『アルハンブラ物語』 アーヴィング (岩波文庫)

アルハンブラ物語〈上〉 (岩波文庫)アルハンブラ物語〈上〉 (岩波文庫)アルハンブラ物語〈下〉 (岩波文庫)アルハンブラ物語〈下〉 (岩波文庫)

書名:アルハンブラ物語
著者:ワシントン・アーヴィング
訳者:平沼 孝之
出版社:岩波書店
ページ数:367(上)、442(下)

おすすめ度:★★★★★




アーヴィングの代表作の一つがこの『アルハンブラ物語』である。
その名の通り、スペイン屈指の観光スポットであるアルハンブラ宮殿にまつわる故事や伝説を集めた本であると同時に、アルハンブラ宮殿にまつわるアーヴィング自身の旅行記にもなっている。
本書のおかげでアルハンブラ宮殿の知名度が高まったという経緯もあることから、アルハンブラ宮殿とは切っても切り離せない、必携、必読のガイドブックとも言えるのではなかろうか。

アーヴィングの作品には、わかりやすい文章中に趣深さが織り込まれているという印象があるが、『アルハンブラ物語』の記述もその例に漏れず、イスラム文化全般に対する初心者でもとっつきやすい記述に終始していながら、読者の心に訴えかける情緒にも富んでいるように思う。
その上、本書の場合は言葉だけでは把握しにくい部分を豊富なイラストが補ってくれるので、「獅子のパティオ」といったポイントは確実に押さえることができる。
アーヴィングならではの優しく気品に満ちた文体で描き出されるアンダルシア、その情景に触れて旅情をそそられない読者は皆無なのではなかろうか。

国や地域に関する紀行文に著名なものはいくつかあるが、一つの建物とそれを取り巻く環境に的を絞った作品で『アルハンブラ物語』ほど有名な古典的作品は他にないような気がする。
ある意味で一つのジャンルの頂点に位置するのが『アルハンブラ物語』であると考えても、必ずしも過大評価したことにはならないように思うがいかがだろうか。

言うまでもないことではあるが、アルハンブラ宮殿と『アルハンブラ物語』とは、互いが互いを高め合うとでもいおうか、絶妙な相乗効果を生み出してきたし、これからも新たな読者を得る度に生み出し続けることだろう。
スペインが誇る入り組んだ歴史と独特の風情漂うグラナダ、あの美しい町をこれから訪れる予定の方、もしくは過去に訪れたことのある方はもちろん、スペインに少しでも興味のある方はぜひ本書を手にしてみていただければと思う。
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『スケッチ・ブック』 アーヴィング (岩波文庫)

スケッチ・ブック(上) (岩波文庫)スケッチ・ブック(上) (岩波文庫)スケッチ・ブック(下) (岩波文庫)スケッチ・ブック(下) (岩波文庫)

書名:スケッチ・ブック
著者:ワシントン・アーヴィング
訳者: 齊藤 昇
出版社:岩波書店
ページ数:393(上)、455(下)

おすすめ度:★★★★




アーヴィングの文名を高からしめた出世作であると同時に、彼の最も代表的な作品とされるのが本書『スケッチ・ブック』である。
エッセイあり、伝説ありと、バラエティに富んだ様々な風景を収めたまさに「スケッチ・ブック」であり、要は一つの書物としてのまとまりはあまりないのだが、むしろその自由奔放で伸びやかな雰囲気が魅力の源になっているという作品だ。

徒然なるままに書かれた雑記帳の『スケッチ・ブック』ではあるが、イギリスでの出来事、特に田舎での体験を描いた部分が多く、あたかもアーヴィングによるイギリス紀行のような観すら呈しているというのが実情である。
それらの中でも、イギリス紳士の家庭でのクリスマスをテーマとした連作は特に優れていて、これが後の傑作『ブレイスブリッジ邸』を生む源になったというのもうなずける話だ。
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『スケッチ・ブック』の中で有名なエピソードといえば、上巻に収録されている「リップ・ヴァン・ウィンクル」と、下巻に収録されている「スリーピー・ホローの伝説」だろう。
特に後者の「スリーピー・ホローの伝説」は、右に挙げるジョニー・デップ主演の映画『スリーピー・ホロウ』によって日本でも一気にその地名が知られたのではなかろうか。
とはいえ内容的な関連性は少なめなので、あまり映画のほうを意識して読むと失望するかもしれない。

『スケッチ・ブック』に収められているエピソードには、死者や葬儀を扱うものの割合が高く、読者の哀愁を誘いすぎる傾向があるようにも感じられる。
しかし、哀愁を誘う筆致はアーヴィングの文章の特徴と言ってもいい点である。
あまり深いことを考えずに、素直にアーヴィングの誘いに応じ、哀愁に身を委ねてみるのが本書の王道的な楽しみ方なのかもしれない。

『ウォルター・スコット邸訪問記』 アーヴィング (岩波文庫)

ウォルター・スコット邸訪問記 (岩波文庫)ウォルター・スコット邸訪問記 (岩波文庫)

書名:ウォルター・スコット邸訪問記
著者:ワシントン・アーヴィング
訳者:齊藤 昇
出版社:岩波書店
ページ数:179

おすすめ度:★★★★




アーヴィングがスコットランドに文豪スコットの屋敷を訪ねた際の体験を思い起こして書かれたのが本書『ウォルター・スコット邸訪問記』である。
著名な作家二人の交流の様子を記した本書は、アーヴィングに関心のある方にもスコットのファンの方にもたいへん興味深い内容になっている。

本書の原題は"Abbotsford"で、これはスコットが田舎に構えるアボッツフォード邸を指している。
そこを紹介状を携えた新進作家であるアーヴィングが訪れるのである。
アーヴィングは本書においてスコットの人柄を称揚することに終始しているようだが、アーヴィングの描くスコット像を読んでいる限り、やはりスコットは手放しの称賛に値する素晴らしい人柄を備えているように感じられる。
自然を愛し、伝説を好み、歴史を尊び、家庭を大事にするのはもちろん使用人への配慮も怠らないというのだから、作家として、また人としての難点がほとんど見当たらないというのもだ。

『ウォルター・スコット邸訪問記』を手にする前に、読者には事前に何でもよいのでスコットの作品を読んでおくことをお勧めしたい。
そうは言っても、あれほど一世を風靡した作家であるにもかかわらず、スコットは残念なことに翻訳出版の状況が芳しくない作家の一人である。
それにしても、今日の読者も楽しめるストーリー性の強い小説を多く書いた人気作家の作品が等閑視されているというのは何とも不思議な話だ。

スコットが膨大な時間とお金を費やして改築させた豪壮なアボッツフォード邸は今も残っていて、スコットの邸宅として一般公開されている。
『ウォルター・スコット邸訪問記』を片手にそこを訪れることができれば、アーヴィングが受けた感銘の十分の一でも味わうことができるのかもしれない。

『ブレイスブリッジ邸』 アーヴィング (岩波文庫)

ブレイスブリッジ邸 (岩波文庫)ブレイスブリッジ邸 (岩波文庫)

書名:ブレイスブリッジ邸
著者:ワシントン・アーヴィング
訳者:齊藤 昇
出版社:岩波書店
ページ数:380

おすすめ度:★★★★★




スケッチ・ブック』の続編として位置付けられる作品がこの『ブレイスブリッジ邸』である。
というのも、『スケッチ・ブック』中のクリスマスをテーマとした連作をベースにしているのが『ブレイスブリッジ邸』であるからで、『スケッチ・ブック』の読者にとってはおなじみの舞台と登場人物に再会できるわけである。
スケッチ・ブック』の続編として位置付けられるとはいえ、前者が雑記帳風の作品であったのに対し、舞台やテーマに一貫性があるというのが『ブレイスブリッジ邸』の特徴になっている。

アメリカ人である筆者が、イングランドの片田舎にあり、婚礼を控えたブレイスブリッジ邸に招かれる。
古き良き時代に憧れている好人物の地主、豊かな人情味と滑稽味を備えたマスター・サイモンなど、そこに暮らす様々な人物が生き生きと活写されている。
『ブレイスブリッジ邸』が描き出す美しい作品世界は善意に満ちており、読者は一種のユートピアにでもいるような心地よさを覚えるのではなかろうか。

岩波文庫版の『ブレイスブリッジ邸』にはふんだんに挿絵が織り込まれており、本書を非常に親しみやすく、そして読みやすくしている。
新訳なので文章自体もとっつきやすく、堅苦しい議論に出会うこともないし、細かい章立てがなされているというのもあり、読みやすさは岩波文庫中でもトップクラスに入る作品なのではなかろうか。
もちろん単に読みやすいだけでなく、そこにアーヴィング風の哀愁を帯びた味わいが盛り込まれているのは言うまでもない。

『ブレイスブリッジ邸』は、アーヴィングの代表作とみなしても構わないほどに優れた作品であるように思うが、意外にもこの岩波文庫版が本邦初訳とのことらしく、近年の岩波文庫のアーヴィング作品の充実ぶりはありがたい限りである。
この調子で次はアーヴィングの何を刊行してくれるのかと期待がかかるところではあるが、まずは『スケッチ・ブック』と『ブレイスブリッジ邸』を二作品続けてお楽しみいただければと思う。

『予言者マホメット』 アーヴィング (新樹社)

予言者マホメット予言者マホメット

書名:予言者マホメット
著者:ワシントン・アーヴィング
訳者:小柴一
出版社:新樹社
ページ数:332

おすすめ度:★★★★




アーヴィングがマホメットの生涯をわかりやすく描いたのが本書『予言者マホメット』である。
話を進める上でイスラム教の教義に触れずにいられない場面もあるが、大袈裟な伝承を誇張と断定していたり、マホメットが起こしたとされる奇跡を否定的にとらえていたりと、宗教臭さが少ない伝記として読むことのできる作品だ。

『予言者マホメット』は、マホメットが生まれ、啓示を得てイスラム教を説き始め、武力を用いつつそれを広め、死去するまでの出来事を時代を追って綴っている。
マホメットの業績を平明な物語のうちに集約しようという意図で書かれた作品だけあって、多くの読者にすんなりと受け入れられるアーヴィングならではの文体となっている。

アーヴィング自身がスペインで長く暮らしたという事情もあり、また、そのスペインでの日々が『アルハンブラ物語』という傑作に結実していることからもわかるように、アーヴィングがイスラム文化に強い関心を抱いていたことは明白である。
そうはいっても、彼は根っからのキリスト教徒であり、マホメットの偉大さを随所で認めながらも、『予言者マホメット』はあくまでキリスト教徒による批判的な視点で語られている作品となっている。
私個人としては、記述は概ね中立的で公平であり、読者が著者の偏った宗教的意見に不愉快な思いをすることは少ないのではないかと考えているが、イスラム教徒の視点からすればやはり不愉快に感じられる内容なのかもしれない。

『予言者マホメット』は、アメリカ文学の草創期を代表する作家であるアーヴィングによって19世紀半ばに書かれたものであるから、マホメットについて学ぶための作品として最適であるとは言い難い部分もある。
しかし、アーヴィングのような文豪が巧みな筆運びで読者をイスラム世界へ誘ってくれるという入門書は、他に見つからないというのも事実だろう。
流通量が非常に少ないというのが難点ではあるが、アーヴィングに、マホメットに興味のある方にはお勧めの一冊だ。
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