『メアリー・スチュアート』 デュマ(作品社)

メアリー・スチュアートメアリー・スチュアート

書名:メアリー・スチュアート
著者:アレクサンドル・デュマ
訳者:田房直子
出版社:作品社
ページ数:285

おすすめ度:★★★★




本書『メアリー・スチュアート』は、あまり知られてこなかったデュマの初期作品の一つであり、本書が本邦初訳となる。
『有名な犯罪』というシリーズ中の一作がこの『メアリー・スチュアート』なのだが、読み応え十分な文章量からして一個の独立した作品とみなして差し支えはないように思う。
小説というよりは伝記といった書き方の作品であるが、メアリーの辿った数奇な人生はたいへん興味深く、最初から最後まで読者を退屈させることはないはずだ。

フランスの王妃、さらにはスコットランドの女王という高貴この上ない身分であったにもかかわらず、彼女を敵視していたイングランドの女王エリザベス1世によって斬首されることになったメアリー・スチュアート。
個人的な憎悪と政治的な駆け引きとにその命を翻弄された観のあるメアリーの悲劇は、やはり何百年も経た異国の読者の胸を打つものを秘めているのではなかろうか。

本書の関連作品としては、シラーの『マリア・ストゥアルト』を紹介しておきたい。
史実に忠実ではない部分もあるものの、メアリーだけではなくエリザベスにも重点を置いた戯曲になっていて、メアリー・スチュアートを扱った文学作品としては代表的なものに数えられるようだ。
特に、エリザベスの不正な行いを暴き立てる意図のあるデュマの『メアリー・スチュアート』と合わせて読むと、読者に幾分か新鮮な見方を提供してくれることになるかもしれない。

デュマといえば19世紀フランスを代表する多作の小説家であるし、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』を通じて日本でも非常に有名な作家であるにもかかわらず、翻訳出版は『三銃士』と『モンテ・クリスト伯』ばかりに集中していて、彼の作品が幅広く紹介されているとは言い難い状況である。
そんな中でこの『メアリー・スチュアート』のような知られざる初期作品が翻訳されたことはとても喜ばしいことであるように思う。
デュマに関心のある人すべてにお勧めしたい一冊だ。
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『嘘つき』 ヘンリー・ジェイムズ(福武文庫)

嘘つき (福武文庫)嘘つき (福武文庫)

書名:嘘つき
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:行方 昭夫
出版社:福武書店
ページ数:229

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの中編作品三編を収録したのが本書『嘘つき』である。
表題作の他に『五十男の日記』と『モード・イーヴリン』を収録しており、三作のジャンルは違えど、いずれも非常にジェイムズらしい作品ばかりとなっている。

思い出の地であるフィレンツェを訪れ、そこでかつての自分と境遇の似通った若者と出会う『五十男の日記』。
イタリアを主な舞台としている点や、過去が曖昧に語られる点などにジェイムズの特徴が色濃く表れている。
昔恋した女性の結婚相手が、容姿端麗ながら虚言癖のある大佐であるという『嘘つき』。
実質的な登場人物は3人だけであるにもかかわらず、彼らの微妙な心理模様は最後の1ページに至るまで読者の興味をそそってやまないことだろう。
『モード・イーヴリン』について多くを語ることは控えたいと思うが、というのもこれが幻想的な作品だからだ。
ねじの回転』のような面白さと難しさを兼ね備えていて、それぞれの読み手が各々の解釈を楽しむことができるように思う。

『嘘つき』は、主人公の職業を画家に設定するという、ジェイムズにとって手慣れた方法を採っている。
上流階級の人士を細部に至るまで観察し、その印象を自身の内部で咀嚼し、それを画面に描き出すのが画家の仕事であるから、「視点」となる主人公を画家にするというのは、主人公の観察力が大きく物を言うジェイムズの作品にとっては格好の設定と言えるのかもしれない。

本書に収録されている三編は、いずれもストーリーテラーとしてのジェイムズの手腕が顕著に感じられる作品ばかりである。
ジェイムズ作品を数多く翻訳している行方氏の訳文は非常に読みやすいので、ジェイムズの作品をあまり知らない方が読んでも十分楽しめるだろうし、ジェイムズのファンならば本書に見られるジェイムズの流れるような文体を心行くまで堪能できるのではなかろうか。

『その前夜』 ツルゲーネフ(岩波文庫)

その前夜 (1951年) (岩波文庫)その前夜 (1951年) (岩波文庫)

書名:その前夜
著者:イワン・ツルゲーネフ
訳者:湯浅 芳子
出版社:岩波書店
ページ数:280

おすすめ度:★★★★




『その前夜』は、ツルゲーネフ初期の長編作品の一つだ。
ツルゲーネフが創造し続けたタイプである「余計者」の系列に属さない積極的に行動する人物を描いたことで、『ルーヂン』や『貴族の巣』などとは異なる雰囲気を帯びた作品に仕上がっている。
ツルゲーネフの他の作品と比べると思想性は弱めかもしれないが、その分ドラマ性に富んでいるのが特徴だ。

二人の青年が、慈しみに富んだ乙女エレーナに恋している。
そのうちの一人が彼女の心をとらえたかのように思えたのだったが、故国の解放を生き甲斐とするブルガリア人を彼女に紹介してからというもの、形勢が変わっていき・・・。
女性を描くのが巧みなツルゲーネフだけあり、ヒロインであるエレーナもまた見事に造型され、描写されている。
『その前夜』の読者の記憶に最も強い印象を残すのは、優しくとも確固たる芯の通った女性であるエレーナになるのではなかろうか。

『その前夜』もまた、ツルゲーネフが得意とする恋愛小説の一つであると言っていいだろう。
そうはいっても、単に恋愛の枠に収まりきらず、人生そのもの、ひいては社会のあり方についてまで考えさせる力を持っているのは彼の他の作品同様である。
そしてツルゲーネフの取り上げるテーマは普遍的な要素を多く備えているから、一世紀半前のロシアの作品とは思えないほど、現代性がまったくしなびていないことに読者は驚かされるに違いない。

『その前夜』は、読後に半ば悲しいような、半ば空しいような、独特の憂愁を与えながら幕を閉じる。
そしてこれこそがツルゲーネフの作品ならではの味わい深さなのだろうが、『その前夜』においてその味わい深さに不足を感じる読者はまずいないのではないかと思われる。
翻訳紹介されることが少ない作品ではあるものの、ツルゲーネフの作品を好む方にはお勧めの一冊と言えるだろう。

『暗黒事件』 バルザック(ちくま文庫)

暗黒事件: バルザック・コレクション (ちくま文庫)暗黒事件: バルザック・コレクション (ちくま文庫)

書名:暗黒事件
著者:オノレ・ド・バルザック
訳者:柏木隆雄
出版社:筑摩書房
ページ数:443

おすすめ度:★★★★




人間喜劇の中で「政治生活情景」に分類されている作品の一つがこの『暗黒事件』である。
作品数自体が多くないとはいえ、「政治生活情景」はあまり訳出される機会のない作品ばかりなので、バルザックに興味のある方には「政治生活情景」がどのようなものであるかを知るためにも『暗黒事件』の一読をお勧めしたいと思う。

『暗黒事件』はナポレオンが皇帝になる直前のフランスを舞台に始まる。
フランス革命によって命を落とした貴族の末裔たちがナポレオンに対して陰謀を企てていたのだが、直前になってそれが当局に感付かれていたことがわかり・・・。
歴史的な背景が入り組んでいることもあってか、話の流れに平易とは言えない部分もあるのだが、事件の性質が性質であるだけに『暗黒事件』には登場人物たちの生死がかかっている場面も多く、それだけ緊迫感があるのが特徴となっている。

『暗黒事件』は、バルザックが創作した登場人物だけではなく、ナポレオンをはじめタレーランやフーシェといった実在の著名人も多数登場する歴史小説となっている。
フーシェは日本であまり知られていない人物かもしれないが、『暗黒事件』を読んだツヴァイクがフーシェに強い関心を持ち、それを契機にフーシェの伝記を書くことになったという逸話もあるほどなので、フーシェの暗躍に特に注目して読んでみてはいかがだろうか。

今でこそ絶版となって久しいが、かつては岩波文庫からも新潮文庫からも出版されていた『暗黒事件』は、いわばバルザックの代表的な作品の一つだ。
正直に言って、今回ちくま文庫から出されたこの新訳が優れているという印象はあまり受けないが、それでもやはり『暗黒事件』はバルザックのファンを十分楽しませるだけの力を備えているので、ファンならば確実に押さえておくべき作品であるように思う。

『メッシーナの花嫁』 シラー(岩波文庫)

メッシーナの花嫁 (岩波文庫 赤 410-14)メッシーナの花嫁 (岩波文庫 赤 410-14)

書名:メッシーナの花嫁
著者:フリードリヒ・フォン・シラー
訳者:相良 守峯
出版社:岩波書店
ページ数:224

おすすめ度:★★★☆☆




シラーの後期悲劇作品の一つがこの『メッシーナの花嫁』である。
歴史劇から離れ、政治思想の発露も少なく、構成がギリシア悲劇風になっているという、シラーの作品群の中できわめて特徴的な作品で、シラーがまるで純粋な劇作に立ち返ったかのような作品に仕上がっている。

シチリアのメッシーナでは、先王が亡くなってからというもの、二人の王子たちによる血みどろの争いが続いていた。
彼らの母でもある女王は当然ながら二人の和解を願ってやまず、自分のもとへと二人を呼びつけて話し合いの場を持ち、二人の兄弟の和解は成功したかに見えたのだが・・・。
個人の意志と個人では立ち向かうことのできない運命とが絶妙に絡まり合い、登場人物たちは半ば必然的に結末に向けて突き進んでいかされる。
あらすじはある程度先読みできてしまうかもしれないが、あらすじの裏に存在する運命的な力を感じ取ることができれば退屈に感じることはないように思う。

『メッシーナの花嫁』はギリシア悲劇を模して作られた作品であるため、日本人にはあまり馴染みがないかもしれないギリシア悲劇がどのようなものであるかというイメージだけでも事前に把握できていれば、それだけいっそう深く楽しめるに違いない。
特にソポクレスの『オイディプス王』には筋書きの上でも若干の類似が見られるので、『オイディプス王』を知っていれば『メッシーナの花嫁』との間の相違点を比較しながら読むことができてよいのではないかと思う。

岩波文庫から出されているシラーの作品のほとんどが持っている欠点として流通量の少なさと仮名遣いの古さが挙げられるが、この『メッシーナの花嫁』もそれらの欠点を備えた作品であり、流通量に関して言えばシラーの全作品の中でも最も少ない部類に入るのではなかろうか。
シラーの作品中でやや特殊な位置付けの作品であるため、一般向けというよりは玄人向けかと思われるが、シラーの他の作品をすでに何点か読まれた方には多少探してでも入手されることをお勧めしたい。
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