『ボヴァリー夫人』 フローベール(新潮文庫)

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)ボヴァリー夫人 (新潮文庫)
(1997/05)
フローベール

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書名:ボヴァリー夫人
著者:ギュスターヴ・フローベール
訳者:生島 遼一
出版社:新潮社
ページ数:500

おすすめ度:★★★★★




言わずと知れたフローベールの代表作がこの『ボヴァリー夫人』であるが、これは同時に彼の出世作でもある。
文学史においては、風俗紊乱のかどで訴えられた作品というものがいくつか存在するが、『ボヴァリー夫人』はそれらの中で最も有名なものの一つであり、その裁判のおかげでフローベールの文名が確立されたという経緯もある。
私は個人的にはフローベールの作品の中で『感情教育』を最も好んでいるが、そうはいってもフローベールの作品で真っ先に手に取るべきはやはりこの『ボヴァリー夫人』であるように思う。

『ボヴァリー夫人』は、おそらく主人公であるボヴァリー夫人の心理の描写が最大の読みどころになってくるはずだ。
冷たく鋭い書きぶりでヒロインの心情を浮き彫りにしていく優れた技巧には、今日でこそその新しさを感じることはできないかもしれないが、フローベールが写実主義文学の祖と呼ばれるのを納得させるだけのものがある。
「不道徳」なボヴァリー夫人の行く末を追っていくだけでなく、フローベールの書き方にも注意を払いながら読めば、『ボヴァリー夫人』の面白さは倍増するに違いない。

しばしばフローベールの作品は退屈であるという感想を耳にすることもあるが、それは文学作品としての完成度の高さが一因ではないかと思うのだがいかがだろうか。
フローベールは推敲に推敲を重ねることでも知られており、緻密に過ぎる仕上がりの作品を目指したがために、いくらか一般受けをしにくい作品となっているのは事実だろう。
そういう意味では、文学史における重要性や芸術作品としての出来栄えよりも、読み物としての面白さを期待している読者には、フローベールという作家はあまりお勧めできないかもしれない。

フローベールの発言とされるものの一つに、「ボヴァリー夫人は私だ」というのがある。
その真意を読み解くがためにも、『ボヴァリー夫人』は一読の価値ある小説であるように思う。
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