『息子と恋人』 D.H.ロレンス(世界文学全集 38)

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書名:息子と恋人
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整
出版社:河出書房新社
ページ数:500

おすすめ度:★★★★★




D.H.ロレンスの出世作であり、代表作の一つにも数えられている長編作品が本書『息子と恋人』である。
ロレンスの自伝的要素が色濃く打ち出されているのが特徴で、『息子と恋人』以外の自伝的要素が垣間見える作品、たとえば戯曲『炭坑夫の金曜日の夜』などに接する前に読んでおくと、それだけでもだいぶ印象が異なることだろう。
作品自体の面白さだけではなく、他の作品との横のつながりもあるため、ロレンスに興味のある方は必読といってもいい作品だと思う。

『息子と恋人』の舞台となるのはイングランドのとある炭鉱町。
愛情に乏しい夫を持った妻の心は、息子たちを見守ることに傾けられていく。
思い惑う年頃を迎えた息子は、学び、働き、そして恋をする・・・。
読者がそれぞれの登場人物の振る舞いに共感を得られるという作品ではないかもしれないが、ロレンス一家がモデルになっているために作品世界がリアリティに富んでいるのは本書の魅力と言えるのではなかろうか。
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ロレンスの代表作である『息子と恋人』であるが、今日の日本での出版状況は好ましいものとは言い難い。
右に挙げたようにかつては新潮文庫から出されていたようだが、それも今では中古でしか手に入らない状態だ。
『息子と恋人』には岩波文庫版もあるらしいが、それも希少なものとなっているらしく、文学全集に収録されたものが最も入手しやすいように思う。

『息子と恋人』はいろいろな点できわめてロレンスらしい作風の長編作品である。
晩年に書かれた『チャタレイ夫人の恋人』とは一味違うものの、それでいて両方の作品に共通するロレンスならではの筆致も随所に見受けられる。
ロレンスを読みたい方には強くお勧めできる作品だ。
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『チャタレイ夫人の恋人』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

書名:チャタレイ夫人の恋人
著者:D.H.ロレンス
訳者:伊藤 整
出版社:新潮社
ページ数:575

おすすめ度:★★★★★




D.H.ロレンスの晩年の長編作品がこの『チャタレイ夫人の恋人』である。
内容が猥褻であるとの議論がなされたことのある問題作で、日本で翻訳が出された際に裁判沙汰になったこともあるため、日本においても広くその名が知られた作品となっている。
本書がわざわざ「完訳」と断られているのも、過去に猥褻な記述と判断された部分を削除した版が存在するためだ。

戦争から生還した夫が下半身不随となってしまったため、以後性的な関係を望むことのできなくなったチャタレイ夫人。
二人には子供がなかったが、男爵家の血を引く夫の立場からすると、どうしても跡取りが必要で・・・。
性と愛という主要なテーマ以外にも、読者は晩年のロレンスがたどり着いた到達点とも言うべき思想の断片に直面することができるのが『チャタレイ夫人の恋人』なので、ロレンスの作品を初めて読む方にも適しているように思われる。
チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)チャタレー夫人の恋人 (ちくま文庫)チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)チャタレー夫人の恋人 (光文社古典新訳文庫)

右に示すように、『チャタレイ夫人の恋人』はちくま文庫、光文社古典新訳文庫からも出されている。
新潮文庫版と読み比べたわけではないのでどれが最も読みやすいのかは私には判断がつかないが、新潮文庫の伊藤整訳は猥褻物として裁判になったという、いわばチャタレイ事件を引き起こす元になった翻訳であるから、その歴史的価値は訳出から数十年を経た今もまったく色あせることはないだろう。
そういう意味では、今後いかなる優れた新訳が出されようと、伊藤整訳は常に最もお勧めの翻訳であり続けるに違いない。

『チャタレイ夫人の恋人』には、確かに性に関する描写に従来のイギリス文学からは考えられないような露骨な表現が散在しており、それはそれで大いに注目に値する部分ではあろうが、もちろんその点のみが読みどころとなるべき作品ではない。
『チャタレイ夫人の恋人』がポルノに分類されず、純文学の一翼を担っているのはそれなりの理由があるからだ。
どうしても性愛の描写やその出版にあたっての背景事情が興味を引きがちであるが、それらを度外視しても『チャタレイ夫人の恋人』は十分興味深い作品に仕上がっているので、まずは一読をお勧めしたい。

『ニーベルンゲンの歌』 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

書名:ニーベルンゲンの歌
著者:作者不詳
訳者:相良 守峯
出版社:岩波書店
ページ数:316(前)、353(後)

おすすめ度:★★★★★




12世紀頃に成立したといわれるドイツの一大英雄叙事詩がこの『ニーベルンゲンの歌』である。
ドイツの『イリアス』との異名を取るほどの作品で、ゲルマン的な力強さにあふれた作品となっている。
あらすじに多少入り組んだところがないでもないが、予備知識なしでも十分楽しめる作品なので、幅広い読者層にお勧めできる作品だ。

豪勇で知られたネーデルラント国の王子ジークフリートは、美しき姫君として名高いブルグント国のクリームヒルトに結婚を申し込みに赴いた。
ちょうどそのとき、クリームヒルトの兄であるブルグント国王も、自らとの闘いに勝てた相手となら結婚するという武勇に秀でた女傑に求婚しており・・・。
個性と躍動感に富んだ登場人物によって展開される物語はたいへん読み応えがあり、成立時期を考え合わせれば、文学作品としての完成度はきわめて高いと言えるだろう。
ニーベルンゲンの歌 前編 (ちくま文庫)ニーベルンゲンの歌 前編 (ちくま文庫)ニーベルンゲンの歌 後編 (ちくま文庫)ニーベルンゲンの歌 後編 (ちくま文庫)

『ニーベルンゲンの歌』は近年ちくま文庫からも刊行されたようだ。
実際に読み比べたわけではないので確かなことは言えないが、訳文の新しさに読みやすさを感じる方もいるかもしれない。
そうはいっても、『ニーベルンゲンの歌』のような成立年代の古い作品の場合、少し古めかしい訳文の方がどことなく味わいが感じられるというのもまた事実であるように思う。

ドイツには観光名所となっている街道が点在するが、その中の一つにニーベルンゲン街道というのがある。
『ニーベルンゲンの歌』にちなんで名付けられたその街道を、『ニーベルンゲンの歌』を片手に辿ることができればそれに勝る喜びはないのではなかろうか。
とはいえ、どのような環境で読もうと『ニーベルンゲンの歌』の備える迫力は常に読者を魅了するに違いない。
ドイツ文学の出発点とも言うべき『ニーベルンゲンの歌』、欧米文学に関心のある方であればぜひ一読いただきたい作品だ。

『狐物語』 (岩波文庫)

狐物語 (岩波文庫)狐物語 (岩波文庫)

書名:狐物語
著者:作者不詳
訳者:鈴木覚、福本直之、原野昇
出版社:岩波書店
ページ数:345

おすすめ度:★★★★




中世フランスに端を発し、ヨーロッパ中で読まれるに至った作品である『狐物語』。
複数の作者によって徐々に書き足されていったものであるため、全体としての統一感や整合性には欠けるが、各々のエピソードの面白さがその不足を補って余りあることだろう。
随所に社会風刺も見受けられ、単なる滑稽な馬鹿話を集めた作品に止まらないというのも『狐物語』に箔を付けているのかもしれない。

『狐物語』は、何とかして他者を欺いてやろうとばかり考えている悪賢い狐、ルナールが主人公だ。
ルナールが鶏や烏との知恵比べをしたり、ライオンを王に頂く宮廷に出向いたりと、狐以外にも数多くの動物たちが登場し、ルナールに悪だくみをさせる舞台を用意してくれる。
その中でも特にルナールと狼イザングランとのやり取りは見もので、散々にだまされたイザングランがどのような決着をつけるのか、読者の興味を引き付けるに違いない。
狐物語狐物語

岩波文庫版の『狐物語』は、現存するすべてのエピソードのおよそ三分の一を収録した抄訳版となっている。
少しでも多くのエピソードを読まれたい方には右の『狐物語』がいいのではなかろうか。
岩波文庫版と同じ三名の訳者による単行本で、文庫本に収められていない話も収録されている。
とはいえ、明確な決定版の存在しない『狐物語』の場合、抄訳であることによる物足りなさを感じることがそれだけ少ないため、専門家以外の一般の読者が読む分には手頃な文庫本で十分な気もする。

岩波文庫版の『狐物語』は、何箇所か話の合間にコラムを挿入して中世の読書・出版事情に関して読者の理解を助けてくれる。
訳注はもちろん、挿絵も挿入されているのでたいへん読みやすい。
ユーモアや風刺に富んだ『狐物語』、読書家の方にもそうでない方にもお勧めできる一冊だ。

『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 (岩波文庫)

ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら (岩波文庫)ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら (岩波文庫)

書名:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら
著者:作者不詳
訳者:阿部 謹也
出版社:岩波書店
ページ数:452

おすすめ度:★★★★




中世ドイツ文学が誇る風刺作品がこの『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』である。
数々のいたずらが綿々と綴られている作品なのだが、意外と読者を飽きさせることがないのが不思議なところだ。
日本ではあまり知られていない作品であるように思うが、何しろ肩肘張らずに気楽に読めるので、軽い気持ちで手にしていただければと思う。
読者は皆、破天荒ないたずら者であるティル・オイレンシュピーゲルの活躍にほくそ笑まれること疑いなしだ。

本作の主人公であるティル・オイレンシュピーゲルは、いろいろな職業を器用にこなしつつ各地を放浪する無頼漢である。
相手構わずあまりにも馬鹿げた、そして概ね非常に下品ないたずらを繰り広げ続けるティルだが、なぜか読者は彼を憎むことができないのではなかろうか。
権力に対する反抗精神を容易に読み取ることができる点が、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』が何世紀にもわたって読み継がれている一因なのかもしれない。

ティルの行う低俗ないたずらには、どことなく発想が子供っぽいところがあり、人間臭さの強い中世の雰囲気がにじみ出ている。
お世辞にも洗練されているとは言えないが、粗野で露骨な作風に一抹の人間味を感じるのは私だけではないはずだ。
ティル・オイレンシュピーゲルが実在したかどうかは別問題としても、作品世界で彼が力強く息づいているのは事実だろう。

『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』は明確な一本のストーリーに貫かれた作品ではなく、各々のエピソードの配列の仕方には異論を唱えている研究者もいるほどで、個々のエピソードはさほど読者の記憶には残らないかもしれない。
しかし、最低でも『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』が面白い読み物であるという印象だけは長く記憶に焼き付けられるに違いない。
少々堅苦しい文学作品に疲れたときの息抜きに読む本としてもお勧めしたい。

『死の如く強し』 モーパッサン(岩波文庫)

死の如く強し (岩波文庫)死の如く強し (岩波文庫)

書名:死の如く強し
著者:ギ・ド・モーパッサン
訳者:杉 捷夫
出版社:岩波書店
ページ数:373

おすすめ度:★★★★




女の一生』、『ベラミ』と並ぶモーパッサンの長編作品の一つがこの『死の如く強し』だ。
決して作家生活が長かったとはいえないモーパッサンだが、そんな彼にとって後期の作品に分類される長編作品で、それだけ円熟の域を感じさせる仕上がりになっているのは間違いないように思う。
現在新品は出回っていないが、いつ再版されてもおかしくない読み応えのある一冊なのでたいへんお勧めだ。

パリの流行画家の一人であるオリヴィエ・ベルタンは、裕福な伯爵夫人と長らく愛人関係にあった。
画家も夫人もすでに若くはなく、互いに自らの容姿の衰えを気にしだしているのだが、そんな中、若くて活発な伯爵夫人の娘がパリにやってくることになる。
画家は若き頃の伯爵夫人を髣髴とさせるような魅力を娘の中に見出して・・・。
『死の如く強し』の一つの特徴として、画家と夫人、それぞれの心理描写が巧みに織り交ぜられているという点が挙げられる。
『死の如く強し』の読者は、独身の画家と家庭のある伯爵夫人の双方向から見た世界を目の当たりにすることができ、それだけ味わいに富んだ奥行きを感じさせられることとなる。
また、結末まで読み進めた読者は、意味深長なタイトル「死の如く強し」についても考えさせられるのではなかろうか。

『死の如く強し』は、いかにもモーパッサンらしい皮肉の効いた作品かというと必ずしもそうではない。
むしろ、世間でモーパッサンは『脂肪のかたまり』のような作風を得意とする作家であるというイメージが先行してしまっているからこそ、『死の如く強し』はモーパッサンの代表作とみなされることもなく、いくらか埋もれた地位に甘んじているのかもしれない。
しかし、モーパッサンに興味のある読者であればあるほど、ある意味でモーパッサンらしからぬ作品に強い興味を抱くのではなかろうか。
モーパッサンに関心のある方は、喜ばしい驚きを感じさせてくれるこの『死の如く強し』をぜひ一読いただければと思う。

『生ける屍』 トルストイ(岩波文庫)

生ける屍 (岩波文庫)生ける屍 (岩波文庫)

書名:生ける屍
著者:レフ・トルストイ
訳者:米川 正夫
出版社:岩波書店
ページ数:129

おすすめ度:★★★☆☆




トルストイの戯曲の一つである『生ける屍』。
戦争と平和』のような大河小説はもちろん、『イワンのばか』のような民話、さらには『人生論』のように論文調の作品をも発表していたトルストイであるから、戯曲スタイルの作品があっても不思議はないというものだが、トルストイが戯曲を書いていたという事実はあまり知られていないのではなかろうか。
『生ける屍』はトルストイによる戯曲であるという一点においても大いに興味深いだろうし、また、『生ける屍』はトルストイの死後に遺稿として発表されたという経緯を持つため、なぜトルストイが『生ける屍』を発表しなかったのかを考えてみるのも面白いに違いない。

妻リーザのことを顧みず、若いジプシー女に熱を上げる夫フェーヂャ。
リーザは二人の友人であるカレーニンに夫を連れ戻してくれるようにと頼むが、そのカレーニンこそは、かつてリーザに結婚を申し込んだ男だったのであり・・・。
『生ける屍』の読者は、ロシア文学における一大テーマである「余計者」の系列に属する男に再び出会うことができるだろう。
そもそも、『生ける屍』という表題の意味するところ自体が、「余計者」に対するいささかどぎつい形容に他ならないのではなかろうか。
また、『生ける屍』には、場面が細分化されているという特徴がある。
ひょっとすると舞台にかけるよりは読書に向いている戯曲なのかもしれない。

使用されている漢字や仮名遣いこそ古いが、そこそこ版を重ねてきている『生ける屍』は、絶版となっている岩波文庫にしては比較的入手しやすい部類に入る。
ましてその価格帯も手頃なので、トルストイに関心のある方はぜひ一読してみていただきたい。
読者は『生ける屍』の中に必ずやトルストイらしいヒューマニズムを見出されることだろう。
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