『検察官』 ゴーゴリ(岩波文庫)

検察官 (岩波文庫)検察官 (岩波文庫)
(1961/08/05)
ゴーゴリ

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書名:検察官
著者:ゴーゴリ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:178

おすすめ度:★★★★★




ロシア文学の戯曲のうち、喜劇作品を思い浮かべようと試みた際に、私は寡聞にしてゴーゴリの作品をおいて他をほとんど知らないのだが、ゴーゴリの戯曲の中で最も有名なのがこの『検察官』だ。
喜劇としての出来は申し分なく、強くお勧めしたい作品だ。

無一文の若者が田舎町に流れ着き、さてこれからどうしたものかと考えているうちに、彼を検察官に違いないと信じ込んだ町の人々の歓待が始まり・・・。
人違いを用いた喜劇という意味ではシェイクスピアに通ずるところもあるが、笑いの質は根本的に異なり、官僚社会を痛烈に風刺した作品となっている。
ただの凡人を政府高官と勘違いして接待する男たち、しなを作る女たち、そんな彼らが滑稽であると同時に、目上の人に媚びずには出世を望むことのできない田舎の人々の侘びしさをも感じさせる。

私事で申し訳ないが、旅先のサンクト・ペテルブルクで、私は運よく『検察官』が劇場で上演されるのを見たことがある。
何の気なしにとある劇場の入り口で演目表を見ていると、ロシア語のアルファベットはだいたい読めたので、翌日上演される劇の作者の名前がゴーゴリであると読み取ることができた。
「検察官」の原語なぞもちろん知らないが、それでもきっと演目は『検察官』に違いないと信じてチケットを買い、そしてその期待は裏切られることなく、幸運にも『検察官』にありつくことができたわけである。
当然ながら現代風の演出が施された上演だったが、今日のロシアでも『検察官』が上演されることがあるのだと、本国ではゴーゴリの作品で劇場が満席になるのだとわかって、とてもうれしく感じたものだ。

ゴーゴリは日本ではあまり読まれていないように思うが、他のロシア文学の大家と比べればタッチが軽く非常に読みやすい。
中でもこの『検察官』は戯曲ということもあってすらすら読める上に、ただの喜劇にとどまらない深みがある。
ゴーゴリを知っている人もそうでない人も、必ずや楽しんでいただけるはずの傑作だ。
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『外套・鼻』 ゴーゴリ(岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)外套・鼻 (岩波文庫)
(2006/02/16)
ゴーゴリ

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書名:外套・鼻
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇
出版社:岩波書店
ページ数:143

おすすめ度:★★★★★




『外套・鼻』、ゴーゴリの短編の中で最もよく知られているのがこの二編だ。
どちらも幻想的な雰囲気を帯びていて面白く、よくまとまっている上に読みやすいので、自信を持ってお勧めできる作品である。

『外套』は、とある下級官吏が古くなった外套を新調しようとするという平凡な話が、予想外の展開を見せる物語だ。
下級官吏の不遇を描いているという点では、『検察官』はもちろん、ドストエフスキーの『貧しき人々』にも通ずるところがある。
「我々はみなゴーゴリの「外套」から生まれた」という言葉が当のドストエフスキーに帰せられているわけでもあるし、ロシア文学に興味のある人ならば『外套』は必読だろう。

『鼻』はナンセンスものの傑作で、カフカを好きな人には特にお勧めだ。
一言で言ってしまえば、シャミッソーの『影をなくした男』ならぬ、「鼻をなくした男」の話である。
その主題からも察せられるように、終始コミカルな調子で描かれていて非常に面白い。
それにしても、鼻をテーマにした小説といえば芥川の『鼻』が有名だが、今思い返すことができるものだけでも、ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』やスターンの『トリストラム・シャンディ』など、鼻コンプレックスとでもいうのか、鼻が重要な役割を果たす作品は少なからず存在する。
世界で最も有名な鼻物語を読みながら、文学作品における鼻の役割、ひいては人間の顔における鼻の役割をじっくり考察してみるのも面白いだろう。

この『外套・鼻』を読んでからロシア文学を読み始めるのもいいし、その逆にロシア文学の大作に触れてから『外套・鼻』に戻るのもいいと思う。
いずれにしても、短くて読みやすいにもかかわらず、後世への影響力の大きな作品なのでぜひ読んでみてほしい。

『死せる魂』 ゴーゴリ(岩波文庫)

死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)
(1977/03/16)
ゴーゴリ

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死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)
(1990/02)
N.ゴーゴリ

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死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)
(1977/07/18)
N.ゴーゴリ

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書名:死せる魂
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇、横田 瑞穂
出版社:岩波書店
ページ数:259(上)、228(中)、254(下)

おすすめ度:★★★★★




ゴーゴリの代表作であり、未完の長編作品である『死せる魂』。
ゴーゴリの特徴であるユーモアあふれる筆致の読みやすさは健在だ。
数々の文学全集に収められているだけあって、読者の期待を裏切らない名作である。

『死せる魂』の主人公はペテン師のチチコフという男。
彼はロシア各地を遍歴しながら死んだ農奴の名義を買い集め、それを使って一儲けを企んでいる。
いわば「死せる魂」を買い集めているというわけだ。
中世の悪しき遺産であるような農奴制に対する風刺のようにも読める作品だが、善への意志が人一倍強かったゴーゴリは『死せる魂』を単なる風刺作品に止めるつもりはなかったらしく、後の書かれることのなかった章で主人公の改悛や善への目覚めを描き出そうとしていたらしい。
ゴーゴリは『死せる魂』を書き終えることなく四十台前半でその生涯を閉じたが、同じテーマはドストエフスキーやトルストイなどに受け継がれていくことになるだろう。
そういう意味では、『死せる魂』はロシア文学における一つの偉大な流れの最上流に位置する作品とも言えるはずだ。
ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉
(1991/03/20)
プーシキン、ゴーゴリ 他

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『死せる魂』は『集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉』にも収録されている。
プーシキンやチェーホフの代表作と共に、ゴーゴリの『』と『外套』も収められているが、このシリーズは何しろ一冊が重いのが難点だ。
とはいえ、収録作品のラインナップはまさに豪華の一言に尽きるので、自宅でゆっくり読書する方にはいいかもしれない。

『死せる魂』の読者はみな、作品が未完であることを残念に思わずにはいられないが、『トリストラム・シャンディ』などの未完の大作同様、十分に読む価値を備えている傑作だとも感じるはずだ。
ゴーゴリの集大成とも言うべき『死せる魂』、ぜひ読んでみていただきたい。

『結婚』 ゴーゴリ(群像社)

結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)
(2001/10)
ニコライ・ワシークエヴィチ ゴーゴリ

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書名:結婚
著者:ゴーゴリ
訳者:堀江 新二
出版社:群像社
ページ数:126

おすすめ度:★★★☆☆




検察官』で知られるゴーゴリの、おそらくその次に有名な喜劇作品がこの『結婚』である。
「二幕のまったくありそうにない出来事」と副題が付けられているとおり、数ある戯曲の中でも非常に短い部類の作品だ。
二時間もあれば読み終えることができるため、また、内容にも何ら難しいところがないため、軽い読み物としては悪くないのではなかろうか。

ゴーゴリは『結婚』に様々な立場の人物を登場させている。
求婚をする側、される側、その親戚、結婚を取り持つ側、いろいろな側面から結婚を描き出している。
結婚に踏み切れない男が友人に励まされて花嫁候補の家に赴くと、そこにはすでに何人かの花婿候補がいて、男女の数のまったく釣り合わない奇妙な集団お見合いが始まる・・・。
ひょっとすると、結婚相談所やお見合いパーティーが急増した今日の日本では、また少し違った読まれ方をする作品なのかもしれない。

訳者が解説でも触れていることだが、ゴーゴリは滑稽味のある名前を、その性格を特徴付けるような名前を、登場人物に与えることが多い。
堀江新二氏訳のこの『結婚』においては、登場人物のうちの何人かを、本来は固有名詞である名前を単にカタカナ表記するのではなく、ロシア語の意味を汲んで意訳し、日本語化させることでその滑稽味を読者に伝えている。
このような処置に対する見解は分かれるところだろうが、私としては作者であるゴーゴリの意図に沿った翻訳であるとして歓迎したいと思う。

文字サイズも小さくない上に、解説も含めて全126ページと、きわめてコンパクトなのが特徴の『結婚』。
短くて読みやすい反面、ひねりや深みに欠けているので、物足りなさを感じさせる作品でもある。
ゴーゴリの代表作とは言えないまでも、『検察官』などを読んでゴーゴリに興味の湧いてきた方にはお勧めできる作品だ。

『罪と罰』 ドストエフスキー(岩波文庫)

罪と罰〈上〉 (岩波文庫)罪と罰〈上〉 (岩波文庫)
(1999/11/16)
ドストエフスキー

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罪と罰〈中〉 (岩波文庫)罪と罰〈中〉 (岩波文庫)
(1999/12/16)
ドストエフスキー

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罪と罰〈下〉 (岩波文庫)罪と罰〈下〉 (岩波文庫)
(2000/02/16)
ドストエフスキー

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書名:罪と罰
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:岩波書店
ページ数:414(上)、364(中)、431(下)

おすすめ度:★★★★★




言わずとしれたドストエフスキーの、いや、世界文学の最高傑作の一つである『罪と罰』。
私はドストエフスキーの長編作品で初めて読んだのがこの『罪と罰』なのだが、その時の衝撃を今でも覚えている。
上・中・下の三冊をほんの数日で、まさに震撼しながら読んだものだ。
大学の講義に出ながらも早く再び本を手に取りたくてたまらなかったし、終盤にさしかかると作品が終わってしまうのが惜しい気がして、先を読みたいのか読みたくないのかよくわからない複雑な気持ちになりもした。
『罪と罰』に限ったことではないが、ドストエフスキーの作品はどれも強くお勧めせずにはいられない。

主人公の青年ラスコーリニコフは、身勝手を許容する哲学の下、金貸しの老婆を惨殺し金を奪うという罪を犯す。
しかし、空虚な哲学は彼の良心を眠らせてはくれず、彼は執拗な罪の意識に苛まれ始め・・・。
普通に考えればあまりにも長すぎる台詞も内省も、ドストエフスキーなら不思議とすらすら読めてしまう。
ドストエフスキーの作品には読ませる力がある、だからこそ今でも世界中で読まれ続け、感動を与え続けているのだろう。

カラマーゾフの兄弟』や『悪霊』など、ドストエフスキーにはいくつか傑作長編があるが、そんな中でも特に、登場人物の構図がわかりやすい『罪と罰』は読みやすいほうだ。
長編小説やロシア文学にあまりなじみのない方も、『罪と罰』なら読み通してもらえるものと思う。

ドストエフスキーは難しそうで手を出せないとか、タイトルからしてなんか暗そうとか、単に長すぎるとか、そういう話をよく耳にする。
確かに、万人に受ける作家ではないかもしれない。
しかし、ドストエフスキーを食わず嫌いでいるのはあまりにもったいない。
読者を捕らえて離さないドストエフスキー作品の強烈な引力を、ぜひ感じてみてほしい。

『白痴』 ドストエフスキー(岩波文庫)

白痴〈上〉 (岩波文庫)白痴〈上〉 (岩波文庫)
(1970/01)
ドストエーフスキイ

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白痴〈下〉 (岩波文庫)白痴〈下〉 (岩波文庫)
(1994/03/16)
ドストエーフスキイ

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書名:白痴
著者:ドストエフスキー
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:627(上)、555(下)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの傑作長編、『白痴』。
登場人物のロシア人らしさ、複雑な恋愛模様、善への志向など、きわめてドストエフスキーらしい作品だ。
純真無垢な心の美しさを描ききった文学作品としては、『白痴』は最高峰に位置することだろう。
主題に対する予備知識を必要としないので、それだけ多くの人の心を動かすことができる小説だと思う。

『白痴』の主人公であるムイシュキン公爵は、一切の侮蔑をこめずに言うが、「ばか」である。
具体的にどのように「ばか」なのかは作品で読んでもらうこととして、ここでは私がそんな「ばか」に強い憧れを持っているとだけ述べておくことにしよう。
彼ほど素晴らしい「ばか」には、現実世界はもちろん、小説の世界においてもなかなかお目にかかれるものではないが、ひょっとするとドストエフスキーが愛読していたというディケンズの作品にその原型を見出すことができるかもしれない。

『白痴』の原題は、英語では idiot に相当するロシア語のようで、語感からすると『白痴』は少々行き過ぎらしいが、かといって『イワンのばか』でもあるまいし、ドストエフスキー作『ばか』とするわけにもいかず、『白痴』が定着している。
今日の日本では「白痴」には差別的な意味合いがあるとして使用を避ける傾向があるようだが、ドストエフスキーの『白痴』がもっと読まれていたならば、「白痴」は知能の発達こそ不完全なものの、美しい心を持った人を指す言葉ととらえられていて、差別的とはみなされなかったのではなかろうか。
少なくとも私は『白痴』を読んで以来、「白痴」の語にそういった観念を抱いている。

必ずしも過度ではないはずの正直さえもが「ばか正直」と呼ばれることがある、私たちが暮らしている社会はそういうところだ。
しかし、何を「ばか」とするべきなのか、「ばか」であることは悪いことなのか、真剣に考えさせられる名作がこの『白痴』だ。

『悪霊』 ドストエフスキー(新潮文庫)

悪霊 (上巻) (新潮文庫)悪霊 (上巻) (新潮文庫)
(2004/12)
ドストエフスキー

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悪霊 (下巻) (新潮文庫)悪霊 (下巻) (新潮文庫)
(2004/12)
ドストエフスキー

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書名:悪霊
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:新潮社
ページ数:651(上)、758(下)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキー四大長編の一つに数えられる『悪霊』。
タイトルから察せられるように、決して明るい雰囲気の話ではないが、ドストエフスキーの長編の中では最も政治思想色が濃く、それだけ重厚な作品となっている。
読みやすい本より読み応えのある本を求めている人には非常にお勧めである。

『悪霊』は革命運動家たちの間で実際に起こった殺人事件を元に書かれた作品だが、ドストエフスキーの力量によってオリジナルの事件はほとんど原形をとどめていないといっても過言ではないだろう。
それほどに小説世界が一個の完結したものとして成り立っている。
19世紀といえばロシアのツァーリズムが徐々に瓦解していく世紀でもあるわけだが、水面下で行われる運動に従事する人々を描くことで、作品は終始ミステリアスな雰囲気で満たされているし、血の予感が読者までひしひしと伝わってもくる。
鮮明に描き分けられた特徴的な人物たちが見事に絡まり合う、ドストエフスキーらしい複雑な人間模様は、最後の最後まで読者の興味をそそってやむことがない。
内容が軽薄ではないにもかかわらず読ませる力を備えた本があるとすれば、それはまさしくこの『悪霊』だろう。

『悪霊』は難しいという感想をよく耳にする。
確かに、革命に関する政治思想や当時のロシアの政治状況を踏まえて読めば、小説に描かれた世界の見え方もだいぶ変わってくるはずだ。
そういう意味では、難解な作品であるという判断は間違ってはいない。
でもそれはドストエフスキーの真意を、十分な予備知識もなしに無理に探ろうとするからなのであって、私は『悪霊』に限らず、読者を魅了する力のある文学作品というものは深いことを考えずに読み進めていくだけでもかなり楽しめるように思うのだがいかがだろうか。

内容からするに『罪と罰』ほど一般受けはしないかもしれないが、ストーリー展開や登場人物の造形の巧みさには感心させられるばかり。
罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』と並び、ドストエフスキーの最高傑作と称されることのある『悪霊』、ドストエフスキーを語る上でこれは必読だ。

『カラマーゾフの兄弟』 ドストエフスキー(岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)
(1957/02/05)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫)カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫)
(1957/02/25)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1)カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1)
(1957/06/20)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)
(1957/10/15)
ドストエーフスキイ

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書名:カラマーゾフの兄弟
著者:ドストエフスキー
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:434(一)、351(二)、341(三)、406(四)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの最高傑作との呼び声高き『カラマーゾフの兄弟』。
これまで数多くの文学全集に収録されてきているが、読めば納得の奥深さである。
仮にも欧米文学に興味があると自称する人間ならば、これを読まずに一生を終えるのはあまりにもったいないことだろう。

『カラマーゾフの兄弟』は、それぞれまるで性格の異なる三人の兄弟の関係性がきわめて興味深い作品である。
三人の兄弟は、みなそれぞれまったく異なった目で現実世界をとらえているが、そしてその見方の差異が本作の読みどころの一つにもなっているのだが、彼ら三人の心に共通する底流として、ある種の清さ、誠実さ、真摯さがある。
『カラマーゾフの兄弟』に限ったことではないが、ドストエフスキーの作品にはそういった美しさがあるがゆえに、時代を越えて無数の人々の心の琴線に触れることができるのだと私は思う。
この作品の中では、知的な次男に知性では劣るにせよ、はるかに人間性に富んでいる三男のアリョーシャが特に美しい輝きを放っている。
彼は『カラマーゾフの兄弟』の実質的な主人公であるし、読者の記憶に強く刻み付けられるのも、おそらくは知性の鋭さではなく人間性の豊かさのほうではなかろうか。

『カラマーゾフの兄弟』は、聖書から取られたモチーフが重要な意味を持っていたり、兄弟の一人が無神論者であったりするので、ある程度キリスト教に対する知識があるほうがより深く味わえる作品だと思うが、この岩波版には適切な解説もあるわけだし、絶対に必須というわけではない。
むしろこの小説を通じて聖書について勉強するというのも可能だろうか。
いずれにせよ、テーマの偉大さ、奥深さもさることながら、それを見事に描ききったドストエフスキーの手腕には驚嘆するばかりだ。

出口の見えない深遠なテーマに入り込んでいく登場人物たちに、答えは見つかるのか。
ここまでよくできた名作はそう世にあるものではない。
少々長すぎると思う方もいるかもしれないが、何時間も付き合っていた作品だからこそ、読み終えたときには独特の感動が待っている。
通勤・通学中の電車の中などではなく、一人になれる静かな時間を見つけ、腰をすえてじっくりと、ぜひ熟読してみて欲しい傑作だ。

『未成年』 ドストエフスキー(新潮文庫)

未成年 上巻 改版 (新潮文庫 ト 1-20)未成年 上巻 改版 (新潮文庫 ト 1-20)
(2008/06)
ドストエフスキー

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未成年 下巻 改版 (新潮文庫 ト 1-21)未成年 下巻 改版 (新潮文庫 ト 1-21)
(2008/06)
ドストエフスキー

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書名:未成年
著者:ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:632(上)、633(下)

おすすめ度:★★★★




この『未成年』、ドストエフスキーの長編作品の中では、おそらくあまり読まれていない作品であろうか。
罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など、ドストエフスキーの他の長編作品と比べると、事件というほどの事件は起きないし、テーマの深遠さにも欠けるところがあるが、そうはいってもやはり世界文学の巨匠中の巨匠であるドストエフスキーの描く人間模様は非常に面白い。
ドストエフスキーの魅力を存分に味わうことのできる作品なので、もっと読まれてしかるべき作品だろう。

『未成年』は、若き主人公が込み入った人間関係の中を東奔西走するという物語だ。
カラマーゾフの兄弟』ほどではないにせよ、平板ではない家族関係も読者の興味を喚起する。
そもそも「未成年」という存在は「成年」があってこその概念だが、主人公を取り巻く「成年」たちとのやり取り、特に父とのそれはこの作品の中で強力なアクセントとなっている。
ツルゲーネフの『父と子』と読み比べてみるのもいいと思う。

ドストエフスキーの長編作品は、場面の転換の仕方に独自性がある。
主人公が読者の予想をはぐらかした場所へ赴いたり、どこかへ行こうとしている最中に偶然別の人に出会ったり、意外な人物の訪問を受けたりする。
そうして次第に筋が程よく錯綜していくのだが、その特徴は『未成年』にもよく表れている。
『未成年』には、物語の行く先を左右する一癖も二癖もある女性ももちろん登場するし、焦燥感をあおる筋運びもなされていて、とてもドストエフスキーらしい作品でもある。
インパクトに欠ける作品かもしれないが、退屈になって放り出してしまうこともまたないはずだ。

★は四つにしたが、『未成年』が不出来に思えるという理由での評価ではなく、ドストエフスキーは単に他の長編が素晴らしすぎるというだけのこと。
若干のほころびが見当たらないわけではないが、読む価値は十分にある大作の一つである。

『死の家の記録』 ドストエフスキー(新潮文庫)

死の家の記録 (新潮文庫)死の家の記録 (新潮文庫)
(1973/07)
ドストエフスキー

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書名:死の家の記録
著者:ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:567

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーが実際にシベリアの流刑地、いわゆる「死の家」で送った日々を基に執筆したのがこの『死の家の記録』だ。
タイトルの深刻さやドストエフスキーという大御所の作品だからといって物怖じする必要は一切ないほどに読みやすい作品なので、幅広い読者に受ける作品だと思う。
ロシア史の負の側面を知るとともに、小説家としてのドストエフスキーの最大の転機を読み取ることができる、非常に興味深い作品だ。

シベリアには、通常の意味での犯罪者はもちろん、政治犯や思想犯など、いろいろな人々が流されてきている。
生と死のはざまという過酷な環境の下、各人がどうにかこうにか生き延びていく様は、平穏な日々を送る今日の日本の読者にただならぬ衝撃を与えずにはいないだろう。
極限状態だからこそ見ることのできる究極の人間性、二度とそれが発揮されない世の中になることを祈るばかりだ。
イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)
(1971/08)
アレクサンドル・ソルジェニーツィン

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夜と霧 新版夜と霧 新版
(2002/11/06)
ヴィクトール・E・フランクル

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『死の家の記録』と合わせて読むなら断然ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』がお勧めだ。
こちらはスターリン時代の収容所を舞台にした小説作品で、『死の家の記録』に通ずるところがきわめて多い。
また、フランクルの『夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録』も『死の家の記録』の理解を大いに助けてくれることだろう。
この『夜と霧』は、精神科医をしていたユダヤ人である著者が、自らの実体験を基に強制収容された人々の精神状態に焦点を当てて記した著作で、心理学の予備知識がなくても読めるたいへん興味深い本だ。

『死の家の記録』は決して明るい話ではないものの、恨みにまみれた暗い文章で書かれた作品ではない。
ドストエフスキーはどういう気持ちでこれを書いていたのだろうと考えてしまうほど、不思議と読みやすい作品になっている。
老若男女を問わず読者に強く訴えかける力を持っていると私は確信しているので、この記録文学の傑作をぜひ読んでみていただきたい。

『貧しき人びと』 ドストエフスキー(新潮文庫)

貧しき人びと (新潮文庫)貧しき人びと (新潮文庫)
(1969/06)
ドストエフスキー

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書名:貧しき人びと
著者:ドストエフスキー
訳者:木村 浩
出版社:新潮社
ページ数:260

おすすめ度:★★★★




ドストエフスキーの処女作にして、批評家に著者はゴーゴリの再来であると言わしめた作品がこの『貧しき人びと』だ。
晩年の長編作品と比べると質・量ともにお手軽な感じではあるが、それがかえって読みやすいという長所なのかもしれない。
知名度はそれほど高くないが、ドストエフスキーを読むのに『貧しき人びと』から始めてみるのもいいだろう。

『貧しき人びと』は、貧しい男女の間でやり取りされた手紙を連ねるという、いわゆる書簡体で書かれている。
貧しいながらも親密な対話を続けていた二人だが、そんな二人にもいつしか関係性が劇的に変わる日がやってくる・・・。
読者の共感を呼ばずにはいない貧しい人々、特に下級官吏の不遇を温かく見守るような同情的な文体で描いたところが、ドストエフスキーが『外套』で知られるゴーゴリの再来と呼ばれた最大の所以であろう。

書簡体は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』やラクロの『危険な関係』という傑作を生み出した形式だが、これらはいずれも18世紀の作品であるし、同時期の書簡体小説の傑作がなかなか思い浮かばないので、ドストエフスキーが『貧しき人びと』を書いていた時点で必ずしも流行の形式だったわけではないはずだ。
このようなスタイルの古めかしさに抵抗を感じる読者もいることだろうが、書簡体にはいいところもあれば悪いところもある。
それを感じながら読み進めることができるというだけでも、書簡体小説に手を出す価値はあるのではあるまいか。
若きウェルテルの悩み』や『危険な関係』よりは『貧しき人びと』のほうが読みやすいので、『貧しき人びと』は書簡体初心者にもお勧めできる。

カラマーゾフの兄弟』を最後にその生涯を閉じたドストエフスキー、彼の作風はシベリア流刑という契機の前後で随分異なると言われているが、その最初期の作品が『貧しき人びと』であり、ドストエフスキーを考えるうえでこれははずせない。
ドストエフスキーの処女作というだけでもおのずと興味の湧いてくる方も多いことだろうが、ドストエフスキーの小説の中で気楽に読める上に感動的な作品といえばこの『貧しき人びと』だと思う。
文豪の作品だからという気後れは無用、ぜひ気軽に手に取ってみて欲しい本の一つだ。

『二重人格』 ドストエフスキー(岩波文庫)

二重人格 (岩波文庫)二重人格 (岩波文庫)
(1981/08/16)
ドストエフスキー

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書名:二重人格
著者:ドストエフスキー
訳者:小沼 文彦
出版社:岩波書店
ページ数:326

おすすめ度:★★★☆☆




貧しき人びと』に次ぐ、ドストエフスキーの第二作目がこの『二重人格』。
恵まれない下級官吏を主人公にしている点は『貧しき人びと』と同様だが、書簡での対話というスタイルだった『貧しき人びと』とは違い、『二重人格』は主人公の心理に的を絞ってそれを掘り下げている。
ドストエフスキー初期の雰囲気を十分に堪能できる作品だ。

『二重人格』の主人公は自意識過剰の気味がある。
内向的な性格ゆえにできあがっていく妄念の詳述は、心理学が未発達だったという時代を考慮すれば、周到に描かれていて読み応えがあるといえるだろう。
また、『』や『狂人日記』を下敷きにしたと考えられなくもない、いくらかゴーゴリ風の作品でもあるので、ロシア文学を総覧したい方は読んでおくべきかもしれない。

『二重人格』というタイトルだが、これは誤訳と言っても過言ではない。
『二重人格』の主人公は、一般に解釈されている二重人格者とは少々異なり、彼はむしろ自らのドッペルゲンガーを見ているのである。
同じ作品の翻訳に『分身』という邦題もあるようだが、こちらのほうが内容にも合致するし、ドストエフスキーの意図にもだいぶ近いことだろう。
ちなみに、ポーの『ウィリアム・ウィルソン』はドッペルゲンガーを正面から扱った短編小説の傑作で、発表年も非常に近いので、『二重人格』と合わせて読むことをお勧めする。
おそらくたいていの読者はポーの引き締まった文体のほうに軍配を上げるものと思うがいかがだろうか。

二重人格を取り扱った作品は、小説に限らずテレビや映画にもあふれかえってしまったというのが現状で、残念ながらあまり新鮮味は感じられない。
まして、『二重人格』の主題は厳密な意味では「二重人格」ではないときている。
しかし、このような不足を補ってなお読者を楽しませる力を持っているのがドストエフスキーだ。
ドストエフスキーの作品に興味のある人にはお勧めしたい。

『賭博者』 ドストエフスキー(新潮文庫)

賭博者 (新潮文庫)賭博者 (新潮文庫)
(1969/02)
ドストエフスキー

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書名:賭博者
著者:ドストエフスキー
訳者:原 卓也
出版社:新潮社
ページ数:317

おすすめ度:★★★★




一か八かの勝負に出る人の心理を巧みに描いた作品、『賭博者』。
自身が賭博にのめり込んでいたドストエフスキーが、自らの経験を生かして書いた小説として知られている。
基本的に賭け事を好きではない私には、人はこんな愚かなことをするだろうかと小首をひねるシーンもあったが、ギャンブルをやる人であればそれも共感することができて、より面白く読める作品かもしれない。

保養地として各国の人々の集まるドイツの温泉町を舞台に、物語は進む。
ルーレットに熱い視線を注いでいた人が、いつしか盤上を転々とするルーレットの玉のように運命に翻弄されていく・・・。
勝負には勝つことも負けることもあるが、それが人間ドラマにどのように反映されることになるのか。
理性のたがが緩みきった熱狂の瞬間、人生の転変を文字通り賭けた瞬間、その緊迫感あふれる描写には、ついつい読者も引き込まれてしまうことだろう。

それにしても、ドストエフスキーに限らず、ロシア文学では賭け事に熱中する人々がよく描かれているという印象を受ける。
暇さえあればカードに興じる貧しい人々や、カードで借金を作り破滅していく貴族や将校など、他の国々の文学作品と比べても賭博に取りつかれた登場人物は決して少なくないはずだ。
『賭博者』でも触れられているが、ギャンブル好きな性質は先天的なロシア人の気質として根付いているのだろうか。
作者のドストエフスキーだけに限ったことではなく、身を持ち崩す悪癖として賭け事は当時のロシア社会に広く浸透していたに違いない。

ドストエフスキーの作品の中ではやや異色の感があるが、人間模様の描き方にはドストエフスキーらしい点が多い。
思想色が薄く、それだけ読みやすい作品なので、一般受けしやすいものと思う。

『永遠の夫』 ドストエフスキー(新潮文庫)

永遠の夫 (新潮文庫 (ト-1-6))永遠の夫 (新潮文庫 (ト-1-6))
(1979/06)
ドストエフスキー

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書名:永遠の夫
著者:ドストエフスキー
訳者:千種 堅
出版社:新潮社
ページ数:318

おすすめ度:★★★★




妻に浮気されていた男と、その浮気相手を描いたのがこの『永遠の夫』。
発表順でいうと『白痴』と『悪霊』の間に位置する作品で、ドストエフスキーの円熟期の作と言えるだろう。
思想性よりも物語性が強いために非常に読みやすいので、代表作というと語弊があるだろうが、幅広い読者に受け入れられうる作品だ。

白痴』の後に発表された作品だけに、『永遠の夫』というタイトルから一途な夫を描いた純愛物語を予想される方もいるかもしれないが、そういうわけではない。
社会的立場や自らの気弱さから永遠に夫でい続けるしかできない男、そんな男の悲哀を喜劇的な描写を交えながら書き上げたのがこの『永遠の夫』だ。

間男される夫といえば、イギリスやフランスなどでは喜劇向けの格好のテーマとして、古くから滑稽で無能な人物としてからかいの対象になってきた。
日本にも「知らぬは亭主ばかりなり」ということわざがあり、これも浮気に気付かずにいる亭主を嘲った表現だ。
「永遠の夫」は妻の浮気に気付いていたのだろうか、また、間男されていることを嘲笑されていたことも知っていたのだろうか。
登場人物が少ない作品だからこそ、「永遠の夫」の心理は比較的読み解きやすい。
作品を読み進めていくうちに「永遠の夫」の全貌が明らかになっていくが、答えが与えられるのを待たず、ぜひ序盤から深読みしてみてほしい作品だ。

それほど長い作品ではないが、予想外の出来事は程よく読者を楽しませてくれる。
作品の締めくくり方も悪くなく、『カラマーゾフの兄弟』のように強烈なインパクトを受ける読者はいないにしても、同様に退屈に感じる読者もまたいないのではなかろうか。
「浮気」という時代や場所を問わない普遍性のあるテーマは、悲しいかな、それこそ「永遠のテーマ」なのかもしれない。

『地下室の手記』 ドストエフスキー(新潮文庫)

地下室の手記 (新潮文庫)地下室の手記 (新潮文庫)
(1969/12)
ドストエフスキー

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書名:地下室の手記
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:新潮社
ページ数:216

おすすめ度:★★★★




社会との交わりを捨てようと地下室にこもった男が主人公である『地下室の手記』。
表題から予想されるとおり明るい話ではないが、コンパクトな作品ながら非常に重みのある作品で、ドストエフスキーの思想世界がこの一冊に凝縮されているかのようだ。
罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など、後期の長編作品を理解する鍵となる作品であるという評価が一般的で、ドストエフスキーをより深く味わいたい読者は必読だろう。

発表年は1864年だが、ここまで直接的に世界の不合理性を追求した小説作品は過去になかったのではなかろうか。
実存のあり方に迫る地下生活者を描いた『地下室の手記』は、自ずと読者の感性よりは理性に訴えかけてくるはずだ。
読者に思考を強いる短き大作を、ぜひ熟読していただきたい。
死に至る病 (岩波文庫)死に至る病 (岩波文庫)
(1957/01)
キェルケゴール

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悲劇の哲学 (古典文庫 18)悲劇の哲学 (古典文庫 18)
(1976/01)
シェストフ

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関連作品をお探しの方には、ほぼ同時代の哲学者キルケゴールの主著である『死に至る病』がお勧めだ。
哲学書なのでそれなりに敷居は高いが、実存主義の始祖とも言うべきキルケゴールの『死に至る病』は、西洋哲学史の中では基本文献でもある。
キリスト教への傾倒が日本人には共感しにくい部分ではあるが、彼の世界観と『地下室の手記』に描かれていた世界観の類似点・相違点は考察に値する。
シェストフの『悲劇の哲学』もたいへん興味深い。
『地下室の手記』や『カラマーゾフの兄弟』などに関して、シェストフならではのユニークで包括的な解釈を提供してくれることだろう。
ただし、この本はニーチェの思想をかじっていないと少々理解に苦しむ部分があるかもしれない。

全216ページの『地下室の手記』、この短さでこれだけ読み応えのある作品も珍しい。
さほど難解でもないのだが、とっつきにくい小説であることは間違いない。
ロシア文学、特にドストエフスキーは暗くて嫌いだという方や、思想性の強い作品にはうんざりしているという方は、絶対に手を出してはいけない本の一つだ。

『虐げられた人びと』 ドストエフスキー(新潮文庫)

虐げられた人びと (新潮文庫)虐げられた人びと (新潮文庫)
(2005/10)
ドストエフスキー

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書名:虐げられた人びと
著者:ドストエフスキー
訳者:小笠原 豊樹
出版社:新潮社
ページ数:686

おすすめ度:★★★★




身分の格差や財産の有無によって、弱者を虐げる側と強者に虐げられる側が生まれる、そんなロシア社会を描いたのがこの『虐げられた人びと』である。
発表順でいうと『死の家の記録』よりも後だが、内容的には前期の作品とみなしていいように思う。
登場人物の境遇が右に左に揺れ動く、ストーリー性が強い作品なので、ドストエフスキーの中ではたいへん読みやすい部類に入る小説だ。

これはあくまで主観的な判断でしかないが、この作品、『虐げられた人びと』というタイトルから人が想像するほどの絶望的な悲惨さを描いているわけではなく、沈痛な場面こそあるものの、全体としてはあまり暗い話でもないのではなかろうか。
恋愛や裏切りの交錯する人間ドラマは非常によくできていて、ドストエフスキー特有の小難しい思想も述べられていないから、多くの人が楽しめる作品に仕上がっている。
そこに謎を秘めた人物が色を付け、読者の注意を逸らさないときているので、こちらはただ次から次へとページを繰らされることになるという寸法だ。

話の語り手は小説家を目指す若き青年で、観察者たる彼自身にはあまり面白みがないのだが、ドストエフスキーが自らの過去の経験を反映して創造した人物かと思うと、そんな彼でも興味深く見えてくる。
他の特徴的な登場人物と比べて語り手がやや退屈な人間であるのは小説においてよくあることだが、語り手が常識的、つまりある程度退屈な人間でなくては、語り手の目線と読者の目線がシンクロしにくくなるのだろう。
そういう意味では、『虐げられた人びと』の語り手は格好の性格付けがなされていると言えるのではなかろうか。

読みやすい反面、思想性は弱く、『罪と罰』などでドストエフスキーのファンになった人からすると少々物足りない小説かもしれない。
しかしストーリーを追っていくだけでも十分楽しめる作品なので、現在知られている以上の読者を獲得しても不思議ではない、『虐げられた人びと』はそんな本だ。

『初恋』 ツルゲーネフ(光文社古典新訳文庫)

初恋 (光文社古典新訳文庫)初恋 (光文社古典新訳文庫)
(2006/09/07)
トゥルゲーネフ

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書名:初恋
著者:ツルゲーネフ
訳者:沼野 恭子
出版社:光文社
ページ数:184

おすすめ度:★★★★★




ツルゲーネフの作品の中で最もよく読まれているのがこの『初恋』だろう。
人間性を深く掘り下げるのが正統ロシア文学だとすれば、『初恋』は必ずしもロシア文学らしくない軽めの作品であるが、逆にその読みやすさが受けているのだろう。
ツルゲーネフの代表作である『初恋』、自信を持ってお勧めできる傑作だ。

『初恋』の主人公はまだ若い青年である。
そんな彼が近所に住むコケティッシュな年上の令嬢に恋をするが、まだ子供だとあしらわれているうちに、彼は恋敵が存在することを知ってしまう。
嫉妬心と好奇心の入り混じった複雑な気持ちを抱きながら、彼は恋敵の正体を見極めようとするが・・・。
若き青年の淡い恋という非常に共感しやすいテーマが読者を作品に没入させ、予想外の展開が読者の記憶に焼き付けられる秀作をぜひ味わってみてほしい。
ツルゲーネフの優しい書きぶりも読んでいてとても気持ちがよく、この『初恋』はなにしろ悪い評判を聞かない本の一つである。
今日の日本であまり読まれていないツルゲーネフの他の作品、たとえば『父と子』などを読むきっかけとしてもらえればと思う。

これは余談だが、最近では本書のようにツルゲーネフを「トゥルゲーネフ」とも表記するようになったらしい。
よりロシア語の音に近付けてのことなのだろうが、私はどうにも「トゥルゲーネフ」に馴染むことができず、いまだに「ツルゲーネフ」を貫いている。
あまり新訳の出ないツルゲーネフだけに、「トゥルゲーネフ」が浸透するまでには時間がかかるように思うが、最近は「トゥルゲーネフ」が普及していっているのだろうか。

『初恋』という表題どおりのほんのり温かくも哀愁に満ちたストーリーが、これまで多くの人の心を揺さぶってきたことは疑いようがない。
難しいところが一切なく、大き目の活字でも184ページと厚い本でもないので、ぜひ気楽に手にしてみていただきたい。

『父と子』 ツルゲーネフ(新潮文庫)

父と子 (新潮文庫)父と子 (新潮文庫)
(1998/05)
И.С. ツルゲーネフ

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書名:父と子
著者:ツルゲーネフ
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:357

おすすめ度:★★★★★




保守的な父親と進歩的な息子との、世代間の主義・主張の対照を描いたのがこの『父と子』である。
宗教や科学、政治思想や社会思想など、世代が変わればその信ずるところも変わってしまうという側面がここまで明確に示される小説もあまり多くはないだろう。
初恋』と同様、ツルゲーネフの代表作であるばかりではなく、当時のロシア文学の中でも非常に高い評価を得ている傑作なので、ぜひ読んでみていただきたい。

大学を終えた息子とその友人が、田舎の父の元へ帰ってくるところから物語は始まる。
再会を楽しみにしていたにもかかわらず、それぞれが看過できない溝を感じてしまい、価値基準の一致しない親子関係はどことなくぎくしゃくしたものとなる。
愛すべき相手であるとはわかっているものの、お互い相手を古すぎて、もしくは新しすぎて理解しがたい存在であると思ってしまうのだ。
ツルゲーネフの優しい筆は『父と子』においても存分に発揮されていて、ペーソス漂う素晴らしい作品に仕上がっている。

いつの世においても、矛盾に満ちた社会や権威を否定するのは比較的容易なことで、学をつけた人間は自信を持ってその批判を行う。
そのような斜に構えた姿勢の登場人物に、友人や親戚などの身近な人や、ひょっとすると自身の経験など、思い当たる節のある読者もいるのではなかろうか。
とはいえ、『父と子』で述べられるニヒルな見解は、今日の読者からすればすべてがすべて破壊的な虚無主義者の言とは思えないはずである。
現代人は昔の人々と比べればニヒリスト的傾向を強めていっているのかもしれない。

ツルゲーネフの小説は決して難解ではないので、やや思想性の強い作品であるこの『父と子』でさえ、たいていの読者はすらすら読めることと思う。
仮に述べられている思想について理解できない部分があっても、親子のジェネレーションギャップをテーマにした作品として読むだけでも十分楽しめるはずなので、一読をお勧めしたい。

『猟人日記』 ツルゲーネフ(岩波文庫)

猟人日記 上 (岩波文庫 赤 608-1)猟人日記 上 (岩波文庫 赤 608-1)
(1958/05/06)
ツルゲーネフ

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猟人日記 下 (岩波文庫 赤 608-2)猟人日記 下 (岩波文庫 赤 608-2)
(1958/10/05)
ツルゲーネフ

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書名:猟人日記
著者:ツルゲーネフ
訳者:佐々木 彰
出版社:岩波書店
ページ数:302(上)、306(下)

おすすめ度:★★★★




ツルゲーネフの代表作の一つに数えられる短編集、『猟人日記』。
ツルゲーネフ自身は貴族階級の人間だが、この作品においては狩猟中の有閑階級と貧しい人々との交わりをとても柔和なタッチで描いていて、農奴制の廃止にも大きな影響を与えたらしい。
本作が原因で、農奴制に反対したとみなされたツルゲーネフが逮捕されたと知れば、『猟人日記』に興味の湧いてくる方もおられることだろう。

貧しいながらも健気に生活している人々を、温かな目で見守る「猟人」。
上流階級に属する「猟人」に対しては、気持ちのよい接待をしてくれる優しい人々とも言えるが、裏を返せば身分の格差を如実に示しているという、社会の悲惨さもはらんだ関係性だ。
そうはいっても、弱者に優しい「猟人」の人間的魅力は、そのままツルゲーネフの以後の作品におけるぬくもりに通ずるのではないだろうか。

『猟人日記』を語る際に忘れてはならないのが二葉亭四迷だ。
彼は『猟人日記』の中の一編を「あひゞき」として翻訳紹介していて、それが後に白樺派などに多大な影響を与えることになる。
明治・大正期にはロシアの代表的な作家としてツルゲーネフがよく読まれていたらしいが、現在ではドストエフスキーとトルストイという二大巨匠に押されがちになってしまっているようだ。
ツルゲーネフのようにたいへん魅力のある作家があまり読まれなくなっているというのは非常に残念なことに思われる。

美しく静かな林を練り歩く「猟人」と共に、ロシアの大自然と素朴な庶民に触れる。
ロシア文学中、最も人間味あふれる作品の一つである『猟人日記』、読んでいる人まで優しい気持ちになることのできる名作である。

『ルーヂン』 ツルゲーネフ(岩波文庫)

ルーヂン (岩波文庫 赤 608-3)ルーヂン (岩波文庫 赤 608-3)
(1961/08/05)
ツルゲーネフ

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書名:ルーヂン
著者:ツルゲーネフ
訳者:中村 融
出版社:岩波書店
ページ数:219

おすすめ度:★★★★




ロシア文学の一つの系列として、「余計者」と呼ばれる人間を描いたものがある。
エヴゲーニイ・オネーギン』、『オブローモフ』などと並び、『ルーヂン』はその代表とされる作品の一つであり、長編作品ながら短めなので、「余計者」の典型を知るうえでは最適の一冊である。
ツルゲーネフは「余計者」を主人公にした作品を何点か発表しているので、また、「余計者」という語自体がツルゲーネフに由来するらしいので、ロシア文学に興味のある人であればツルゲーネフの描いた「余計者」をぜひ一度読んでみてほしいと思う。

頭の中で観念をこね回すことに明け暮れ、現実行動を起こさないでいる男、ルーヂン。
高い理想を掲げ、優れた知性を披露するものの、いざという時の決断力に欠け、結局積極的な行動を避けて通ってしまう。
当時のロシアのインテリゲンチャ、その一つの典型として読むことができるだろう。

政治情勢の変化により青年たちの活躍の場が奪われたことが、社会的に有益な働きをなさない多くの「余計者」を生んだ一因だと言われている。
しかしこの「余計者」という概念に向き合ってみたとき、自らは「余計者」ではないと断言できる人が今日の日本にどれだけいるのだろうか。
そういう意味では、とても意味深長で息の長いテーマを含んでいる作品だといえよう。
果たしてルーヂンは「余計者」なのか、結末まで読み通した上で、各々の読者が判断してもらえればと思う。

「余計者」を主人公にした作品は、同じくツルゲーネフの『父と子』を除けば、たいていがあまりメジャーな作品ではない。
この『ルーヂン』にしても、個人的にはいつ再版されてもおかしくない興味深い小説だと思うのだが、中古でしか手に入らないのが現状だ。
『ルーヂン』をはじめ、ロシア文学の一潮流である「余計者」が再評価される日がやってくることを期待したい。
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