『城』 カフカ(白水uブックス)

城―カフカ・コレクション (白水uブックス)城―カフカ・コレクション (白水uブックス)
(2006/06)
フランツ カフカ

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書名:
著者:フランツ・カフカ
訳者:池内 紀
出版社:白水社
ページ数:460

おすすめ度:★★★★★




カフカの長編作品の中で最も長いのがこの『城』である。
作品が未完であることや、カフカの死後になって編集・出版されたという事情は『審判』と同様で、さらに言えば、『城』を貫く主旋律も『審判』と似通っているように感じられる。
そうはいっても、当然ながらストーリー自体はまるで異なるので、すでに『審判』を読まれた方も、いや、むしろすでに『審判』を読んだ方こそ、ぜひ手にしていただきたい本だ。
一般にカフカの主要作品とされる『城』と『審判』との類似点や相違点を比較すれば、いっそうカフカの作風が浮き彫りになってくることだろう。

『城』の主人公Kは、測量士として招聘されてとある小さな村に辿り着く。
閉鎖的でどこか奇妙な感じのする人々の間で、彼は仕事を始めるためにまずは仕事の依頼主である城とのコンタクトを試みるのだが・・・。
物事が本来あるべきように進んでいかないさまにもどかしい思いをし、結末部分が存在しないことに残念な気持ちを抱く、これが多くの読者に共通する感情だろうが、『城』を読みながら考えることは十人十色となることだろう。
カフカの作品の中でも特に、複数の読者が感想や意見を交わすのに格好の作品であるように思う。

膨大なるカフカ研究でこの『城』に触れていないものは、カフカの総作品数の少なさも一因ではあろうが、おそらくほとんど存在しないのではなかろうか。
私もごくわずかながらそれらに目を通したことがあるのだが、多くの研究者や文学者があの手この手でアプローチしてはいくものの、あたかもKの目指す「城」のように、いつまでも読者はみなカフカにはぐらかされ続けているような印象を受けてしまう。
しかし、旅先でわざと裏路地に迷い込むのが面白いのに似て、カフカの場合は出口の見えぬ彷徨が楽しかったりもする。
ひょっとすると『城』の生みの親であるカフカ自身も迷ってしまい、作品を完成させることができなかったのだろうか・・・。
多様な読みを誘発するカフカワールドに興味のある方には、この『城』を強くお勧めしたい。
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『審判』 カフカ(白水uブックス)

審判―カフカ・コレクション (白水uブックス)審判―カフカ・コレクション (白水uブックス)
(2006/05)
フランツ カフカ

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書名:審判
著者:フランツ・カフカ
訳者:池内 紀
出版社:白水社
ページ数:345

おすすめ度:★★★★★




カフカの代表作であり、最も読まれているはずの長編小説がこの『審判』である。
カフカの死後に遺稿を整理して出版されたもので、断章をつなぎ合わせたと強く感じられる点もいくつかあり、カフカが存命中に仕上げることのなかった未完の作品であるとされている。
とはいえ、書き出しと結末部分はしっかりと書かれているので、そもそもカフカの作品に対する形容としては不適切かもしれないが、未完とはいえある程度起承転結のまとまった作品として鑑賞することが可能だろう。

変身』では主人公が虫に変わるが、『審判』の主人公ヨーゼフ・Kは、ある日突然何の心当たりもないのに逮捕されてしまう。
読者はKと驚きを共にし、自分にとってはとても重要なことなのに何がどうなっているのか十分な説明を受けることさえできないというはがゆい思いにも共感できることだろう。
私は個人的に、カフカのファンで『審判』を嫌いな人はいないだろうし、『審判』を好きであればカフカという作家自体を気に入っている人とみなしてもいいように思っているのだが、それぐらいに『審判』はいかにもカフカ的な作品なので、欧米文学に関心のある方であれば、20世紀を代表する作家の代表的な作品ということで、一度は読んでみていただきたい。

強大な権威、その実体も見えず、庶民には抵抗する方法さえわからないものに押しつぶされる人間を、カフカはしばしば主人公に選んでいる。
煩瑣な手続きから成る管理社会に対する揶揄と読まれることもあれば、ユダヤ人を圧迫する社会への反抗心の表れや、自らを押さえつけようとする父との軋轢の結果生まれた作風であるとも言われている。
カフカの自伝的要素を探ってみると、謎に満ちた『審判』の世界にも幾筋か光明が差し始めるのかもしれない。

『審判』にはカフカの手による決定稿というものが存在せず、各章の配列順序には学者によって諸説があるようで、さらに光文社から出された新訳ではタイトルさえもが『訴訟』と変更されたりと、『審判』は何かと揺らぎの多いテキストである。
どの順序が最もふさわしいものなのか、もちろん一読者に過ぎない私には判断がつかないが、そこまで考慮に入れずとも『審判』は十分楽しめる本であるように思う。
非常にカフカらしい作品『審判』、ぜひ読んでみていただきたい。

『変身』 カフカ(白水uブックス)

変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)
(2006/03)
フランツ カフカ

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書名:変身
著者:フランツ・カフカ
訳者:池内 紀
出版社:白水社
ページ数:147

おすすめ度:★★★★★




20世紀の文学に偉大な足跡を残しながら、生前は高い評価を受けることのなかったカフカ。
そんなカフカの代表作がこの『変身』である。
複数の訳者による文庫本が存在し、数々の文学全集に収録されてもいるという、日本においても非常に有名な作品であるので、また、それほど分厚い本でもないので、教養の一環として読んでおいてもいい作品であるように思う。

主人公のザムザは、ある朝目覚めると自分が虫になっていることに気付く。
表題のとおり、原因不明の「変身」をしていたわけだ。
本人は虫の姿をごまかそうといろいろな努力を重ねるが、その「変身」に気付いた家族の反応は最小限の驚きでしかない。
ザムザの暮らす世界は、どこか謎の猫型ロボットの存在をすんなり受け入れている、ドラえもんを取り巻く環境に似ているように感じたのは私だけだろうか。

謎に満ちた作品を数多く残したカフカは、あまりにも論じがいのある作家である。
そのため、カフカについて論じた本を集めれば、彼の全著作の数百倍の分量になることだろう。
事実、カフカの作品はある意味で読者に考えることを強いる作品であるが、そうはいっても、文学者でもなければ論文を書く必要もない立場の読者が、カフカの蒔いた謎を解き明かそうと考えすぎる必要もないのではなかろうか。
中には読者が宙ぶらりんの状態にされることを後味が悪いと感じられる方もいるかもしれないが、素直に謎を楽しむというスタンスも悪くないように思う。

カフカに限ったことではないが、ドイツ文学といえば私は個人的に池内先生の翻訳が大好きなので、そちらをお勧めしたい。
他の訳文と逐一比較してみたことはないのだが、読みやすさ重視の方は池内先生の翻訳に必ずや満足いただけるものと思う。
これからカフカを読まれるという方は、まず池内訳の『変身』から始めてみてはいかがだろうか。

『エデンの園』 ヘミングウェイ(集英社文庫)

エデンの園 (集英社文庫)エデンの園 (集英社文庫)
(1990/11/20)
アーネスト・ヘミングウェイ

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書名:エデンの園
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:沼澤 洽治
出版社:集英社
ページ数:352

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイ最後の作品と言われているのがこの『エデンの園』だ。
死後に遺稿を整理して発表された作品であるが、同じく死後出版の『海流のなかの島々』がその終幕に至るまでまとまった形で発表されたにもかかわらず、物語が露骨に中絶している『エデンの園』は、明らかに未完の小説である。
にもかかわらず、読み応えのある描写やエピソードから成る『エデンの園』は、一読の価値ある本であるといえる。
表紙からも暗示されるように、性と愛の問題を真正面から取り扱った作品ということで、ヘミングウェイの作品としてはやや異色であろう。
主人公がアフリカで育った作家ということで、どこかヘミングウェイの面影がちらつき、彼の他の作品と密接に連関するような部分も多いので、ヘミングウェイを何作品か読まれた方ならば多大な関心を抱くことができる作品であるように思う。

若き作家のディヴィッド・ボーンは、結婚したての若妻キャスリンを連れて南仏で悠々自適な暮らしを送っている。
釣りを楽しみ、車を飛ばし、酒を嗜み、妻を抱く。
そこへ一人の美しい女が現れて・・・。
楽園のような日々を送っていたところに一匹の蛇が入り込んでくることから『エデンの園』というタイトルになっているのだという素直な解釈も可能だろうが、実際には「ソドム」の名の方がふさわしいような倒錯的な性愛が扱われており、もし『エデンの園』が生前に発表されていたとすれば、話題作になったことは間違いなかったのではなかろうか。

『エデンの園』は編集者によって手を入れられた部分が大きいらしく、それだけヘミングウェイが意図したものとかけ離れているということもありうる作品だ。
しかし、デイヴィッドが作中で執筆している短編作品はあまりにヘミングウェイらしく、会話部分主体の簡潔なスタイルもまさしくヘミングウェイのものに思える。
ヘミングウェイに関心のある方はぜひ読んでみていただきたい。

『ヘミングウェイ全短編』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)
(1995/10/01)
アーネスト ヘミングウェイ

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勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)
(1996/06)
アーネスト ヘミングウェイ

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蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)
(1997/03)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:ヘミングウェイ全短編
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:493(一)、404(二)、702(三)

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイといえば『武器よさらば』や『老人と海』などの作品が代表作として知られているが、彼はアメリカ文学を代表する短編の名手としても定評のある作家だ。
そんな彼の短編作品を三冊の文庫本にまとめたものが、この『ヘミングウェイ全短編』である。
他の有名長編作品からはあまり感じ取ることのできない作風に触れることができるので、『武器よさらば』や『老人と海』の読者が読めば、ヘミングウェイに抱くイメージが大きく変わるのではなかろうか。

ヘミングウェイの短編のうち最も有名なものは、おそらく第二巻の表題にもなっている『キリマンジャロの雪』だろう。
文章量としては決して多くないのだが、そこに凝縮された一人の男の人生を盛り込み、結末に至るまで読者を引きつけてやまないに違いない。
再読に値する名作なので、ぜひ味読いただきたい。

個人的にお勧めなのは『白い象のような山並み』という短編だ。
ヘミングウェイといえば行動的な男性目線の作家というイメージが強いように思うが、人間観察に優れていた彼は女性の心理の揺れ動きに焦点を当てた作品も複数残しており、この『白い象のような山並み』はその一つである。
氷山の一角を描き出して読者に行間を読ませるという書き方も顕著に表れていて、さらにはテンポのいい会話部分が多いという、ヘミングウェイらしさが前面に押し出されている作品であるともいえると思う。
ひょっとすると、戦いに生きる男たちを描いた短編作品と並んでいるがゆえに静的な作品はその静かさが強調され、よりいっそう味わい深く感じられるのかもしれないが、いずれにしても読み応えのある作品であることは事実だろう。

ヘミングウェイは、長編作品よりも短編作品の方が出来がいいと考える読者がいても不思議ではない、それぐらいに優れた短編作品を数多く残している。
ヘミングウェイの文体自体が読みやすいものであるし、一気に巻末まで読み通さなくてもよい短編集ということで、ぜひ気軽に手にしていただきたい本だ。

『雲』 ヘルマン・ヘッセ(朝日出版社)

ヘルマン・ヘッセ『雲』ヘルマン・ヘッセ『雲』
(2001/04)
ヘルマン ヘッセ

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書名:
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:倉田 勇治
出版社:朝日出版社
ページ数:196

おすすめ度:★★★☆☆




小説も詩も書き、多くのエッセイも残したヘッセだが、そんな彼の雲にまつわる作品をまとめ上げたのが本書『雲』である。
ヘッセは比較的多作な作家であるとはいえ、雲を主題とした作品がここまで多いものかと、読者はいまさらのように驚かされることだろう。
『雲』はヘッセの死後に第三者の編集を経た本であり、ヘッセ自身の監修による本ではないのだが、詩作品はもちろん、『郷愁 - ペーター・カーメンチント』などの小説からの抜粋や、遺稿から生前未発表の原稿をも収録するなど、「雲」というテーマの下で死後出版ならではのまとまりを見せている。
ヘッセの水彩画もいくつか掲載されているし、さらにはトーマス・シュミットというカメラマンによる美しい写真を複数織り交ぜて編まれた非常に味わいのある仕上がりなので、ヘッセに関心のある方にはぜひ読んでみていただきたい一冊だ。

ヘッセが自然の美しさに対する感受性のきわめて強い作家であることはよく知られているように思うが、雲とヘッセとの関係性は、単にその美しさを鑑賞するという傍観者的な立場には止まらないものがある。
自身の存在のはかなさや孤独、そういったものを痛切に感じていたヘッセは、しばしば雲を人間にたとえ、共感し憧れるような目線を送る。
浮雲のような自分は、どこへ向かっていくのだろうか・・・。
そんな問いかけが聞こえてくるような気がする。

あまり再版されることがなかったからか、この『雲』は現在新品があまり出回っていないが、中古品ならばアマゾンでとても安く売られている。
ヘッセのファンであれば、本書から汲み取ることのできるヘッセの自然に対する感受性の強さを楽しむことができることは請け合いだ。
ある晴れた日に空を見上げ、流れる雲を目で追い、その変幻自在に漂う様を美しいと感じたことのあるすべての人に。

『荒野のおおかみ』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

荒野のおおかみ (新潮文庫)荒野のおおかみ (新潮文庫)
(1971/02)
ヘッセ

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書名:荒野のおおかみ
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:349

おすすめ度:★★★☆☆




ヘッセの作家生活のちょうど半ば頃に当たる、五十歳のときに発表された作品がこの『荒野のおおかみ』である。
タイトルこそ似ているものの、ジャック・ロンドンの『荒野の呼び声』とはまるで異なり、動物を取り扱った小説というわけではなく、文明社会から距離を持って暮らすアウトサイダーを描いた作品だ。
一般受けはほぼ望めないように思うが、魂の真実を追及するヘッセらしい非常に深みのある作品としてお勧めである。

主人公のハリー・ハラーは、自らを社会になじめない存在として、社会に暮らす「荒野のおおかみ」であると感じている初老の男である。
幸福への道を断たれていると感じた彼は、真剣に自殺まで考え、すべてを終わりにするかみそりの魅力に惹かれているのだが・・・。
明るい物語ではないものの、強烈な文明批判と幻想的な場面とが交錯する独特の作風なので、とても読み応えのある作品ではある。

主人公ハリー・ハラーのイニシャルがH・Hであること、彼が反戦論者であること、また五十歳を迎えようとしていることなどから、『荒野のおおかみ』は概ね作者であるヘルマン・ヘッセの内面告白として読まれることが多いようだ。
さらに、作中に「ヘルマン」という男への言及、その女性形であるヘルミーネの登場などもあり、ヘッセの姿が見え隠れする作品であるといえよう。

テーマがテーマだけに、この『荒野のおおかみ』は万人に受ける作品であるようには思えない。
車輪の下』のような作品を期待している読者の中には、とても退屈な作品だと感じられる方もいることだろう。
しかし、自らが社会になじめないと感じている、もしくは感じたことのある方には、ヘッセの作品の中で最も興味深い小説と思われるに違いない。
そういう意味では、広く浅くではなく、狭く深く訴えかける作品であると思う。

『海流のなかの島々』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

海流のなかの島々 上 (新潮文庫 ヘ 2-8)海流のなかの島々 上 (新潮文庫 ヘ 2-8)
(2007/06)
アーネスト・ヘミングウェイ

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海流のなかの島々 (下巻) (新潮文庫)海流のなかの島々 (下巻) (新潮文庫)
(2007/06)
ヘミングウェイ

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書名:海流のなかの島々
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:沼澤 洽治
出版社:新潮社
ページ数:326(上)、344(下)

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイの死後、遺稿を整理して発表された作品はいくつかあるが、この『海流のなかの島々』もそのひとつである。
生前未発表の作品とはいえ、未完という印象を受けることはほとんどなく、ひとつのまとまった小説として読むことができる。
他に有名作品の多いヘミングウェイだけに、ヘミングウェイを初めて読む方にまでお勧めしたいとは思わないが、『武器よさらば』や『誰がために鐘は鳴る』から感銘を受けられた方は、本書も一度読んでみるべきだろう。

『海流のなかの島々』は、その表題どおり、海を舞台にした作品である。
船に乗り込み、敵を追いかけ、銃撃戦を迎える、こういうハードボイルド的な作風は、いかにもヘミングウェイらしいといえようか。
命懸けの戦闘に臨む男の描写と、ストーリーが進むに従い徐々に明かされる背景事情が本書の読みどころとなることだろう。
激烈な戦闘の陰に疲弊した男の横顔が見え隠れし、そしてその横顔がヘミングウェイに重なるようにも感じられ、戦いを巡る男たちを描いた小説に独特の味わい深さを添えている名作であるように思う。

『海流のなかの島々』は、作者の死によって執筆が中断された作品というわけではない。
現在我々が読むことのできる原稿は、概ね死の数年前には書き上げられていたのであり、なぜヘミングウェイがこの作品を発表しなかったのかを考えながら読んでみるのも面白いように思う。

生前未発表ということもあってか、ヘミングウェイの代表作というわけではないが、どこか『老人と海』や『誰がために鐘は鳴る』を想起させるこの『海流のなかの島々』、文庫本で入手できるということもあり、ヘミングウェイに興味のある方なら必ずや楽しめる作品だろう。

『老人と海』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

老人と海 (新潮文庫)老人と海 (新潮文庫)
(2003/05)
ヘミングウェイ

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書名:老人と海
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:福田 恆存
出版社:新潮社
ページ数:170

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイの代表作であり、傑作として非常に有名な『老人と海』。
本作によってノーベル賞の受賞に至ったという経緯もあり、ヘミングウェイといえば『老人と海』を思い浮かべる方も少なくないだろう。
誰がために鐘は鳴る』や『武器よさらば』とはいささか毛色が異なるものの、読み応えがある名作であることは疑いようもなく、さほど長い小説でもないので読書好きの方であれば一度は読んでみていただきたい作品だ。

『老人と海』の主人公サンチャゴは、キューバの老漁師である。
長く不漁が続いていた彼だが、めげずに一人で海へと乗り出すと、そこで巨大なカジキマグロに遭遇し・・・。
自身子供の頃から釣りを愛好し、長く暮らしていたキューバに舞台を選んだという、非常にヘミングウェイらしい作品であるといえるだろう。
釣りを楽しむ読者のほうが、『老人と海』をいっそう興味深く読める作品ともいえるだろうか。

全般に明るい雰囲気の作品ではないが、老境に達した漁師の哀愁に満ちた心境が察せられる文体は、ヘミングウェイの円熟を感じさせるものがある。
ヘミングウェイの特徴の一つでもある会話中心の作風は、老人が単身漁船に乗り込むという設定の『老人と海』ではさすがに影を潜めているようだが、『日はまた昇る』や『武器よさらば』などの初期の作品と比べてみるのも面白い読み方かもしれない。

この『老人と海』は、登場人物が少なく、ストーリー展開にもそれほどの振れ幅があるわけではないのだが、それでも独特の味わい深さを備えている。
しかし、ヘミングウェイの代表作ではあるものの、ヘミングウェイの小説の作風を代表する作品かというと、必ずしもそうではないのではなかろうか。
中には『老人と海』があまり好きになれない人もいるだろうが、そんな方も『老人と海』にこりることなく、ヘミングウェイの他の長編作品をぜひ読んでみてほしいと思う。

『風景画家』 ヘンリー・ジェイムズ(文化書房博文社)

風景画家―ヘンリー・ジェイムズ名作短編集風景画家―ヘンリー・ジェイムズ名作短編集
(1998/12)
ヘンリー ジェイムズ

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書名:風景画家 - ヘンリー・ジェイムズ名作短編集
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:仁木 勝治
出版社:文化書房博文社
ページ数:253

おすすめ度:★★★★




多くの短編小説を残したヘンリー・ジェイムズだが、表題作を含む全五編を収めた短編集がこの『風景画家』である。
初期から後期まで、幅広くジェイムズの作品を集めている一冊なので、文庫化されている作品以外もいろいろ読んでみたいという方には格好の短編集といえるだろう。
難解な作家と評されることの多いジェイムズだが、本書の短編はどれも読みやすいものばかりであるから気軽に手にしていただければと思う。

本書は表題作である『風景画家』の他に、『異常な病人』、『古い衣装のロマンス』、『ほんもの』、『知恵の木』の四編を収録している。
ちなみに、私は『異常な病人』を読んで『ある婦人の肖像』を、『古い衣装のロマンス』を読んで『ねじの回転』を、それぞれ思い出した。
個人的に最もお勧めなのは、物語性が強く、読後の印象もよい『ほんもの』であるが、他の作品もみな独特の味わいがあって多くの方が楽しめるものだと思う。

芸術家小説から幽霊譚まで収録している本書は、ジェイムズが得意とする短編のジャンルは網羅しており、中・上流階級の人々を描いているというジェイムズらしさも健在だ。
仮にジェイムズの短編に対するイメージをこの一冊から作り上げても、邦訳の出ている限りを読み尽くした場合と比べて、それら二つのイメージにさほど大きな隔たりはないのではなかろうかと思えるほど、『風景画家』は「ジェイムズ名作短編集」との副題にふさわしい、適度なまとまりを見せている。

この『風景画家』にはジェイムズの代表的な作品は収録されていないが、それにもかかわらずジェイムズの作風がよく表れている短編集となっているように思う。
少々誤字・脱字の類が気になるものの、作品数の割りには単行本化されていないジェイムズの短編を読みたいと思われる方は、必ずや楽しめる本といえるだろう。

『誰がために鐘は鳴る』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)誰がために鐘は鳴る〈上〉 (新潮文庫)
(2007/11)
アーネスト ヘミングウェイ

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誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)誰がために鐘は鳴る〈下〉 (新潮文庫)
(2007/11)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:誰がために鐘は鳴る
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:大久保 康雄
出版社:新潮社
ページ数:470(上)、494(下)

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイの代表作の一つであり、最高傑作との呼び声の高い長編作品がこの『誰がために鐘は鳴る』である。
スペイン内戦に義勇兵として参加したアメリカ人を主人公としており、命を懸けて行動する男たちの息吹が聞こえてくるかのようで、ヘミングウェイの作品の中でも特にスピード感に満ちたストーリー展開といえるだろう。

ファシストとの戦いの地と化したスペインに、信念を抱いたアメリカ人が降り立つ。
素晴らしい女性との出会いを喜ぶ間もなく、彼はスペイン人たちと共に決死のゲリラ作戦に参加することになるが・・・。
生きるか死ぬか、紙一重の環境にいる男たちを多く描いたヘミングウェイだが、『誰がために鐘は鳴る』の迫真性は随一だ。
歴史の教科書であまり触れられることのないスペイン内戦だが、事前にある程度対立関係を知っておくと読み解きやすい作品かもしれない。
カタロニア讃歌 (ちくま学芸文庫)カタロニア讃歌 (ちくま学芸文庫)
(2002/12)
ジョージ オーウェル

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ヘミングウェイの描くスペイン人の気質も興味深いものがあるだろう。
同じ戦争を扱った他の作家の作品では、ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』がお勧めだ。
こちらは小説ではなくスペイン内戦に参加した体験記であり、何でも明日に先延ばししてしまうスペイン人の気質をいくらかコミカルに描いていてとても読みやすい。
スペイン内戦の背景に関する知識も得ることができるので、『誰がために鐘は鳴る』の読者には非常にお勧めだ。

『誰がために鐘は鳴る』は、近年またミュージカル化されたりもしている。
戦いに臨む男が恋に落ちるという不朽のテーマを扱った作品だけに、いつまでも古くならない古典作品ということだろうか。
ヘミングウェイの他の作品があまり好きになれなかった方も、『誰がために鐘は鳴る』は試してみる価値があるように思うので、ぜひ読んでみていただきたい。

『日はまた昇る』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)日はまた昇る (新潮文庫)
(2003/06)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:日はまた昇る
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:487

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイ最初の長編作品で、彼の出世作ともなった作品がこの『日はまた昇る』である。
パリに住むアメリカ人記者を主人公にすえているなど、パリで特派員をしていた若きヘミングウェイの実体験を基にしている部分が多いようで、それだけ興味を引く作品でもある。
いかにもヘミングウェイらしい作風の作品なので、ヘミングウェイという作家を知る上では必読の書と言えるだろう。

パリに住む新聞記者ジェイクは、第一次世界大戦の最中に青春時代を迎えた、いわゆるロスト・ジェネレーションの一人である。
生きがいの感じられない空虚な生活を送っていた彼だが、スペインのパンプローナへと牛追い祭りを見物にいくこととなり・・・。
スペイン内戦に参加するなど、スペインとは切っても切れない間柄のヘミングウェイだけに、スペインの描写は大いに関心の的となることだろう。

短編作品でより顕著となる特徴であるが、ヘミングウェイはすべてを書ききらない作家だ。
簡潔な文体の中に、あえてほのめかしに止められている部分があり、『日はまた昇る』にもそのような婉曲的な部分がある。
読者の側には行間を読み解くという楽しさがあるが、そこを読み損ねると作品を味わいきれないというこにもなりかねない。
決して難解な小説というほどではないが、ある程度気を張って読まれることをお勧めしたい。

ヘミングウェイの他の長編作品と比べると、ストーリー展開の緊迫感やスピード感は弱めだが、必ずしも現代の日本人にも他人事とは言い切れない主人公の心理が作品の焦点となっており、その分読者が共感しやすい作品であるともいえよう。
ヘミングウェイがこの作品に『日はまた昇る』というタイトルを選んだ理由を考えながら、じっくりと読んでみていただきたい一冊だ。

『武器よさらば』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

武器よさらば (新潮文庫)武器よさらば (新潮文庫)
(2006/05)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:武器よさらば
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:565

おすすめ度:★★★★★




ヘミングウェイの代表作として知られる長編作品がこの『武器よさらば』だ。
過去に映画化されていることからもわかるように物語性も強く、ヘミングウェイの特長が最も表れている小説作品の一つなので、ヘミングウェイを初めて読む方にも最適な作品であるように思う。

『武器よさらば』は、第一次世界大戦中のイタリアを舞台にしている。
そこへ志願兵として赴いたアメリカ人青年のフレデリックは、負傷して入院することとなったが、そこで魅力的な女性キャサリンに出会う。
戦火の激しくなっていく中、二人の恋の行方は・・・。
実際に起きた戦争を背景に描いた作品だが、それはあくまで背景としてであって、歴史小説的な雰囲気は帯びていない。
ヘミングウェイ自身の体験を素材にしている部分も多く、個人の目からとらえた戦争といった印象が強いが、それだけ登場人物に対する関心や共感が高まりやすいと言えるかもしれない。

ヘミングウェイといえばシンプルな文体が特徴と言われているが、事実、彼の作品には数行にもわたる長い一文というものがめったにない。
ヘミングウェイの読者はみな、会話部分の多い、スピード感あふれる筆致を感じ取ることができるはずだ。
緊迫感あるストーリーにふさわしい書き方なので、これを気に入られた方は『誰がために鐘は鳴る』など、ぜひヘミングウェイの他の作品へと読み進めていただきたい。

長編作品である『武器よさらば』は、出版社によっては二分冊で出版しているようだが、この新潮文庫版は厚めの一冊にまとめてくれている。
すでにアメリカ文学の古典となった名作だが、難解さはないので、手頃に読める大きな感動を、一人でも多くの方に味わっていただきたいと思う。

『ゲーテ詩集』 ゲーテ(新潮文庫)

ゲーテ詩集 (新潮文庫)ゲーテ詩集 (新潮文庫)
(1951/04)
ゲーテ

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書名:ゲーテ詩集
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:243

おすすめ度:★★★★




ドイツを代表する詩人であるゲーテは、非常に多くの詩作品を残している。
そんな彼の代表的な詩を時代別に編纂したのが、この『ゲーテ詩集』である。
老年になっても恋心を忘れなかった詩人だけあり、本書も恋愛抒情詩が中心になっているようだが、それ以外もバランスよく収録されており、ゲーテの詩の世界を幅広く鑑賞することができる。
ゲーテの詩を初めて読むという方に特にお勧めの一冊である。

『ゲーテ詩集』は、「青年時代」、「ヴェルテル時代」、「ワイマルに入りて」、「イタリア旅行以後」、「西東詩篇からと、その後」の五つに区分して代表的な作品を集めている。
収録されている詩のうちいくつかはどの作品で発表されたものかも解説に記されているので、ゲーテの他の作品を探す上でもちょうどいい本となるはずだ。
また、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を本書より先に読んでおくと、ミニヨンに寄せた詩をより味わうことができるだろう。

ドイツ文学を翻訳紹介するにあたり、多大な功績があったと言われている高橋健二氏の訳は、いつもながらとても読みやすい。
ひょっとすると、翻訳された時代が少し前なので、そのいくらか古い感じが古典的な作品にマッチし、絶妙な味わいを添えているのかもしれない。

生前多くの詩集を刊行していたゲーテだが、日本で出版されているのはそこから有名な作品を抜粋したものが中心となっているようだ。
それらの中で、最も手頃で最も読みやすいのがこの新潮文庫版『ゲーテ詩集』であろう。
誰もがその名を知っている文豪ゲーテということもあってか再版も繰り返されていて、新品が安く入手可能なので、ゲーテに関心のある方はぜひ一度読んでみていただきたい。

『呪われた子 他』 バルザック(水声社)

呪われた子 他 (バルザック幻想・怪奇小説選集)呪われた子 他 (バルザック幻想・怪奇小説選集)
(2007/06)
オノレ・ド バルザック

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書名:呪われた子 他(バルザック幻想・怪奇小説選集)
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:私市保彦、奥田恭士、加藤尚宏、芳川泰久、澤田肇、片桐祐
出版社:水声社
ページ数:446

おすすめ度:★★★★




水声社から出されたバルザック幻想・怪奇小説選集の三冊目がこの『呪われた子 他』である。
本書は表題作の『呪われた子』の他に、『サラジーヌ』、『エル・ベルドゥゴ』、『不老長寿の薬』、『フランドルのキリスト』、『砂漠の情熱』、『神と和解したメルモス』、『続女性研究』の全八編を収録しており、いずれも人間喜劇にその名を連ねる作品である。
多少マニアックな感じがすることは否めず、やや一般受けはしにくい本かもしれないが、バルザックのファンであれば必ずや楽しめる一冊であろう。

この『呪われた子 他』は、収録作品のすべてが幻想・怪奇小説というわけでもないようだ。
幻想的な雰囲気を帯びていると断言できるのは、『不老長寿の薬』、『フランドルのキリスト』、『神と和解したメルモス』の三編である。
その他の作品も、幾分常識を超えた不思議な物語ではあるものの、幻想・怪奇と聞けばポーやホフマンを思い浮かべてしまう私にすれば、幻想・怪奇というくくりがあまり適切ではないように思われた。
とはいえ、膨大なる作品群から成る人間喜劇の神秘的な一面に触れることのできる選集として重宝することは間違いないだろう。
知られざる傑作―他五篇 (岩波文庫)知られざる傑作―他五篇 (岩波文庫)
(1965/01)
バルザック

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グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫)グランド・ブルテーシュ奇譚 (光文社古典新訳文庫)
(2009/09/08)
オノレ・ド バルザック

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『エル・ベルドゥゴ』と『砂漠の情熱』は、岩波文庫の『知られざる傑作―他五篇』にも収録されている。
また、『続女性研究』の中のグランド・ブルテーシュにまつわるエピソードが、『グランド・ブルテーシュ奇譚』として光文社古典新訳文庫より訳出されている。
もちろんすべての収録作品が重複しているわけではないので、これらもあわせて読まれることをお勧めしたい。

表題作の『呪われた子』だけではなく、本書に訳出された作品の随所に、バルザックらしさが顔を見せている。
人間喜劇に関心を抱いている方は、ぜひ本書を手にしていただきたいと思う。

『ミレー』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

ミレー (岩波文庫)ミレー (岩波文庫)
(1991)
ロマン・ロラン

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書名:ミレー
著者:ロマン・ロラン
訳者:蛯原 徳夫
出版社:岩波書店
ページ数:171

おすすめ度:★★★★




芸術家の生涯を描いたロマン・ロランの自伝作品の一つである『ミレー』。
世間一般の評価からすると、ミケランジェロやベートーヴェンほどの大家とは思われていないはずのミレーだが、いざ自伝を紐解いてみれば、一人の芸術家として、苦悩と信念の間で揺れ動く様に読者は感動を覚え、ミレーに対する評価が上がることだろう。
今後ミレーの作品に触れる予定のある方は、ぜひこの『ミレー』を読んでから彼の作品を鑑賞してみてほしい。
心和ませる平和の中で制作されたかのような印象を受けるミレーの作品も、きっと見え方が大きく変わってくるに違いない。

農村風景を描いたことで有名な画家であるミレーだが、そんな彼も最初からバルビゾンで暮らしていたわけではない。
『ミレー』には、彼が送ったパリでのお金のない暮らし、都会の雑踏になじめないながらも自らの作風を模索する画家生活、そういったものが活写されている。
また、ミレーが画家として活躍していた時代が、マルクスに代表される社会主義の台頭してきた時代と重なったせいで、ミレーの作品は彼の意図しない解釈のされ方をすることもあったようだ。
文章量が少ないために、『ミレー』を通じてミレーの生涯を熟知することはかなわないが、読者が頭の中で大雑把にミレーの肖像を描くことはできるはずだ。

「晩鐘」、「落穂拾い」、「種まく人」など、日本でもよく知られた傑作を数多く残しているミレー。
バルビゾン派という一つのジャンルを代表する画家であり、ミレー自体も人気があるにもかかわらず、この岩波文庫版の『ミレー』はめったに再版されていないようだ。
ふと思い返してみれば、岩波書店のロゴにもミレーの「種まく人」が用いられていたのではなかったろうか。
それはそうと、新品での入手は難しいかもしれないが、図版も多数用いられている『ミレー』、とても読みやすいので安心してお勧めできる一冊だ。

『ミケランジェロの生涯』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

ミケランジェロの生涯 (岩波文庫 赤 556-3)ミケランジェロの生涯 (岩波文庫 赤 556-3)
(1963/02/16)
ロマン・ロラン

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書名:ミケランジェロの生涯
著者:ロマン・ロラン
訳者:高田 博厚
出版社:岩波書店
ページ数:214

おすすめ度:★★★★




ロマン・ロランによる、数ある伝記作品の一つである『ミケランジェロの生涯』。
「最後の審判」や「ダビデ」はもちろん、「ピエタ」や「モーセ」などの傑作で知られ、ルネサンス三大巨匠の一人であるとされるミケランジェロの、一般にあまり知られていない意外な側面が明らかにされる本書は、西洋美術に興味のある方であれば必ずや楽しめることだろう。
あまり厚くない文庫本という手頃さに加え、内容にも小難しいところがないので、気軽にお読みいただけるものと思う。

筋肉質でたくましい人物像を創造したことで知られるミケランジェロだけに、その神経も図太くたくましいのかと思いきや、『ミケランジェロの生涯』に描かれている芸術家の姿には、気丈さの感じられるエピソードの背後に潜む意外な繊細さ、そして言葉は悪いが意外な凡俗さをも多分に垣間見ることができるはずだ。
本書を通じて、世界最高の芸術家の一人と言われるミケランジェロにいささか失望を感じる読者がいても何ら不思議ではないが、読者はおそらく、あの高名なミケランジェロといえども、一人の芸術家である以前に一人の人間だったという素朴な事実に気付かされることだろう。
人間味あふれる彼があれらの卓越した絵画や彫刻を残したということに、むしろ心地よい驚きを覚えるべきなのかもしれない。

同じくロランの伝記作品である『ベートーヴェンの生涯』と同様、『ミケランジェロの生涯』がミケランジェロという芸術家の全貌を明らかにしているかというと、その点に関してはやはり否定的な答えをせざるをえない。
しかし、仮にいくらか一面的なとらえ方がされているとしても、それがミケランジェロという人間の性格の示す特徴的な、また大いに興味深い一面なのであれば、それはそれで見事なとらえ方と考えることができるのではなかろうか。
そういう意味では、本書は非常に成功しているように思われる。
『ミケランジェロの生涯』を楽しまれた方には、同じくロランの伝記作品である『ミレー』を読まれることをお勧めしたい。

『ベートーヴェンの生涯』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)
(1965/04/16)
ロマン・ロラン

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書名:ベートーヴェンの生涯
著者:ロマン・ロラン
訳者:片山 敏彦
出版社:岩波書店
ページ数:200

おすすめ度:★★★★




偉大な芸術家の伝記を数多く残しているロランだが、その中で最も知られ、ロランの代表作の一つにも数えられているのがこの『ベートーヴェンの生涯』である。
音楽史の講師となったという経歴を持つロランだけあり、音楽家に対しては並の作家以上の知識を持っていたので、この作品にもそれが存分に生かされているといえるだろう。
音楽家の生涯を描いたロランの代表作『ジャン・クリストフ』との関連が言及されることも多く、ロランに関心のある方はぜひ読んでみていただきたい一冊だ。

『ベートーヴェンの生涯』の記述は、全体にいかにもロランらしい焦点の絞り方をしている。
苦悩し、創造し、褒められ、けなされ、そしてまた新たな創造へと赴く・・・そんな芸術家の姿が浮き彫りにされている。
世間が思い描く毅然たる芸術家像と重複するエピソードが多く、本書を読めば、誰もがその名を知るベートーヴェンに対する賞賛の念が、よりいっそう強まるはずである。

文庫本、なおかつ解説を含めて200ページと、とても手頃な文章量にまとまっているので手に取りやすい作品だが、決して短命というわけではなかったベートーヴェンの伝記として読むのであれば、少々物足りなさが感じられるかもしれない。
なにしろ対象となる人物が生前から偉大な音楽家として高い評価を得ていたベートーヴェンであるから、伝記的事実に事欠くことはないのである。
他の長編伝記作品と比べれば、ロランのそれは断片的な継ぎはぎに思われても仕方ないことだろう。
また、ベートーヴェンの偉大な面を強調しすぎたとして、公平さを欠くという批判もできるだろう。
とはいえ、偉大な芸術家の偉大な精神を現前させようというロランの目的に沿って構成されている本書を、その同じ目的を持って読むのであれば、これに勝る書き方はなかったのではなかろうかと思えるほど、本書は素晴らしい出来の作品である。
そういう意味では、ベートーヴェンに強い関心を抱いている読者向けというよりは、ベートーヴェンのことをあまり知らない方に向いているのかもしれない。

『魅せられたる魂』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

魅せられたる魂〈1〉 (岩波文庫)魅せられたる魂〈1〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
ロマン ロラン

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魅せられたる魂〈2〉 (岩波文庫)魅せられたる魂〈2〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
ロマン ロラン

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魅せられたる魂〈3〉 (岩波文庫)魅せられたる魂〈3〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
ロマン ロラン

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魅せられたる魂〈4〉 (岩波文庫)魅せられたる魂〈4〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
ロマン ロラン

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魅せられたる魂〈5〉 (岩波文庫)魅せられたる魂〈5〉 (岩波文庫)
(1989/11/16)
ロマン ロラン

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書名:魅せられたる魂
著者:ロマン・ロラン
訳者:宮本 正清
出版社:岩波書店
ページ数:479(一)、453(二)、484(三)、502(四)、526(五)

おすすめ度:★★★★★




ジャン・クリストフ』と並ぶロマン・ロランの大河小説が、この『魅せられたる魂』である。
天性の才能に富んだ音楽家の生涯を描いた『ジャン・クリストフ』と比べて、やや庶民的な視点から描かれた作品であるが、そこに盛り込まれた高遠な理想は人の生命に直結しており、それだけ多くの読者の心に響くに違いない。
20世紀を代表するヒューマニストであるロマン・ロランを知る上では、格好の小説作品であろう。

第一次世界大戦の前後を果敢に生きた女主人公、アンネット。
悲喜こもごも、数々の体験を経て、高貴になるべくして生まれた彼女の魂は、徐々に覚醒していく・・・。
ジャン・クリストフ』同様、作品で扱われる年月が非常に長いので、『魅せられたる魂』の読者は一つの人生を共に生きたかのような錯覚を覚えるかもしれない。
そしてそれこそが大河小説と呼ばれる長編作品の醍醐味の一つでもあるのだろうし、また、ジャン・クリストフのような偉人ではないにせよ、アンネットの生涯は共に生きるに値する輝かしいものであるようにも思うので、存分にその錯覚に陥っていただければと思う。

母国フランスから反感を受けてもなお執拗に反戦を訴え続けたロランが、第一次大戦に見舞われたフランスを描いている本作は、彼の思想を知りうる作品であるという側面から見てもとても興味深いものがある。
反戦や平和を主張するのが一般的となった社会に暮らす我々からすると、ロランの描く理想の一部はすでにやや古くなったように感じられるかもしれないが、それだけいっそう彼の思想が受け入れやすい時代になったともいえる。
日本に憎しみに彩られた狂熱の時代が再来するかどうかは知る由もないが、一人でも多くの人が『魅せられたる魂』を知っていれば、その熱狂の度合いもいくらかましになるはずだ、こう考えるのは、あまりにも楽天的にすぎるだろうか。

『魅せられたる魂』は、作家の理想の反映された作品を好まない方には不向きかもしれない。
そうはいっても、悲しみに耐え、自らの信じるところを曲げず、「魅せられたる魂」を持つ強きヒロインであるアンネットに、多くの読者が魅せられてしまうのもまた事実だろう。
読む者の魂を震わす大作を求めている方を裏切ることのない『魅せられたる魂』、時間を見つけてぜひ読んでみていただきたい作品だ。

『ジャン・クリストフ』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

ジャン・クリストフ 1 改版 (岩波文庫 赤 555-1)ジャン・クリストフ 1 改版 (岩波文庫 赤 555-1)
(1986/06/16)
ロマン・ロラン

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ジャン・クリストフ 2 改版 (岩波文庫 赤 555-2)ジャン・クリストフ 2 改版 (岩波文庫 赤 555-2)
(1986/07/16)
ロマン・ロラン

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ジャン・クリストフ 3 改訂 (岩波文庫 赤 555-3)ジャン・クリストフ 3 改訂 (岩波文庫 赤 555-3)
(1986/08/18)
ロマン・ローラン

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ジャン・クリストフ 4 改版 (岩波文庫 赤 555-4)ジャン・クリストフ 4 改版 (岩波文庫 赤 555-4)
(1986/09/16)
ロマン・ロラン

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書名:ジャン・クリストフ
著者:ロマン・ロラン
訳者:豊島 与志雄
出版社:岩波書店
ページ数:540(一)、634(二)、613(三)、517(四)

おすすめ度:★★★★★




ノーベル賞作家として知られるロマン・ロランの代表作が、この『ジャン・クリストフ』である。
それどころか、ロランは『ジャン・クリストフ』によってノーベル賞を受賞したらしい。
優れた一つの作品を執筆するという功績だけで受けることのできる賞ではないにせよ、『ジャン・クリストフ』はいかにもノーベル賞に値する傑作であるように思われる。
その分量もさることながら、ロランの力強い筆致に導かれる本作は、最高の芸術家小説の一つに数えられることだろう。

幼い頃から豊かな音楽的天分を示したジャン・クリストフの生涯を綴った作品がこの『ジャン・クリストフ』である。
ロランが強い関心を抱き、その伝記を物してもいるベートーヴェンとの類縁性も指摘されるジャン・クリストフだが、私見によると、ベートーヴェンの伝記的事実と完全に切り離してこの作品に接したところで、さほど遜色のない感動を覚えることができるように思う。
偉大な精神に触れるとこちらの精神も自ずと高揚するものだが、それは主人公のモデルやインスピレーション源に関する予備知識の有無と、あまり関係がないように思うのだがいかがだろうか。
とはいえ、ロランの『ベートーヴェンの生涯』と合わせて読めばより奥行きのある楽しみ方ができることは間違いないので、ぜひそちらも読まれることをお勧めしたい。
ジャン・クリストフ 全4冊 (岩波文庫)ジャン・クリストフ 全4冊 (岩波文庫)
(2003/09/09)
ロマン・ロラン

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かつては八分冊で刊行されていた『ジャン・クリストフ』だが、それも今では四冊にまとめられるようになった。
右のように全四冊をセットにしたものも販売されているようなので、読み通すことが確実な方はそちらでまとめ買いをされるといいだろう。

ミケランジェロ、トルストイ、そしてベートーヴェン・・・偉大な芸術家の偉大な精神に強い憧れを抱き続けていたロマン・ロラン。
そんな彼も、今では偉大な人間の一人に数えられてしかるべき芸術家となったが、彼の代表作であり、そしておそらくは最高傑作でもある『ジャン・クリストフ』、読み応えのある本をお探しの方には強くお勧めしたい作品だ。
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