『極北の地にて』 ジャック・ロンドン(新樹社)

極北の地にて極北の地にて

書名:極北の地にて
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋、大矢 健
出版社:新樹社
ページ数:216

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンによる、アラスカやユーコンなどのアメリカ大陸の北端を舞台にした作品を集めた短篇集が本書『極北の地にて』である。
ロンドンといえば代表作である『荒野の呼び声』と『白い牙』によって極北の地を舞台にした作品のイメージが強いが、本書の収録作品の執筆時期は十年に及んでおり、作家生活のさほど長くなかったロンドンが酷寒の地を舞台にした作品を書き続けていたことがわかるというものだ。

短篇集『極北の地にて』は、その表題作の他に『生の掟』、『老人たちの結束』、『千ダース』、『生命にしがみついて』、『マーカス・オブライエンの行方』、『焚き火』の計七作品を収録している。
いずれの作品も、舞台となっている地域の環境の厳しさに由来するのか、それほど明るい内容にはなっていないが、『千ダース』や『マーカス・オブライエンの行方』などでは、ユーモアと呼んでも過言ではないほどの軽快・明朗な雰囲気が支配的であったりもする。

とはいえ、本書の収録作品における醍醐味は、『極北の地にて』、『生命にしがみついて』、『焚き火』にて顕著に表されているような、一歩誤れば命を落としかねない環境に置かれた人間が生き抜こうとする力や意志の表現なのではなかろうか。
しばしば金銭欲が絡んでいたり、他者を顧みないエゴイズムが描かれていたりもするが、そのような人間存在の負の面も各人に肉体的・心理的なゆとりの少ない「極北の地」だからこそいっそう明確になってくる部分であることは間違いないだろう。

決してアラスカものばかり書いていたわけではないロンドンの短篇作品の中から、一つのジャンルのみに焦点を当てたのが本書であるが、おそらく『極北の地にて』においてはその偏り自体が長所になっていると言えるはずだ。
事実、本書は切っても切れない間柄であるロンドンと極北の地とのつながりを読者の前に明示してくれている。
ロンドンに興味のある方はぜひ読んでみていただければと思う。
スポンサーサイト

『ワイマルのロッテ』 トーマス・マン(岩波文庫)

ワイマルのロッテ (上) (岩波文庫)ワイマルのロッテ (上) (岩波文庫)ワイマルのロッテ 下 (岩波文庫 赤 434-3)ワイマルのロッテ 下 (岩波文庫 赤 434-3)

書名:ワイマルのロッテ
著者:トーマス・マン
訳者:望月 市恵
出版社:岩波書店
ページ数:337(上)、365(下)

おすすめ度:★★★★★




ゲーテの代表作である『若きウェルテルの悩み』に登場するヒロインのロッテのその後を描いたのが、本書『ワイマルのロッテ』だ。
当然のことながら『若きウェルテルの悩み』に関する言及が多いため、事前に『若きウェルテルの悩み』を読んだ上で手にするべき作品だと言える。
ゲーテの自伝である『詩と真実』も読んでおいたほうがいっそう楽しめることは間違いないが、岩波文庫の『ワイマルのロッテ』には訳注が充実しているので、必要な部分の説明はすべて補ってくれることだろう。

「ウェルテル」との一件の後、ケストナー夫人となっていたロッテが、娘と共にゲーテの住む町ワイマルを訪れた。
若きウェルテルの悩み』以降、再会することなく40年以上が経っているが、今回の訪問でロッテとゲーテの再会は成るのか・・・。
ゲーテの秘書や息子など、ゲーテをよく知る人の口から語られる話をロッテが聞くという、回り道めいたスタイルで物語が展開していくのが『ワイマルのロッテ』であるが、読み終えた時には読者はそれが結末への一本道であったと気付かされるのではなかろうか。
ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~ [DVD]ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~ [DVD]

右は近年ドイツで制作された映画『ゲーテの恋』で、若きゲーテのロッテとの出会いという『若きウェルテルの悩み』の成立背景を扱っている。
歴史的事実とは内容的に異なる部分が少なくないが、テーマが完全に重複しているため、『若きウェルテルの悩み』と『ワイマルのロッテ』の読者であれば十分楽しめるはずだ。

『ワイマルのロッテ』には議論めいた箇所も少なくないため、難解に感じられる読者もおられるかもしれない。
しかし、ゲーテとトーマス・マンというドイツ文学屈指の二大巨匠の接点を成している『ワイマルのロッテ』は、多少飛ばし読みをしてでも読むに値する作品だと思う。
ゲーテに、トーマス・マンに、ドイツ文学に興味をお持ちの方に強くお勧めしたい作品だ。

『どん底の人びと』 ジャック・ロンドン(岩波文庫)

どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)

書名:どん底の人びと―ロンドン1902
著者:ジャック・ロンドン
訳者:行方 昭夫
出版社:岩波書店
ページ数:352

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンのルポルタージュ作品として知られるのが本書『どん底の人びと』である。
「どん底」という表題、さらには「ロンドン1902」という副題からも察せられるように、20世紀初頭のロンドンの様子を貧民街に焦点を当てて紹介している作品だ。
岩波文庫版の『どん底の人びと』にはジャック・ロンドン自身の撮影した写真も複数掲載されていて、それだけ如実に当時の貧困層の姿を目の当たりにすることができる一冊となっている。

『どん底の人びと』を書き上げるにあたり、ジャック・ロンドンは貧民街を取材のために訪れるだけではなく、彼らに交じって暮らしてもいたのであり、それだけに記述は迫真性に富んでいて興味深い。
ロンドンの貧困層の厳しい生活環境は、ジャック・ロンドンが他の作品でしばしば描いている極北の地に通ずるものがあるかもしれない。
パリ・ロンドン放浪記 (岩波文庫)パリ・ロンドン放浪記 (岩波文庫)

『どん底の人びと』の読者にお勧めしたい関連作品は、ジョージ・オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』だ。
これは『どん底の人びと』の影響下に書かれた作品として知られていて、実際にその内容にも類似箇所が少なくない。
両作品にはおよそ30年間という執筆時期の隔たりがあるため、その間の「どん底」の変化を読み解いてみるのも面白いのではなかろうか。

ジャック・ロンドンという作家は、一般的にはアラスカを舞台にした作品が主流であるというイメージが強いため、『どん底の人びと』のような毛色の異なる作品にはどうしても異色の観がある。
しかし、それだからこそ見えてくるジャック・ロンドンの特徴というものがあるのも事実だ。
小説と比べて格段に作者の存在が前面に出てくるのがルポというスタイルでもある。
『どん底の人びと』は、当時のロンドンの貧民街の惨状を知るという歴史的な読み方だけではなく、ジャック・ロンドンという作家に対する関心も満たしてくれる本であると言えるだろう。

『赤死病』 ジャック・ロンドン(新樹社)

赤死病赤死病

書名:赤死病
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:新樹社
ページ数:138

おすすめ度:★★★★




荒野の呼び声』などのアラスカを舞台とする作品のイメージが強いジャック・ロンドンは、SF作品も数多く残している。
その一つがこの『赤死病』で、赤死病という感染力がきわめて強く、致死率が100%の伝染病が蔓延した未来の世界を描き出している。
SFならではの物語の展開の早さもあって、非常に読みやすい作品となっている。

発症すると全身に赤い発疹が現れ、必ずやその人を死に至らしめるという赤死病が、2013年に全世界で大流行し、何十億という人々がそのために命を落とした。
その60年後の世界で、赤死病の蔓延を生き延びた老人が、孫たちに当時の状況を物語って聞かせる・・・。
感染が拡大していた当時の暴徒と化した人々の野蛮な振る舞いにも恐ろしいものがあるが、獣性を露わにする無教養な生存者の子孫たちも、近い将来の闘争や流血を予感させずにはいない。
『赤死病』はロンドンらしい文明批判の書の一つに数えられるだろう。

「赤死病」と聞けば、ポーの『赤死病の仮面』を思い浮かべる人も少なくないはずだが、厳密に言えば、ポーは"Red Death"、ロンドンは"Scarlet Plague"という言葉をそれぞれ表題に選んでいるという違いがある。
赤死病の仮面』を知っていたところで、ロンドンの『赤死病』を読む上で特にメリットもデメリットもないように思われるが、二人の作家が同様のテーマを扱ってそれぞれ作品を物したことで、幻想的なポーと現実的なロンドンの作風の差が浮き彫りになっているとは言えるのではなかろうか。

正直なところ、今日の読者はもう『赤死病』のあらすじの大胆さに驚くことはできないだろう。
というのも、ウイルス感染による人類滅亡の危機という物語は、すでに映画などでおなじみとなってしまっていて、我々を刺激する力を備えていないからだ。
しかし、それを百年前に書いていたロンドンの先見の明はやはり評価に値するし、ひょっとするとこの『赤死病』こそが現在巷にあふれる「病原菌もの」の始祖に当たる作品なのかもしれない。

『白い牙』 ジャック・ロンドン(新潮文庫)

白い牙 (新潮文庫 (ロ-3-1))白い牙 (新潮文庫 (ロ-3-1))

書名:白い牙
著者:ジャック・ロンドン
訳者:白石 佑光
出版社:新潮社
ページ数:376

おすすめ度:★★★★★




荒野の呼び声』と共に、ジャック・ロンドンの代表作として知られる長編小説がこの『白い牙』である。
知名度の点では『荒野の呼び声』のほうが勝っているかもしれないが、作品の質としてはまったく見劣りしないどころか、私のように『白い牙』に軍配を上げる読者も少なくないことだろう。
あらすじは起伏に富んでおり、全体にたいへん読みやすく書かれていて、いかにもロンドンらしい作品に仕上がっているように思われる。

オオカミに犬の血の混じっている、野生の獰猛さを帯びた「白い牙」。
自然界での強者としての人間たちの思惑によって、次第に人間の社会に深入りさせられていく「白い牙」だったが・・・。
動物の視点を用いているところが『白い牙』の面白いところで、その視点に由来するからか、作品世界が独特の雰囲気をたたえている。
ホワイトファング [DVD]ホワイトファング [DVD]

右は『白い牙』の90年代初頭の映画化作品である『ホワイトファング』だ。
荒野の呼び声』や『白い牙』の舞台となった雄大な大自然を美しく描き出してはいるが、そのストーリーはというと、原作である『白い牙』からいくつかのエッセンスが抽出されてはいるものの、原作とはだいぶ隔たった内容となっているので、『白い牙』の映画化作品としてお勧めするのは少し無理があるかもしれない。
白い牙 (光文社古典新訳文庫)白い牙 (光文社古典新訳文庫)白い牙 痛快世界の冒険文学 (20)白い牙 痛快世界の冒険文学 (20)

荒野の呼び声』と同じく既訳の種類も多い『白い牙』の近年の翻訳には、右の二点もある。
『白い牙』は、『荒野の呼び声』と対照させることでその位置付けが明確になる作品となっているため、どちらがどちらの続編というわけではないけれども、『荒野の呼び声』と合わせて読んでいただければいっそう深く味わうことができるに違いない。

『荒野の呼び声』 ジャック・ロンドン(岩波文庫)

荒野の呼び声 (岩波文庫)荒野の呼び声 (岩波文庫)

書名:荒野の呼び声
著者:ジャック・ロンドン
訳者:海保 真夫
出版社:岩波書店
ページ数:174

おすすめ度:★★★★★




ジャック・ロンドンの出世作であり、同時に代表作としても知られるのが本書『荒野の呼び声』である。
原題は"The Call of the Wild"というシンプルなもので、堅苦しい印象を与える邦題のほうが少し凝り過ぎているようにも感じられる。
全般にストーリー性が強く、老若男女を問わず楽しめるはずの作品なので、自信を持ってお勧めできる作品の一つだ。

『荒野の呼び声』の主人公はバックというセントバーナード犬である。
金持ちの屋敷で安穏と暮らしていたバックが、運命のいたずらからアラスカで犬ぞりを引くことになってしまい・・・。
『荒野の呼び声』が作品世界に読者を引き込む力には並々ならぬものがあり、読者はみな心の底からバックを応援せずにはいられなくなることだろう。
野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

ロンドンの代表作である『荒野の呼び声』には、すでに十を超える邦訳が存在している。
現在最も新しい訳になるのが右の光文社古典新訳文庫版で、新品での入手も最も容易となっている。
同じ訳者によって、『荒野の呼び声』の姉妹編とも言うべき『白い牙』も近年訳出されているので、ロンドンの作品をいくつか読んでみようという読者は光文社古典新訳文庫で初めてみるのもいいかもしれない。

世界文学に名を残す作品群の中で、動物を中心に扱った『荒野の呼び声』は、他とは少々異なった読書体験を与えてくれるに違いなく、それだけに必読の作品であるとも言えるのではなかろうか。
それほど長い作品ではない『荒野の呼び声』に物足りなさを覚える読者さえいることだろうが、手頃な作品であることは間違いないので、ぜひ一度手にしていただければと思う。

『トオマス・マン短篇集』 トーマス・マン(岩波文庫)

トオマス・マン短篇集 (岩波文庫 赤 433-4)トオマス・マン短篇集 (岩波文庫 赤 433-4)

書名:トオマス・マン短篇集
著者:トーマス・マン
訳者:実吉 捷郎
出版社:岩波書店
ページ数:393

おすすめ度:★★★★




トーマス・マンの初期短篇を17篇集めたのが本書『トオマス・マン短篇集』である。
全体の作風や基調には統一感があり、作家生活の初期にあるトーマス・マンの精神模様をかなり如実に映し出しているように感じられる。
トーマス・マンを知る上では欠かせない一冊といえるはずだ。

『道化者』や『トリスタン』のような、芸術家的精神と現実生活との葛藤というテーマを扱ったものは、そのままトーマス・マンの初期の代表的な短篇と呼んでも差し支えないだろう。
『トオマス・マン短篇集』の収録作品には、根底ではやはりトーマス・マンにおける初期の文学活動の集大成とも言うべき『トニオ・クレエゲル』に通ずる作品が多いように思われる。
そんな中に『衣装戸棚』のような独特の雰囲気を帯びている作品も交じっており、その幻想性が引き立っているのもまた事実だ。

個人的にお勧めなのは、トーマス・マン最初の短篇集の表題作にも選ばれていた『小フリイデマン氏』だ。
細やかな精神を持ちながらも不具者として生きてきたフリイデマン氏が、美しい夫人に心惹かれるようになるのだが・・・。
本書に収録されている作品の中で、『小フリイデマン氏』が最も強く読者の心に余韻を残す作品の一つであることは間違いないように思う。

短篇作品においても読み応えのある作品を数多く残しているにも関わらず、なぜかトーマス・マンの短篇はあまり邦訳が出版されていない。
そういう状況の中では、価格も手頃で再版も重ねている岩波文庫版の『トオマス・マン短篇集』の存在は貴重であるといえる。
トーマス・マンに興味のある方、特に『トニオ・クレエゲル』を気に入っておられる方に強くお勧めしたい一冊だ。
カテゴリ
PR
最新記事
RSSリンク