『チャタレイ夫人の恋人』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

書名:チャタレイ夫人の恋人
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整
出版社:新潮社
ページ数:575

おすすめ度:★★★★★




D.H.ロレンスの晩年の長編作品がこの『チャタレイ夫人の恋人』である。
内容が猥褻であるとの議論がなされたことのある問題作で、日本で翻訳が出された際に裁判沙汰になったこともあるため、日本においても広くその名が知られた作品となっている。
本書がわざわざ「完訳」と断られているのも、過去に猥褻な記述と判断された部分を削除した版が存在するためだ。

戦争から生還した夫が下半身不随となってしまったため、以後性的な関係を望むことのできなくなったチャタレイ夫人。
二人には子供がなかったが、男爵家の血を引く夫の立場からすると、どうしても跡取りが必要で・・・。
性と愛という主要なテーマ以外にも、読者は晩年のロレンスがたどり着いた到達点とも言うべき思想の断片に直面することができるのが『チャタレイ夫人の恋人』なので、ロレンスの作品を初めて読む方にも適しているように思われる。
チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)

右に示すように、『チャタレイ夫人の恋人』はちくま文庫、光文社古典新訳文庫からも出されている。
新潮文庫版と読み比べたわけではないのでどれが最も読みやすいのかは私には判断がつかないが、新潮文庫の伊藤整訳は猥褻物として裁判になったという、いわばチャタレイ事件を引き起こす元になった翻訳であるから、その歴史的価値は訳出から数十年を経た今もまったく色あせることはないだろう。
そういう意味では、今後いかなる優れた新訳が出されようと、伊藤整訳は常に最もお勧めの翻訳であり続けるに違いない。

『チャタレイ夫人の恋人』には、確かに性に関する描写に従来のイギリス文学からは考えられないような露骨な表現が散在しており、それはそれで大いに注目に値する部分ではあろうが、もちろんその点のみが読みどころとなるべき作品ではない。
『チャタレイ夫人の恋人』がポルノに分類されず、純文学の一翼を担っているのはそれなりの理由があるからだ。
どうしても性愛の描写やその出版にあたっての背景事情が興味を引きがちであるが、それらを度外視しても『チャタレイ夫人の恋人』は十分興味深い作品に仕上がっているので、まずは一読をお勧めしたい。
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『息子と恋人』 D.H.ロレンス(世界文学全集 38)

世界文学全集 38 ロレンス (38) 息子と恋人世界文学全集 38 ロレンス (38) 息子と恋人

書名:息子と恋人
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整
出版社:河出書房新社
ページ数:500

おすすめ度:★★★★★




D.H.ロレンスの出世作であり、代表作の一つにも数えられている長編作品が本書『息子と恋人』である。
ロレンスの自伝的要素が色濃く打ち出されているのが特徴で、『息子と恋人』以外の自伝的要素が垣間見える作品、たとえば戯曲『炭坑夫の金曜日の夜』などに接する前に読んでおくと、それだけでもだいぶ印象が異なることだろう。
作品自体の面白さだけではなく、他の作品との横のつながりもあるため、ロレンスに興味のある方は必読といってもいい作品だと思う。

『息子と恋人』の舞台となるのはイングランドのとある炭鉱町。
愛情に乏しい夫を持った妻の心は、息子たちを見守ることに傾けられていく。
思い惑う年頃を迎えた息子は、学び、働き、そして恋をする・・・。
読者がそれぞれの登場人物の振る舞いに共感を得られるという作品ではないかもしれないが、ロレンス一家がモデルになっているために作品世界がリアリティに富んでいるのは本書の魅力と言えるのではなかろうか。
息子と恋人 (上巻) (新潮文庫)息子と恋人 (上巻) (新潮文庫)息子と恋人 (中巻) (新潮文庫)息子と恋人 (中巻) (新潮文庫)息子と恋人 (下巻) (新潮文庫)息子と恋人 (下巻) (新潮文庫)

ロレンスの代表作である『息子と恋人』であるが、今日の日本での出版状況は好ましいものとは言い難い。
右に挙げたようにかつては新潮文庫から出されていたようだが、それも今では中古でしか手に入らない状態だ。
『息子と恋人』には岩波文庫版もあるらしいが、それも希少なものとなっているらしく、文学全集に収録されたものが最も入手しやすいように思う。

『息子と恋人』はいろいろな点できわめてロレンスらしい作風の長編作品である。
晩年に書かれた『チャタレイ夫人の恋人』とは一味違うものの、それでいて両方の作品に共通するロレンスならではの筆致も随所に見受けられる。
ロレンスを読みたい方には強くお勧めできる作品だ。

『処女とジプシー』 D.H.ロレンス(彩流社)

処女とジプシー処女とジプシー

書名:処女とジプシー
著者:D.H.ロレンス
訳者:壬生 郁夫
出版社:彩流社
ページ数:203

おすすめ度:★★★★




チャタレイ夫人の恋人』とほぼ同時期、すなわちロレンスの円熟期に執筆された中編小説である『処女とジプシー』。
本書は短編作品『太陽』も収録しているが、こちらも同じ時期に書かれた作品である。
二篇ともに、『チャタレイ夫人の恋人』を知っている読者の目線で接すると『チャタレイ夫人の恋人』を準備する習作かのような印象すら抱きかねない作品で、ロレンスに、そして『チャタレイ夫人の恋人』に関心のある読者であればそれだけ興味深く読むことができるように思う。

ロレンスは『処女とジプシー』において、いかにもロレンスらしく牧師一家を描いている。
二人の若い娘の父である牧師が妻に駆け落ちされたという設定も、駆け落ちの実体験を持つロレンスが選ぶにはふさわしいと言えるだろう。
旧弊な固定観念に縛られた牧師館と、幌馬車で流浪の旅をしながら生活する奔放で生命力に富んだジプシーたちとの対比は強烈で、対照関係を描き出すのを得意とするロレンスが好む作風であるように感じられる。

『太陽』は短篇集に収録されることの多い、いわばロレンスの代表的な短篇の一つとなっている。
そして事実、テーマが非常にロレンスらしいものであるため、読者の期待を裏切ることはないのではなかろうか。
気候条件が人間の心理状態に影響を及ぼす短編作品ということで、どこかモームの『雨』を思い起こさせるものがある。

ロレンスの作品に数多く触れたいという読者が必ずお世話になる出版社が彩流社だろう。
大手出版社の出版物と比べると少々誤植が目に付くのが難点といえば難点だが、ロレンスの作品を多く世に出してくれている功績を損なうほどのものではないので、ロレンスに興味のある方はぜひ『処女とジプシー』を手にしていただければと思う。

『乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集』 D.H.ロレンス(福武文庫)

乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集 (福武文庫)乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集 (福武文庫)

書名:乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集
著者:D.H.ロレンス
訳者:西村 孝次
出版社:福武書店
ページ数:260

おすすめ度:★★★★




表題作と『春の陰翳』、『桜草の道』、『牧師の娘たち』の四つの短篇を収めたD.H.ロレンスの短篇集がこの『乾し草小屋の恋』である。
いずれもロレンス初期の作品で、特に前二者は青春小説と呼んでもいいほど作家の若々しさを感じさせる作品となっているように思う。
また、『桜草の道』を除き、作品の舞台に田舎が選ばれているので、全体に温和な空気が漂っているのも特徴として挙げられようか。

乾し草の刈り入れの季節を迎えた兄と弟を描いた『乾し草小屋の恋』。
不器用ながら負けず嫌いの兄と、そんな兄に対して優越感を抱いている弟は、異性を巡っても競い合うことをやめず・・・。
恋愛感情や性的な事柄を扱い続けることになる小説家ロレンスの方向性は、この作品の中にも明確に打ち出されているように感じられる。

牧師一家を描いた『牧師の娘たち』は、全体的に『処女とジプシー』に似ている作品だ。
100ページほどあるので短篇というよりは中篇と呼ぶのがふさわしいかもしれないが、いずれにしても、他の三篇よりも登場人物の輪郭がくっきりとしているように感じられる。
ロレンスが常に関心を寄せていたに違いない階級間の格差というテーマも盛り込まれており、非常にロレンスらしい一篇となっているのは間違いないだろう。

D.H.ロレンスの短篇集にはいくつかあるが、執筆時期の似通った作品ばかりを集めた福武文庫版の『乾し草小屋の恋』は統一感がある。
流通量が豊富でないために新品の入手が困難なのだが、他の短篇集には収録されていない作品も読むことができるのでロレンスに興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『回転木馬』 D.H.ロレンス(リーベル出版)

回転木馬―D.H.ロレンス戯曲回転木馬―D.H.ロレンス戯曲

書名:回転木馬
著者:D.H.ロレンス
訳者:高橋 克明
出版社:リーベル出版
ページ数:157

おすすめ度:★★★☆☆




20世紀のイギリス文学を代表する小説家として名高いD.H.ロレンスだが、彼の執筆活動はそのジャンルも幅広く、詩や戯曲においても数々の秀作を残しており、その中の一つが戯曲『回転木馬』である。
悲劇とも喜劇ともつかない分類に困る作品で、後期シェイクスピアの問題劇にも似て、ある意味で非常に近代的な作品であるとみなすことができるかもしれない。
個人的にはロレンスといえば自らの作品にいささか大胆過ぎるほどに自分らしさを持ち込む作家であるという印象があるが、この『回転木馬』もくっきりとロレンスの横顔が刻印された作品に仕上がっているように思われる。

病の床に臥せり、死にかけている母親には、ろくに仕事もしないでいる宙ぶらりんの息子と、亡き夫の借金を抱えた未亡人である娘がいる。
母にはまとまった財産があり、面倒を見てくれている看護婦がお気に入りで、さらに出入りのパン屋もいれば、牧師夫婦もいて・・・。
『回転木馬』には一筋縄ではいかぬ複雑な人間模様が描かれているので、それを読み解こうと思えば読者の側にも一定の注意力が要求されるだろうが、そこが本書の読みどころでもあるのではなかろうか。

『回転木馬』は、必ずしも内容的に類似が見られるというわけではないが、息子の母との決別をテーマとしているあたりに『息子と恋人』との連関を強く感じさせる作品となっている。
『回転木馬』は一戯曲として単独で楽しむよりも、ロレンスの作品をいくつか知った上で、特に『息子と恋人』を読んだ上で手にするといっそう深みを覚える作品であるといえようか。
それにしても、ロレンスの作品をいくつも読んでいく中で、ロレンスの作品群における『息子と恋人』の重要度はどれほど高く見積もっても過剰評価にはならないということを度々再認識させられずにはいないのだから不思議なものだ。

『回転木馬』はロレンスの作品をいくつか知っている玄人向けの作品という気もしないでもないが、戯曲というスタイルゆえに読みやすいものであることは間違いない。
ロレンスへの理解を深めたい方はぜひ読んでみていただきたい。

『D.H.ロレンス戯曲集』 D.H.ロレンス(彩流社)

D.H.ロレンス戯曲集 (名作の発見)D.H.ロレンス戯曲集 (名作の発見)

書名:D.H.ロレンス戯曲集
著者:D.H.ロレンス
訳者: 白井俊隆、高橋克明、伊沢祐子、後藤真琴、鶴見やよひ、小野寺章
出版社:彩流社
ページ数:339

おすすめ度:★★★★




本書『D.H.ロレンス戯曲集』には、『炭坑夫の金曜日の夜』、『嫁』、『ホルロイド夫人やもめになる』の三作品が収められている。
いずれもロレンスの自伝的要素を含んだ作品となっており、それだけロレンスに興味のある読者を楽しませるものとなっているように思う。
本書に収録された戯曲にも他のロレンスの多くの作品と同様『息子と恋人』との連関が見られるため、先に『息子と恋人』を読んでおくことをお勧めしたい。

劇の中心人物がロレンス自身をモデルとしており、『息子と恋人』との連関が最も強いのが『炭坑夫の金曜日の夜』である。
息子と恋人』の読者であれば数々の場面を思い返さずにはいられないはずだ。
『嫁』では、新婚の夫が、妻以外の女性との間に子供ができていたことが発覚する。
そもそもぎくしゃくしていた夫婦関係はどうなるのか・・・。
『ホルロイド夫人やもめになる』はロレンスの戯曲で代表的なものの一つ。
夫婦や親子の関係性が描かれているあたりにロレンスらしさが窺える。

『D.H.ロレンス戯曲集』に収録された三作品は、どれも炭坑労働者とその家庭を描いたものであり、全般に劇としての事件性には乏しいと言わざるをえない。
しかし、夫と妻、父と息子、そして母と息子といった普遍的な人間関係を軸に据えているために多くの読者の興味を引きやすいことだろうし、生活感に満ちた労働者階級を登場人物とすることによって素朴な味わいを秘めていることは否定しがたい事実だろう。
本書『D.H.ロレンス戯曲集』には三作品が一冊にまとめられているという手頃さもあって、ロレンスの戯曲を読みたいという読者に真っ先にお勧めしたい一冊だ。

『アロンの杖』 D.H.ロレンス(八潮出版社)

アロンの杖 (八潮版・イギリス・アメリカの文学)アロンの杖 (八潮版・イギリス・アメリカの文学)

書名:アロンの杖
著者:D.H.ロレンス
訳者:吉村 宏一、北崎 契縁
出版社:八潮出版社
ページ数:436

おすすめ度:★★★☆☆




ロレンス後期の長編作品である『アロンの杖』は、『カンガルー』や『翼ある蛇』と同じカテゴリーに分類されることが多く、ロレンスの作品の中では傍系に位置すると言えるかもしれない。
炭坑で働くアロンを主人公にする点が非常にロレンスらしいが、アロンは早々に炭坑を去り、イギリス国内から果てはヨーロッパへと遍歴を始めるのであるから、やはりやや異色な作品と呼べるのではなかろうか。

炭坑で働き、妻子を養ってきていたアロンだったが、彼はある時家族に別れを告げることもなく家を出て行ってしまう。
「杖」を手にした美貌の青年、アロンはどこへ向かうのか・・・。
『アロンの杖』の時代は第一次大戦後に設定されているが、アロンは別に戦争に参加し復員した後に家庭生活を捨てるに至ったわけではなく、彼には彼で戦争の傷跡とは別の思惑があるのである。
どれだけ社会情勢が変動しようと、常に個のあり方に鋭い角度から着目し、それを小説に仕上げるあたりは、いかにもロレンスらしいと言えるように思う。

ロレンスといえば男女や親子の関係性を描く作家というイメージがあるが、この『アロンの杖』においては男女関係、それも特に夫婦関係に焦点を当てているという印象を受ける。
小説の登場人物における個別的な関係性というよりは、広く世に通じる一般的な関係性を論じている部分も多く、実際に結婚している読者の心には、良きにしろ悪しきにしろ、何かしら響くものがあるのではなかろうか。

『アロンの杖』はもっぱら男性の視点で描かれているように感じられるため、ひょっとすると女性の読者にはあまり向いていない小説なのかもしれない。
その内容からして誰もが楽しめるという作品ではないようにも思われるが、読者の精神を揺さぶるだけの破壊力を備えているのも事実であり、読み応えのある作品を求める読者にはお勧めできる一冊だ。

『ロレンス短編集』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

ロレンス短編集 (新潮文庫)ロレンス短編集 (新潮文庫)

書名:ロレンス短編集
著者:D.H.ロレンス
訳者:上田 和夫
出版社:新潮社
ページ数:509

おすすめ度:★★★★




およそ二十年にわたる作家生活において多くの短編を残したロレンスだが、それらの中から十三編を選び、一冊にまとめたものがこの新潮文庫版の『ロレンス短編集』だ。
訳者の上田氏いわく、男女関係をテーマにした物語性の強いものを中心に編んだとのことであり、そして事実、その言葉どおりの選集となっているように思われる。
選択に偏りがあると言ってしまえばそれまでかもしれないが、読者が皆、本書からロレンスらしさを存分に味わうことができるのはやはり長所であると言えるのではなかろうか。

特に注目に値する作品としては、きわどい夫婦関係を扱った『薔薇園の影』、独特の緊迫感とリアリティを帯びた『イギリスよ、わがイギリスよ』を挙げたいと思うが、繊細かつ微妙な心情を巧みに描き出した『盲目の男』や『乗車券を拝見』も文句なしに秀作に数えられるだろう。
また、短編自体としての評価も高く、ロレンスの短編の代表作の一つと目される『菊の香』は、戯曲『ホルロイド夫人やもめになる』との連関性からも大いに興味を引く作品である。
ホルロイド夫人やもめになる』と『菊の香』はそれぞれ互いに翻案であると言えるほどあらすじが酷似しており、一方を読まれた方には他方を読まれることをお勧めせずにはいられない。

男女関係をテーマにしていない例外的な作品として『木馬の勝ち馬』が収録されているが、なぜ訳者がこれをあえて訳出することにしたかは、一読いただければ納得いただけることだろう。
典型的なロレンスらしい短編であるとは言い難いが、この短編集の中で『木馬の勝ち馬』が一番気に入ったという読者がいても私はまったく不思議には思わない。

数あるロレンスの短編集のうち、おそらく最もポピュラーなものがこの新潮文庫版の『ロレンス短編集』である。
本書だけでも他の短編集に頻繁に収録される代表的な作品はほぼ網羅しているのだが、ロレンスの短編をもっと読まれたいという方には、ちくま文庫版の『ロレンス短篇集』をお勧めしたい。

『ロレンス短篇集』 D.H.ロレンス(ちくま文庫)

ロレンス短篇集 (ちくま文庫)ロレンス短篇集 (ちくま文庫)

書名:ロレンス短篇集
著者:D.H.ロレンス
訳者:井上 義夫
出版社:筑摩書房
ページ数:295

おすすめ度:★★★☆☆




代表的な作品を中心に、D.H.ロレンスの短篇十作品を収録したのがちくま文庫版のこの『ロレンス短篇集』だ。
互いによく知られた作品を集めたために新潮文庫版の『ロレンス短編集』といくつか重複する作品もあるにはあるが、そちらに収録されていない作風のものにも出会うことができるため、ロレンスの短篇作品に関心のある方には両方を読まれることをお勧めしたい。

独創性の強い初期の作品である『ステンドグラスの破片』と円熟期の『最後の笑い』を読むと、ロレンスという作家に対するイメージを少々拡張することになるかもしれない。
『プロシア士官』は、この作品をロレンス自身が生前出版された短篇小説集の表題作に選んだことからも、彼の自信作の一つとみなすことができるだろう。
また、新潮文庫版の『ロレンス短編集』に『イギリスよ、わがイギリスよ』とのタイトルで収録されていた「England, My England」が、ちくま文庫版では『英国、わが英国(1915年版)』として訳出されている。
1915年版と断られているのは、その後大幅に書き換えられたからで、事実、両者から受ける印象は大きく様変わりしている。
両者を読み比べれば、ロレンスの代表的な短篇の一つが最終稿に至るまでの遷移を窺うことができ、とても興味深い。

細かいことではあるが、炭坑夫の語る言葉遣いが原文ではおそらくイーストウッド方言なのであろうが、本書ではそれを関西弁で訳出しているのに多少の違和感を覚えないでもない。
そうはいっても、出版年の新しいちくま文庫版には、近年のロレンス研究の成果を踏まえた解説が載せてあるのが魅力の一つでもあり、わざわざロレンスの研究書を手にすることのない私のような一般読者にとっては、半ば神話のようにロレンスの伝記的事実とみなされていた点がいくつか覆されているのを知ることができるのは、想像以上にうれしいおまけであると言える。
ロレンスに関心のある読者が手にして損はない一冊だと思う。

『ロストガール』 D.H.ロレンス(彩流社)

ロストガールロストガール

書名:ロストガール
著者:D.H.ロレンス
訳者:上村 哲彦
出版社:彩流社
ページ数:560

おすすめ度:★★☆☆☆




D.H.ロレンスの作家生活において中期の作品に分類される長編作品がこの『ロストガール』だ。
女主人公に実在のモデルが存在する物語ではあるが、ロレンスなりの脚色は事実を大きく曲げており、ほとんどロレンスの独創によるものとみなしていいほどかもしれない。
滑稽味すら漂っている雰囲気の中で物語が進んでいき、事件性にも事欠かないため、読者が途中で飽きてしまうことはないはずだ。

イングランドの田舎の炭坑町で、婚期を逃しオールド・ミスとなりつつあるアルヴァイナ。
野性的な旅芸人との出会いを通じて、これまでやや受動的な生き方をしてきた彼女は、人生に肯定的な意味合いを見出すことができるのか・・・。
『ロストガール』にはイタリアやフランス系の人々が登場し、作中において大きな役割を担っているが、それらの人々との対比によって当時のイギリス人、特にイギリス人女性がくっきりと浮き彫りにされているような印象を受けるのではなかろうか。

ロレンスの思想表現がさほど見られない『ロストガール』は、ストーリー性重視のたいへん読みやすい作品である。
ただ、彩流社による本書は全般に誤字脱字が甚だしく、これまで私が接してきた数百冊の本の中でも最もその頻度が高いように思われる。
単純な平仮名の間違いは随所に見つかるし、時として主人公の名前ですら間違われており、作品に対する読者の注意はその都度そらされかねず、出版物としてのクオリティはかなり低いと言わざるをえない。
価格帯も決して安くはないので、購入を悔やまれる方もいるのではないかと思うと、あまりお勧めできる本だとは言えない。
さほど注目を浴びることのない『ロストガール』の翻訳出版を企画してくれたことには感謝であるが、その質が伴っていないのは大いに残念なことである。

『狐・大尉の人形・てんとう虫』 D.H.ロレンス(彩流社)

狐・大尉の人形・てんとう虫狐・大尉の人形・てんとう虫

書名:狐・大尉の人形・てんとう虫
著者:D.H.ロレンス
訳者:丹羽 良治
出版社:彩流社
ページ数:307

おすすめ度:★★★★




表題通りのロレンスの中編小説三編を一冊に収録したのが本書『狐・大尉の人形・てんとう虫』である。
ロレンスの存命中にもこれらの三編が一冊の単行本として発売されていたことから、作者であるロレンス自らが続けて読まれることを想定していた作品群であるといえる。
いずれも第一次大戦とリンクした作品となっており、男女関係を軸とした物語である点はとてもロレンスらしい。
そしてそれらが単なる平板な恋愛ドラマに止まっていないのも、ロレンスならではと言えるのではなかろうか。

『狐』の舞台は、二人の女性が拙い方法で経営している農園で、そこではしばしば鶏を荒らしにやってくる狐に悩まされていたが、そんなある日のこと、見ず知らずの若い男が二人を訪れてきて・・・。
『大尉の人形』は、器用さを生かし、人形を作って生計を立てている良家の娘ハネリと、その愛人である大尉の間の関係性が中心となる。
家族から離れて勤務に就く大尉のもとに、突然妻が現れたものだから・・・。
『てんとう虫』では、捕虜として収容されている傷病兵が、実は旧知の間柄である伯爵なのだとわかったダフネが女主人公を務めている。
ダフネはかつて、伯爵から伯爵家の紋章の一部であるてんとう虫をかたどった指貫をもらったことがあったのだが・・・。
三つの作品すべてにおいて、微妙な均衡を保っている三角関係が形成されていて、その変遷が読者を強く引き付ける力を持っている。

本書の収録作品はどれもどこかメルヘンを想起させるようなタイトルであるが、登場人物たちが時折ほとばしらせる鋭く個性的な情緒や思想は、『狐・大尉の人形・てんとう虫』の三編を一気に正統文学の高みに押し上げているように感じられる。
ロレンスの中編小説を読まれたい方には、『処女とジプシー』と同様、お勧めの一冊だ。

『鳥と獣と花』 D.H.ロレンス(彩流社)

鳥と獣と花鳥と獣と花

書名:鳥と獣と花
著者:D.H.ロレンス
訳者:松田 幸雄
出版社:彩流社
ページ数:277

おすすめ度:★★★☆☆




小説家として高名であるだけ、詩人としての側面が看過されがちなD.H.ロレンスであるが、彼は生涯に多くの詩作品を残した詩人でもある。
そして数ある詩集の中で最も評価が高いとされるのがこの『鳥と獣と花』のようだ。
全般にイメージの飛躍力に優れている詩作品が多く、その分読者の側でも一定の注意を払ってロレンスに付き従っていくことを要求されるように思うが、その先には必ずや彩り豊かなヴィジョンが開けてくることだろう。

『鳥と獣と花』は、「果物」、「木」、「花」、「福音書記者の獣たち」、「生物」、「爬虫類」、「鳥」、「獣」、「精霊」というグループ分けのなされているおよそ五十の詩から成っている。
ジャンルとして見た場合、「福音書記者の獣たち」だけが少々異色の観があるが、ロレンスが聖書に、特に黙示録に強い関心を示していたことを思えば、『鳥と獣と花』にそれらの詩が収められていることも当然のことと言えるだろう。
牧歌的なタイトルの他の詩にしても、そこにはしばしば宗教的な雰囲気が漂っており、やはりロレンスらしさが打ち出されていると感じさせられる。
色彩に対する感覚の鋭さはロレンスの小説作品においても散見されるロレンスの一つの特徴であるが、それらの特徴がより顕著に表れているのも詩作品ならではのことである。

『鳥と獣と花』には訳注がさほど豊富ではなく、読者の側で西洋文化に対して、またイトスギや巴旦杏といった植物の外観について、多少の予備知識を持っていることが好ましいだろうが、動物をテーマにしたものは比較的平易で、今日の日本の読者でも味わいやすいのではなかろうか。
主に小説家として知られているロレンスの詩作品ということで、読者層は限られているかもしれないが、『鳥と獣と花』がロレンスに興味のある読者を裏切ることはないに違いない。

『アメリカ文学論』 D.H.ロレンス(彌生書房)

アメリカ文学論アメリカ文学論

書名:アメリカ文学論
著者:D.H.ロレンス
訳者:永松 定
出版社:彌生書房
ページ数:260

おすすめ度:★★★☆☆




小説、戯曲、詩など、多方面での創作活動を行っていたロレンスの批評方面における代表的な著作が本書『アメリカ文学論』である。
フランクリン、ポー、ホーソーン、メルヴィル、ホイットマンといったアメリカ古典文学の礎を築いた作家たちを扱っており、ロレンスという有名な作家が他の国の有名な作家たちを論じた非常に興味深い一冊となっている。

ロレンスの『アメリカ文学論』を読むに当たり、クーパーの『開拓者』、ポーの『リジーア』、ホーソーンの『緋文字』、メルヴィルの『白鯨』、ホイットマンの『草の葉』を読んでおくことをお勧めしたい。
個々の作品に対しても緻密な分析が加えられているため、それらの作品の内容を把握していることで本書の理解度は飛躍的に増すことだろう。
また、『アメリカ文学論』には評論というよりは詩的な作品にふさわしいような表現も目に付くのが特徴である。
いかにもロレンスらしい書きぶりであるとしか言いようがないが、自らの信念に従って断定口調で言い切るところなどは、読んでいて気持ちが良いようでもあり、意見の合わない人からすればいささか腹立たしく感じられるところでもあるのだろうか。
アメリカ古典文学研究 (講談社文芸文庫)アメリカ古典文学研究 (講談社文芸文庫)

本書には、右に挙げる『アメリカ古典文学研究』という新訳もある。
彌生書房の『アメリカ文学論』ではごく一部の章が省かれて訳出されていたようだが、ページ数が百ページほど多い講談社文芸文庫版では、ひょっとするとそれらの章も訳出されているかもしれない。

『アメリカ文学論』は、徹頭徹尾ロレンスの視点から書かれた作品なので、アメリカ文学史を学ぶための入門書とは言い難いが、その反面、ロレンスの考えが明瞭に表れているため、ロレンスの文学観を知る上では最適の作品となっている。
ロレンスに興味のある人はぜひ読んでみていただければと思う。

『カンガルー』 D.H.ロレンス(彩流社)

カンガルーカンガルー

書名:カンガルー
著者:D.H.ロレンス
訳者:丹羽 良治
出版社:彩流社
ページ数:518

おすすめ度:★★★★




ロレンスが世界旅行の途中、オーストラリアで執筆した長編小説がこの『カンガルー』だ。
一般的には「リーダーシップ」小説の一つに数えられており、そして事実、その分類を裏付けるだけの内容になっている。
全編を通じてロレンス自身のオーストラリアでの滞在経験がベースになっており、主人公のサマーズは境遇も考え方も、そのすべてがロレンスの生き写しではないかというほど作家と主人公が肉薄しているため、ロレンスに関心のある読者は必然的に『カンガルー』に対する関心も高まるに違いない。

シドニーでの仮住まいを見つけ、引越しを済ませたサマーズ夫妻は、本人たちは望んでいなかったにもかかわらず、隣の家の夫妻と近所付き合いを始めるようになる。
隣人のジャックには政治的な強い信念があり、仲間たちととある計画を練り上げていて、彼はそれにサマーズを抱き込もうとするのだが・・・。
思想色が強い『カンガルー』には少々難解と思われる部分もあるため、読者の好き嫌いは両極端に分かれてしまうかもしれない。

彩流社の出版物には、しばしば誤字脱字だらけのものがあり、読者が作品から受ける印象を大きく損なってしまっているのだが、『カンガルー』においてはそれらのミスが許容範囲内に止められている。
とはいえ、1923年に発表された『カンガルー』に、「第二次大戦」で負傷した男が登場するのにはさすがに驚かされてしまったが。

『カンガルー』において、ロレンスがオーストラリア人の政治的な特徴を考察しているくだりは、執筆からおよそ百年を経た今日にも少なからず通ずる部分があるように思われる。
オーストラリアを深く知っている読者がより深く味わいうる、それが『カンガルー』だろう。
オーストラリアに長期滞在をしたことのある方や、今後それを予定されている方に強くお勧めしたい作品だ。

『白孔雀 セント・モア』 D.H.ロレンス(世界の文学)

世界の文学〈第34〉ロレンス (1966年) 白孔雀 セント・モア世界の文学〈第34〉ロレンス (1966年) 白孔雀 セント・モア

書名:白孔雀 セント・モア
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整、伊藤 礼
出版社:中央公論社
ページ数:550

おすすめ度:★★★★




ロレンス最初の小説作品である『白孔雀』と、ロレンスの晩年の思想が浮き彫りになっている小説である『セント・モア』を収録しているのが本書である。
私が知る限りでは『白孔雀』も『セント・モア』もこの『世界の文学』から出された一冊以外には翻訳がなく、今後再版が行われるようにも思えないので、ロレンスに興味のある読者にとってはなかなか貴重な本と言えるのではなかろうか。

若きロレンスが書き上げた『白孔雀』は、田舎の美しい風景の中で繰り広げられる若き男女たちの恋愛模様を描いた、作家の若さをも感じさせる作品である。
とはいえ、小説としての完成度の高さには目を見張るものがあり、単なる青春ドラマに堕していないあたりもさすがロレンスと言わざるをえない。
息子と恋人』同様、ロレンスの自伝的要素が随所に表れているので、あらかじめロレンスの伝記的事実をいくらか知っているといっそう楽しめるかもしれない。

一方、円熟期の作品である『セント・モア』は、文章量でいえば長編作品に分類されるのであろうが、一般的な意味での長編小説とは違った独特の味わいを秘めている作品だ。
「セント・モア」とは、容姿こそ優れているが扱いにくい気性を持った馬の名で、その馬に魅せられた若い妻を中心に、気取った夫、強気な母、寡黙な馬丁などが作中でそれぞれ存在感を放っている。
『セント・モア』はロレンスの思想の読み取れる作品であるが、それでいて会話部分も豊富でなおかつストーリー性もあるので、難解さや堅苦しさを感じる読者は少ないはずだ。

一冊の本の中で、ロレンスの初期の作風と後期のそれとの差異を体感できるのも本書の長所の一つである。
基本的には中古品しか入手できないが、十分読むに値する二作品がまとめられているので、ロレンスに関心のある方には強くお勧めしたい。

『翼ある蛇』 D.H.ロレンス(角川文庫)

翼ある蛇 (上巻) (角川文庫)翼ある蛇 (上巻) (角川文庫)翼ある蛇 (下巻) (角川文庫)翼ある蛇 (下巻) (角川文庫)

書名:翼ある蛇
著者:D.H.ロレンス
訳者:宮西 豊逸
出版社:角川書店
ページ数:409(上)、351(下)

おすすめ度:★★★★




ロレンスがメキシコを舞台に書き上げた長編小説がこの『翼ある蛇』である。
いわゆる「リーダーシップ」小説の一つで、全般に思想色が濃く、宗教的・神秘的な考えまで盛り込まれているのでロレンスの言わんとするところをすべて読み解くのは容易ではないかもしれない。
しかし、それだけ読み応えがある小説であることは間違いないし、ロレンスに興味のある方はぜひ読んでみていただければと思う。

メキシコを訪れたアイルランド人女性、ケイト。
闘牛の血なまぐささや、強盗の横行など、メキシコにあまり魅力を感じられないでいたケイトだったが、政情の安定しないメキシコ国内ではケツァルコアトルやウィチロポチトリといった古い神々を復活させようという動きがあることを知って興味をそそられる。
その運動の指導者と知り合いになったケイトは・・・。
『翼ある蛇』におけるメキシコは、ロレンス自身のメキシコ滞在経験を生かした周到さで描かれていて、メキシコを正面から取り扱った作品として読むだけでも十分楽しめるはずだ。

『翼ある蛇』は随所でメキシコ人が論じられているのだが、その書きぶりは批評精神に富んだロレンスらしいたいへん手厳しいもので、メキシコ人がそれを読んだ場合、あまり喜ばないのではないかと思われるほどだ。
とはいえ、今日のメキシコにまで通ずるような鋭い指摘も数多くあり、メキシコを旅したことのある人であればロレンスの言及している人間性を随所に見出すことができたのではなかろうか。

研究者の中には『翼ある蛇』をロレンスの最高傑作と推す声もあるようで、角川文庫版の『翼ある蛇』の表紙裏には、本作品がロレンスの最高傑作であると断言されている。
それはそれで少々強引な言明だと言わざるをえないが、ロレンスにとって一大テーマである男と女の関係、それを神秘的な側面から取り扱った作品という意味では、『翼ある蛇』の右に出る作品はないように思う。

『虹』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

虹 上 (新潮文庫 ロ 1-9)虹 上 (新潮文庫 ロ 1-9)虹 下 (新潮文庫 ロ 1-10)虹 下 (新潮文庫 ロ 1-10)

書名:
著者:D.H.ロレンス
訳者:中野 好夫
出版社:新潮社
ページ数:453(上)、426(下)

おすすめ度:★★★★




ロレンスにとって四作目となる長編作品がこの『虹』である。
出版当初、内容に性的な言及が多いとして発禁処分になった作品で、『チャタレイ夫人の恋人』と同様にいわゆるロレンスの「問題作」に数えることができるだろう。
そうはいっても、『チャタレイ夫人の恋人』ほどの露骨な性的描写はないので、「問題作」として過度に期待して読むと失望することになるかもしれない。

『虹』は、イングランドの農村に暮らす富裕な農家を舞台にして始まる。
恋をし、結婚をし、子供が生まれ・・・。
あらすじ自体は特に変哲のないものと言えるかもしれないが、読みごたえあるロレンスの鋭い筆は登場人物の心理の奥深くに届くどころかときにはその魂にまで触れている。
自我の強い登場人物たちの思考や振る舞いに、読者は興味をそそられずにはいないだろう。

ロレンスの関心事といえばやはり男女関係であり、『虹』においても親子三代にわたる三組の男女の関係性が主なテーマとなっている。
それを描く過程で性的な事柄への言及も避けられないが、ロレンスの最大の関心事はそれを超えたところ、すなわち男と女という二人の人間のあり方をとことんまで突き詰めていくことにあるように思われる。
結婚生活も大きな問題の一つとして取り上げられているので、既婚者が『虹』を読むと意外に共感できる部分があるのでは、とも思う。

ロレンスの代表的な作品と呼んでもいいほどの『虹』だが、日本語訳の出版状況はかなり乏しいのが現状だ。
なお、同じ新潮文庫でも、出版年が古いものは上・中・下の全三巻で出されていたようなので、購入の際には出版年とページ数に注意が必要かもしれない。
あまり一般受けはしないようにも思われるが、ロレンスに興味のある方であれば必ずや満足いただける作品としてお勧めしたい。

『D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』』 D.H.ロレンス(リーベル出版)

D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』

書名:D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』
著者:D.H.ロレンス
訳者:白井俊隆、高橋克明、伊沢祐子、後藤真琴、小野寺章
出版社:リーベル出版
ページ数:286

おすすめ度:★★★★




ロレンスにとって後期作品とも言える『一触即発』、『ダビデ』、『ノアの洪水』の三編を収録しているのがこの『D.H.ロレンス戯曲集』である。
生前自作が上演されることの少なかったロレンスのことを劇作家として成功した人物であるとは言えないだろうが、ロレンスに興味のある読者にとっては彼の戯曲はロレンスらしさを見出すことのできる汲めども尽きない泉であることは間違いないだろう。

イングランドの炭坑の町を舞台にした『一触即発』は、政治思想に男女関係を織り交ぜたいかにもロレンスといった作品になっている。
資本家と労働者の間、つまり労使の対立を扱っているあたり、執筆当時の時代を感じさせるものがある。
『一触即発』で主旋律を成すテーマがさほど今日的ではないにせよ、作品が描く状況や背景は非常に把握しやすいので、予備知識がなくても作品世界に入っていきやすいのが特徴であるように思う。

未完の作品である『ノアの洪水』は、10ページそこそこの断片に過ぎないということもあってかなり玄人向けであり、楽しめる読者は非常に限られるように思われる。
他方で、ロレンスにしては異色の観すらある旧約聖書に題材を求めた『ダビデ』は、質の上でも量の上でも非常に興味深い作品になっている。
ダビデにまつわるオリジナルのストーリーは確固たるものが存在しているので、その決定的な素材をロレンスがどう料理するのかを読者は楽しむことができるのではなかろうか。

本書『D.H.ロレンス戯曲集』の訳文が必ずしも読みやすいかというと素直に肯定できない部分もあるにはあるが、本書と併せて『ホルロイド夫人やもめになる』などのロレンス初期の戯曲作品を収めたもう一冊の『D.H.ロレンス戯曲集』を読めば、ロレンスの戯曲はその大半を読破したことになる。
ロレンスの戯曲に関心のある方にはこの二冊をお勧めしたい。

『ミスター・ヌーン』 D.H.ロレンス(集英社)

ミスター・ヌーンミスター・ヌーン

書名:ミスター・ヌーン
著者:D.H.ロレンス
訳者:森 晴秀
出版社:集英社
ページ数:354

おすすめ度:★★★★




D.H.ロレンスの未完の小説と思われていたが、ロレンスの死後数十年も経ってから後半部分の原稿が見つかり、完結した作品として日の目を見たのが本書『ミスター・ヌーン』である。
後半部分がロレンスによって破棄されたのは、関係者が知れば激昂するような自伝的要素が濃すぎたからに他ならず、事実、『ミスター・ヌーン』においては、ロレンスとその妻フリーダの関係性が浮き彫りになっているように感じられる。

豊かな才能を持ちながらも、イングランドの田舎町でくすぶっているギルバート・ヌーン。
尻の軽い娘との情事を楽しみながら、漫然とした日々を送っていたのだが、そんな彼にも町を飛び出さざるをえない転機が訪れ・・・。
ロレンスにとって終生のテーマであった、性を軸とした男女の関わり方をどう考えるかという問題、それが『ミスター・ヌーン』でも重点的に表現されている。
少々回りくどい比喩による説明が続く箇所もなきにしもあらずだが、『ミスター・ヌーン』には豊富な自然風景の描写も含まれてるので、そうバランスを失ってはいないように思われる。

『ミスター・ヌーン』の場合、第一部と第二部の繋がりが緩いのも特徴の一つと言えるだろう。
それもそのはず、第二部の主人公ヌーンはロレンス自身をモデルとしているが、第一部のヌーンは別人をモデルにしているらしいので、ロレンスに関心の強い方であれば、第二部のほうをより楽しめるような気がする。

ロレンスの「最新作」であるにもかかわらず、『ミスター・ヌーン』はほとんど脚光を浴びていないという不幸に見舞われている。
訳者によるコメントにもあるように、ロレンスにしては珍しい軽妙な筆致が随所に見られる、いわば変わり種の作品となっているので、ロレンスに興味のある方であればぜひ一読してみるべきではないかと思う。
新刊での入手は困難だが、中古ならわずかに出回っているので、早めの入手をお勧めしたい。
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