『ハムレット』 シェイクスピア(新潮文庫)

ハムレット (新潮文庫)ハムレット (新潮文庫)
(1967/09)
ウィリアム シェイクスピア

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書名:ハムレット
著者:ウィリアム・シェイクスピア
訳者:福田 恒存
出版社:新潮社
ページ数:284

おすすめ度:★★★★★




言わずと知れたシェイクスピアの代表作であり、シェイクスピアの最高傑作との呼び声も高い悲劇『ハムレット』。
イギリス文学のみならず、西洋文学における基本中の基本と言うべき名作であるため、読んで損をすることはないのではなかろうか。
『ハムレット』をどれだけ深く読み込むかは読者の双肩にかかっていると言えるが、戯曲という読みやすいスタイルは気軽な読書をも可能にしているように思われるので、人生において一度は手にすることをお勧めしたい。

先王でもあった父を亡くしたデンマークの王子、ハムレット。
今は彼の叔父が王位を継いでいるが、その王位継承の秘密を知ったハムレットは、父の復讐を固く誓うことになる。
不実な母をなじり、敵討ちのための策略をめぐらすハムレット、オフィーリアとの恋の行方はいかに・・・。
意味深な台詞の数々によって紡がれるプロットの巧みさは見事なもので、ドミノ倒しのような悲劇の連鎖も驚嘆に値するものがある。
ハムレット (岩波文庫)ハムレット (岩波文庫)
(2002/01/16)
シェイクスピア

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ハムレットQ1 (光文社古典新訳文庫)ハムレットQ1 (光文社古典新訳文庫)
(2010/02/09)
ウィリアム シェイクスピア

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シェイクスピアの作品の中でもその名が最も知られた作品の一つである『ハムレット』は、当然ながら邦訳の種類もたくさん存在している。
右にそれらの一例として比較的近年になって新訳で出された文庫版のものを紹介しておくが、とりあえず読んでみたいという方には価格設定が手頃な新潮文庫版がいいように思う。
入手が容易で安価であるという点を除けば、新潮文庫版を紹介していることに他意はないので、『ハムレット』をより深く味わいたい方は、いくつかの種類を読み比べて最善と思える一冊を探してみるのも面白いのではなかろうか。

あれこれと思い悩むタイプであるハムレットは、後世の文学作品においても悩める人の典型として頻繁に言及されているし、ツルゲーネフは「ハムレット型」という人物類型を用いることにもなる。
数多くの傑作を残しているだけに代表作の絞りきれないのがシェイクスピアであるが、どれから読み始めるべきかと尋ねられたとすれば、他の多くの方々と同様に私は『ハムレット』をお勧めすることだろう。
この推奨に弊害があるとすれば、シェイクスピア世界へのイントロとしてシェイクスピア作品の最高峰に触れてしまったのでは、あとは自ずと下り坂になってしまうかもしれないという危惧の念だけだ。
しかし、シェイクスピアを読むということは、遅かれ早かれ『ハムレット』を読むということでもあるように思う。
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『新生』 ダンテ(河出書房新社)

新生新生
(2012/03/17)
ダンテ

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書名:新生
著者:ダンテ・アリギエーリ
訳者:平川 祐弘
出版社:河出書房新社
ページ数:229

おすすめ度:★★★★




神曲』の作者として知られるダンテ・アリギエーリの若い頃の作品がこの『新生』である。
30を超えるソネットやカンツォーネが収録されている一種の作品集で、それらが作られるまでの経緯をも自ら述べているという少々珍しいスタイルの作品であり、ある意味では自作の詩に対する解説的な作品とも呼べるかもしれないが、自叙伝風の作品として読むことも十分可能であるように思う。
神曲』の読者であれば誰もがベアトリーチェと呼ばれる女性が一体どのような人物であったのか気にかかるところだろうが、それを説明してくれているのがこの『新生』であるため、『神曲』理解、ひいてはダンテを理解する上では欠かせない作品と言えるはずだ。

『新生』は、まだ若い、と言うより、まだ幼いベアトリーチェにダンテが出会い、一目惚れするところに始まる。
ところが彼が美徳の鑑として崇めていたベアトリーチェは、若くして天に召されることとなる。
「愛」の神にとらわれてしまったダンテは、ことあるごとに思いの丈を詩の形に留めていくのだが、それを時の流れに即して一冊の本に集め、ダンテ自らが簡単な説明を施したのがこの『新生』だ。
特定の数字へのこだわりも随所に垣間見られ、数的構成の光る『神曲』を読まれた読者であれば、そこにダンテらしさを見出すことができるのではなかろうか。

本書の表紙には、『新生』の英訳者の一人でもあるもう一人の「ダンテ」、すなわちダンテ・ゲイブリエル・ロセッティによる『ベアタ・ベアトリクス』という、『新生』の表紙を飾る上でこれ以上ない見事な選択がなされている。
本文中にベアトリーチェが登場するたびにロセッティの絵を思い浮かべながら読んでみるのも面白い読み方なのかもしれない。

大いに興味深い作品である『新生』であるが、やはり『神曲』あっての作品という性格が強い気がする。
制作年代から言うと『新生』のほうが先なので、後に『神曲』を読むという前提ならば先に『新生』を読んでみるのも悪くないように思うが、『新生』だけを読むとすると作品としての魅力はかなり削がれるのではなかろうか。
逆の言い方をすれば、『神曲』にさらなる面白さを与える著作がこの『新生』であるということなのだろう。
神曲』に、またダンテに興味のある方は、ぜひ本書を手にしてみていただきたいと思う。

『闇を讃えて』 ボルヘス(水声社)

闇を讃えて闇を讃えて
(2006/07)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:闇を讃えて
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:斎藤 幸男
出版社:水声社
ページ数:177

おすすめ度:★★★☆☆




ボルヘス晩年の詩集の一つがこの『闇を讃えて』だ。
詩集とは言っても詩作品のみから成るものではなく、いくつか散文作品も織り交ぜられている。
時事問題に即したビビッドなテーマを扱った作品も散見されるため、ボルヘスの詩集にしてはやや強く時代性が打ち出されているのが特徴の一つであるように思う。

『闇を讃えて』は、表題ともされている「闇を讃えて」の他、三十数編を収録した詩集となっている。
ボルヘス自身も序において認めているように、『闇を讃えて』には鏡、迷宮、剣といったボルヘスにとっておなじみのモチーフが多々表れている。
そして迷宮、福音書、イスラエルに関する作品が複数存在しているので、それらのテーマが特に印象に残りやすいのではなかろうか。

本書の構成に関して言うと、実際の詩集は140ページ程度で、それに続いてボルヘスの研究者による「闇を讃えるボルヘス」という論文が訳出されていて、最後に訳者のあとがきで締めくくられている。
文字のサイズも大きく、それほど文章量が多くないために、読みやすい本であることは確かだが、少々あっけない感じがする読者もいるかもしれない。
ボルヘスの詩の世界を覗いてみたい方には『永遠の薔薇・鉄の貨幣』の方をよりお勧めしたい。
こちらは二冊の詩集を一冊にまとめて翻訳・出版されたものであることに加え、いっそうボルヘスらしさの出ている詩集でもあるので、おそらく多くの方々にとって『闇を讃えて』より読み応えがあるのではなかろうか。
そうはいっても、何も本書『闇を讃えて』の価値を低く見積もっているわけではないし、一冊の本として十分面白いことは間違いないと思う。

年々視力を失っていったボルヘスらしいタイトルの付された『闇を讃えて』。
ボルヘスのファンにはうれしいことに、21世紀に入ってもボルヘス作品の翻訳の出版が続いているが、それらのうちの一冊である『闇を讃えて』は、ボルヘスの詩に興味のある方であれば要チェックの本といえるのではなかろうか。

『ボルヘス、オラル』 ボルヘス(水声社)

ボルヘス、オラル (叢書 アンデスの風)ボルヘス、オラル (叢書 アンデスの風)
(1991/12)
ホルヘ・ルイス ボルヘス

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書名:ボルヘス、オラル (叢書 アンデスの風)
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:木村 栄一
出版社:水声社
ページ数:172

おすすめ度:★★★★




晩年のボルヘスが大学からの依頼に応えて行った五つの講演を一冊にまとめたものがこの『ボルヘス、オラル』だ。
テーマの選び方や語りを進めていく手順などはいかにもボルヘスらしいもので、いずれの講演も手頃な分量であるためにたいへん読みやすい。
同じくボルヘスの講演集である『七つの夜』の読者であれば、必ずや楽しむことができる一冊になっているように思う。

『ボルヘス、オラル』には、「書物」、「不死性」、「エマヌエル・スウェデンボルグ」、「探偵小説」、「時間」の五講演が収録されている。
本、そして書かれた文字に関する考察の行われている「書物」、人の不死を取り扱った「不死性」、ボルヘスが重きを置いていた神秘的な思想家「エマヌエル・スウェデンボルグ」、ポーを中心に推理小説を論じた「探偵小説」、数々の時間論を俯瞰する「時間」。
ボルヘスをすでに何冊か読まれた方であれば、どのテーマにもぴんとくるものがあるだろうが、それぞれの講演の内容も決してその予感を裏切るものではないはずだ。
『ボルヘス、オラル』はきわめてボルヘス風の一冊に仕上がっているので、ボルヘスのファンが読むのに向いていることは言うまでもないし、ボルヘスをあまり知らない人が読めばボルヘスという作家の実像をおぼろげながら把握することができるのではなかろうか。

読者の側もある程度の予備知識がないとボルヘスの博識にはついていけないというのも事実であるが、ボルヘスの平易な語り口は本書で扱われる少々難解なテーマの敷居を大きく下げてくれているので、身構える必要はまったくない。
気楽に読めて、それでいて読み応えは十分な本として、幅広い読者層にお勧めしたい一冊だ。

『ロデリック・ランダムの冒険』 スモレット(荒竹出版)

ロデリック・ランダムの冒険ロデリック・ランダムの冒険
(1999/12)
トバイアス スモレット

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書名:ロデリック・ランダムの冒険
著者:トバイアス・スモレット
訳者:伊藤弘之,竹下裕俊,堀正広,村田倫子,加茂淳一,田畑智司,村田和穂
出版社:荒竹出版
ページ数:505

おすすめ度:★★★★




18世紀イギリスを代表する作家の一人であるトバイアス・スモレットの代表作がこの『ロデリック・ランダムの冒険』であるが、本作品は同時にピカレスク小説の代表格とも言われている。
軍艦に船医として乗り込むなど、スモレット自身の経験を下敷きにしている部分も多く、語り手であるランダムが見る様々な情景にはどこか迫真性が備わっていて、読者は作品中に当時のイギリス社会の断片的風景をいくつも見出すことができるに違いない。
フィールディングの傑作『トム・ジョウンズ』と肩を並べる作品として、イギリス文学に興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『ロデリック・ランダムの冒険』は、過酷な運命に翻弄されるロデリック・ランダムの人生の浮き沈みを描いた作品である。
そうはいっても、作中においてランダムは恵まれた境遇へと浮き上がることがきわめて少なく、たいていの場合は不幸の淵にどっぷりと沈んでいるのだが・・・。
また、彼が「運命に翻弄される」と言うと、少々語弊があるかもしれない。
彼の人生を苦しめているのはほとんどが私利私欲を追求する悪人、もしくはすこぶる意地の悪い人々であって、ランダムの経験する不運はもっぱら人災と言っても間違いではないだろう。
打擲、窃盗、欺瞞や不正、裏切りに復讐、『ロデリック・ランダムの冒険』はそういったもののオンパレードである。
スモレット自身も宣言しているように、『ロデリック・ランダムの冒険』はとても風刺の効いた作品に仕上がっているので、今日の読者は当時のイギリス社会の悪弊をやや誇張して描いたものとして本書を読むことができるだろう。

スモレットの知名度や、翻訳の入手の困難さなどを考え合わせると、悲しいことにこの『ロデリック・ランダムの冒険』がそれほど多くの読者を獲得できるようには思えない。
しかし、ピカレスク小説というジャンルを代表する作品としての価値は揺るがないだろうし、初期のディケンズの作品にスモレットからの影響が非常に色濃く表れていたりと、欧米の文学に関心のある方であれば、壮大なスケールを誇る冒険物語『ロデリック・ランダムの冒険』に対する興味は尽きないのではなかろうか。
主人公の経験する破天荒な人生を楽しむのはもちろん、文学史的な観点からも一読をお勧めしたいと思う。

『対訳 ディキンソン詩集』 ディキンソン(岩波文庫)

対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選〈3〉 (岩波文庫)
(1998/11/16)
エミリー ディキンソン

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書名:対訳 ディキンソン詩集
著者:エミリー・ディキンソン
訳者:亀井 俊介
出版社:岩波書店
ページ数:175

おすすめ度:★★★★




アメリカの女流詩人であるエミリー・ディキンソンの詩50編を集め、対訳という形式で文庫化したのがこの『対訳 ディキンソン詩集』だ。
ディキンソンの詩自体が読み応えを備えたものであることは言うまでもないことだが、ディキンソンには女性の活躍の少ない19世紀のアメリカ文学における紅一点として注目することもできるのではないかと思う。
それほど厚い本ではないので、ディキンソンはもちろん、アメリカ文学に関心のある方もぜひ手にしてみていただきたい。

ディキンソンの詩は、同時代の文人たちと議論し交流した結果生み出された詩作品ではないため、オリジナリティに富んでいるのが特徴だ。
生計のために詩を書いていたのでもなければ、大きな称賛や非難にさらされることもなく、長い年月にわたってただ黙々と書き連ねられた詩作品は、いっそう克明にディキンソン自身の心を映す鏡となっているのかもしれない。

詩人の内面世界をひたすらに掘り下げていくかのようなディキンソンの詩は、しばしば同時代に活躍したホイットマンの外へ外へと広がっていく開放的な作風と比較対照されている。
読者は異なった持ち味をそれぞれ楽しむことができるので両者の間で優劣をつけることはさほど意味はないのかもしれないが、『ホイットマン詩集―対訳』やホイットマンの代表作である『草の葉』と比べてみると、ディキンソンらしさがより際立って感じられてくることは間違いないように思う。

死後にその詩才が認められ、今ではアメリカ文学に不朽の名を刻んでいるディキンソンであるが、邦訳の出版状況はというと、かつては複数の出版社から詩集や詩選が出されていたものの、現在新品で入手可能のものとなるときわめて少ないというのが現状だ。
そんな寂しい状況の中、入手が容易で手頃な一冊としてこの『対訳 ディキンソン詩集』をお勧めしたい。
一つ一つの詩が短く、その内容も決して難解ではないので、訳文と合わせてぜひ原文のほうでも味読していただきたいと思うが、英語力に不安のある方は、右側のページの日本語訳部分を読むだけでも十分ディキンソンの作り上げた小さな、それでいて奥行きのある世界を楽しめることだろう。
文豪というほどの貫録こそないが、ディキンソンの詩の織り成す独特のハーモニーは、忘れえない印象を読者の心に刻みつけるに違いない。

『ホイットマン詩集―対訳』 ホイットマン(岩波文庫)

ホイットマン詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)ホイットマン詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)
(1997/03/17)
ホイットマン、木島 始 他

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書名:ホイットマン詩集―対訳
著者:ウォルト・ホイットマン
訳者:木島 始
出版社:岩波書店
ページ数:189

おすすめ度:★★★☆☆




ホイットマンが打ち立てた金字塔とも言うべき詩集『草の葉』から33編を抜粋し、対訳という形で出されたのがこの『ホイットマン詩集―対訳』だ。
ホイットマンの詩は、堅苦しい単語の使用が少なく、語順も著しく崩されていない詩行が多いため、英詩の中では比較的読みやすい部類に入るようには思うのだが、翻訳で読むのと比べればはるかに難解であることは事実であり、本書を手にするに当たりある程度の覚悟は必要かもしれない。
そうはいっても、高校生レベルの英語力があればホイットマンの詩の帯びる雰囲気をなんとなく感じ取ることは可能であるし、詩の形式的な方面に関して知識がなくともホイットマンの詩を鑑賞する上でさしたる障害にはならないはずなので、『草の葉』に関心のある方であれば本書は一読の価値ある本だと言えるだろう。

本書には「わたしはアメリカが歌うのを聞く」や、「わたしじしんの歌」のうちの数編をはじめ、黒人奴隷に関するものやリンカーン大統領を悼んで書かれたものなどが収録されており、ホイットマンらしさを非常によく堪能できる選集となっている。
そういう意味では、紙幅の限界によって若干の偏りは見られるものの、『草の葉』の相貌を見事に圧縮した一冊になっているように思われる。

ホイットマンの翻訳には、ホイットマンの奔放さを強調したくだけた文体のものと、他の詩人の作品を訳すのとさほど変わらない文体を用いているものとがある。
具体的に言えば、"I"を訳すのに「わたし」を使うか「ぼく」を使うか、はたまた「おれ」を使うのかといった単語の選択や、文章の調子の高低にけっこう差があるのである。
本書『ホイットマン詩集―対訳』の文体はというと、どちらかといえば堅い方のものを用いているように思うので、ホイットマンの詩といえばくだけたものというイメージを持っておられる読者は、ひょっとすると本書の訳文に少々違和感を覚えられるかもしれない。
しかし、そこは原文が参照できる対訳であるという長所を存分に生かして、ホイットマンのイメージを更新していただければと思う。
ホイットマン、『草の葉』、さらにはアメリカ文学、そして英詩に興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『草の葉』 ホイットマン(岩波文庫)

草の葉 (上) (岩波文庫)草の葉 (上) (岩波文庫)
(1998/01/16)
ホイットマン

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草の葉 (中) (岩波文庫)草の葉 (中) (岩波文庫)
(1998/02/16)
ホイットマン

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草の葉 (下) (岩波文庫)草の葉 (下) (岩波文庫)
(1998/03/16)
ホイットマン

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書名:草の葉
著者:ウォルト・ホイットマン
訳者:酒本 雅之
出版社:岩波書店
ページ数:411(上)、439(中)、464(下)

おすすめ度:★★★★★




アメリカの国民的詩人であるウォルト・ホイットマンが、その生涯を懸けて書き連ねた詩集がこの『草の葉』だ。
自由とデモクラシーを力強く歌い上げる詩風が特徴的で、たいていは内向的な作品が多い詩の世界において、『草の葉』ははるかに外向的な性格を帯びており、個の枠を突破したホイットマンはアメリカ全土を包み込むかのような雄大さを見せている。
それでいてホイットマンが他国でも評価されるのは、単にアメリカを称賛するだけではなく、その根底において人間性を称揚する姿勢ゆえなのであろう。
南北戦争期を生きたホイットマンは、19世紀のアメリカのかかえる問題点をテーマに選ぶことも多く、『草の葉』にはその時代性も色濃く打ち出されているので、読者の興味を強く喚起するはずだ。
おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄) (光文社古典新訳文庫)おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄) (光文社古典新訳文庫)
(2007/06)
ウォルト ホイットマン

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数十年の時を経てようやく今ある形が完成した『草の葉』は、物語詩ではない一つの詩集としてはかなり長大なものとなってしまっている。
そのこと自体がアメリカの広大さを髣髴とさせる観がないでもないが、とりあえずホイットマンの詩がどのようなものなのかを知りたいという読者に対しては、全三冊の詩集というのはやや敷居が高く感じられるかもしれない。
そのような方には近年光文社から刊行された右の抄訳、『おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄)』をお勧めしたいと思う。
抜粋とはいえホイットマンの放つ力強い息吹に触れることで、『草の葉』をきっと全訳で読みたくなるに違いない。

アメリカを代表する詩人を一人だけ選べと言われれば、ホイットマンの名を挙げる人は少なくないだろう。
彼の思想、ひいては詩想は、発表当時に猥褻なものだとして物議をかもしたにせよ、概ね現在のアメリカにも根付いているようで、決して古びていない。
最もアメリカらしいアメリカ詩人ホイットマンは、後世の文人からの評価も群を抜いており、アメリカ文学に関心のある方であれば彼の詩作の集大成である『草の葉』は必読の書と言えるだろう。

『空の旅』 ヘルマン・ヘッセ(ゼスト)

空の旅空の旅
(1999/04)
ヘルマン ヘッセ

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書名:空の旅
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:天沼 春樹
出版社:ゼスト
ページ数:180

おすすめ度:★★☆☆☆




ヘッセの残した随想や詩などをテーマ別に編んだフォルカー・ミヒェルスによるヘッセのアンソロジーの一冊がこの『空の旅』である。
生身の人間を置き去りにして突き進んでいく文明社会に警鐘を鳴らしていたヘッセにしてはやや意外なことに思われるかもしれないが、その安全性が多くの人々から危惧されている時代に、彼はきわめて積極的に飛行船や飛行機に乗って空を旅していた。
その時の体験を綴ったものを中心に編まれた作品が本書『空の旅』だ。

空に、そして雲に強く憧れ続けたヘッセは、命の危険を冒して空に挑むパイロットたちに、詩人と同様、未知の領域に踏み込む冒険者としての親近感を持っていたようである。
上空から下界を見下ろすヘッセの口から洩れるいくらかとげのある言葉も、いかにもヘッセらしいと言えるのではなかろうか。

本書のお勧め度を★★と、やや低めの評価にせざるをえないのは、ヘッセの執筆部分がきわめて少ないという一事によっている。
全体で180ページの本書において、ヘッセのエッセイや詩を訳出した部分は50ページそこそこしかなく、そこに原著の編者であるミヒェルスの「飛行機に乗ったヘルマン・ヘッセ」というヘッセと空とにまつわるエピソードを紹介した文章と訳者のあとがきが続き、そして最後に、とはいっても割合から言えばそれは本書のおよそ半分を占めるのだが、飛行船のパイオニア的存在であるツェッペリン伯に関して訳者が物した「ツェッペリン年代記」が掲載されているといった具合で、どこかフェルメールの作品が一点しか来日していないフェルメール展のような印象を受ける本なのである。
フェルメール展の場合はフェルメールの作品がほとんど来ていないことを見に行く人が事前に予想できるだろうが、著者の名にヘルマン・ヘッセを戴いている本書の場合、ヘッセの手になる文章の少なさは読者を大いに失望させるのではなかろうか。

『空の旅』は現在、アマゾンで非常に手頃な値段で中古品が売られてはいるが、空に対しての憧れやその美しさをテーマとしたヘッセのアンソロジーをお探しの方には、同じくミヒェルスの編集による『』の方を強くお勧めしたいと思う。

『ヘッセの読書術』 ヘルマン・ヘッセ(草思社)

ヘッセの読書術ヘッセの読書術
(2004/10)
ヘルマン ヘッセ

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書名:ヘッセの読書術
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:岡田 朝雄
出版社:草思社
ページ数:238

おすすめ度:★★★☆☆




フォルカー・ミヒェルスの編集による、読書にまつわるヘッセのエッセイ十数編を集めた本がこの『ヘッセの読書術』である。
原書は本訳書の三倍以上の分量を誇る大部となっているようだが、この『ヘッセの読書術』は単行本としてちょうどいいサイズに仕上がっているし、原書がそもそも選集であるから、そこから主立ったものを抜粋して訳出した本書が読者に物足りなさを感じさせることは少ないのではなかろうか。

『ヘッセの読書術』とはいっても、当然ながらヘッセが古今の文学作品をどう読むべきかについて厳かに教示を垂れるというスタンスの本ではない。
ヘッセはあくまで個々の人間と個々の作品との間の個別の関係性を重視しているようで、そして本書で最長となる紙幅を占める「世界文学文庫/世界文学文庫リスト」において、文学世界に対する教養を深めていくうえでお勧めの作品群を紹介してくれている。
個別の作家や作品に対して多くを語ることはないものの、作家名や作品名は非常に多くのそうそうたる名前が挙がるので、世界文学、そして特にドイツ文学に造詣の深い読者が接すると、いっそうの面白みを引き出すことのできるエッセイであるはずだ。
そうはいっても、本書には他にも「書物とのつきあい」や「言葉」といった少々堅いめのテーマのものや、「保養地での読みもの」や「本のほこりを払う」のように比較的気楽に読み流すことのできるエッセイも含まれているため、ヘッセを、そして本を愛する気持ちのある方であれば、誰もが興味深く読める一冊であるに違いない。

『ヘッセの読書術』の収録作品の執筆年代は50年以上という広きにわたっている。
また、しばしば日本に言及される部分もあり、日本の読者の関心を引き付けることだろう。
本を好きな人のための本、さらに本を読む気にさせる本があるとすれば、この『ヘッセの読書術』こそがそれであるように思う。

『クヌルプ』 ヘルマン・ヘッセ(新潮文庫)

クヌルプ (新潮文庫)クヌルプ (新潮文庫)
(1970/11)
ヘッセ

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書名:クヌルプ
著者:ヘルマン・ヘッセ
訳者:高橋 健二
出版社:新潮社
ページ数:130

おすすめ度:★★★★




車輪の下』ほどではないにせよ、ヘッセの作品としては非常によく読まれている部類に入る中編小説がこの『クヌルプ』である。
散文を書いてもどうしても詩的になってしまうヘッセならではの文章の美しさが如実に表れている作品で、「クヌルプの生涯の三つの物語」との副題にもかかわらず、ストーリーの進行が主人公の生涯を物語る一般的な小説のそれとは若干異なっていることもあってか、独特の味わいのある作品に仕上がっているように思う。
ヘッセらしさが存分に発揮された作品の一つなので、ヘッセに関心のある方であればぜひ読んでみていただきたい。

定職を持たず、日々を放浪のうちに過ごしているクヌルプ。
人懐っこい性格と美しい顔立ちのおかげで会う人皆から好かれる彼であったが、周りの人々はクヌルプの埋もれたままにされた才能を惜しんでやまない。
もっと違う生き方をすればよかったのに、と・・・。

『クヌルプ』は、ヘッセが得意とする放浪者、社会のはみ出し者を描いた作品であるが、岩波文庫版では『漂泊の魂―クヌルプ』という表題とされていることからも察せられるように、クヌルプという一個の人間の人生を描き出すだけにとどまらず、より普遍的な魂の領域にまで踏み込んだ作品となっていて、どこか『荒野のおおかみ』や『知と愛』を思わせる深いところがある。
執筆時期からすれば『クヌルプ』はヘッセの初期の作品に分類されるのであろうが、内容上は中期以降の作品と密接に結びついているようなので、ヘッセという作家を考えるうえで貴重な作品の一つとなるのではなかろうか。

印象的な結末を迎えることの多いヘッセの小説の例にもれることなく、『クヌルプ』の結末もまた秀逸なものとなっている。
幻想的な雰囲気さえたたえた『クヌルプ』、あまりにもヘッセ風の作品であるため、ひょっとすると初めてヘッセを読む方には不向きなのかもしれないが、すでに数冊ヘッセの作品に触れた方であれば、『クヌルプ』を読まないでいるのはとてももったいないことであるように思う。
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