『オルレアンの少女』 シラー(岩波文庫)

オルレアンの少女 (1951年) (岩波文庫)オルレアンの少女 (1951年) (岩波文庫)
(1951/01/20)
シルレル

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書名:オルレアンの少女
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:佐藤 通次
出版社:岩波書店
ページ数:287

おすすめ度:★★★★




「オルレアンの解放者」の異名を持つことで知られるジャンヌ・ダルクを主人公としたシラーの史劇が、この『オルレアンの少女』である。
ジャンヌ・ダルクの生涯が文学作品の素材として大いに魅力的なものであることは疑いを差し挟む余地がないし、同じくシラーの史劇である『ヴァレンシュタイン』や『マリア・ストゥアルト』と比べれば主人公の運命が日本でもよく知られているはずなので、多くの読者が劇の進行に興味を抱きやすいのではなかろうか。

『オルレアンの少女』がどのような戯曲であるかは、ここであえて説明するまでもないかもしれない。
イギリス軍に包囲された絶体絶命のオルレアンを救うべく、神に導かれた一人の乙女が立ち上がるという、いわば読者の期待通りの展開である。
しかしシラーは、歴史に対する無知によるのではなく、芸術的効果を高めるためにのみ、自らの戯曲において故意に史実を歪める作家だ。
そしてこの『オルレアンの少女』における改変は、シラーの他の戯曲と比べてかなり大胆なものとなっているので、その分読者はシラーがジャンヌの物語をどう料理するのかを存分に楽しむことができるのではなかろうか。
ひょっとするとジャンヌ・ダルクに強い関心のある方には不向きな作品なのかもしれないが、シラーのファンであれば、戯曲家としての彼の手腕をひしひしと感じ取ることができるに違いない。
ジャンヌ・ダルクジャンヌ・ダルク
(2000/07/28)
ミラ・ジョボビッチ、ジョン・マルコビッチ 他

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右は、少し前のことになるがミラ・ジョボビッチがジャンヌを演じた映画『ジャンヌ・ダルク』で、映像化に伴う若干の脚色が施されていることは事実であるが、こちらの方がより史実に沿った作品となっている。
公開時に話題作でもあったため、すでに見られた方も多いかもしれないが、『オルレアンの少女』を読む前に、もしくは読んだ後に鑑賞されることをお勧めしたい。

『オルレアンの少女』は、著者名が「シルレル」とされていることからもわかるように版が古く、少々読みにくいのが難点である。
しかし、内容だけに限って言うならば、近年岩波文庫から刊行された『ヴァレンシュタイン』よりはるかにとっつきやすいはずだ。
読者を引き付ける力は十二分に備えている作品なので、仮名遣いの古い本に抵抗のある方も、ぜひ一度手にしてみていただきたいと思う。
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『ドゥブロフスキー』 プーシキン(近代文芸社)

ドゥブロフスキードゥブロフスキー

書名:ドゥブロフスキー
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:中村 宇一
出版社:近代文芸社
ページ数:188

おすすめ度:★★★☆☆




プーシキン晩年の散文による小説がこの『ドゥブロフスキー』である。
未完の作とのことらしく、プーシキンの作品の中であまり知られているとは言えないが、中編小説程度の長さはあり、現在我々が目にすることのできる結末を物語の結末ととらえてもさほど違和感はないようにも感じられるので、プーシキンに興味のある方であれば『ドゥブロフスキー』は一読の価値がある作品と言えるのではなかろうか。
権力を笠に着て我意を押し通す大地主と、それに対抗する人々が描かれているあたりに、プーシキンらしさを見て取ることもできるに違いない。

退役将校であるドゥブロフスキーは、横柄なことで知られている近所の権勢家トロエクーロフと誰もがうらやむほど気が合い、頻繁に互いの家を行き来するほどの間柄だった。
しかしある日、些細なことから喧嘩が始まり、怒ったトロエクーロフの策謀によってドゥブロフスキーは領地を丸ごと取り上げられてしまうこととなる。
憔悴し、死の迫ったドゥブロフスキーの下へ、ペテルブルクで近衛隊の士官として勤めていた息子が呼び出され・・・。
ドゥブロフスキーが「合法的」に領地を奪われるくだりは、実際に起きた訴訟を基にしているらしい。
本書には時折ユーモアも見受けられるが、不正に対するプーシキンの怒りと嘲笑を含んでいるようで、どこか辛辣なものとなっている。

訳者がロシア文学の専門家ではないからか、本書の解説は非常にあっさりとしていて、読後に執筆の背景などを詳しく知りたい方は物足りなく感じられるかもしれない。
また、文字サイズなどは読みやすいものの、文章量の割りに誤植が多いようにも感じられる。
そうはいっても、ほとんど脚光を浴びることのないプーシキン晩年の未完の作品を訳出してくれたことには感謝の念を抱くべきだろうし、プーシキンに関心のある方にはお勧めの一冊だ。

『ボリス・ゴドゥノフ』 プーシキン(岩波文庫)

ボリス・ゴドゥノフ (岩波文庫)ボリス・ゴドゥノフ (岩波文庫)

書名:ボリス・ゴドゥノフ
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:佐々木 彰
出版社:岩波書店
ページ数:136

おすすめ度:★★★★




散文、詩、戯曲など、様々な分野で幾多の傑作を残したプーシキンだが、そんな彼の戯曲方面における代表作が史劇であるこの『ボリス・ゴドゥノフ』だ。
舞台となっている時代は1600年前後と、日本でいえばちょうど戦国時代から江戸幕府へと連なる戦乱期だが、その頃ロシアも帝位が大きく揺らぐ動乱時代を迎えていた。
ゴドゥノフ家をめぐる帝位争奪戦は、日本でよく知られたテーマであるとは言えないだろうが、それだけにプーシキンが盛り込んだ理念を読み解くだけでなく、戯曲自体の展開がどうなるのかも含めて大いに楽しめる作品になっているように思う。

本来の帝位継承者の殺害を命じたことが広く知れ渡っているという、いわく付きの帝位に収まっているボリス・ゴドゥノフ。
皇帝の位に就いて数年の時が流れていたある日のこと、死んだはずの帝位継承者を名乗る男が姿を現し、ゴドゥノフ朝を転覆せんとモスクワに向けて進軍を開始する・・・。
皇帝や貴族、軍人や聖職者から果ては平民に至るまで、皇帝と「帝位継承者」を取り巻く人々の思惑の入り乱れる様が描かれているが、それでいて一つの戯曲としては非常によくまとまっているのではなかろうか。

『ボリス・ゴドゥノフ』は、他の作家の戯曲と比べると場面がとても細かく割られていて、場面は宮殿から戦場へ、モスクワからポーランドへとめまぐるしく転々とすることになるが、登場人物の台詞に冗長さは見られず、劇としてのスピード感は随一である。
もし『ボリス・ゴドゥノフ』を実際に舞台にかけるとなると、そのスピード感を失うことなく上演するのは至難の業であるに違いなく、演出家の腕の見せ所となることだろう。
プーシキンの『ボリス・ゴドゥノフ』を基に、ムソルグスキーがオペラ化した作品もあるようなので、興味のある方はそちらも鑑賞いただければと思う。

プーシキンにとっては珍しくないテーマである皇帝への反抗を扱った『ボリス・ゴドゥノフ』は、執筆当時、検閲をパスすることができず、初演の日を迎えるには数十年の時が必要であったらしい。
中古でしか手に入らない本ではあるが、プーシキンの問題作の一つとして、プーシキンに興味のある方には強くお勧めしたい作品だ。

『いやいやながら医者にされ』 モリエール(岩波文庫)

いやいやながら医者にされ (岩波文庫 赤 512-5)いやいやながら医者にされ (岩波文庫 赤 512-5)
(1962/01/16)
モリエール

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書名:いやいやながら医者にされ
著者:モリエール
訳者:鈴木 力衛
出版社:岩波書店
ページ数:109

おすすめ度:★★★★




ドン・ジュアン』や『孤客―ミザントロオプ』などといった名高い傑作喜劇を続々と仕上げていた、いわば脂ののりきっている状態にあったモリエールによって書かれた喜劇の一つがこの『いやいやながら医者にされ』である。
愉快な思いをしようと劇場に足を運んだのが観客たちであるから、『孤客―ミザントロオプ』のような多分に文学的な作品は、いかに人物造形や性格描写が優れていても万人に受け入れられる作品ではなかった。
その点、この『いやいやながら医者にされ』はそもそも観客受けを狙って書かれた作品なので、文学作品としての奥深さには欠けるものの、そのストーリーの面白さ、テンポの良さは抜群である。
何しろさらさら読める滑稽な作品なので、気軽に手にしていただきたいと思う。

『いやいやながら医者にされ』の主人公スガナレルは、医学の知識など聞きかじった程度しか持っていない粗暴な木こりである。
彼にぶたれたその妻は仕返しの機会を窺っていたが、ひょんなことからスガナレルを医者に仕立て上げることを思い付き・・・。
恋あり、夫婦喧嘩あり、さらに医者に対する辛辣な皮肉ありと、『いやいやながら医者にされ』は、モリエールらしいファクターを数多く備えた作品である。
そういう意味では、非常に典型的なモリエール作品の一つと言えるに違いない。

『いやいやながら医者にされ』は「喜劇」と紹介されることが多いようだが、これを「笑劇」と呼んでもさほど差し支えはないはずだ。
それぐらいにドタバタ感が強く打ち出されている作品となっており、ストーリーの展開にも読者を釘付けにする勢いがある。
そのくせ作品自体が短いのであっけなく読み終わってしまうのだが、本書の読者は皆、愉快な時を過ごさせてくれたモリエールに感謝の念を抱くのではなかろうか。

『ジプシー・青銅の騎手―他二篇』 プーシキン(岩波文庫)

ジプシー・青銅の騎手―他二篇 (岩波文庫)ジプシー・青銅の騎手―他二篇 (岩波文庫)

書名:ジプシー・青銅の騎手―他二篇
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:蔵原 惟人
出版社:岩波書店
ページ数:311

おすすめ度:★★★☆☆




プーシキンの長編詩4作品を収録したのが本書『ジプシー・青銅の騎手―他二篇』で、「他二篇」とは『バフチサライの噴水』と『ポルタワ』を指している。
作家生活を送った年月が限られていたとはいえ、プーシキンの初期の作品と後期の作品が一冊になっているため、注意深い読者であれば本書から作風の変遷も汲み取ることができるかもしれない。
そうはいっても、収録作品はいずれも叙事詩であるため、単にストーリーを追って読んでいくだけでも十分楽しめることだろう。

初期の作品である『バフチサライの噴水』と『ジプシー』は、一方はクリミヤの旧都を訪れた際に目の当たりにした哀愁漂う「バフチサライの噴水」を、他方は追放中に親しく交わる機会のあった自由奔放な「ジプシー」達をうたった詩であるため、どちらもプーシキンが追放の身であったからこそ生まれた作品と言えるだろう。
後世の一読者の勝手な空想であることは重々承知の上だが、プーシキンが追放の憂き目に遭うことがなければ、彼の作品世界は現在我々が鑑賞できているものより一回り小さなものになっていたのかもしれない。

『ポルタワ』と『青銅の騎手』は、共にピョートル一世にまつわる物語という点で共通している。
本書の収録作品の中で最長となる『ポルタワ』は、皇帝に対するマゼパの反乱をテーマにした、いかにもプーシキンらしい主題の選択がなされている作品で、およそ120ページに及ぶということからも本書の中で最も読み応えがある作品の一つなのではなかろうか。
それに比べて『青銅の騎手』の方は、紙幅でこそその3分の1程度であるが、濃密な構成と凝縮された筋の運びの巧みさに、プーシキン晩年の作としての完成度の高さを垣間見ることができる。

初版が古い岩波文庫の常で、『ジプシー・青銅の騎手―他二篇』にも旧漢字がいくつか用いられている。
『青銅の騎手』に関しては読みやすい新訳が『青銅の騎士』との表題で出されていて、こちらは『モーツァルトとサリエーリ』、『石の客』などを含む戯曲集『小さな悲劇』も合わせて収録されているため、旧漢字に抵抗のある方にはそちらをお勧めしたい。
とはいえ、収録作品のすべてが重複しているわけではないので、プーシキンに興味のある方であれば両方手にする価値のある本であるように思う。

『青銅の騎士』 プーシキン(ロシア名作ライブラリー)

青銅の騎士 (ロシア名作ライブラリー)青銅の騎士 (ロシア名作ライブラリー)

書名:青銅の騎士 モーツァルトとサリエーリほか
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:郡 伸哉
出版社:群像社
ページ数:189

おすすめ度:★★★★




表題作のほかに、『モーツァルトとサリエーリ』、『石の客』などから成る戯曲集『小さな悲劇』を合わせて訳出したのが本書『青銅の騎士』である。
『青銅の騎士』はプーシキンの物語詩の中では代表的なものに数えられるし、小品を集めた『小さな悲劇』も、モーツァルトの毒殺説やドン・ファン伝説といったたいていの読者が強く引き付けられるテーマを扱っているので、プーシキンの戯曲や物語詩の方面に興味のある方には非常にお勧めだ。

「青銅の騎士」とは、サンクト・ペテルブルグの建設者であるピョートル大帝の騎馬像を指している。
大規模な洪水が頻発するという、地理的には決して都市を構えるのに好適ではない位置に築き上げられたペテルブルグの、洪水にまつわる悲しい物語が『青銅の騎士』である。
相手が騎馬像とはいえ、今は亡き皇帝の姿をかたどったものであるから、詩人がその騎士に対して言及する際にも、厳しい検閲の目にさらされていたプーシキンの筆に自由奔放さを望むことはできないが、悲哀の色調は見事に描き出されていて十分読み応えがある。

プーシキンが生前にまとめて出版したというわけではないにせよ、慣例として『小さな悲劇』と呼ばれている作品群は、『モーツァルトとサリエーリ』、『ペスト蔓延下の宴』、『けちな騎士』、『石の客』の4編から成っている。
『モーツァルトとサリエーリ』はモーツァルトの毒殺疑惑をテーマにしたもの、『ペスト蔓延下の宴』はそのタイトルのとおりペストが流行する下で遊び呆ける人々を描いたもの、『けちな騎士』は金銭がらみの親子の不和を主題としたもの。
そして『石の客』は伝説的なスペインの遊蕩貴族ドン・ファンを扱ったもので、モリエールの『ドン・ジュアン』と合わせて読まれることを強くお勧めしたい作品だ。
いずれも数十ページという短いものなのでさらりと読み終わってしまうが、おそらく読者はすべての悲劇に共通する諧調のようなものを感じ取り、しみじみとした気持ちにさせられるのではなかろうか。

『青銅の騎士』はかつて岩波文庫からも出されていたが、訳文も少々古く、まして新品は流通していないのが現状だ。
その点、これまであまり読みやすいかたちで訳出されることのなかった『小さな悲劇』と合わせて一冊になっている本書は、プーシキンに興味のある方には歓迎される本であるに違いない。

『大尉の娘』 プーシキン(岩波文庫)

大尉の娘 (岩波文庫)大尉の娘 (岩波文庫)

書名:大尉の娘
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:神西 清
出版社:岩波書店
ページ数:310

おすすめ度:★★★★★




プーシキン晩年の散文による長編小説がこの『大尉の娘』である。
『大尉の娘』が出版されて数か月後に、プーシキンは決闘の際に受けた傷ゆえにこの世を去ることになったため、『大尉の娘』は期せずしてプーシキン最後の作品となってしまった。
齢半ばで生を終えたプーシキンの場合、「円熟期」という表現は適当ではないかもしれないが、いすれにしても『大尉の娘』が非常に読み応えのある作品に仕上がっていることは間違いなく、プーシキンの全作品を見渡してみても、最も優れたものの一つに数えられるように思う。

『大尉の娘』は、その出版からさかのぼることおよそ60年前、皇帝に反旗を翻したプガチョフの乱を題材にした物語である。
多くの歴史小説の常で、『大尉の娘』も史実と創作とが混在しており、そこが文学作品としてのリアリティを強め、読者の興味を惹きつける点でもあるのだろうが、それらの長所を度外視してもなお、『大尉の娘』は面白く読める作品となっている。
人と人とが互いに引き寄せ合う力とそれを引き離そうとする力、控えめな「大尉の娘」と粗暴なコサック、そして生と死。
様々な対立軸の中で進んでいく物語は、読者の心をつかんで離さないに違いない。

文学作品の素材として、皇帝の圧政に反抗して兵を挙げたプガチョフを取り上げるというのは、それでなくとも権力筋からにらまれていたプーシキンにとっては、命懸けの綱渡りのようなものであったろう。
作品からはしばしば陰鬱な雰囲気が感じ取られることがあるが、ひょっとするとそれも晩年のプーシキンが置かれていた逆境が落とした影なのかもしれない。

私自身は古い版で読んだので新しいものは確認していないのだが、岩波文庫版の『大尉の娘』は2006年に改版となり、いっそう読みやすくなったようだ。
『大尉の娘』であればそれだけ読者を獲得できるものと考えられてのことだろうが、その判断は誤っていないように思う。
プーシキンに興味のある方であれば必ずや押さえておきたい作品であるし、プーシキンの作品に初めて接するという方にもお勧めの一冊だ。

『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』 ゴーゴリ(岩波文庫)

イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話 (岩波文庫)イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話 (岩波文庫)
(1928/11/30)
ゴーゴリ

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書名:イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:原 久一郎
出版社:岩波書店
ページ数:110

おすすめ度:★★★☆☆




ウクライナを舞台とした作品集『ミルゴロド』のうちの一編が、この『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』である。
それぞれ作風の異なる作品を集めた『ミルゴロド』において、『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』は、最もユーモアに富んだ物語に仕上がっているのではなかろうか。
検察官』や『』を読んでゴーゴリに魅了された方であれば、必ずや楽しむことのできる作品であるように思う。

これまで仲睦まじく暮らしていたイワーン・イワーノウィッチとその隣人であるイワーン・ニキーフォロウィッチだったが、些細なことから激しい言い争いになってしまう。
彼らが備えていた人の好さはどこへやら、どちらも相手の怒りを煽り立てる一方で、争いは裁判沙汰にまでなり・・・。
物語は民話や寓話のような安心感ある雰囲気の中で進んでいくため、とても喧嘩を軸にした物語とは思えないほどである。
長いけれどもその意味するところはきわめてシンプルなタイトルからして、すでに滑稽味と人間味がにじみ出ているようにも感じられるが、そういう意味ではタイトルから期待されるとおりの内容の小説と言ってもいいのかもしれない。
ゴーゴリ全集〈第2巻〉ミールゴロド (1977年)ゴーゴリ全集〈第2巻〉ミールゴロド (1977年)
(1977/03)
不明

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隊長ブーリバ』、『昔気質の地主たち/ヴィー』に『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』を合わせた四編が、作品集『ミルゴロド』の全収録作品である。
本来であれば手頃に入手できるはずの文庫本である後者二冊がいずれも品薄で、なおかつ仮名遣いが改められていないため、『ミルゴロド』は右の全集版で読むのも悪くないように思う。
私自身はその中身を確認したことはないのだが、出版年からすればさほど読みにくさを感じることはないだろうし、中古品のみの流通なので確かなことは言えないものの、場合によっては少々高額に思える全集版一冊の方が定価以上で売られている文庫本数冊を買い集めるより結局は安くつくのかもしれない。

その表題の文字数が、いかに岩波文庫の歴史が長いとはいえ最多なのではなかろうかと思われる『イワーン・イワーノウィッチとイワーン・ニキーフォロウィッチとが喧嘩をした話』だが、作品自体はとても読みやすい分量で、コミカルなストーリー展開は読者に次のページを繰らせてやまないことだろう。
仮名遣いの古さという欠点を補って余りあるほど面白い物語なので、ゴーゴリに、特にゴーゴリのユーモアセンスに興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)』 ゴーゴリ(岩波文庫)

昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖) (岩波文庫 赤 605-9)昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖) (岩波文庫 赤 605-9)
(1934/03/25)
ゴーゴリ

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書名:昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)
著者:ニコライ・ゴーゴリ
訳者:伊吹山 次郎
出版社:岩波書店
ページ数:126

おすすめ度:★★★☆☆




ゴーゴリの生地、ウクライナを舞台にした作品集、『ミルゴロド』の中の二編を収録したのが本書『昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)』だ。
執筆年代も同じで、舞台も同じウクライナに設定されているとはいえ、『昔気質の地主たち』と『ヴィー』とは作品から受ける印象が相当違っており、同じ作品集に収められた『隊長ブーリバ』ともまるで趣を異にするので、ゴーゴリの作品を幅広く味わいたい方には非常にお勧めの一冊と言えるように思う。

本書の表題作である『昔気質の地主たち』は、のんきで平和な地主夫婦を扱った物語だ。
長年連れ添ってきた人好きのする二人は何不自由ない幸せな日々を送っているが、その陰で使用人たちには彼らの財産がいいようにかすめ取られている。
実務家としての才能はまったく評価できないし、彼らの趣味や知性も優れているとは言い難いが、読者は人間的魅力に富んだ素朴な二人を憎むことができないのではなかろうか。

一方『ヴィー』の方はというと、超自然的な現象を扱った、ある意味で非常にゴーゴリらしい幻想的な作品となっている。
「地妖」というあまりなじみのない語から成る副題によっても察せられるかもしれないが、不気味な雰囲気が読者を引き付ける物語である。
個人的には『昔気質の地主たち』より『ヴィー』の方がよくできている作品であるように感じられたのだが、一方は心温まる作品、他方は肝を冷やす作品ということで、二作品の傾向がまったく異なるため、比較対照が難しいのも事実だ。

本書『昔気質の地主たち―付・ヴィー(地妖)』は、巻頭に添えられた訳者によるはしがき部分で、話の落ちがずいぶんあっさりと明かされてしまう。
特に『ヴィー』のような幻想譚の部類に入る作品の場合は、物語の結末が読者の最大の関心事となるように思うので、はしがきは飛ばして本文から先に読まれることをお勧めしたい。
出版年が古く、改版が行われていないために幅広い読者に受ける本であるとは思えないが、ゴーゴリに興味のある方で、旧仮名遣いに抵抗のない方はぜひ手にしてみていただきたいと思う。

『フィエスコの叛乱』 シラー(岩波文庫)

フィエスコの叛乱 (岩波文庫)フィエスコの叛乱 (岩波文庫)
(1953/06/15)
シラー

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書名:フィエスコの叛乱
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:野島 正城
出版社:岩波書店
ページ数:227

おすすめ度:★★★☆☆




シラーの処女作であり、熱烈な歓呼によって迎えられた『群盗』に続く、シラーの二作目の戯曲作品がこの『フィエスコの叛乱』だ。
原題は"Die Verschwörung des Fiesco zu Genua"で、本作の舞台となるジェノヴァの名前が入れられており、叛乱そのものは実際にジェノヴァで起きた出来事である。
マリア・ストゥアルト』などのように、物語の大枠としては史実に基づいた戯曲であるが、シラー自身が序で述べているとおり、いくらか故意に改変されている部分もあり、その改変が時折肝心なところでドラマ性に欠けることのある現実世界に、ささやかな劇的効果を添えていると言えるのではなかろうか。

『フィエスコの叛乱』の舞台は、1547年のジェノヴァに設定されている。
ドイツと結び、国内での支配力を急激に強めていくドリア家に、共和主義者たちは反感を強めていたのだが、一味の首謀者となることさえ期待されていた人望厚きフィエスコ伯はといえば、美しき妻をよそに、ドリア家に連なる一人の蓮っ葉女に熱を上げている始末・・・。
フィエスコの性格や意図は必ずしも一枚岩ではないように感じられ、それだけ深みのある登場人物とも取れるが、それと同時に、少しふわふわとしたつかみどころがない主人公に思われることもあるかもしれない。
いずれにしても、叛乱というテーマも重なり合って、おそらく読者の脳裏にはシラー後期の傑作『ヴァレンシュタイン』が想起させられるに違いない。

『フィエスコの叛乱』のストーリーの展開にはシュトゥルム・ウント・ドラング期を象徴するかのような勢いが感じられ、細かく区切られた場面分けも読み手にスピード感を与えている。
ただ一つ難を言うとすれば、版の古い本書には旧漢字が多数用いられているので、それに慣れない方は戯曲としての勢いが自ずと削がれることが予想されるという点だろうか。
そうはいっても、シラーの初期の傾向が如実に反映された『フィエスコの叛乱』は、彼の代表作として脚光を浴びることの少ない作品であるとはいえ、政治的自由を謳歌してやまないシラーの戯曲に興味のある方は必ずや楽しめるはずの一冊であるように思う。

『マリア・ストゥアルト』 シラー(岩波文庫)

悲劇マリア・ストゥアルト (岩波文庫 赤 410-6)悲劇マリア・ストゥアルト (岩波文庫 赤 410-6)
(1957/06/25)
シラー

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書名:マリア・ストゥアルト
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:相良 守峯
出版社:岩波書店
ページ数:235

おすすめ度:★★★★




シラー後期の悲劇作品の一つがこの『マリア・ストゥアルト』だ。
日本ではあまりなじみのない名前である「マリア・ストゥアルト」にピンとこない方も多いだろうが、それが悲劇の女王メアリー・ステュアートのドイツ語読みであると聞けば、本書に興味の湧いてくる方も多いのではなかろうか。
ヴァレンシュタイン』と同様、史劇に分類される作品ではあるが、ヴァレンシュタインの物語よりエリザベスとメアリーの確執の方がはるかによく知られたエピソードであろうから、日本の読者にも受け入れられやすい作品ではないかと思う。

『マリア・ストゥアルト』は、虜囚の身に陥り死刑の宣告が下ったマリアの、最後の数日間に焦点を絞りこんでいる。
あとはエリーザベットが刑の執行を命じるだけという、生死の瀬戸際に立たされたマリアだったが・・・。
シラーの史劇はあくまで史実を題材とした戯曲であり、『マリア・ストゥアルト』においても劇的効果を演出するための創作部分が若干見られるようだ。
しかしそのような史実との相違こそ、戯曲家としてのシラーの意図が透けて見えるため、いっそう興味深い部分となってくるのではなかろうか。
エリザベス : ゴールデン・エイジ [DVD]エリザベス : ゴールデン・エイジ [DVD]
(2008/08/06)
ケイト・ブランシェット、ジェフリー・ラッシュ 他

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右は『マリア・ストゥアルト』においても重要な役割を果たすエリザベスを描いた映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』で、メアリー処刑のエピソードが比較的大きく取り上げられているため、『マリア・ストゥアルト』の関連作品として紹介したい。
近年の映画作品全般に共通して言えることだが、この『エリザベス:ゴールデン・エイジ』もエリザベスを単に剛毅で冷酷な女王としてとらえるのではなく、一個の人間としての弱みや逡巡をも含めて描き出されていて、どこかシラーと視点が近いようにも感じられる。
そういう意味では、シラーの人間観や歴史観は200年を経た現在のそれとさほど異なったものではないのかもしれない。

今日の読者が読んでも十分楽しめるはずのシラー作品の出版事情は、決して恵まれているとは言えない。
この『マリア・ストゥアルト』も中古でしか手に入らない状態が続いているが、シラーの戯曲家としての円熟した技量が存分に発揮された非常に読みごたえのある作品なので、シラーに興味のある方には強くお勧めしたい一冊だ。

『プーシキン詩集』 プーシキン(岩波文庫)

プーシキン詩集 (岩波文庫)プーシキン詩集 (岩波文庫)

書名:プーシキン詩集
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:金子 幸彦
出版社:岩波書店
ページ数:218

おすすめ度:★★★☆☆




ロシアの国民的詩人と呼ばれるプーシキンの詩、100作品以上を一冊にまとめたものがこの『プーシキン詩集』である。
決闘によって30代後半にて落命することとなり、詩人として天寿を全うしたとは言い難いプーシキンだが、本書はそんな彼の約20年にわたる作品を収めているので、詩人としての活躍期はほぼすべてを網羅していると言える。
翻訳という作業を経たことで読者がプーシキンの音感を読み取ることは不可能だが、彼が自らの詩に盛り込んだ人間性を称揚する理念はひしひしと伝わってくるので、本書の読者であればプーシキンが国民的詩人と言われていることもうなずけるのではなかろうか。

『プーシキン詩集』には、詩作品の定番とも言うべき恋愛抒情詩も多数収録されているが、プーシキンに特徴的なものとして読者の目を引くのは政治的自由をうたったものではなかろうか。
そのような思想を持ち、それを詩作品として公表していたのでは、絶対的な元首としてのツァーリを戴く政府から目を付けられるのは当然の成り行きというもので、プーシキンは地方へと事実上追放されることとなる。
そして同じく時の皇帝によって追放の身となっていたローマ時代の詩人オウィディウスに自らの境遇を重ね合わせて書いた作品も、プーシキンらしさの強い非常に興味深いものと言えるはずだ。

これはプーシキンに限ったことではないが、詩人の心の中からあふれ出す言葉を紡いだ詩作品は、詩人の伝記的事実を色濃く反映していることが多く、プーシキンの場合もその例外ではない。
本書『プーシキン詩集』は、巻末に付された解説を先に読んでおいてプーシキンの生涯を把握しておくというのも一つの読み方として悪くないように思う。

愛を、そして自由をうたい、時折垣間見える風景は雄大な北の大地を髣髴とさせる。
きわめてプーシキンらしく、さらに言えば非常にロシアらしい詩集として、ロシア文学に興味のあるすべての方にお勧めしたい一冊だ。

『スペードの女王・ベールキン物語』 プーシキン(岩波文庫)

スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)

書名:スペードの女王・ベールキン物語
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:神西 清
出版社:岩波書店
ページ数:301

おすすめ度:★★★★★




詩人として紹介されることの多いプーシキンによる、代表的な散文作品を収録したのが本書『スペードの女王・ベールキン物語』である。
各々の単語の持つ音の響きなどがきわめて重要な意味を持つ詩作品と比べれば、散文作品の方がいっそう容易にロシア人が感じ取っているところのプーシキンの魅力に迫ることができるに違いない。
プーシキンに興味のある方には、『オネーギン』と合わせて、物語性の強い作品群である『スペードの女王・ベールキン物語』を強くお勧めしたいと思う。

『スペードの女王』は、主人公が賭場でトランプの絵札が笑うのを目撃するというところから始まる不可思議な物語だ。
非常に読みやすい文体で書かれており、筋書きの面白さだけで読者を引っ張っていってくれる作品でもあるので、古典的名作を読むのだという覚悟をすることなしに、読み物として純粋に楽しむことができるだろう。
幻想性に富んだ作風には、当時一世を風靡していたホフマン流の影響が見受けられ、また出版年が程近いゴーゴリの幻想的な作品への影響も察せられるなど、非常に時代性を感じさせる作品ともなっている。

一方、『ベールキン物語』は、「その一発」、「駅長」、「吹雪」など、5編の短編からなる短編集で、こちらもすべて非常に読みやすい作品だ。
『ベールキン物語』というくくりは与えられているものの、内容の結びついた明確な連作というわけではない。
それぞれの短編を比較して味わうのも興味深いはずなので、各々の読者は自らの嗜好に沿ってお気に入りの一作を見つけていただければと思う。

ロシア文学における名訳者として名高い神西清氏の翻訳による『スペードの女王・ベールキン物語』は、これまでに幾度も再版を重ねていて、さらには『オネーギン』同様、数年前に改版も行われたようである。
比較的短めの作品を集めた文庫本ということもあり、プーシキンの全作品の中で最もとっつきやすい一冊と言っても間違いではないように思う。
そしていまだに日本で多くの人に読まれ続けているということ自体が、本書の読みやすさ、面白さを何よりも如実に明かしていると言えるのではなかろうか。

『オネーギン』 プーシキン(岩波文庫)

オネーギン (岩波文庫 赤604-1)オネーギン (岩波文庫 赤604-1)

書名:オネーギン
著者:アレクサンドル・プーシキン
訳者:池田 健太郎
出版社:岩波書店
ページ数:232

おすすめ度:★★★★★




近代的なロシア文学を築き上げるに当たって多大な功績のあった国民詩人、アレクサンドル・プーシキンの代表作がこの『オネーギン』だ。
原題は『エヴゲーニイ・オネーギン』で、現在ではその表題を掲げている訳書も増えてきているが、岩波文庫版では古くから『オネーギン』とされている。
原文が韻文で書かれた小説であるため、翻訳のスタイルも訳者によって分かれてくるが、この岩波文庫版では散文訳が採用されており、また2006年に改版になったということもあり、非常に読みやすい一冊となっているように思う。

あらすじに関するネタばれは極力避けるようにはしているものの、『オネーギン』を語る上で、右のレーピンによる『オネーギンとレンスキー』を紹介せずにはいられない。
財産はあるが無為な日々を送っているエヴゲーニイ・オネーギンが、友人と決闘をする仕儀となった場面を描いた有名な一幅だ。
どちらかが命を落としかねない決闘という場面は必然的に悲哀と緊張感を漂わせるが、プーシキン自身が『オネーギン』発表の数年後に決闘で果てることとなったという事実を知る後世の読み手としては、オネーギンの決闘の場面にはいっそう感慨深いものがあるだろう。

オネーギンは、レールモントフの『現代の英雄』やツルゲーネフの『ルーヂン』へと連なる、いわゆる「余計者」の典型像でもある。
そして生きがいや確固たる信念を持たない若者の姿は、必ずしも19世紀的な過去の遺物と捨て切れないのではなかろうか。
そういう意味では、本書で取り上げられる恋愛感情をも含めて、『オネーギン』で描かれた心象風景はまったく古びていないと言えると思う。

初期のロシア文学を代表する作家、プーシキンの代表作ということで、『オネーギン』はいわばロシア文学草創期を代表する作品ともなっている。
オネーギンの生き様は今も昔も読者の心に何かしらを訴えかける力を秘めているように思われるし、ロシア文学の系譜の上でも重要視されてしかるべき作品でもあるため、ロシア文学に興味のある方にはぜひ一読をお勧めしたい。

『サラムボー フローベール全集〈第2〉』 フローベール(1966年)

フローベール全集〈第2〉サラムボー (1966年)フローベール全集〈第2〉サラムボー (1966年)
(1966)
不明

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書名:サラムボー フローベール全集〈第2〉
著者:ギュスターヴ・フローベール
訳者:田辺貞之助
出版社:筑摩書房
ページ数:368

おすすめ度:★★★★




ローマなどの外敵と血を血で洗う抗争を繰り広げていた、紀元前三世紀のカルタゴを舞台にしたフローベールの長編小説がこの『サラムボー』だ。
ボヴァリー夫人』や『感情教育』の読者であればその舞台設定に意外の念を覚えられるかもしれないが、『聖アントワヌの誘惑』や『三つの物語』の中の『ヘロディアス』の読者であれば、いかにもフローベールらしい作品の一つとして読むことができるのではなかろうか。
事実、フローベールには中近東やアフリカを舞台にした作品が多いのであって、『聖アントワヌの誘惑』が夢幻劇風の作品であり、『ヘロディアス』が短編作品であることを思えば、フローベールの全作品の中で最も強くアフリカ色が打ち出されているのはこの『サラムボー』ということになるはずだ。

カルタゴのために命を賭して戦った傭兵たちだったが、財政難にあるカルタゴには約束を履行するだけの金銭的余裕がない。
荒くれものたちから成る傭兵たちの不満はピークに達し、カルタゴのとある屋敷で傍若無人な饗宴を開いていたところ、その屋敷に住まう美しき乙女、サラムボーが姿を現す。
見る者すべてが魅了されるその美しさは、様々な幸不幸ももたらすに違いない・・・。

『サラムボー』に対しては、フローベールの客観的文体には時代背景を説明する語句が乏しいため、カルタゴの歴史等に関する予備知識がないとわかりにくいとの指摘がされているようだ。
また、町や部屋の様子、服装や宝飾品の描写が多いため、ストーリーがすらすら進んでくれることを期待する読者には不向きな作品かもしれない。
しかし、アングルやドラクロワの絵画を眺めているかのようなオリエンタリズム風の描写を楽しめる方には、『サラムボー』は無数の美的情景を与えてくれる、長く記憶に留まる傑作の一つとなることだろう。

現時点ではまだ全集でしか読むことのできない『サラムボー』には、付録としてサント=ブーヴへの手紙なども収録されている。
作品の質や内に秘めた魅力などを思えば、単行本化もしくは文庫本化されていないことが不思議でならないが、多少出版年の古い全集版とはいえ、『サラムボー』は訳文もとても読みやすいので、フローベールに興味のある方にはぜひ読まれることをお勧めしたい一冊だ。

『三つの物語』 フローベール(岩波文庫)

三つの物語 (岩波文庫)三つの物語 (岩波文庫)
(1940/06/18)
フローベール

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書名:三つの物語
著者:ギュスターヴ・フローベール
訳者:山田 九朗
出版社:岩波書店
ページ数:215

おすすめ度:★★★★




フローベール晩年の作品集がこの『三つの物語』で、その表題のとおり三つの短編作品が収められている。
ブヴァールとペキュシェ』を執筆中だったフローベールが金策のために手掛けた作品集ということらしいが、時代や舞台のまったく異なるストーリーを集めた『三つの物語』は、それまで幅広い地域・年代を小説の題材にしてきていたフローベールらしさを一冊の本で味わうことも可能となっているため、フローベールに関心のある方には非常にお勧めできる作品だ。

『三つの物語』の収録作品は、『まごころ』、『聖ジュリアン伝』、『ヘロディアス』の三つ。
『まごころ』は、19世紀フランスの純朴な一人の女の生涯を描いたもので、フローベールの的確な筆さばきが非常に冴えわたっている。
一方、『聖ジュリアン伝』は中世に生きた聖人、聖ジュリアンの生涯を描いたものとなっていて、フローベールの生地であるルーアンの大聖堂にあったステンドグラス「聖ジュリアン一代記」をインスピレーション源とした作品だ。
そして『ヘロディアス』はというと、数多くの画家によっても題材とされてきた「サロメ」のテーマを扱ったもので、どういう経緯でサロメの母であるヘロディアスがヨハネの首を求めることになったのかも含めて詳細に描かれているので、ワイルドの『サロメ』の解説的な作品として読むのも悪くないと思う。
こちらもルーアンの大聖堂にサロメの舞いとヨハネの斬首をテーマにした彫刻があったようで、「聖ジュリアン一代記」と合わせて巻頭にその写真が掲載されている。
三つの物語 (福武文庫)三つの物語 (福武文庫)
(1991/11)
ギュスターヴ フロベール、太田 浩一 他

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右に示すように、『三つの物語』は福武文庫からも出されていたようだ。
私自身はその中身を確認したことがないのだが、出版年が1991年と比較的新しいことから、旧仮名遣いが用いられている岩波文庫版より読みやすいのではないかと思われる。
いずれも中古品でしか入手できないという状況に違いはないが、読みやすさを求める方は福武文庫版の方がベターかもしれない。

『三つの物語』は、フローべールが生前に刊行した最後の作品となっている。
執筆環境が恵まれることこそなかったが、多くの作家から文豪の一人として認められるに至った晩年のフローベールの作品ということで、作品の質に関してはある種の折り紙つきと言えるのではなかろうか。
文章量も手頃な作品集であるので、気軽に手に取っていただければと思う。

『町人貴族』 モリエール(岩波文庫)

町人貴族 (岩波文庫 赤 512-6)町人貴族 (岩波文庫 赤 512-6)
(1955/12/05)
モリエール

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書名:町人貴族
著者:モリエール
訳者:鈴木 力衛
出版社:岩波書店
ページ数:129

おすすめ度:★★★★★




モリエールの代表作の一つに数えられる『町人貴族』。
原題は"Le Bourgeois Gentilhomme"で、成り上がりのブルジョワが貴族趣味を真似て自らを高尚に見せようと苦心するものの、随所で俗物としての馬脚を表してしまうというおかしみを背景に、ストーリーが展開していく。
劇の構成などはモリエールの喜劇に典型的なものであり、モリエールの作風を知る上で格好の作品ともなっているので、彼の傑作の一つとして幅広い読者層にお勧めできる。

貴族と親しく付き合っていると思い込んではいるものの、実はただ都合のいい金づるになっているに過ぎない金満家のブルジョワ、ジュールダン。
ただただ貴族的に生きることだけを願い、娘の結婚相手も貴族でなければならないと決め込むものだから、相思相愛の若い二人には前途多難というものである。
そこで結婚を許してもらうために一計を案じることとなり・・・。

守銭奴』のアルパゴンと同様、『町人貴族』で一家の主人役を務めるジュールダンは、劇中でただ一人、自らの妄念に夢中になるあまり、周囲の人間が仕組んだ策略にまんまとはめられることとなる。
周りが見えなくなっているジュールダンの姿が非常に愚かで滑稽であるのは事実であるが、中には同時に少し可哀そうな気がする読者もいるかもしれない。
彼は貴族階級に心の底から恋焦がれている変人ではあるものの、決して悪人というわけではなく、人間的な魅力まで失った人物ではないので、ひょっとすると彼がだまされている光景に100%の痛快さを求めることは難しいのだろうか。

オスマン・トルコからの使節に腹を立てたルイ14世がトルコを嘲弄するような作品の制作をモリエールに命じたという経緯もあり、『町人貴族』はルイ14世のお気に入りの作品であったらしい。
そうはいっても、晩年のモリエールの筆が、『町人貴族』を個人的な意趣返しの域をはるかに超えた優れた作品に仕上げていることは疑いようもない。
新品での入手も容易なので、モリエールのファンであればぜひ読んでみていただきたい一冊だ。

『スカパンの悪だくみ』 モリエール(岩波文庫)

スカパンの悪だくみ (岩波文庫 赤 512-8)スカパンの悪だくみ (岩波文庫 赤 512-8)
(2008/12)
モリエール

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書名:スカパンの悪だくみ
著者:モリエール
訳者:鈴木 力衛
出版社:岩波書店
ページ数:116

おすすめ度:★★★★




モリエール晩年の傑作の一つに数えられるのがこの『スカパンの悪だくみ』だ。
孤客』や『ドン・ジュアン』のような深みこそないが、テーマの単純明快であることが戯曲としての愉快さを増しているように思われる。
そして事実、ストーリー展開の面白さはモリエールの作品中でもトップクラスであり、どう評価するかは読者次第であるとはいえ、退屈な印象を受けることだけはないはずだ。

『スカパンの悪だくみ』は、父親に結婚を許してもらえない青年を助けようと、とんちの利いた下男のスカパンが一肌脱ぐという筋書きであるから、必ずしも「悪だくみ」という表現が的を射ているとは言えないかもしれない。
本作の最大の見せ場と思われる場面では、俳優の台詞回し、動き、間合いなどがきわめて重要性を持っていることが察せられ、本書の読者は必ずやこの作品が舞台にかけられているのを見たくなるに違いない。
戯曲も本で読んでいる限りは各々の読者が演出家となるわけだから、台本に従って『スカパンの悪だくみ』を仕上げ、存分に楽しんでいただければと思う。

機知に富んだ下男が策略をめぐらし、邪魔者である目上の人を巧みに丸め込んで若者たちの恋を成就させるという構図は、ボオマルシェエの『セビーリャの理髪師』にも見られる、喜劇作品における典型的なプロットの一つでもある。
そういう意味では、『スカパンの悪だくみ』はモリエールの個性が前面に押し出された作品というよりも、王道的な喜劇作品といえるかもしれない。
とはいえ、その王道を築き上げるにあたってモリエールの果たした役割は決して小さいものではないだろうから、やはり『スカパンの悪だくみ』もモリエールに興味のある方であれば押さえておくべき作品ということになるのだろう。

岩波文庫のモリエールのラインナップは以前から非常に充実していたが、近年になってそれらの数冊が改版となるなど、ますますモリエールを読みやすい環境が整ってきているようだ。
そしてこの『スカパンの悪だくみ』も改版になったもののうちの一冊で、モリエールの作品の中で特に娯楽的要素が強い作品でもあるため、ぜひ気軽に手にしていただければと思う。

『ドン・ジュアン』 モリエール(岩波文庫)

ドン・ジュアン (岩波文庫)ドン・ジュアン (岩波文庫)
(1975/01)
モリエール

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書名:ドン・ジュアン
著者:モリエール
訳者:鈴木 力衛
出版社:岩波書店
ページ数:119

おすすめ度:★★★★★




モリエールの代表作の一つに数えられる『ドン・ジュアン』。
スペインの伝説的な放蕩貴族であるドン・ファンを主人公に据えた喜劇作品で、滑稽味に加えていくらか深刻さも添えられていて、内容こそまったく異なるとはいえ、作風としてはどこか『孤客』を思わせるものがある。
たいへん引き締まった構成の戯曲で、モリエールの才能を存分に堪能することができる一冊として非常にお勧めだ。

モリエールの描くドン・ジュアンは、単に放蕩無頼なだけでなく、勇敢で、時に礼儀正しく、そして何より機知に富んでいる。
ドン・ジュアンと彼に従うスガナレルとの掛け合いは、ドン・キホーテとサンチョ・パンサのそれを思い出させるほどに見事なもので、タイトルロールであるドン・ジュアンの存在感には際立ったものがあるし、さらにはモリエールの他の作品にも同名の人物が多々登場する「スガナレル」の活躍も、どれだけ注目してもし過ぎたことにはならないのではなかろうか。
「あるいは石像の宴」という副題が添えられている『ドン・ジュアン』は、石像が大きな役割を担うその結末に至るまで、読者の心をつかんで離さないに違いない。
ドンファン [DVD]ドンファン [DVD]
(2007/11/28)
ジョニー・デップ、マーロン・ブランド 他

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ドン・ファンは世界的に有名な伝説的人物であるだけに、少し古いものとなるが右のようにハリウッドで映画化されてもいる。
ジョニー・デップがドン・ファンを務め、マーロン・ブランドといった名優が脇を固めており、正統的なドン・ファン伝説にあまり忠実ではないし、モリエールの作品との関連性も弱いと感じられるかもしれないが、なかなか見応えはあるはずだ。

同じドン・ファン伝説を扱った作品には、モーツァルトのオペラに『ドン・ジョバンニ』があるし、バイロンには長詩『ドン・ジュアン』、短い戯曲ながらプーシキンには『石の客』がある。
モリエール、バイロン、プーシキン、そしてモーツァルト、名だたる芸術家たちがこぞって取り上げてきたドン・ファン伝説の中で、モリエールの『ドン・ジュアン』が最も手頃に鑑賞できるものであるように思う。
ドン・ファンに興味のある方、モリエールに関心のある方など、幅広い読者にお勧めしたい一冊だ。

『サンディトン』 ジェーン・オースティン(鷹書房弓プレス)

サンディトン―ジェイン・オースティン作品集サンディトン―ジェイン・オースティン作品集
(1997/12)
ジェイン オースティン

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書名:サンディトン―ジェイン・オースティン作品集
著者:ジェイン・オースティン
訳者:都留 信夫(監訳)
出版社:鷹書房弓プレス
ページ数:286

おすすめ度:★★★☆☆




美しきカサンドラ―ジェイン・オースティン初期作品集』の続編として編まれたのが本書『サンディトン―ジェイン・オースティン作品集』である。
「初期作品集」であった一冊目から「作品集」へと副題を変更していることからも察せられるように、本書『サンディトン』の収録作品はその表題作を含めてすべてがオースティンの初期のものというわけではなく、内容的にはそれだけ優れた長編作家として知られているオースティンに接近したものとなっており、読者の興味を強く引くことだろう。

本書の収録作品は『イヴリン』、『キャサリン あるいは東屋』、『ある小説の構想』、『ワトソン家の人々』、『サンディトン』の五つである。
『イヴリン』はナンセンスで突飛な筋書きの物語で、オースティンの想像力の奔放さを楽しむことができる。
そして『キャサリン』は、未完ではあるがすでに小説としての奥行きを感じさせる作品となっている。

そうはいっても、本書で読み応えがあるのはやはり『ワトソン家の人々』と『サンディトン』の二編であろう。
いずれも未完の作品ではあるが、執筆年代としてはオースティンが本格的に小説の執筆に取り組んでいた時期でもあり、非常にオースティンらしい筆で上流階級の人々の立ち居振る舞いが描かれている。
特に架空の海岸保養地を舞台にした『サンディトン』は、作者の死によって執筆が中断された作品ということで、もしオースティンの健康がこの作品を完成させることを許していたならば、彼女の第七の長編作品として世に出されていたはずだ。
実際に書かれたのは、おそらくは全体で数百ペーに及ぶはずだった長編のわずかな部分でしかないため、先の展開を予想することは難しいが、オースティンの小説世界を好まれる方であれば十分楽しめるに違いない。

本書『サンディトン』が興味深い作品集であることは事実であるが、それも『自負と偏見』や『エマ』といった完成された長編作品があってのことだろう。
オースティンの長編作品六つを読み終え、さらにオースティンの書いたものを読みたいという方にお勧めしたい一冊だ。
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