『セルバンテス短篇集』 セルバンテス(岩波文庫)

セルバンテス短篇集 (岩波文庫)セルバンテス短篇集 (岩波文庫)

書名:セルバンテス短篇集
著者:ミゲル・デ・セルバンテス
訳者:牛島信明
出版社:岩波書店
ページ数:375

おすすめ度:★★★★




ドン・キホーテ』で知られるセルバンテスの短編作品四編を収録したのが本書『セルバンテス短篇集』である。
スペインにおける近代的な文学の創始者の一人と目されるセルバンテスの短編作品は文学史的に見て価値の高いものであろうから、スペイン文学やセルバンテスに興味のある方には本書は必読の書となるはずだ。

本書には『やきもちやきのエストレマドゥーラ人』、『愚かな物好きの話』、『ガラスの学士』、『麗しき皿洗い娘』の四編が訳出されている。
自らの親友に頼んで美しき妻の貞淑を試そうという『愚かな物好きの話』は、実は『ドン・キホーテ 前篇』で語られる挿話の一つなのだが、短篇集の中の一作品として接することで、ドン・キホーテの活躍を期待するあまりについ読み飛ばしてしまいがちの短編作品を改めて読んでみるいい機会になると思う。
主人公が自分のことをガラスでできていると信じ込んでしまう『ガラスの学士』は、一見すると理性的に見える狂人を扱っている点で『ドン・キホーテ』と重なる部分があるので、『ドン・キホーテ』の読者の注意を強く引き付けることだろう。

本書の中で一番長い作品である『麗しき皿洗い娘』は、そのストーリー展開自体というより、話の運び方が興味深い作品であるように思う。
あらすじとは直接的に関係のなさそうなところが数多く語られることで重層的な作品世界を醸し出しつつ、最後にはそれらがすべてしっかりとまとまっているのである。
この作品からセルバンテスの構成の才を感じ取るのは私だけではないのではなかろうか。

代表作があまりにも偉大であるセルバンテスはやはり『ドン・キホーテ』の存在抜きでは語ることができないが、『ドン・キホーテ』との関連から見てもこの『セルバンテス短篇集』には大いに興味深いところがある。
セルバンテスの短編はとかく等閑視されがちではあるが、『ドン・キホーテ』の読者には本書の一読をお勧めしたいと思う。
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『ナサニエル・ホーソーン珠玉短編集』 ホーソーン(東京図書出版)

生誕二百十周年・没後百五十周年記念 新訳ナサニエル・ホーソーン珠玉短編集生誕二百十周年・没後百五十周年記念 新訳ナサニエル・ホーソーン珠玉短編集

書名:ナサニエル・ホーソーン珠玉短編集
著者:ナサニエル・ホーソーン
訳者:清水 武雄
出版社:東京図書出版
ページ数:377

おすすめ度:★★★★




ホーソーンの短編十三編を収録しているのが本書『ナサニエル・ホーソーン珠玉短編集』である。
収録作品に他の短編集との重複が多いので、すでにホーソーンの短編集を何冊か読まれている方は本書を手にしていただかなくてもいいのかもしれないが、これからホーソーンの短編を読もうという方に短編集を一つだけ選ぶとしたら、主要な短編作品を網羅できる本書が最適なのではなかろうか。

本書には『ロジャー・マルヴィンの埋葬』、『ぼくの親類 モリヌー少佐』、『ウェイクフィールド』、『鉄心石腸の男――教訓譚』、『デイヴィッド・スワン――夢幻の物語』、『ファンシーさんの覗きカラクリ――寓話』、『ハイデガー博士の実験』、『雪舞い』、『≪往く年の姉≫と≪来る年の妹≫』、『母斑』、『美の芸術家』、『ラパチーニの娘――オベピーヌ氏の著作から』、『雪少女――あどけなき子どもの奇跡』が収録されている。
アメリカの歴史の一幕を描いた『ぼくの親類 モリヌー少佐』、独断的な狂信者を扱う『鉄心石腸の男』、メルヘンチックな『雪少女』などを通じて、ホーソーンの幅広い創作活動に触れることができるだろう。

正直に言えば、本書の収録作品の全部が全部「珠玉」であるとは言い難い部分もある。
『ファンシーさんの覗きカラクリ』や『≪往く年の姉≫と≪来る年の妹≫』のように、少々説教臭かったり、中世的な寓意像が登場するという旧弊なスタイルの作品も交じっているのだ。
しかし、このような作品を通じて多角的にホーソーンに迫ることができるので、読者が平板でないホーソーン像を作り上げるのは間違いないように思う。

『ナサニエル・ホーソーン珠玉短編集』は、原文に即した格調ある訳文を目指しているらしいので、新訳といえども必ずしも平易な訳文というわけではないが、難解というほどのものでもない。
ホーソーンの没後150周年はともかく、生誕210周年という中途半端な年をわざわざ記念する必要はいささかも感じないが、出版物としての本書には中途半端なところがまったくないように感じられる。
ホーソーンの短編を読みたい方にはお勧めの一冊だ。

『わが旧牧師館への小径』 ホーソーン(平凡社ライブラリー)

わが旧牧師館への小径 (平凡社ライブラリー)わが旧牧師館への小径 (平凡社ライブラリー)

書名:わが旧牧師館への小径
著者:ナサニエル・ホーソーン
訳者:齊藤 昇
出版社:平凡社
ページ数:144

おすすめ度:★★★☆☆




ホーソーンが3年の間暮らしていたコンコードの旧牧師館にまつわるエッセイが本書の『わが旧牧師館への小径』である。
ホーソーンが生前に出版した『旧牧師館の苔』という短編集の序文として書かれたものではあるが、短篇集への直接的な言及は少なく、どのような環境下で暮らしているときに短編集が執筆されたかを知ることができる作品となっている。

本邦初訳となる『わが旧牧師館への小径』はエッセイ自体として優れているというのが大方の見解のようで、私もそのことに異論がない。
静かな自然に囲まれて穏やかな日々を送りながら過去に思いを馳せる、そんなホーソーンに羨望を抱いてしまう読者も少なくないことだろう。
エマソンやソローといった同時代の文筆家たちとの回想が織り交ぜられているのも非常に興味深い。

本書の関連作品としてお勧めしたいのは、ホーソーンの短編作品である『美の芸術家』だ。
この本にはホーソーンの旧牧師館での日々を主に妻との関係性という視点から論じている訳者の小論があり、旧牧師館に関心を抱いている読者は大いに楽しむことができる内容になっている。
美の芸術家』は『旧牧師館の苔』に収められた短編作品の一つなので、旧牧師館での生活の結実として味わうこともできるように思う。

短編集の序文として書かれた『わが旧牧師館への小径』は、そう長い作品ではない。
本文自体は50ページそこそこであり、本書においては丁寧な訳注とこれもきわめて丁寧な訳者解説がそれに続くという構成になっている。
それでいてさほど読者に物足りなさを感じさせないのは、本書には旧牧師館とその周辺の写真が複数掲載されていて、文学的史跡となっている旧牧師館の確固たるイメージを提供してくれることによるのかもしれない。
コンコードを実際に訪れる機会のある方には強くお勧めしたい一冊だ。

『大地』 エミール・ゾラ(論創社)

大地 (ルーゴン=マッカール叢書)大地 (ルーゴン=マッカール叢書)

書名:大地
著者:エミール・ゾラ
訳者:小田 光雄
出版社:論創社
ページ数:624

おすすめ度:★★★★




「ルーゴン・マッカール叢書」の第十五巻にあたる長編作品がこの『大地』である。
フランスの一時代を活写しようという目的を抱く「ルーゴン・マッカール叢書」にとって、農業国フランスの農村社会を無視するわけにはいかないのだから、ゾラが農村を舞台にした『大地』を執筆したことはある意味で必然的なことであると言えるように思う。

パール・バックの同名の小説とはまるで異なり、ゾラの『大地』では、それぞれの人物が金と女、それに土地を追い求め、果てしない争いが綿々と続いているという印象を受ける。
主人公とみなすべきジャン・マッカールの性格付けが弱いようにも感じられるが、その反面、農村に暮らすフーアン一族の面々の強すぎる個性が『大地』に独特の立体感を出しており、読者が物足りない気持ちになることはないのではなかろうか。
フーアン一族の意地の悪さはなかなかのもので、ゾラの作品を好まない読者が『大地』を読めば、ますますゾラを嫌いになってしまうかもしれない。
大地 (上) (岩波文庫)大地 (上) (岩波文庫)

『大地』は、叢書内の他の作品でこれまであまり登場してこなかったジャン・マッカールが表立って活躍し始めるという、いわばジャンにまつわる一連のエピソードのはじまりの一冊と言える。
かつては岩波文庫から出されていたことからもわかるように、一般的には「ルーゴン・マッカール叢書」中での『大地』の重要性は軽視できないものがあると見られているようだ。

論創社の『大地』にはやや誤植が多いのが難点ではあるが、そこさえ目をつぶれば、『大地』はフランス文学界において庶民の荒々しさを描かせると右に出る者のないゾラの作風を好む読者が必ずや楽しめる一冊であるに違いない。
力強い作品を数多く残したゾラの作品中でも、タイトルに負けじと非常に雄渾な印象の強い作品として、ゾラのファンの方々にお勧めしたい。

『美の芸術家』 ホーソーン(開文社出版)

美の芸術家ホーソーン美の芸術家ホーソーン

書名:美の芸術家
著者:ナサニエル・ホーソーン
訳者:矢作三蔵
出版社:開文社出版
ページ数:112

おすすめ度:★★★★




本書は、数あるホーソーンの短編作品の中から『美の芸術家』だけに焦点を絞って単行本化したという、珍しいスタイルの本である。
『美の芸術家』自体はホーソーンの作品中で比較的有名な作品で、タイトルから想像されるように一般的なジャンルとしては芸術家小説に分類できるであろう。
筋書きは簡潔明瞭であり、たいへん秀逸な一文で終わる作品なので、ホーソーンに興味のある方以外にも一読をお勧めしたいと思う。

実用性に背を向け、非実用的な美ばかりを追い求めている時計屋、オーウェン・ウォーランド。
誰からも理解されないまま、美しい蝶を追いかけている彼は、納得のいく美を創造することができるのか・・・。
これは芸術家小説の常であるが、この『美の芸術家』も、いかなる芸術分野であれ、芸術的創造を志している読者の心に最も強く響くのではないかと思われる。

本書には、解説とは別に『作家とその妻――「一言も訊かないともう決めています」』という訳者による小論も併録されている。
『美の芸術家』の内容に直接的な関係はないにせよ、芸術家としてのホーソーンの姿に迫る論旨はやはり『美の芸術家』と無関係ではいられないので、『美の芸術家』の読後には非常に興味を持って読めることだろう。

ホーソーンの短編が一つしか訳出されていないし、ページ数もそれほど多くない本書が、割高な本であることは疑う余地がない。
しかし、ホーソーンの研究に力を入れている訳者だからこそ出せる特殊な構成の本であることもまた事実である。
小論と併せ読むことで読者のホーソーンに対する関心が高まることは確実であるし、一歩押し進めた読書をしたい方にはお勧めできる一冊だ。

『ラパチーニの娘』 ホーソーン(松柏社)

ラパチーニの娘―ナサニエル・ホーソーン短編集ラパチーニの娘―ナサニエル・ホーソーン短編集

書名:ラパチーニの娘
著者:ナサニエル・ホーソーン
訳者:阿野文朗
出版社:松柏社
ページ数:222

おすすめ度:★★★★




表題作を含むホーソーンの短編作品六編を収録しているのが本書『ラパチーニの娘―ナサニエル・ホーソーン短編集』である。
本書の帯の紹介文によるとホーソーンの「珠玉の短編」を訳出したとのことだが、収録作品の質を思えば、それもあながち誇張ではないように思われる。

本書は『ウェイクフィールド』、『痣』、『ブルフロッグ夫人』、『僕の親戚モリノー少佐』、『若いグッドマン・ブラウン』、『ラパチーニの娘』を収録している。
ボルヘスの称賛によって格段に知名度を上げた『ウェイクフィールド』は、いまやホーソーンの短編作品の中では押しも押されぬ代表作となっているので必読の作品であろう。
コミカルな小品『ブルフロッグ夫人』からはホーソーンの意外な一面が読み取れるし、『痣』と『ラパチーニの娘』からはホーソーンがストーリー性に富んだSF風の作品を書いていたことを知ることができる。
また、『ラパチーニの娘』の前枠とでも呼ぼうか、本編への導入部の面白さも注目に値するだろう。

世間の常識から逸脱してしまっている変人、いわば「はみ出し者」を扱わせた場合、ホーソーンの巧みさには舌を巻かざるを得ない。
そのような人物の描写はつい陰険な筆致になってしまってもおかしくないところなのだが、ホーソーンによる品のある文章は明朗な雰囲気を失わないため、読者の気持ちが離れていくことがないし、読後の印象もどこか心地よいものがある。
これは本書の収録作品においても発揮されている特徴だと思うので、存分に味わっていただければと思う。

ホーソーンの短編作品はこれまで岩波文庫の『ホーソーン短篇小説集』で読むのが一般的だったが、訳文の読みやすさでいえば新訳であるこの『ラパチーニの娘』の方が上であるように感じられる。
岩波文庫の『ホーソーン短篇小説集』と比べると収録作品数こそ多くはないが、ホーソーンの短編作品を読んでみたい方にはお勧めできる一冊だ。

『赤い館の騎士』 デュマ(ブッキング)

赤い館の騎士赤い館の騎士

書名:赤い館の騎士
著者:アレクサンドル・デュマ
訳者:鈴木 豊
出版社:ブッキング
ページ数:686

おすすめ度:★★★★




不運にして日本ではそれほどの知名度がないものの、デュマの代表作の一つと目されている歴史小説が本書『赤い館の騎士』である。
三銃士』や『モンテ・クリスト伯』と同時期に書かれた作品であると言えば、そのクオリティには太鼓判を押したことになるだろうか。
本書の副題である「マリー・アントワネットを救え!」から予想できるかもしれないが、描かれている舞台はマリー・アントワネットが囚われの身となっている大革命後のパリであり、デュマの作品の時代順でいえば『王妃の首飾り』に続く物語ということになる。

特権階級を徹底的に排除しようとする過度の愛国の機運が高まっているパリにおいて、「メーゾン・ルージュの騎士」と称される男が、厳重に警備されているマリー・アントワネットを救出しようと決死の陰謀を企んでいた。
共和主義者の兵士であるモオリスとその親友ローランも、いつしかその陰謀の渦に巻き込まれてしまい・・・。
読者はみな、マリー・アントワネットの救出が失敗に終わり、あえなく断頭台で散るという結末を知っているが、それでもやはりデュマの筆の勢いは読者を楽しませ続け、気付けば最終章に至っていることだろう。
二都物語 (上巻) (新潮文庫)二都物語 (上巻) (新潮文庫)

同時代のパリを描いた作品としては、フランスの作家によるものではないものの、チャールズ・ディケンズの『二都物語』を紹介しておきたい。
似たような状況を扱っているからこそ、デュマとディケンズの似ているところと異なっているところとをひしひしと感じながら読むことができるように思う。

『赤い館の騎士』の中には、登場人物たちの思惑通りにうまく行き過ぎている観のある箇所がいくつかあり、そういう意味では細部の詰めが少々甘い作品と言えるかもしれない。
そうはいっても、そのことが緊張感に富んだ激動の時代を読み進める我々の楽しみをそれほど妨げるわけでもないので、デュマに興味のある方のみならず、歴史小説を好むすべての方に『赤い館の騎士』の一読をお勧めしたいと思う。
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