『荒野の呼び声』 ジャック・ロンドン(岩波文庫)

荒野の呼び声 (岩波文庫)荒野の呼び声 (岩波文庫)

書名:荒野の呼び声
著者:ジャック・ロンドン
訳者:海保 真夫
出版社:岩波書店
ページ数:174

おすすめ度:★★★★★




ジャック・ロンドンの出世作であり、同時に代表作としても知られるのが本書『荒野の呼び声』である。
原題は"The Call of the Wild"というシンプルなもので、堅苦しい印象を与える邦題のほうが少し凝り過ぎているようにも感じられる。
全般にストーリー性が強く、老若男女を問わず楽しめるはずの作品なので、自信を持ってお勧めできる作品の一つだ。

『荒野の呼び声』の主人公はバックというセントバーナード犬である。
金持ちの屋敷で安穏と暮らしていたバックが、運命のいたずらからアラスカで犬ぞりを引くことになってしまい・・・。
『荒野の呼び声』が作品世界に読者を引き込む力には並々ならぬものがあり、読者はみな心の底からバックを応援せずにはいられなくなることだろう。
野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

ロンドンの代表作である『荒野の呼び声』には、すでに十を超える邦訳が存在している。
現在最も新しい訳になるのが右の光文社古典新訳文庫版で、新品での入手も最も容易となっている。
同じ訳者によって、『荒野の呼び声』の姉妹編とも言うべき『白い牙』も近年訳出されているので、ロンドンの作品をいくつか読んでみようという読者は光文社古典新訳文庫で初めてみるのもいいかもしれない。

世界文学に名を残す作品群の中で、動物を中心に扱った『荒野の呼び声』は、他とは少々異なった読書体験を与えてくれるに違いなく、それだけに必読の作品であるとも言えるのではなかろうか。
それほど長い作品ではない『荒野の呼び声』に物足りなさを覚える読者さえいることだろうが、手頃な作品であることは間違いないので、ぜひ一度手にしていただければと思う。
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『白い牙』 ジャック・ロンドン(新潮文庫)

白い牙 (新潮文庫 (ロ-3-1))白い牙 (新潮文庫 (ロ-3-1))

書名:白い牙
著者:ジャック・ロンドン
訳者:白石 佑光
出版社:新潮社
ページ数:376

おすすめ度:★★★★★




荒野の呼び声』と共に、ジャック・ロンドンの代表作として知られる長編小説がこの『白い牙』である。
知名度の点では『荒野の呼び声』のほうが勝っているかもしれないが、作品の質としてはまったく見劣りしないどころか、私のように『白い牙』に軍配を上げる読者も少なくないことだろう。
あらすじは起伏に富んでおり、全体にたいへん読みやすく書かれていて、いかにもロンドンらしい作品に仕上がっているように思われる。

オオカミに犬の血の混じっている、野生の獰猛さを帯びた「白い牙」。
自然界での強者としての人間たちの思惑によって、次第に人間の社会に深入りさせられていく「白い牙」だったが・・・。
動物の視点を用いているところが『白い牙』の面白いところで、その視点に由来するからか、作品世界が独特の雰囲気をたたえている。
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右は『白い牙』の90年代初頭の映画化作品である『ホワイトファング』だ。
荒野の呼び声』や『白い牙』の舞台となった雄大な大自然を美しく描き出してはいるが、そのストーリーはというと、原作である『白い牙』からいくつかのエッセンスが抽出されてはいるものの、原作とはだいぶ隔たった内容となっているので、『白い牙』の映画化作品としてお勧めするのは少し無理があるかもしれない。
白い牙 (光文社古典新訳文庫)白い牙 (光文社古典新訳文庫)白い牙 痛快世界の冒険文学 (20)白い牙 痛快世界の冒険文学 (20)

荒野の呼び声』と同じく既訳の種類も多い『白い牙』の近年の翻訳には、右の二点もある。
『白い牙』は、『荒野の呼び声』と対照させることでその位置付けが明確になる作品となっているため、どちらがどちらの続編というわけではないけれども、『荒野の呼び声』と合わせて読んでいただければいっそう深く味わうことができるに違いない。

『赤死病』 ジャック・ロンドン(新樹社)

赤死病赤死病

書名:赤死病
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:新樹社
ページ数:138

おすすめ度:★★★★




荒野の呼び声』などのアラスカを舞台とする作品のイメージが強いジャック・ロンドンは、SF作品も数多く残している。
その一つがこの『赤死病』で、赤死病という感染力がきわめて強く、致死率が100%の伝染病が蔓延した未来の世界を描き出している。
SFならではの物語の展開の早さもあって、非常に読みやすい作品となっている。

発症すると全身に赤い発疹が現れ、必ずやその人を死に至らしめるという赤死病が、2013年に全世界で大流行し、何十億という人々がそのために命を落とした。
その60年後の世界で、赤死病の蔓延を生き延びた老人が、孫たちに当時の状況を物語って聞かせる・・・。
感染が拡大していた当時の暴徒と化した人々の野蛮な振る舞いにも恐ろしいものがあるが、獣性を露わにする無教養な生存者の子孫たちも、近い将来の闘争や流血を予感させずにはいない。
『赤死病』はロンドンらしい文明批判の書の一つに数えられるだろう。

「赤死病」と聞けば、ポーの『赤死病の仮面』を思い浮かべる人も少なくないはずだが、厳密に言えば、ポーは"Red Death"、ロンドンは"Scarlet Plague"という言葉をそれぞれ表題に選んでいるという違いがある。
赤死病の仮面』を知っていたところで、ロンドンの『赤死病』を読む上で特にメリットもデメリットもないように思われるが、二人の作家が同様のテーマを扱ってそれぞれ作品を物したことで、幻想的なポーと現実的なロンドンの作風の差が浮き彫りになっているとは言えるのではなかろうか。

正直なところ、今日の読者はもう『赤死病』のあらすじの大胆さに驚くことはできないだろう。
というのも、ウイルス感染による人類滅亡の危機という物語は、すでに映画などでおなじみとなってしまっていて、我々を刺激する力を備えていないからだ。
しかし、それを百年前に書いていたロンドンの先見の明はやはり評価に値するし、ひょっとするとこの『赤死病』こそが現在巷にあふれる「病原菌もの」の始祖に当たる作品なのかもしれない。

『どん底の人びと』 ジャック・ロンドン(岩波文庫)

どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)

書名:どん底の人びと―ロンドン1902
著者:ジャック・ロンドン
訳者:行方 昭夫
出版社:岩波書店
ページ数:352

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンのルポルタージュ作品として知られるのが本書『どん底の人びと』である。
「どん底」という表題、さらには「ロンドン1902」という副題からも察せられるように、20世紀初頭のロンドンの様子を貧民街に焦点を当てて紹介している作品だ。
岩波文庫版の『どん底の人びと』にはジャック・ロンドン自身の撮影した写真も複数掲載されていて、それだけ如実に当時の貧困層の姿を目の当たりにすることができる一冊となっている。

『どん底の人びと』を書き上げるにあたり、ジャック・ロンドンは貧民街を取材のために訪れるだけではなく、彼らに交じって暮らしてもいたのであり、それだけに記述は迫真性に富んでいて興味深い。
ロンドンの貧困層の厳しい生活環境は、ジャック・ロンドンが他の作品でしばしば描いている極北の地に通ずるものがあるかもしれない。
パリ・ロンドン放浪記 (岩波文庫)パリ・ロンドン放浪記 (岩波文庫)

『どん底の人びと』の読者にお勧めしたい関連作品は、ジョージ・オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』だ。
これは『どん底の人びと』の影響下に書かれた作品として知られていて、実際にその内容にも類似箇所が少なくない。
両作品にはおよそ30年間という執筆時期の隔たりがあるため、その間の「どん底」の変化を読み解いてみるのも面白いのではなかろうか。

ジャック・ロンドンという作家は、一般的にはアラスカを舞台にした作品が主流であるというイメージが強いため、『どん底の人びと』のような毛色の異なる作品にはどうしても異色の観がある。
しかし、それだからこそ見えてくるジャック・ロンドンの特徴というものがあるのも事実だ。
小説と比べて格段に作者の存在が前面に出てくるのがルポというスタイルでもある。
『どん底の人びと』は、当時のロンドンの貧民街の惨状を知るという歴史的な読み方だけではなく、ジャック・ロンドンという作家に対する関心も満たしてくれる本であると言えるだろう。

『極北の地にて』 ジャック・ロンドン(新樹社)

極北の地にて極北の地にて

書名:極北の地にて
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋、大矢 健
出版社:新樹社
ページ数:216

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンによる、アラスカやユーコンなどのアメリカ大陸の北端を舞台にした作品を集めた短篇集が本書『極北の地にて』である。
ロンドンといえば代表作である『荒野の呼び声』と『白い牙』によって極北の地を舞台にした作品のイメージが強いが、本書の収録作品の執筆時期は十年に及んでおり、作家生活のさほど長くなかったロンドンが酷寒の地を舞台にした作品を書き続けていたことがわかるというものだ。

短篇集『極北の地にて』は、その表題作の他に『生の掟』、『老人たちの結束』、『千ダース』、『生命にしがみついて』、『マーカス・オブライエンの行方』、『焚き火』の計七作品を収録している。
いずれの作品も、舞台となっている地域の環境の厳しさに由来するのか、それほど明るい内容にはなっていないが、『千ダース』や『マーカス・オブライエンの行方』などでは、ユーモアと呼んでも過言ではないほどの軽快・明朗な雰囲気が支配的であったりもする。

とはいえ、本書の収録作品における醍醐味は、『極北の地にて』、『生命にしがみついて』、『焚き火』にて顕著に表されているような、一歩誤れば命を落としかねない環境に置かれた人間が生き抜こうとする力や意志の表現なのではなかろうか。
しばしば金銭欲が絡んでいたり、他者を顧みないエゴイズムが描かれていたりもするが、そのような人間存在の負の面も各人に肉体的・心理的なゆとりの少ない「極北の地」だからこそいっそう明確になってくる部分であることは間違いないだろう。

決してアラスカものばかり書いていたわけではないロンドンの短篇作品の中から、一つのジャンルのみに焦点を当てたのが本書であるが、おそらく『極北の地にて』においてはその偏り自体が長所になっていると言えるはずだ。
事実、本書は切っても切れない間柄であるロンドンと極北の地とのつながりを読者の前に明示してくれている。
ロンドンに興味のある方はぜひ読んでみていただければと思う。

『死の同心円』 ジャック・ロンドン(バベルの図書館)

死の同心円 (バベルの図書館)死の同心円 (バベルの図書館)

書名:死の同心円
著者:ジャック・ロンドン
訳者:井上 謙治
出版社:国書刊行会
ページ数:158

おすすめ度:★★★★




ホルヘ・ルイス・ボルヘスの編纂した「バベルの図書館」シリーズの一冊で、ジャック・ロンドンの短編を5編収録しているのが本書『死の同心円』である。
ロンドンの短編は、舞台とされる地域や現実味の有無に基づいて大雑把に分類することが可能であるが、5編しか収録されていないにも関わらず、本書ではそれらの各ジャンルが一通り網羅されているので、短編作家としてのロンドンの業績が一冊に要約されている観がある。
そういう意味では、ロンドンの短編作品への最適な入門書と言えるかもしれない。

本書の収録作品は、太平洋を舞台とした海洋ものである『マプヒの家』、いろいろな意味でアラスカでの生活の厳しさが窺える『生命の掟』と『恥っかき』、ミステリー風の作品である『死の同心円』、そして透明人間という代表的なSF要素を扱った『影と光』の5編である。
いずれも確固たるストーリー性を軸にした作品なのでたいへん読みやすく、誰もが容易に楽しめるものとなっている。

ちなみに、『死の同心円』の原題は"The Minions of Midas"であり、『ミダスの手先』という名で邦訳がなされている作品と同じものとなっている。
基本的には私は作者の名付けた本来のタイトルを尊重したいとは考えているが、本作品の読者であれば、『死の同心円』というタイトルが『ミダスの手先』に劣らず優れているものだと感じさせられるのではないかと思う。

本書『死の同心円』に限ったことではないが、限られた紙幅にその作家のエッセンスを存分に盛り込んだ短編集を編むボルヘスの慧眼にやはり狂いはない。
それほど豊富に世に出回っている本ではないようだが、ジャック・ロンドンをとりあえず広く浅く読んでみたいという読者に強くお勧めしたい一冊だ。

『ジャック・ロンドン奇想天外傑作選』 ジャック・ロンドン(明文書房)

ジャック・ロンドン奇想天外傑作選ジャック・ロンドン奇想天外傑作選

書名:ジャック・ロンドン奇想天外傑作選
著者:ジャック・ロンドン
訳者: 辻井 栄滋、芳川 敏博
出版社:明文書房
ページ数:221

おすすめ度:★★★★




ロンドンの短編作品のうち、奇想天外なあらすじを持つものを8編集めたのが本書『ジャック・ロンドン奇想天外傑作選』である。
それぞれの収録作品が物語としての面白さを備えていることは言うまでもなく、本邦初訳となる作品も少なくないので、ロンドンに興味のある方には強くお勧めできる一冊だ。

本書の収録作品は、『お春』、『オーロラの娘』、『王様献上の鼻』、『思いもかけぬこと』、『原始時代に返る男』、『戦争』、『アリスの懺悔』、『プリンセス』の8編であるが、ロンドンの短編作品世界を一通り網羅しているかのような印象を受けるチョイスとなっている。
日本の芸者を描いた『お春』、韓国の高官を主人公とした『王様献上の鼻』は極東を舞台としている。
『オーロラの娘』、『思いもかけぬこと』の2編は『荒野の呼び声』のような極北もの、また『アリスの懺悔』と『プリンセス』の2編は南洋ものと言えるだろう。
他方で、SF的な世界観で描かれる『原始時代に返る男』と、徹頭徹尾現実的な見地から描かれている『戦争』のコントラストも、ロンドンの作品群の性格をよく反映しているように思われる。

収録作品のうち、『原始時代に返る男』の原題が"When the World Was Young"、『アリスの懺悔』の原題が"When Alice Told Her Soul"と、作品内容を汲んで邦題は少々意訳されているようだ。
とはいえ、各短編の1ページ目に邦題と原題とが併記されているので、ロンドンの付けたオリジナルのタイトルに即して作品を読みたい読者が不満に思うこともないだろう。

そもそもジャック・ロンドンの作品は読み物としての面白さを備えたものが多いので、その中でも特に奇想天外なあらすじを持つ作品を厳選したという本書『ジャック・ロンドン奇想天外傑作選』が面白くないわけがない。
ロンドンに興味のある人もない人も楽しむことができる一冊なので、ぜひ気軽に手にしていただければと思う。

『ジャック・ロンドン多人種もの傑作短篇選』 ジャック・ロンドン(明文書房)

ジャック・ロンドン多人種もの傑作短篇選ジャック・ロンドン多人種もの傑作短篇選

書名:ジャック・ロンドン多人種もの傑作短篇選
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋、芳川 敏博
出版社:明文書房
ページ数:193

おすすめ度:★★★★




アメリカ人、白人から見たその他の人種を主題とした短篇作品を集めたのが本書『ジャック・ロンドン多人種もの傑作短篇選』である。
「多人種もの」とは言っても、主に本書で扱われているのは日本人、中国人、そしてハワイの先住民であり、扱われている人種はある程度限定的となっている。
どちらかといえば日本人が中心となる作品が少なめではあるが、船員として、また記者として訪日経験のあるロンドンが受けた日本の印象を窺える短篇作品は、やはり我々日本人にはたいへん面白く読めるのではなかろうか。

本書の収録作品は『小笠原諸島にて』、『人力車夫堺長と妻君と、二人の息子の話』、『さよなら、ジャック』、『支那人』、『ハンセン病患者クーラウ』、『椿阿春』、『比類なき侵略』、『阿金の涙のわけ』の8篇である。
タイトルからも察せられるように最初の2篇が日本を舞台とするもので、その他の作品は舞台がハワイだったり、母国を離れた中国人やハンセン病といった共通のモチーフが現れるなど、一冊の短篇集として見ると非常に統一感のある編成となっているように感じられる。

本書の中で少々特異な位置付けにある作品が『比類なき侵略』であろう。
これはニ十世紀初頭においてすでに膨大な人口を抱えていた中国が近代化し、さらに人口が増え続けたらどうなるかという想定の下で書かれた政治的フィクションとでも呼べるような作品だ。
ロンドンの予言者的な側面が垣間見える一方で、この作品に対しては読者の好き嫌いが両極化しそうな気がしないでもない。

うれしいことに、近年になってジャック・ロンドンの邦訳が数多く出版されている。
本書もそれらの中の一冊で、すでに品薄なのが玉にきずではあるが、ロンドンに興味のある方には『ジャック・ロンドン奇想天外傑作選』と共にお勧めの一冊だ。

『ジャック・ロンドン大予言』 ジャック・ロンドン(晶文社)

ジャック・ロンドン大予言ジャック・ロンドン大予言

書名:ジャック・ロンドン大予言
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:晶文社
ページ数:253

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンの短編小説のうち、主に社会主義的な要素の強い作品を集めたのが本書『ジャック・ロンドン大予言』である。
幅広いジャンルの短編作品を残しているロンドンの業績を思えば『ジャック・ロンドン大予言』の収録作品にはかなりの偏りがあるが、ロンドンの社会思想を窺わせるその偏りこそが本書の長所となっているように思う。

『ジャック・ロンドン大予言』の収録作品は、『強者の力』、『ミダスの手先』、『スロットの南側』、『ゴリア』、『デブスの夢』、『全世界の敵』、『比類なき侵略』、『奇異なる断章』、『背信者』の9編となっている。
ストライキをテーマとする『スロットの南側』と『デブスの夢』、空想的な奴隷労働を描いた『奇異なる断章』や過酷な労働環境で働く少年を主人公とする『背信者』、これらの作品からはジャック・ロンドンの階級社会に対する厳しい批判が垣間見られる。
また、『ミダスの手先』、『ゴリア』、『全世界の敵』の3作は、超越的な力を得た個人または一集団が世界を支配しようと企てる点で類似の作品と言えるだろう。

本書の中で個人的にお勧めしたい作品は『スロットの南側』だ。
単にストライキをテーマにするだけでなく、主人公の心の動きが端的に描かれる中に、その背景として社会事情が絡み合っていて、自ずと奥行きのある作品世界を形成しているのが『スロットの南側』の優れているところではなかろうか。

なぜ本書が『ジャック・ロンドン大予言』といういささかオカルトめいた書名を選んだのかは定かではないが、いずれにしても、その内容はいたって真面目な短編集となっている。
短編作家としていくつかの顔を持つジャック・ロンドン、その社会主義的な一面を知りたい読者にお勧めの一冊だ。

『南海物語』 ジャック・ロンドン(春風社)

南海物語南海物語

書名:南海物語
著者:ジャック・ロンドン
訳者:深沢 広助
出版社:春風社
ページ数:300

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンの短編作品のうち、いわゆる「南海もの」を集めたのが本書『南海物語』である。
ロンドン自身の南太平洋での航海の体験が生かされているからか、精彩に富んだ描写が見られるのが特徴となっている。
「野蛮・未開な」原住民と「文明化された」白人たちとの対比が際立っている作品が多く、ある意味では南太平洋を舞台とした王道的な短編集と言えるように思う。

『南海物語』の収録作品は、『マプヒの家』、『鯨の歯』、『マウキ』、『ヤー!ヤー!ヤー!』、『異教徒』、『怖ろしいソロモン諸島』、『大胆不敵な白人』、『マッコイの子孫』の8編である。
原住民の野蛮な習俗と白人の非道な仕打ちを扱った作品が多く、全般に血の気に満ちた雰囲気が支配的であるが、その一方で、同じテーマを扱いながらも『怖ろしいソロモン諸島』のようにユーモアの感じられる作品もあり、この『怖ろしいソロモン諸島』などはだいぶ一般受けしそうな作品に思われる。

『南海物語』の収録作品にはしばしばテーマやモチーフの反復が見られるため、描かれている作品世界の幅はいくらか限定的と言えるかもしれない。
ただし、その反復が残虐性を帯びた事柄への言及であったりする場合、それだけ印象的になるのも事実だ。
たとえば、殺した相手の首を切り落として飾るとか、人肉を食するとかいったような描写は、それに何度も接している読者にとってなかなか忘れがたいものとなるだろう。

ジャック・ロンドンの短編作品の中では、「南海もの」はあまり脚光を浴びることのない部類に入るのではなかろうか。
しかし、それだからこそ『南海物語』の収録作品は他社から刊行されているロンドンの短編集との重複が少ないというメリットもある。
ジャック・ロンドンに興味のある方には一読をお勧めしたい一冊だ。

『火を熾す』 ジャック・ロンドン(柴田元幸翻訳叢書)

火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)

書名:火を熾す
著者:ジャック・ロンドン
訳者:柴田元幸
出版社:スイッチ・パブリッシング
ページ数:245

おすすめ度:★★★★★




ジャック・ロンドンの代表的な短編を集めた短編集が本書『火を熾す』である。
収録作品にはアラスカもの、ボクシングもの、SFもの、幻想的なものから現実的なものまでが含まれており、ジャック・ロンドンの短編をなるべく幅広く読んでみたいという読者に自信を持ってお勧めできる一冊となっている。
いずれの作品でもストーリー性の強さや文章の読みやすさといったロンドンの特徴が存分に発揮されているので、気軽に手にしていただければと思う。

本書は『火を熾す』のほかに『メキシコ人』、『水の子』、『生の掟』、『影と閃光』、『戦争』、『一枚のステーキ』、『世界が若かったとき』、『生への執着』の計9作品を収録しているが、すべての作品に共通する要素として、緊迫感が挙げられるのではなかろうか。
ボクシングや戦争の描写は言うまでもなく、些細な判断ミスが死に直結するアラスカの厳しい自然環境は、必然的に読者にも一定の緊張を強いるはずで、物語の展開から目が離せなくなるという読書本来の楽しみを大いに堪能させてくれることだろう。

いかに本書『火を熾す』が幅広いジャンルの作品を収録しているとはいっても、短編作家としてのジャック・ロンドンの幅広い創作活動は一冊の短編集に収まりきるものではなく、当然ながら漏れや抜けが発生してしまっている。
ロンドンの短編世界の網羅を目指す方には、『南海物語』や『ジャック・ロンドン多人種もの傑作短篇選』、『ジャック・ロンドン大予言』を併せて読まれることをお勧めしたい。
そうはいっても、ロンドンの短編の魅力をぎっしり詰め込んだ本書がロンドンの短編世界への格好の足掛かりとなるであろうことは間違いないし、ロンドンの短編を知らない人が一冊目として手にするのであれば、やはりこの『火を熾す』がベストな選択と言えるのではないかと思う。

『海の狼』 ジャック・ロンドン(シリーズ百年の物語 3)

海の狼 (シリーズ百年の物語 (3))海の狼 (シリーズ百年の物語 (3))

書名:海の狼
著者:ジャック・ロンドン
訳者:関 弘
出版社:トパーズプレス
ページ数:409

おすすめ度:★★★★★




荒野の呼び声』と肩を並べるジャック・ロンドンのベストセラー小説の一つが本書『海の狼』である。
荒野の呼び声』がアラスカを舞台にした作品であるのに対して、『海の狼』は海上に浮かぶ帆船を主な舞台としており、まったく違ったロンドンの魅力を味わうことのできる作品となっている。
一度読み始めるとすらすら読める作品で、たいていの読者は退屈を覚えることなく読み終えてしまっているに違いない。

『海の狼』の主人公は、文学評論家をしている青年ハンフリーである。
ある日のこと、乗船していた連絡船が沈没し、沖を漂流していたところを運良く通りがかりのオットセイ漁に向かう船に救助されたハンフリーだったが、その船は残忍な船長が絶対的な権力をもって支配するゴースト号だった。
ハンフリーの陸地に送り届けて欲しいとの要望は却下され、船で給仕として働かされることになり・・・。
読者の関心が主人公の境遇の変化からそれることはないだろうが、存在感では微塵も引けを取らない船長、「狼」とあだ名されるラーセン船長の描写こそ、『海の狼』の醍醐味であると感じられる読者も少なくないことだろう。

オットセイ漁の船か捕鯨船かの違いこそあれ、『海の狼』はメルヴィルの『白鯨』と多くの共通点を持っている。
後世に再発見されるまで等閑視されていた『白鯨』をロンドンが知っていたかどうかは定かではないが、少なくとも我々が両者を比べてみるのは面白い読み方となるはずだ。

帆船に関する専門用語の使用が多いために読者に伝わりにくい部分もあるにはあるが、本書は巻頭に略図が添えてあるので、それを参照すれば大半の疑問は解消されることだろう。
後半になってやや失速するような印象を受けなくもないが、『海の狼』は全般にきわめてロンドンらしい海洋冒険物語に仕上がっており、ロンドンに興味のある人にはもちろん、そうではない人にも強くお勧めしたい一冊だ。

『アメリカ残酷物語』 ジャック・ロンドン(新樹社)

アメリカ残酷物語アメリカ残酷物語

書名:アメリカ残酷物語
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:新樹社
ページ数:166

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンの短編作品の中から、血の気の多い作品を集めた短編集が本書『アメリカ残酷物語』である。
そもそもロンドンの短編作品には秀逸な落ちのついているものが多いが、本書はさらにプロットの面白さに重点を置いて作品を選んでいるようなので、ストーリーの面白さは折り紙付きと言っていいかもしれない。

『アメリカ残酷物語』には『まん丸顔』、『影と光』、『豹使いの男の話』、『「ただの肉」』、『恥さらし』、『支那人』、『「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」』の七編が収録されている。
『まん丸顔』と『豹使いの男の話』などは、ポーを思い起こさせるようなミステリー風の小品で、彼の作品をけっこう読んでいる読者であってもロンドンの新しい一面に触れることができるのではなかろうか。
収録作品はどれも読みやすいものばかりなので、ストーリーテラーとしてのロンドンの手腕を再確認させられることだろう。

本書の欠点を挙げるとすれば、他の短編集との重複作品が多いため、既にロンドンの短編集を何冊か読まれた方はあまり楽しめないかもしれないということだ。
しかし、裏を返せば、『影と光』や『恥さらし』のように何種類もの短編集に収録されている作品はそれだけ人気もあり優れてもいるのが確実というわけで、それらはロンドンの短編として必読の作品と言えるだろう。
ロンドンの短編集を一冊だけ選ぶ場合に、そのような必読の作品を複数収めた本書を選んだとすれば、悪くない選択をしたことになることになるはずだ。

『アメリカ残酷物語』というタイトルの本の収録作品は、どれもきっと残酷な終わり方をするのだろうという予感が読者の側にあるにもかかわらず、それぞれの作品でロンドンのつける結末は十二分に読者を楽しませてくれる。
ロンドンの短編作品に興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『アメリカ浮浪記』 ジャック・ロンドン(新樹社)

アメリカ浮浪記アメリカ浮浪記

書名:アメリカ浮浪記
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:新樹社
ページ数:238

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンの変転に満ちた経歴には誰しも驚かされるだろうが、彼の経歴の中でもきわめて特異なものとして青年時代の浮浪者生活がある。
そしてその頃の実体験に基づく浮浪記がこの『アメリカ浮浪記』だ。
観察者としてではなく、一人の体験者としての視点から下層民を活写した本書の新鮮さは、他の本に見出すことの難しいものであり、舞台となる時と所は異なるとはいえ、今日の日本の読者にも強い印象を残すことだろう。

本書には、カリフォルニアからワシントンまで至る彼のルンペンとしての幅広い浮浪生活から多くのエピソードが選び出され、それらが如実に描かれている。
行く町々で物乞いをし、走り出した汽車に飛び乗って無賃乗車し、警察官に捕まれば浮浪の罪で刑務所に入れられ・・・。
随所にロンドンならではのブラックユーモアが効いているからか、目を覆いたくなるような悲惨な出来事でさえ案外さらりと読めてしまうから不思議なものだ。
また、警察官による基本的人権を無視した非道な扱いや、刑務所内の腐敗した生活ぶりなどの描写からは、社会派作家としてのロンドンが透けて見えていると言えようか。

『アメリカ浮浪記』は、イギリスはロンドンの下層社会に潜入して書かれた『どん底の人びと』とある意味で対を成す作品となっている。
それぞれの作品の舞台が開放感に満ちたアメリカ大陸か、息が詰まるような閉塞感を持つロンドンの場末かという差はあるにせよ、どちらも明日をも知れぬ文無しの人びとの生活を扱っているので、両者を比較しながら読んでみるのも面白いかもしれない。

本書の原題はとてもシンプルに"The Road"とされている。
ジャック・ロンドンに関心のある方は、若き日の彼が辿った波乱に満ちた「道」を共に歩んでみてはいかがだろうか。

『マーティン・イーデン』 ジャック・ロンドン(本の友社)

ジャック・ロンドン選集―決定版 (4)ジャック・ロンドン選集―決定版 (4)

書名:マーティン・イーデン
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:本の友社
ページ数:331

おすすめ度:★★★★★




ジャック・ロンドンが作家として脂ののりきっていた時期に書かれた長編作品がこの『マーティン・イーデン』である。
動物小説、海洋小説、SF小説などといった複数の顔を持つロンドンであるが、本書においては芸術家小説に手を染め、そしてそれを見事な作品に仕上げている。
主人公のマーティンにロンドン自身の自伝的要素が色濃く反映されているということもあり、ロンドンに興味のある方には強くお勧めしたい一冊だ。

カリフォルニアの貧しい労働者階級に生まれ育ち、粗野な荒くれ者として船乗り稼業で日々を送っているマーティン・イーデン。
そんな彼がひょんなことから上流家庭に出入りするようになり、上流家庭の暮らしとその家の美しい令嬢ルースに魅せられてしまう。
ルースに導かれながら、十分な教養を身につけた作家になるべく精進を始めたマーティンは、作家として成功することができるのか・・・。
時折哲学や社会思想が話題になるものの、さすがはロンドンだけあって全体的には非常に読みやすくわかりやすい作品になっている。
乱暴者ではあるけれども好感の持てるマーティンの境遇の浮沈に、読者はいつしか最大限の共感を覚えながら本書を読み進めていることだろう。

ジャック・ロンドン選集の第4巻である『マーティン・イーデン』は、ページ数が300ページそこそこと決して分厚い本ではないが、活字が上下二段組になっている文章量豊富な長編である。
内容的な読み応えも十二分に備えているし、本書がロンドンの代表作として世間に広まったとしても何の不思議もないと思う。
芸術としての文学に対してロンドンの信条を告白していると取れる箇所をふんだんに盛り込んだ『マーティン・イーデン』から、ロンドンの意外な一面をぜひ読み取っていただきたい。

『ジョン・バーリコーン』 ジャック・ロンドン(現代教養文庫)

ジョン・バーリコーン―酒と冒険の自伝的物語 (現代教養文庫―ジャック・ロンドン・セレクション)ジョン・バーリコーン―酒と冒険の自伝的物語 (現代教養文庫―ジャック・ロンドン・セレクション)

書名:ジョン・バーリコーン
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:社会思想社
ページ数:284

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンとアルコールとの関係性を描き出した作品が本書『ジョン・バーリコーン』だ。
本訳書の副題では「自伝的物語」と銘打っているが、『ジョン・バーリコーン』はアルコールとロンドンの関わりに焦点を据えた「自伝」であり、主人公は一貫してロンドンを示す「私」である。
そういう意味で、『マーティン・イーデン』のような小説が「自伝的」であるのとはニュアンスがだいぶ異なった作品になっている。

本書の表題になっている「ジョン・バーリコーン」とは、アルコールを擬人化した存在である。
カリフォルニアでのカキ泥棒時代、太平洋でのアザラシ漁水夫時代、そして作家として成功してからの日々など、至るところでロンドンは「ジョン・バーリコーン」と密接なつながりを持ってきた。
しばしば禁酒を説くページがあり、そこに説教臭さも感じられるのが本書の欠点かもしれないが、ここまで一つのポイントに焦点を絞った自伝も珍しく、文学作品としての興味深さは尽きないものがある。

若い頃に異常なほど豊富な経験を積んでいるロンドンの足跡は、ロンドンの作品に触れる読者にとってはこれまた汲めども尽きぬ興味の泉である。
水夫時代に立ち寄った小笠原諸島で起こした乱痴気騒ぎなどは、同じ日本人の目から見て少々目に余るように映るかもしれないが、それでもその時の経験を下敷きにして『小笠原諸島にて』のような日本を舞台にした短編作品が書かれることになるのかと思えば、やはり興味をそそるものになるはずだ。

『ジョン・バーリコーン』には、ロンドンのルンペン時代の詳細な記述が抜けているが、それを補完する作品がルンペン生活を詳述した『アメリカ浮浪記』となる。
作家としての駆け出しの時期は『マーティン・イーデン』が補ってくれるだろうし、その逆に、『マーティン・イーデン』における伝記的事実と創作部分を『ジョン・バーリコーン』の記述を基にしてある程度推察することもできるようになる。
自伝的作品群の核になる『ジョン・バーリコーン』、ロンドンに関心のある読者なら必ずや楽しめる一冊であろう。

『太古の呼び声』 ジャック・ロンドン(平凡社)

太古の呼び声太古の呼び声

書名:太古の呼び声
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:平凡社
ページ数:241

おすすめ度:★★★★




ロンドンの作品の中で、SFジャンルを代表する作品の一つがこの『太古の呼び声』だ。
今から何万年も昔の、人類への進化の途上にある原始人を主人公に据えるといった、他に例のない珍しい作品である。
そのような情緒も理知も不完全な時代を描いて文学作品として成立するのか、というもっともな危惧を抱く方もおられるかもしれないが、その点は大丈夫、ロンドンがうまい具合に理性的かつ現代的な観察者を設けてくれている。

幼少の頃から、寝ているときに遠い遠い祖先の体験した太古の記憶を夢見てしまう「私」。
言葉も持たない原始人が森やほら穴での暮らしで見ていたものとは・・・。
舞台となっている時代が途方もなく古いわりに生息している動植物が現代に似通い過ぎていたり、遺伝に関する理論に強引さがあったりするなど、学術的な観点からすると多少の違和感はあるのかもしれないが、それらを大目に見ればなかなか楽しい読み物である。

本書のタイトルは『太古の呼び声』とされているものの、原題は"Before Adam"であり、『アダム以前』とでもしておくべきものであろう。
それをあえてロンドンの一番の代表作である『荒野の呼び声』に似ていて紛らわしい『太古の呼び声』というタイトルにしたことに対して、営利的な打算が見え透いているように勘繰ってしまい、あまり好感を持てないのは私だけだろうか。

そうはいっても、訳書としての『太古の呼び声』のクオリティには文句はない。
最初から最後までロンドンらしい非常に読みやすい文体で訳出されていて、ましてイラストの多さが頻繁に目を楽しませてくれるとあっては、読者が本書を途中で投げ出してしまう可能性はほぼないに等しいのではなかろうか。
ロンドンのSF作品に関心のある方には、『赤死病』と合わせて本書をお勧めしたいと思う。

『ジャック・ロンドン幻想短編傑作集』 ジャック・ロンドン(彩流社)

ジャック・ロンドン幻想短編傑作集ジャック・ロンドン幻想短編傑作集

書名:ジャック・ロンドン幻想短編傑作集
著者:ジャック・ロンドン
訳者:有馬 容子
出版社:彩流社
ページ数:237

おすすめ度:★★★☆☆




今世紀に入っても新刊の絶えないジャック・ロンドンの翻訳出版であるが、2008年に彩流社から出されたロンドンの短編集が本書『ジャック・ロンドン幻想短編傑作集』である。
収録されている5編のうち4編が本邦初訳とのことで、ジャック・ロンドンに関心のある方にこれまであまり注目されてこなかった真新しい作品を複数提供してくれる一冊となっている。

本書には『夜の精』、『赤い球体』、『コックリ占い板』、『古代のアルゴスのように』、『水の子』の5編が収録されている。
物語の舞台に基づいて広義でとらえれば、『夜の精』と『古代のアルゴスのように』はクロンダイクものに、『赤い球体』と『水の子』は南洋ものに、それぞれ分類することもできるだろうか。
幻想的であったり、SFじみていたりと、いかにもロンドンらしい幅広い作風において、短編作家としてのロンドンの手腕が存分に発揮されているという印象を本書の読者は受けるに違いない。

心霊的というかオカルト的というか、怪しい雰囲気ながらもストーリー性の強さが魅力の『コックリ占い板』の原題は"Planchette"であり、"Planchette"がどのようなものを指しているのかわからないと内容を把握しにくいかもしれないので、先に検索でもしてイメージを持っておくことをお勧めしたい。
頑固な老人がゴールドラッシュ熱に駆られるという筋書きの『古代のアルゴスのように』は、高齢ながら過酷な環境に挑む老人の運命が読者の心を離さないことだろう。
また、ハワイのメルヘンとでも呼べそうな『水の子』は、ロンドンの短編作品の中でも特に有名なものであるが、知名度の高さを納得させるだけのものはあると感じられるのではなかろうか。

『ジャック・ロンドン幻想短編傑作集』と銘打っている本書ではあるが、必ずしも収録作品のすべてが幻想的な作品かというと小首を傾げたくなる部分もあるし、誤植や訳文の混乱が見られる部分もあるのでそこも減点せざるをえないが、ロンドンに興味のある読者を楽しませるだけのものは十分備えていると言える。
ジャック・ロンドンを何冊も読んでいる方に次の一冊としてお勧めしたい、そんな本だ。
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