『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』 サド(岩波文庫)

ジュスチーヌまたは美徳の不幸 (岩波文庫)ジュスチーヌまたは美徳の不幸 (岩波文庫)

書名:ジュスチーヌまたは美徳の不幸
著者:マルキ・ド・サド
訳者:植田 祐次
出版社:岩波書店
ページ数:598

おすすめ度:★★★★




サドの代表作の一つが本書『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』である。
サドの作品にしては思索的な側面より物語性の強いことが特徴であるが、サディズムという名称がなぜ彼に由来するのか、本書を読むだけでも十二分に納得がいくことだろう。
サドの作品は知的好奇心に駆られて手にする読者が多いはずだが、『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』は必ずやその好奇心を満たしてくれる作品であると言えるはずだ。

『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』は、そのタイトルのとおり、逆境にも堕落しない心を持った美徳の鑑とも思われるジュスチーヌが、数々の悪人たちの手玉に取られ、倒錯的行為の餌食に成り果てるという、不幸な淑女の一代記を描いた作品である。
前代未聞の不幸の連続に驚嘆させられながらも、読者は勧善懲悪とは真逆に位置するサドの思想に直面することを迫られる。
ジュスチーヌの姉妹であるジュリエットを主人公にした『ジュリエットまたは悪徳の栄え』は、『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』と対を成し、互いに補完し合う、まさに姉妹編と言うべき作品なので、サドの思想を掘り下げたい方はそちらも一読すべきだろう。

『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』に限らず、サドの作品は、どれだけ物語性に富んでいようと、いかにサドの思想を伝えるものであろうと、素直に他人にお勧めできる類の作品ではない。
多くの読者が受け入れられないはずのグロテスクさを備えているのがその理由で、その点に関しては比較的読みやすい部類に入るはずの『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』も決して例外ではないと言える。
そういう意味では、サドは読者の側に一定の覚悟を要求するという、稀有な作家の一人なのだろう。

サドの作品を読めばそれだけサディズムに対する理解が深まるというものでもないが、今日の心理学や現代思想におけるキーワードの一つであるサディズムが、その重要性からいって看過できない代物であることは間違いない。
衝撃的な読書体験をも辞さないという方は、ぜひ『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』を読んでみていただければと思う。
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『悪徳の栄え』 サド(河出文庫)

悪徳の栄え〈上〉 (河出文庫)悪徳の栄え〈上〉 (河出文庫)悪徳の栄え〈下〉 (河出文庫)悪徳の栄え〈下〉 (河出文庫)

書名:悪徳の栄え
著者:マルキ・ド・サド
訳者:渋澤 龍彦
出版社:河出書房新社
ページ数:346(上)、320(下)

おすすめ度:★★★★




ジュスチーヌまたは美徳の不幸』と並び、サドの代表作の一つに数えられるのが『悪徳の栄え』である。
ジュスチーヌまたは美徳の不幸』と対を成す作品であるが、物語性よりも思想性が強く打ち出されているのが『悪徳の栄え』の特徴で、サドの作品の中でも彼の悪徳礼賛哲学が理論的に説き明かされている部類に入るだろう。
表紙の絵からも想像されるように、作中における残虐性や倒錯性は甚だしいが、それだけサドらしい作品であることもまた事実だ。

美徳を守り不幸に陥ったジュスチーヌとは対照的に、自らの欲望を満たすために何物をも顧みることのないジュリエットは、悪徳と手を携えて栄えていく。
ジュリエットを筆頭とした悪人たちの、一般的な道徳観念を完全に排除した徹底的な悪人ぶりには、驚きといくばくかの称賛の念さえ覚えかねないほどだ。
ジュリエット物語又は悪徳の栄えジュリエット物語又は悪徳の栄え

抄訳である渋沢訳の『悪徳の栄え』に物足りなさを感じられる読者には、完訳である右の『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』をお勧めしたい。
こちらは原題に沿った表題が付されていて、『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』との対比がより明確になっているものの、1000ページを超える大部であるため、少々その敷居が高いと言わざるをえない。
かく言う私も完訳には手を出していないのだが、一般の読者が回りくどい文体を特徴とするサドを読む場合、抄訳の『悪徳の栄え』で十分なようにも感じられる。

渋沢訳の『悪徳の栄え』は、出版された際に猥褻文書のかどで裁判沙汰になり、最終的に有罪判決が下されたことでも知られている。
あくまで数十年前の話であるとはいえ、この事実は、『悪徳の栄え』は万人が楽しめる作品ではなく、中には本書の描写を不快に感じる読者も存在しうるということを示しているのではなかろうか。
そうはいっても、本書が記念碑的翻訳作品であることは疑いようもなく、いろいろな意味で興味をそそる作品であることは間違いないだろう。

『ソドムの百二十日』 サド(青土社)

ソドムの百二十日ソドムの百二十日

書名:ソドムの百二十日
著者:マルキ・ド・サド
訳者:佐藤 晴夫
出版社:青土社
ページ数:452

おすすめ度:★★★★




未完ながらも、サドの思想を如実に示す作品の一つとして知られるのが本書『ソドムの百二十日』である。
語り手たちの語った逸話を本筋にいくつもはめ込んでいくという、いわゆる枠物語の一つと言えるだろうが、誰もそのような構成面を気にしないでいられるほど、内容のインパクトが強い作品となっている。
サド流の思想を述べる側面もあるものの、残虐的・倒錯的な性行為の実践に割かれる紙幅もきわめて多く、ある意味ではポルノとの差も紙一重であるため、サドの作品の中でも特に向き不向きの分かれやすい小説であるといえるのではなかろうか。

『ソドムの百二十日』は、公爵や司教など、身分のある四人の男たちが催した百二十日間にわたる残虐極まりない宴を描いた作品である。
誘拐された無垢の少年少女たちまでが彼らの欲望を満たすために無残な目に遭うという、どぎつい性的描写が必然的に読者の注意を引き付けるに違いない。
『ソドムの百二十日』の物語自体を楽しめる読者はいないだろうし、そのような読者が存在するとはそもそも思いたくもないが、分析的視点から捉える反道徳的書物としての文学的・思想史的価値は、世紀が移り変わろうと損なわれることはないのだろう。
ソドム百二十日 (河出文庫)ソドム百二十日 (河出文庫)

佐藤晴夫訳の『ソドムの百二十日』は完訳であるが、渋沢訳の抄訳も河出文庫から出されている。
『ソドムの百二十日』の場合、完訳とはいってもサドが最後まで書き上げた作品ではないため、後半部分は箇条書きでサドが書き残したプランを訳出したものとなっており、抄訳でもそれほどの遜色はないのかもしれない。

『ソドムの百二十日』に限ったことではないが、サドの作品は、何を意図してこのような作品を物したのだろうかと読者に考えさせる力を備えている。
サドのことを単なる異常者と割り切ってしまうのも一つの手段ではあろうが、そういった判断を下すのも、最も「異常」な作品である『ソドムの百二十日』を読んでからにすべきなのだろう。

『食人国旅行記』 サド(河出文庫)

食人国旅行記 (河出文庫―マルキ・ド・サド選集)食人国旅行記 (河出文庫―マルキ・ド・サド選集)

書名:食人国旅行記
著者:マルキ・ド・サド
訳者:渋澤 龍彦
出版社:河出書房新社
ページ数:310

おすすめ度:★★★☆☆




サドの長編作品『アリーヌとヴァルクール又は哲学小説』より、一部を抜粋したのが本書『食人国旅行記』である。
その表題からして、『ソドムの百二十日』のような極端に残酷な物語を想像する読者もいることだろうが、実際にはそれほどでもないため、嫌悪感を覚える読者は少ないことだろう。

恋人を探しに未知の国に赴くこととなった若き青年が、自身の体験した冒険旅行を物語ったのが『食人国旅行記』である。
ユートピア文学の一つに数えてしかるべき作品で、理想的な国家と理想的ならぬ国家が対置されているため、それぞれの特徴がいっそう浮き彫りになっている。
差し挟まれる議論の部分が少々長すぎるきらいもあるが、著者であるサドに迫るにはそういう部分こそ重要になってくるともいえようか。
アリーヌとヴァルクール又は哲学小説アリーヌとヴァルクール又は哲学小説

右は、『食人国旅行記』の原著である『アリーヌとヴァルクール又は哲学小説』の佐藤晴夫氏による完訳だが、単行本で800ページに及び、ましてサドの文体を考え合わせれば、なかなかのボリュームであるといえる。
河出書房も、一部を抜粋して『食人国旅行記』として訳出するのではなく、『アリーヌとヴァルクール又は哲学小説』の抄訳版を文庫本二冊程度で出してくれればよかったのに、と感じるのは私だけだろうか。

サドの作品にしては、性的描写や残虐行為への言及が乏しい『食人国旅行記』は、やはり典型的なサドの作品と呼ぶことができないように思う。
しかし、全体にソフトなタッチながら、サドの思想は明確に伝えられているので、あまり露骨な性的表現を好まれない方には格好のサドの入門書となるかもしれない。

『閨房哲学』 サド(河出文庫)

閨房哲学 (河出文庫―マルキ・ド・サド選集)閨房哲学 (河出文庫―マルキ・ド・サド選集)

書名:閨房哲学
著者:マルキ・ド・サド
訳者:渋澤 龍彦
出版社:河出書房新社
ページ数:263

おすすめ度:★★★★




サドの思想を端的に述べた作品として知られるのが本書『閨房哲学』だ。
「哲学」という書名に堅苦しさを感じられる読者もおられるかもしれないが、決して難解な哲学談義がなされているわけではなく、『悪徳の栄え』や『ソドムの百二十日』と比べてとりわけ難しいということはまったくない。
サドの思想が教え諭す表現形式を採って述べられているため、『閨房哲学』はサドの入門書としても格好の一冊となることだろう。

『閨房哲学』は、うら若き娘ウージェニーが、自らの快楽を最優先させてきた百戦錬磨の夫人や放蕩児たちから手ほどきを受けるという筋書きとなっている。
ウージェニーの「進歩・発展」はどこかドイツの教養小説を髣髴とさせるほどだ。
性欲を重視した思想展開はいかにもサドらしいものがあり、読者は背徳的なエネルギーとでもいおうか、『閨房哲学』の帯びるいわく言い難い力に引き込まれてしまうことだろう。
閨房哲学 (1976年) (角川文庫)閨房哲学 (1976年) (角川文庫)閨房の哲学閨房の哲学

『閨房哲学』には右に挙げる角川文庫版と佐藤晴夫氏による単行本がある。
サドの作品にふさわしい表紙を持つ角川文庫版は、河出文庫と同じく渋澤龍彦訳となっており、内容にほとんど異同がないものと思われる。
佐藤晴夫訳の単行本は例によって本邦初となる完訳とのことなので、サドを徹底的に読み尽くしたい読者にはやはり最もお勧めであるといえる。

それぞれの著作で述べられるサドの思想は基本的には重複しており、『悪徳の栄え』、『ソドムの百二十日』、『閨房哲学』のいずれかを読めば、サドの思想はだいたい把握することができる。
そうとわかっていても読者がつい二冊目、三冊目に手を出してしまうのは、サドの作品が持つ「悪」の魅力がそうさせるのだろうか。
いずれにしても、「悪」の魅力に満ちた『閨房哲学』は、サドに関心のある方にはたいへんお勧めの一冊である。

『恋の罪』 サド(岩波文庫)

短篇集 恋の罪 (岩波文庫)短篇集 恋の罪 (岩波文庫)

書名:短篇集 恋の罪
著者:マルキ・ド・サド
訳者:植田 祐次
出版社:岩波書店
ページ数:458

おすすめ度:★★★★




サドの作品中で最も読みやすく、サドのものとは思えぬほどに「おとなしい」作品集である『恋の罪』から四篇を訳出したのが本書『短篇集 恋の罪』である。
サドに興味はあるけれどもあまりどぎつい描写は好きではないという方も、『恋の罪』であれば比較的容易に受け入れられるのではなかろうか。

いくら『恋の罪』が読みやすい作品集であるとはいっても、サドが扱う「恋」はやはり悪徳に満ち満ちている。
いろいろな作品でサドの表明してきている大胆不敵な思想が登場人物たちによって実践されており、小説家であると同時に思想家でもあったサドをよく表している短篇集となっている。
過激すぎて幻想的ですらある『ソドムの百二十日』などと比べると、『恋の罪』の世界ははるかに現実味があるというのも特徴であるといえる。
恋の罪 (河出文庫―マルキ・ド・サド選集)恋の罪 (河出文庫―マルキ・ド・サド選集)恋の罪、壮烈悲惨物語 (サド全集)恋の罪、壮烈悲惨物語 (サド全集)

『恋の罪』は、右に挙げるように岩波文庫以外にも出版されている。
渋澤訳の河出文庫版には、表題どおりの『恋の罪』からの作品とは別に、サドらしからぬと言っても過言ではない滑稽味あふれる小品まで収録されており、それによってサドのイメージが一新される方もおられるのではなかろうか。
水声社版には十一の短篇が収められていて、岩波文庫と河出文庫には収録されていない作品も訳出されているので、サドの作品を一つでも多く読みたいというかたにはこちらがお勧めだ。

過激さや残虐さの控えめな『恋の罪』は、決してサドの代表作ではない。
サドにしてはソフトな内容であることから、それだけ多くの読者を獲得できることは間違いないが、『恋の罪』からは様々な文脈で話題に上るサドの核心部分を知ることはできないだろう。
しかし、『悪徳の栄え』や『ソドムの百二十日』のみからサドを判断するというのもそれはそれで偏った見地であろうし、それを補完するものとしての『恋の罪』の価値は揺るがないのではないかと思う。
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