『聖アントワヌの誘惑』 フローベール(岩波文庫)

聖アントワヌの誘惑 (岩波文庫 赤 538-6)聖アントワヌの誘惑 (岩波文庫 赤 538-6)
(1986/07)
フローベール

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書名:聖アントワヌの誘惑
著者:ギュスターヴ・フローベール
訳者:渡辺 一夫
出版社:岩波書店
ページ数:

おすすめ度:★★★☆☆




フローベールが若い頃の着想を温め続け、数十年の時を経て完成させたのがこの『聖アントワヌの誘惑』だ。
岩波文庫の表紙で「夢幻劇的小説」と紹介されているが、小説と呼ぶにはあまりに戯曲風の作品で、きわめてト書きの多い戯曲とでも言う方が正確であるように思う。
類似の作品としては、フローベールが愛読していた作品でもあるゲーテの『ファウスト』が挙げられ、両者を読み比べてみるのも興味深いに違いない。

聖アントワヌとは、日本ではラテン名の聖アントニウスが一般的であるように思われるが、砂漠で苦行の日々を送ったエジプトの聖者のことである。
禁欲生活を送るアントニウスに対する誘惑は、ドイツなどの北方系の画家に好まれていた題材でもあり、実際に本書はブリューゲルの『聖アントニウスの誘惑』を最大のインスピレーション源としているようで、混沌としたブリューゲルの絵画にも似た独特の作品世界ができあがっている。
単に物質的な欲望をそそるだけではなく、キリスト教への信仰自体をも揺さぶるような誘惑があの手この手を尽くして行われ、読者はブリューゲルの絵画を横長に引き延ばした絵巻物を見ているかのような印象を受けるのではなかろうか。

しかしながら、『聖アントワヌの誘惑』は決して一般読者向けの作品ではない。
フローベールの築き上げた幻想世界こそが本書の醍醐味であるとはいえ、人々が幻想的なものに慣れ親しんでしまっている今日、本に書かれた幻想で多くの読者を獲得するには限界があるだろうし、巻末に30ページにも及ぶ固有名詞の索引が付けられていることからもわかるように、『聖アントワヌの誘惑』には異端とされるキリスト教の宗派や、ギリシア・ローマやアジアの神々などが数多く名を連ねており、フローベールの言わんとするところのすべてを理解しながら鑑賞するのは非常に困難であるはずだ。
論文の対象にするのであればこれほど格好の作品もないだろうが、読書に楽しみを求める方には少々荷が重い作品であるように思う。

そうはいっても、フローベールに興味のある方であれば彼が半生をかけて仕上げた『聖アントワヌの誘惑』に賛嘆の念を抱くことは間違いないだろうし、文学的には高い価値のある希少な作風の一冊であることもまた確かだ。
フローベールや幻想文学に関心のある方にお勧めしたいと思う。
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