『ムツイリ・悪魔』 レールモントフ(岩波文庫)

ムツイリ・悪魔 (岩波文庫)ムツイリ・悪魔 (岩波文庫)

書名:ムツイリ・悪魔
著者:ミハイル・レールモントフ
訳者:一条 正美
出版社:岩波書店
ページ数:185

おすすめ度:★★★★




散文作品である『現代の英雄』の作者として有名なレールモントフであるが、詩人としての業績にもプーシキンと肩を並べるものがある。
そんなレールモントフの代表的な叙事詩を二編収録したのが本書『ムツイリ・悪魔』だ。
初版の出されたのが古いので多少訳文が古いのは事実であるが、それほど読みにくくはないし、ストーリー性のある叙事詩はやはりすんなりと読み進めることができるだろう。

『ムツイリ』は、幼くして修道院の壁の中での暮らしを強いられることになったにもかかわらず、自由を求めてやまない青年を描いた作品だ。
一方『悪魔』では、恋する悪魔と、内心の葛藤を思い悩む乙女を描いている。
両作品ともにロマン主義の色合いが強く、ひょっとするとこの『ムツイリ・悪魔』は、邦訳が出版されているロシア文学の中で最もロマン主義を感じさせる一冊になっているかもしれない。

『ムツイリ』も『悪魔』も、レールモントフを語る上で必ず取り上げられるロシア南部の辺境の地、コーカサス地方を舞台にしている。
一読しただけでは、詩の登場人物たちとレールモントフとの間に直接的な関係性はないように思われるかもしれないが、解説で述べられているレールモントフの境遇を読んでいくうちに、いずれの作品中においてもレールモントフの精神が息づいているのだと気付かされることだろう。

『ムツイリ・悪魔』の読者は、レールモントフらしい美しいイメージや高尚な観念の連なりに触れ、心の中でその余韻に浸らずにはいられないように思う。
それと同時に、レールモントフの邦訳作品の少なさを惜しむことにもなるのではなかろうか。
現代の英雄』でレールモントフに興味を持たれた方や、プーシキンの作風が気にっている方は、ぜひ本書『ムツイリ・悪魔』を手にしていただければと思う。
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『現代の英雄』 レールモントフ(岩波文庫)

現代の英雄 (岩波文庫 赤 607-1)現代の英雄 (岩波文庫 赤 607-1)

書名:現代の英雄
著者:ミハイル・レールモントフ
訳者:中村 融
出版社:岩波書店
ページ数:293

おすすめ度:★★★★★




ロシア文学の草創期にその名を留める作家・詩人であるレールモントフの代表作がこの『現代の英雄』だ。
数々の文学全集に収録されていることからもわかるように、『現代の英雄』は19世紀前半のロシアを代表する文学作品の一つで、当時の社会の一端を象徴している側面もあるため、今後も『現代の英雄』に与えられている評価は揺るがないことだろう。
文学史上の位置付けを度外視しても、物語性の強い散文作品であるため非常に読みやすく、幅広い読者層に受け入れられうる作品だと思う。

『現代の英雄』の主人公ペチョーリンは、自分を取り巻く環境の中から彼を満たしてくれるものを見出すことができない。
そんな彼の選んだ生き様とは・・・。
「余計者」の系譜に連なるペチョーリンは、他の「余計者」たちとの連関の中で読むとひときわ興味深さを増してくる人物像となるに違いない。

主人公のペチョーリンには、作者レールモントフの影が色濃く映し出されている。
レールモントフが若くして決闘によりこの世を去ったという事実を念頭に置いて読むことのできる我々後世の読者は、『現代の英雄』にそれだけ深みを持たせて読むことができるというアドバンテージがあるとも言えるだろうか。

『現代の英雄』は、その成立過程から言っても内容から言っても、プーシキンの『オネーギン』と切っても切り離せない関係にある。
オネーギン』の読者がその変奏ともとらえることのできる『現代の英雄』を楽しめないはずはないし、逆に『現代の英雄』の読者は、『オネーギン』に『現代の英雄』のルーツを探ることができることだろう。
ロシアの一時代を描いた双璧である『現代の英雄』と『オネーギン』とを、ぜひ共に味わっていただければと思う。

『幻獣辞典』 ボルヘス(晶文社)

幻獣辞典 (晶文社クラシックス)幻獣辞典 (晶文社クラシックス)

書名:幻獣辞典
著者:ホルヘ・ルイス ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ
訳者:柳瀬 尚紀
出版社:晶文社
ページ数:269

おすすめ度:★★★★




ボルヘスが世界中から120の幻獣を集め、簡潔な説明を施したのが本書『幻獣辞典』である。
幻獣たちは時代、場所を問わず幅広く収集されており、膨大な読書量を誇るボルヘスならではの仕上がりとなっている。

『幻獣辞典』に収録されている幻獣の例を挙げると、ケンタウロス、ケルベロス、クラーケン、フェアリー、トロール、ガルーダ、八岐大蛇などがあり、映画やゲームなどでおなじみの幻獣のオンパレードで、読者は多かれ少なかれ既知の幻獣に出会うことだろう。
また、カフカの創造した生き物であるオドラデクを幻獣の一つに数えるという、ボルヘスファンを喜ばせるような項目が散見するのが本書の特徴でもある。
幻獣辞典幻獣辞典幻獣辞典 (河出文庫)幻獣辞典 (河出文庫)

私が読んだ『幻獣辞典』は1998年に晶文社クラシックとして復刊された、いわば第二版であるが、2013年には右に示すように新たな版が出され、さらに2015年には文庫化までされるようになった。
新版にはイラストが数点追加されているようで、幻獣を紹介する本としての読みやすさは格段に増しているに違いない。
それにしても、特にボルヘスの代表作というわけでもないのに『幻獣辞典』が版を重ねているという事実は、文明の草創期以来、人間にとって幻獣の魅力は衰えていないということを明かしているのだろう。

幻獣の選び方や文章の綴り方にボルヘスらしさが見受けられるものの、『幻獣辞典』はボルヘスの作品群の中ではやはり変わり種である。
しかし、ボルヘスの他の作品との関連性が弱いことは本書の短所ではなく、むしろ『幻獣辞典』をボルヘス文学とは無関係に読むことを可能にしており、多くの読者に対して開かれている作品だという印象を受ける。
ボルヘスには難解な作家というイメージがあるかもしれないが、この『幻獣辞典』は気軽に手にしても十分楽しめることだろう。

『ブエノスアイレスの熱狂』 ボルヘス(大和書房)

ブエノスアイレスの熱狂 (1977年)ブエノスアイレスの熱狂 (1977年)

書名:ブエノスアイレスの熱狂
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:鼓 直、木村 栄一
出版社:大和書房
ページ数:254

おすすめ度:★★☆☆☆




若きボルヘスが自費出版した処女詩集であり、いわばボルヘスの出発点として知られる作品が『ブエノスアイレスの熱狂』だ。
しかし、大和書房から出されている本書『ブエノスアイレスの熱狂』は、その書名からでは察することができないが、実はボルヘスの詩作品や短編、エッセーを集めたアンソロジーとなっている。
詩集『ブエノスアイレスの熱狂』を読みたいという人は失望するだろうが、『伝奇集』に収められているような有名な短篇作品をあえて外してボルヘスの作品を幅広く収録しているので、ボルヘスの短編作品以外の世界を垣間見てみたいという読者には向いている一冊かもしれない。

若い頃のボルヘスは、ブエノスアイレス、ひいてはアルゼンチンに根ざした詩を多く書いていたが、本書からもその特徴を窺うことができる。
また、ボルヘスが中心人物の一人でもあった当時の前衛的な運動であるウルトライスモも、その片鱗がかすかに見られるように思う。
本書に収録されている詩作品の創作年代はおよそ50年もの長きに及んでいるので、ボルヘスの詩の傾向性の移り変わりも感じ取ることができるだろう。

先ほども述べたように、本書『ブエノスアイレスの熱狂』はボルヘスの処女詩集『ブエノスアイレスの熱狂』の全訳ではなく、『闇を讃えて』や『エバリスト・カリエゴ』、『論議』や『エル・オトロ、エル・ミスモ』などからの抜粋によって編まれている。
肝心の『ブエノスアイレスの熱狂』の訳出はわずか15ページほどに過ぎず、『エル・オトロ、エル・ミスモ』に至っては60ページも割かれているので、正直に言ってなぜ『ブエノスアイレスの熱狂』という書名が選ばれたのかは皆目見当がつかない。
本書を手にする人が皆、本書は『ブエノスアイレスの熱狂』の全訳ではないということを理解した上で手にされることを期待するばかりだ。
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