『魔の山』 トーマス・マン(岩波文庫)

魔の山〈上〉 (岩波文庫)魔の山〈上〉 (岩波文庫)魔の山〈下〉 (岩波文庫)魔の山〈下〉 (岩波文庫)

書名:魔の山
著者:トーマス・マン
訳者:関 泰祐、望月 市恵
出版社:岩波書店
ページ数:508(上)、690(下)

おすすめ度:★★★★★




トーマス・マンの代表作である長編小説『魔の山』は、ドイツ文学の伝統的な様式である教養小説の流れを汲む作品で、20世紀前半のドイツ文学を代表する作品ともなっている。
最近では、宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』の中で言及されていることでも話題になっているようだが、いかなる文脈においてであれ、注目を浴びるに値する素晴らしい作品であることは間違いないだろう。

『魔の山』は、スイスのとあるサナトリウムを舞台にしている。
サナトリウムに入院している知人を訪れた青年ハンスだったが、実は彼自身も結核を患っていたことが判明し、死相の見え隠れする人々との「魔の山」での暮らしが始まることになり・・・。
『魔の山』には表面的な人間ドラマだけではなく、登場人物たちの精神の深層部分における交流も描かれていて、それが『魔の山』を非常に深みのある作品に仕上げているようだ。
個人的には『魔の山』は結末も秀逸であると思うので、多少飛ばし読みをしてでも、ぜひ結末までたどり着いていただければと思う。
魔の山 (上巻) (新潮文庫)魔の山 (上巻) (新潮文庫)魔の山 下 (新潮文庫 マ 1-3)魔の山 下 (新潮文庫 マ 1-3)

『魔の山』は新潮文庫からも出されている。
訳文自体の読みやすさや文字サイズの大きさでいくと、近年改版されたばかりの新潮文庫版に軍配が上がるのではなかろうか。
ただし、文庫本としては異例の厚さとなっているため、それだけ持ち運びには向いていないのだが。

『魔の山』には思弁的な内容が続く箇所もあるので、中には難解さや退屈さを感じられる読者もおられるかもしれないが、それでも読み応えはドイツ文学の中でも屈指であるはずだ。
私はトーマス・マンの作品をまだ数点しか読んでいないのだが、『魔の山』がマンの最高傑作であることを確信させるほどに強い感銘を受けた。
一人でも多くの方に、『魔の山』しか与えることのできないあの感銘を受けていただければと思う。
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『ブッデンブローク家の人びと』 トーマス・マン(岩波文庫)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)ブッデンブローク家の人びと〈中〉 (岩波文庫)ブッデンブローク家の人びと〈中〉 (岩波文庫)

ブッデンブローク家の人びと 下 (岩波文庫 赤 433-3)ブッデンブローク家の人びと 下 (岩波文庫 赤 433-3)

書名:ブッデンブローク家の人びと
著者:トーマス・マン
訳者:望月 市恵
出版社:岩波書店
ページ数:357(上)、373(中)、367(下)

おすすめ度:★★★★★




トーマス・マンの出世作であり、後にノーベル賞の受賞理由としてもその名が挙げられることになる彼の代表作の一つがこの『ブッデンブローク家の人びと』である。
全3冊と文章量こそ少なくないが、全般に平易な文体で書かれていてたいへん読みやすいので、トーマス・マンに興味のある人はぜひ手にしていただければと思う。

『ブッデンブローク家の人びと』は、その表題のとおり4代に及ぶブッデンブローク一族を描いたものである。
事業を起こし、着々と成功を重ね、隆盛の一途をたどる商会だったが、いつしかかげりが見え始め・・・。
作品の性質上、作中では多くの登場人物たちが現れては消えていくが、個々の人物の性格付けや心理描写の巧みさに、読者はトーマス・マンの優れた才能を感じ取ることができるだろう。

『ブッデンブローク家の人びと』は、数代にわたって一族の命運を描いた長編作品という点でパール・バックの『大地』などに似ているが、『ブッデンブローク家の人びと』はマン自身の一族をモデルにしているというのが特徴的である。
おそらくはトーマス・マンも本作への思い入れが強かったであろうし、読者にもそれが伝わるからか、『ブッデンブローク家の人びと』の読者は気が付けば19世紀のドイツ社会へと引き込まれていることだろう。

トーマス・マンの代表作の一つとされる『ブッデンブローク家の人びと』であるが、それはなにも『ブッデンブローク家の人びと』が彼の作品群において平均的な位置付けであることを意味するわけではなく、本書から彼の全作品に共通する作風を推察するのは少々早計と言わざるをえない。
それでいて、トーマス・マンの作品を読み始める人に自信を持ってお勧めできるのが、読みやすくもあり文学作品としての読み応えも十分備えたこの『ブッデンブローク家の人びと』なのである。
トーマス・マンの築いた豊かな文学的宝庫への足がかりとして、『ブッデンブローク家の人びと』は最適な作品となるに違いない。

『ヴェニスに死す』 トーマス・マン(岩波文庫)

ヴェニスに死す (岩波文庫)ヴェニスに死す (岩波文庫)

書名:ヴェニスに死す
著者:トーマス・マン
訳者:実吉 捷郎
出版社:岩波書店
ページ数:167

おすすめ度:★★★★★




ベニスに死す [DVD]ベニスに死す [DVD]
トーマス・マンの中編小説である『ヴェニスに死す』は、右に示したビスコンティ監督による映画作品のおかげもあって、マンの作品の中では最もその名が知られているのではなかろうか。
誰もが胸躍らせて読めるという類の作品ではないように思うが、トーマス・マンの最高傑作であると見る人も少なくないほど、傑作としての評価には揺るぎないものがあるので、やはり一読の価値はあると言える。

『ヴェニスに死す』の主人公は、ヴェニスを訪れた初老の作家である。
古代ギリシアの彫像を髣髴とさせるような肉体美を備えた少年との出会いが、彼の運命を大きく変えていき・・・。
岩波文庫版の表紙には作品のあらすじが大方記載されてしまっているが、それが読者の楽しみを損なってしまうかというとそうでもない。
そもそも表題からして多少ネタばれなのであるし、『ヴェニスに死す』の醍醐味はそのあらすじよりも作品の帯びている精神性やマンの筆致にあるということなのだろう。
ヴェネツィアに死す (光文社古典新訳文庫)ヴェネツィアに死す (光文社古典新訳文庫)

比較的近年刊行された光文社古典新訳文庫では、本書は『ヴェネツィアに死す』とのタイトルになっている。
古くは『ベネチア客死』という邦題を付されたりもしていたようだが、いくら「ヴェニス」が主流になっているとはいえ、作者が英語圏でもないのだからあえて「ヴェニス」とする理由はない、と考える訳者もいるからなのだろう。

『ヴェニスに死す』を退屈な作品だと感じる読者がいるのは事実であるし、作品の性質上、それはやむをえないことだと思う。
しかし、著名な作品にはやはり著名になるだけの理由があるわけで、文章量も手頃な『ヴェニスに死す』を一度試してみることに損はないのではなかろうか。

『トニオ・クレエゲル』 トーマス・マン(岩波文庫)

トニオ・クレエゲル (岩波文庫)トニオ・クレエゲル (岩波文庫)

書名:トニオ・クレエゲル
著者:トーマス・マン
訳者:実吉 捷郎
出版社:岩波書店
ページ数:145

おすすめ度:★★★★★




ヴェニスに死す』と並び、トーマス・マンの中編小説としてよく知られているのがこの『トニオ・クレエゲル』である。
芸術と現実生活との相克を描いた芸術家小説の一つで、主人公のトニオ・クレエゲルにトーマス・マン自身の姿が重ね合わせられているため、トーマス・マンに興味のある方にとっては必読の一冊と言ってもいいのではなかろうか。

トニオ・クレエゲルは、北方的気質を持った謹厳な父と、南方的気質を備えた奔放な母に育てられた、感受性の強い内気な少年であった。
そんな彼が友情や恋愛を経験しながら、徐々に芸術家としての天分に目覚めていき・・・。
『トニオ・クレエゲル』には登場人物やイメージの反復が散見するが、そもそもそれほど長い作品ではないからか、それがいくらかやり過ぎであるように感じられなくもない。
しかし、仮にそれが本書の技巧上の欠点だったとしたところで、それを補って余りあるほどに見所のある作品であることには変わりがないはずだ。
トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)

『トニオ・クレエゲル』は、新潮文庫では『ヴェニスに死す』と合わせて一冊の文庫本として出されている。
岩波文庫版の実吉訳は非常に評判がいいし、私自身も読みやすい文章だと感じはしたが、トーマス・マンの二大中編小説を一冊にまとめた新潮文庫のお手頃さも捨てがたいところではある。

芸術家小説という作品の性質上、『トニオ・クレエゲル』は文学を志す青年が最も強い印象を受ける作品なのかもしれない。
そうはいっても、読みやすさの中にも味わい深さを秘めている『トニオ・クレエゲル』は、これからも幅広い読者層の心に美しい波紋を描き続けることだろう。

『トオマス・マン短篇集』 トーマス・マン(岩波文庫)

トオマス・マン短篇集 (岩波文庫 赤 433-4)トオマス・マン短篇集 (岩波文庫 赤 433-4)

書名:トオマス・マン短篇集
著者:トーマス・マン
訳者:実吉 捷郎
出版社:岩波書店
ページ数:393

おすすめ度:★★★★




トーマス・マンの初期短篇を17篇集めたのが本書『トオマス・マン短篇集』である。
全体の作風や基調には統一感があり、作家生活の初期にあるトーマス・マンの精神模様をかなり如実に映し出しているように感じられる。
トーマス・マンを知る上では欠かせない一冊といえるはずだ。

『道化者』や『トリスタン』のような、芸術家的精神と現実生活との葛藤というテーマを扱ったものは、そのままトーマス・マンの初期の代表的な短篇と呼んでも差し支えないだろう。
『トオマス・マン短篇集』の収録作品には、根底ではやはりトーマス・マンにおける初期の文学活動の集大成とも言うべき『トニオ・クレエゲル』に通ずる作品が多いように思われる。
そんな中に『衣装戸棚』のような独特の雰囲気を帯びている作品も交じっており、その幻想性が引き立っているのもまた事実だ。

個人的にお勧めなのは、トーマス・マン最初の短篇集の表題作にも選ばれていた『小フリイデマン氏』だ。
細やかな精神を持ちながらも不具者として生きてきたフリイデマン氏が、美しい夫人に心惹かれるようになるのだが・・・。
本書に収録されている作品の中で、『小フリイデマン氏』が最も強く読者の心に余韻を残す作品の一つであることは間違いないように思う。

短篇作品においても読み応えのある作品を数多く残しているにも関わらず、なぜかトーマス・マンの短篇はあまり邦訳が出版されていない。
そういう状況の中では、価格も手頃で再版も重ねている岩波文庫版の『トオマス・マン短篇集』の存在は貴重であるといえる。
トーマス・マンに興味のある方、特に『トニオ・クレエゲル』を気に入っておられる方に強くお勧めしたい一冊だ。

『ワイマルのロッテ』 トーマス・マン(岩波文庫)

ワイマルのロッテ (上) (岩波文庫)ワイマルのロッテ (上) (岩波文庫)ワイマルのロッテ 下 (岩波文庫 赤 434-3)ワイマルのロッテ 下 (岩波文庫 赤 434-3)

書名:ワイマルのロッテ
著者:トーマス・マン
訳者:望月 市恵
出版社:岩波書店
ページ数:337(上)、365(下)

おすすめ度:★★★★★




ゲーテの代表作である『若きウェルテルの悩み』に登場するヒロインのロッテのその後を描いたのが、本書『ワイマルのロッテ』だ。
当然のことながら『若きウェルテルの悩み』に関する言及が多いため、事前に『若きウェルテルの悩み』を読んだ上で手にするべき作品だと言える。
ゲーテの自伝である『詩と真実』も読んでおいたほうがいっそう楽しめることは間違いないが、岩波文庫の『ワイマルのロッテ』には訳注が充実しているので、必要な部分の説明はすべて補ってくれることだろう。

「ウェルテル」との一件の後、ケストナー夫人となっていたロッテが、娘と共にゲーテの住む町ワイマルを訪れた。
若きウェルテルの悩み』以降、再会することなく40年以上が経っているが、今回の訪問でロッテとゲーテの再会は成るのか・・・。
ゲーテの秘書や息子など、ゲーテをよく知る人の口から語られる話をロッテが聞くという、回り道めいたスタイルで物語が展開していくのが『ワイマルのロッテ』であるが、読み終えた時には読者はそれが結末への一本道であったと気付かされるのではなかろうか。
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右は近年ドイツで制作された映画『ゲーテの恋』で、若きゲーテのロッテとの出会いという『若きウェルテルの悩み』の成立背景を扱っている。
歴史的事実とは内容的に異なる部分が少なくないが、テーマが完全に重複しているため、『若きウェルテルの悩み』と『ワイマルのロッテ』の読者であれば十分楽しめるはずだ。

『ワイマルのロッテ』には議論めいた箇所も少なくないため、難解に感じられる読者もおられるかもしれない。
しかし、ゲーテとトーマス・マンというドイツ文学屈指の二大巨匠の接点を成している『ワイマルのロッテ』は、多少飛ばし読みをしてでも読むに値する作品だと思う。
ゲーテに、トーマス・マンに、ドイツ文学に興味をお持ちの方に強くお勧めしたい作品だ。

『マリオと魔術師―他一篇』 トーマス・マン(角川文庫)

マリオと魔術師―他一篇 (角川文庫)マリオと魔術師―他一篇 (角川文庫)

書名:マリオと魔術師―他一篇
著者:トーマス・マン
訳者:竹山 道雄
出版社:角川書店
ページ数:158

おすすめ度:★★★★




トーマス・マン円熟期の中編小説ニ編、表題作と『混乱と稚い悩み』とを収録したのが本書『マリオと魔術師―他一篇』である。
両作品の帯びる雰囲気はかなり異なっているが、どちらも非常にトーマス・マンらしい作品となっているように思われる。

『マリオと魔術師』は、家族を連れてイタリアの避暑地を訪れたドイツ人男性の視点で描かれた物語である。
夏のバカンスのシーズンも終わりかけた頃に、チポラという名の魔術師が興行に来ることになり、それを家族で観に行くことにしたのだったが・・・。
最初の1ページ目から、その語り口が読者を引き付ける力を持っているし、軽いタッチで書かれているので読みやすいのも特徴だ。
また、読んでいる最中はなかなかわからないが、いざ読み終えてみると構成の巧みさに気付かされるという作品でもあるため、『マリオと魔術師』に対する読後の評価は自ずと高まるのではなかろうか。

『混乱と稚い悩み』は、第一次大戦後の物資の乏しい中で暮らす、歴史を教える教授の一家を描いた物語である。
年頃の子供たちが自宅でパーティーを催す日となり、教授と、やや歳の離れた小さな子供たちもその騒ぎに巻き込まれることとなり・・・。
それほど明るい調子で書かれた作品ではないが、小さな子供のいる家族を扱っているからか、全体が穏やかな温かさに支配されているようで、こちらも読後の印象は決して悪くないはずだ。

本書の欠点は、仮名遣いが古く少々読みにくいのと、再版がなされていないために新品が流通していないことだろう。
しかし、中古品であればAmazonで非常に安く売られているし、本書の収録作品、特に『マリオと魔術師』は、仮名遣いの古さによる読みにくさというデメリットを承知の上で手にするだけの値打ちのある作品ではないかと思う。

『だまされた女/すげかえられた首』 トーマス・マン(光文社古典新訳文庫)

だまされた女/すげかえられた首 (光文社古典新訳文庫)だまされた女/すげかえられた首 (光文社古典新訳文庫)

書名:だまされた女/すげかえられた首
著者:トーマス・マン
訳者:岸 美光
出版社:光文社
ページ数:333

おすすめ度:★★★★




トーマス・マン後期の中編作品を二つ収録しているのが本書『だまされた女/すげかえられた首』である。
どちらの作品にもしばしば抽象的な議論が差し挟まれてはいるが、難解さや重苦しさはそれほど感じられず、数年前に出版された新訳ということもあるからか、読みやすいと言っても過言ではないように思う。

『だまされた女』は、初老の域に達した未亡人ロザーリエが主人公である。
更年期を迎え、女として生きていくことを断念しなければならないのかとの思いから不安定な精神状態に陥っていたロザーリエだったが、息子の家庭教師であるアメリカ人の青年に好意を抱き始め・・・。
タイトルからしてややネタばれのようにも思えるが、誰が何にどうだまされるのか、最後まで楽しめる作品になっている。

「あるインドの伝説」という副題を持つ『すげかえられた首』は、インドの伝奇的な物語を元にして書かれた作品で、舞台がインドであるという点でマンの作品の中では異色の作品と言えるだろう。
精神的で端正なシュリーダマンと肉体的で粗野なナンダという対照的な二人は無二の親友であったが、シュリーダマンの妻を巡って関係がこじれ始めてしまい・・・。
解説でも触れられているように、作中の描写がインドの風習に反するのではないかと多少の疑問が残りはするのだが、それは些事と割り切るべきなのかもしれない。
また、『だまされた女』と同様、タイトルがネタばれであるように感じられるのは否めないものの、こちらも物語の展開が最後まで読者を飽きさせないに違いない。

本書に収録の二作品のうち、個人的には『だまされた女』の方が気に入っているが、『すげかえられた首』の方をより好まれる読者がいてもまったく不思議ではない。
そのぐらいに両作品ともに読者を納得させる仕上がりになっている。
容易に入手できる文庫版ということもあるので、マンに興味のある方はぜひ手にしていただければと思う。

『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』 トーマス・マン(光文社古典新訳文庫)

詐欺師フェーリクス・クルルの告白〈上〉 (光文社古典新訳文庫)詐欺師フェーリクス・クルルの告白〈上〉 (光文社古典新訳文庫)詐欺師フェーリクス・クルルの告白(下) (光文社古典新訳文庫)詐欺師フェーリクス・クルルの告白(下) (光文社古典新訳文庫)

書名:詐欺師フェーリクス・クルルの告白
著者:トーマス・マン
訳者:岸 美光
出版社:光文社
ページ数:350(上)、409(下)

おすすめ度:★★★★




トーマス・マンが構想だけを持ち続け、晩年になって完成させた長編作品がこの『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』である。
完成させたとはいっても、フェーリクス・クルルの告白自体はまったく完結しておらず、この小説がいささか唐突な終わり方をする点に失望する読者も少なくないことだろう。
しかし、それでもなお一読の価値ある作品に思えるので、トーマス・マンに関心のある方にはお勧めだ。

様々な衣装を着こなし、本来の自分とは異なる立場である存在になりきることを楽しんでいた少年フェーリクス・クルルは、容姿端麗で渡世術に長けた大人へと成長していく。
他者を騙すことに喜びを感じているクルルは、憧れの大都会であるパリへと送り出されることになり・・・。
『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』は、「告白」ものの常で一人称で語られているのだが、クルルの観察眼の鋭さからは、年老いても衰えることのなかったマンの強靭な創作力を読み取ることができるはずだ。

『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』には、後で述べるつもりだと予告だけはされるが、実際のところはそれに該当する記述が書かれていないケースが多々あるという、読者に非常にもどかしい気持ちを抱かせる作品でもある。
物語が完結されなかったことが惜しまれるのはもちろんだが、マンがこの作品を完全に仕上げてくれていたとしたら、クルルの運命はどのような道筋を辿ったのだろうかと自由に想像してみるのも楽しいかもしれない。

ピカレスク小説のような行き当たりばったりの展開の連続である『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』に対して、首尾一貫性に欠ける、脈絡がないなどと批判することもできるだろうが、その脈絡のなさこそがピカレスク小説の面白さであり、ひいては『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』の面白さともなっている。
文庫化されるトーマス・マンの作品に駄作があるわけがない、ということで、騙されたと思って一度手にしてみてはいかがだろうか。

『ゲーテを語る―講演集』 トーマス・マン(岩波文庫)

ゲーテを語る―講演集 (岩波文庫)ゲーテを語る―講演集 (岩波文庫)

書名:ゲーテを語る―講演集
著者:トーマス・マン
訳者:山崎 章甫
出版社:岩波書店
ページ数:280

おすすめ度:★★★★




トーマス・マンはゲーテをテーマにした講演を何度も行っていたが、それらの原稿を集めたのが本書『ゲーテを語る』である。
マンのゲーテへの傾倒とゲーテから受けた強い影響は有名であるが、本書に収められた講演の内容も、ゲーテの作品や書簡からの引用に富んでいて、まるでゲーテを専門とする研究家によるものという印象を受けるほどに充実している。

本書には、『市民時代の代表者としてのゲーテ』、『作家としてのゲーテの生涯』、『ゲーテの「ファウスト」について』、『ゲーテの「ヴェルテル」』の四講演が収められている。
どの講演においても、マンならではの鋭い視点を感じさせる分析に出会うことができるが、何しろマン自身がゲーテのファンなので、内容には批判精神が乏しく、ゲーテの功績や姿勢に対する賛辞が散見するといった具合で、偏りがあるのは否めない気がする。
本書で述べられているのは、あくまでゲーテの著作や人柄に対して肯定的な見方であるということは念頭に置いておくべきなのかもしれない。

『ゲーテを語る』を手にする前に、講演のテーマにも据えられている『ファウスト』と『若きウェルテルの悩み』の二作はもちろんのこと、『ヴィルヘルム・マイスター』や『親和力』、『ヘルマンとドロテーア』といったゲーテの代表的な作品もあらかじめ読んでおいたほうがより深く本書を楽しめることは間違いない。
特に『ゲーテの「ファウスト」について』は、マンの書いた解説を読んでいるような感覚で読み進めることができるので、事前にゲーテの『ファウスト』を知っておくことが必須であると言えるだろう。

本書は、結局のところマンによるゲーテ論なのだが、講演用に書かれたものだけあって、テーマの奥深さの割りに難解なところは少なく、比較的読みやすいというのが特徴となっている。
ワイマルのロッテ』と同様、ゲーテに興味のある方にも、マンに興味のある方にもお勧めできる一冊だと思う。

『ゲーテとトルストイ』 トーマス・マン(岩波文庫)

ゲーテとトルストイ (岩波文庫)ゲーテとトルストイ (岩波文庫)

書名:ゲーテとトルストイ
著者:トーマス・マン
訳者:山崎 章甫、高橋 重臣
出版社:岩波書店
ページ数:240

おすすめ度:★★★☆☆




トーマス・マンが、ドイツとロシアを代表する文学史上の巨匠であるゲーテとトルストイについて論じたのが本書『ゲーテとトルストイ』である。
講演原稿とはいえ、マンが文学理論を200ページにわたって述べているわけなので、ところどころ話が抽象的な方面に進み、それなりに難解と思われる箇所もあるため、気軽に読める本を探している人にはあまりお勧めできない本だと思う。

共通点が少なそうなゲーテとトルストイではあるが、マンが提示する「自然」という観点から見ると、意外な共通点が数多く見えてくる。
マンの口ぶりに関して言えば、トルストイに対してはけっこう手厳しい気もするが、その反面、ゲーテには随分と甘いようだ。
これは『ゲーテを語る』にも見られた特徴だが、ゲーテを敬愛するあまり、マンはゲーテに対して苦言を呈することができないのかもしれない。

『ゲーテとトルストイ』を読むにあたっては、ゲーテとトルストイの代表作を読んだことがあるだけではなく、自伝的事実もいくらか知っておくほうがいいだろう。
また、ゲーテとトルストイの二人とは対照的な作家として、シラーとドストエフスキーについても多く語られているので、彼らについても読者が何らかの具体的なイメージを持っているほうが、より興味深く読み進めることができるに違いない。

『ゲーテとトルストイ』を理解するには、ある程度の基礎知識も必要となるし、執筆当時のヨーロッパ情勢に関するマンの思想展開もなされているので、そういう意味では本書は読者を選ぶ作品と言えそうだ。
しかし、平易ではなくても内容は非常に充実しているし、ゲーテとトルストイを論じるのにルソー、シラー、ドストエフスキーも登場するという豪華なキャスティングなので、欧米文学のファンなら一読の価値ある作品だと思う。

『ファウスト博士』 トーマス・マン(岩波文庫)

ファウスト博士 上 (岩波文庫 赤 434-4)ファウスト博士 上 (岩波文庫 赤 434-4)ファウスト博士 中 (岩波文庫 赤 434-5)ファウスト博士 中 (岩波文庫 赤 434-5)

ファウスト博士 下 (岩波文庫 赤 434-6)ファウスト博士 下 (岩波文庫 赤 434-6)

書名:ファウスト博士
著者:トーマス・マン
訳者: 関 泰祐、関 楠生
出版社:岩波書店
ページ数:304(上)、325(中)、291(下)、

おすすめ度:★★★☆☆




トーマス・マン晩年の長編作品がこの『ファウスト博士』である。
そのタイトルからして、誰もがゲーテの『ファウスト』との連関を想像することだろうが、メフィストフェレスとファウストにまつわる伝説を直接の題材にしているわけではなく、ゲーテの『ファウスト』と比較ができるような作品ではないという点には注意が必要だろう。

『ファウスト博士』は、偉大な音楽家として才能の開花したアドリアンの幼なじみであった「わたし」が書いた、アドリアン・レーヴェルキューンの伝記である。
早熟な知性を持つアドリアンがどのような少年時代を過ごし、どのような教育を受け、そしてどのような創作活動を行ったのかが、身近な観察者であった「わたし」によって報告されるのである。
アドリアンの生涯にニーチェとの類似が見られるというのが興味深いところであり、また、アドリアンの伝記という本旨からの脱線にはなるのだが、「わたし」の口を通じて、第一次大戦と第二次大戦というドイツを根底から覆した出来事に対するマンの分析や意思表示が述べられているのも非常に興味深い点ではある。

『ファウスト博士』には、音楽理論、芸術理論に限らず、宗教的、政治的、哲学的、倫理的な議論など、思弁的な部分が非常に多く、マンの代表作である『魔の山』と比べても、より思想色の濃い作品となっている。
作品中のクライマックスの一つであると思われるアドリアンの悪魔との対話も、決して平易であるとは言い難いものなので、本書を読むときにはそれなりに集中可能な読書環境を整えたほうがいいかもしれない。
孤独な暗がりにこそ、悪魔は出現するはずなので、なおさらのことだ。

音楽家の成長過程とその生涯を描いた『ファウスト博士』ではあるが、あまりにも大きな精神的スケールを備えた作品であるために、芸術家小説としては変種であると言えるだろう。
読み応えはあるが抽象的で難解な箇所が多いので、一般受けは望めないものの、精神を刺激するような読書体験を求めている方にはお勧めできる作品だ。
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