『ブレイスブリッジ邸』 アーヴィング (岩波文庫)

ブレイスブリッジ邸 (岩波文庫)ブレイスブリッジ邸 (岩波文庫)

書名:ブレイスブリッジ邸
著者:ワシントン・アーヴィング
訳者:齊藤 昇
出版社:岩波書店
ページ数:380

おすすめ度:★★★★★




スケッチ・ブック』の続編として位置付けられる作品がこの『ブレイスブリッジ邸』である。
というのも、『スケッチ・ブック』中のクリスマスをテーマとした連作をベースにしているのが『ブレイスブリッジ邸』であるからで、『スケッチ・ブック』の読者にとってはおなじみの舞台と登場人物に再会できるわけである。
スケッチ・ブック』の続編として位置付けられるとはいえ、前者が雑記帳風の作品であったのに対し、舞台やテーマに一貫性があるというのが『ブレイスブリッジ邸』の特徴になっている。

アメリカ人である筆者が、イングランドの片田舎にあり、婚礼を控えたブレイスブリッジ邸に招かれる。
古き良き時代に憧れている好人物の地主、豊かな人情味と滑稽味を備えたマスター・サイモンなど、そこに暮らす様々な人物が生き生きと活写されている。
『ブレイスブリッジ邸』が描き出す美しい作品世界は善意に満ちており、読者は一種のユートピアにでもいるような心地よさを覚えるのではなかろうか。

岩波文庫版の『ブレイスブリッジ邸』にはふんだんに挿絵が織り込まれており、本書を非常に親しみやすく、そして読みやすくしている。
新訳なので文章自体もとっつきやすく、堅苦しい議論に出会うこともないし、細かい章立てがなされているというのもあり、読みやすさは岩波文庫中でもトップクラスに入る作品なのではなかろうか。
もちろん単に読みやすいだけでなく、そこにアーヴィング風の哀愁を帯びた味わいが盛り込まれているのは言うまでもない。

『ブレイスブリッジ邸』は、アーヴィングの代表作とみなしても構わないほどに優れた作品であるように思うが、意外にもこの岩波文庫版が本邦初訳とのことらしく、近年の岩波文庫のアーヴィング作品の充実ぶりはありがたい限りである。
この調子で次はアーヴィングの何を刊行してくれるのかと期待がかかるところではあるが、まずは『スケッチ・ブック』と『ブレイスブリッジ邸』を二作品続けてお楽しみいただければと思う。
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『壊滅』 エミール・ゾラ(論創社)

壊滅 (ルーゴン=マッカール叢書)壊滅 (ルーゴン=マッカール叢書)

書名:壊滅
著者:エミール・ゾラ
訳者:小田光雄
出版社:論創社
ページ数:667

おすすめ度:★★★★★




ルーゴン・マッカール叢書の第十九巻が普仏戦争をテーマとする本書『壊滅』である。
最初から最後まで戦闘のシーンばかりを描いているわけではないものの、小説の舞台の大半は戦場であり、死と隣り合わせの緊迫感によって、作品世界に読者を引き付ける力はゾラの作品中でも屈指であると思われる。

プロイセンを中心としたドイツ軍と、それを迎え撃つフランス軍は、小競り合いを続けながらスダンの町を取り巻くようにそれぞれ布陣することとなった。
劣勢に見えるフランス軍に伍長として従軍していたジャンだったが、彼の部隊も長い行軍の果てに敵軍に遭遇することになり・・・。
無知な農民という設定ではあるものの、エゴイズムの発露が強烈に促される極限状態において、誠実で理性的なジャンは『大地』に引き続き相変わらず好感の持てる男である。
本書の読者は皆、ジャンの運命に並々ならぬ関心を抱きながら読み進めていくに違いない。

戦争を描くにあたり、ゾラのドライな筆致が凄惨な場面にきわめてマッチしているように感じるのは私だけではないだろう。
とはいえ、グロテスクな表現も散見するので、戦争映画と同様、『壊滅』も万人向けの作品とは言えないのかもしれない。
『壊滅』には聞いたことのないような小さな村などの地名もたくさん出てくるが、本書には付録として地図が付いているので、それと照らし合わせればストーリーの流れに沿って位置関係を把握できることだろう。

ゾラの作品と言えば『居酒屋』と『ナナ』ばかりが有名で、『壊滅』はあまり注目されることのない作品となっているが、テーマがテーマであるだけに、読者の心に何らかの感銘を残すことは疑いないように思う。
うわべの綺麗事だけを綴るのではなく、戦争の真実を描き出そうというゾラの強い意志すら感じられる『壊滅』。
フランス文学中の隠れた名作としてお勧めしたいと思う。

『大渦巻への落下・灯台』 エドガー・アラン・ポー(新潮文庫)

大渦巻への落下・灯台: ポー短編集III SF&ファンタジー編 (新潮文庫)大渦巻への落下・灯台: ポー短編集III SF&ファンタジー編 (新潮文庫)

書名:大渦巻への落下・灯台: ポー短編集III SF&ファンタジー編
著者:エドガー・アラン・ポー
訳者:巽 孝之
出版社:新潮社
ページ数:241

おすすめ度:★★★★




表題作を含むポーの短編七編を収録しているのが本書『大渦巻への落下・灯台』である。
厳密な意味合いで言うと「SF&ファンタジー編」という副題から逸れる作品もあるような気がしてしまうし、ポーを初めて読む方に真っ先にお勧めしたい一冊というほどでもないのだが、個々の作品の質の高さのおかげで、ポーに関心のある読者の期待を十分に満たしてくれる短編集にはなっていると思う。

本書は表題作である『大渦巻への落下』と『灯台』の他に、『使い切った男』、『タール博士とフェザー教授の療法』、『メルツェルのチェス・プレイヤー』、『メロンタ・タウタ』、『アルンハイムの地所』を収録している。
実在するメールシュトレームの渦潮を扱った『大渦巻への落下』は秀逸かつ有名な作品であり、渦潮の規模に対して随分と誇張が見られるとはいえ、SF作品としての面白さには文句のつけようがない。
精神病院を舞台とした『タール博士とフェザー教授の療法』も、ポーが執筆していた時代を考え合わせれば、大いに先進的な作品だと言えるだろう。

本書の中では『メルツェルのチェス・プレイヤー』と『灯台』が少々異色な作品となっている。
前者は実在の自動機械に関するノンフィクションの論考であるし、後者はポーの未完の遺作であり、その書き出しからは尋常ならざる展開を予想させるものの、残念なことに4ページであっけなく終わってしまう。
これらの二作品に関しては、楽しめる読者が少し限られるかもしれない。

本書の収録作品は全般に『黒猫』や『モルグ街の殺人』などと比べると知名度の点では格段に劣るが、それだけ出来栄えも劣るのかというとそうではない。
特に『大渦巻への落下』や『アルンハイムの地所』あたりは、過去に文学全集のポーの巻でお目にかかることがあった程のもので、かねてより評価は高かったはずである。
新刊の珍しい新潮文庫の海外古典作品に選ばれるにはやはりそれなりの理由があるのであって、本書はポーに興味のある方ならば確実に楽しめる一冊と言えるだろう。
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