『検察官』 ゴーゴリ(岩波文庫)

検察官 (岩波文庫)検察官 (岩波文庫)
(1961/08/05)
ゴーゴリ

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書名:検察官
著者:ゴーゴリ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:178

おすすめ度:★★★★★




ロシア文学の戯曲のうち、喜劇作品を思い浮かべようと試みた際に、私は寡聞にしてゴーゴリの作品をおいて他をほとんど知らないのだが、ゴーゴリの戯曲の中で最も有名なのがこの『検察官』だ。
喜劇としての出来は申し分なく、強くお勧めしたい作品だ。

無一文の若者が田舎町に流れ着き、さてこれからどうしたものかと考えているうちに、彼を検察官に違いないと信じ込んだ町の人々の歓待が始まり・・・。
人違いを用いた喜劇という意味ではシェイクスピアに通ずるところもあるが、笑いの質は根本的に異なり、官僚社会を痛烈に風刺した作品となっている。
ただの凡人を政府高官と勘違いして接待する男たち、しなを作る女たち、そんな彼らが滑稽であると同時に、目上の人に媚びずには出世を望むことのできない田舎の人々の侘びしさをも感じさせる。

私事で申し訳ないが、旅先のサンクト・ペテルブルクで、私は運よく『検察官』が劇場で上演されるのを見たことがある。
何の気なしにとある劇場の入り口で演目表を見ていると、ロシア語のアルファベットはだいたい読めたので、翌日上演される劇の作者の名前がゴーゴリであると読み取ることができた。
「検察官」の原語なぞもちろん知らないが、それでもきっと演目は『検察官』に違いないと信じてチケットを買い、そしてその期待は裏切られることなく、幸運にも『検察官』にありつくことができたわけである。
当然ながら現代風の演出が施された上演だったが、今日のロシアでも『検察官』が上演されることがあるのだと、本国ではゴーゴリの作品で劇場が満席になるのだとわかって、とてもうれしく感じたものだ。

ゴーゴリは日本ではあまり読まれていないように思うが、他のロシア文学の大家と比べればタッチが軽く非常に読みやすい。
中でもこの『検察官』は戯曲ということもあってすらすら読める上に、ただの喜劇にとどまらない深みがある。
ゴーゴリを知っている人もそうでない人も、必ずや楽しんでいただけるはずの傑作だ。
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『外套・鼻』 ゴーゴリ(岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)外套・鼻 (岩波文庫)
(2006/02/16)
ゴーゴリ

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書名:外套・鼻
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇
出版社:岩波書店
ページ数:143

おすすめ度:★★★★★




『外套・鼻』、ゴーゴリの短編の中で最もよく知られているのがこの二編だ。
どちらも幻想的な雰囲気を帯びていて面白く、よくまとまっている上に読みやすいので、自信を持ってお勧めできる作品である。

『外套』は、とある下級官吏が古くなった外套を新調しようとするという平凡な話が、予想外の展開を見せる物語だ。
下級官吏の不遇を描いているという点では、『検察官』はもちろん、ドストエフスキーの『貧しき人々』にも通ずるところがある。
「我々はみなゴーゴリの「外套」から生まれた」という言葉が当のドストエフスキーに帰せられているわけでもあるし、ロシア文学に興味のある人ならば『外套』は必読だろう。

『鼻』はナンセンスものの傑作で、カフカを好きな人には特にお勧めだ。
一言で言ってしまえば、シャミッソーの『影をなくした男』ならぬ、「鼻をなくした男」の話である。
その主題からも察せられるように、終始コミカルな調子で描かれていて非常に面白い。
それにしても、鼻をテーマにした小説といえば芥川の『鼻』が有名だが、今思い返すことができるものだけでも、ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』やスターンの『トリストラム・シャンディ』など、鼻コンプレックスとでもいうのか、鼻が重要な役割を果たす作品は少なからず存在する。
世界で最も有名な鼻物語を読みながら、文学作品における鼻の役割、ひいては人間の顔における鼻の役割をじっくり考察してみるのも面白いだろう。

この『外套・鼻』を読んでからロシア文学を読み始めるのもいいし、その逆にロシア文学の大作に触れてから『外套・鼻』に戻るのもいいと思う。
いずれにしても、短くて読みやすいにもかかわらず、後世への影響力の大きな作品なのでぜひ読んでみてほしい。

『死せる魂』 ゴーゴリ(岩波文庫)

死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)
(1977/03/16)
ゴーゴリ

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死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)
(1990/02)
N.ゴーゴリ

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死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)
(1977/07/18)
N.ゴーゴリ

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書名:死せる魂
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇、横田 瑞穂
出版社:岩波書店
ページ数:259(上)、228(中)、254(下)

おすすめ度:★★★★★




ゴーゴリの代表作であり、未完の長編作品である『死せる魂』。
ゴーゴリの特徴であるユーモアあふれる筆致の読みやすさは健在だ。
数々の文学全集に収められているだけあって、読者の期待を裏切らない名作である。

『死せる魂』の主人公はペテン師のチチコフという男。
彼はロシア各地を遍歴しながら死んだ農奴の名義を買い集め、それを使って一儲けを企んでいる。
いわば「死せる魂」を買い集めているというわけだ。
中世の悪しき遺産であるような農奴制に対する風刺のようにも読める作品だが、善への意志が人一倍強かったゴーゴリは『死せる魂』を単なる風刺作品に止めるつもりはなかったらしく、後の書かれることのなかった章で主人公の改悛や善への目覚めを描き出そうとしていたらしい。
ゴーゴリは『死せる魂』を書き終えることなく四十台前半でその生涯を閉じたが、同じテーマはドストエフスキーやトルストイなどに受け継がれていくことになるだろう。
そういう意味では、『死せる魂』はロシア文学における一つの偉大な流れの最上流に位置する作品とも言えるはずだ。
ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉
(1991/03/20)
プーシキン、ゴーゴリ 他

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『死せる魂』は『集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉』にも収録されている。
プーシキンやチェーホフの代表作と共に、ゴーゴリの『』と『外套』も収められているが、このシリーズは何しろ一冊が重いのが難点だ。
とはいえ、収録作品のラインナップはまさに豪華の一言に尽きるので、自宅でゆっくり読書する方にはいいかもしれない。

『死せる魂』の読者はみな、作品が未完であることを残念に思わずにはいられないが、『トリストラム・シャンディ』などの未完の大作同様、十分に読む価値を備えている傑作だとも感じるはずだ。
ゴーゴリの集大成とも言うべき『死せる魂』、ぜひ読んでみていただきたい。

『結婚』 ゴーゴリ(群像社)

結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)
(2001/10)
ニコライ・ワシークエヴィチ ゴーゴリ

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書名:結婚
著者:ゴーゴリ
訳者:堀江 新二
出版社:群像社
ページ数:126

おすすめ度:★★★☆☆




検察官』で知られるゴーゴリの、おそらくその次に有名な喜劇作品がこの『結婚』である。
「二幕のまったくありそうにない出来事」と副題が付けられているとおり、数ある戯曲の中でも非常に短い部類の作品だ。
二時間もあれば読み終えることができるため、また、内容にも何ら難しいところがないため、軽い読み物としては悪くないのではなかろうか。

ゴーゴリは『結婚』に様々な立場の人物を登場させている。
求婚をする側、される側、その親戚、結婚を取り持つ側、いろいろな側面から結婚を描き出している。
結婚に踏み切れない男が友人に励まされて花嫁候補の家に赴くと、そこにはすでに何人かの花婿候補がいて、男女の数のまったく釣り合わない奇妙な集団お見合いが始まる・・・。
ひょっとすると、結婚相談所やお見合いパーティーが急増した今日の日本では、また少し違った読まれ方をする作品なのかもしれない。

訳者が解説でも触れていることだが、ゴーゴリは滑稽味のある名前を、その性格を特徴付けるような名前を、登場人物に与えることが多い。
堀江新二氏訳のこの『結婚』においては、登場人物のうちの何人かを、本来は固有名詞である名前を単にカタカナ表記するのではなく、ロシア語の意味を汲んで意訳し、日本語化させることでその滑稽味を読者に伝えている。
このような処置に対する見解は分かれるところだろうが、私としては作者であるゴーゴリの意図に沿った翻訳であるとして歓迎したいと思う。

文字サイズも小さくない上に、解説も含めて全126ページと、きわめてコンパクトなのが特徴の『結婚』。
短くて読みやすい反面、ひねりや深みに欠けているので、物足りなさを感じさせる作品でもある。
ゴーゴリの代表作とは言えないまでも、『検察官』などを読んでゴーゴリに興味の湧いてきた方にはお勧めできる作品だ。

『罪と罰』 ドストエフスキー(岩波文庫)

罪と罰〈上〉 (岩波文庫)罪と罰〈上〉 (岩波文庫)
(1999/11/16)
ドストエフスキー

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罪と罰〈中〉 (岩波文庫)罪と罰〈中〉 (岩波文庫)
(1999/12/16)
ドストエフスキー

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罪と罰〈下〉 (岩波文庫)罪と罰〈下〉 (岩波文庫)
(2000/02/16)
ドストエフスキー

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書名:罪と罰
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:岩波書店
ページ数:414(上)、364(中)、431(下)

おすすめ度:★★★★★




言わずとしれたドストエフスキーの、いや、世界文学の最高傑作の一つである『罪と罰』。
私はドストエフスキーの長編作品で初めて読んだのがこの『罪と罰』なのだが、その時の衝撃を今でも覚えている。
上・中・下の三冊をほんの数日で、まさに震撼しながら読んだものだ。
大学の講義に出ながらも早く再び本を手に取りたくてたまらなかったし、終盤にさしかかると作品が終わってしまうのが惜しい気がして、先を読みたいのか読みたくないのかよくわからない複雑な気持ちになりもした。
『罪と罰』に限ったことではないが、ドストエフスキーの作品はどれも強くお勧めせずにはいられない。

主人公の青年ラスコーリニコフは、身勝手を許容する哲学の下、金貸しの老婆を惨殺し金を奪うという罪を犯す。
しかし、空虚な哲学は彼の良心を眠らせてはくれず、彼は執拗な罪の意識に苛まれ始め・・・。
普通に考えればあまりにも長すぎる台詞も内省も、ドストエフスキーなら不思議とすらすら読めてしまう。
ドストエフスキーの作品には読ませる力がある、だからこそ今でも世界中で読まれ続け、感動を与え続けているのだろう。

カラマーゾフの兄弟』や『悪霊』など、ドストエフスキーにはいくつか傑作長編があるが、そんな中でも特に、登場人物の構図がわかりやすい『罪と罰』は読みやすいほうだ。
長編小説やロシア文学にあまりなじみのない方も、『罪と罰』なら読み通してもらえるものと思う。

ドストエフスキーは難しそうで手を出せないとか、タイトルからしてなんか暗そうとか、単に長すぎるとか、そういう話をよく耳にする。
確かに、万人に受ける作家ではないかもしれない。
しかし、ドストエフスキーを食わず嫌いでいるのはあまりにもったいない。
読者を捕らえて離さないドストエフスキー作品の強烈な引力を、ぜひ感じてみてほしい。

『白痴』 ドストエフスキー(岩波文庫)

白痴〈上〉 (岩波文庫)白痴〈上〉 (岩波文庫)
(1970/01)
ドストエーフスキイ

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白痴〈下〉 (岩波文庫)白痴〈下〉 (岩波文庫)
(1994/03/16)
ドストエーフスキイ

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書名:白痴
著者:ドストエフスキー
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:627(上)、555(下)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの傑作長編、『白痴』。
登場人物のロシア人らしさ、複雑な恋愛模様、善への志向など、きわめてドストエフスキーらしい作品だ。
純真無垢な心の美しさを描ききった文学作品としては、『白痴』は最高峰に位置することだろう。
主題に対する予備知識を必要としないので、それだけ多くの人の心を動かすことができる小説だと思う。

『白痴』の主人公であるムイシュキン公爵は、一切の侮蔑をこめずに言うが、「ばか」である。
具体的にどのように「ばか」なのかは作品で読んでもらうこととして、ここでは私がそんな「ばか」に強い憧れを持っているとだけ述べておくことにしよう。
彼ほど素晴らしい「ばか」には、現実世界はもちろん、小説の世界においてもなかなかお目にかかれるものではないが、ひょっとするとドストエフスキーが愛読していたというディケンズの作品にその原型を見出すことができるかもしれない。

『白痴』の原題は、英語では idiot に相当するロシア語のようで、語感からすると『白痴』は少々行き過ぎらしいが、かといって『イワンのばか』でもあるまいし、ドストエフスキー作『ばか』とするわけにもいかず、『白痴』が定着している。
今日の日本では「白痴」には差別的な意味合いがあるとして使用を避ける傾向があるようだが、ドストエフスキーの『白痴』がもっと読まれていたならば、「白痴」は知能の発達こそ不完全なものの、美しい心を持った人を指す言葉ととらえられていて、差別的とはみなされなかったのではなかろうか。
少なくとも私は『白痴』を読んで以来、「白痴」の語にそういった観念を抱いている。

必ずしも過度ではないはずの正直さえもが「ばか正直」と呼ばれることがある、私たちが暮らしている社会はそういうところだ。
しかし、何を「ばか」とするべきなのか、「ばか」であることは悪いことなのか、真剣に考えさせられる名作がこの『白痴』だ。

『悪霊』 ドストエフスキー(新潮文庫)

悪霊 (上巻) (新潮文庫)悪霊 (上巻) (新潮文庫)
(2004/12)
ドストエフスキー

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悪霊 (下巻) (新潮文庫)悪霊 (下巻) (新潮文庫)
(2004/12)
ドストエフスキー

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書名:悪霊
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:新潮社
ページ数:651(上)、758(下)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキー四大長編の一つに数えられる『悪霊』。
タイトルから察せられるように、決して明るい雰囲気の話ではないが、ドストエフスキーの長編の中では最も政治思想色が濃く、それだけ重厚な作品となっている。
読みやすい本より読み応えのある本を求めている人には非常にお勧めである。

『悪霊』は革命運動家たちの間で実際に起こった殺人事件を元に書かれた作品だが、ドストエフスキーの力量によってオリジナルの事件はほとんど原形をとどめていないといっても過言ではないだろう。
それほどに小説世界が一個の完結したものとして成り立っている。
19世紀といえばロシアのツァーリズムが徐々に瓦解していく世紀でもあるわけだが、水面下で行われる運動に従事する人々を描くことで、作品は終始ミステリアスな雰囲気で満たされているし、血の予感が読者までひしひしと伝わってもくる。
鮮明に描き分けられた特徴的な人物たちが見事に絡まり合う、ドストエフスキーらしい複雑な人間模様は、最後の最後まで読者の興味をそそってやむことがない。
内容が軽薄ではないにもかかわらず読ませる力を備えた本があるとすれば、それはまさしくこの『悪霊』だろう。

『悪霊』は難しいという感想をよく耳にする。
確かに、革命に関する政治思想や当時のロシアの政治状況を踏まえて読めば、小説に描かれた世界の見え方もだいぶ変わってくるはずだ。
そういう意味では、難解な作品であるという判断は間違ってはいない。
でもそれはドストエフスキーの真意を、十分な予備知識もなしに無理に探ろうとするからなのであって、私は『悪霊』に限らず、読者を魅了する力のある文学作品というものは深いことを考えずに読み進めていくだけでもかなり楽しめるように思うのだがいかがだろうか。

内容からするに『罪と罰』ほど一般受けはしないかもしれないが、ストーリー展開や登場人物の造形の巧みさには感心させられるばかり。
罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』と並び、ドストエフスキーの最高傑作と称されることのある『悪霊』、ドストエフスキーを語る上でこれは必読だ。

『カラマーゾフの兄弟』 ドストエフスキー(岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)
(1957/02/05)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫)カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫)
(1957/02/25)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1)カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1)
(1957/06/20)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)
(1957/10/15)
ドストエーフスキイ

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書名:カラマーゾフの兄弟
著者:ドストエフスキー
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:434(一)、351(二)、341(三)、406(四)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの最高傑作との呼び声高き『カラマーゾフの兄弟』。
これまで数多くの文学全集に収録されてきているが、読めば納得の奥深さである。
仮にも欧米文学に興味があると自称する人間ならば、これを読まずに一生を終えるのはあまりにもったいないことだろう。

『カラマーゾフの兄弟』は、それぞれまるで性格の異なる三人の兄弟の関係性がきわめて興味深い作品である。
三人の兄弟は、みなそれぞれまったく異なった目で現実世界をとらえているが、そしてその見方の差異が本作の読みどころの一つにもなっているのだが、彼ら三人の心に共通する底流として、ある種の清さ、誠実さ、真摯さがある。
『カラマーゾフの兄弟』に限ったことではないが、ドストエフスキーの作品にはそういった美しさがあるがゆえに、時代を越えて無数の人々の心の琴線に触れることができるのだと私は思う。
この作品の中では、知的な次男に知性では劣るにせよ、はるかに人間性に富んでいる三男のアリョーシャが特に美しい輝きを放っている。
彼は『カラマーゾフの兄弟』の実質的な主人公であるし、読者の記憶に強く刻み付けられるのも、おそらくは知性の鋭さではなく人間性の豊かさのほうではなかろうか。

『カラマーゾフの兄弟』は、聖書から取られたモチーフが重要な意味を持っていたり、兄弟の一人が無神論者であったりするので、ある程度キリスト教に対する知識があるほうがより深く味わえる作品だと思うが、この岩波版には適切な解説もあるわけだし、絶対に必須というわけではない。
むしろこの小説を通じて聖書について勉強するというのも可能だろうか。
いずれにせよ、テーマの偉大さ、奥深さもさることながら、それを見事に描ききったドストエフスキーの手腕には驚嘆するばかりだ。

出口の見えない深遠なテーマに入り込んでいく登場人物たちに、答えは見つかるのか。
ここまでよくできた名作はそう世にあるものではない。
少々長すぎると思う方もいるかもしれないが、何時間も付き合っていた作品だからこそ、読み終えたときには独特の感動が待っている。
通勤・通学中の電車の中などではなく、一人になれる静かな時間を見つけ、腰をすえてじっくりと、ぜひ熟読してみて欲しい傑作だ。

『未成年』 ドストエフスキー(新潮文庫)

未成年 上巻 改版 (新潮文庫 ト 1-20)未成年 上巻 改版 (新潮文庫 ト 1-20)
(2008/06)
ドストエフスキー

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未成年 下巻 改版 (新潮文庫 ト 1-21)未成年 下巻 改版 (新潮文庫 ト 1-21)
(2008/06)
ドストエフスキー

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書名:未成年
著者:ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:632(上)、633(下)

おすすめ度:★★★★




この『未成年』、ドストエフスキーの長編作品の中では、おそらくあまり読まれていない作品であろうか。
罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など、ドストエフスキーの他の長編作品と比べると、事件というほどの事件は起きないし、テーマの深遠さにも欠けるところがあるが、そうはいってもやはり世界文学の巨匠中の巨匠であるドストエフスキーの描く人間模様は非常に面白い。
ドストエフスキーの魅力を存分に味わうことのできる作品なので、もっと読まれてしかるべき作品だろう。

『未成年』は、若き主人公が込み入った人間関係の中を東奔西走するという物語だ。
カラマーゾフの兄弟』ほどではないにせよ、平板ではない家族関係も読者の興味を喚起する。
そもそも「未成年」という存在は「成年」があってこその概念だが、主人公を取り巻く「成年」たちとのやり取り、特に父とのそれはこの作品の中で強力なアクセントとなっている。
ツルゲーネフの『父と子』と読み比べてみるのもいいと思う。

ドストエフスキーの長編作品は、場面の転換の仕方に独自性がある。
主人公が読者の予想をはぐらかした場所へ赴いたり、どこかへ行こうとしている最中に偶然別の人に出会ったり、意外な人物の訪問を受けたりする。
そうして次第に筋が程よく錯綜していくのだが、その特徴は『未成年』にもよく表れている。
『未成年』には、物語の行く先を左右する一癖も二癖もある女性ももちろん登場するし、焦燥感をあおる筋運びもなされていて、とてもドストエフスキーらしい作品でもある。
インパクトに欠ける作品かもしれないが、退屈になって放り出してしまうこともまたないはずだ。

★は四つにしたが、『未成年』が不出来に思えるという理由での評価ではなく、ドストエフスキーは単に他の長編が素晴らしすぎるというだけのこと。
若干のほころびが見当たらないわけではないが、読む価値は十分にある大作の一つである。

『死の家の記録』 ドストエフスキー(新潮文庫)

死の家の記録 (新潮文庫)死の家の記録 (新潮文庫)
(1973/07)
ドストエフスキー

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書名:死の家の記録
著者:ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:567

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーが実際にシベリアの流刑地、いわゆる「死の家」で送った日々を基に執筆したのがこの『死の家の記録』だ。
タイトルの深刻さやドストエフスキーという大御所の作品だからといって物怖じする必要は一切ないほどに読みやすい作品なので、幅広い読者に受ける作品だと思う。
ロシア史の負の側面を知るとともに、小説家としてのドストエフスキーの最大の転機を読み取ることができる、非常に興味深い作品だ。

シベリアには、通常の意味での犯罪者はもちろん、政治犯や思想犯など、いろいろな人々が流されてきている。
生と死のはざまという過酷な環境の下、各人がどうにかこうにか生き延びていく様は、平穏な日々を送る今日の日本の読者にただならぬ衝撃を与えずにはいないだろう。
極限状態だからこそ見ることのできる究極の人間性、二度とそれが発揮されない世の中になることを祈るばかりだ。
イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)
(1971/08)
アレクサンドル・ソルジェニーツィン

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夜と霧 新版夜と霧 新版
(2002/11/06)
ヴィクトール・E・フランクル

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『死の家の記録』と合わせて読むなら断然ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』がお勧めだ。
こちらはスターリン時代の収容所を舞台にした小説作品で、『死の家の記録』に通ずるところがきわめて多い。
また、フランクルの『夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録』も『死の家の記録』の理解を大いに助けてくれることだろう。
この『夜と霧』は、精神科医をしていたユダヤ人である著者が、自らの実体験を基に強制収容された人々の精神状態に焦点を当てて記した著作で、心理学の予備知識がなくても読めるたいへん興味深い本だ。

『死の家の記録』は決して明るい話ではないものの、恨みにまみれた暗い文章で書かれた作品ではない。
ドストエフスキーはどういう気持ちでこれを書いていたのだろうと考えてしまうほど、不思議と読みやすい作品になっている。
老若男女を問わず読者に強く訴えかける力を持っていると私は確信しているので、この記録文学の傑作をぜひ読んでみていただきたい。
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