『ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編』 (関西大学出版部)

ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編

書名:ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:李春喜、中村善雄、村尾純子
出版社:関西大学出版部
ページ数:247

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの比較的初期の短編作品五編を訳出したのが本書『ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編』である。
収録作品はいずれも本邦初訳とのことなので、ジェイムズの短編集をすでに読んでいる方でも他の短編集との重複を気にする必要はないようだ。
また、収録作品に後期作品のような難解さはないので、気軽に手にしていただければと思う。

本書には表題作の『オズボーンの復讐』の他に、『ブリソー氏の恋人』、『ファーゴー教授』、『ローズ・アガサ』、『ロングスタッフ氏の結婚』が収録されている。
中でもお勧めなのは、自殺した友人を弄んだ女性に復讐を試みる『オズボーンの復讐』で、誰が何をどこまで知っているのかが曖昧なまま話が進むという、ジェイムズならではの「主知主義」的小説世界が読者の好奇心を強く引き付けるに違いない。

死期を間近に控えたロングスタッフ氏の恋を主題とした『ロングスタッフ氏の結婚』も秀逸な作品だ。
どこか『鳩の翼』を思い起こさせるような作風であるが、40ページそこそこの紙幅で、読後にここまで深みのある印象を残してくれる作品も少ないように思われる。
上述の二作と比べると多少平板な作品であるようにも思える『ローズ・アガサ』でさえ、ストーリーテラーとしてのジェイムズの勢いが読者を牽引してくれることだろう。

今世紀に入ってもしばしばジェイムズの作品の新しい訳書が出版されていることは、今日的な観点からしてもやはり彼の作品が面白いということの証明であるようにも考えられるが、裏を返せばこれまでジェイムズが十分に紹介され尽くしていなかったとも言えるのではなかろうか。
初期の短編作品という未紹介の分野に光を当てる本書『ヘンリー・ジェイムズ短編選集―「オズボーンの復讐」他四編』、同じ訳者による『ヘンリー・ジェイムズ短編集-「ねじの回転」以前』と合わせてお勧めしたい。
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『虹』 D.H.ロレンス(新潮文庫)

虹 上 (新潮文庫 ロ 1-9)虹 上 (新潮文庫 ロ 1-9)虹 下 (新潮文庫 ロ 1-10)虹 下 (新潮文庫 ロ 1-10)

書名:
著者:D.H.ロレンス
訳者:中野 好夫
出版社:新潮社
ページ数:453(上)、426(下)

おすすめ度:★★★★




ロレンスにとって四作目となる長編作品がこの『虹』である。
出版当初、内容に性的な言及が多いとして発禁処分になった作品で、『チャタレイ夫人の恋人』と同様にいわゆるロレンスの「問題作」に数えることができるだろう。
そうはいっても、『チャタレイ夫人の恋人』ほどの露骨な性的描写はないので、「問題作」として過度に期待して読むと失望することになるかもしれない。

『虹』は、イングランドの農村に暮らす富裕な農家を舞台にして始まる。
恋をし、結婚をし、子供が生まれ・・・。
あらすじ自体は特に変哲のないものと言えるかもしれないが、読みごたえあるロレンスの鋭い筆は登場人物の心理の奥深くに届くどころかときにはその魂にまで触れている。
自我の強い登場人物たちの思考や振る舞いに、読者は興味をそそられずにはいないだろう。

ロレンスの関心事といえばやはり男女関係であり、『虹』においても親子三代にわたる三組の男女の関係性が主なテーマとなっている。
それを描く過程で性的な事柄への言及も避けられないが、ロレンスの最大の関心事はそれを超えたところ、すなわち男と女という二人の人間のあり方をとことんまで突き詰めていくことにあるように思われる。
結婚生活も大きな問題の一つとして取り上げられているので、既婚者が『虹』を読むと意外に共感できる部分があるのでは、とも思う。

ロレンスの代表的な作品と呼んでもいいほどの『虹』だが、日本語訳の出版状況はかなり乏しいのが現状だ。
なお、同じ新潮文庫でも、出版年が古いものは上・中・下の全三巻で出されていたようなので、購入の際には出版年とページ数に注意が必要かもしれない。
あまり一般受けはしないようにも思われるが、ロレンスに興味のある方であれば必ずや満足いただける作品としてお勧めしたい。

『ソーの舞踏会』 バルザック(ちくま文庫)

ソーの舞踏会: バルザックコレクション (ちくま文庫)ソーの舞踏会: バルザックコレクション (ちくま文庫)

書名:ソーの舞踏会
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:柏木 隆雄
出版社:筑摩書房
ページ数:474

おすすめ度:★★★★




人間喜劇の「私生活情景」に属する三つの作品を訳出したのが本書『ソーの舞踏会』である。
表題作の他に『夫婦財産契約』と『禁治産』を収録しており、いずれも結婚と財産をテーマにしている作品なので、収録作品に非常に統一感がある本になっている。
人間喜劇からの訳出ということで作品の質には折り紙付きということもあり、バルザックに興味のある方であれば必読の一冊と言えるのではなかろうか。

高慢に育った名家の娘が婿探しをするが、婿に対する注文が贅沢すぎてなかなか自分にふさわしい相手が見つからない。
そんな彼女が、ソーの舞踏会で完璧な青年を見つける、というのが『ソーの舞踏会』。
あとはその青年が貴族の血を引いてさえいればいいのだが・・・。

『夫婦財産契約』は、公証人を巻き込んで行われる結婚後の夫婦財産に関する駆け引きが面白い。
およそ200ページという紙幅が割かれているだけあって、本書の中では登場人物の腹黒さや愚かさなどといった心理や精神が最も克明に描き出されている作品となっている。

個人的には本書の収録作品の中で最も気に入っているのが、パリの社交界の花形である侯爵夫人が夫である侯爵を狂っているとして禁治産処分にするための訴えを起こすという『禁治産』だ。
人間喜劇に頻出の人物が数多く登場、もしくは言及されるし、ミステリー風とも呼べるようなストーリー展開は読者の心をつかんで最後の一ページまで離さずにいるに違いない。

本書『ソーの舞踏会』は、訳注が非常に充実しているのが特徴となっているが、ひょっとすると少し充実させ過ぎているかもしれない。
バルザックの筆の勢いを体感するためには、訳注に構わず読み進めていくというのも一つの手だと思う。
とはいうものの、バルザックのファンであれば、どのような読み方をしても本書に満足することは間違いないだろう。

『骨董屋』 ディケンズ(ちくま文庫)

骨董屋(上) (ちくま文庫)骨董屋(上) (ちくま文庫)骨董屋(下) (ちくま文庫)骨董屋(下) (ちくま文庫)

書名:骨董屋
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:北川 悌二
出版社:筑摩書房
ページ数:537(上)、515(下)

おすすめ度:★★★★★




連載当時の人気の高さは比類がなく、文字通り英米を席巻したというディケンズ初期の長編小説がこの『骨董屋』である。
複数の出版社から文庫本として出版されていてもおかしくないほどの名作なので、ディケンズの愛読者に限らず、幅広い読者層にお勧めしたい。

グロテスクな品物に囲まれ、わびしい骨董屋で祖父と二人で暮らしている少女ネル。
愛するネルのために財産を築こうと、祖父は賭博に手を染めたが、資金は失われていく一方で、借金の返済のために骨董屋からも立ち退かねばならなくなってしまい・・・。
『骨董屋』は、『ピクウィック・クラブ』でその本領を発揮した、ディケンズお得意の放浪と遍歴の物語である。
幸福とは言い難い状況の下で出会いと別れを繰り返す健気なネルの行く末は、読者の関心を誘わずにはいないだろう。

『骨董屋』はネルを主人公とした物語であると紹介されることが多いようだが、私は個人的にキット少年を非常に気に入っている。
ネルが精神的で崇高な存在であるのに対して、キットは肉体的で活発な存在であり、躍動感があるだけいっそう面白いキャラクターであるように感じられるからだ。
ディケンズの作品の常で、『骨董屋』にも生き生きとした人物が数多く活躍しているので、読者はそれぞれお気に入りを見つけることができるのではないかと思う。

ディケンズならではのユーモアとペーソスは『骨董屋』においても健在である。
いくらかペーソスを盛り込み過ぎたのではないかという感はあるし、それが実際に批判の的にもなったらしいのだが、ディケンズの作品を好む方であればその筆致を不満に感じることもないのではなかろうか。
欠点を挙げようとすればいくつか挙げられなくもないが、きわめてディケンズらしい作品として強くお勧めできる作品だ。

『大コフタ』 ゲーテ(鴎出版)

喜劇大コフタ喜劇大コフタ

書名:大コフタ
著者:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者:森 淑仁
出版社:鴎出版
ページ数:217

おすすめ度:★★★☆☆




ゲーテの翻訳作品の中では珍しい喜劇作品がこの『大コフタ』である。
フランス革命を誘発したと言われている「首飾り事件」を背景に、稀代のペテン師カリオストロ伯爵の生き写しである登場人物が暗躍するという、ゲーテが同時代のフランスに題材を求めた作品となっている。
あらすじに平易とは言い難い部分もあるにせよ、軽妙なテンポで進んでいく戯曲なので、気軽に手にしていただければと思う。

不可思議な知力と霊力で人々を魅了し続ける伯爵は、出会う人々の多くを弟子として従えていた。
そんな伯爵がエジプトから全知の存在である「大コフタ」の到来を告げたものだから、人々の期待は一気に高まってしまい・・・。
伯爵自身の思惑はもちろんのこと、伯爵に心酔する者、伯爵を心底では馬鹿にし利用することしか考えていない者などが入り混じり、『大コフタ』に描かれる人間模様はカラフルと言ってもいいぐらいだ。

喜劇に分類されている『大コフタ』だが、さらっと読み流してしまうとゲーテが仕込んだ滑稽味をあまり感じ取ることができないかもしれない。
一行一行を熟読とまでは言わないまでも、要所を押さえた味読をお勧めしたい。

解説にも触れられているとおり、『大コフタ』はゲーテの作品の中では失敗作であるという位置付けをされてきた作品である。
解説では『大コフタ』の意義をいろいろと述べてくれてはいるが、そのような理論的な意義付けがなくとも、ゲーテのような偉大な作家の場合、失敗作でも読む価値はあるだろうし、むしろ一般に失敗作と言われている作品だからこそ読みたくなるという読者もいるのではなかろうか。
ゲーテに興味のある方であれば、『大コフタ』が本当に失敗作なのかどうか、ご自身で判断いただけるのではないかと思う。
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