『平凡物語』 ゴンチャロフ(岩波文庫)

平凡物語(上) (岩波文庫)平凡物語(上) (岩波文庫)平凡物語(下) (岩波文庫)平凡物語(下) (岩波文庫)

書名:平凡物語
著者:イワン・ゴンチャロフ
訳者:井上 満
出版社:岩波書店
ページ数:300(上)、432(下)

おすすめ度:★★★★




オブローモフ』で知られるゴンチャロフの作家生活における最初の小説がこの『平凡物語』である。
ゴンチャロフというと、少々手ごわい作家というイメージを持っている方もいるかもしれないが、一般的に文体は非常に平易で、特にこの『平凡物語』は内容にも難解さが見受けられず、たいへん読みやすい作品となっている。
ゴンチャロフの長編の中では短い部類なので、ゴンチャロフに関心のある方は、まずこの『平凡物語』を読んでみていただきたいと思う。

高い理想を抱いた田舎の青年が都会に出て行き、都会の現実に接する。
世間の人々の行動規範は、彼の思い描いていたような美しいものではなく、利己的で、欺瞞に満ちたものだった・・・。
処世訓に富み、現実的な考え方を持つ彼の叔父との興味深い会話は、そのすべてがとは言わないまでも、現在にまで通ずる部分もあり、そういう意味では『平凡物語』のテーマはいまだに古びていないはずだ。

『平凡物語』のストーリー展開は、やはりいささか「平凡」であると言わざるをえない。
しかし、『平凡物語』は都会と田舎の対比を描くだけでなく、主人公とその叔父という、老若の対比も作品の主軸となっている。
『平凡物語』の読者は、大人らしく考え、大人らしく振舞うことの良し悪しに対して、改めて考えさせられるのではなかろうか。

『平凡物語』は、『オブローモフ』、『断崖』に連なる三部作の第一作目ということもあり、ゴンチャロフを本格的に読んでみようという方が真っ先に手にすべき作品であるとも言える。
激動のあらすじを期待することはできないが、それでも独特の読み応えを備え、さらには当時のロシア社会の一面を巧みに描き出した作品として、ロシア文学ファンにはお勧めの作品だ。
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『オブローモフ』 ゴンチャロフ(岩波文庫)

オブローモフ〈上〉 (岩波文庫)オブローモフ〈上〉 (岩波文庫)オブローモフ〈中〉 (岩波文庫)オブローモフ〈中〉 (岩波文庫)

オブローモフ〈下〉 (岩波文庫 赤 606-4)オブローモフ〈下〉 (岩波文庫)

書名:オブローモフ
著者:イワン・ゴンチャロフ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:312(上)、477(中)、252(下)

おすすめ度:★★★★★




ゴンチャロフの代表作である『オブローモフ』は、ロシア文学の一大テーマである「余計者」を描いた作品の中でも代表的なものだ。
いわばロシア文学の代表作とさえ呼ぶことのできる作品なので、ロシア文学に関心のある方であれば必読の作品と言えるのではなかろうか。

心の中に理想こそあれ、怠惰と無気力に支配されて無為の日々を過ごしている貴族の青年オブローモフ。
主人に輪をかけてものぐさな従僕と過ごす彼の沈滞した現実生活が活気付くような出来事は起こるのか・・・。
ツルゲーネフの『ルーヂン』やプーシキンの『オネーギン』など、「余計者」を描いた作品と比べて文章量の多い『オブローモフ』は、それだけ「余計者」のイメージを明確に把握することのできる作品となっている。
「余計者」は、その行動スタイルで大きく分ければ積極的なグループと消極的なグループに分類できるように思うが、オブローモフは消極的なグループの最たるものであり、一つの典型を示しているというのも興味深い点だ。
オブローモフ主義とは何か?―他一編 (岩波文庫 赤 610-1)オブローモフ主義とは何か?―他一編 (岩波文庫 赤 610-1)

『オブローモフ』の読者にお勧めしたいのが、右に挙げるドブロリューボフの『オブローモフ主義とは何か?』だ。
難解そうに感じる方もおられるかもしれないが、岩波文庫の「赤」に分類されていることからもわかるように、それほど専門的な内容とはなっていないので、一種の解説のような感覚で読むことができるはずだ。

主人公のオブローモフは決して悪人ではなく、それどころか、好感すら持てる人間である。
「余計者」を扱った作品の常で、『オブローモフ』もハッピーエンドとはならないが、それにもかかわらず読後感が悪くないのは、オブローモフその人の人柄によるところも大きいのではなかろうか。
オブローモフの長所も短所もまとめてじっくりと味わっていただきたい作品だ。

『断崖』 ゴンチャロフ(岩波文庫)

断崖(一) (岩波文庫)断崖(一) (岩波文庫)断崖(二) (岩波文庫)断崖(二) (岩波文庫)断崖(三) (岩波文庫)断崖(三) (岩波文庫)

断崖(四) (岩波文庫)断崖(四) (岩波文庫)断崖(五) (岩波文庫)断崖(五) (岩波文庫)

書名:断崖
著者:イワン・ゴンチャロフ
訳者:井上 満
出版社:岩波書店
ページ数:364(一)、519(ニ)、420(三)、377(四)、410(五)

おすすめ度:★★★★




ゴンチャロフ最長の長編小説である『断崖』は、『平凡物語』、『オブローモフ』と続いた三部作を完結させる作品でもある。
全五冊となかなかのボリュームではあるが、ほぼ一貫してゴンチャロフに特有の読みやすい文体で書かれているので、多くの読者が素直に楽しめる作品なのではないかと思う。

絵画、音楽、文学といった多方面に才能を持ち、芸術家を自認しているライスキーではあるが、これといって世間に認められる創作を成し遂げたわけではない。
価値観の対立する人々との暮らしの中で、彼は芸術家として、また一人の人間として、失敗者に終わってしまうのか・・・。
『断崖』を楽しむために必ずしも『オブローモフ』を読んでおくべきだとは思わないが、それぞれの作品の主人公であるライスキーとオブローモフを比較しながら読んでみるのもたいへん興味深いことだろう。

ライスキーの恋物語がかなりの紙幅を割いて描かれている『断崖』は、恋愛を主題とした小説であると言っても過言ではない。
ライスキー以外の登場人物たちの恋愛模様もしばしば描かれているのだからなおさらだ。
主人公が芸術を志す『断崖』には、芸術家小説としての側面ももちろんあり、円熟期のゴンチャロフならではの奥行きの深さを感じさせる作品となっていると言える。

岩波文庫版の四冊目には、作家としての筆を置いたゴンチャロフ自身による三部作に対する解説である「おそ蒔きながら」が付録として収められている。
『断崖』そのものの小説としての出来栄えも当然のことながら、100ページに及ぶこの充実した付録の存在により、ゴンチャロフに関心のある読者の本書に対する満足度は高いことだろう。
ぜひ『平凡物語』、『オブローモフ』、そしてこの『断崖』と読み進め、「おそ蒔きながら」で三部作を締めくくっていただければと思う。

『ゴンチャローフ日本渡航記』 ゴンチャロフ(講談社学術文庫)

ゴンチャローフ日本渡航記 (講談社学術文庫)ゴンチャローフ日本渡航記 (講談社学術文庫)

書名:ゴンチャローフ日本渡航記
著者:イワン・ゴンチャロフ
訳者:高野 明、島田 陽
出版社:講談社
ページ数:448

おすすめ度:★★★★




鎖国中の日本に開国を迫るため、日本を訪れたロシアの軍艦パルラダ号に、秘書官として乗り組んでいたゴンチャロフによる記録がこの『ゴンチャローフ日本渡航記』である。
ゴンチャロフらしい平明かつ達意の文体で書かれていて読みやすいので、タイトルに興味を感じた読者を裏切ることは少ないのではなかろうか。

小笠原諸島を経て長崎へと入港したパルラダ号は、長崎の奉行に公文書を渡し、その後謁見の儀を行うのだが、日本側にとっては外国人とのやり取りは極めてデリケートな問題であるため、遅々として進まないことに苛立つゴンチャロフだったが・・・。
いくらか文明的に見て劣った日本を見下ろしているように感じられなくもないユーモラスな表現にも出会うが、それらも我々が不快に感ずるほど偏見に満ちたものではないように思う。
異国人であるゴンチャロフが江戸時代の男性の髪型を見て滑稽に感じたとしても何ら不思議はないし、そもそも渡航記とは筆者の印象、所感を綴るべきものであることを考え合わせれば、そのことを本書で表明するのも当然といえば当然のことだろう。

『ゴンチャローフ日本渡航記』は、『フリゲート艦パルラダ号』という大部の著作の中から日本に関する部分のみを抜粋し、訳出したものとなっている。
全訳を好まれる方の中には不満を覚えられる方もおられるかもしれないが、訳者による注が充実していることもあって、個人的には抄訳であることにそれほど物足りなさを感じることなく読み終えることができた。

19世紀のロシアを代表する作家の一人であるゴンチャロフが日本を訪問し、その時の体験を事細かに文章として残していたというのは、日本人にとって幸運としか言いようがないのではなかろうか。
ゴンチャロフはもちろん、幕末の日本を外国人がどのように見ていたかに関心のある方は、ぜひ本書を手にしていただければと思う。
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