『チャンセラー号の筏』 ジュール・ヴェルヌ(集英社文庫)


書名:チャンセラー号の筏
著者:ジュール・ヴェルヌ
訳者:榊原 晃三
出版社:集英社
ページ数:286

おすすめ度:★★★☆☆




ヴェルヌが作家として脂が乗りきっている時期に書かれた小説の一つが本書『チャンセラー号の筏』である。
海難事故を扱った作品であり、冒険的な要素がなくもないが、冒険ではなくやはりあくまで事故なのであって、登場人物が積極的に危険に身を投じているわけではない。
そういう意味では、ヴェルヌの作品群の中でやや異色の作品とみなすことができるだろう。

アメリカを出発してイギリスに向かった帆船チャンセラー号ではあったが、どうも乗組員たちの様子が不可解である。
それは船倉で積み荷が火事になってしまっているからなのだが、これはまだ乗客と乗組員の不運のほんの始まりに過ぎなかったのであり・・・。
一乗客の日記というスタイルで進んでいく本書には、登場人物の事情や背景の説明が多くは書かれておらず、比較的スマートに物語が進行していく。
その分、描写に味気なさも感じられるが、物語の展開の速さは多くの読者に心地よく感じられるのではないかと思う。

ヴェルヌの作品のタイトルには直訳されていないものが少なくないが、『チャンセラー号の筏』もその一つで、原題は"Le Chancellor"であり、『チャンセラー号』とでも訳されるべきものであろう。
作品の内容に即して変更されたのかもしれないし、ジェリコーのよく知られた絵画作品『メデューズ号の筏』に寄せようという意図があったのかもしれないけれども、いずれにしても、個人的にはこのタイトルにはまったく感心できないでいる。
それほど大きな問題でもないのだが、タイトルの良し悪しについては、各々の読者で判断いただければと思う。

極度の飢餓に苛まれながらも精神状態を保って日記を書き続けるという本書の設定は不自然極まりないものであるし、本書にはヴェルヌの他の作品が与えてくれたような爽快感も乏しく、むしろ後味が悪い作品と言ってもいいほどである。
それでもなお、人間性を多角的に捉えた『チャンセラー号の筏』には読者の心を打つ何かがある。
ヴェルヌに興味のある方であれば、一読の価値ある作品と言えるだろう。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
PR
最新記事
RSSリンク