『ムーレ神父のあやまち』 エミール・ゾラ(藤原書店)

ムーレ神父のあやまち (ゾラ・セレクション)ムーレ神父のあやまち (ゾラ・セレクション)
(2003/10)
エミール ゾラ

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書名:ムーレ神父のあやまち
著者:エミール・ゾラ
訳者:清水 正和、倉智 恒夫
出版社:藤原書店
ページ数:490

おすすめ度:★★☆☆☆




ルーゴン・マッカール叢書第五巻、『ムーレ神父のあやまち』。
居酒屋』や『ナナ』はもちろん、『ジェルミナール』や『獣人』などはゾラの代表作としてその名を挙げられるが、『ムーレ神父のあやまち』は代表的な作品と呼ばれることがまずない。
そして事実、ゾラを好きな人が好むであろうはずのゾラらしい点をあまり見出すことのできない作品だ。

『ムーレ神父のあやまち』は、そのタイトルからも察せられるとおり、神父が犯すあやまちが作品の主題になっている。
その「あやまち」という少々幅のある表現からすれば、宗教的な意味合いとも道徳的な意味合いともどちらにも解釈できるのだが、私はゾラがその両方を含ませたものと考える方に傾いている。
また、ゾラがムーレ神父を肯定しているのか否定しているのかを考えてみるのもいいだろうし、ムーレ神父と第四巻の『プラッサンの征服』に登場する神父との対称関係を考察してみるのも、この作品をより深く味わうためには有益なはずだ。

第二帝政期を様々な視点でとらようというゾラの意図を考えれば、叢書内に本作が存在していることも一種の成功だと言えるだろうし、叢書の最終巻が『パスカル博士』であることを知っていれば、パスカル博士が度々顔を出すこの『ムーレ神父のあやまち』に対する関心も強まるだろう。
ただ、宗教世界と現実世界の相克というテーマが現代の日本人に不向きというだけでなく、『ムーレ神父のあやまち』はストーリー性に乏しく、三部構成の真ん中、第二部において物語りは著しく停滞し、いくらか中だるみを感じずにはいられない。
読み通してみればその停滞は必要不可欠なものであったようにも感じられるのだが、生き生きとした娘や個性あふれる老人たちに囲まれている主人公のムーレ神父が、悲しいことにとても頼りなく退屈な人間と感じられてしまう。
同様のテーマを扱ったものであれば、ホーソーンの『緋文字』のほうが圧倒的に面白く読めるはずだ。

『ムーレ神父のあやまち』一冊だけを読んでゾラの他の名高い作品が与えてくれるような感動を覚えることは、現実に信仰心と現世的な愛情との板挟みを経験した人でもない限り、非常に難しいように思う。
あくまでルーゴン・マッカール叢書内の一冊として読むべき作品だろう。
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