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『チャタレイ夫人の恋人』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

書名:チャタレイ夫人の恋人
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整
出版社:新潮社
ページ数:575

おすすめ度:★★★★★




D.H.ロレンスの晩年の長編作品がこの『チャタレイ夫人の恋人』である。
内容が猥褻であるとの議論がなされたことのある問題作で、日本で翻訳が出された際に裁判沙汰になったこともあるため、日本においても広くその名が知られた作品となっている。
本書がわざわざ「完訳」と断られているのも、過去に猥褻な記述と判断された部分を削除した版が存在するためだ。

戦争から生還した夫が下半身不随となってしまったため、以後性的な関係を望むことのできなくなったチャタレイ夫人。
二人には子供がなかったが、男爵家の血を引く夫の立場からすると、どうしても跡取りが必要で・・・。
性と愛という主要なテーマ以外にも、読者は晩年のロレンスがたどり着いた到達点とも言うべき思想の断片に直面することができるのが『チャタレイ夫人の恋人』なので、ロレンスの作品を初めて読む方にも適しているように思われる。
チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)

右に示すように、『チャタレイ夫人の恋人』はちくま文庫、光文社古典新訳文庫からも出されている。
新潮文庫版と読み比べたわけではないのでどれが最も読みやすいのかは私には判断がつかないが、新潮文庫の伊藤整訳は猥褻物として裁判になったという、いわばチャタレイ事件を引き起こす元になった翻訳であるから、その歴史的価値は訳出から数十年を経た今もまったく色あせることはないだろう。
そういう意味では、今後いかなる優れた新訳が出されようと、伊藤整訳は常に最もお勧めの翻訳であり続けるに違いない。

『チャタレイ夫人の恋人』には、確かに性に関する描写に従来のイギリス文学からは考えられないような露骨な表現が散在しており、それはそれで大いに注目に値する部分ではあろうが、もちろんその点のみが読みどころとなるべき作品ではない。
『チャタレイ夫人の恋人』がポルノに分類されず、純文学の一翼を担っているのはそれなりの理由があるからだ。
どうしても性愛の描写やその出版にあたっての背景事情が興味を引きがちであるが、それらを度外視しても『チャタレイ夫人の恋人』は十分興味深い作品に仕上がっているので、まずは一読をお勧めしたい。
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『息子と恋人』 D.H.ロレンス(世界文学全集 38)

世界文学全集 38 ロレンス (38) 息子と恋人世界文学全集 38 ロレンス (38) 息子と恋人

書名:息子と恋人
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整
出版社:河出書房新社
ページ数:500

おすすめ度:★★★★★




D.H.ロレンスの出世作であり、代表作の一つにも数えられている長編作品が本書『息子と恋人』である。
ロレンスの自伝的要素が色濃く打ち出されているのが特徴で、『息子と恋人』以外の自伝的要素が垣間見える作品、たとえば戯曲『炭坑夫の金曜日の夜』などに接する前に読んでおくと、それだけでもだいぶ印象が異なることだろう。
作品自体の面白さだけではなく、他の作品との横のつながりもあるため、ロレンスに興味のある方は必読といってもいい作品だと思う。

『息子と恋人』の舞台となるのはイングランドのとある炭鉱町。
愛情に乏しい夫を持った妻の心は、息子たちを見守ることに傾けられていく。
思い惑う年頃を迎えた息子は、学び、働き、そして恋をする・・・。
読者がそれぞれの登場人物の振る舞いに共感を得られるという作品ではないかもしれないが、ロレンス一家がモデルになっているために作品世界がリアリティに富んでいるのは本書の魅力と言えるのではなかろうか。
息子と恋人 (上巻) (新潮文庫)息子と恋人 (上巻) (新潮文庫)息子と恋人 (中巻) (新潮文庫)息子と恋人 (中巻) (新潮文庫)息子と恋人 (下巻) (新潮文庫)息子と恋人 (下巻) (新潮文庫)

ロレンスの代表作である『息子と恋人』であるが、今日の日本での出版状況は好ましいものとは言い難い。
右に挙げたようにかつては新潮文庫から出されていたようだが、それも今では中古でしか手に入らない状態だ。
『息子と恋人』には岩波文庫版もあるらしいが、それも希少なものとなっているらしく、文学全集に収録されたものが最も入手しやすいように思う。

『息子と恋人』はいろいろな点できわめてロレンスらしい作風の長編作品である。
晩年に書かれた『チャタレイ夫人の恋人』とは一味違うものの、それでいて両方の作品に共通するロレンスならではの筆致も随所に見受けられる。
ロレンスを読みたい方には強くお勧めできる作品だ。

『処女とジプシー』 D.H.ロレンス(彩流社)

処女とジプシー処女とジプシー

書名:処女とジプシー
著者:D.H.ロレンス
訳者:壬生 郁夫
出版社:彩流社
ページ数:203

おすすめ度:★★★★




チャタレイ夫人の恋人』とほぼ同時期、すなわちロレンスの円熟期に執筆された中編小説である『処女とジプシー』。
本書は短編作品『太陽』も収録しているが、こちらも同じ時期に書かれた作品である。
二篇ともに、『チャタレイ夫人の恋人』を知っている読者の目線で接すると『チャタレイ夫人の恋人』を準備する習作かのような印象すら抱きかねない作品で、ロレンスに、そして『チャタレイ夫人の恋人』に関心のある読者であればそれだけ興味深く読むことができるように思う。

ロレンスは『処女とジプシー』において、いかにもロレンスらしく牧師一家を描いている。
二人の若い娘の父である牧師が妻に駆け落ちされたという設定も、駆け落ちの実体験を持つロレンスが選ぶにはふさわしいと言えるだろう。
旧弊な固定観念に縛られた牧師館と、幌馬車で流浪の旅をしながら生活する奔放で生命力に富んだジプシーたちとの対比は強烈で、対照関係を描き出すのを得意とするロレンスが好む作風であるように感じられる。

『太陽』は短篇集に収録されることの多い、いわばロレンスの代表的な短篇の一つとなっている。
そして事実、テーマが非常にロレンスらしいものであるため、読者の期待を裏切ることはないのではなかろうか。
気候条件が人間の心理状態に影響を及ぼす短編作品ということで、どこかモームの『雨』を思い起こさせるものがある。

ロレンスの作品に数多く触れたいという読者が必ずお世話になる出版社が彩流社だろう。
大手出版社の出版物と比べると少々誤植が目に付くのが難点といえば難点だが、ロレンスの作品を多く世に出してくれている功績を損なうほどのものではないので、ロレンスに興味のある方はぜひ『処女とジプシー』を手にしていただければと思う。

『乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集』 D.H.ロレンス(福武文庫)

乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集 (福武文庫)乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集 (福武文庫)

書名:乾し草小屋の恋―ロレンス短篇集
著者:D.H.ロレンス
訳者:西村 孝次
出版社:福武書店
ページ数:260

おすすめ度:★★★★




表題作と『春の陰翳』、『桜草の道』、『牧師の娘たち』の四つの短篇を収めたD.H.ロレンスの短篇集がこの『乾し草小屋の恋』である。
いずれもロレンス初期の作品で、特に前二者は青春小説と呼んでもいいほど作家の若々しさを感じさせる作品となっているように思う。
また、『桜草の道』を除き、作品の舞台に田舎が選ばれているので、全体に温和な空気が漂っているのも特徴として挙げられようか。

乾し草の刈り入れの季節を迎えた兄と弟を描いた『乾し草小屋の恋』。
不器用ながら負けず嫌いの兄と、そんな兄に対して優越感を抱いている弟は、異性を巡っても競い合うことをやめず・・・。
恋愛感情や性的な事柄を扱い続けることになる小説家ロレンスの方向性は、この作品の中にも明確に打ち出されているように感じられる。

牧師一家を描いた『牧師の娘たち』は、全体的に『処女とジプシー』に似ている作品だ。
100ページほどあるので短篇というよりは中篇と呼ぶのがふさわしいかもしれないが、いずれにしても、他の三篇よりも登場人物の輪郭がくっきりとしているように感じられる。
ロレンスが常に関心を寄せていたに違いない階級間の格差というテーマも盛り込まれており、非常にロレンスらしい一篇となっているのは間違いないだろう。

D.H.ロレンスの短篇集にはいくつかあるが、執筆時期の似通った作品ばかりを集めた福武文庫版の『乾し草小屋の恋』は統一感がある。
流通量が豊富でないために新品の入手が困難なのだが、他の短篇集には収録されていない作品も読むことができるのでロレンスに興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『回転木馬』 D.H.ロレンス(リーベル出版)

回転木馬―D.H.ロレンス戯曲回転木馬―D.H.ロレンス戯曲

書名:回転木馬
著者:D.H.ロレンス
訳者:高橋 克明
出版社:リーベル出版
ページ数:157

おすすめ度:★★★☆☆




20世紀のイギリス文学を代表する小説家として名高いD.H.ロレンスだが、彼の執筆活動はそのジャンルも幅広く、詩や戯曲においても数々の秀作を残しており、その中の一つが戯曲『回転木馬』である。
悲劇とも喜劇ともつかない分類に困る作品で、後期シェイクスピアの問題劇にも似て、ある意味で非常に近代的な作品であるとみなすことができるかもしれない。
個人的にはロレンスといえば自らの作品にいささか大胆過ぎるほどに自分らしさを持ち込む作家であるという印象があるが、この『回転木馬』もくっきりとロレンスの横顔が刻印された作品に仕上がっているように思われる。

病の床に臥せり、死にかけている母親には、ろくに仕事もしないでいる宙ぶらりんの息子と、亡き夫の借金を抱えた未亡人である娘がいる。
母にはまとまった財産があり、面倒を見てくれている看護婦がお気に入りで、さらに出入りのパン屋もいれば、牧師夫婦もいて・・・。
『回転木馬』には一筋縄ではいかぬ複雑な人間模様が描かれているので、それを読み解こうと思えば読者の側にも一定の注意力が要求されるだろうが、そこが本書の読みどころでもあるのではなかろうか。

『回転木馬』は、必ずしも内容的に類似が見られるというわけではないが、息子の母との決別をテーマとしているあたりに『息子と恋人』との連関を強く感じさせる作品となっている。
『回転木馬』は一戯曲として単独で楽しむよりも、ロレンスの作品をいくつか知った上で、特に『息子と恋人』を読んだ上で手にするといっそう深みを覚える作品であるといえようか。
それにしても、ロレンスの作品をいくつも読んでいく中で、ロレンスの作品群における『息子と恋人』の重要度はどれほど高く見積もっても過剰評価にはならないということを度々再認識させられずにはいないのだから不思議なものだ。

『回転木馬』はロレンスの作品をいくつか知っている玄人向けの作品という気もしないでもないが、戯曲というスタイルゆえに読みやすいものであることは間違いない。
ロレンスへの理解を深めたい方はぜひ読んでみていただきたい。

『D.H.ロレンス戯曲集』 D.H.ロレンス(彩流社)

D.H.ロレンス戯曲集 (名作の発見)D.H.ロレンス戯曲集 (名作の発見)

書名:D.H.ロレンス戯曲集
著者:D.H.ロレンス
訳者: 白井俊隆、高橋克明、伊沢祐子、後藤真琴、鶴見やよひ、小野寺章
出版社:彩流社
ページ数:339

おすすめ度:★★★★




本書『D.H.ロレンス戯曲集』には、『炭坑夫の金曜日の夜』、『嫁』、『ホルロイド夫人やもめになる』の三作品が収められている。
いずれもロレンスの自伝的要素を含んだ作品となっており、それだけロレンスに興味のある読者を楽しませるものとなっているように思う。
本書に収録された戯曲にも他のロレンスの多くの作品と同様『息子と恋人』との連関が見られるため、先に『息子と恋人』を読んでおくことをお勧めしたい。

劇の中心人物がロレンス自身をモデルとしており、『息子と恋人』との連関が最も強いのが『炭坑夫の金曜日の夜』である。
息子と恋人』の読者であれば数々の場面を思い返さずにはいられないはずだ。
『嫁』では、新婚の夫が、妻以外の女性との間に子供ができていたことが発覚する。
そもそもぎくしゃくしていた夫婦関係はどうなるのか・・・。
『ホルロイド夫人やもめになる』はロレンスの戯曲で代表的なものの一つ。
夫婦や親子の関係性が描かれているあたりにロレンスらしさが窺える。

『D.H.ロレンス戯曲集』に収録された三作品は、どれも炭坑労働者とその家庭を描いたものであり、全般に劇としての事件性には乏しいと言わざるをえない。
しかし、夫と妻、父と息子、そして母と息子といった普遍的な人間関係を軸に据えているために多くの読者の興味を引きやすいことだろうし、生活感に満ちた労働者階級を登場人物とすることによって素朴な味わいを秘めていることは否定しがたい事実だろう。
本書『D.H.ロレンス戯曲集』には三作品が一冊にまとめられているという手頃さもあって、ロレンスの戯曲を読みたいという読者に真っ先にお勧めしたい一冊だ。

『アロンの杖』 D.H.ロレンス(八潮出版社)

アロンの杖 (八潮版・イギリス・アメリカの文学)アロンの杖 (八潮版・イギリス・アメリカの文学)

書名:アロンの杖
著者:D.H.ロレンス
訳者:吉村 宏一、北崎 契縁
出版社:八潮出版社
ページ数:436

おすすめ度:★★★☆☆




ロレンス後期の長編作品である『アロンの杖』は、『カンガルー』や『翼ある蛇』と同じカテゴリーに分類されることが多く、ロレンスの作品の中では傍系に位置すると言えるかもしれない。
炭坑で働くアロンを主人公にする点が非常にロレンスらしいが、アロンは早々に炭坑を去り、イギリス国内から果てはヨーロッパへと遍歴を始めるのであるから、やはりやや異色な作品と呼べるのではなかろうか。

炭坑で働き、妻子を養ってきていたアロンだったが、彼はある時家族に別れを告げることもなく家を出て行ってしまう。
「杖」を手にした美貌の青年、アロンはどこへ向かうのか・・・。
『アロンの杖』の時代は第一次大戦後に設定されているが、アロンは別に戦争に参加し復員した後に家庭生活を捨てるに至ったわけではなく、彼には彼で戦争の傷跡とは別の思惑があるのである。
どれだけ社会情勢が変動しようと、常に個のあり方に鋭い角度から着目し、それを小説に仕上げるあたりは、いかにもロレンスらしいと言えるように思う。

ロレンスといえば男女や親子の関係性を描く作家というイメージがあるが、この『アロンの杖』においては男女関係、それも特に夫婦関係に焦点を当てているという印象を受ける。
小説の登場人物における個別的な関係性というよりは、広く世に通じる一般的な関係性を論じている部分も多く、実際に結婚している読者の心には、良きにしろ悪しきにしろ、何かしら響くものがあるのではなかろうか。

『アロンの杖』はもっぱら男性の視点で描かれているように感じられるため、ひょっとすると女性の読者にはあまり向いていない小説なのかもしれない。
その内容からして誰もが楽しめるという作品ではないようにも思われるが、読者の精神を揺さぶるだけの破壊力を備えているのも事実であり、読み応えのある作品を求める読者にはお勧めできる一冊だ。

『ロレンス短編集』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

ロレンス短編集 (新潮文庫)ロレンス短編集 (新潮文庫)

書名:ロレンス短編集
著者:D.H.ロレンス
訳者:上田 和夫
出版社:新潮社
ページ数:509

おすすめ度:★★★★




およそ二十年にわたる作家生活において多くの短編を残したロレンスだが、それらの中から十三編を選び、一冊にまとめたものがこの新潮文庫版の『ロレンス短編集』だ。
訳者の上田氏いわく、男女関係をテーマにした物語性の強いものを中心に編んだとのことであり、そして事実、その言葉どおりの選集となっているように思われる。
選択に偏りがあると言ってしまえばそれまでかもしれないが、読者が皆、本書からロレンスらしさを存分に味わうことができるのはやはり長所であると言えるのではなかろうか。

特に注目に値する作品としては、きわどい夫婦関係を扱った『薔薇園の影』、独特の緊迫感とリアリティを帯びた『イギリスよ、わがイギリスよ』を挙げたいと思うが、繊細かつ微妙な心情を巧みに描き出した『盲目の男』や『乗車券を拝見』も文句なしに秀作に数えられるだろう。
また、短編自体としての評価も高く、ロレンスの短編の代表作の一つと目される『菊の香』は、戯曲『ホルロイド夫人やもめになる』との連関性からも大いに興味を引く作品である。
ホルロイド夫人やもめになる』と『菊の香』はそれぞれ互いに翻案であると言えるほどあらすじが酷似しており、一方を読まれた方には他方を読まれることをお勧めせずにはいられない。

男女関係をテーマにしていない例外的な作品として『木馬の勝ち馬』が収録されているが、なぜ訳者がこれをあえて訳出することにしたかは、一読いただければ納得いただけることだろう。
典型的なロレンスらしい短編であるとは言い難いが、この短編集の中で『木馬の勝ち馬』が一番気に入ったという読者がいても私はまったく不思議には思わない。

数あるロレンスの短編集のうち、おそらく最もポピュラーなものがこの新潮文庫版の『ロレンス短編集』である。
本書だけでも他の短編集に頻繁に収録される代表的な作品はほぼ網羅しているのだが、ロレンスの短編をもっと読まれたいという方には、ちくま文庫版の『ロレンス短篇集』をお勧めしたい。

『ロレンス短篇集』 D.H.ロレンス(ちくま文庫)

ロレンス短篇集 (ちくま文庫)ロレンス短篇集 (ちくま文庫)

書名:ロレンス短篇集
著者:D.H.ロレンス
訳者:井上 義夫
出版社:筑摩書房
ページ数:295

おすすめ度:★★★☆☆




代表的な作品を中心に、D.H.ロレンスの短篇十作品を収録したのがちくま文庫版のこの『ロレンス短篇集』だ。
互いによく知られた作品を集めたために新潮文庫版の『ロレンス短編集』といくつか重複する作品もあるにはあるが、そちらに収録されていない作風のものにも出会うことができるため、ロレンスの短篇作品に関心のある方には両方を読まれることをお勧めしたい。

独創性の強い初期の作品である『ステンドグラスの破片』と円熟期の『最後の笑い』を読むと、ロレンスという作家に対するイメージを少々拡張することになるかもしれない。
『プロシア士官』は、この作品をロレンス自身が生前出版された短篇小説集の表題作に選んだことからも、彼の自信作の一つとみなすことができるだろう。
また、新潮文庫版の『ロレンス短編集』に『イギリスよ、わがイギリスよ』とのタイトルで収録されていた「England, My England」が、ちくま文庫版では『英国、わが英国(1915年版)』として訳出されている。
1915年版と断られているのは、その後大幅に書き換えられたからで、事実、両者から受ける印象は大きく様変わりしている。
両者を読み比べれば、ロレンスの代表的な短篇の一つが最終稿に至るまでの遷移を窺うことができ、とても興味深い。

細かいことではあるが、炭坑夫の語る言葉遣いが原文ではおそらくイーストウッド方言なのであろうが、本書ではそれを関西弁で訳出しているのに多少の違和感を覚えないでもない。
そうはいっても、出版年の新しいちくま文庫版には、近年のロレンス研究の成果を踏まえた解説が載せてあるのが魅力の一つでもあり、わざわざロレンスの研究書を手にすることのない私のような一般読者にとっては、半ば神話のようにロレンスの伝記的事実とみなされていた点がいくつか覆されているのを知ることができるのは、想像以上にうれしいおまけであると言える。
ロレンスに関心のある読者が手にして損はない一冊だと思う。

『ロストガール』 D.H.ロレンス(彩流社)

ロストガールロストガール

書名:ロストガール
著者:D.H.ロレンス
訳者:上村 哲彦
出版社:彩流社
ページ数:560

おすすめ度:★★☆☆☆




D.H.ロレンスの作家生活において中期の作品に分類される長編作品がこの『ロストガール』だ。
女主人公に実在のモデルが存在する物語ではあるが、ロレンスなりの脚色は事実を大きく曲げており、ほとんどロレンスの独創によるものとみなしていいほどかもしれない。
滑稽味すら漂っている雰囲気の中で物語が進んでいき、事件性にも事欠かないため、読者が途中で飽きてしまうことはないはずだ。

イングランドの田舎の炭坑町で、婚期を逃しオールド・ミスとなりつつあるアルヴァイナ。
野性的な旅芸人との出会いを通じて、これまでやや受動的な生き方をしてきた彼女は、人生に肯定的な意味合いを見出すことができるのか・・・。
『ロストガール』にはイタリアやフランス系の人々が登場し、作中において大きな役割を担っているが、それらの人々との対比によって当時のイギリス人、特にイギリス人女性がくっきりと浮き彫りにされているような印象を受けるのではなかろうか。

ロレンスの思想表現がさほど見られない『ロストガール』は、ストーリー性重視のたいへん読みやすい作品である。
ただ、彩流社による本書は全般に誤字脱字が甚だしく、これまで私が接してきた数百冊の本の中でも最もその頻度が高いように思われる。
単純な平仮名の間違いは随所に見つかるし、時として主人公の名前ですら間違われており、作品に対する読者の注意はその都度そらされかねず、出版物としてのクオリティはかなり低いと言わざるをえない。
価格帯も決して安くはないので、購入を悔やまれる方もいるのではないかと思うと、あまりお勧めできる本だとは言えない。
さほど注目を浴びることのない『ロストガール』の翻訳出版を企画してくれたことには感謝であるが、その質が伴っていないのは大いに残念なことである。
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