『ファウスト博士』 トーマス・マン(岩波文庫)

ファウスト博士 上 (岩波文庫 赤 434-4)ファウスト博士 上 (岩波文庫 赤 434-4)ファウスト博士 中 (岩波文庫 赤 434-5)ファウスト博士 中 (岩波文庫 赤 434-5)

ファウスト博士 下 (岩波文庫 赤 434-6)ファウスト博士 下 (岩波文庫 赤 434-6)

書名:ファウスト博士
著者:トーマス・マン
訳者: 関 泰祐、関 楠生
出版社:岩波書店
ページ数:304(上)、325(中)、291(下)、

おすすめ度:★★★☆☆




トーマス・マン晩年の長編作品がこの『ファウスト博士』である。
そのタイトルからして、誰もがゲーテの『ファウスト』との連関を想像することだろうが、メフィストフェレスとファウストにまつわる伝説を直接の題材にしているわけではなく、ゲーテの『ファウスト』と比較ができるような作品ではないという点には注意が必要だろう。

『ファウスト博士』は、偉大な音楽家として才能の開花したアドリアンの幼なじみであった「わたし」が書いた、アドリアン・レーヴェルキューンの伝記である。
早熟な知性を持つアドリアンがどのような少年時代を過ごし、どのような教育を受け、そしてどのような創作活動を行ったのかが、身近な観察者であった「わたし」によって報告されるのである。
アドリアンの生涯にニーチェとの類似が見られるというのが興味深いところであり、また、アドリアンの伝記という本旨からの脱線にはなるのだが、「わたし」の口を通じて、第一次大戦と第二次大戦というドイツを根底から覆した出来事に対するマンの分析や意思表示が述べられているのも非常に興味深い点ではある。

『ファウスト博士』には、音楽理論、芸術理論に限らず、宗教的、政治的、哲学的、倫理的な議論など、思弁的な部分が非常に多く、マンの代表作である『魔の山』と比べても、より思想色の濃い作品となっている。
作品中のクライマックスの一つであると思われるアドリアンの悪魔との対話も、決して平易であるとは言い難いものなので、本書を読むときにはそれなりに集中可能な読書環境を整えたほうがいいかもしれない。
孤独な暗がりにこそ、悪魔は出現するはずなので、なおさらのことだ。

音楽家の成長過程とその生涯を描いた『ファウスト博士』ではあるが、あまりにも大きな精神的スケールを備えた作品であるために、芸術家小説としては変種であると言えるだろう。
読み応えはあるが抽象的で難解な箇所が多いので、一般受けは望めないものの、精神を刺激するような読書体験を求めている方にはお勧めできる作品だ。
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