンランド国民の間でもっぱら口伝えにより語り継がれていた民間伝承を編纂して完成した一大叙事詩がこの『カレワラ』である。
原作に備わったリズムや音感を味わうことができないのは詩の翻訳の常であるが、古くからのフィンランド人の精神生活に触れることができるという意味では貴重な作品であるといえる。

『カレワラ』には魔法使いや魔女、巨人や巨大な生物などが登場する。
作中において主人公級の活躍を見せるワイナモイネンも様々な術を操り、それが『カレワラ』の主旋律を成している。
しかし、そのワイナモイネンは白髪の老人なので、年寄りであることを理由に結婚を断られたりと、あまり英雄らしからぬ一面も持っていて、どこか微笑ましいところもる。
『カレワラ』は超自然的な現象が数多く語られてはいるものの、登場人物たちの言動は概して人間的・実際的であるようだ。
カレワラ 上―フィンランド叙事詩 (岩波文庫 赤 745-1)カレワラ 上―フィンランド叙事詩 (岩波文庫 赤 745-1)カレワラ 下―フィンランド叙事詩 (岩波文庫 赤 745-2)カレワラ 下―フィンランド叙事詩 (岩波文庫 赤 745-2)

右に示すように、『カレワラ』は岩波文庫からも出版されている。
講談社学術文庫の森本訳は、本邦初の『カレワラ』全訳ということで記念すべき訳業なのだが、単純に文章の読みやすさだけを比較するなら、岩波文庫版のほうが読みやすいかもしれない。
出版年だけを見ると岩波文庫版のほうが古いようにも見えるが、森本訳が文庫化された年月が1983年というだけのことで、実際に訳出された年代は岩波文庫のほうが新しいので、なるべく新しい翻訳で読みたいという方には岩波文庫版がお勧めだ。

『カレワラ』を『ベーオウルフ』や『ニーベルンゲンの歌』のような英雄叙事詩と比べると、ストーリーの盛り上がりに欠けるのは事実であるし、『カレワラ』に特有の言い換えを多用するというまわりくどさの存在は否めない。
そうはいっても、民間伝承でここまでの物語が成立したという事実は驚嘆に値するものなので、それだけでも一読の価値があると言えるのではなかろうか。
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