『マンスフィールド・パーク』 ジェーン・オースティン(中公文庫)

マンスフィールド・パーク (中公文庫)マンスフィールド・パーク (中公文庫)
(2005/11)
ジェイン オースティン

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書名:マンスフィールド・パーク
著者:ジェーン・オースティン
訳者:大島 一彦
出版社:中央公論新社
ページ数:701

おすすめ度:★★★★




小説家としてのオースティンの最盛期に相当する時期に書かれた長編小説がこの『マンスフィールド・パーク』だ。
「マンスフィールド・パーク」とはいっても、それは今日的な意味での公園を指すのではなく、森や牧草地などの所有地をもひっくるめた田舎の大きな屋敷のことを指しているのであり、舞台となるのはオースティンにとって定番とも言うべき田舎の紳士の邸宅である。
そしてテーマもやはり恋愛と結婚であり、誰と誰が結婚するのか、もしくはしないのか、単純なことながら大いに読者の興味をそそることだろう。

親戚の家である『マンスフィールド・パーク』で、肩身の狭い思いをしながらも従順な日々を送る乙女、ファニーが本作の主人公だ。
自負と偏見』や『エマ』の主人公と比べると自己主張がはるかに少なく内向的で、それだけ痛快さや歯切れのよさの点では劣るかもしれないが、心情の素直さや敏感さは読者を魅了するのに十分すぎるものがある。
主人公の控えめさにつられたからか、オースティンの作品の魅力の一つであるユーモアセンスの披露も控えめであるように感じられ、オースティンの作品としては幾分深刻な物語の部類に入るだろうが、それもあくまでオースティンという枠内でのことであり、陰鬱さのない読みやすさはいつも通りなので気楽に手に取ることのできる作品だ。

オースティンの長編作品は、その主題や雰囲気においていずれもいくらか似通っているのというのは否めないが、それぞれの作品で主人公の性格の描き分けが指摘されているのもまた事実だ。
これは何もオースティンに限ったことではないが、他の作品と比較するという楽しみも出てくるので、『マンスフィールド・パーク』の読者にはオースティンの他の作品を読まれることをお勧めしたい。

21世紀に入り、『マンスフィールド・パーク』をはじめとして、これまであまり読まれることのなかったオースティンの長編作品が次々と文庫化され、代表的な六作品はすべて文庫で読めるようになった。
それはひとえにオースティンの作品が筋としても面白く、人物の描写も優れているからなのだろう。
非常に読みやすく、それでいて読み応えがある『マンスフィールド・パーク』、老若男女を問わずお勧めしたい一冊だ。
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『獄中記』 オスカー・ワイルド(角川文庫ソフィア)

獄中記 (角川文庫ソフィア)獄中記 (角川文庫ソフィア)
(1998/04)
オスカー・ワイルド

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書名:獄中記
著者:オスカー・ワイルド
訳者:田部 重治
出版社:角川書店
ページ数:117

おすすめ度:★★★☆☆




同性愛の罪で投獄されていたワイルドが、同性愛の関係にあったダグラスに宛てて獄中にて綴った書簡を編集したものが本書『獄中記』である。
書簡を出版するに際し、ワイルドとダグラスとの個人的な記述に関してはすべて省かれたようで、本書においては牢獄生活がワイルドの精神面に与えた影響、特に芸術に対する信念への影響が語られている。
内容が平易でもなく、少々堅苦しい文体の作品でもあるため、一般受けはしにくいように思うが、ワイルドの芸術観に関心のある方には一読の価値ある本であろう。

『獄中記』というタイトルからすると、収監から釈放までの出来事を述べた本と思われる方もいるかもしれないが、本書は徹頭徹尾ワイルドの内面の記録である。
わずかに牢獄における体験が語られることもあるが、それはあくまでワイルドの内面に影響を及ぼしたという文脈においてであり、出来事を連ねることはワイルドの眼中にはないようだ。
ワイルド自身の口から語られる芸術や享楽に対する考えは非常に興味深く、キリストへの言及にはいくらか意外な感すらするほどで、全体にワイルドのファンなら面白く読めるものとなっている。

社交界の寵児から一転、地位も財産も失い人々の軽蔑の的となるというワイルドの身の上は、どこか『ドリアン・グレイの肖像』の筋書きを想起させないでもないが、このような急転直下の没落に対して、恨み言や絶望ばかりが語られていたとすれば、この『獄中記』は読むに堪えない駄作になっていたはずだ。
しかし実際には、苦境にある自らを励まそうとしてか、事態を肯定的にとらえようという姿勢が随所に窺え、そんなワイルドを応援したい気持ちにもさせられるのだが、出獄後の彼の生涯が決して満ち足りたものでなかったことを知っている我々としては、複雑な思いでこの本を読み進めることになるだろう。

本書の原題である『De Profundis』とは、聖書に由来する語で、「深き淵より」との意味である。
同じ語を用いた表題を持つ作品には、ド・クインシ―の『深き淵よりの嘆息』があるが、そちらは阿片中毒となった著者の陥った深淵を描いたものだった。
そして本書は、ワイルドの陥った監獄という名の「深き淵」からの便りである。
芸術家としてのワイルドに少しでも迫りたいと考えている方にお勧めしたい一冊だ。

『W・H氏の肖像』 オスカー・ワイルド(プラネタリー・クラシクス)

W・H氏の肖像 (プラネタリー・クラシクス)W・H氏の肖像 (プラネタリー・クラシクス)
(1989/09)
オスカー ワイルド

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書名:W・H氏の肖像
著者:オスカー・ワイルド
訳者:井村 君江
出版社:工作舎
ページ数:235

おすすめ度:★★★☆☆




『W・H氏の肖像』は、小説仕立てでもあり、内容的には評論風でもあるという、いささか分類に困るワイルドの作品である。
タイトルの類似から、『ドリアン・グレイの肖像』を思い出される方も多いだろうが、『ドリアン・グレイの肖像』の原題が"The Picture of Dorian Gray"であるのに対し、本書は"The Portrait of Mr.W.H."と、日本語では同じ「肖像」でも原語には"Picture"と"Portrait"という違いがあり、『W・H氏の肖像』の方がより明確に肖像画をテーマにした作品であると言えるだろう。

本書『W・H氏の肖像』の表紙には、ワイルドの上にシェイクスピアの肖像が掲載されている。
それを見て、シェイクスピアであれば「W.S氏」のはずなのにおかしいな、という思いがよぎった方は、すでに本書を読むのに十分な資格を備えた方なのかもしれない。
W.H氏とは、シェイクスピアが『ソネット集』のテーマとした人物のことで、イニシャルだけが知られるその人物を特定しようと、以前より無数の説が存在していた。
このイギリス文学史における大問題に対して、小説という枠組みを用いて、ワイルドが自身の斬新な説を述べたのがこの『W・H氏の肖像』なのである。
興味深く、説得力のある指摘が連なってはいるが、自説の論証に割かれる紙幅が大半を占めるため、ワイルドの小説を期待して手にする読者には不向きな一冊となっている。
ソネット集 (岩波文庫 赤 205-5)ソネット集 (岩波文庫 赤 205-5)
(1986/11/17)
シェイクスピア

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シェイクスピアというと、『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』あたりはよく読まれているだろうが、その『ソネット集』まで目を通している人はさほど多くないはずだ。
『W・H氏の肖像』を読むに当たり、事前に『ソネット集』を知っている方がベターであることは疑いないが、ワイルドの文章自体が原典からの豊富な引用を行う上に、訳者による注も充実しているので、シェイクスピアの伝記的要素や『ソネット集』に関する予備知識がなくとも、それほど困ることはないように思う。

『W・H氏の肖像』は、ワイルドに興味のある『ソネット集』の読者が最も楽しめることだろうが、本書に触れた後に『ソネット集』を読むというのも、『ソネット集』の味わいを倍加させてくれるに違いない。
歴史的、文学的な謎に関心のある方には非常にお勧めの作品だ。

『チャールズ・ディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」』 ディケンズ(渓水社)

チャールズ・ディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」チャールズ・ディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」
(2011/10)
チャールズ・ディケンズ

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書名:チャールズ・ディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:篠田 昭夫
出版社:渓水社
ページ数:174

おすすめ度:☆☆☆☆




本書はディケンズのいわゆる「クリスマスもの」のうち、『柊屋』、『英国人捕虜の危険』、『幽霊屋敷』の三編を収録している。
ディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」ということで、ほとんどの方が『クリスマス・キャロル』のような作品を期待されるかもしれないが、本書の収録作品はお世辞にも『クリスマス・キャロル』に似ているとは言い難い。
「クリスマス・ストーリーズ」とはいってもあまり子供向けの内容ではないし、一般受けもあまり望めないのではないかと思う。

収録作品はいずれもコリンズなどの作家との合作という形を採った作品のようだが、本書はそれらの中からディケンズの執筆部分だけを収録した「クリスマス・ストーリーズ」に沿って訳出がされている。
おおまかなあらすじは補ってくれるので読者がちんぷんかんぷんになるということはないにせよ、ディケンズが冒頭部分を担当した『幽霊屋敷』などは、中身が空っぽの枠組みだけが語られたような印象すら受けた。
それも「クリスマス・ストーリーズ」に忠実な訳書ということで仕方ないのかと思いきや、「クリスマス・ストーリーズ」には収録されていた『柊屋』の一部は本書では削除され、第一章の次に第三章が来るという具合なので、まとまった作品を読めるという期待はしないほうが賢明といえる。

ディケンズを何作品か読まれたことのある方ならばご存知だろうが、ディケンズは時として数行にわたる長い一文を書く作家だ。
それを訳出するとなると、原文を正確に読み解く力は言うまでもなく、それを表現する日本語の力にも人並み以上の才能が必要とされることだろう。
その点、これはあくまで個人的な感想なので異論・反論もあるかもしれないが、『チャールズ・ディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」』の訳文には改善の余地があるように感じられた。

ディケンズの新訳が出ていると思って飛びついたものの、期待が大きすぎたからか、正直言って私は少々失望してしまったし、ディケンズほどの人気作家の作品であるにもかかわらず、これまであまり「クリスマス・ストーリーズ」が脚光を浴びてこなかったことにもうなずけるような気がしてしまった。
本書を楽しめるのは、「クリスマス・ストーリーズ」がどんなものなのか、ちらりと覗いてみたい方に限られるだろう。

『アーサー・サヴィル卿の犯罪』 オスカー・ワイルド(バベルの図書館 6)

アーサー・サヴィル卿の犯罪 (バベルの図書館 6)アーサー・サヴィル卿の犯罪 (バベルの図書館 6)
(1988/07)
オスカー・ワイルド

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書名:アーサー・サヴィル卿の犯罪
著者:オスカー・ワイルド
訳者:矢川 澄子、小野 協一
出版社:国書刊行会
ページ数:182

おすすめ度:★★★★




ホルヘ・ルイス・ボルヘスによって編纂されたバベルの図書館シリーズの一冊が本書『アーサー・サヴィル卿の犯罪』だ。
表題作の他に『カンタヴィルの幽霊』、『幸せの王子』、『ナイチンゲールと薔薇』、『わがままな大男』を収録しており、ラインナップとしては非常に充実しているといえるだろう。
後者三点に関しては大いに普及している新潮文庫の『幸福な王子―ワイルド童話全集』に収められているが、『アーサー・サヴィル卿の犯罪』と『カンタヴィルの幽霊』はというと、いずれもワイルドの怪奇趣味とユーモアセンスを感じ取ることのできる佳作であるにもかかわらず、あまり接する機会の多くない作品なので、本書はワイルドの作品集としては貴重な一冊であるように思う。

タイトルを一見すると推理小説かのような印象を受ける『アーサー・サヴィル卿の犯罪』だが、「義務の研究」という副題を付されている本作はそれほどストレートなものではない。
軽妙でありつつも奥行きを感じさせるという作風は、いかにもワイルドらしいと言えるのではなかろうか。
オスカーワイルドのカンタベリー城と秘密の扉 [DVD]オスカーワイルドのカンタベリー城と秘密の扉 [DVD]
(2005/12/02)
アンドレアス・シュミット、マルティン・クルツ 他

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一風変わった幽霊譚である『カンタヴィルの幽霊』も、一度読んだら忘れられない非常に印象的な作品である。
右は『カンタヴィルの幽霊』を原作とするドイツの映画作品、『オスカーワイルドのカンタベリー城と秘密の扉』だ。
タイトルのみならず、登場人物や物語展開にも大きく手が加えられていて、原作はせいぜいインスピレーション源という程度であるようにも感じられるが、その割に堂々と「オスカーワイルドの」と名乗っているのは、私のようなワイルドに興味を持つ人間を引き付けようとしてのことだろうか。
いずれにせよ、ジャケットからも予想されるとおりの少年少女向けの冒険物語に仕上がっているためにとても気楽に楽しむことができ、「オスカーワイルドの」という文句に釣られてみるのも悪くないように思う。

作品数自体がそう多くないとはいえ、ワイルドの作品からわずか数点を選び出し、紙幅の限られた一冊の本に編むにあたって、ボルヘスの選択に間違いはなかったと本書の読者なら実感できるはずだ。
新品での入手は望めない本ではあるが、ワイルドのファンはもちろん、ボルヘスの趣味も色濃く反映されているのでボルヘスのファンにもお勧めしたい一冊だ。

『理想の結婚』 オスカー・ワイルド(角川文庫)

理想の結婚 (角川文庫)理想の結婚 (角川文庫)
(2000/02)
オスカー ワイルド

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書名:理想の結婚
著者:オスカー・ワイルド
訳者:厨川 圭子
出版社:角川書店
ページ数:188

おすすめ度:★★★★




ウィンダミア卿夫人の扇』や『まじめが肝心』と並び、ワイルドの四大喜劇の一つに数えられるのがこの『理想の結婚』である。
上流社会を舞台に描かれている点は非常にワイルドらしく、簡潔でいて面白い台詞回しや筋の運びなどに、ワイルドの機知とテクニックを感じさせる作品だ。

多くの喜劇作品と同様、『理想の結婚』も夫婦問題が主軸となっている。
若くして出世し、素晴らしい妻を持つという、順風満帆そうに見える夫だったが、とある秘密が頭をもたげてきて・・・。
華やかな上流家庭の影となっている部分を叩けばスキャンダラスな埃が舞い上がるという基本的な構図、さらにはおかしみだけではなくペーソスをもたたえた作風は、どこか『ウィンダミア卿夫人の扇』に似ている。
そしてすっきりとまとまった構成やストーリー運びのテンポの良さなどは、『ウィンダミア卿夫人の扇』に匹敵するとも言えるだろう。
理想の結婚 [DVD]理想の結婚 [DVD]
(2000/09/22)
ケイト・ブランシェット、ミニー・ドライヴァー 他

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本書の原題は"An Ideal Husband"であり、『理想の夫』と訳されるのが普通であるが、『理想の結婚』という邦題となった右の映画化作品を受け、本書の表題も『理想の結婚』とされている。
映画が先に出たことで本のタイトルまで操作されたような感は否めないが、むしろ映画が先行したからこそ、本書がその原作本として出版されたという背景を喜ぶべきなのかもしれない。
ケイト・ブランシェットやジュリアン・ムーアといった実力派の俳優陣によって演じられている映画『理想の結婚』は評判もよく、ワイルドのファンであれば一見の価値ある映画であろう。

映画化されていることからもわかるように、『理想の結婚』のストーリーの面白さには読者を感心させずにはいないものがある。
比較的最近出版された文庫本であるにもかかわらず、現在アマゾンでは中古品しか出回っておらず、新品は入手しにくいのが現状であるが、ワイルドの戯曲に関心のある方はぜひ『ウィンダミア卿夫人の扇』と合わせて『理想の結婚』を読んでみていただきたいと思う。

『サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇』 オスカー・ワイルド(新潮文庫)

サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇 (新潮文庫)サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇 (新潮文庫)
(1953/04/10)
オスカー ワイルド

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書名:サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇
著者:オスカー・ワイルド
訳者:西村 孝次
出版社:新潮社
ページ数:355

おすすめ度:★★★★★




表題作である『サロメ』と『ウィンダミア卿夫人の扇』に加え、『まじめが肝心』をも収録した本書は、ワイルドの戯曲大全と言ってもいいほど内容が充実している。
決して戯曲作品の数が多いわけではないワイルドだが、彼の作品から代表的なものを三つ選ぶとしたら、おそらくこの選択になることだろう。
戯曲家としてのワイルドの魅力を堪能することのできるいわばベスト版なので、あまりワイルドに興味のない方も、ぜひ一度読んでみていただければと思う。

『ウィンダミア卿夫人の扇』と『まじめが肝心』は、ジャンルとしてはいずれも喜劇に分類されており、ちょっとした行き違いが愉快な事態へと発展していく『まじめが肝心』のほうは、特に滑稽味が強い作品だ。
「まじめであること」の義である"Being Earnest"が、登場人物のアーネストの存在と重なるという面白みのある作品なので、そこを意識して読めばいっそう滑稽に感じられることだろう。
その一方で、上流家庭の秘密を扱った『ウィンダミア卿夫人の扇』の終幕には、笑って済ますことのできない独特の味わいがある。
どちらの作品も、通俗的と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、構成が整っているのはもちろん、小道具を巧みに用いたり、語呂合わせで面白みを加味したりと、戯曲家としてのワイルドの手腕が存分に発揮された見事な作品に仕上がっているのは事実であり、一度原作を読めば、これらの作品が21世紀に入ってもなおしばしば映像化されたり上演されたりしていることにもうなずけるはずだ。

サロメ』に関しては、オーブリー・ビアズリーの挿絵を楽しむことができる岩波文庫版をお勧めしたい気持ちもあるのだが、同時に『ウィンダミア卿夫人の扇』と『まじめが肝心』を読むことのできる新潮文庫版も、非常に魅力的な選択肢ではあるはずだ。
ビアズリーを楽しむことこそできないが、訳文の読みやすさなどから言えば、新潮文庫版に軍配が上がるのかもしれない。
いずれにしても、傑作三編を収めたこの一冊は読み応えがあること疑いなしだ。

『分別と多感』 ジェーン・オースティン(ちくま文庫)

分別と多感 (ちくま文庫)分別と多感 (ちくま文庫)
(2007/02)
ジェイン オースティン

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書名:分別と多感
著者:ジェーン・オースティン
訳者:中野 康司
出版社:筑摩書房
ページ数:535

おすすめ度:★★★★




自負と偏見』や『エマ』を代表作とするオースティンは、主に六つの長編作品によって知られているが、その一つがこの『分別と多感』である。
文章の読みやすさや読者を引き込む物語性の強さは全二者に劣らないものがあり、一冊の文庫本になっているという手頃さもあるので、幅広い読者層にお勧めしたい作品だ。

『分別と多感』も、若き乙女の結婚問題が軸となる点はオースティンの他の作品と変わらない。
父の死により境遇が一変した一家の、理知的で分別ある姉のエリナー、多感で素直な感情表現を好む妹のマリアン、この二人の恋愛模様が巧みに描かれている。
二人の姉妹がそれぞれ「分別」と「多感」、ひいては理性と感情を代表するわけであるが、そのような構成を忘れさせるほどストーリー展開に没入する読者がいても何ら不思議はないはずだ。
いつか晴れた日に [DVD]いつか晴れた日に [DVD]
(2010/09/22)
エマ・トンプソン、ヒュー・グラント 他

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右は『分別と多感』を原作にした映画『いつか晴れた日に』である。
小説としての『分別と多感』が日本ではあまり有名な作品ではないからか、タイトルこそ大幅に改変されているが、内容は概ね原作に忠実になっており、映画としての出来栄えも悪くないように思う。
原作にはないシーンの若干の追加、さらにはエピソードの削除や統合が数か所行われているのは事実であるが、500ページを超える長編作品である『分別と多感』を二時間そこそこという映画の枠に収めるに当たり、全体に非常にうまく脚色されているように感じられた。
『分別と多感』の読者はぜひこちらも鑑賞していただきたいと思うし、先に映画を見られた方は次に活字で味わっていただければと思う。

翻訳の種類がさほど多くない『分別と多感』だが、それはこの作品が退屈だからとか出来が悪いからというわけではなく、単に一般的には『自負と偏見』や『エマ』の方が評価が高いというだけのことなのだろう。
オースティンの鋭い人間観察眼を裏付けるかのような、的確になされた登場人物の性格付けは『分別と多感』にも表れていて、時折皮肉のとげが秘められた文体も心地よく、オースティンのファンならずとも楽しめる作品であると言えるはずだ。

『ヘッセの水彩画』 ヘルマン・ヘッセ(コロナ・ブックス)

ヘッセの水彩画 (コロナ・ブックス)ヘッセの水彩画 (コロナ・ブックス)
(2004/09)
ヘルマン ヘッセ

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書名:ヘッセの水彩画
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二等
出版社:平凡社
ページ数:121

おすすめ度:★★★☆☆




静かな暮らしを望んだヘッセは、趣味という域を超えるほどに水彩画を描くことを愛好していたが、そんなヘッセの水彩画数十点を集めたのが本書『ヘッセの水彩画』である。
生涯において数千点の水彩画を描いたとされるヘッセの水彩画のうち、掲載されているのはほんの一部分に過ぎないのだが、カラーで複数の作品を見ることのできる機会は決して多くないことを思えば、貴重な一冊であるということができる。
本書の著者はいちおうヘッセということになっているものの、ヘッセ自身がこの本のために書き下ろした文章はなく、あくまで便宜上ヘッセの名前を戴いているととらえるしかないが、ヘッセのファンであれば興味深く鑑賞することができるだろう。

プロの画家と比べれば絵筆を操る技量に関して劣る部分があるのはやむをえないにせよ、ヘッセの心境を映したかのような柔らかな色合いは、見ているこちらの心をも落ち着かせてくれる。
本書のページを繰っているうちに、ヘッセが愛したスイスの田舎の風景に、読者も強い憧れを感じないではいられないのではなかろうか。
また、『ヘッセの水彩画』には『シッダルタ』や『郷愁』もその抄訳が掲載されているが、それらはほんの数ページにすぎないし、抄訳というよりはむしろ抜粋であり、ネタばれというほどでもないので、それらの作品の前に本書を読んでもまったく問題はないように思う。

かつて、ヘッセが水彩画に打ち込んでいた時期があるというのを知った時、私は少しもったいないという気持ちを抱いたものだ。
詩人や小説家としてあれほどの才能を持ち合わせているのだから、絵を描いている時間を小説を書くことに費やしていてくれれば、我々を感動させる新たな傑作が生まれたのかもしれないのに、と思ったのだ。
今ではそういう自己中心的もしくは鑑賞者中心的な考え方はあまりしなくなってきたが、『ヘッセの水彩画』を読んで、というより眺めていると、詩作品や小説作品と同様、ヘッセの水彩画は結局ヘッセのファンを楽しませているのだなと感じさせられた。
ヘッセの作家として以外の顔に興味を持ち、ヘッセの水彩画の世界を覗いてみたいという方にお勧めの一冊だ。

『知と愛』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

知と愛 (新潮文庫)知と愛 (新潮文庫)
(1959/06)
ヘッセ

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書名:知と愛
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:495

おすすめ度:★★★★




ヘッセ円熟期の長編小説である『ナルチスとゴルトムント』は、日本では『知と愛』というタイトルで知られている。
ヘッセの芸術論、人生論が盛り込まれた作品で、思弁的な色合いも濃いめとなっており、いくらか難解に思われる読者もいるかもしれないが、思想性の深みのゆえに読み応えは十分だ。
ヘッセにしては長めの長編作品となるが、全体の構成も非常に整っていて、読者にその完成度の高さを感じさせることだろう。

『知と愛』は、若くして教師の役を務め、修道院で人生を送ることを予感している学者肌の優等生ナルチスの元へ、活気に満ちた人好きのする少年ゴルトムントが、一人の生徒としてやってくるところから始まる。
自らも修道院に身をうずめようと考えていたゴルトムントだったが、ナルチスとの出会いが彼に影響を及ぼしだして・・・。

それにしても、ヘッセほど原題とは異なったタイトルが普及している作品の多い作家も珍しいのではなかろうか。
『ペーター・カーメンチント』が『郷愁』と、『ゲルトルート』が『春の嵐』と、そしてこの『ナルチスとゴルトムント』が『知と愛』という邦訳題名をそれぞれ付されている。
訳者がその作品のテーマを汲んで新たに命名することで、「郷愁」であったり「知」と「愛」という観念に対して、作家が意図していない比重がかかるように思うので、私は個人的にオリジナルのタイトルからかけ離れた訳題があまり好きにはなれないのだが、どちらかといえば時流は原題を尊重する方に傾いているようなので、ヘッセのこれらの作品もいずれは片仮名表記のタイトルが浸透してくるのかもしれない。
決して一読者としてさんざん恩恵を被っている高橋健二氏の功労を軽視しているわけではないのだが、特に『ナルチスとゴルトムント』の場合のように、原題からも何らかのイメージをつかみうる場合においては、なおのこと惜しい気持ちがしてしまう。

どこかでヘッセ自身が『知と愛』は不道徳な作品だとの非難を受けたというようなことを記していたように記憶しているが、確かに主人公の純情さが胸を打つことの多いヘッセの若い頃の作品とは、少々毛色が異なっている。
しかし、それは裏を返せば、若かりし頃には書きえなかった作品ということなのだろう。
人生の酸いも甘いも経験し、人一倍悩める魂を持っていたヘッセの一つの到達点を窺い知ることのできる作品として、ヘッセに興味のある方すべてにお勧めしたいと思う。

『幸福な王子―ワイルド童話全集』 オスカー・ワイルド(新潮文庫)

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)
(1968/01)
オスカー ワイルド

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書名:幸福な王子―ワイルド童話全集
著者:オスカー・ワイルド
訳者:西村 孝次
出版社:新潮社
ページ数:275

おすすめ度:★★★★




複数の文学ジャンルに手を染めていたワイルドは、童話もいくつか物しており、それらを集めた童話集がこの『幸福な王子―ワイルド童話全集』である。
ワイルドというと『サロメ』や『ドリアン・グレイの肖像』が有名で、中には彼が童話を書いていたことを知らない方もいるかもしれないが、『幸福な王子』の物語自体は日本でもよく知られたものの一つで、作者の名前や物語のタイトルをほとんど気にかけなかった子供の頃に、それと知らずに読んでいた方もおられるかもしれない。

『幸福な王子―ワイルド童話全集』は、表題作のほかに、『ナイチンゲールとばらの花』や『わがままな大男』など、全九編を収めている。
ワイルドが童話作品のみによって知られている作家でないため、彼の童話に接する読者はどうしても他の作品との関連付けや、各々の童話の秘める寓意性などを探ってしまいがちだが、いずれの収録作品も、童心に返ってストレートな読み方をしても十分楽しめることだろう。
とはいえ、裏の意味を考えあぐねるという楽しみもまた捨てがたい読み方の一つではあるのだが。

児童向けに出版されている『幸福の王子』は、ワイルドが書いたものを編集したものが多いらしい。
逐一確認したわけではないから、中にはワイルドが発表した通りを訳出したものもあるのかもしれないが、何年か前にグリム童話の真の残酷さが話題になっていたように、子供向けの本はそれが仮に短い童話であっても、何かしらの考えの下で削除や編集の施されることが多々あるのだろう。
そういう意味では、ワイルドの書いたままを訳出したこの『幸福な王子―ワイルド童話全集』は、大人向けの童話集であると言うことができるはずだ。

『幸福な王子』が物語としていかによくできているとはいっても、やはり童話であることには変わりなく、読者を強く感動させるほどの衝撃性は望めないが、読み物としての読みやすさや楽しさはいかなる読書家にも否定できないことだろう。
電車の中やちょっとした空き時間にも気軽に読める本として、老若男女を問わずお勧めしたい一冊だ。

『ドリアン・グレイの肖像』 オスカー・ワイルド(新潮文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)
(1962/04)
オスカー ワイルド

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書名:ドリアン・グレイの肖像
著者:オスカー・ワイルド
訳者:福田 恒存
出版社:新潮社
ページ数:428

おすすめ度:★★★★★




詩や童話、短編など、短い作品の執筆が多かったワイルドにとって唯一の長編小説であり、ワイルドの代表的な作品としても知られる『ドリアン・グレイの肖像』。
原題は"The Picture of Dorian Gray"で、『ドリアン・グレイの画像』という訳題もあるが、本書における"The Picture"が指し示すものはドリアンの肖像画であり、また、「画像」と聞くと写真のイメージが先行してしまいがちにも思われるので、訳語としては「肖像」の方がスマートではないかと思う。
いずれにしても、『ドリアン・グレイの肖像』が読み応えのある作品であることには変わりなく、ワイルドの作品の中では『サロメ』と並び、ぜひ読んでみていただきたい作品だ。

耽美的、享楽的な生き方を肯定し、それを実践する美貌の青年、ドリアン・グレイ。
彼の放縦な生活は彼の若さ、すなわちその美貌に支えられるところ大であるが、そんな彼の美貌もいつかは衰えるのだろう。
若く美しい頃に描かせた肖像画と比べてみれば、その差は歴然となってくるに違いない・・・。
リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い [DVD]リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い [DVD]
(2010/06/25)
ショーン・コネリー、スチュアート・タウンゼント 他

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右は、ショーン・コネリー主演の映画『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』である。
ジキル博士、トム・ソーヤー、ネモ船長など、文学史における有名なキャラクターを一堂に集めた、いわゆるオールスター風の作品だが、その中にドリアン・グレイも登場している。
この映画の中におけるドリアンが、必ずしも『ドリアン・グレイの肖像』に忠実な性格付けがなされているわけではいにしろ、ワイルドが小説を発表したおよそ百年後に、一人のヒーローとして映画に登場するドリアン・グレイの立ち居振る舞いは、『ドリアン・グレイの肖像』の読者には大いに興味深いものではなかろうか。

クライマックスの盛り上がりに長けた『ドリアン・グレイの肖像』は、それ自体が何度も映画化されていることからも、今日でもなお英米圏での知名度や人気度が高い文学作品の一つなのだろう。
事実、『ドリアン・グレイの肖像』には、初めて読む方は言うまでもなく、話の筋を熟知している読者をも再度魅了するだけの不思議な力が秘められている。
ひょっとすると、ドリアンの肖像がいかに変容しようとも、『ドリアン・グレイの肖像』は古びることがないのかもしれない。

『サロメ』 オスカー・ワイルド(岩波文庫)

サロメ (岩波文庫)サロメ (岩波文庫)
(2000/05/16)
ワイルド

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書名:サロメ
著者:オスカー・ワイルド
訳者:福田 恒存
出版社:岩波文庫
ページ数:104

おすすめ度:★★★★★




小説、戯曲、童話に詩集と、幅広いジャンルに優れた作品を残したワイルドだが、そんな彼の代表的な戯曲がこの『サロメ』だ。
話の筋自体はワイルドの創作によるものではなく、カラヴァッジョやギュスターヴ・モローなど、多くの画家に題材を与えてきた、聖書に由来するあのサロメの物語を下敷きにしたものである。
一つの戯曲としては非常に短いものとなっているが、衝撃性のあるストーリーがそれを補って余りあるインパクトを読者に与えることだろう。
ビアズリー『サロメ』
サロメといえば、「舞」と「首」というイメージを抱いている人も少なくないはずだ。
本書『サロメ』においても、ワイルドがそれらをどう扱うのかが読者の関心の的となるだろうが、意外にもそれらの印象はさほど強くない。
『サロメ』は舞台での上演を念頭に置いて書かれた作品なので、それらのイメージをどのように現出させるのかは演出家の腕の見せ所となるにせよ、本で読む上ではその作業がすべて読者の想像力にかかっているといえよう。
そういう意味では、それぞれの読者が理想的なサロメを思い描くことができる読書の場合の方が、いっそう妖艶な雰囲気を味わえるのかもしれない。

ワイルドの代表作の一つにもなっている『サロメ』には他の出版社からも文庫版が出されているが、右に一例を示すように、独特の鋭さと優雅なふくらみとを巧みに用いた鬼才、オーブリー・ビアズリーの挿絵が多数挿入されているのが岩波文庫版の最大の特長だ。
ワイルド自身はビアズリーの作風が『サロメ』に合致しないと考え、あまり気に入ってはいなかったというエピソードも残っているが、緩急の激しいビアズリーの独特の線描は、一度見てしまうと読者の記憶に焼き付けられずにはいないだろう。
個人的には、岩波文庫版がビアズリーという魅惑的な華を添えることで『サロメ』の帯びる怪しげで危険な香りを最大限に引き出しているように思うので、『サロメ』は岩波文庫で読むことをお勧めしたい。

退廃的な時代を象徴するかのような作家ワイルドと、夭折した画家ビアズリーの魅力の交錯した岩波文庫版『サロメ』。
数時間で終わる薄い本なので、長編が苦手な方も、ぜひ手にしてみていただきたい一冊だ。

『マハトマ・ガンジー』 ロマン・ロラン(みすず書房)

マハトマ・ガンジー (1970年)マハトマ・ガンジー (1970年)
(1970)
ロマン・ロラン

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書名:マハトマ・ガンジー
著者:ロマン・ロラン
訳者:宮本 正清
出版社:みすず書房
ページ数:96

おすすめ度:★★★☆☆




ロマン・ロランが物した、自身と同時代に異国の地で活躍した偉人の活動の記録が、この『マハトマ・ガンジー』である。
ガンジーといえば、世界史の教科書にその名が漏れることはありえないほどの著名人であるにもかかわらず、彼の活動の実情についてはあまり知られていないのではなかろうか。
本書を紐解けば、ガンジーは数々の偉大な魂の伝記を残しているロランが強く引き付けられるだけのことはある偉大な人間だと、改めて認識させられるに違いない。
いくらか批判的な文言が添えられてはいるものの、暴力に反対し続けた平和論者のロマン・ロランが、ガンジーの選んだ非暴力を基礎にした抵抗運動に尊崇の念を抱いたこともうなずけるはずだ。

活動家という語には到底収まりきらないスケールを持つ偉人であるガンジーは、ある意味では政治家でもあり、宗教家と呼ぶことさえできるのだろうが、その肩書きにいかなるものを選んだところで、ロランがそれまで取り扱ってきた芸術家たちの伝記作品、たとえば『ミケランジェロの生涯』、『トルストイの生涯』などのように、主要な作品に順々に焦点を当てていくことで対象となる人物の生涯と思想を描き出すことは、芸術家ではないガンジーの場合、不可能な方法となる。
そこで本書『マハトマ・ガンジー』は、ガンジーの言葉を借りながら、もっぱらガンジーの思想と実践についての記述が連なることとなるが、ガンジーに関心のある読者が知りたいと思うのもまさにその点にあるのではなかろうか。
ガンジーが生涯を閉じる前に、彼の活動が継続している最中に発表された著作であるため、ガンジーの伝記として読むには欠けている部分が多いのは否めないが、インドの問題が過去の出来事になる以前に書かれたヴィヴィッドな作品としての魅力は十二分に備えているとも言えるだろう。

『マハトマ・ガンジー』は現在とても希少な本となっていて、アマゾンで売られている中古のものも決して手頃な価格ではないものの、ロランやガンジーに強い関心を持っておられる方は大いに興味深く読めるはずだ。
トルストイからの影響の少なくなかったガンジーだけに、『マハトマ・ガンジー』の読者には同じくロランの手になる伝記作品『トルストイの生涯』をお勧めしたい。

『獅子座の流星群』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

獅子座の流星群 (1958年) (岩波文庫)獅子座の流星群 (1958年) (岩波文庫)
(1958)
ロマン・ロラン

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書名:獅子座の流星群
著者:ロマン・ロラン
訳者:片山 敏彦
出版社:岩波書店
ページ数:188

おすすめ度:★★★☆☆




ロマン・ロランの戯曲の中で、数少ない文庫本として翻訳されたものの一つがこの『獅子座の流星群』である。
愛と死との戯れ』と同様に、フランス革命を題材にした連作のうちの一編で、その終曲に当たる作品であるようだ。
連作中の他の作品との内容的な結びつきが強く、登場人物の重複や他作品中の出来事への言及もあるが、そこは訳注が補ってくれるので、他の作品を読まずに『獅子座の流星群』だけを手にしたところで、さほど支障はないに違いない。

スイスに亡命して肉体労働に従事しながら暮らしている老公爵とその息子である伯爵のもとに、同じくフランスを追われたジャコバン党員が、二人の子供を連れて逃れてくる。
しかし、公爵とそのジャコバン党員とは、政治上の抗争を経るのみならず、家族関係においても含むところのある、かつての仇敵同士だったのだ・・・。
おそらく年老いた二人の怨嗟に満ちたやり取りの推移が読みどころとなるであろうし、ロランが登場人物の口を通して語らせる、徐々に権力を掌握しつつあるナポレオンに対する評言も大いに興味深いものがある。

反戦と非暴力を主張してやまなかった平和論者ロランの手になる作品であることを考え合わせれば、非常にロランらしい作品である『獅子座の流星群』の展開はおろか、その終幕に至るまで、読者が意外な感に打たれることは少ないはずだ。
それにもかかわらず『獅子座の流星群』が読者を楽しませることができるのは、主題の不滅の美しさによるのではなかろうか。

出版年が古く、しばしば今日では常用とは思えない漢字に出くわすこともあるが、ロランとも交友のあった片山氏の翻訳は概ねとても読みやすいものであると言えると思う。
「ロマン・ロランと劇芸術」と題された解説も充実しているので、ロランの戯曲に関心のある方ならば、ぜひ『愛と死との戯れ』と合わせて本書を読んでみていただきたい。

『愛と死との戯れ』 ロマン・ロラン(岩波文庫)

愛と死との戯れ (1960年) (岩波文庫)愛と死との戯れ (1960年) (岩波文庫)
(1960/01/05)
ロマン・ロラン

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書名:愛と死との戯れ
著者:ロマン・ロラン
訳者:片山 敏彦
出版社:岩波書店
ページ数:120

おすすめ度:★★★★




ロマン・ロランといえば、『ジャン・クリストフ』のような小説作品や、ミケランジェロやベートーヴェンなどの偉大な芸術家を扱った伝記作品を残していることで知られている作家だが、彼は同時に非常に多くの戯曲を物した作家でもあった。
『愛と死との戯れ』は、フランス革命をテーマに扱った連作劇の一つで、いかにもロランらしい、優れた人間性を称揚する作品となっている。
戯曲としての完成度に定評のある『愛と死との戯れ』を、彼の代表的な戯曲と言ってもいいのかもしれない。

『愛と死との戯れ』の舞台は、ロベスピエールが台頭し始めたころのパリ。
異を唱えた人間が次々とギロチンにかけられていく中、逮捕を免れて逃亡していたジロンド党の男の一人が、愛する女性ソフィーを一目見るために、血なまぐさい町と化したパリへと戻ってくる。
ソフィーもその逃亡者を愛しているのだが、彼女には夫がおり、その夫は革命議会に議席を持つ身である。
保身のための裏切りと密告が横行するパリで、二人の愛の行方は・・・。
第一次世界大戦が終結して間もない頃の観衆には、今日我々が紙面から汲み取るのとは一味違った切実さを帯びた感動を与えたに違いない。

『愛と死との戯れ』は、若き妻であるソフィー、彼女が敬愛する年老いた夫、彼女と相思相愛の間柄である若き男、これらの三人の主要人物から成る、俗な言葉でいうところの三角関係という構図を持っているため、物語の回転軸ともなるソフィーの心根の在り方が物語の展開を大きく左右することになる。
ソフィーが非難に値する女主人公かどうかは、各々の読者が作品を読み終えてから見極めてくれればと思う。

『愛と死との戯れ』は、現在アマゾンに新品の在庫こそないものの、中古品であればたいへん安く売られている。
全集を除けばロランの戯曲は翻訳が非常に少ないのが現状なので、ロランの戯曲に興味のある方は、値段も手頃なこの『愛と死との戯れ』から始めてみるのがいいのではなかろうか。

『喜劇論』 ジョージ・メレディス(岩波文庫)

喜劇論―改訳 (岩波文庫)喜劇論―改訳 (岩波文庫)
(1953/11/25)
ジョージ・メレディス

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書名:喜劇論―改訳
著者:ジョージ・メレディス
訳者:相良 徳三
出版社:岩波書店
ページ数:105

おすすめ度:★★☆☆☆




ウィットに富んだ作風で知られるジョージ・メレディスの翻訳は意外と少ないが、その中の一つがこの『喜劇論』だ。
本書の原題は"Essay on Comedy"であり、その名の通り、論文というよりはエッセイとして気楽に読める内容となっている。
「改訳」とは銘打たれているものの、改訳の施された時代がすでに古いため、いくらか厳めしい訳文ではあるが、読み進めるのに困難を伴うというほどではなく、イギリス文学に頻繁に見出される喜劇の精神とはいかなるものか、この点に興味のある方は、イギリス文学史にその名を留める一作家の手になる本書を読んでみてはいかがだろうか。

決して有名な作品ではないこの『喜劇論』は、メレディスの代表作である『エゴイスト』との関連で手にされる方が多いように思う。
何を隠そう私もその一人なのだが、『エゴイスト』で言及があり、訳者によって『喜劇論』の参照を促されていた部分に関して、十二分にとは言い難いが、メレディス自身が説明をしてくれている。
100ページそこそこの薄い本ということもあってか、系統立てた論旨が進められていくというよりは、やはりエッセイとしての性格が強いように感じられた。

『喜劇論』は現在新品を入手することが非常に困難である。
今日のメレディスの人気度、さらには膨大な文学的遺産から成る岩波文庫の絶版作品のラインナップを考えてみると、今後この『喜劇論』が復刊になる可能性にもあまり期待が持てないような気がする。
中古品であればアマゾンで比較的安価で入手することができるので、新品にこだわらない方はそちらを購入されるといいだろう。
エゴイスト』と同時期に発表されたこの『喜劇論』、『エゴイスト』を補完する作品として、『エゴイスト』の読者にお勧めしたい。

『エゴイスト』 ジョージ・メレディス(岩波文庫)

エゴイスト〈上〉 (岩波文庫)エゴイスト〈上〉 (岩波文庫)
(1978/05/16)
G. メレディス

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エゴイスト〈下〉 (岩波文庫)エゴイスト〈下〉 (岩波文庫)
(1978/07/17)
G. メレディス

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書名:エゴイスト
著者:ジョージ・メレディス
訳者:朱牟田 夏雄
出版社:岩波書店
ページ数:496(上)、459(下)

おすすめ度:★★★★




ヴィクトリア朝の典型的な作家の一人と言っても過言ではないジョージ・メレディスの代表作が、この『エゴイスト』だ。
ディケンズほどの滑稽味はないものの、ウィットに富むメレディスの文体は、彼を正統イギリス文学の系譜中の一作家と位置付けるに足るものであるように思う。
それほど有名な作品でないとはいえ、読み物としての面白さを多分に備えた『エゴイスト』には、ついついページを繰らされるに違いない。

地位もあり、容姿も優れている名家の若き主人ウィロビーは、彼の自信を踏みにじられたという苦い過去を抱えている。
そこへ新たな花嫁候補が現れるが、決して従順とは言い難い、強気の彼女との関係はうまくいくのだろうか・・・。
『エゴイスト』の主人公は、肝心の「エゴイスト」の方ではなく、むしろその女性なのではないかとも思えるほど、女性の心情についてのきめ細やかな描写がなされているのが読みどころとなっており、さほど重大な事件の起こらないストーリーをたいへん興味深いものに仕上げてくれている。

『エゴイスト』というタイトルを聞くと、救いがたいほどに自己中心的な人物が主人公であるに違いないと思われる方もいるかもしれないが、私個人の感想としては、主人公はそれほどエゴイストではないように感じられた。
地位や財産の占める割合の大きい階級社会においては、それらに恵まれた人物が少々尊大になるというのは当然起こりうる事柄のように思えるし、ウィロビーにそこまで排他的な言動が目立つわけでもない。
そういう意味では、あまり苛立ちを覚えることなく「エゴイスト」の描写を読み進められるはずだ。

同時代性にも助けられてか、漱石らによって比較的早くに日本に紹介されたメレディスも、今日の出版事情を眺めてみた限りでは、めっきり読まれることがなくなってきているようだ。
正直に言えば、イギリス本国において非常によく読まれているというのも想像しがたい。
しかし、メレディスは漱石が目を付けただけの素質を備えている作家であるし、名訳者朱牟田氏の訳文はこの『エゴイスト』においてもとても読みやすいので、イギリス文学に興味のある方であればぜひ読んでみていただきたい作品だ。

『移動祝祭日』 ヘミングウェイ(新潮文庫)

移動祝祭日 (新潮文庫)移動祝祭日 (新潮文庫)
(2009/01/28)
アーネスト ヘミングウェイ

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書名:移動祝祭日
著者:アーネスト・ヘミングウェイ
訳者:高見 浩
出版社:新潮社
ページ数:330

おすすめ度:★★★★




ヘミングウェイの出世作といえば『日はまた昇る』であるが、その執筆前後のパリ時代を回想して綴った作品がこの『移動祝祭日』である。
海流のなかの島々』や『エデンの園』と同様、ヘミングウェイの死後に発表された作品であり、残された妻の編集も若干施されているらしいが、未完であるという印象はまったく感じられず、未発表原稿としての完成度は高い作品だ。

若きヘミングウェイが最初の妻を伴って文学修業に赴いた1920年代のパリは、作家、詩人、画家などの芸術家の集まる都だった。
『移動祝祭日』に名前の挙がる、ヘミングウェイが知り合った著名人たちの中には、日本でよく知られた人物も多く、ジョイス、ピカソ、フィッツジェラルドなどが特に有名だろう。
中でも、同時代のアメリカ文学を代表する作家の一人であるフィッツジェラルドとの交遊には多くの紙幅が割かれており、ヘミングウェイの目に映った、もしくは記憶に残っていたいくらか滑稽なフィッツジェラルド像は、たいへん興味深いものがある。
あまり好意的には描かれていないものの、本書は波乱に富んだ人生を送ったフィッツジェラルドに関心のある読者も面白く読めるに違いない。

解説によると、自伝的作品である『移動祝祭日』に描かれている事柄には、事実に反する部分もいくらか存在しているらしい。
それらがヘミングウェイ自身による意図的な歪曲なのか、30年の月日がなせる忘却の仕業なのか、それとも第三者の編集による改ざんなのかは特定しがたいにせよ、いずれにしても、死を間近に控えたヘミングウェイが自らの青年時代を思い起こして綴った回想記としての『移動祝祭日』の価値は、事実との相違の存在によってもほとんど目減りしていないのではなかろうか。

『移動祝祭日』は、2009年になって新潮文庫入りした、いわば「新作」である。
ヘミングウェイが完成の烙印を押して公表した作品でないとはいえ、若きヘミングウェイと心身ともに老いてきていたヘミングウェイの交錯する『移動祝祭日』は非常に読み応えがある。
誰がために鐘は鳴る』のようなダイナミックさはないが、ヘミングウェイのファンならずとも一読の価値ある本であるように思う。

『幸福論』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

幸福論 (新潮文庫)幸福論 (新潮文庫)
(1977/01/27)
ヘルマン ヘッセ

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書名:幸福論
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:252

おすすめ度:★★★☆☆




歳を経るごとに、少なくとも数の面においては小説作品の執筆が減っていったヘッセだが、そんな彼の晩年の随想を、表題作をはじめとする全十三編を収録したものがこの『幸福論』だ。
本の紹介では全十四編と言われているが、そのうちの一つはヘッセが日本の読者に向けて書いた短い序文であるため、随想の数には入れなくともよいのではないかと思う。 
『幸福論』自体は20ページに満たない小品であり、同じく『幸福論』との表題で知られるアランやラッセルの作品のように「人間の幸福とは」といった明確な主題で貫かれている本ではないので、それだけ気楽に読める随想集であるが、ヘッセの人生哲学が直截的な言葉で語られている作品を求める方には期待外れとなるかもしれない。

『幸福論』は、『晩年の散文』と『過去を呼び返す―晩年の散文、後編』という二つの散文集から採った随想で成っている。
いずれの随想も老いを意識した老大家の、とはいえヘッセが自ら文豪を気取るようなことは決してないのだが、老境に達した作家が過去の出来事や自身の小説作品について振り返るものが多く、ヘッセの小説に親しんだ読者であれば大いに興味を持って読めるに違いない。

しかし、裏を返せば『車輪の下』などのヘッセの作品をある程度知っておかないと、何のことを言っているのかわかりにくい言及も多いので、ヘッセを初めて読む方には不向きな本であるといえる。
たとえば、収録作品の一つである『マウルブロン神学校生』などは、タイトルを読んでピンとくる読者とそうでない読者との間で読後の印象にかなりの開きがあるはずだ。
そういうわけで、ヘッセの他の作品も読んでみようと考えておられる方には、『幸福論』を後回しにされることをお勧めしたい。

閑居を望んだヘッセ、死を間近に意識しているヘッセ、優しくそして繊細なヘッセ・・・。
哀愁漂う『幸福論』には、当然のことながら小説作品以上にヘッセの人物像が浮き彫りになっている。
ヘッセのファンであれば、ぜひ手にしてみていただきたい一冊だ。
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