『心の城』 フローベール(大阪大学出版会)

心の城心の城

書名:心の城
著者:ギュスターヴ・フローベール
訳者:柏木加代子
出版社:大阪大学出版会
ページ数:303

おすすめ度:★★★☆☆




フローベールの書いた夢幻劇がこの『心の城』である。
著者として名前は挙げられていないが実は本書は友人との共作らしく、友人の詩がそのまま挿入されていたりもするが、実質的にはフローベールの手になる作品と呼んでよさそうだ。
舞台での上演や出版の機会に恵まれなかったという不遇の作品であり、知名度も非常に低いようで、本書が本邦初訳となっている。

人間の心を糧に生きる土の精グノームたちと、妖精たちが勢力争いをしている。
妖精たちが勝つためには、純粋な愛を持つ人間の心が必要らしい。
果たして、そんな心を持つ人間を見つけることができるのか・・・。
通常、リアリズムの作家の一人に分類されるフローベールではあるが、『聖アントワヌの誘惑』を見てもわかるように、夢幻の世界と無縁だったわけではない。
『心の城』からは、そんなフローベールの夢幻への志向を容易に読み取ることができるだろう。

『心の城』には随所に挿絵が用いられていて、フローベールの描いた夢幻の世界へアプローチする助けとなるのだが、その一方で、本書に付された解説は一般読者に対しては過剰と思えるほどに充実しており、どちらかと言えば研究書に近い本に仕上がっているとさえ言えるほどだ。
その分ページ数も増え、価格帯も上がってしまっているのだが、できればフローベールの知られざる作品を世に広めるための普及版にして欲しかったというのが正直なところである。
誤植の多さも目に付くので少し残念な思いをするのも事実だ。

フローベール自身も述べていることだが、『心の城』のような夢幻劇は視覚効果や音響効果ありきの作品なので、できれば映画化でもしてもらって楽しむべき作品なのだろう。
一般受けはあまり期待できないので、フローベールの作品ならばすべて読みたい、という方が手にすべき本だと思う。
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『熊』 フォークナー (岩波文庫)

熊 他三篇 (岩波文庫)熊 他三篇 (岩波文庫)

書名:
著者:ウィリアム・フォークナー
訳者:加島 祥造
出版社:岩波書店
ページ数:271

おすすめ度:★★★★




フォークナー後期の作品を四編収録した中短篇集が本書『熊』である。
難解な作家として知られるフォークナーにしては読みやすい作品であり、文庫本という手頃さもあるので、フォークナーに関心のある方にはお勧めできる一冊だ。

本書には、『熊』、『むかしの人々』、『熊狩』、『朝の追跡』の四篇が収録されていて、いずれも森での狩りをテーマにしたものだ。
止まらなくなったしゃっくりを巡る滑稽話である『むかしの人々』を除けば、狩りの経験が乏しい少年の視点を通じて語られている物語ばかりなので、実際に熊や鹿を追ったことのない読者にとっても、狩猟における鮮烈な印象や興奮を少年と共有することができるように思う。
それらの話の中に精神性が盛り込まれていて、単純にスリリングな狩猟物語ではなくなっているあたりに、フォークナーたる所以を見て取ることもできるはずだ。

本書は元々一つの作品集からの選集になっているので、登場人物が重複していたり、祖先や子孫が登場したり、別の作品内のエピソードへの言及があったりと、それぞれの作品が有機的なつながりを持っていて、一つの長編作品にでも組み立てられそうなストーリーになっている。
『熊』を読んでいるうちに、フォークナーの描く縦方向にも横方向にも伸びているような作品世界を読者は奥深く理解できたような錯覚に陥りかねないが、それこそまさに、フォークナーの術中にはまるというものなのだろう。

フォークナーという作家は本当に色々な顔を持っているものだから、『熊』の作者が『響きと怒り』や『サンクチュアリ』、『寓話』といった作品をも書いたとはにわかには信じ難いほどである。
しかし、森に象徴されている自然と一体になって暮らす狩人の精神をも描き出していたという一面は、見過ごすには惜しい一面であると思うので、フォークナーに興味のある方はぜひ本書を手にしていただければと思う。

『ホリデイ・ロマンス』 ディケンズ(編集工房ノア)

ホリデイ・ロマンスホリデイ・ロマンス

書名:ホリデイ・ロマンス
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:杉山洋子 他
出版社:編集工房ノア
ページ数:124

おすすめ度:★★★☆☆




ディケンズの最晩年の短編小説集がこの『ホリデイ・ロマンス』である。
ディケンズ自身が編集者を務めていた雑誌に連載した作品で、こどもが書いた設定になっているという点からしても、異色の作品であると言える。
内容的には短編小説というよりは童話とみなしていいように思うが、無名の作品を紹介してくれているとあって、ディケンズのファンにはうれしい一冊ではなかろうか。

『ホリデイ・ロマンス』には、一連の物語が書かれるようになったきっかけを述べた『はじめのお話』、妖精が王女にくれた何でも願い事の叶う魔法の骨を描いた『魔法の魚の骨』、ラテン語の先生を目の敵とする剛勇無双の海賊船船長の物語である『キャプテン・ボールドハートの冒険』、大人とこどもの立場が逆転し、こどもが出来の悪い大人を寄宿学校でしつけるという『さかさま国のお話・大人の学校』の四編が収められている。
どれも短いだけでなく、文章もこどもが書いたものとして訳されているので非常に読みやすい。
ディケンズが本当は何を意図していたのかを考えてみる等、あえて深読みする程の作品ではなさそうなので、読み応えある作品を期待する読者には不向きだろう。

本書には、愛らしいイラストが掲載されていて読者の心を和ませてはくれるものの、それらは原書の挿絵の掲載をあえてやめて、本書のために書き下ろされたものらしい。
個人的には、原書に付されていた挿絵をそのまま採用してくれたほうがはるかにありがたかったので、この点は少し残念な気もする。

自らの小説の中で、当時のこどもの教育機構に対しては常に手厳しかったディケンズであるから、『ホリデイ・ロマンス』のようにこどもの側の視点から作品が書かれるのも、そこそこ妥当なことであると思う。
ディケンズにしても、これらの作品にそれほど力を入れて書いたわけではないだろうが、年齢を問わず気軽に読める作品集として、本書を書架に加えておいても損はないのではなかろうか。

『ドンビー父子』 ディケンズ(こびあん書房)

ドンビー父子 (上)ドンビー父子 (上)ドンビー父子 (下)ドンビー父子 (下)

書名:ドンビー父子
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:田辺 洋子
出版社:こびあん書房
ページ数:550(上)、509(下)

おすすめ度:★★★★




ディケンズ中期の長編小説の一つがこの『ドンビー父子』である。
あまり代表的な作品とみなされることはないし、翻訳も乏しいのが実情ではあるが、身体面や性格面がやや大袈裟に戯画化された登場人物に満ちていて、非常にディケンズらしい作品と言えると思う。

ロンドンのシティに傲然と構えるドンビー商会の社主であり、横柄この上ないドンビー氏の気掛かりといえば、跡継ぎがいないことだった。
しかし、そんな彼に待望の息子が生まれ、店の名を「ドンビー父子商会」に変える見込みができたのだが・・・。
優しい心を持ちながらもドンビー氏にまるで構ってもらえない娘のフローレンス、社長にへつらい続けながらも下心が透けて見える支配人のカーカー、誠実で活気ある少年のウォルター、お人好しで単純そのものである船長のカトル。
ディケンズの作品を既にいくつか読んでいる読者であれば、初対面とは思えないいささか類型的な登場人物に数多く出会えることだろう。

『ドンビー父子』にも、ユーモアとペーソスというディケンズの二大特徴は顕著に表れている。
確固たる構成の有無ということで言えば、『マーティン・チャズルウィット』と同様、過渡期にあたる作品と言えるだろう。
ストーリー展開はというと、ある程度は先が予想できるわかりやすいものであるのは事実だが、それにもかかわらずすらすらと楽しく読めてしまうのだから、やはり小説家としてのディケンズの手腕には恐れ入るというものだ。

決して安価ではないし、文章量も多いので、なかなか気軽には手が出せない作品かもしれない。
そうはいっても、『ドンビー父子』がディケンズのファンならば必ずや楽しめる作品であることは間違いないので、興味のある方は躊躇せずに手を出してみてほしいと思う。
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