『エミリーに薔薇を』 フォークナー(福武文庫)

エミリーに薔薇を (福武文庫―海外文学シリーズ)エミリーに薔薇を (福武文庫―海外文学シリーズ)

書名:エミリーに薔薇を
著者:ウィリアム・フォークナー
訳者:高橋 正雄
出版社:福武書店
ページ数:295

おすすめ度:★★★★




福武文庫から出されているフォークナーの短編集が本書『エミリーに薔薇を』である。
収録作品は新潮文庫版の『フォークナー短編集』と半数が重複しているが、新潮文庫版とは異なる観点から選ばれている作品も訳出されているため、フォークナーの短編作品に関心のある読者にとっては魅力的な一冊であると言えるのではなかろうか。

本書の収録作品のうち、『赤い葉』、『エミリーに薔薇を』、『あの夕陽』、『ウォッシュ』の4作品が『フォークナー短編集』にも収録されているが、一方で『正義』、『女王ありき』、『過去』、『デルタの秋』の4作品は収録されていない。
『正義』は『赤い葉』の姉妹編とも言うべきインディアンものであり、サートリス家を描いた『女王ありき』はいかにもフォークナーらしい書きぶりである。
また、フォークナーが創造した作中人物の中で注目に値する人物としてアイザックがいるが、そのアイザックの誕生以前を扱った『過去』と、アイザックの晩年の様子をありありと映し出す『デルタの秋』は、アイザックものの読者を楽しませること疑いなしだ。

『女王ありき』と『デルタの秋』からは、アメリカ南部の抱える暴力性を多く描いてきたフォークナーの手になるものとは思えないほどの落ち着きや諦念が読み取られるように思う。
そういう意味では、本書『エミリーに薔薇を』から作家としてのフォークナーの変遷を窺い知ることができるかもしれない。

フォークナーの短編集として比較した場合、収録作品の内容の質でいうと新潮文庫版の『フォークナー短編集』のほうがより幅広くフォークナーの作品を紹介しているように思われるが、より深くフォークナーに迫ることのできるのは福武文庫版であるような気がする。
フォークナーの短編世界に深入りしたい方はぜひ本書を手にしていただければと思う。
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『ジャーナリズム性悪説』 バルザック(ちくま文庫)

ジャーナリズム性悪説 (ちくま文庫)ジャーナリズム性悪説 (ちくま文庫)

書名:ジャーナリズム性悪説
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:鹿島 茂
出版社:筑摩書房
ページ数:332

おすすめ度:★★☆☆☆




バルザックのエッセイ風作品のひとつがこの『ジャーナリズム性悪説』である。
『ジャーナリズム性悪説』というタイトルではあるものの、そもそもそのタイトルが原題とかけ離れているし、論文調で書かれているわけではない。
最初から最後まで皮肉や揶揄に満ちた文章が連ねられており、気軽に読み進めることのできる作品と言えるだろう。

『ジャーナリズム性悪説』は、各々の仕事に応じて分類されたジャーナリストたちに対して、バルザックならではの辛口の批評が順になされていくという構成になっている。
自身ジャーナリズムに手を染めていたバルザックだからこそわかる部分も多いようで、意外と細かいところまで観察されているという印象を与えられるように思う。
実際にジャーナリズムに携わっている読者が本書をどのようにとらえるかは定かではないが、ジャーナリズムに好感を抱いていない読者なら、批評家や新聞記者をやり玉に挙げた部分を痛快に感じながら楽しく読めるに違いない。

『ジャーナリズム性悪説』の短所は、時事性の強い言及が多かったり、バルザックの個人的な人間関係が露骨に反映されていたりする点だろう。
19世紀のパリで活躍したジャーナリストや、当時発行されていた新聞がそれぞれどのような政治的傾向を持っていたかということに関心のある読者は、今日の日本にきわめて少ないのではなかろうか。
バルザックの小説作品以外で邦訳されているものとしては『役人の生理学』や『風俗研究』があり、個人的にはこれら二作品の方が多くの読者に受け入れられやすいのではないかと思う。

そうはいっても、鹿島氏による訳文の読みやすさには文句のつけようがないし、多数挿入されている当時のイラストが読者の目を楽しませてくれることも確実である。
小説作品だけでは飽き足りないというバルザックファンの方は、本書を手にしてみてはいかがだろうか。

『フォークナー短編集』 フォークナー(新潮文庫)

フォークナー短編集 (新潮文庫)フォークナー短編集 (新潮文庫)

書名:フォークナー短編集
著者:ウィリアム・フォークナー
訳者:龍口 直太郎
出版社:新潮社
ページ数:353

おすすめ度:★★★★★




フォークナーの代表的な短編作品を集めたのが本書『フォークナー短編集』だ。
一般的には、フォークナーといえば難解な長編小説作家というイメージがあるように思うが、短編にはその難解さがなく、それでいてテーマや登場人物が長編作品に直結するものであるため、フォークナーに関心を持っている読者にとっては、長編作品を補完するもの、もしくは長編作品への格好の足掛かりとなるのではなかろうか。

『フォークナー短編集』には、『嫉妬』、『赤い葉』、『エミリーにバラを』、『あの夕陽』、『乾燥の九月』、『孫むすめ』、『バーベナの匂い』、『納屋は燃える』の八編が収録されている。
南部社会の負の面、すなわち奴隷制度とその名残りであったり、暴力が横行しているさまや没落した名家の悲惨さなどに焦点を当てているあたりはいかにもフォークナーらしいと言えるだろう。
すべてを描ききらない筆致も長編作品と同様で、フォークナーの筆の進め方に短編作品で慣れておくと、難解と評される彼の長編作品が読みやすくなるかもしれない。

それにしても、フォークナーの短編の中でも非常に有名な『エミリーにバラを』と『あの夕陽』は、やはりその知名度に劣ることのない素晴らしい出来栄えだと思う。
特に『響きと怒り』に結び付く『あの夕陽』は、フォークナーに関心のある読者がこの短編集の中で最も念入りに読むべきものになるのではなかろうか。

フォークナーの作品群を見渡した場合、個人的には長編作品のほうをお勧めしたいと思うが、コンプソン家、サートリス家、スノープス家といった長編作品の主要登場人物たちが描かれている短編作品も見過ごすわけにはいかない。
再版が続いている『フォークナー短編集』は入手もきわめて容易であるし、訳文の読みやすさや収録作品の質から言っても自信を持ってお勧めできる一冊だ。

『八月の光』 フォークナー(新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)八月の光 (新潮文庫)

書名:八月の光
著者:ウィリアム・フォークナー
訳者:加島 祥造
出版社:新潮社
ページ数:664

おすすめ度:★★★★★




フォークナーの代表作の一つである『八月の光』。
爽快感さえ覚えかねないタイトルの作品ではあるが、実際のところはアメリカ南部社会の負の面を描き出した濃厚な作品になっている。
サンクチュアリ』にも通じるところの多い作品で、テーマや手法の面から判断しても、フォークナーの作品群の中で重要度の高い作品といえるのではなかろうか。

自分には黒人の血が混じっていると信じ込み、反社会的な存在となっているジョー・クリスマス。
物語が進むにつれて彼の孤児としての生い立ちが徐々に詳らかにされ、半ばは必然的な結果として、クリスマスはその終着点である破滅へと辿り着くのであった。
中心人物のクリスマスを取り巻く人々のエピソードも読み応えがあり、総体として見た場合の『八月の光』に幅と奥行きを与えているように思われる。

『八月の光』に限ったことではないが、フォークナーの作品は後半部分に至るまでのざっくりとしたあらすじが作品紹介の部分に書かれていたりする。
要はネタばれなのであるが、それを読んだ上で作品を読み始めても、読み手を失望させないだけの緻密な心理描写が続いていたり、凝った技法が用いられていたりする。
これらの点こそ、フォークナーを嫌う読者からすれば彼の欠点と感じられるのだろうが、一度その筆致にはまれば癖になること疑いなしだろう。

クリスマスの引き起こした事件の顛末に関して、幕引きが少々あっけない気がしないでもないが、一つの小説としては物足りなさを感じることがほとんどない。
『八月の光』には『響きと怒り』のような読者を戸惑わせる難解さもないので、フォークナーに関心のある方はぜひ本書を手にしていただければと思う。

『サンクチュアリ』 フォークナー(新潮文庫)

サンクチュアリ (新潮文庫)サンクチュアリ (新潮文庫)

書名:サンクチュアリ
著者:ウィリアム・フォークナー
訳者:加島 祥造
出版社:新潮社
ページ数:426

おすすめ度:★★★★★




フォークナーの名を世に知らしめた出世作がこの『サンクチュアリ』である。
手法の点では『響きと怒り』より直截的に書かれているので読みやすく、フォークナーの代表的な長編作品の中では文章量も手頃なので、フォークナーを知らない読者が『サンクチュアリ』から始めてみるというのも悪くないかもしれない。

『サンクチュアリ』は、酒を密造している一団の下へ若い男女が迷い込んだことが引き起こした事件の顛末を描いている。
暴力とそれに怯える心情や、善悪の交錯する場面などは、いかにもフォークナーらしい巧みさで書かれており、本書の読みどころの一つと言えるはずだ。
時間軸のぶれと場面の転換の多さが読者を混乱させかねないが、『サンクチュアリ』がスピーディーな作品に仕上がっていることは間違いないだろう。

『サンクチュアリ』は凄惨な事件を描いたものとして紹介されていることが多いが、実際に『サンクチュアリ』の読者が強いインパクトを受けるかというとそうでもない気がする。
単に今日の読者が当時の読者と比べてテレビや映画などを通じてグロテスクな出来事に慣れてしまっているからかもしれないが、肝心なところをオブラートで包みこむようなフォークナーの婉曲的な表現技法による部分も少なくないはずで、読者には行間を読みながらのあらすじの把握が求められる箇所もあることだろう。

一般的にはフォークナーの代表作の一つに数えられているにもかかわらず、『響きと怒り』や『八月の光』といった他の優れた長編作品との対比によるからなのか、『サンクチュアリ』の文学的評価はそれほど高くないらしい。
しかし、暴力的な作品を書く作家というフォークナーに欠かせない一面を知る上で『サンクチュアリ』は格好の素材であるため、フォークナーに関心のある読者には強くお勧めしたい作品だ。
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