『セワ゛ストーポリ』 トルストイ(岩波文庫)

セワ゛ストーポリ (岩波文庫)セワ゛ストーポリ (岩波文庫)

書名:セヴァストーポリ
著者:レフ・トルストイ
訳者:中村 白葉
出版社:岩波書店
ページ数:208

おすすめ度:★★★☆☆




若きトルストイの文名を高からしめた出世作がこの『セヴァストーポリ』である。
自らも従軍していたセヴァストーポリの包囲戦を扱った作品で、『戦争と平和』をはじめ、戦争を題材にした作品を数多く執筆したトルストイにとっては、誰もが納得の出世作と言えるのではなかろうか。
また、『セヴァストーポリ』はその題材のジャンルとして興味深いだけでなく、一個の文学作品としてももちろん大いに読み応えを秘めているので、トルストイのファン以外の読者も楽しめることだろう。

『セヴァストーポリ』は、三つの作品から構成されている。
いずれも戦時中のセヴァストーポリを舞台にしたものであることは変わらないが、1854年12月、1855年5月、1855年8月と、描かれている時期は異なっている。
それぞれの作品の長さもまったく違うし、そして何よりもトルストイの書きぶりにも相違が見られるので、『セヴァストーポリ』という一つのタイトルにまとめられている中にも、独特の奥行きすら感じさせる作品群に仕上がっていると言えるはずだ。
一般に戦争ものは偏った見地から書かれると退屈この上ない駄作に陥りがちだが、『セヴァストーポリ』がそのような失敗を犯していないのは言うまでもない。

岩波文庫版の『セヴァストーポリ』の難点を挙げるとすれば、これは初版年度の古い岩波文庫の常であるが、旧漢字が多用されていることだろう。
慣れてしまえばどうということはないし、慣れていずともまったく読み進めることができないほどの人はそうそういないとは思うが、近年新たに出されている出版物と比べて読みにくいことは間違いない。

そういう意味ではこの『セヴァストーポリ』、あまり一般受けはしないのかもしれないが、トルストイの出世作と聞いて感心を持たれた方は、ぜひ手にしていただければと思う。
多少の読みにくさに失望されたとしても、発表当時のロシアで一大センセーションを巻き起こしたその内容には必ずや満足いただけることだろう。
スポンサーサイト

『ジル・ブラース物語』 ル・サージュ(岩波文庫)

ジル・ブラース物語 1 (岩波文庫 赤 520-1)ジル・ブラース物語 1 (岩波文庫 赤 520-1)ジル・ブラース物語 2 (岩波文庫 赤 520-2)ジル・ブラース物語 2 (岩波文庫 赤 520-2)ジル・ブラース物語 3 (岩波文庫 赤 520-3)ジル・ブラース物語 3 (岩波文庫 赤 520-3)

ジル・ブラース物語 4 (岩波文庫 赤 520-4)ジル・ブラース物語 4 (岩波文庫 赤 520-4)

書名:ジル・ブラース物語
著者:ル・サージュ
訳者:杉 捷夫
出版社:岩波書店
ページ数:332(一)、266(二)、310(三)、303(四)

おすすめ度:★★★★




18世紀のフランスの小説家、ル・サージュによる長編小説『ジル・ブラース物語』は、ル・サージュの代表作であるとともに、ル・サージュの名を文学史に刻んだ作品でもある。
主人公が様々な冒険に巻き込まれるというピカレスク小説の流れを汲む作品で、本作の舞台となるのもピカレスク小説の本場とも言うべきスペインである。
ジル・ブラースの出会う人々が語る身の上話が一章を成していたりする点はどこか『ドン・キホーテ』のようでもあり、ついスペインの作家によるものと錯覚してしまうほど全体にスペイン色が色濃く打ち出されているのが特徴だ。

『ジル・ブラース物語』は、前途有望なジル・ブラース青年がスペイン中で数々の事件に巻き込まれながら、また、時には自ら事件を引き起こしながらも続いていく物語である。
数々の悪人に出会い、しばしば善人にも遭遇しつつも、ジル・ブラースの地位や懐具合はめまぐるしく変化し続ける。
読者はジル・ブラースの置かれている立場に気をもまずにはいられないことだろう。

『ジル・ブラース物語』に作品としての確固たる構成があるかどうかという問いに答えるのはそう単純ではない。
一見さほど前後の脈絡のなさそうなエピソードが連綿とつながっていくのだが、登場人物の配置に関しては必ずしも行き当たりばったりというわけではないのである。
好意的な見方をするとすれば、岩波文庫の紹介文に付せられているように、主人公ジル・ブラースの成長する様を描いた教養小説としても読むことが可能になるだろうが、いずれにしても、批評眼を眠らせてただただエピソードの連なりを素直に読むのが一番楽しめる読み方なのかもしれない。

後の文学作品においてもしばしば言及があることから、欧米、ことにル・サージュの母国であるフランスでは時代を画する一つの古典としてそこそこ読まれてきている作品であるはずなのだが、現在の日本ではそれほど注目を浴びることもないらしい。
確かに『ジル・ブラース物語』の作風は小説の作法としては古風なものであるし、今日の日本人の多くが古臭いと感じる作品なのだろうけれども、古風だからこそ味わえるクラシカルな趣というものを帯びていることは誰にも否定できないはずだ。
フィールディングの『トム・ジョウンズ』、スモレットの『ロデリック・ランダムの冒険』などと共に、18世紀の香りを楽しみたい方にお勧めしたい作品だ。

『トロイラスとクレシダ』 シェイクスピア(白水Uブックス)

シェイクスピア全集 (〔24〕) (白水Uブックス (24))シェイクスピア全集 (〔24〕) (白水Uブックス (24))

書名:トロイラスとクレシダ
著者:ウィリアム・シェイクスピア
訳者:小田島 雄志
出版社:白水社
ページ数:247

おすすめ度:★★★★




『トロイラスとクレシダ』は、一般的には悲劇に分類されることが多いのかもしれないが、同じくヒーローとヒロインをタイトルとした悲劇『ロミオとジュリエット』とはその様相が大きく異なっており、ジャンル分けの難しい「問題劇」の一つに数えられている。
トロイ戦争を舞台にした作品であるため、『イリアス』の登場人物たちに思い入れのある読者に特にお勧めしたい一冊であるが、『トロイラスとクレシダ』には英語読みの名前があまり一般的とは言えない登場人物も多く、アキリーズやヘクターなどはギリシア名に近いから容易に察しはつくだろうが、エージャックスがアイアスを示すというのは注意が必要かもしれない。

トロイの王であるプライアムの王子、トロイラスの恋の相手は、ギリシア方に寝返ったカルカスの娘、クレシダだった。
クレシダの叔父の手引きで相思相愛の二人は結び付けられるが、その後の二人の運命は・・・。
とはいっても、『トロイラスとクレシダ』において、二人の恋物語は必ずしも劇の奏でる主旋律とはなっていない。
むしろアキリーズやヘクター、ユリシーズやエージャックスの活躍に、質からいっても量からいっても多くの紙幅が割かれている。
また、『トロイラスとクレシダ』には『イリアス』とはかけ離れた部分もあり、シェイクスピアがトロイ戦争とその登場人物たちをどう扱うのかは大方の読者にとってたいへん興味深いのではなかろうか。
トロイラスとクレシダ―シェイクスピア全集〈23〉 (ちくま文庫)トロイラスとクレシダ―シェイクスピア全集〈23〉 (ちくま文庫)

『トロイラスとクレシダ』は比較的最近になってちくま文庫からも発売となったようだ。
出版年が数十年先立つ小田島訳が古さを感じさせるということはあまりないと思うが、細かい注釈を期待する読者にはちくま文庫版のほうが適しているように思う。

シェイクスピアの「問題劇」は、その幕切れの解釈に悩む読者が多いことも予想されるが、それだけ無数の読みの存在する可能性を秘めた作品であることは事実であろう。
そしてこの『トロイラスとクレシダ』は、トロイ戦争という題材が非常に有名であるだけに、シェイクスピアの「問題劇」の中では最もなじみやすい作品だと言えるのではなかろうか。

『ヘンリー八世』 シェイクスピア(白水Uブックス)

シェイクスピア全集 (〔37〕) (白水Uブックス (37))シェイクスピア全集 (〔37〕) (白水Uブックス (37))

書名:ヘンリー八世
著者:ウィリアム・シェイクスピア
訳者:小田島 雄志
出版社:白水社
ページ数:242

おすすめ度:★★★☆☆




シェイクスピア最晩年の作の一つであり、最後の作品とさえ考えられている歴史劇がこの『ヘンリー八世』だ。
シェイクスピアの単独による執筆がなされたのか、他の誰かとの合作なのかが議論されるという、その成立過程に少々いわくの付いた作品である。
決してシェイクスピアの代表的な作品であるとは言い難いが、シェイクスピアが歴史劇で扱った王の中でヘンリー八世は日本でもその名が比較的知られている方なので、その分とっつきやすい部類に入る作品かもしれない。

ヘンリー八世の治世といえば、やはり彼の離婚問題が最大級の出来事と言えるだろう。
離縁された元王妃キャサリンなど、『ヘンリー八世』には痛々しい没落の様を見せる登場人物が複数存在し、見事な悲劇的場面を演じている。
ヘンリー八世にいいイメージを持っている人はほとんどいないと思うが、そんなあまり人気のない王をシェイクスピアがどのように描くのか、『ジョン王』の場合と同じく、読者の興味の的になるのではなかろうか。

しかしながら、『ヘンリー八世』において、タイトルロールでもあり、歴史上に悪名を残しているヘンリー八世の存在感は、意外と薄いと言わざるを得ない。
劇の進行の途中で読み応えのあるシーンが散見するとはいえ、大団円に向かって突き進むというスタイルの劇ではないため、いくらか緊迫感に欠けるところがあるのも事実だろう。
『ヘンリー八世』に対する批評家の判断も肯定派と否定派に二分されているようで、私の読後の印象はどちらかといえば後者寄りのものである。
ヘンリー四世』や『リチャード三世』と比べて、シェイクスピアの生きた時代から近い時期を取り扱ったものであるため、やや露骨に追従的な言辞が述べられているのも、個人的にはあまり好きになれない。
とはいえ、真偽のほどはどうあれ、シェイクスピアの最後の作品とされる『ヘンリー八世』が、シェイクスピアに関心のある読者を強く引き付けうる存在であることは疑う余地がないだろう。

『トリスタン・イズー物語』 (岩波文庫)

トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)

書名:トリスタン・イズー物語
著者:作者不詳
訳者:佐藤 輝夫
出版社:岩波書店
ページ数:303

おすすめ度:★★★★




ケルトの伝説を元に、中世フランスでまとめられた恋愛物語である『トリスタン・イズー物語』。
岩波文庫版は、中世に成立した原本そのものを直接翻訳したわけではないらしいが、それだけ一般の読者が読んでも楽しめる内容になっていると思う。
トリスタンとイズーもしくはイゾルデという名前は日本でもよく知られているだろうし、文章自体も読みやすく訳されているので、幅広い読者にお勧めできる一冊だ。

叔父でもある自らの主君の将来の妻イズーを連れ帰る途中、イズーと激しい恋に落ちてしまった騎士トリスタン。
王とトリスタン、イズーの三人はどういう結末を迎えるのか・・・。
後世の編集のおかげなのかもしれないが、単にあらすじが大雑把に述べられているだけではなく、中世の作品とは思えないほどその経過もよくできているのが『トリスタン・イズー物語』なので、作品としての読み応えに関してはいい意味で読者の期待を裏切るのではなかろうか。
トリスタンとイゾルデ [DVD]トリスタンとイゾルデ [DVD]

悲恋を扱った『トリスタン・イズー物語』は、劇作としてもたいへん扱いやすい題材なのだろう。
ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の元となったことはよく知られているし、日本でもかつて宝塚で上演されていたような気がする。
そして右は何年か前に作成されたハリウッド映画の『トリスタンとイゾルデ』。
時代設定が古く、作品世界の雰囲気をつかみづらい『トリスタン・イズー物語』のイメージを把握するのに適しているように思う。

『トリスタン・イズー物語』の主人公を務めるだけではなく、アーサー王物語との関連においても、トリスタンという騎士の存在は重要な地位を占めている。
ロミオとジュリエット』をはじめ、後の文学作品への影響が指摘されている『トリスタン・イズー物語』、ヨーロッパの文学に関心のある方はぜひ読んでみていただきたいと思う。

『ロランの歌』 (岩波文庫)

ロランの歌 (岩波文庫 赤 501-1)ロランの歌 (岩波文庫 赤 501-1)

書名:ロランの歌
著者:作者不詳
訳者:有永 弘人
出版社:岩波書店
ページ数:291

おすすめ度:★★★★★




武勲詩というジャンルの中では最も有名かつ重要な位置を占める作品がこの『ロランの歌』である。
ドン・キホーテが読み過ぎていた荒唐無稽な騎士道物語とは異なり、かなり現実的・人間的なあらすじからできているのが特徴だ。
中世フランスの作品ということで成立以降かなりの年月が経っているが、今日の日本の読者が読んでも十分面白い作品だと思う。

『ロランの歌』は、シャルルマーニュに仕える武勇の誉れ高きロラン伯を主人公とした叙事詩である。
イベリア半島で異教徒たちと戦っていたシャルルマーニュの軍勢が、敵方の降伏を受け入れ、フランスを目指して撤退することに決まる。
そしてそのしんがりを務めることとなったのがロラン伯を中心とする一隊なのだが、彼らは多勢による敵襲に遭い、窮地に陥ってしまう。
ロランは味方を呼び戻すべく合図の角笛を吹くよう勧められるのだが・・・。
ロランの活躍を歌い上げる武勲詩だけあり、他にもインパクトの強い登場人物が数名いるにもかかわらず、『ロランの歌』におけるロランの存在感は圧倒的なものがある。
ロランに焦点を当てて読んでいくだけでもかなり楽しめるに違いない。

欧米で、特にフランスでは非常に有名であるはずなのに、『ロランの歌』を題材にした絵画作品はそれほど多くないのではなかろうか。
右は『ロランの歌』の名場面の一つを描いた銅版画で、主人公であるロランと彼の名剣、そして角笛という、『ロランの歌』のエッセンスを凝縮したかのような見事な一枚となっている。
『ロランの歌』を読み終えた後で眺めると、いわく言い難い味わいのある絵に感じられることだろう。

『ロランの歌』を読まれた方には、スペインの武勲詩である『エル・シードの歌』もお勧めだ。
日本で紹介されているヨーロッパの中世文学はさほど作品数が多いとはいえないが、それだけ珠玉の作品が伝わってきているということなのかもしれない。
いずれにしても、『ロランの歌』は自信を持ってお勧めできる作品だ。

『国際エピソード』 ヘンリー・ジェイムズ(岩波文庫)

国際エピソード (岩波文庫 赤 313-2)国際エピソード (岩波文庫 赤 313-2)

書名:国際エピソード
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:上田 勤
出版社:岩波書店
ページ数:134

おすすめ度:★★★★




ヘンリー・ジェイムズの初期から中期にかけての中編作品の一つがこの『国際エピソード』である。
後期のジェイムズ作品に感じられる難解さは影をひそめており、ジェイムズのストーリーテラーとしての手腕が存分に発揮されている作品となっている。
また、大西洋の東西における価値観をテーマにした作品であるために、その内容もきわめてジェイムズらしいものに仕上がっているように思われる。
ジェイムズのファンはもちろん、ジェイムズをあまり知らない読者にもお勧めできる作品だ。

イギリスの青年貴族が、短期間の旅行の予定でアメリカに渡る。
そこで美しいアメリカ人女性と出会い、親交を深め、帰国していく。
彼との交流は、ヨーロッパに強い憧れを抱いている彼女の心に対しても並々ならぬ印象を残していて・・・。
『国際エピソード』の中には、これといって熱烈な愛情表現は見受けられないが、その内容からすれば一種の恋愛小説であるといってもいいのだろう。

『国際エピソード』は非常に明快な構成から成り立っている。
第一部ではイギリスの紳士たちがアメリカを旅行し、続く第二部ではアメリカの婦人たちがイギリスを訪れるというもので、アメリカにいるイギリス人、イギリスにいるアメリカ人を描くことで、両国の人々、歴史、文化における対比が鮮明に浮き彫りにされている。
ジェイムズの他の多くの作品と同様、『国際エピソード』はアメリカもヨーロッパも知り尽くしていたジェイムズだからこそ書くことができた小説ということができるのではなかろうか。

ジェイムズの文名を高からしめるのに一役買った『国際エピソード』は、端的かつ典型的なジェイムズ作品とみなすことができるように思う。
新品での入手は困難だが、文章量は手頃で読みやすい作品なので、ジェイムズに興味のある方はぜひ一度読んでみていただければと思う。
カテゴリ
PR
最新記事
RSSリンク