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『金色の盃』 ヘンリー・ジェイムズ(講談社文芸文庫)

金色の盃〈上〉 (講談社文芸文庫)金色の盃〈上〉 (講談社文芸文庫)金色の盃〈下〉 (講談社文芸文庫)金色の盃〈下〉 (講談社文芸文庫)

書名:金色の盃
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:青木 次生
出版社:講談社
ページ数:562(上)、597(下)

おすすめ度:★★★★




大使たち』、『鳩の翼』と合わせて三部作と呼ばれているジェイムズ後期の長編作品の一つがこの『金色の盃』である。
難解とされる三部作の中でも特に難解であると言われていて、作品自体も他の二作と比べていっそう長いため、『金色の盃』の敷居は高いと言わざるをえないが、ジェイムズ最後の長編作品ということもあり、ジェイムズに関心のある方はぜひ読んでみていただきたい。

物腰や肩書きは立派なれど財産の伴わないイタリアの公爵と、非常に裕福な父を持つアメリカ人の娘マギーが結婚をすることに決まったというところから話は始まる。
結婚の直前になって、マギーの友人であるシャーロットが突然やってくるが、そのシャーロットはといえば、かつて公爵と親しい間柄にあった女性の一人なのであり・・・。
すべてを明白にはしてくれないジェイムズのおかげで、結婚や財産、愛情や嫉妬などを巡って、読者は小説世界で実際に何が起きていたのかを把握することさえしばしば困難となるに違いない。
むしろ、読者の頭の中で事情が自ずと錯綜していくのが、「迷路」とも称されるジェイムズの後期長編作品の醍醐味であるとも言えるだろうか。

ジェイムズの長編作品の常で、『金色の盃』においても、たいした役割を担っていない人々を除いた、実質的な意味での登場人物はきわめて少ない。
『金色の盃』を読むには通常以上の注意力と集中力を必要とするが、これで登場人物が多かったとしたら、ほとんどの読者は何が何やらわからなくなってしまうのかもしれない。
そういう意味では、たいていの読者が把握できるぎりぎりの一線、その線上に位置するのが『金色の盃』であると言うこともできるだろうか。

難解だ、難解だと言われると、読み終わった後にジェイムズによって煙に巻かれたような印象を受けるのではないかと心配される方もおられるかもしれないが、本書の下巻には100ページほどの紙幅を割いて解説が載せられているので、読者は少なくとも訳者の見解には存分に触れることができる。
それを答え合わせの場とみなす読者もいるだろうし、自らの読みとの対決の場とみなす方もいるかもしれないが、いずれにしても、読み応え十分な『金色の盃』を一度手にされた方は、是非最後まで読み通して、これまた読み応え十分な解説にまでたどり着いていただければと思う。
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『おかしな人間の夢』 ドストエフスキー(論創ファンタジー・コレクション)

おかしな人間の夢 (論創ファンタジー・コレクション)おかしな人間の夢 (論創ファンタジー・コレクション)

書名:おかしな人間の夢
著者:フョードル・ドストエフスキー
訳者:太田 正一
出版社:論創社
ページ数:118

おすすめ度:★★★★




あまり知られていないドストエフスキーの作品があるとすれば、この『おかしな人間の夢』こそがその一つだろう。
「論創ファンタジーコレクション」というシリーズのうちの一冊として刊行されており、事実、半ば幻想的でいて、その反面やけに現実的でもある、いわく言い難い夢の世界が描かれている作品だ。

『おかしな人間の夢』は、周囲からは気違い扱いを受けている、自殺願望のある男が主人公だ。
そんな彼が、今日こそは自らの命を絶とうと、ピストルを前にしたのだったが・・・。
綿々と綴られる陰鬱な自意識にはいかにもドストエフスキーの筆を感じさせるものがあり、ドストエフスキーの作品を好きな方がこの「夢」を楽しめないはずはないと思う。

『おかしな人間の夢』は後期に書かれた作品であるため、後期の長編作品群、具体的に言えば『悪霊』や『罪と罰』との連関性が強いのが特徴だ。
『おかしな人間の夢』を読むことでそれらの作品への理解が深まるといえば少々言い過ぎかもしれないが、本書に触れることで読者は少なくとも後期のドストエフスキーの頭を占めていた思考やイメージのいくつかを把握できることだろう。

論創社によって日本で初めて単行本化されたという『おかしな人間の夢』だが、文章量自体は少なく、これはあくまで短篇小説だ。
文字サイズも大きいし、イラストも多数加えられているので、ドストエフスキーの作品を読みたい読者にとっていくらか割高な本であることは事実だろう。
そうはいっても、ドストエフスキーの、特に後期の作品ということであればその価値は計り知れないものがある。
訳者の太田氏も述べられているが、そもそも『おかしな人間の夢』があまり脚光を浴びていないのが不思議なぐらいで、ドストエフスキーのファンの方はぜひ本書を手にしていただければと思う。

『鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集』 ドストエフスキー(講談社文芸文庫)

鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集 (講談社文芸文庫)鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集 (講談社文芸文庫)

書名:鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集
著者:フョードル・ドストエフスキー
訳者:工藤 精一郎、原 卓也
出版社:講談社
ページ数:352

おすすめ度:★★★★




表題作をはじめ、ドストエフスキーの初期から中期にかけての短篇作品四篇を集めたのが本書『鰐』である。
副題に「ドストエフスキー ユーモア小説集」とあることからもわかるように、いずれも軽いタッチの小説を集めている。
ドストエフスキーの小説の魅力の一つが作品世界の奥深さであることを思えば本書の収録作品はいずれも異色と言わざるをえないが、ゴーゴリからの影響の指摘されることの多いドストエフスキーであってみれば、初期の作品にユーモアのセンスが垣間見られるのも当然ということなのだろうか。

『九通の手紙からなる小説』は、シンプルな構成の中にも独特のおかしみを感じさせる書簡体小説だ。
『他人の妻とベッドの下の夫』は、そのタイトルが暗示しているとおりの愉快さをはらんでいる作品になっている。
夫に見つかりそうになった情夫がベッドの下に隠れるというだけでも十分滑稽な話だが、ドストエフスキーはさらに滑稽味を増すべく、いくつかの事情や設定を追加している。
『いまわしい話』は、友愛や平等といった理想を語る高官が部下の結婚式に飛び入り参加するというもの。
徹底した官僚社会のロシア帝国でそのような試みがうまくいくのかどうか・・・。
表題作である『鰐』は未完の作品となっていて、確かに読者は小説があまりにも突然終わってしまった印象を受けるだろうが、結末まで描ききられていなかったにしても、十分面白い作品になっている。
何しろ、鰐を見物に行った官吏が鰐に飲み込まれるという物語なのだから。

ドストエフスキーの長編作品には、しばしばしゃちほこばった滑稽な言動をする人物が登場する。
それらの人物は作品の中でつい主題の重みに押しつぶされてしまいがちだったが、ドストエフスキーは間違いなくユーモアのセンスに富んだ作家であると言っても誤りではないだろう。
そして世間一般のドストエフスキーのイメージを覆すような小説集がこの『鰐』である。
ドストエフスキーに関心のあるすべての方にお勧めしたい一冊だ。

『やさしい女・白夜』 ドストエフスキー(講談社文芸文庫)

やさしい女・白夜 (講談社文芸文庫)やさしい女・白夜 (講談社文芸文庫)

書名:やさしい女・白夜
著者:フョードル・ドストエフスキー
訳者:井桁 貞義
出版社:講談社
ページ数:256

おすすめ度:★★★★★




ドストエフスキーの代表的な中編作品二編を収録したのが本書『やさしい女・白夜』だ。
『やさしい女』は後期の作品で、他方の『白夜』は前期の作品ということで、それぞれ違った味わいを秘めているにもかかわらず、その内容はいかにもドストエフスキーが書いたものと感じさせる仕上がりだ。
いずれもドストエフスキーに興味のある方であればぜひ一読しておくべき作品と言えるのではなかろうか。

事件の異常さ、深刻さにおいていかにもドストエフスキーらしいのが『やさしい女』である。
身投げをした妻の遺体を前に、その夫が経緯を述べるというスタイルの作品で、読者を作品世界に引きずり込んで離さない、ドストエフスキーの内的独白の手法が顕著に表れている。
罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』などの長編作品を読んで感銘を受けた読者であれば、必ずや『やさしい女』からもドストエフスキーらしい求心力を感じることだろう。

その一方で、『白夜』においては会話部分が主になっている。
舞台はペテルブルグのとある通りで、孤独や内気といった、ドストエフスキーが好んで描く特性を持った青年が主人公である。
いつものように一人ぶらぶらと散歩していた彼が、人気のない夜更けに、偶然泣いている女性を見つけたものだから・・・。
情景の描写はそれほど多くないが、青年を包む雰囲気を感じながら読むといっそう味わい深い作品となるに違いない。

『やさしい女』も『白夜』もそれぞれ100ページ程度の中編なので、どちらも数時間で読み終えることができる。
ドストエフスキーのエッセンスが詰まっていて、しかも文庫本となっている本書は、とても手頃な一冊であるといえる。
ドストエフスキーに興味はあるが長編作品に手を出しかねている方が、本書『やさしい女・白夜』から始めてみるのもいいように思う。

『イスラエル・ポッター―流浪五十年』 メルヴィル(八潮版・アメリカの文学)

イスラエル・ポッター―流浪五十年 (八潮版・アメリカの文学)イスラエル・ポッター―流浪五十年 (八潮版・アメリカの文学)

書名:イスラエル・ポッター―流浪五十年
著者:ハーマン・メルヴィル
訳者:原 光
出版社:八潮出版社
ページ数:252

おすすめ度:★★★★




メルヴィル後期の長編作品の一つがこの『イスラエル・ポッター―流浪五十年』だ。
必ずしもメルヴィルが全精力を傾けて書いた作品というわけではないようだが、波乱に富んだ生涯を送ったイスラエル・ポッターの歩んだ道筋は、読めば読むほどに読者の関心を強めるに違いない。
歴史はおろか、同時代人にさえほとんど顧みられることのなかった一人の無名の男にスポットライトを当てるというメルヴィルの手法も、多くの読者の共感を呼ぶのではなかろうか。

アメリカの野育ちであるイスラエル・ポッターは、アメリカの独立戦争という時代の大波に飲み込まれてしまっていた。
武骨でこそあれ、勇気もあり正直者であるイスラエル・ポッターの紆余曲折に触れているうちに、読者は自ずと数奇な運命に翻弄され続けるイスラエル・ポッターの応援をしてしまうことだろう。
イスラエル以外にも、ベンジャミン・フランクリンやポール・ジョーンズといった存在感ある英雄的人物が登場し、しばしばイスラエルをしのぐ活躍を見せているので、メルヴィルの描く彼らも本書の読みどころの一つとなっている。

主人公イスラエル・ポッターが流浪している最中にも、船に乗っているシーンは数多く登場する。
というより、『イスラエル・ポッター』の最も緊迫感のあるシーンは船上、もしくは海上であるといってもいいかもしれない。
読者は『白鯨』や『ビリー・バッド』を思い出させるような、いかにもメルヴィルらしい記述をふんだんに見出すことができるだろう。

明確なモデルの存在する『イスラエル・ポッター』の場合、どこまでが事実でどこからが創作なのかは一読しただけでは判断が難しいが、少なくともメルヴィルによる独特の筆致は誰もが感じ取ることがえきるはずだ。
仮名遣いの古めかしさに抵抗のある読者もおられるかもしれないが、メルヴィルに関心のある方はぜひ手にしてみていただきたい。

『ベルタ・ガルラン夫人』 シュニッツラー(岩波文庫)

ベルタ・ガルラン夫人 (岩波文庫)ベルタ・ガルラン夫人 (岩波文庫)

書名:ベルタ・ガルラン夫人
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:伊藤 武雄
出版社:岩波書店
ページ数:218

おすすめ度:★★★★




シュニッツラーの長編作品の一つ、『ベルタ・ガルラン夫人』。
愛と欲望という、シュニッツラーらしいいつもながらのテーマが選ばれていて、主題が作家のお手の物であるからか、作品としてのまとまりには文句のつけようがない。
シュニッツラーの代表作というわけではないようだが、非常に読み応えのある作品なので、シュニッツラーに関心のある方にはたいへんお勧めだ。

オーストリアの片田舎に暮らす未亡人、ベルタ・ガルラン夫人。
夫の死後、生計を支えるためにピアノの教師をして静かな日々を送っているが、毎日が無味乾燥に感じられて仕方がない。
若い頃に仲のよかった青年はというと、世界的に活躍するヴァイオリニストになっている。
ベルタはそんな彼に手紙を書いてみようと思い立つのだったが・・・。
シュニッツラーの細やかな心理描写は本作においても見事に発揮されていて、読者をベルタの心へと強く引き付けることは間違いないだろう。

『ベルタ・ガルラン夫人』には、タイトルの類似だけではなく、その内容に照らし合わせてみても、どこかフローベールの『ボヴァリー夫人』を思い起こさせるものがある。
当然ながら両作品のあらすじには似ているところとそうでないところがあるわけで、『ベルタ・ガルラン夫人』と『ボヴァリー夫人』とを読み比べてみるのも面白いはずだ。

岩波文庫に名を連ねる隠れた名作によくあることだが、『ベルタ・ガルラン夫人』も仮名遣いは古いままとなっており、中にはそれに抵抗を感じられる方もいるかもしれない。
さらに、『ベルタ・ガルラン夫人』はさほど再版が重ねられていないようなので、流通量自体がきわめて少ない貴重な本の一つであることも事実だろう。
多少の読みにくさ、入手のしにくさを加味しても、なおかつお勧めしたい作品だ。

『カサノヴァの帰還』 シュニッツラー(集英社)

カサノヴァの帰還カサノヴァの帰還

書名:カサノヴァの帰還
著者:アルトゥル・シュニッツラー
訳者:金井 英一、小林 俊明
出版社:集英社
ページ数:237

おすすめ度:★★★★★




主に戯曲や短編・中篇作品によって知られるシュニッツラーの長編作品の一つがこの『カサノヴァの帰還』だ。
伝説の放蕩児であるカサノヴァを主人公に迎えた本作は、読者が自ずとあらすじに引き付けられてしまう作品に仕上がっている。
愛と欲望を描き続けたシュニッツラーが選ぶ主題としては誠にふさわしく、小説としての出来栄えも申し分がないので、幅広い読者層にお勧めしたい一冊だ。

50歳を過ぎ、追放となった故郷ヴェネツィアへの帰還を強く願い始めたカサノヴァ。
ヴェネツィアの元老院から帰郷が許されかけていた頃、その昔にほんの気まぐれから恩を与えた男に会う。
カサノヴァのおかげで結婚できたといっても過言ではないその男は、自分の屋敷にカサノヴァをしつこく招待し、断りきれずにカサノヴァもそれを受けることに。
その館で、カサノヴァはまた魅力的な女性に出会ってしまったものだから・・・。
『カサノヴァの帰還』を読み始める前に、読者はカサノヴァという有名な主人公に対して何らかのイメージを持っているはずで、それだけすんなりと作品世界に入り込めるに違いない。
カサノヴァの帰還 (ちくま文庫)カサノヴァの帰還 (ちくま文庫)

『カサノヴァの帰還』はちくま文庫からも出されているようだ。
表紙も同じなら訳者も一緒で、内容としてはまったく同じものなのだろう。
ただ、集英社の単行本のほうには妖艶な雰囲気を強める上で大いに効果のある挿絵が複数挿入されていたが、もし文庫本のほうにそれがないとしたら、少々惜しいと言わざるをえない。

この『カサノヴァの帰還』がそれほど知名度の高い作品であるとは思えないが、主人公のインパクト性の強さもあり、読者はみなストーリーテラーとしてのシュニッツラーの腕前に引き込まれること疑いなしだ。
シュニッツラーのファンの方はもちろん、シュニッツラーを初めて読まれる方にもお勧めしたい、そんな作品だ。

『桶物語・書物戦争 他一篇』 スウィフト(岩波文庫)

桶物語・書物戦争 他一篇 (岩波文庫)桶物語・書物戦争 他一篇 (岩波文庫)

書名:桶物語・書物戦争 他一篇
著者:ジョナサン・スウィフト
訳者:深町 弘三
出版社:岩波書店
ページ数:281

おすすめ度:★★★☆☆




スウィフト初期の作品三点を収録したのが本書『桶物語・書物戦争 他一篇』だ。
論敵を褒めるかのように見せて、その実、徹底的にこきおろすという皮肉な言い回しなど、きわめてスウィフトらしい鋭さを感じさせる作品となっている。
いい意味でも悪い意味でも、いかにもスウィフトという作品が収録されているので、スウィフトに関心のある読者にはお勧めだ。

そもそも『桶物語』という何のことやら察しのつかぬタイトルに興味を抱く読者も少なくないはずだが、その緒言において述べられるように、『桶物語』はたとえ話である。
すべての読者に明解なたとえ話であるとは思えないが、親切な訳注が補ってくれるので、読者がスウィフトの風刺を見失うことはないはずだ。
そうはいっても、数々の脱線をはらむ蛇行した文体には、好き嫌いが分かれるかもしれない。

『書物戦争』と『人工神憑の説』においても、スウィフトは皮肉の手を緩めない。
当時、古代と近代のどちらの学問が優れていたかが論争になっていたようで、これはしばしば『桶物語』にも見られる特徴だが、『書物戦争』においてスウィフトの論敵に対する個人攻撃が最も顕著に表れていて、作品自体がどこか私闘の観すら帯びている。
そういう意味ではあまり普遍性が感じられない作品となっているようだが、ホメロスやアリストテレスなどが古代派の代表として登場するくだりは多くの読者を楽しませることだろう。

1968年に初版となったこの『桶物語・書物戦争』、訳文に古めかしい雰囲気はあるが、仮名遣いは新しいものが採用されている。
ガリヴァー旅行記』以外に何かスウィフトの作品を読みたいという方には、内容的に気楽に読めるが仮名遣いの古い『奴婢訓』と、やや堅苦しい文章ではあるが仮名遣いが読みやすく、さらに新品での入手も容易な『桶物語・書物戦争』と、どちらをよりお勧めするべきなのか判断に迷うところではある。
とはいえ、それぞれ毛色が異なるので、両方を手にしていただくのがベストであることは間違いないだろう。
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