『マーティン・イーデン』 ジャック・ロンドン(本の友社)

ジャック・ロンドン選集―決定版 (4)ジャック・ロンドン選集―決定版 (4)

書名:マーティン・イーデン
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:本の友社
ページ数:331

おすすめ度:★★★★★




ジャック・ロンドンが作家として脂ののりきっていた時期に書かれた長編作品がこの『マーティン・イーデン』である。
動物小説、海洋小説、SF小説などといった複数の顔を持つロンドンであるが、本書においては芸術家小説に手を染め、そしてそれを見事な作品に仕上げている。
主人公のマーティンにロンドン自身の自伝的要素が色濃く反映されているということもあり、ロンドンに興味のある方には強くお勧めしたい一冊だ。

カリフォルニアの貧しい労働者階級に生まれ育ち、粗野な荒くれ者として船乗り稼業で日々を送っているマーティン・イーデン。
そんな彼がひょんなことから上流家庭に出入りするようになり、上流家庭の暮らしとその家の美しい令嬢ルースに魅せられてしまう。
ルースに導かれながら、十分な教養を身につけた作家になるべく精進を始めたマーティンは、作家として成功することができるのか・・・。
時折哲学や社会思想が話題になるものの、さすがはロンドンだけあって全体的には非常に読みやすくわかりやすい作品になっている。
乱暴者ではあるけれども好感の持てるマーティンの境遇の浮沈に、読者はいつしか最大限の共感を覚えながら本書を読み進めていることだろう。

ジャック・ロンドン選集の第4巻である『マーティン・イーデン』は、ページ数が300ページそこそこと決して分厚い本ではないが、活字が上下二段組になっている文章量豊富な長編である。
内容的な読み応えも十二分に備えているし、本書がロンドンの代表作として世間に広まったとしても何の不思議もないと思う。
芸術としての文学に対してロンドンの信条を告白していると取れる箇所をふんだんに盛り込んだ『マーティン・イーデン』から、ロンドンの意外な一面をぜひ読み取っていただきたい。
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『D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』』 D.H.ロレンス(リーベル出版)

D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』

書名:D.H.ロレンス戯曲集―『一触即発』『ダビデ』『ノアの洪水』
著者:D.H.ロレンス
訳者:白井俊隆、高橋克明、伊沢祐子、後藤真琴、小野寺章
出版社:リーベル出版
ページ数:286

おすすめ度:★★★★




ロレンスにとって後期作品とも言える『一触即発』、『ダビデ』、『ノアの洪水』の三編を収録しているのがこの『D.H.ロレンス戯曲集』である。
生前自作が上演されることの少なかったロレンスのことを劇作家として成功した人物であるとは言えないだろうが、ロレンスに興味のある読者にとっては彼の戯曲はロレンスらしさを見出すことのできる汲めども尽きない泉であることは間違いないだろう。

イングランドの炭坑の町を舞台にした『一触即発』は、政治思想に男女関係を織り交ぜたいかにもロレンスといった作品になっている。
資本家と労働者の間、つまり労使の対立を扱っているあたり、執筆当時の時代を感じさせるものがある。
『一触即発』で主旋律を成すテーマがさほど今日的ではないにせよ、作品が描く状況や背景は非常に把握しやすいので、予備知識がなくても作品世界に入っていきやすいのが特徴であるように思う。

未完の作品である『ノアの洪水』は、10ページそこそこの断片に過ぎないということもあってかなり玄人向けであり、楽しめる読者は非常に限られるように思われる。
他方で、ロレンスにしては異色の観すらある旧約聖書に題材を求めた『ダビデ』は、質の上でも量の上でも非常に興味深い作品になっている。
ダビデにまつわるオリジナルのストーリーは確固たるものが存在しているので、その決定的な素材をロレンスがどう料理するのかを読者は楽しむことができるのではなかろうか。

本書『D.H.ロレンス戯曲集』の訳文が必ずしも読みやすいかというと素直に肯定できない部分もあるにはあるが、本書と併せて『ホルロイド夫人やもめになる』などのロレンス初期の戯曲作品を収めたもう一冊の『D.H.ロレンス戯曲集』を読めば、ロレンスの戯曲はその大半を読破したことになる。
ロレンスの戯曲に関心のある方にはこの二冊をお勧めしたい。

『アメリカ浮浪記』 ジャック・ロンドン(新樹社)

アメリカ浮浪記アメリカ浮浪記

書名:アメリカ浮浪記
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:新樹社
ページ数:238

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンの変転に満ちた経歴には誰しも驚かされるだろうが、彼の経歴の中でもきわめて特異なものとして青年時代の浮浪者生活がある。
そしてその頃の実体験に基づく浮浪記がこの『アメリカ浮浪記』だ。
観察者としてではなく、一人の体験者としての視点から下層民を活写した本書の新鮮さは、他の本に見出すことの難しいものであり、舞台となる時と所は異なるとはいえ、今日の日本の読者にも強い印象を残すことだろう。

本書には、カリフォルニアからワシントンまで至る彼のルンペンとしての幅広い浮浪生活から多くのエピソードが選び出され、それらが如実に描かれている。
行く町々で物乞いをし、走り出した汽車に飛び乗って無賃乗車し、警察官に捕まれば浮浪の罪で刑務所に入れられ・・・。
随所にロンドンならではのブラックユーモアが効いているからか、目を覆いたくなるような悲惨な出来事でさえ案外さらりと読めてしまうから不思議なものだ。
また、警察官による基本的人権を無視した非道な扱いや、刑務所内の腐敗した生活ぶりなどの描写からは、社会派作家としてのロンドンが透けて見えていると言えようか。

『アメリカ浮浪記』は、イギリスはロンドンの下層社会に潜入して書かれた『どん底の人びと』とある意味で対を成す作品となっている。
それぞれの作品の舞台が開放感に満ちたアメリカ大陸か、息が詰まるような閉塞感を持つロンドンの場末かという差はあるにせよ、どちらも明日をも知れぬ文無しの人びとの生活を扱っているので、両者を比較しながら読んでみるのも面白いかもしれない。

本書の原題はとてもシンプルに"The Road"とされている。
ジャック・ロンドンに関心のある方は、若き日の彼が辿った波乱に満ちた「道」を共に歩んでみてはいかがだろうか。

『アメリカ残酷物語』 ジャック・ロンドン(新樹社)

アメリカ残酷物語アメリカ残酷物語

書名:アメリカ残酷物語
著者:ジャック・ロンドン
訳者:辻井 栄滋
出版社:新樹社
ページ数:166

おすすめ度:★★★★




ジャック・ロンドンの短編作品の中から、血の気の多い作品を集めた短編集が本書『アメリカ残酷物語』である。
そもそもロンドンの短編作品には秀逸な落ちのついているものが多いが、本書はさらにプロットの面白さに重点を置いて作品を選んでいるようなので、ストーリーの面白さは折り紙付きと言っていいかもしれない。

『アメリカ残酷物語』には『まん丸顔』、『影と光』、『豹使いの男の話』、『「ただの肉」』、『恥さらし』、『支那人』、『「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」』の七編が収録されている。
『まん丸顔』と『豹使いの男の話』などは、ポーを思い起こさせるようなミステリー風の小品で、彼の作品をけっこう読んでいる読者であってもロンドンの新しい一面に触れることができるのではなかろうか。
収録作品はどれも読みやすいものばかりなので、ストーリーテラーとしてのロンドンの手腕を再確認させられることだろう。

本書の欠点を挙げるとすれば、他の短編集との重複作品が多いため、既にロンドンの短編集を何冊か読まれた方はあまり楽しめないかもしれないということだ。
しかし、裏を返せば、『影と光』や『恥さらし』のように何種類もの短編集に収録されている作品はそれだけ人気もあり優れてもいるのが確実というわけで、それらはロンドンの短編として必読の作品と言えるだろう。
ロンドンの短編集を一冊だけ選ぶ場合に、そのような必読の作品を複数収めた本書を選んだとすれば、悪くない選択をしたことになることになるはずだ。

『アメリカ残酷物語』というタイトルの本の収録作品は、どれもきっと残酷な終わり方をするのだろうという予感が読者の側にあるにもかかわらず、それぞれの作品でロンドンのつける結末は十二分に読者を楽しませてくれる。
ロンドンの短編作品に興味のある方にはお勧めの一冊だ。

『スペイン武勇尼僧伝』 ド・クインシー(評論社)

スペイン武勇尼僧伝 (1965年)スペイン武勇尼僧伝 (1965年)

書名:スペイン武勇尼僧伝
著者:トマス・ド・クインシー
訳者:岩田 一男
出版社:評論社
ページ数:229

おすすめ度:★★★★




阿片常用者の告白』で知られるド・クインシーの作品で、数少ない単行本化されているものの一つがこの『スペイン武勇尼僧伝』だ。
タイトルから察して、武装して戦場に赴いた尼僧をイメージしてしまうかもしれないが、実は「武勇尼僧伝」というタイトルが意訳であり、本書の主人公は厳密に言えば尼僧ではない。
名家に生まれながらも女子だという理由で生まれてすぐに修道院に預けられていた少女が、修道院を脱走するところから彼女の武勇伝が始まるのである。

読者はみな、とても実話とは思えない彼女の波乱万丈の生涯に驚かされるに違いない。
多くの戦いを経験し、海で死にかけ、山でも命を落としかける・・・。
彼女の責任とは言い難い事情で頻繁に逃げ場のない状況に身を置かざるをえないのは、何とも不運としか言いようがないが、彼女は普通の人間であれば優に十回は死んでしまうような数々の危機を優れた決断力と行動力で次々と打開していく。
その様は、修道院から逃げ出したにもかかわらず神の特別な加護を得ているのではないかと思いたくなるほどだ。
また、個人的には本書の幕切れもたいへん気に入っており、最後の最後まで楽しませてくれる作品という印象を持っている。

比類なき視点の鋭さと機知に富んだ文体によって、読書を趣味とする人が読めば好きにならざるを得ないのがド・クインシーではなかろうか。
近年になって岩波文庫から改版された『阿片常用者の告白』の影響もあって、今日の日本にも、イギリス屈指の名文家として名高いド・クインシーに少なからざるファンがいると確信しているが、翻訳出版の状況は寂しい限りである。
出版年も古く、流通量も少ないが、ド・クインシーに興味のある方はこの『スペイン武勇尼僧伝』を手にしてみていただければと思う。
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