『ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他』 ヘンリー・ジェイムズ(英潮社)

ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他

書名:ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:多田 敏男
出版社:英潮社
ページ数:310

おすすめ度:★★★★




ジェイムズの短編作品を、表題作を含んで三編収録しているのが本書『ヘンリー・ジェイムズ『ロンドン生活』他』だ。
取り扱われているテーマが上流社会の結婚生活や恋愛問題、そこに財産や社会的地位も絡んでくるといったジェイムズが最も得意とするジャンルであり、ジェイムズファンなら必ず楽しめる一冊なのではなかろうか。

独り立ちするだけの財産もなく他に身寄りもない妹が、裕福な姉夫婦の元で暮らしているというのが『ロンドン生活』の背景なのだが、その夫婦仲がまるでうまくいっておらず、姉が軽薄な振る舞いをやめないものだから・・・。
約200ページに及ぶ中編と呼んでもよい作品であり、きめ細かな心理描写が随所に見られるので、読者の側にも登場人物の微妙な心の振幅をとらえていくことが求められるように思う。
過去に結婚しかけた相手の女性と再会するという『ルイザ・パラント』は、読者の側にも主人公である「私」同様に真実が見えにくいというジェイムズ作品特有の面白さが強い作品だ。
『ロンドン生活』と『ルイザ・パラント』は、いずれも幕切れが駆け足になってしまっているのが少し残念な気がしないでもないが、それもジェイムズ流の焦点の当て方と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。

『フォーダムの館』は、家族から邪魔者扱いされて追い払われ、ひっそり隠れて生きている近親者という珍しい状況を扱っている。
疎外感に満ちた暗い作品というわけでもなく、晩年の作品にしては読みやすいほうだと思う。

一般的に言って、ジェイムズの作品というのはどれも非常にジェイムズらしいというか、どの作品でもジェイムズならではの筆致に出会うことができるものであるが、本書に収録されている『ロンドン生活』、『ルイザ・パラント』、『フォーダムの館』もその例外ではない。
収録作品はいずれも決して有名な作品ではないものの、ジェイムズに興味のある人にならばお勧めできる一冊だ。
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『ジャングルのけもの』 ヘンリー・ジェイムズ(審美社)

ジャングルのけものジャングルのけもの

書名:ジャングルのけもの
著者:ヘンリー・ジェイムズ
訳者:野中 恵子
出版社:審美社
ページ数:122

おすすめ度:★★★★




ジェイムズ後期の代表的な短編作品の一つがこの『ジャングルのけもの』である。
鳩の翼』と同時期の作品ということで、一筋縄ではいかない少々難解な作品となっているため、一般受けする作品ではないかもしれない。
しかし、本書を難解に感じてしまう読者といえども、実質的な登場人物はわずか二人だけであるにもかかわらず、ここまで読み応えのある陰影に富んだ心理模様を描き出すことができるとはさすが後期のジェイムズだけあると、少なくとも感心はさせられるのではなかろうか。

いつの日か何か良からぬ恐ろしいことに見舞われるのではないかという強い予感、まるでジャングルの奥のけものが襲いかかろうとこちらを窺っているかのような予感を抱きながら暮らしているジョン・マーチャー。
ほんの偶然から、彼はこの予感に関して話し合える友人として、かつてイタリアで会ったことのあるメイ・バートラムを得たのだったが・・・。
予感という抽象的な物事を軸に話が進んでいくので、『ジャングルのけもの』はそれだけいっそう難解になっているように思う。
これが長編作品であればあまりお勧めできなかったかもしれないが、コンパクトな作品なのでだいぶ挑戦しやすくなっていると言えるだろう。

この『ジャングルのけもの』は『死者の祭壇』と同じシリーズに属しており、随所に挿絵として版画が収められている。
個人的には、このシリーズはページ数の割りに割高感が拭えないので、挿絵を省いて安価にしてくれたほうがありがたいと感じているのだが、ジェイムズの代表的な短編作品の一つであり、味読に値する『ジャングルのけもの』であれば、その価格設定も許容範囲だと思われる。
ジェイムズの後期作品に興味のある方は是非手にしてみていただければと思う。

『マスカラード 仮面舞踏会』 レールモントフ(明窓出版)

マスカラード 仮面舞踏会マスカラード 仮面舞踏会

書名:マスカラード 仮面舞踏会
著者:ミハイル・レールモントフ
訳者:安井 祥祐
出版社:明窓出版
ページ数:169

おすすめ度:★★★☆☆




レールモントフの代表的な戯曲とされるのがこの『マスカラード 仮面舞踏会』である。
この『マスカラード』の上演のためにハチャトゥリアンの『仮面舞踏会』が作曲されたという経緯もあるので、音楽に通じている方の間では意外と知られている作品なのではなかろうか。
現代の読者にとってさほど斬新な筋書きではないかもしれないが、ロシア文化に興味のある方ならば一読の価値はあるように思う。

身分を問わず誰もが参加することができるロシアのマスカラード。
仮面で顔を隠しながら恋愛遊戯にふけろうとする貴族たちも参加しているが、顔が見えないからこそ、不幸な誤解を招くことになり・・・。
戯曲が舞台で演じられるのを見ている場合には役者の服装や年齢層といった多くの情報源があるだろうが、『マスカラード』は登場人物に関する説明的な語句が少ないため、何かと読者の想像力で補って読む必要がありそうだ。

『マスカラード』にはいかにもレールモントフらしい退廃的な雰囲気がよく表れている。
これといった生き甲斐も見出すことができず、話の種といえば賭博と決闘というロシア文学草創期の一つの典型的なスタイルの男性像が描かれているのだが、このような典型を作り上げるのに一役買ったのがレールモントフなのだから、『マスカラード』に典型的な人物が登場するのも当然と言えば当然のことなのかもしれない。

少し残念なことに、本書を読んで訳文がこなれているとは言い難いという印象を受けた。
本書がロシア文学を専門とする研究者による翻訳ではないためなのかもしれないが、そうはいっても、『現代の英雄』を通じてレールモントフに興味を持ったところで他の作品の翻訳がほとんど手に入らないという現状を思えば、『マスカラード』の出版は大いに歓迎すべきことであるように思う。
引き続きレールモントフの他の作品が出版されることに期待したい。

『リトル・ドリット』 ディケンズ(ちくま文庫)

リトル・ドリット〈1〉 (ちくま文庫)リトル・ドリット〈1〉 (ちくま文庫)リトル・ドリット〈2〉 (ちくま文庫)リトル・ドリット〈2〉 (ちくま文庫)リトル・ドリット〈3〉 (ちくま文庫)リトル・ドリット〈3〉 (ちくま文庫)

リトル・ドリット〈4〉 (ちくま文庫)リトル・ドリット〈4〉 (ちくま文庫)

書名:リトル・ドリット
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:小池 滋
出版社:筑摩書房
ページ数:401(一)、383(二)、409(三)、371(四)

おすすめ度:★★★★★




ディケンズの中期作品の一つである『リトル・ドリット』は、ロンドンのマーシャルシー債務者監獄というディケンズ自身にとっても忘れがたい場所を主な舞台に据えた作品である。
ディケンズならではのユーモアとペーソスはもちろん、社会風刺にミステリーの要素なども交えた、読み応え十分な作品になっている。

中国帰りのアーサー・クレナムが久しぶりに疎遠だった母の元へ戻ると、監獄で生まれ育つという恵まれない境遇にもかかわらず清い心を失わないでいる「リトル・ドリット」に出会う。
ドリット一家、クレナム一家を中心に物語が進んでいく中で、素性の怪しい紳士が暗躍を始め・・・。
しばしば描かれる美しい心情の発露はやはり読んでいて気持ちが良いものだし、ディケンズならではの誇張をもって戯画化された登場人物の醸し出すおかしみも健在なので、『リトル・ドリット』はいろいろな角度から読者を楽しませてくれることだろう。

ストーリー展開にディケンズお得意の行き当たりばったりさも感じられる『リトル・ドリット』は、それだけ登場人物も多く、ある程度一気に読まないと誰が誰だかわからなくなることもあり得るだろうが、途中で行き詰ってしまう作品ではないため、時間の都合さえつけば存分に楽しめるに違いない。
また、カフカを想起させるような遅々として進まないお役所仕事の描写や、ジョイスの先駆けとも言える句読点なしの文体が垣間見られるのも、本書の非常に興味深い点かもしれない。
リトル・ドリット 全4巻リトル・ドリット 全4巻

ディケンズ中期以降の作品の特徴として構成への配慮が挙げられるが、この『リトル・ドリット』にしても、個別のエピソードが乱立しているかのようでありながら全体の枠組みには確固たるものがあるので、『リトル・ドリット』の良し悪しを判別するのはやはり全巻を読み通してからにすべきではなかろうか。
オリヴァ・ツウィスト』や『デイヴィッド・コパフィールド』ほどの知名度や完成度はないかもしれないが、ディケンズのファンには強くお勧めしたい作品だ。
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