『賭博者』 ドストエフスキー(新潮文庫)

賭博者 (新潮文庫)賭博者 (新潮文庫)
(1969/02)
ドストエフスキー

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書名:賭博者
著者:ドストエフスキー
訳者:原 卓也
出版社:新潮社
ページ数:317

おすすめ度:★★★★




一か八かの勝負に出る人の心理を巧みに描いた作品、『賭博者』。
自身が賭博にのめり込んでいたドストエフスキーが、自らの経験を生かして書いた小説として知られている。
基本的に賭け事を好きではない私には、人はこんな愚かなことをするだろうかと小首をひねるシーンもあったが、ギャンブルをやる人であればそれも共感することができて、より面白く読める作品かもしれない。

保養地として各国の人々の集まるドイツの温泉町を舞台に、物語は進む。
ルーレットに熱い視線を注いでいた人が、いつしか盤上を転々とするルーレットの玉のように運命に翻弄されていく・・・。
勝負には勝つことも負けることもあるが、それが人間ドラマにどのように反映されることになるのか。
理性のたがが緩みきった熱狂の瞬間、人生の転変を文字通り賭けた瞬間、その緊迫感あふれる描写には、ついつい読者も引き込まれてしまうことだろう。

それにしても、ドストエフスキーに限らず、ロシア文学では賭け事に熱中する人々がよく描かれているという印象を受ける。
暇さえあればカードに興じる貧しい人々や、カードで借金を作り破滅していく貴族や将校など、他の国々の文学作品と比べても賭博に取りつかれた登場人物は決して少なくないはずだ。
『賭博者』でも触れられているが、ギャンブル好きな性質は先天的なロシア人の気質として根付いているのだろうか。
作者のドストエフスキーだけに限ったことではなく、身を持ち崩す悪癖として賭け事は当時のロシア社会に広く浸透していたに違いない。

ドストエフスキーの作品の中ではやや異色の感があるが、人間模様の描き方にはドストエフスキーらしい点が多い。
思想色が薄く、それだけ読みやすい作品なので、一般受けしやすいものと思う。
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『二重人格』 ドストエフスキー(岩波文庫)

二重人格 (岩波文庫)二重人格 (岩波文庫)
(1981/08/16)
ドストエフスキー

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書名:二重人格
著者:ドストエフスキー
訳者:小沼 文彦
出版社:岩波書店
ページ数:326

おすすめ度:★★★☆☆




貧しき人びと』に次ぐ、ドストエフスキーの第二作目がこの『二重人格』。
恵まれない下級官吏を主人公にしている点は『貧しき人びと』と同様だが、書簡での対話というスタイルだった『貧しき人びと』とは違い、『二重人格』は主人公の心理に的を絞ってそれを掘り下げている。
ドストエフスキー初期の雰囲気を十分に堪能できる作品だ。

『二重人格』の主人公は自意識過剰の気味がある。
内向的な性格ゆえにできあがっていく妄念の詳述は、心理学が未発達だったという時代を考慮すれば、周到に描かれていて読み応えがあるといえるだろう。
また、『』や『狂人日記』を下敷きにしたと考えられなくもない、いくらかゴーゴリ風の作品でもあるので、ロシア文学を総覧したい方は読んでおくべきかもしれない。

『二重人格』というタイトルだが、これは誤訳と言っても過言ではない。
『二重人格』の主人公は、一般に解釈されている二重人格者とは少々異なり、彼はむしろ自らのドッペルゲンガーを見ているのである。
同じ作品の翻訳に『分身』という邦題もあるようだが、こちらのほうが内容にも合致するし、ドストエフスキーの意図にもだいぶ近いことだろう。
ちなみに、ポーの『ウィリアム・ウィルソン』はドッペルゲンガーを正面から扱った短編小説の傑作で、発表年も非常に近いので、『二重人格』と合わせて読むことをお勧めする。
おそらくたいていの読者はポーの引き締まった文体のほうに軍配を上げるものと思うがいかがだろうか。

二重人格を取り扱った作品は、小説に限らずテレビや映画にもあふれかえってしまったというのが現状で、残念ながらあまり新鮮味は感じられない。
まして、『二重人格』の主題は厳密な意味では「二重人格」ではないときている。
しかし、このような不足を補ってなお読者を楽しませる力を持っているのがドストエフスキーだ。
ドストエフスキーの作品に興味のある人にはお勧めしたい。

『貧しき人びと』 ドストエフスキー(新潮文庫)

貧しき人びと (新潮文庫)貧しき人びと (新潮文庫)
(1969/06)
ドストエフスキー

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書名:貧しき人びと
著者:ドストエフスキー
訳者:木村 浩
出版社:新潮社
ページ数:260

おすすめ度:★★★★




ドストエフスキーの処女作にして、批評家に著者はゴーゴリの再来であると言わしめた作品がこの『貧しき人びと』だ。
晩年の長編作品と比べると質・量ともにお手軽な感じではあるが、それがかえって読みやすいという長所なのかもしれない。
知名度はそれほど高くないが、ドストエフスキーを読むのに『貧しき人びと』から始めてみるのもいいだろう。

『貧しき人びと』は、貧しい男女の間でやり取りされた手紙を連ねるという、いわゆる書簡体で書かれている。
貧しいながらも親密な対話を続けていた二人だが、そんな二人にもいつしか関係性が劇的に変わる日がやってくる・・・。
読者の共感を呼ばずにはいない貧しい人々、特に下級官吏の不遇を温かく見守るような同情的な文体で描いたところが、ドストエフスキーが『外套』で知られるゴーゴリの再来と呼ばれた最大の所以であろう。

書簡体は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』やラクロの『危険な関係』という傑作を生み出した形式だが、これらはいずれも18世紀の作品であるし、同時期の書簡体小説の傑作がなかなか思い浮かばないので、ドストエフスキーが『貧しき人びと』を書いていた時点で必ずしも流行の形式だったわけではないはずだ。
このようなスタイルの古めかしさに抵抗を感じる読者もいることだろうが、書簡体にはいいところもあれば悪いところもある。
それを感じながら読み進めることができるというだけでも、書簡体小説に手を出す価値はあるのではあるまいか。
若きウェルテルの悩み』や『危険な関係』よりは『貧しき人びと』のほうが読みやすいので、『貧しき人びと』は書簡体初心者にもお勧めできる。

カラマーゾフの兄弟』を最後にその生涯を閉じたドストエフスキー、彼の作風はシベリア流刑という契機の前後で随分異なると言われているが、その最初期の作品が『貧しき人びと』であり、ドストエフスキーを考えるうえでこれははずせない。
ドストエフスキーの処女作というだけでもおのずと興味の湧いてくる方も多いことだろうが、ドストエフスキーの小説の中で気楽に読める上に感動的な作品といえばこの『貧しき人びと』だと思う。
文豪の作品だからという気後れは無用、ぜひ気軽に手に取ってみて欲しい本の一つだ。

『死の家の記録』 ドストエフスキー(新潮文庫)

死の家の記録 (新潮文庫)死の家の記録 (新潮文庫)
(1973/07)
ドストエフスキー

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書名:死の家の記録
著者:ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:567

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーが実際にシベリアの流刑地、いわゆる「死の家」で送った日々を基に執筆したのがこの『死の家の記録』だ。
タイトルの深刻さやドストエフスキーという大御所の作品だからといって物怖じする必要は一切ないほどに読みやすい作品なので、幅広い読者に受ける作品だと思う。
ロシア史の負の側面を知るとともに、小説家としてのドストエフスキーの最大の転機を読み取ることができる、非常に興味深い作品だ。

シベリアには、通常の意味での犯罪者はもちろん、政治犯や思想犯など、いろいろな人々が流されてきている。
生と死のはざまという過酷な環境の下、各人がどうにかこうにか生き延びていく様は、平穏な日々を送る今日の日本の読者にただならぬ衝撃を与えずにはいないだろう。
極限状態だからこそ見ることのできる究極の人間性、二度とそれが発揮されない世の中になることを祈るばかりだ。
イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)イワン・デニーソヴィチの一日 (岩波文庫 赤 635-1)
(1971/08)
アレクサンドル・ソルジェニーツィン

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夜と霧 新版夜と霧 新版
(2002/11/06)
ヴィクトール・E・フランクル

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『死の家の記録』と合わせて読むなら断然ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』がお勧めだ。
こちらはスターリン時代の収容所を舞台にした小説作品で、『死の家の記録』に通ずるところがきわめて多い。
また、フランクルの『夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録』も『死の家の記録』の理解を大いに助けてくれることだろう。
この『夜と霧』は、精神科医をしていたユダヤ人である著者が、自らの実体験を基に強制収容された人々の精神状態に焦点を当てて記した著作で、心理学の予備知識がなくても読めるたいへん興味深い本だ。

『死の家の記録』は決して明るい話ではないものの、恨みにまみれた暗い文章で書かれた作品ではない。
ドストエフスキーはどういう気持ちでこれを書いていたのだろうと考えてしまうほど、不思議と読みやすい作品になっている。
老若男女を問わず読者に強く訴えかける力を持っていると私は確信しているので、この記録文学の傑作をぜひ読んでみていただきたい。

『イタリアのおもかげ』 ディケンズ(岩波文庫)

イタリアのおもかげ (岩波文庫)イタリアのおもかげ (岩波文庫)
(2010/04/17)
ディケンズ

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書名:イタリアのおもかげ
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:隈元貞広、伊藤弘之、下笠徳次
出版社:岩波書店
ページ数:432

おすすめ度:☆☆☆☆




アメリカ紀行』と並び、ディケンズの紀行ものであるのがこの『イタリアのおもかげ』。
ユーモアにあふれる筆致は健在だが、小説世界と違って、揶揄されているものには具体的な対象物があるので、ただの皮肉な言い回しにも読めてしまう。
風景や芸術作品を褒めている部分もあるにはあるが、イタリアに対してあまり好意的には書かれていないこの本を読み終わって読者が感じるのは、結局のところディケンズはイタリアに失望したのではないかということ。
同じ旅行記であれば、『アメリカ紀行』のほうがだいぶ出来がいいように思う。

フランスを経由してジェノヴァ、ヴェネツィア、ローマなどを訪れたディケンズが各地の印象を綴っていくのが本書であるが、乞食の多さや不衛生さへの言及にしばしばお目にかかることになる。
まさか嘘を書いているわけではないだろうが、否定的な描写がこうまで多いと、読者は少々退屈してしまうのではないか。
また、ディケンズはイタリア全土に浸透したカトリックや修道院制度にも冷たい態度を見せている。
さすがにローマ教皇にはお手柔らかであるものの、全般に非常に手厳しい記述が目立っている。
単にディケンズはカトリック嫌いだったのではないか・・・そういったバイアスを予想せずにはいられない書きぶりだ。
ふと思い返してみれば、ディケンズの小説には宗教に関する描写がほとんどなかったのではなかろうか。
本書を足がかりにディケンズとキリスト教について考えてみるのもなかなか面白いかもしれない。

『イタリアのおもかげ』からはディケンズの審美眼も読み取ることができる。
「最後の晩餐」を切り抜いた修道士たちに皮肉な一矢を報いるのは共感できるものの、紀行文であるからやむをえないのかもしれないが、論理的な説明なしにベルニーニが駄作呼ばわりされ、また、彼はバチカンを単なる巨大な建物として無感動に眺めることができるという。
これもディケンズのカトリックに対する偏見を予想させる部分ではなかろうか。

この『イタリアのおもかげ』、イタリアに関する本を読みたい読者を満足させることはできないだろうし、ディケンズのファンでもこの本を素直に喜べるかというと非常に疑わしい。
原文の参照などもちろん行っていないが、訳文の読みやすさにも少々難があり、あまり評価のできない本だ。

『アメリカ紀行』 ディケンズ(岩波文庫)

アメリカ紀行 (上) (岩波文庫)アメリカ紀行 (上) (岩波文庫)
(2005/10/14)
ディケンズ

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アメリカ紀行 (下) (岩波文庫)アメリカ紀行 (下) (岩波文庫)
(2005/11/16)
ディケンズ

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書名:アメリカ紀行
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:伊藤弘之、下笠徳次、隈元貞広
出版社:岩波書店
ページ数:433(上)、435(下)

おすすめ度:★★★☆☆




若きディケンズがアメリカに渡り、各地を旅して回った際の記録がこの『アメリカ紀行』。
ユーモアと人間味あふれる筆致は非常にディケンズらしいところであるが、率直な感想が批判的とみなされてアメリカではこの作品は不人気だったらしい。
当時のアメリカ社会の雰囲気、特に旅行事情を知る上では貴重な資料となることだろう。

渡米当時、ディケンズの名はすでにアメリカでも広く知られていて、一般の観光客では出入りできないような場所に入ることを許されたり、会うことのできない人に会うことができたり、ただしそれと同時に、イギリスからやってきた有名人に会いたいというだけの表敬訪問をも無数にこなすことになったわけだが、いずれにせよ人気作家ならではの便宜を得ることができた。
そういうわけで、通常の旅行記とは幾分視点が異なるような印象を受ける。
普遍的というと言い過ぎだろうが、各地の上流階級の面々との触れあいや行政上の施設への視察を通して、私的な経験を綴った紀行文では達し得ない部分にまで筆が及んでいるのだ。
そこが同じディケンズの紀行文である『イタリアのおもかげ』との作風の最大の違いであろう。

同時期のアメリカ社会を取り扱ったものとして、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』がある。
これは表題のとおりもっぱら政治体制に対する本であるが、アメリカ社会を肯定的にとらえている部分が多いので、ヒューマニズムに則った批判的な傾向の強いディケンズの『アメリカ紀行』と読み比べてみると面白いはずだ。

この『アメリカ紀行』、ディケンズのことをあまり知らない人が読んでも楽しめるだろうが、どちらかといえばディケンズを知っている人のための本のように思える。
ディケンズ作品の読者であれば、『オリヴァ・ツウィスト』や『ニコラス・ニクルビー』の作者らしさを感じ取ることができる旅行記であるに違いない。

『未成年』 ドストエフスキー(新潮文庫)

未成年 上巻 改版 (新潮文庫 ト 1-20)未成年 上巻 改版 (新潮文庫 ト 1-20)
(2008/06)
ドストエフスキー

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未成年 下巻 改版 (新潮文庫 ト 1-21)未成年 下巻 改版 (新潮文庫 ト 1-21)
(2008/06)
ドストエフスキー

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書名:未成年
著者:ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎
出版社:新潮社
ページ数:632(上)、633(下)

おすすめ度:★★★★




この『未成年』、ドストエフスキーの長編作品の中では、おそらくあまり読まれていない作品であろうか。
罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など、ドストエフスキーの他の長編作品と比べると、事件というほどの事件は起きないし、テーマの深遠さにも欠けるところがあるが、そうはいってもやはり世界文学の巨匠中の巨匠であるドストエフスキーの描く人間模様は非常に面白い。
ドストエフスキーの魅力を存分に味わうことのできる作品なので、もっと読まれてしかるべき作品だろう。

『未成年』は、若き主人公が込み入った人間関係の中を東奔西走するという物語だ。
カラマーゾフの兄弟』ほどではないにせよ、平板ではない家族関係も読者の興味を喚起する。
そもそも「未成年」という存在は「成年」があってこその概念だが、主人公を取り巻く「成年」たちとのやり取り、特に父とのそれはこの作品の中で強力なアクセントとなっている。
ツルゲーネフの『父と子』と読み比べてみるのもいいと思う。

ドストエフスキーの長編作品は、場面の転換の仕方に独自性がある。
主人公が読者の予想をはぐらかした場所へ赴いたり、どこかへ行こうとしている最中に偶然別の人に出会ったり、意外な人物の訪問を受けたりする。
そうして次第に筋が程よく錯綜していくのだが、その特徴は『未成年』にもよく表れている。
『未成年』には、物語の行く先を左右する一癖も二癖もある女性ももちろん登場するし、焦燥感をあおる筋運びもなされていて、とてもドストエフスキーらしい作品でもある。
インパクトに欠ける作品かもしれないが、退屈になって放り出してしまうこともまたないはずだ。

★は四つにしたが、『未成年』が不出来に思えるという理由での評価ではなく、ドストエフスキーは単に他の長編が素晴らしすぎるというだけのこと。
若干のほころびが見当たらないわけではないが、読む価値は十分にある大作の一つである。

『カラマーゾフの兄弟』 ドストエフスキー(岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)
(1957/02/05)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫)カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫)
(1957/02/25)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1)カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1)
(1957/06/20)
ドストエーフスキイ

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カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)
(1957/10/15)
ドストエーフスキイ

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書名:カラマーゾフの兄弟
著者:ドストエフスキー
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:434(一)、351(二)、341(三)、406(四)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの最高傑作との呼び声高き『カラマーゾフの兄弟』。
これまで数多くの文学全集に収録されてきているが、読めば納得の奥深さである。
仮にも欧米文学に興味があると自称する人間ならば、これを読まずに一生を終えるのはあまりにもったいないことだろう。

『カラマーゾフの兄弟』は、それぞれまるで性格の異なる三人の兄弟の関係性がきわめて興味深い作品である。
三人の兄弟は、みなそれぞれまったく異なった目で現実世界をとらえているが、そしてその見方の差異が本作の読みどころの一つにもなっているのだが、彼ら三人の心に共通する底流として、ある種の清さ、誠実さ、真摯さがある。
『カラマーゾフの兄弟』に限ったことではないが、ドストエフスキーの作品にはそういった美しさがあるがゆえに、時代を越えて無数の人々の心の琴線に触れることができるのだと私は思う。
この作品の中では、知的な次男に知性では劣るにせよ、はるかに人間性に富んでいる三男のアリョーシャが特に美しい輝きを放っている。
彼は『カラマーゾフの兄弟』の実質的な主人公であるし、読者の記憶に強く刻み付けられるのも、おそらくは知性の鋭さではなく人間性の豊かさのほうではなかろうか。

『カラマーゾフの兄弟』は、聖書から取られたモチーフが重要な意味を持っていたり、兄弟の一人が無神論者であったりするので、ある程度キリスト教に対する知識があるほうがより深く味わえる作品だと思うが、この岩波版には適切な解説もあるわけだし、絶対に必須というわけではない。
むしろこの小説を通じて聖書について勉強するというのも可能だろうか。
いずれにせよ、テーマの偉大さ、奥深さもさることながら、それを見事に描ききったドストエフスキーの手腕には驚嘆するばかりだ。

出口の見えない深遠なテーマに入り込んでいく登場人物たちに、答えは見つかるのか。
ここまでよくできた名作はそう世にあるものではない。
少々長すぎると思う方もいるかもしれないが、何時間も付き合っていた作品だからこそ、読み終えたときには独特の感動が待っている。
通勤・通学中の電車の中などではなく、一人になれる静かな時間を見つけ、腰をすえてじっくりと、ぜひ熟読してみて欲しい傑作だ。

『悪霊』 ドストエフスキー(新潮文庫)

悪霊 (上巻) (新潮文庫)悪霊 (上巻) (新潮文庫)
(2004/12)
ドストエフスキー

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悪霊 (下巻) (新潮文庫)悪霊 (下巻) (新潮文庫)
(2004/12)
ドストエフスキー

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書名:悪霊
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:新潮社
ページ数:651(上)、758(下)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキー四大長編の一つに数えられる『悪霊』。
タイトルから察せられるように、決して明るい雰囲気の話ではないが、ドストエフスキーの長編の中では最も政治思想色が濃く、それだけ重厚な作品となっている。
読みやすい本より読み応えのある本を求めている人には非常にお勧めである。

『悪霊』は革命運動家たちの間で実際に起こった殺人事件を元に書かれた作品だが、ドストエフスキーの力量によってオリジナルの事件はほとんど原形をとどめていないといっても過言ではないだろう。
それほどに小説世界が一個の完結したものとして成り立っている。
19世紀といえばロシアのツァーリズムが徐々に瓦解していく世紀でもあるわけだが、水面下で行われる運動に従事する人々を描くことで、作品は終始ミステリアスな雰囲気で満たされているし、血の予感が読者までひしひしと伝わってもくる。
鮮明に描き分けられた特徴的な人物たちが見事に絡まり合う、ドストエフスキーらしい複雑な人間模様は、最後の最後まで読者の興味をそそってやむことがない。
内容が軽薄ではないにもかかわらず読ませる力を備えた本があるとすれば、それはまさしくこの『悪霊』だろう。

『悪霊』は難しいという感想をよく耳にする。
確かに、革命に関する政治思想や当時のロシアの政治状況を踏まえて読めば、小説に描かれた世界の見え方もだいぶ変わってくるはずだ。
そういう意味では、難解な作品であるという判断は間違ってはいない。
でもそれはドストエフスキーの真意を、十分な予備知識もなしに無理に探ろうとするからなのであって、私は『悪霊』に限らず、読者を魅了する力のある文学作品というものは深いことを考えずに読み進めていくだけでもかなり楽しめるように思うのだがいかがだろうか。

内容からするに『罪と罰』ほど一般受けはしないかもしれないが、ストーリー展開や登場人物の造形の巧みさには感心させられるばかり。
罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』と並び、ドストエフスキーの最高傑作と称されることのある『悪霊』、ドストエフスキーを語る上でこれは必読だ。

『白痴』 ドストエフスキー(岩波文庫)

白痴〈上〉 (岩波文庫)白痴〈上〉 (岩波文庫)
(1970/01)
ドストエーフスキイ

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白痴〈下〉 (岩波文庫)白痴〈下〉 (岩波文庫)
(1994/03/16)
ドストエーフスキイ

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書名:白痴
著者:ドストエフスキー
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:627(上)、555(下)

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの傑作長編、『白痴』。
登場人物のロシア人らしさ、複雑な恋愛模様、善への志向など、きわめてドストエフスキーらしい作品だ。
純真無垢な心の美しさを描ききった文学作品としては、『白痴』は最高峰に位置することだろう。
主題に対する予備知識を必要としないので、それだけ多くの人の心を動かすことができる小説だと思う。

『白痴』の主人公であるムイシュキン公爵は、一切の侮蔑をこめずに言うが、「ばか」である。
具体的にどのように「ばか」なのかは作品で読んでもらうこととして、ここでは私がそんな「ばか」に強い憧れを持っているとだけ述べておくことにしよう。
彼ほど素晴らしい「ばか」には、現実世界はもちろん、小説の世界においてもなかなかお目にかかれるものではないが、ひょっとするとドストエフスキーが愛読していたというディケンズの作品にその原型を見出すことができるかもしれない。

『白痴』の原題は、英語では idiot に相当するロシア語のようで、語感からすると『白痴』は少々行き過ぎらしいが、かといって『イワンのばか』でもあるまいし、ドストエフスキー作『ばか』とするわけにもいかず、『白痴』が定着している。
今日の日本では「白痴」には差別的な意味合いがあるとして使用を避ける傾向があるようだが、ドストエフスキーの『白痴』がもっと読まれていたならば、「白痴」は知能の発達こそ不完全なものの、美しい心を持った人を指す言葉ととらえられていて、差別的とはみなされなかったのではなかろうか。
少なくとも私は『白痴』を読んで以来、「白痴」の語にそういった観念を抱いている。

必ずしも過度ではないはずの正直さえもが「ばか正直」と呼ばれることがある、私たちが暮らしている社会はそういうところだ。
しかし、何を「ばか」とするべきなのか、「ばか」であることは悪いことなのか、真剣に考えさせられる名作がこの『白痴』だ。

『罪と罰』 ドストエフスキー(岩波文庫)

罪と罰〈上〉 (岩波文庫)罪と罰〈上〉 (岩波文庫)
(1999/11/16)
ドストエフスキー

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罪と罰〈中〉 (岩波文庫)罪と罰〈中〉 (岩波文庫)
(1999/12/16)
ドストエフスキー

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罪と罰〈下〉 (岩波文庫)罪と罰〈下〉 (岩波文庫)
(2000/02/16)
ドストエフスキー

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書名:罪と罰
著者:ドストエフスキー
訳者:江川 卓
出版社:岩波書店
ページ数:414(上)、364(中)、431(下)

おすすめ度:★★★★★




言わずとしれたドストエフスキーの、いや、世界文学の最高傑作の一つである『罪と罰』。
私はドストエフスキーの長編作品で初めて読んだのがこの『罪と罰』なのだが、その時の衝撃を今でも覚えている。
上・中・下の三冊をほんの数日で、まさに震撼しながら読んだものだ。
大学の講義に出ながらも早く再び本を手に取りたくてたまらなかったし、終盤にさしかかると作品が終わってしまうのが惜しい気がして、先を読みたいのか読みたくないのかよくわからない複雑な気持ちになりもした。
『罪と罰』に限ったことではないが、ドストエフスキーの作品はどれも強くお勧めせずにはいられない。

主人公の青年ラスコーリニコフは、身勝手を許容する哲学の下、金貸しの老婆を惨殺し金を奪うという罪を犯す。
しかし、空虚な哲学は彼の良心を眠らせてはくれず、彼は執拗な罪の意識に苛まれ始め・・・。
普通に考えればあまりにも長すぎる台詞も内省も、ドストエフスキーなら不思議とすらすら読めてしまう。
ドストエフスキーの作品には読ませる力がある、だからこそ今でも世界中で読まれ続け、感動を与え続けているのだろう。

カラマーゾフの兄弟』や『悪霊』など、ドストエフスキーにはいくつか傑作長編があるが、そんな中でも特に、登場人物の構図がわかりやすい『罪と罰』は読みやすいほうだ。
長編小説やロシア文学にあまりなじみのない方も、『罪と罰』なら読み通してもらえるものと思う。

ドストエフスキーは難しそうで手を出せないとか、タイトルからしてなんか暗そうとか、単に長すぎるとか、そういう話をよく耳にする。
確かに、万人に受ける作家ではないかもしれない。
しかし、ドストエフスキーを食わず嫌いでいるのはあまりにもったいない。
読者を捕らえて離さないドストエフスキー作品の強烈な引力を、ぜひ感じてみてほしい。

『グランド・ブルテーシュ奇譚』 バルザック(光文社古典新訳文庫)

グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫)グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫)
(2009/09/08)
オノレ・ド バルザック

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書名:グランド・ブルテーシュ奇譚
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:宮下 志朗
出版社:光文社
ページ数:256

おすすめ度:★★★☆☆




表題作である『グランド・ブルテーシュ奇譚』を含む5編を収めた本書、「バルザック短編集」と銘打ってもよかっただろう。
読者は短編でも優れた作品を残しているバルザックの、そのごく一部分を知ることができる。

『グランド・ブルテーシュ奇譚』は、嫉妬深い夫に浮気がばれたらどうなるかという逸話の一つとして、『田舎のミューズ』でその名が紹介されている。
田舎のミューズ』においては、ここに繰り返すまでもない有名な話として扱われていたので、読者はこの本でその書かれなかった挿話を読むことができるというわけだ。

『ことづて』は、ある人の愛人のもとへ伝言を頼まれるという話で、収録作品の中で最も感動的だ。
とはいえ、夫や妻以外に愛人を持つことが今よりはるかに一般的だった当時と比べると、読まれ方も変わってきているのだろうか。
『ファチーノ・カーネ』は『バルザック芸術/狂気小説選集〈2〉ガンバラ 他』にも収録されているが、盲目の老人の語る興味深いエピソードが中心となる短編で、読者を宙ぶらりんに留め置くという憎い終わり方をしてくれる。
バルザックの全作品の中でも非常に異質な構造を持つのが『マダム・フィルミアーニ』。
口さがない人々の証言を集めたような斬新なスタイルが面白いが、発表された当初はそのスタイルがどう受け取られたのだろうか。
『書籍業の現状について』はタイトルどおり、小説ではなく評論的な小品。
バルザックの小説を求める読者にとってはあまり関心が持てないだろうし、同じ紙幅を割くのであれば短編小説を入れてくれたほうがよかったように思う。

いろいろな種類の短編を集めただけに、この一冊で読者が頭の中にバルザック像を作り出そうとすれば、随分といびつなバルザックが出来上がるに違いない。
金や女に対する欲望をとことん描いたバルザックなのに、それが描かれているのはせいぜい『ファチーノ・カーネ』ぐらいのものだ。
よく言えば幅広く収録、悪く言えば雑多な寄せ集め、そんな感じを受ける一冊だ。

『バルザック芸術/狂気小説選集〈4〉絶対の探求 他』 バルザック(水声社)

バルザック芸術/狂気小説選集〈4〉絶対の探求 他―科学と狂気篇 (バルザック芸術/狂気小説選集 4 科学と狂気篇)バルザック芸術/狂気小説選集〈4〉絶対の探求 他―科学と狂気篇 (バルザック芸術/狂気小説選集 4 科学と狂気篇)
(2010/12)
オレノ・ド バルザック

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書名:バルザック芸術/狂気小説選集〈4〉絶対の探求 他―科学と狂気篇
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:私市 保彦
出版社:水声社
ページ数:387

おすすめ度:★★★★




万物の根源である「絶対」を見出そうと、家族を省みることなく日夜化学の実験に没頭する男を描いたのがこの『絶対の探求』。
作家自身にそういう素質があったからかもしれないが、人間が何事かに熱狂的に執着する様を書かせれば、バルザックの右に出る者はそういないだろう。
狂気という語が適切かどうかは疑問だが、また、科学とはまるで関係のない話になるが、過去の出来事に取りつかれた一人の男を描いた『赤い宿屋』を併録していて、収録作品のバランスは非常に取れているのではなかろうか。

「絶対」を探求する主人公バルタザール、読者はどうしても錬金術師を連想せずにはいないが、バルザックがただの研究熱心なオカルト男を創作するわけもない。
財産のありったけを研究に注ぎ込み、バルタザールの夢の大きさに比例するかのようにどんどん借金が膨らみ、家族が彼のもたらした不幸に巻き込まれてしまうという、いかにもバルザックらしい展開で話が進んでいくのだ。
情熱の対象こそ違えど、バルタザールは『従妹ベット』のユロ男爵に似ているところがある。
どちらも信じられないほどに自らの情熱のためにすべてを犠牲にし、とてもじゃないが共感などできたものではないが、読者にはその家族を応援するという楽しみができる。

『赤い宿屋』は、登場人物の口を通して語られる事件と、その語りを聞いている人々から成り立っている。
いわゆる枠物語という体裁の作品だが、ただ単に過去の物語を語らせるだけの枠物語とは異なり、事件の時制と語りの時制、つまり過去と現在の絡み合いがとても巧妙に設定されている。
バルザックの短編の中では最も出来のいい作品の一つだろう。
「絶対」の探求 (岩波文庫)「絶対」の探求 (岩波文庫)
(1978/04)
バルザック

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『「絶対」の探求』は岩波文庫からも出版されている。
訳者はバルザックの翻訳を数多く世に送った水野亮先生なので、ひょっとすると少々日本語が古いと感じられる方もいるかもしれないが、訳文は信頼できるはずだ。

時系列に対して素直なことの多いバルザックだが、『絶対の探求』では構成の巧みさも窺うことができ、幾分古典的な手法をとった『赤い宿屋』との対照も悪くない。
『絶対の探求』はバルザックの宇宙観を垣間見ることもできる作品と言われているが、そんなに難しいことを考えずとも十分楽しめることだろう。
水声社の『バルザック芸術/狂気小説選集』の中では最もお勧めしたい一冊だ。

『ウジェニー・グランデ 谷間のゆり』 バルザック(中央公論社)

世界の文学〈第10〉バルザック (1965年)ウジェニー・グランデ  谷間のゆり世界の文学〈第10〉バルザック (1965年)ウジェニー・グランデ 谷間のゆり
(1965)
バルザック

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書名:世界の文学〈第10〉バルザック ウジェニー・グランデ 谷間のゆり
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:田村俶、寺田透
出版社:中央公論社
ページ数:565

おすすめ度:★★★★




中央公論社の『世界の文学』シリーズ、第十巻はバルザックの小説を収めている。
そしてその収録作品はいずれもバルザックの代表作である『ウジェニー・グランデ』と『谷間のゆり』だ。
お金にまつわる泥臭さが少なく、少々の誤解を恐れずに言えば、バルザックの恋愛小説の秀作二編である。

ペール・ゴリオ』と並び、バルザックの代表作として最も有名な『谷間のゆり』。
執筆当初から美しい話を書こうと意図して書いた作品らしく、必ずしもバルザックらしい作品であるとは言えないかもしれないが、ストーリーの美しさには定評があり、まさにそれゆえにバルザックの代表作として根付いているのだろう。
とはいえ、それを退屈と感じる人がいるというのも事実ではあるのだが・・・。

この『谷間のゆり』、内容からすれば人間喜劇の中で地方生活情景に区分されているのかと思いきや、田園生活情景という区分に入っている。
近似した観念である地方生活と田園生活とは何が違うのか、他の田園生活情景の作品があまり翻訳されることがないため、人間喜劇の区分に対するバルザックの考えを読み解くうえではたいへん興味深い地位を占めている作品でもある。

一方で、『ウジェニー・グランデ』は地方生活情景に分類されている。
田舎の人々の純朴さを描いていて、同じく地方生活情景の『田舎のミューズ』に似た雰囲気を持っている。
恋愛の中にも打算が見え隠れするという、よりバルザックらしい作品であると言えるだろうか。
谷間のゆり (岩波文庫)谷間のゆり (岩波文庫)
(1994/12/16)
バルザック

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バルザックの代表作である『谷間のゆり』は岩波や新潮などの文庫でも読むことができるが、『ウジェニー・グランデ』は今日入手が難しいのが現状だ。
この中央公論社の『世界の文学』シリーズは文庫よりは一回り大きいものの、文学全集のわりには文字も読みやすく、挿絵も入っているので読みやすい。
バルザックを知るうえで最適なチョイスであるとは言えないかもしれないが、内容も充実しているので、幅広い読者に受け入れられる本だと思う。

『バルザック芸術/狂気小説選集〈3〉田舎のミューズ 他』 バルザック(水声社)

バルザック芸術/狂気小説選集〈3〉田舎のミューズ他―文学と狂気篇 (バルザック芸術/狂気小説選集 3 文学と狂気篇)バルザック芸術/狂気小説選集〈3〉田舎のミューズ他―文学と狂気篇 (バルザック芸術/狂気小説選集 3 文学と狂気篇)
(2010/10)
バルザック

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書名:バルザック芸術/狂気小説選集〈3〉田舎のミューズ他―文学と狂気篇
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:加藤尚宏、芳川泰久
出版社:水声社
ページ数:387

おすすめ度:★★★☆☆




『バルザック芸術/狂気小説選集〈3〉』には、表題作の『田舎のミューズ』と『ド・カディニャン公妃の秘密』の二編が収められている。
水声社の選集だけあって、例によって「文学と狂気篇」という副題からそれた作品を収録しているが、その逸脱もここに極まれりといったところだ。
芸術家も登場するが芸術家小説には程遠いし、恋する人間の心をすべて狂気ととらえるのでもない限り、狂気の出現もまったく見当たらないのだから。

『田舎のミューズ』は、バルザックのパリ観とそれに対する地方観が非常によく表れている。
中央集権の進んだフランスならではのことかもしれないが、狡猾なパリ人と素朴な田舎人との対比が非常に明確に、少々行き過ぎではないかと思えるほどにはっきりと描き分けられているのだ。
同様の描き分けは『谷間のゆり』や『ウジェニー・グランデ』にも見出すことができるし、バルザックには典型的なパターンの一つと考えることができようか。

『ド・カディニャン公妃の秘密』は、人間喜劇の読者ならモーフリニューズ公爵夫人の名で慣れ親しんだはずの、あの恋多き美貌の夫人の最後のエピソードで、読み進めるうちに『幻滅』や『骨董室』を思い出す読者もいることだろう。
しかしその裏を返せば、彼女の過去の恋愛についての予備知識があるほうがいっそう楽しめるというわけで、ある程度バルザックを読んだ人向けの作品であると言える。

収録されている作品は非常に面白い、とてもバルザックらしい作品なのだが、『芸術/狂気小説選集』という表現には誇張があるように感じられてならない。
『田舎のミューズ』と『ド・カディニャン公妃の秘密』とは、いずれも「文学と狂気」と聞いて一般の読者が期待するような内容ではないのではあるまいか。
知られざる傑作』や『ガンバラ』のような芸術家小説を予想すれば読者は裏切られる。
バルザックの作品に対してというのではなく、大袈裟な書名に対して低い評価をせざるをえないという、少々残念な本である。

『結婚』 ゴーゴリ(群像社)

結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)結婚―二幕のまったくありそうにない出来事 (ロシア名作ライブラリー)
(2001/10)
ニコライ・ワシークエヴィチ ゴーゴリ

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書名:結婚
著者:ゴーゴリ
訳者:堀江 新二
出版社:群像社
ページ数:126

おすすめ度:★★★☆☆




検察官』で知られるゴーゴリの、おそらくその次に有名な喜劇作品がこの『結婚』である。
「二幕のまったくありそうにない出来事」と副題が付けられているとおり、数ある戯曲の中でも非常に短い部類の作品だ。
二時間もあれば読み終えることができるため、また、内容にも何ら難しいところがないため、軽い読み物としては悪くないのではなかろうか。

ゴーゴリは『結婚』に様々な立場の人物を登場させている。
求婚をする側、される側、その親戚、結婚を取り持つ側、いろいろな側面から結婚を描き出している。
結婚に踏み切れない男が友人に励まされて花嫁候補の家に赴くと、そこにはすでに何人かの花婿候補がいて、男女の数のまったく釣り合わない奇妙な集団お見合いが始まる・・・。
ひょっとすると、結婚相談所やお見合いパーティーが急増した今日の日本では、また少し違った読まれ方をする作品なのかもしれない。

訳者が解説でも触れていることだが、ゴーゴリは滑稽味のある名前を、その性格を特徴付けるような名前を、登場人物に与えることが多い。
堀江新二氏訳のこの『結婚』においては、登場人物のうちの何人かを、本来は固有名詞である名前を単にカタカナ表記するのではなく、ロシア語の意味を汲んで意訳し、日本語化させることでその滑稽味を読者に伝えている。
このような処置に対する見解は分かれるところだろうが、私としては作者であるゴーゴリの意図に沿った翻訳であるとして歓迎したいと思う。

文字サイズも小さくない上に、解説も含めて全126ページと、きわめてコンパクトなのが特徴の『結婚』。
短くて読みやすい反面、ひねりや深みに欠けているので、物足りなさを感じさせる作品でもある。
ゴーゴリの代表作とは言えないまでも、『検察官』などを読んでゴーゴリに興味の湧いてきた方にはお勧めできる作品だ。

『夢想』 エミール・ゾラ(論創社)

夢想 (ルーゴン・マッカール叢書)夢想 (ルーゴン・マッカール叢書)
(2004/12)
エミール ゾラ

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書名:夢想
著者:エミール・ゾラ
訳者:小田 光雄
出版社:論創社
ページ数:264

おすすめ度:★★★★




ルーゴン・マッカール叢書の第十六巻に当たるのがこの『夢想』。
叢書内の他の作品との結びつきはきわめて弱く、ルーゴン家の血筋に属する物語ではあるものの、主人公以外の一族の人間の登場は皆無に等しく、若干の遺伝性がほのめかされる程度である。
人の腹黒さがほぼ描かれておらず、とても清く美しいストーリーとなっているが、そういう意味ではゾラらしからぬ小説だとも言えるだろうか。
宗教色が濃いので叢書の中では『ムーレ神父のあやまち』に近いが、個人的にはこちらの『夢想』のほうをお勧めしたい。

主人公である孤児のアンジェリックは、教会の傍らで寒さに震えているところを信心深く親切な夫婦に拾われ、そこの娘として暮らすことになる。
聖人伝の集大成である『黄金伝説』に魅了され、彼女は聖なるものの訪れを待ち焦がれながら成長していったが、美しく育った娘はいつしか聖人以外の相手にも恋をするようになり・・・。
作品に描かれる世界の狭さはゾラの作品中でも随一だろうが、それだけ心の内部の深さ、いや、高みと表現したほうがより正確だろうか、そういった崇高なものが描かれていて、全体的に非常に美しくまとまっている。

カトリック世界には多少浸透しているかもしれない『黄金伝説』も、日本における文学作品としての知名度は相当低いことだろう。
かく言う私も、近年になって『黄金伝説』が入手しやすいかたちで出版されたというのは知っていたが、実際に手に取ってみたことはない。
平凡社ライブラリーから全4冊で出ているらしいので、ゾラの『夢想』を読んだのを機に、いつか読んでみたいと思う。
ゾラの『夢想』は、おのずと『黄金伝説』に興味をわかせる、そんな作品なのだ。

『夢想』はルーゴン・マッカール叢書中、最も短い作品でもあるので、ぜひ気軽に読んでみていただきたい。
そしてこの『夢想』はハッピーエンドなのか、それともバッドエンディングなのか、各々の読者がその心で感じ取ってみていただければと思う。

『死せる魂』 ゴーゴリ(岩波文庫)

死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)死せる魂〈上〉 (1977年) (岩波文庫)
(1977/03/16)
ゴーゴリ

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死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)死せる魂 中 (岩波文庫 赤 605-5)
(1990/02)
N.ゴーゴリ

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死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)死せる魂 下 (岩波文庫 赤 605-6)
(1977/07/18)
N.ゴーゴリ

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書名:死せる魂
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇、横田 瑞穂
出版社:岩波書店
ページ数:259(上)、228(中)、254(下)

おすすめ度:★★★★★




ゴーゴリの代表作であり、未完の長編作品である『死せる魂』。
ゴーゴリの特徴であるユーモアあふれる筆致の読みやすさは健在だ。
数々の文学全集に収められているだけあって、読者の期待を裏切らない名作である。

『死せる魂』の主人公はペテン師のチチコフという男。
彼はロシア各地を遍歴しながら死んだ農奴の名義を買い集め、それを使って一儲けを企んでいる。
いわば「死せる魂」を買い集めているというわけだ。
中世の悪しき遺産であるような農奴制に対する風刺のようにも読める作品だが、善への意志が人一倍強かったゴーゴリは『死せる魂』を単なる風刺作品に止めるつもりはなかったらしく、後の書かれることのなかった章で主人公の改悛や善への目覚めを描き出そうとしていたらしい。
ゴーゴリは『死せる魂』を書き終えることなく四十台前半でその生涯を閉じたが、同じテーマはドストエフスキーやトルストイなどに受け継がれていくことになるだろう。
そういう意味では、『死せる魂』はロシア文学における一つの偉大な流れの最上流に位置する作品とも言えるはずだ。
ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉
(1991/03/20)
プーシキン、ゴーゴリ 他

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『死せる魂』は『集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉』にも収録されている。
プーシキンやチェーホフの代表作と共に、ゴーゴリの『』と『外套』も収められているが、このシリーズは何しろ一冊が重いのが難点だ。
とはいえ、収録作品のラインナップはまさに豪華の一言に尽きるので、自宅でゆっくり読書する方にはいいかもしれない。

『死せる魂』の読者はみな、作品が未完であることを残念に思わずにはいられないが、『トリストラム・シャンディ』などの未完の大作同様、十分に読む価値を備えている傑作だとも感じるはずだ。
ゴーゴリの集大成とも言うべき『死せる魂』、ぜひ読んでみていただきたい。

『外套・鼻』 ゴーゴリ(岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)外套・鼻 (岩波文庫)
(2006/02/16)
ゴーゴリ

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書名:外套・鼻
著者:ゴーゴリ
訳者:平井 肇
出版社:岩波書店
ページ数:143

おすすめ度:★★★★★




『外套・鼻』、ゴーゴリの短編の中で最もよく知られているのがこの二編だ。
どちらも幻想的な雰囲気を帯びていて面白く、よくまとまっている上に読みやすいので、自信を持ってお勧めできる作品である。

『外套』は、とある下級官吏が古くなった外套を新調しようとするという平凡な話が、予想外の展開を見せる物語だ。
下級官吏の不遇を描いているという点では、『検察官』はもちろん、ドストエフスキーの『貧しき人々』にも通ずるところがある。
「我々はみなゴーゴリの「外套」から生まれた」という言葉が当のドストエフスキーに帰せられているわけでもあるし、ロシア文学に興味のある人ならば『外套』は必読だろう。

『鼻』はナンセンスものの傑作で、カフカを好きな人には特にお勧めだ。
一言で言ってしまえば、シャミッソーの『影をなくした男』ならぬ、「鼻をなくした男」の話である。
その主題からも察せられるように、終始コミカルな調子で描かれていて非常に面白い。
それにしても、鼻をテーマにした小説といえば芥川の『鼻』が有名だが、今思い返すことができるものだけでも、ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』やスターンの『トリストラム・シャンディ』など、鼻コンプレックスとでもいうのか、鼻が重要な役割を果たす作品は少なからず存在する。
世界で最も有名な鼻物語を読みながら、文学作品における鼻の役割、ひいては人間の顔における鼻の役割をじっくり考察してみるのも面白いだろう。

この『外套・鼻』を読んでからロシア文学を読み始めるのもいいし、その逆にロシア文学の大作に触れてから『外套・鼻』に戻るのもいいと思う。
いずれにしても、短くて読みやすいにもかかわらず、後世への影響力の大きな作品なのでぜひ読んでみてほしい。

『検察官』 ゴーゴリ(岩波文庫)

検察官 (岩波文庫)検察官 (岩波文庫)
(1961/08/05)
ゴーゴリ

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書名:検察官
著者:ゴーゴリ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:178

おすすめ度:★★★★★




ロシア文学の戯曲のうち、喜劇作品を思い浮かべようと試みた際に、私は寡聞にしてゴーゴリの作品をおいて他をほとんど知らないのだが、ゴーゴリの戯曲の中で最も有名なのがこの『検察官』だ。
喜劇としての出来は申し分なく、強くお勧めしたい作品だ。

無一文の若者が田舎町に流れ着き、さてこれからどうしたものかと考えているうちに、彼を検察官に違いないと信じ込んだ町の人々の歓待が始まり・・・。
人違いを用いた喜劇という意味ではシェイクスピアに通ずるところもあるが、笑いの質は根本的に異なり、官僚社会を痛烈に風刺した作品となっている。
ただの凡人を政府高官と勘違いして接待する男たち、しなを作る女たち、そんな彼らが滑稽であると同時に、目上の人に媚びずには出世を望むことのできない田舎の人々の侘びしさをも感じさせる。

私事で申し訳ないが、旅先のサンクト・ペテルブルクで、私は運よく『検察官』が劇場で上演されるのを見たことがある。
何の気なしにとある劇場の入り口で演目表を見ていると、ロシア語のアルファベットはだいたい読めたので、翌日上演される劇の作者の名前がゴーゴリであると読み取ることができた。
「検察官」の原語なぞもちろん知らないが、それでもきっと演目は『検察官』に違いないと信じてチケットを買い、そしてその期待は裏切られることなく、幸運にも『検察官』にありつくことができたわけである。
当然ながら現代風の演出が施された上演だったが、今日のロシアでも『検察官』が上演されることがあるのだと、本国ではゴーゴリの作品で劇場が満席になるのだとわかって、とてもうれしく感じたものだ。

ゴーゴリは日本ではあまり読まれていないように思うが、他のロシア文学の大家と比べればタッチが軽く非常に読みやすい。
中でもこの『検察官』は戯曲ということもあってすらすら読める上に、ただの喜劇にとどまらない深みがある。
ゴーゴリを知っている人もそうでない人も、必ずや楽しんでいただけるはずの傑作だ。
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